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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

かぐや姫

(かぐや姫…)
 とっても早く育つんだよね、とブルーはコクリと紅茶を飲んだ。学校から帰っておやつの時間。母が焼いておいてくれたケーキと、熱い紅茶とで。
 今日のハーレイの授業で出て来た、かぐや姫の話。竹取物語という正式名称だけだったけれど。遠い遥かな昔にこの地域にあった小さな島国、日本の古典。竹取物語は日本最古の物語だぞ、と。
 それよりも先に書かれた物語は無かったらしい、竹取物語。
 日本の古典を学ぶ上では常識なのだから、忘れてしまっていないだろうな、という確認。
 授業ではそれだけだったのだけれど、ふと思い出した。かぐや姫は早く育つのだった、と。



(どのくらいだっけ…?)
 竹の中から見付かるほどだから、生まれたばかりの赤ん坊よりも小さな子供。きっと手のひらに乗るほどの子供。大きさは忘れてしまったけれど。
 とにかく小さいかぐや姫。なのに見る間にすくすく育って、アッと言う間に大人になる。大勢の求婚者がやって来るほどの大人に、それは美しい姫君に育つ。
 一年もかかっていなかったと思う、かぐや姫が大人になるまでに。ほんの数ヶ月、三ヶ月くらいだったような気もする。
 三ヶ月にしても、一年にしても、竹の中に入っていたような子供が一人前に成長するには短い、信じられないほどに短い時間。
 今の自分は十四年もかかって育って来たのに、まだ子供だから。



 前の自分と同じ背丈を目指しているというのに、手が届かないその背丈。あと二十センチ、今の自分との差はあまりに大きい。
 いったい何年かかることやら、目標の背丈になるまでに。百七十センチに育つまでに。
(かぐや姫みたいに育てたらいいのに…)
 竹から生まれて、みるみる成長したように。一年もかからずに大人の姿に育ったように。
 かぐや姫は日毎に大きくなったというのに、自分ときたら、全く逆で。少しも伸びてはくれない背丈。ハーレイと再会した五月の三日から、一ミリさえも伸びてはいない。
 育ち盛りの筈なのに。子供も草木も育つ季節の夏も過ぎて今は秋なのに。
 きっと育つと思っていたのに、百五十センチから伸びない背丈。伸びずに止まっている背丈。
 このまま育ってくれなかったら、自分の未来はどうなるのだろう?
 百五十センチのままだったら。いつまで経ってもチビだったら。



 まさか一生、子供の姿ということは無いだろうけれど。いずれは育つだろうけれど。
 育ち始める時が問題、いつになったら前の自分と同じ背丈になれるのか。前の自分と同じ背丈にならない限りは、ハーレイはキスも許してくれない。そういう決まり。
 だから育ってくれなかったら…。
(ハーレイと結婚出来ないとか?)
 それが一番の心配事。背が伸びないことを考える時の。
 結婚出来る年になっても今と同じにチビだったら、と。十八歳になっても、前の自分と同じ姿に育たないままでいたならば、と。
 ハーレイに「駄目だ」と断られそうな、十八歳で結婚すること。キスも出来ないチビの姿では、そう言われても仕方ない。十八歳だと主張したって、見た目は子供なのだから。
 でも…。



(かぐや姫だって育つんだしね?)
 竹から生まれて、アッと言う間に大人になったかぐや姫。
 それに比べれば、自分は此処までちゃんと育って来たのだから。ほんの二十センチだけ育ちさえすれば、前と同じになれるのだから。
 ぼくにもきっと望みはあるよ、とケーキの残りを頬張った。残りはたったの二十センチ、と。
 今は全く伸びないけれども、伸び始めたなら早い可能性もある。かぐや姫さながら、それまでの遅さが嘘だったように僅かな期間で成長するとか。
 数ヶ月は無理でも、一年だとか。十八歳を迎える前の一年で大きく伸びるとか。
 夏休みだけで数センチも伸びる子供もいるから、ゼロとは言えない可能性。二十センチを一年で割れば、無理なく伸びられそうだから。



