シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
「それじゃ、明日な!」
約束し合ってる、ぼくの友達。明日は土曜日だから、みんなで買い物。いつものお休みの日とは違う待ち合わせ、公園とかじゃなくってバス停。
みんなは町の一番賑やかな場所へ出掛けてゆくんだ、路線バスに乗って。百貨店だとか本屋さんだとか、色々なお店がある所へ。
「ブルーも一緒に行かねえか?」って誘われたけど、いつもと同じで断った。「ハーレイ先生が来てくれるから」って。
そう断ったら、「いいなあ…」って羨ましがられてしまった、「ハーレイ先生かあ…」って。
ハーレイはみんなに人気があるから、いつだって、こう。みんなと遊びに行けない理由を話すと誰もが「いいな」って。ハーレイを独占出来るなんて、って。
そんな調子だから、みんなに笑顔で手を振った。「また月曜日に!」って。
みんなも「おう!」って手を振り返してくれて、クラブに、家にと分かれた行き先。寄り道する子もいたりするから、方向はホントにバラバラなんだ。校門だって一ヶ所じゃないし…。
ぼくはバス通学だから、正門から外へ出るんだけれど。歩きながら心が弾んでた。明日は土曜日なんだから。みんなは買い物に出掛けるけれど…。
(ハーレイが来てくれるんだものね?)
朝御飯を食べて、部屋の掃除を済ませて待ってたら鳴るチャイムの音。ハーレイが来たっていう合図。晴れた日だったら歩いて来るし、雨が降ってたら車のハーレイ。
土曜日と日曜日は、用事が無ければハーレイが家に来てくれる。二人で一緒に夜まで過ごせる、晩御飯だって一緒に食べられる。晩御飯はパパとママもいるダイニングだけど…。
ハーレイが来られない時は早めに連絡を入れてくれるし、明日はなんにも聞いてないから、もう間違いなく会える筈。ぼくがウッカリ寝込んじゃっても、お見舞いに来てくれたりして。
絶対に会える筈の土曜日、とても楽しみ、って思ってたのに。
明日は一日ハーレイと一緒、って胸をときめかせて帰りのバスに乗り込んだのに…。
家に帰って、制服を脱いで、おやつを食べに下りて行ったダイニング。
ママが焼いてくれたケーキと熱い紅茶で、大満足の時間なんだけど。ふと思い出した、帰り際にみんながしていた約束。明日はバス停、って決めてた約束。
(買い物かあ…)
普段とは違う、みんなの休日の過ごし方。いつもだったら、公園とかで集まって近所で遊ぶのが定番だけれど。誰かの家に押し掛けてったり、サッカーなんかをしてみたり。
お昼御飯やジュースやおやつは買ったりするけど、近くのお店で買えるもの。下の学校の頃から知ってるお店や、今の学校で出来た友達の馴染みのお店で。
でも、明日の買い物は違うんだ。バスに乗って出掛けて、町の真ん中まで。
何を買うとも決めてなかった、目的の物があるわけじゃない。これを買うんだ、って誰も決めてなくて、お小遣いを持って出掛けてゆくだけ。いろんなお店を覗いて回って、みんなが思い思いの物を買うんだと思う、お小遣いの範囲で買えそうな何か。
(お昼御飯だって…)
目に付いたお店に入るんだろう。あっちだ、こっちだ、って相談しながら。
何を食べるかも気分次第で、おやつだって。町の真ん中だと、お店も沢山あるんだから。
(…友達と買い物…)
考えてみれば、ぼくは友達と買い物に出掛けたことが無かった。町の真ん中なんかへは。一人で出掛けたことはあるけど、それは用事があるからで…。
(本屋さんとか、ハーレイの羽根ペンを買おうとしてた時とか…)
きちんと目的の決まった買い物、たったそれだけ。用事が済んだら真っ直ぐ帰るし、一人だから食事もしていない。そうじゃない時は、パパやママが一緒。
ちょっぴり惜しい気持ちがしてきた、明日の買い物。みんなが出掛けてゆく買い物。
(でも、ハーレイ…)
明日はハーレイが来てくれるんだし、そっちの方が断然いいよね、と気分を切り替えた。買い物なんかに行くよりずっと、って。
キッチンのママに空いたお皿やカップを返して、部屋に戻って。勉強机の前に座ったんだけど、またまた浮かんで来た友達の顔。明日は買い物に出掛ける、みんな。
(みんなで買い物…)
きっと楽しいに違いない。何の目的も決めずに買い物、お小遣いだけを持って出掛けて。色々なお店を覗いて回って、買う物だってバラバラなんだろう。これに決めた、って言った誰かの趣味が悪いと笑い合ったり、そう言いながらも釣られちゃったり。
