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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

丈の長いマント

(んーと…)
 これって模様じゃなかったんだ、とブルーが驚いた新聞の記事。
 学校から帰って、おやつの時間。ダイニングのテーブルに置いてあった新聞、遠い昔の肖像画。毛皮の縁取りがある真紅のマントを羽織った王者の姿が添えられているのだけれど。
 記事の中身はその人物のことではなかった、服装について書かれた文章。王者に相応しい高価な衣装についての解説、それもマントについてだけ。
 SD体制が始まるよりも遥かな昔の地球の王侯貴族たち。彼らの肖像画でよく見るマント。
 長く引き摺るマントの縁には毛皮が定番、それはブルーも知っている。白地に黒の斑点がついた独特の毛皮、マントの縁を飾った毛皮。
 肖像画やら、戴冠式の様子を描いたものやら、そういった絵ではお馴染みのマント。縁に毛皮がくっついたマント。
 どの絵を見たって同じ模様の毛皮だったから、白地に黒のブチがついた毛皮、そんな模様の動物なのだと頭から信じていたのだけれど。
 毛皮の持ち主の動物が何かは、考えたこともなかったけれど。



 まじまじと覗き込んでしまった新聞、よく見ようと注目したマント。王者のマントの縁飾り。
 残念なことに、新聞の写真では小さすぎて全く分からない。黒い斑点の正体が。
(これって、尻尾…)
 信じられない、と思うけれども、別に添えてある毛皮の写真。「現在のものではありません」と撮影された時代の但し書き。地球が滅びるよりも遥かな昔に撮られた写真のデータです、と。
 今では撮れないという写真。こんな毛皮は作られていないし、もう本物も残っていない幻の品。
 白い毛皮からは尻尾が幾つも生えていた。先っぽだけが黒い尻尾が。
 ついでに愛らしい動物の写真、イタチに似ていて毛皮は真っ白。尻尾の先だけが黒いけれども。
(オコジョの尻尾だっただなんて…)
 マントの縁取りに使われた毛皮はオコジョの冬毛。冬の間だけ白くなるオコジョ、それを捕えて毛皮を集める。小さな身体のオコジョの毛皮を。マントの縁取りと裏地にするのに充分な数を。
 オコジョの毛皮はとても高価で、そう簡単には手に入らない。それをふんだんに使ったマントの縁飾りだから、使われたオコジョの数が分かるよう尻尾も一緒に縫い付けられた。
 白い毛皮に先が黒い尻尾、それの数だけ使ってあるオコジョ。尻尾の数が、黒い斑点かと思った部分が多いほど立派で豪華なマント。
 王者の威厳が一目で分かる尻尾だったから、その尻尾だけを好みの所に付け替えることも珍しくなかったという。より目立つように。先が黒い尻尾が引き立つように。



 とてつもなく高価で、かかった値段が一目で分かる仕組みになっていたマント。
 同じ時代に生きた人なら、誰でも分かったことだろう。あれだけ尻尾がついているなら、値段も途方もないものなのだ、と。
 値段を表すオコジョの尻尾。王者のマントの縁飾りと裏地。王や王妃が身に着けたマント。
(これに比べたら、前のぼくのマントは…)
 まだまだ普通だったんだ、と考えざるを得ない気がしてきた。
 ソルジャー・ブルーの紫のマント。床にまで引き摺る丈があったマント、ソルジャーの証。
 立派すぎると、大袈裟すぎると何度文句を零したことか。
 シャングリラが白い鯨に変身を遂げて、マントの素材も頑丈なものが開発されるまでは、本当に飾りだったから。
 何の役にも立たなかったマント、身体を保護するためのものではなかったマント。
 炎や爆風から身を守れる素材になった後なら、必要なのだと諦めることも出来るけれども。あのマントつきのソルジャーの衣装が出来た頃には、ただの紫の布だった。
 白い上着がそうだったのと同じで、ソルジャーの身分を表しただけ。マントを着けられる立場にいると、床にまで届くマントが相応しい人物なのだと。



 前の自分はそれが不満で、なんとも気恥ずかしくて脱ぎたかったマント。
 これを着けるほど偉くなどないし、出来ることなら丈を短くして欲しいと。ハーレイのマントと同じくらいの長さがあれば充分だから、と。
 けれども一蹴されてしまった、ヒルマンとエラに。
(威厳の問題、って…)
 マントの丈が長いほど身分が高い証だから、と譲らなかったヒルマンとエラ。
 ソルジャーといえばミュウの長だし、これを着けねばならないと。長いマントが必要なのだと。
(ヒルマンたちが尻尾の話を知ってたら…)
 白い毛皮の縁取りのマント、オコジョの尻尾が幾つもついた王者のマント。
 彼らがそれを知っていたなら、マントにつけられていたかもしれない。沢山の尻尾つきの毛皮をマントの縁と裏とに。
 こんなに沢山の尻尾つきだと、ソルジャーのマントは王者のマントに負けていないと。