 おやつを食べ終えて、キッチンの母に空いたお皿やカップを返して。
 部屋に戻って、勉強机の前に座って頬杖をついた。さっき考えていた、かぐや姫のこと。
(かぐや姫の絵本…)
 持っていたかな、と記憶を探ったけれども、多分、無い。
 幼稚園にはあったけれども、家には無かった筈だと思う。竹から生まれた小さなお姫様の物語。可愛らしい絵で綴られていた絵本は、どちらかと言えば女の子向けの本だったから。
(…本当は違うみたいだけどね?)
 作者は恐らく男だろう、とハーレイの授業で教わった。今日の授業とは、また別の時に。日本で最初の物語はこれ、と竹取物語の名が挙がった時に。
 元々は漢文で書かれていたという。漢文は男性向けの学問、女性は滅多に習わなかった。漢文を書くには教養が要るし、男性が書いたと考える方が自然なのだと。
 漢文で書かれた物語だから、読者の方も男性だった可能性が高い竹取物語。物語の主役はお姫様でも、男性向けに書かれた物語。
 今は女の子向けの本だけれども、可愛い絵本になっているけれど。



 日本で一番古い物語、それが竹取物語。竹から生まれた小さな姫君がアッという間に育つ物語。
(うんと歴史がある話だから、ぼくだって…)
 凄い速さで育てるかもしれない、かぐや姫のように。一年どころか、数ヶ月で。前の自分と同じ背丈に、ハーレイとキスが出来る背丈に。
 百五十センチまでは育ったのだし、あと少しだから。二十センチ伸びればいいだけだから。
 今はちっとも育たないけれど、残りは二十センチだけなのだから。
(いざとなったら、ギリギリでだって…!)
 十八歳まで通う今の学校、卒業すれば義務教育は終わりで、結婚だって出来る年になる。三月の末に生まれた自分は、十七歳の内に卒業式を迎えるけれど。
 その学校に通う間はずっとチビでも、もう卒業だという間際になって伸び始める可能性もある。急にぐんぐん育ち始めて、卒業する時には前と全く同じ背丈になっているかもしれないし…。



(うん、諦めたら駄目なんだよ!)
 もしも今のまま育たなくても、チビのままで卒業の日が迫って来ても。
 ハーレイに「チビでは駄目だ」と断られたって、婚約しておく価値は充分にある。もし育ったら結婚して、と頼んでおいて、卒業間近のギリギリの所で急成長して滑り込み。
 前の自分と全く同じ背丈に育って、十八歳を迎えたら見事に結婚、ハーレイと暮らす。
(チビのままだったら、それもいいかも…)
 卒業する日が、十八歳の誕生日が近付いて来たら、とにかく婚約、そして成長する方に賭ける。卒業までの残り期間で、誕生日までの数ヶ月で。
 かぐや姫は一年もかからずに育って、一人前の大人になったのだから。
 そこまで無茶は言わないのだから、僅かな期間で二十センチくらい伸びたっていい。ハーレイとキスが出来る背丈に、結婚してもいい背丈に。
 「育つかもしれないから婚約してよ」とハーレイに頼み込んでもいい。上手くいったらチビから大人に急成長して、結婚というゴールに辿り着けるのだから。



 チビのままでも諦めないこと、と考えていて。
 ハーレイが「駄目だ」と苦い顔をしようが、婚約だけでも、と未来を思い描いていて…。
(そうだ、トォニィ…!)
 かぐや姫どころか実例があった、とポンと手を打った。遠い昔の物語ではなくて、本当に育った子供たち。赤い星、ナスカの子供たちの例が。
 前の自分が目撃していた、急成長した子供たち。ナスカで生まれた七人の自然出産児。
 白いシャングリラの格納庫で初めて会った時には、トォニィは三歳にしかならない幼児だった。仮死状態に陥ったトォニィをキースが放り投げたから、慌てて両手で受け止めた記憶。
 救助が来るまで抱いていたトォニィの身体はとても幼く、軽かったのに。
 メギドの炎が赤いナスカを焼き払おうとした時、前の自分が張ったシールド。地獄の劫火を受け止めるべく張り巡らせたそれを、トォニィたちが強化してくれた。突然現れた子供たちが。
 トォニィも、他の六人の子たちも、そのためだけに急成長して。
 サイオンを使えるレベルの身体になるまで成長を遂げて、白いシャングリラから飛んで来た。
 数ヶ月どころか、ほんの一瞬で大きく育って。かぐや姫でも敵わない速さで成長して。
 だから…。