(趣味が悪い筈のを、みんなで揃って買っちゃったりね)
だって、遊びに行くんだから。買い物も遊びなんだから。「信じられねえよ」なんて笑う間に、何故だか素敵に思えてくるってことも充分ありそう。「いいかもなあ」って。
無駄遣いなんかもするかもしれない、お小遣いはたっぷり持って来たから、って。気が付いたら残りがほんの少しで、バス代も危ないくらいだとか。
そういう話はよく聞くから。
ぼくの友達がやったわけじゃないけど、他の友達が買い物に出掛けてやらかした愉快な体験談。今の学校の先輩たちの噂だって聞いた、バス代まで使い果たして歩いて帰った話なんかも。
考えるほどに楽しそうな買い物、友達と出掛ける町の真ん中。
(ハーレイの来ない日に誘われたんなら…)
行ってみたかった、と思ったけれど。ハーレイに何か予定が入っている日だったら行けたのに、って残念な気持ちになったんだけれど。
(ちょっと待って…!)
それじゃ、ハーレイに「来て欲しくない」って言ってるみたい。ハーレイに予定が入ってたら、って考えるなんて。ハーレイはわざわざ来てくれるのに。ぼくを訪ねて来てくれるのに。
(ハーレイを裏切ってるみたい…)
明日はハーレイと会うっていうのに、友達と買い物に行きたいだなんて。ハーレイが来られない日だったら良かったのに、と考えるなんて。
ハーレイはぼくの一番なのに。誰よりも好きで、好きでたまらないのに、ハーレイと会うよりも友達と買い物をしたかったかも、って思うだなんて。
これじゃ、あんまり酷いから。どう考えても、酷すぎるから。
(ぼくって、最低…)
ブルッと首を振って、追っ払った。買い物に行きたがってるぼくを。
これじゃ駄目だと頭の中から、首をブンブンと横に振って。
でも、夜になっても、また思い出して。
行きたくなってしまった買い物、友達と出掛ける楽しそうな買い物。町の真ん中の大きなお店を覗いて回って、端から入って。自分の趣味とは違うものまで、ウッカリ買ってしまったりして。
(ぼくでも、きっと釣られちゃうんだよ)
みんなと違って元気に走り回ったり出来ないくせして、スポーツ用の帽子を買っちゃうだとか。お揃いだよ、って大喜びで。被って出掛ける場所も無いのに。
帽子で済んだらまだマシな方で、いつ使うんだか悩みそうな物まで買っちゃいそう。真面目とは言えない柄のノートとか、ふざけたデザインの文房具だとか。
(いっぱい買っちゃって、お小遣いの残りがバス代だけとか…)
みんながそういう勢いだったら、ぼくだって巻き込まれていそうな感じ。「まだいけるぜ」って肩を叩かれて、「そうだよね!」って財布を開けちゃって。バス代があれば充分だよね、って。
一度も行ったことのない買い物、友達と一緒に大散財。
ぼく一人だと絶対やらない無茶な買い物、友達とだから出来る買い物。
やっぱり行ってみたかった気がする、友達と都合が合ってたら。ハーレイが来ない予定の土曜日だったら、みんなと買い物。
ハーレイを裏切るみたいだけれども、酷い考えなんだけど。
それでも、ちょっぴり思ってしまう。みんなと買い物に行きたかったな、って。
一晩眠って、土曜日の朝になったのに。ハーレイが来てくれる日の朝なのに。
よく晴れてるから、ハーレイは颯爽と歩いて来る筈で、二人で夜まで過ごせる日なのに…。
(今日は買い物…)
晴れて、絶好の買い物日和。みんなはバスで出掛けてゆく。傘が要らないから、うんと身軽に。雨に濡れないから、お店からお店へ移動するのも楽々で。
だけど、ぼくは家でお留守番。みんなと一緒にお店を回りに行けはしなくて、この家で過ごす。ハーレイは訪ねて来てくれるけれど、ぼくの部屋と、庭のテーブルと椅子がせいぜいで…。
(買い物、楽しそうなのに…)
みんなの待ち合わせ時間は何時だっけ、って溜息をついてしまいそうになる。ぼくはこの家から出られないのに、買い物になんか行けないのに。
「どうしたの、ブルー?」
具合が悪いの、ってママに訊かれた。朝から元気が無いみたいだけど、って。
「ううん、なんでもないよ」
ちょっと夜更かししちゃったから…。まだ眠いのかな、そんなつもりはないんだけど。
大丈夫、部屋の掃除を始めたらシャキッと目が覚めるから!