(多分、模造の毛皮だろうけど…)
 制服が出来た頃のシャングリラで本物のオコジョの飼育は無理だったから。
 自給自足の白い鯨は出来ていなくて、家畜も飼ってはいなかったから。
(…それとも、やった?)
 模造ではなくて本物の毛皮の縁飾り。
 白い毛皮が威厳を高める役に立つなら、ソルジャーのマントの裏打ちと縁取りのためだけに縫い付けたかもしれない、あの頃であっても。
(物資は全部、人類の船からぼくが奪っていたんだし…)
 食料も、服も、布地の類も、輸送船から失敬しては持ち帰っていた。シャングリラに。
 そうして材料はもう充分に集まったから、と生まれた制服。船の仲間たちが望んだ揃いの制服、ソルジャーの衣装もその時に出来た。
 あれをデザインされていた頃に、ヒルマンとエラに縁飾りを思い付かれていたならば…。
(…毛皮つきのマント…)
 白いオコジョの毛皮つきのマント。先っぽが黒い尻尾が幾つもついた王者のマント。
 そういうマントにするのだから、と注文が入っていたかもしれない。備品倉庫に縁飾りに出来る白い毛皮が無かったとしたら、それを奪ってくるようにと。
 本物のオコジョの毛皮は無理でも、そのように見える真っ白な毛皮。ソルジャーのマントの縁と裏とに縫い付けて飾って、尻尾も作ってくっつけようと。
 白い毛皮を尻尾の形に縫い上げ、先っぽだけを黒く染め上げた飾り。それをマントの縁と裏とに幾つも幾つも、遥かな昔の王者のマントの真似をして。



 想像してみたら怖くなってきた、まるで有り得ない光景だったとは言い切れないから。
 ソルジャーに対する礼儀作法にうるさかったエラ、ミュウの紋章入りのソルジャー専用の食器を得々と披露していたエラ。
 彼女だったら旗を振りかねない、オコジョの尻尾付きのマントの。
 それにヒルマンもエラの味方をしただろう。「素晴らしい思い付きだよ、それは」と。
(尻尾にこだわり始めたら…)
 本物のオコジョの飼育を始めて、毛皮と尻尾を集め始めた可能性もある。シャングリラの改造が済んで自給自足の船になったら、オコジョくらいは飼えただろうから。
 さほど大きな動物ではないし、使い道があるなら「役に立たない」わけではないから。
(普段は普通のマントだろうけど、儀式用にって…)
 マントの素材が特別になって、耐久性がグンと上がった後でも毛皮つきのマント。ソルジャーの役目でシャングリラの外へ飛び出す時には使えなくても、仲間たちの前で身に着けるマント。
 たとえば新年を迎えるイベント、皆で乾杯する時などに。
(…ホントに大袈裟すぎるんだけど…!)
 本物のマントよりもずっと酷い、と思わず頭を振ってしまった。毛皮の縁取りつきなんて、と。
 やられなくて済んで良かった毛皮つきのマント。
 ホッと息をついて新聞を閉じた、「ぼくが着せられなくて良かった」と。



 空になったケーキのお皿や紅茶のカップを母に渡して、部屋に戻って。
 勉強机の前に座って、頬杖をついて考える。さっきの新聞で目にしたマント。
(オコジョの尻尾…)
 多いほど威厳が高まる尻尾。マントの縁を飾った白い毛皮に幾つも幾つも、先が黒い尻尾。
 本当に危なかった、と思う。
 前の自分の紫のマント、あれの縁と裏に尻尾付きの毛皮を縫い付けられていたかもしれないと。
 もしもエラたちが知っていたなら、ヒルマンたちがデータベースで王者のマントについて詳しく調べていたら。マントの縁には白い毛皮だと、オコジョの尻尾で飾るものだと気付いていたら。
(でも…)
 もしかしたらヒルマンとエラは、見逃してくれていたのだろうか?
 前の自分がマントだけでも嫌がっていたから、縁に毛皮は可哀相だと考えて。
 そうでなければ、尻尾付きの毛皮を縫い付けるほどにこだわらなくても、と思ったか。あの船にソルジャーは一人だけだったし、マントがあればもう充分だと。