(頑張ったら充分、間に合うんだよ!)
 前の自分と同じ背丈に育つこと。あと二十センチ、背を伸ばすこと。
 数ヶ月もかけて育たなくても、その気になったら一日もかからずに成長できる。前の自分と同じ背丈に、同じ姿に育つことが出来る。
 かぐや姫のような架空の物語ではなくて、実例を自分が見たのだから。前の自分の瞳が捉えて、今も覚えているのだから。
(ほんの一瞬で大きくなれるんだから…)
 数ヶ月もあれば充分、間に合う。背丈を二十センチ伸ばすくらいは、きっと充分に。
(トォニィたちは二十センチどころじゃなかったものね…)
 一瞬で背丈をグンと伸ばして、飛び出して来たナスカの子供たち。彼らはその後も成長し続け、アルテメシアに着いた時にはトォニィは青年の姿になっていた。月日はさほど経っていないのに。子供が大人に成長するほど、時は流れなかったのに。



 前の自分が見ていた実例、一瞬の内に大きく育ったトォニィやナスカの子供たち。赤いナスカが滅ぼされた後も、育ち続けたトォニィたち。
 ならば、自分もきっと成長出来るだろう。あと二十センチの分の背丈を、一瞬でだって。
(一瞬は無理でも、一ヶ月もあれば…)
 数ヶ月もあれば、間に合うと思う。前と同じに育てると思う。実例がちゃんとあるのだから。
(ぼくだって、きっと…!)
 今の背丈から育たなくても、チビのままでも、卒業間際にグンと背丈を伸ばせばいい。チビから大きく育てば間に合う、十八歳になったら結婚すること。ギリギリだろうと、間に合ったなら。
(ちゃんと育ったら、ハーレイも結婚してくれるものね)
 望みが出て来た、と嬉しくなった。
 今は少しも育たないままで、チビだと言われているけれど。本当にチビで子供だけれども、もう心配はしなくてもいい。
 ハーレイがいくらチビだと言っても、結婚までには育つから。前とそっくり同じに育って、チビ呼ばわりはもうさせないのだから。



 チビのままでも、とにかく婚約。卒業式を迎える前に。
 それから急いで大きく育って、十八歳になったら結婚なんだ、と夢を見ていたら来客を知らせるチャイムが鳴って。仕事帰りのハーレイが来たから、胸を高鳴らせて切り出した。
 母がお茶とお菓子を置いて行ってくれたテーブルを挟んで、向かい合わせで。
「あのね、かぐや姫の話なんだけど…」
 今日の授業で言っていたでしょ、日本で最初の物語だから忘れるなよ、って。
「質問か?」
 授業時間中に訊き忘れたのか、と鳶色の瞳が瞬きするから。
「ううん、そうじゃなくて…。ぼくもあんな風に育つからね」
「はあ?」
 育つってなんだ、なんの話だ?
 俺にはサッパリ分からないんだが、お前は何を言いたいんだ…?
「かぐや姫だよ、凄い速さで育ったでしょ?」
 竹から生まれて、大人になるまで一年もかかっていない筈だよ。
 かぐや姫みたいにぼくも育つよ、今はチビでも、チビのまんまで十八歳になっちゃいそうでも。
 急いで育って前のぼくとおんなじ背丈になってみせるよ、ハーレイとキスが出来る背丈に。