ママは「それならいいけど…」って言ってくれたし、パパも「夜更かしは駄目だぞ」って注意をしただけ。ぼくが心で何度もついてた溜息のことはバレなかったけれど。
(買い物に行きたかった、ってこと…)
ママにまで気付かれちゃった、ぼく。
ぼんやりしていた頭の中身はともかく、何処か変だ、って。
こんな調子じゃ、今日は危ない。買い物のことは考えないようにしないと、ハーレイにも変だと思われる。具合が悪いのかと心配されたら、ぼくの良心が痛んじゃう。
だって、病気になったんじゃなくて、ハーレイを裏切っているんだから。ハーレイと過ごすより買い物がいい、って酷いことを考えているんだから。
ホントに酷いし、最低なぼく。恋人が訪ねて来てくれるのに。
だけど頭から消えてくれない、みんなの楽しそうな顔。買い物しながら笑い合う顔。
朝御飯が終わって、「御馳走様」って部屋に帰っても、掃除をしても。
門扉の脇のチャイムが鳴って、ハーレイが手を振る姿が見えても。
とっても危険なぼくの考え、ハーレイと会うよりも友達と買い物、って。
もちろんハーレイと過ごせる方が嬉しいんだけど、買い物だって面白そうだと思うから。
(ハーレイに気付かれないように…)
もう絶対に考えちゃ駄目だ、って買い物のことは頭の中から追い払ったのに。
部屋に来てくれたハーレイとテーブルを挟んで向かい合わせに座って、お茶とお菓子で午前中をゆっくり過ごしていたのに、何かのはずみに目に入った時計。その針が指してる、今の時刻。
みんなが待ち合わせをしていた時間はとっくに過ぎてて、もうバスは町の真ん中に着いて…。
(今頃、みんなは…)
きっとお店に入ってる。買い物をしてるか、買い食い中か。何を買おうかと端から覗いて回っているのか、何処かのお店で品定め中か。
(素敵な物とは限らないんだよ)
変な物とか、可笑しすぎる物とか、そういった物に捕まってしまって、ウッカリ財布をパカッと開けて。みんなで買おうと、揃ってお金を払っているとか…。
(そんな買い物も楽しいよね?)
家に帰ってから「なんで買っちゃったんだろう」って、自分でも笑っちゃいそうな物。買ってた友達の顔を思い浮かべて、「みんな馬鹿だ」って大笑いしそうな傑作な物。
考え始めたら、もう止まらない。
ぼくの頭はお留守になってた、うわの空ですっかり心がお留守。ハーレイと話をしてることさえ忘れちゃってて、生返事。多分、「うん」とか、曖昧に返事してたと思う。
暫くはそれで済んだんだけれど、とうとう「おい?」って訊かれちゃった。テーブルを軽く指で叩いたハーレイ、ぼくの注意を引くように。
「お前、具合でも悪いのか?」
なんだか変だぞ、さっきからずっと。
「ううん、なんでもない…!」
なんでもないよ、って慌てたけれども、もう手遅れで。
ハーレイは鳶色の瞳でじっと見詰めて、ぼくの心まで覗き込むように。
「そうは全く思えないんだが…。いつものお前らしくもないし」
俺の話に生返事なんて、どう考えてもおかしいぞ。
身体は何ともないと言うなら、問題は心の方ってヤツか…?
悩みがあるなら打ち明けてみろ、ってハーレイは真面目な顔だから。
本当に心配してくれているって分かる顔だから、これ以上、嘘はつけなくて。知らないふりでは押し通せなくて、仕方ないからボソリと言った。
「…ぼく、ハーレイを裏切ったみたい…」
「はあ?」
裏切ったって…。なんなんだ、それは?