 博識だったヒルマンとエラ。調べ物も得意な二人だったし、オコジョの毛皮も尻尾も知っていたかもしれない。王者のマントに縫い付けてあることも、尻尾は多いほど素晴らしいことも。
 知っていたけれど、見逃してくれた。前の自分が着けるためのマントに、尻尾付きの毛皮は縫い付けないで。
(その可能性も…)
 あったのだろうか、今となっては分からないけれど。
 白いシャングリラも、ヒルマンもエラも、遥かな遠い時の彼方に行ってしまって手が届かない。訊いてみたくても答えは聞けない、前の自分のマントの話は。
 オコジョの毛皮を縫い付けたかったか、沢山の尻尾で飾りたかったか。
 それを二人に尋ねたくても、もう手掛かりは何処にも無い。
 前の自分が着けていたマント。丈が長いと、大袈裟すぎると何度も文句を言っていたマント…。



 いくら嫌だと愚痴を零しても、着けるようにと言われてしまった長かったマント。身体を覆ってしまうくらいだった、幅も長さも。
 せめて長さだけでも短かったら、まだ幾らかはマシだったのに。
 とはいえ、オコジョの尻尾付きのマントの存在を知ったら、長さくらいは我慢するべきだったと思えてくるから不思議なもの。尻尾が幾つもついたマントを着せられるよりは、丈が長すぎる方が見た目はマシだという気がするし…。
 長いマントも恥ずかしかったけれど、長いだけで尻尾付きの毛皮の飾りは無かったし…。
 なにより、ヒルマンとエラが譲らない。マントの丈に関しては。
 威厳を保つには長いほどいいと言った二人が許しはしないし、尻尾付きの毛皮を免れただけでも良かったと思っておくしかなくて。
(…そうだ、長さ…!)
 マントの長さでもめたのだった、と遠い記憶が蘇って来た。
 前の自分のマントではなくて、ハーレイのマント。
 キャプテンの制服の背に付けられていた濃い緑色のマント、それの長さが問題だった、と。



 前の自分が羨ましかったキャプテンのマント。自分のマントもあれくらいの丈で充分なのに、と何度も眺めてしまったマント。
 床まで届くほどの長さではなくて、腰よりも少し下までの丈。
(ぼくはあれでいいと思っていたのに…)
 前のハーレイのマントの長さ。ハーレイに似合うし、短い丈が素敵だった。ズルズルと床に引き摺ってしまう自分のマントよりも、ずっと実用的で。
 服飾部門のデザイン係がデザイン画を描いて、仲間たちも賛成して決まったキャプテンの制服。マントの丈は短めがいい、とデザインされていた制服。
 キャプテンは操舵をすることもあるし、船の中をあちこち駆け回らねばならない仕事でもある。動きづらい服では話にならない、だからマントも短めに。
 いざという時、動きを妨げないように。
 マントが邪魔して走れないとか、裾を踏んで転んでしまうだとか。
 それではキャプテンの制服としては失格だからと、あえて短めのマントが選ばれた。本当ならばソルジャーに次ぐ立場がキャプテンなのだし、マントも長めにすべき所を。



 けれども、シャングリラが白い鯨に変身を遂げてから辿り着いた星、アルテメシア。
 雲海の中に潜む間にミュウの子供たちの悲鳴に気付いて、救い出しては連れて来た。何処よりも安全なミュウの箱舟、楽園という名のシャングリラに。
 アルタミラを知らない子供たちが増え、やがて育って大人になって。
 そうなれば船での役目を担うし、若い者たちにも目を光らせねばいけなくなって。
(長老だけでは威厳不足だって…)
 四人だけでは監視が行き届かない、と言い出したエラやヒルマンたち。
 ミュウは見た目が若い姿だから、どうしても軽く見られがちだと。そんな人間が注意をしたって効き目の方は怪しいものだと、もっと威厳を持たせねばと。
 そうは言っても、今頃になって年を取れと強制出来はしないし、皆も嫌がるに決まっている。
 何か方法は無いのだろうか、と考え続けたエラたちが思い付いたものがマントだった。
 当時は長老の四人だけが着けていたマント。それを古参の者たちにも、と。
 マントの下に着る制服は今まで通りでいいから、マントだけでも着けて欲しいと。
 制服の上にマントを羽織れば、威厳は自ずと滲み出る筈。
 それを作ろうと、アルタミラからの古参の仲間はマントにしようと出された意見。