 絶対に間に合わせるよ、と自信をもって宣言した。十八歳までには必ず前と同じに育つと。
 かぐや姫と同じくらいの時間をかけて育ってゆくなら充分間に合うし、トォニィたちがナスカでやったようにするなら一瞬でだって、と。
「だからね、チビでも婚約してよ?」
 十八歳になったら結婚出来るし、ぼくが十七歳になったら婚約。卒業までには婚約だよ。
「チビでも婚約って…。お前が育っていない時のことか?」
 今と同じにチビのまんまで、見た目は今と変わらないガキで。
 そういう姿で十七歳になっていたって、婚約しろっていう意味なのか?
「うん。チビでもいいでしょ、婚約くらいは」
「そりゃあ、いざとなったらチビのままでも貰ってやるって話はしたが…」
 チビのお前でも嫁にしてやると言いはしたがだ、それはお前が十八歳になってからだぞ。
 結婚出来る年になってもチビだったならば、仕方ないから貰ってやると…。
 そういう場合は、婚約するのは十八歳になってからだな、それよりも前というのは無しだ。
 何処から見たってチビのお前に、十八歳になったら結婚しようと婚約を申し込むのはなあ…。



 それは流石に気が早すぎる、と腕組みをして渋られたから。
 十八歳になるまで待てと、婚約するのはその後でいいと言われたから。
「それより前でも平気だってば!」
 ぼくはきちんと育つんだから!
 十八歳の誕生日までには、チビのぼくではなくなるんだから!
「間に合わせるってか、急いで育って?」
 前のお前と同じに育って、それで結婚しようと言うのか?
「そうだよ、かぐや姫みたいに育つんだよ!」
 かぐや姫の話は作り話かもしれないけれども、トォニィたちはホントに育ったじゃない!
 あれと同じで育つ筈だよ、残りはたったの二十センチだし!
「ふうむ…。その意気込みは素晴らしいが、だ…」
 お前、サイオン、使えるのか?
 タイプ・ブルーなことは本当らしいが、そのサイオンを生かせてないのがお前だろうが。
「え?」
 育つのにサイオンも何もないでしょ、ぼくは背を伸ばそうとしてるだけだよ?
 本当に必要な時になったら、凄い速さで背が伸びるから。
「おいおい…。かぐや姫はともかく、トォニィたちの方はだな…」
 多分、サイオンが関係していた筈だぞ、決定的な証拠やデータは無かったが…。
 ノルディにも全く分からなかったが、サイオン抜きでは考えられん。
 皆を守ろうという強い気持ちがサイオンと結び付いてだ、大きく育った筈なんだ。
 あいつらが自分で言っていたからな、「大きくならないと守れなかった」と。ただ、サイオンをどういう具合に使ったのかは、最後まで謎のままだったがな…。
 トォニィがソルジャーになった後にも、その辺の記録は残されていない。大きくなりたいと強く願ったと、そのせいで大きく育ったのだと回想していた程度でな。
 自分でも分かっていなかったんだろう、どうやって成長していったのか。人類軍との戦いの中で必死に育って、それだけで精一杯だったんだろうな、きっと。



 ついでに急成長をした子供の例はあれしか無いが、という話。
 ナスカの子供たちの他には、急激な成長を遂げた例など皆無なのだ、と。
「…嘘…」
 ハーレイが言う通り、サイオンのせいで育ったんだとしても。
 人間はみんなミュウになったよ、トォニィたちの他にも育った人はいたんだと思うけど…。
 誰でもサイオンを持ってるんだし、大きくなりたい、って思えばサイオンに結び付くでしょ?
「いや、本当だ。トォニィたちの他には誰一人いない」
 今ではタイプ・ブルーも珍しくないが、そういう時代になっても一人も出ない。
 前の俺たちが生きてた頃から、今までの間に長い長い時が流れたわけだが…。ただの一人も出て来ないままだ、トォニィたちのように育ったヤツは。
 俺が思うに、種の存続がかかっていたから、奇跡みたいなものだったんだろうな。
 ミュウという種族が生き残るために、神様が起こして下さった奇跡。
「でも、奇跡って…。ぼくがトォニィたちに会った時には…」
 ハーレイが聞いていたのと同じで、自分の力で頑張ったみたいに言ってたよ?
 育たないと守れなかったから、って。大きくならなくちゃいけなかった、って…。
 だから奇跡じゃないと思うけど、トォニィたちが頑張っただけで。
「その後の世界でも、頑張ろうとしたヤツらは後を絶たなかったと思うがな?」
 早く育とうと、大きく育ってやりたいことが幾つもあるんだと、努力したヤツら。
 現に俺だって、そう願ったもんだ。
 柔道にしたって、水泳にしたって、身体が育てば出来ることがググンと増えるんだしな?
 トォニィたちの話は歴史の授業で習うからなあ、あんな具合に育ってみたいと大真面目に思っていたもんだが…。
 同じような夢を見ているヤツらも何人もいたが、誰も成功しちゃいないってな。