「ハーレイより買い物を取っちゃったんだよ」
「どういう意味だ?」
買い物だなんて、いつ買い物に行ったんだ、って怪訝そうなハーレイ。「俺が来た時に買い物で留守をしていたことは無い筈だが」って。
「ううん、本当に買い物に行ったってわけじゃないけれど…」
頭の中で行ってたんだよ、心だけ出掛けていたんだよ。
思念体で抜け出すっていうんじゃなくって、ただの想像。今のぼくは思念体にはなれないし…。
こんな風かな、って想像していただけ。
お店を回って、変な買い物なんかもしちゃって。
どうしてそうなっちゃったのか、って心が買い物に出掛けた理由を話したら。
ハーレイを裏切ってしまった理由も、「ごめん」ってきちんと謝ったら。
「なるほど、友達と買い物に行ってみたかった、と…」
俺が来る予定が無かったら。来られない日だったら、そっちに行きたかったんだな?
友達と買い物に出掛けたことが無いから、みんなと一緒にバスに乗って。
「うん…。ハーレイと会う方がいいに決まっているんだけれど…」
だけど、買い物もしてみたかったな、って心がお留守になっちゃった…。
ハーレイを二重に裏切っちゃったよ、買い物がいいな、って思ったことと、うわの空とで。
「そいつは別にかまわんが…。お前だって、遊びたい年頃だしな」
俺の都合で来られない日もあったりするんだ、この次からは連絡してこい。
「何を?」
「お前の都合が悪いんだ、とな」
俺が時々やっているのと同じ具合に、お前の方から断ってくればいいだろう。
子供の予定は急に決まったりするもんだしなあ、前の日の夜でも俺は気にせん。明日は駄目だと連絡が来たって、次の日の過ごし方は色々あるさ。道場にも行けるし、ジムだってあるし。
遠慮しないで断っていいぞ、とハーレイの許可は出たけれど。
「そうすれば次は買い物に行けるだろ?」とお許しを貰えたんだけれども、ハーレイと会うのを断って買い物に行くなんて…。友達と出掛けてゆくなんて…。
(絶対、行けない…)
もしも行ったら、今日の逆。買い物の最中に心がお留守で、友達に「どうした?」って訊かれてしまう。「なんか変だぜ」って、「気分が悪いんだったら言えよ?」って。
だから、買い物は絶対に無理。友達と一緒に行くのは無理。
変な物とか、可笑しな物とか、そういう物を買いには行けない。大散財でバス代だけしか残ってないとか、悲惨な末路を迎えるのも。
(でも、買い物…)
ぼくの心を捕まえた買い物、どうしてそれをしてみたいのか、ってことになったら。
突き詰めてみたら、パパやママ抜きの買い物ってことで、だけど一人の買い物じゃなくて。
パパやママじゃない誰かが一緒で、それが楽しそうってことだから。
変な物は別に買わなくてもいいし、大散財でなくてもいいし…。
要は誰かと一緒に買い物、パパやママとは違う誰かと買い物をしたいだけなんだから…。
(そうだ、ハーレイ…!)
ハーレイと買い物に行けばいいんだ、って気が付いた。友達じゃなくて、ハーレイと。
二人でお店を覗いて回って、目的の買い物の他にも色々眺めて。こんなのがあるとか、こういう物も売られているんだと見ているだけでも充分楽しい。
ハーレイと二人で出掛けるんなら、変な物なんかは買わないけれど。可笑しな物だって買ったりしないし、大散財だってしないけど。
だって、ハーレイが必要な物を買うだけだから。それのオマケで、ぼく用の物があったら買うというだけだから。
でも、買い物には出掛けられるし、お腹が空いたら食事だって出来る。歩き疲れたら、ちょっと休憩、って一休みしてジュースとかだって。
友達との買い物にこだわらなくても、ハーレイと出掛けられればいい。それならハーレイと同じ予定で動けるんだし、ハーレイを断らなくてもいいし…。
それに決めた、って浮かんだ名案。ハーレイと買い物をしに行こう、って。
だから…。
「ねえ、ハーレイが連れて行ってよ」
ハーレイと会う予定を断る代わりに、ハーレイがぼくを連れてってよ。
「何処へだ?」
お前を何処へ連れて行くんだ、この俺が?