(もめたんだけどね…)
 マント着用の案が皆に伝えられた段階で。古参の仲間たちの意見を募った時点で反対多数。
 若い者たちは「そういう決まりになるのなら」と提案を素直に受け入れたけれど、肝心の古参の仲間たち。マントを着ることになる者たちから反対の声が多く上がった。
 長い年月、長老だけが着けていたマント。
 それを着けられるほどに自分は偉くはない、と拒否されてしまったマントを着けること。
 結局、様々な部門の責任者だけがマントを作るということになった。責任者ならば威厳も必要、その部門では偉い立場になるのだからと。
 もっとも、そうして作られたマントの出番は殆ど無かったのだけど。
 自分用のマントを手にした者たちは、やはり恥ずかしがったから。
 「自分が着るには過ぎたものだ」と誰もが思った、長老の四人と揃いのマント。シャングリラを束ねる四人の長老、彼らと肩を並べて立つには自分は器量不足だと敬遠されてしまったマント。
 よほどでないと彼らは着なかった。
 部下の若い者が重大なミスをしでかしてしまい、ブリッジにまで詫びに出向かなければいけないような時だとか。ミスをした部下の付き添いでシャングリラ中を回る時には着けていたマント。
 そのくらいしか普段の時には着ていない。マントは大袈裟すぎたから。



 作りはしたものの、出番が滅多に無かった古参の者たちのマント。
 自分たちには相応しくないと反対意見が大多数を占めてしまった、マント着用という提案。
(あの時、ハーレイのも長くするべきだ、って…)
 短めだった前のハーレイのマントに彼らは目を付けた。マントを着たくなかった仲間たちは。
 自分たちに長老の四人と同じ長いマントを作るのだったら、キャプテンにも、と出た文句。
 マントは威厳のためだろう、と。
 ブリッジで操舵や指揮をしている時はともかく、ここ一番という威厳を示すべき時。
 そういう場面ではキャプテンも長いマントにせねばと、自分たちがマントを着けるのだったら、キャプテンにも威厳を保つためのマントが必要だろうと、一種の屁理屈。
 長年、マント無しで気楽に過ごして来た古参の者たちは頑固に言い張った。
 自分たちにマントを強制するなら、キャプテンも丈の長いマントを作るべきだと。そうするなら譲歩してマントでもいいと、ただし普段は着ないけれども、と。



(あれで、結局…)
 前のハーレイも作らされたのだった、丈の長い威厳のあるマントを。キャプテンの制服の背中に付ける濃い緑色のマントの、床まで届く丈があるものを。
 けれど、前の自分はそれを一度も見ていない。
 作られたことは知っているけれど、デザイン画も見せて貰ったけれども、ハーレイがそれを着た所を。試着した所さえ見てはいなくて、どんな感じになるのか知らない。
 新年を迎えるイベントだとか、行事は色々あったのに。
 「此処で着るべきだ」と促したりもしたというのに、いつも曖昧な言葉で濁され、キャプテンは逃げて行ってしまった。
 丈の長いマントを一度も着ないで、「必要な時が来たら着ますよ」などと誤魔化して。
 だから今まで存在すらも忘れたままでいたマント。
 ハーレイのマントは短かったと思い込んだままで、ハーレイのマントはそういうものだと頭から信じて疑いもせずに。
 長いマントはあったのに。
 濃い緑色の、床まで引き摺る丈のマントは確かに作られ、白いシャングリラにあったのに。



 前の自分がただの一度も見ないで終わった、ハーレイのマント。丈の長いマント。
(ぼくが寝てた間に…)
 アルテメシアから逃げ出した後に、十五年間も眠り続けた自分。その間の出来事は分からない。深く深く眠ってしまっていたから、白い鯨で何があったかまるで知らない。
 前の自分が深い眠りに就いていた間に、着たのだろうか、ハーレイは?
 いつもスルリと逃げてしまって、着てはくれなかった長いマントを。丈の長い緑色のマントを。
(ジョミーのソルジャー就任式とか…?)
 それがあったなら、もう間違いなく長いマントの出番だったと思うけれども、就任式は無かったらしい。アルテメシアからの脱出直後のゴタゴタ、ようやっとそれが落ち着いた途端に前の自分が眠ってしまって、就任式どころではなかったから。
 ソルジャー不在でいられるわけがないから、なし崩しにソルジャーになってしまったジョミー。
 何の儀式も行われないまま、前の自分がするべきだった引き継ぎのメッセージも流れないまま、ソルジャー・シンの時代になった。
 つまりは無かった就任式。
 それが無いなら、ハーレイがあの長いマントを着た筈がない。ジョミーをソルジャーと呼ぶだけだったら、マントの有無はまるで関係無いのだから。