 かぐや姫を上回る速さで大きく育った、七人のナスカの子供たち。
 彼らの話は今も伝わるから、彼らのように早く育ちたいと願う者たちも後を絶たない。もちろん中にはタイプ・ブルーも多くいた筈で、条件は同じなのだけど。
 今に至るまで、成功例は一つも無いのだという。ただの一人も成し遂げていない。
 歴史に残ったナスカの子たちの急成長は、あの時だけの奇跡。ミュウが滅びてしまわないよう、神が起こした奇跡の出来事。
「じゃあ、トォニィたちは…」
 ただのタイプ・ブルーっていうだけじゃないの、奇跡の子供たちだったの?
 あれっきり二度と同じような人間が出て来てないなら、トォニィたちは特別だったの…?
「多分な。かぐや姫みたいなものだったのかもな、月の都の人間じゃないが」
 人間の中に生まれては来たが、月から来たような特別な子供。
 月に帰って行きはしなかったが、同じミュウでも、何処かが違っていたんだろうなあ…。



 ナスカが月の都だったかもな、と語るハーレイ。
 トォニィたちが来た月の都はナスカだったかもしれないと。あの時だけしか無かった星だ、と。
「でも、ナスカって…。人類が入植していた星でしょ?」
 ナスカじゃなくって、ジルベスター・セブンっていう名前で。
 人類が捨てて行っちゃった後で、ジョミーたちが見付けて入植して…。
 だからその前からナスカはあったよ、トォニィたちが生まれた頃だけじゃなくて。
「そのナスカだが…。人類が入植していた頃には、子供が育たなかったらしいぞ」
 大人には全く影響は無いが、どうしたわけだか子供が育たん。そんな星ではどうにもならんし、マザー・システムはナスカを捨てたらしいな。
「そうだったの?」
「うむ。俺も最初は知らなかったが…」
 その手の情報はシャングリラのデータベースには無くて、捨てられた植民惑星というだけで。
 ならばいいかと入植を決めて、後から分かったことなんだよなあ…。



 ナスカに降りたジョミーが見付けた、古い小さな天文台。
 側にあった白いプラネット合金の墓碑、其処に彫られていた銘文。
 「誰が私に言えるだろう。私の命が何処まで届くかを」。SD体制が始まるよりも遥かな昔の、リルケの詩から取られたそれ。
 リルケの詩集を好んだ子供のためにと建てられた墓碑、ハーレイも墓碑を見たという。天文台のある家に飾られた、その子と家族の肖像画も。
 養父母に連れられて入植した子は育たなかった。リルケの詩集が好きだった子は。
 他の養父母と共に来た子も、誰一人として。
 子供が育たない原因は掴めず、人類はナスカを去って行った。この星は駄目だと。
 そういった情報を得た頃にはもう、トォニィがカリナの胎内に宿って育ちつつあって。どうやらミュウには影響が無いと、無事に子供が育つようだと、そのまま留まり続けたという。
 本当にこの星が子供の育たない星であるなら、カリナが子供を宿す筈が無いと。