「買い物だよ!」
何でもいいから、ハーレイと買い物。ハーレイが買い物に行くついでに。
文房具だとか、柔道で使う物だとか…。そういう物は町の真ん中まで買いに行くでしょ、ぼくも一緒に連れて行ってよ。
ぼくの買い物はしなくていいから。出掛けたついでに何か見付けたら、買うだけでいいから。
「駄目だな、お前と買い物なんかは」
文房具だろうが、柔道のだろうが、御免蒙る。どうしてお前を連れて行かねばならんのだ。買い物に行くなら一人で出掛ける、俺はガキではないんだからな。
「なんで?」
二人一緒だと楽しいと思うよ、ハーレイだって。文房具だったら、どれがいいか意見を訊いたり出来るし、柔道で使う物なら、ぼくに色々と知識を披露できるでしょ?
「それはそうだが…。それこそデートというヤツだろうが」
「え?」
ただの買い物だよ、デートじゃないよ。お腹が減ったら食事もするかもしれないけれど…。喉が乾いたら、ジュースも飲むかもしれないけれど。
「おいおい、お前の頭の中では、デートと言ったら食事だけなのか?」
違うだろうが、買い物に行くのもデートの内だぞ?
俺の持ち物を買うにしたって、お前が一緒にくっついていれば、そいつは立派なデートだが?
二人で店を見て回ったり、ついでだからと食事してれば、もう充分にデートだがなあ…?
嘘、って思った、ぼくだけれども。
よく考えたら、ホントにハーレイの言う通り。ハーレイと二人で買い物に出掛けて、目的の物を買った後には食事をしたり、ジュースを飲んだり。
友達と行くなら遊びだけれども、それを恋人とやっていたら…。
「…デートだね…。ハーレイと買い物して、食事…」
前に何処かで食事をしたい、って強請ったら「それはデートだ」って言われたけれど…。
買い物のついでに食事するのも、それと同じでデートになるよね…。
「間違いないだろ?」
それにだ、さっきも言った通りに、二人で買い物に行くってヤツ。
そいつは立派にデートなんだぞ、食事に行くのと同じくらいに。
自分の物を買いに行くから付き合ってくれ、って連れて行くにしても、恋人同士で店に行くのはデートの内に入るんだよなあ、恋人同士だからこそだしな?
赤の他人と買い物に行きはしないだろうが。自分用の物を買おうって時に。
買い物に行くのも、立派なデート。そう聞いちゃったら、余計に行きたい。
友達と一緒に変な物とかを買いに行くより、ハーレイと買い物に行きたくなって。
「いつか、買い物…」
連れて行ってよ、買い物もデートだって言うなら、いつか。
「いつかはな」
お前が大きくなってからだな、チビの間は話にならん。まずは大きく育たないとな。
「んーと…。先生と生徒でも、買い物は駄目?」
ぼくは柔道部の部員じゃないから、柔道の物は駄目かもだけど…。
文房具とかなら、ハーレイも学校で使う物だし、ぼくが一緒に行くのは駄目…?
「お前、そういうのが楽しいのか?」
俺が文房具の店に出掛けて、教師用のノートとかを選んで。
教材用にとこれをこれだけお願いします、と注文する横に制服を着て突っ立ってるのか?
学校でそれの係なんです、って顔して、真面目に。
俺の仕事に付き合ったからには、ジュースくらいは御馳走するがな。だが、それだけだぞ?
用が済んだら、俺はお前とサッサと別れて家に帰ってしまうんだがな?
「…楽しくないね…」
ハーレイが家まで送ってくれるんだったらいいけれど…。お店でお別れなんだよね?
「当たり前だろうが、なんで家まで送らんといかん」
教師と生徒で買い物に行くなら、学校の用事の延長だぞ?