「子供が育たない星だったって…。あのナスカが?」
 なのにトォニィたちが生まれたの、そんな星で?
 人類の子供は育たないのに、ミュウの子供はちゃんと育ったの…?
「奇跡のようにな。…人類とミュウでは違っていたのか、それとも神様が起こした奇跡か…」
 俺は奇跡だと思っている。あの頃は人類とミュウの違いだと考えていたが…。
 今から思えば奇跡なんだろうな、誰もが揃ってタイプ・ブルーで、凄い速さで成長して…。
 神様が下さった奇跡の子供ということなんだろう、ナスカの子たちは。
 本来、子供が育たない筈の星で生まれて来たんだからな。
「…知らなかった…」
 ナスカがそういう星だったなんて、今の今まで知らなかったよ。人類が捨てた星ってことしか。
「あまり知られていないからなあ、トォニィたちが生まれた背景ってヤツは」
 成長した後の活躍ばかりが注目されてて、その前の平凡な子供時代は霞んじまって。
 俺だって、前の俺だった頃の記憶が無ければ知らんままだぞ、ナスカがどういう星だったかは。



 本当だったら、子供が育たなかった筈の赤い星。
 白いシャングリラのデータベースに情報があれば、けして入植していなかった。自然出産で次の世代を育ててゆこうと、ナスカを選んだのだから。
 たとえ人類の子供であろうと、子供が育たないからと廃棄された星に降りたりはしない。子供を産んで育ててゆくには、まるで適さない星なのだから。
 けれど船には情報が無くて、何も知らずに入植したナスカ。星の正体が分かった時には、新しい命が育まれていた。子供が育たない筈の星で。生まれてくる筈も無さそうな星で。



「ナスカはミュウのための星だったんだろうなあ、人類には捨てられた星だったが」
 あの星でトォニィたちが生まれて、そこで歴史が変わって行った。
 自然出産に戻る切っ掛け、トォニィたちが無事に生まれたからこそだしな。
「でも、ナスカ…。砕かれちゃったよ?」
 ミュウの星だったせいで、メギドに焼かれて砕かれちゃった…。
 歴史が変わった星だけれども、ナスカは何処にも残っていないよ。
「あれ以上、あったら駄目だったんだろう。かぐや姫が月に帰ったように」
 奇跡の子供は七人いれば充分だろう、と神様も思っておられたんだろうな、それで足りると。
 もっと長くナスカに留まっていても、子供は生まれなかったかもしれん。
 でなけりゃ、生まれてもトォニィたちみたいな奇跡の子供にならなかったとか、そういった風になっていたんじゃないか?
 あの星は期限付きの奇跡の星だったんだ。…ミュウが未来を築くための。
 トォニィたちが生まれた月の都で、トォニィたちが月に帰らないよう、月が姿を消したってな。
 月の都がなくなっちまえば、かぐや姫は帰れないからなあ…。



 トォニィたちを育てた月の都。七人の奇跡の子たちが生まれた月の都が赤い星、ナスカ。
 赤いナスカはミュウの未来を築くための月で、役目を終えたら月は姿を消したというから。月の都に帰れないよう、月の方が消えていったというから。
「…トォニィたちが月に帰れないように、って消えたにしては…」
 ナスカが消えちゃった時の犠牲者、多すぎない?
 前のぼくはともかく、ナスカで死んじゃった仲間たちの数が多いんだけど…。
 いくら奇跡の星にしたって、月の都ってことにしたって、あんまりじゃない…?
「それを言うなら、かぐや姫の話も酷いもんだが?」
 かぐや姫の絵本や子供向けの本では、それほど酷くは書かれていないが…。
 求婚したヤツらの末路を知っているのか、かぐや姫に無理難題を出されたヤツら。
 一番悲惨な貴公子なんかは、命を落としてしまうんだがな?
 ツバメの子安貝を取りに行かされた中納言はだ、その時に落っこちて腰を傷めて、その傷が元で最後には死んでしまうんだぞ。