余計な売り場を覗く暇なんぞも無いな、目的の物を買ったら終わりだ。
俺と一緒に買い物に行くのはお楽しみに取っておけ、って言われちゃった。
いつか買い物でデートでいいだろ、って。
「買い物でデートって…。何を買いに行くの?」
変な物じゃないよね、ハーレイはとっくに大人なんだし…。デートに行く頃には、ぼくも大きくなってるわけだし。
でも、まだ変な物を買いたい年かもしれないけれど…。
「まあなあ…。十八歳だと、まだまだ変な物も買うんだろうなあ…」
これがハーレイに似合いそうだ、って変なシャツを押し付けられそうな気もしないではない。
お揃いで着ようっていうわけじゃなくて、単にお前が笑いたいだけで。
そして如何にもやりそうな気がする、今のお前は前のお前じゃないからな。うんと幸せに育った分だけ、とんでもないことも言い出しそうだ。
是非着てくれ、と押し付けられたら、俺はもちろん着てやるが…。
そいつを着込んで町も歩くし、ドライブにだって行ってやるがだ、学校は勘弁してくれよ?
俺にも教師の威厳ってヤツが必要だしなあ、流石に学校で変なシャツはな…。
「ハーレイ、変なシャツでも着てくれるんだ?」
ぼくが選んだら、誰が見たって笑うシャツでも。可笑しくて笑い転げるシャツでも。
「それでこそ恋人ってモンだろうが」
そこで怒って着ないようでは、心が狭くて話にならん。
しかしだ、もっと真っ当な物も、お前と買いに出掛けないとな。
あれこれ約束してるだろうが、って。
結婚したら二人お揃いで持ちたい物とか、家に置きたい物だとか。
結婚してから買ってもいいけど、結婚前には一杯、買い物。二人一緒に暮らし始めたら、直ぐに色々使えるように。お揃いのお茶椀とか、お箸とか、他にも、もっと。
「それって、とっても忙しそうだね…」
お茶椀だけでも迷いそうだよ、どれにしようか、あちこちお店を覗いて回って。
やっと決めたら次はお箸で、もっと他にも一杯買わなきゃいけなくて…。
買い物でデートをしてると言うより、買い物だけでヘトヘトになってしまいそうだけど…。
「そうならんように、計画を立てておかんとなあ…」
今日の買い物はこれとこれで、といった具合に、回りやすいように。
途中で休憩するための店も、食事する店もきちんと予約を入れておくとか…。
だが、安心しろ。
必要な物を選びに出掛ける買い物にもいつかは行かなきゃならんが、その前にもちゃんと連れて行ってやるさ。お前が可笑しなシャツを見立ててくれそうなデートに、ゆっくりとな。
他にも買い物は色々できるぞ、いろんな所で。
買い物をするためのデートじゃなくって、普通のデート。
それの途中で見付けたお店で、ちょっとしたものを買ってみるとか。
ハーレイの車でドライブに出掛けて、通り掛かった場所や行き先でお土産物とか。
「お前の買い物、そういうトコから始めるんだな」
そうやって買い物をするのに慣れたら、買い物デートだ。二人で街に繰り出そうじゃないか。
変なシャツを選んでくれるんだったら喜んで着るし、恨みもしないぞ。
学校に着ては出掛けられんが、お前と一緒に出掛ける時には着てやるからな。お前が笑い転げていようが、周りのヤツらが俺のセンスを疑おうが。
「うん、お小遣い、貯めておくよ!」
ハーレイと沢山買い物をしなきゃいけないから、財布が空っぽにならないように。
結婚する前の買い物をする時にお金が足りなくて困らないように、今からきちんと。
頑張って沢山貯めておくね、って宣言したのに、プッと吹き出しているハーレイ。
ぼくのお財布、空っぽになると思ってるんだろうか、大散財で。
「笑わなくてもいいじゃない!」
ハーレイに変なシャツを買っても、ぼくはお金を全部使ったりしないから!
バス代だけしか残らないような、そんな使い方はしないように気を付けるから!
だって、買う物、一杯あるし…。
結婚する時までに買わなきゃいけない物のお金は、残しておかなきゃいけないんだから…!
「お前、その金、全部自分で払うってか?」
それだと俺の立場が無いぞ?
俺と一緒にデートに出掛けて、お前が財布を出してるんじゃなあ…。
変なシャツくらいは買ってくれてもかまわないがだ、その他のヤツは俺が支払う。変なシャツの金だって俺が払ってかまわないなら、俺が自分で買うんだがな?