 他の貴公子も散々な目に遭う、と聞かされてみれば酷いから。
 絵本などで漠然と知っていた以上に酷い末路で、その上、かぐや姫は何もかもを忘れて月の都に帰って行ってしまうから。
「ナスカって…。月の都って言うより、かぐや姫だったの?」
 ミュウが見付けた、竹の中に入っていたお姫様。
 竹から出て来る宝物の代わりにトォニィたちをくれたけれども、その後はもう知らない、って。
 勝手にしなさい、って月に帰ってしまって、それっきりだとか…。
 ナスカで死んでしまった仲間は、かぐや姫に振り回されちゃった求婚者みたいな立場だとか。
「さあなあ…?」
 あの星がかぐや姫だったのか、月の都か、そいつは分からん。
 だが、トォニィたちをくれた奇跡の星なのは確かだ、ナスカが無ければトォニィたちは生まれて来なかったんだからな。
 トォニィたちがいなけりゃ、前の俺たちやジョミーがどう頑張っても、シャングリラは地球には行けなかっただろう。
 ナスカが月の都だろうが、かぐや姫だろうが、あの星は奇跡の星だったんだ。
 それはともかく…。



 お前の夢見る未来は無いな、と額をピンと弾かれた。
 凄い速さで成長するのは多分無理だぞ、と。
「トォニィたちにしか出来なかったことだ、あれ以来、誰も出来てはいない」
 ミュウの時代がここまで続いても、誰も成功していないんだ。
 トォニィたちだったからこそ起こせた奇跡だ、いくらお前でも真似は出来んな。
 タイプ・ブルーに生まれていようが、元はソルジャー・ブルーだろうが。
 生まれ変わりがせいぜいってトコで、それ以上の奇跡は神様も起こして下さらんだろう。
「うー…」
 ぼくは大きくなりたいのに…!
 ちっとも育たないチビのままだと、ホントのホントに困っちゃうのに…!
 十八歳になっても今と同じでチビのままだったら、ハーレイと結婚出来ないのに…!
「まあ、いいじゃないか」
 そんなに急いで育たなくても、時間はたっぷりあるんだからな?
 トォニィたちは早く育ちはしたがだ、その代わり、子供時代が短かっただろうが、違うのか?
 今のお前よりも遥かに小さいガキの頃から戦い続けて、死んじまった子もいたんだぞ。
 それを思えば、お前はずうっと恵まれてるんだ、育たなくても誰も困らん。
 お前は困ると言うかもしれんが、社会ってヤツには全く影響しないだろうが。
 前のお前と全く違って、守らなければいけない船も仲間も無いんだし…。
 今度はのんびり育てばいいだろ、トォニィたちの真似なんかせずに、子供時代をうんと楽しめ。
 育っちまったら、もう子供には戻れないんだから、チビの間はチビの時間を楽しむことだ。チビだからこそ言える我儘とか、許されるようなことだとか。
 そういったことが山ほどあるんだ、チビの時間もいいもんだぞ。



 チビでもいつかは嫁に貰ってやる、とハーレイは微笑んでくれたから。
 かぐや姫やトォニィたちのように凄い速さで成長するのも、どうやら望みは無さそうだから。
(…チビだった時はチビのままでも…)
 ナスカの思わぬ話も聞けたし、今日の所はこれでいいのだろう。
 子供が育たない筈の星で生まれた、奇跡の子たち。奇跡のように育ったナスカの子たち。
 前の自分がメギドを沈めてミュウの未来を守ったあの日に、あの子たちにも奇跡が起こった。
 今に至るまで例が無いという、信じ難い速さで育った子たち。
 赤いナスカが月の都か、かぐや姫かは分からないけれど、あの星で奇跡が起こったように。
 今の自分が青い地球の上に生まれ変わったこともまた、神が起こした奇跡だから…。



 焦らずに待とう、前の自分と同じ姿に育つ日を。
 自分と同じに生まれ変わって来た、ハーレイと結婚出来る日を。
 いつかは必ず、育つ日が来る。
 ハーレイと二人、手を繋いで何処までも歩いてゆける。
 赤い星ではなくて、青い地球の上で。
 いつまでも二人、手を繋ぎ合って、何処までも続く幸せな道を、互いに微笑み交わしながら…。




            かぐや姫・了

※かぐや姫のように急成長した、ナスカの子たち。そんな例は他には無いままなのです。
 そして子供は育たない筈の、ナスカという星。赤いナスカは、月の都だったかもしれません。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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