「でも…。お金、買い物に行ってる友達とかは…」
全部、自分で払ってるんだよ、今日だって。
バス代だけしか残らなくなっても、買い物に行くなら自分でお金を払うものでしょ?
「そいつらは遊びに行ったんだろうが。デートじゃなくて」
遊びとデートじゃ違うってもんだ、デートとなったら俺が払うのが筋だってな。
変なシャツだけは是非買いたい、と言うんだったら止めはしないが、お前が自分の財布から金を出すのはそういう時くらいで充分なんだ。
お前は俺よりうんと若いし、自分で稼いだわけでもないだろう?
俺は自分で稼いでいる上、お前より遥かに年上なんだ。デートの時には俺が払わんとな、食事もそうだし、買い物にしても。
ドライブに出掛けてパパやママにお土産を買おうって時にも、ハーレイが買ってくれるって。
ぼくのお財布の出番はいつになるんだろう?
ハーレイに変なシャツを買ったら、それでおしまいになるんだろうか?
「そうだな、変なシャツの他にとなると…。迷子になった時かもな」
ドライブにしても、何処かへデートに行った時にしても。
「迷子?」
えーっと…。それって、ぼくが一人で家まで帰るための交通費?
ぼくは勝手に帰ったりしないよ、ハーレイを置いて。
「そりゃそうだろうが。俺もお前を見付けてやりはするが、それまでの間だ」
一人きりでも腹は減るだろ、喉も乾くし。
そういった時に、自分で何かを食べたり飲んだりする分の金は、お前の財布から出すんだな。
俺が側にはいないわけだし、自分で払うしかないだろうが。
「それはそうかも…」
ハーレイがいないなら、ぼくが払うしかないもんね。
見付けて貰えるまでの間に、お腹が空いたら、パンを買ったり、ジュースを飲んだり。
もしもデートで迷子になったら、自分の財布から食べる物と飲み物を買うお金。
ぼくが使うお金はたったそれだけ、後はハーレイに変なシャツを買ってあげる分だけ。それだと少しもお金は減らない、本当にほんの少しだけ。
食べ物と飲み物の分のお金も、ハーレイに買ってあげた変なシャツのお金も、またパパたちからお小遣いを貰って元に戻っていそうだから。
「…ぼくのお小遣い、減らないよ?」
減った分だけ、またお小遣いが貯まりそうだし…。ぼくのお小遣い、減らないんだけど…。
「なあに、その内、お父さんたちから貰う生活も終わりだってな」
嫁に来ちまったら、もうお小遣いは貰えんだろうが。
お前の面倒は俺が見るんだし、お父さんたちはお役御免だ。
たまに貰えることはあっても、今と同じようにはいかないってな。
だからきちんと貯めておけよ、って笑うハーレイ。
迷子になった時に備えて、って。
「…結婚しても迷子?」
いつもハーレイと一緒にいるのに、それでも迷子になっちゃうと思う?
デートならまだ分かるけれども、結婚した後に迷子だなんて…。
「分からんぞ?」
十八歳で結婚するなんて言ってるんだし、俺に変なシャツを買いそうな年で結婚だろうが。
まだまだ子供だ、迷子になることも充分有り得る。
もっとも、結婚した後の、お前の財布。
何度も迷子になった挙句に空になったら、俺が元通りにきちんと補充をしてやるんだがな。
財布が空っぽになりはしないから、安心して迷子になってくれ、って片目を瞑られたけど。
迷子になってお腹が空いたら、美味しいものを沢山食べてもいいらしいけど。
ハーレイがぼくを見付けてくれるまで、のんびり出来るお店で、いろんなものを。
ぼくのお財布の中身で色々、食べたり、飲んだり。
いつかはハーレイと二人で買い物、ぼくのお財布の出番は迷子になった時だけ。
結婚した後も、迷子の時だけ。
でも、きっと迷子にはならないと思う、ハーレイと結婚した後は。
デートの時だと分からないけど、結婚したら。
だって、ハーレイと手を繋いで歩いてゆくんだから。
結婚したらずっと一緒で、ハーレイと二人、何処までも歩いてゆくんだから…。
買い物・了
※友達に買い物に誘われたブルー。けれど休日はハーレイと過ごす予定で、行くのは無理。
いつかはハーレイと買い物ですけど、それは楽しいデートになりそう。買う物も一杯。
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