(他に劇的な出来事って…?)
 ナスカへの入植に、トォニィの誕生。どちらもミュウの歴史に残る出来事、今の時代にまで語り継がれているのだけれども、マントの出番ではない気がする。式典があったとは聞かないから。
 他に何か…、と考えてみても思い浮かばない、ハーレイが長いマントを着そうな時。
 そういう機会があったかどうかと悩んでいたら、チャイムが鳴った。門扉の脇にあるチャイム。それを鳴らして仕事帰りのハーレイが寄ってくれたから。
 これはチャンスだと、部屋でテーブルを挟んで向かい合うなり訊いてみた。
「あのね、前のハーレイのマントなんだけど…」
 前のぼくが寝ちゃった後に着たかな、ハーレイのマント。
「はあ?」
 俺のマントって…。俺の背中にはいつもマントだったが、キャプテンだしな?
「それじゃなくって…。長いマントを作っていたでしょ、あれ、着てた?」
 床まで引き摺る長いマントだよ、前のぼくが寝ていた間に着たの?
「あのマントか…。お前も知っての通りだが?」
 のらりくらりと逃げていたってこと、お前だって百も承知だよなあ?
 ジョミーがソルジャーになったからって、俺の考え方が変わると思うのか?
 そりゃあ、ジョミーのソルジャー就任式でもあったら別だが、そいつは無かったわけだしな…?



 ハーレイの口ぶりからして、どうやらマントは着ていないらしい。前の自分が眠っていた間も、ただの一度も着ていないマント。
 そうなってくると逆に気になる、着るような機会が存在したのか、しなかったのか。ハーレイはマントから逃げていたのか、単に着る機会が無かっただけか。
 だから質問を投げることにした、前の自分が眠っていた間に機会はあったか、無かったのかと。
「えーっと…。前のぼくが眠ってしまった後には、長いマントの出番はゼロ?」
 他のみんなだよ、ハーレイじゃなくて。
 ゼルたちと同じ長老のマントを持ってた人たち、何人もいたよね。…あれの出番は?
 みんながマントを着るような場面、一度も無いままで十五年経ってしまったの…?
「………」
 返事の代わりに返った沈黙。ずうっと昔に曖昧な返事で長いマントから逃げていた頃と同じ。
「…あったんだね?」
 みんながマントを着るような時が。でも、ハーレイは着なかったんだね…?
「まあな」
 別に何とも言われなかったぞ、エラもヒルマンも諦めていたのかもしれんがな。
「いつなの?」
 何があったの、みんながマントを着ていただなんて。
 ぼくには少しも心当たりが無いけれど…。
「ジョミーの思念波通信の時だ」
 人類に向かってメッセージを送った話は知ってるだろう?
 歴史の授業でも習う筈だぞ、逆に人類から追われる羽目になっちまったが…。
 仕方ないんだがな、教育ステーションに被害が出たんじゃ、ミュウの攻撃だと思われてもな…。



 キースとシロエがいた教育ステーション、E-1077を巻き込んでしまった思念波通信。
 意図して起こした事故とは違って、そういう結果を招くとも思わず送られた思念波。
 ミュウと人類との間に横たわる溝を埋めるべく、地球の最高府とのコンタクトを目指して。
 それをジョミーが送ろうという時、皆がマントを着たという。
 天体の間から行われた通信は、一大イベントだったから。もしも通信が上手くいったら、地球と直接交渉が出来る道が開けるわけなのだから。
「…ハーレイ、そんな時でも着なかったんだ!?」
 本当に凄いイベントじゃないの、地球とコンタクトを取ろうだなんて。
 歴史が変わるかもしれない時だよ、それなのにマントを着なかったわけ…?
「悪いか、俺には似合わないんだ!」
 仕方ないから作りはしたがだ、長いマントは柄じゃないってな。
「そんなこと…!」
 似合わないなんていうことはないでしょ、ハーレイ用のマントなんだから…!
 ちゃんと服飾部門がデザインして作ったマントなんだし、制服にもピッタリ合う筈なんだよ…!



 ハーレイは「似合わない」と言い張るけれども、それは有り得なかったと思う。
 試着ですらも見てはいないマントでも、ハーレイ専用なのだから。ハーレイのためにとデザインされた特別なマントなのだから。
「ハーレイ、そこで着なかったんなら、いつ着るの!」
 せっかく作ったマントなんだよ、何処で着ようと思っていたの…!
 いつもいつも着ないで逃げてばかりで、地球に着いた時だって着ていないよね、あのマント…!
「あれなあ…。お前と地球に着いた時に着ようと俺は思っていたからなあ…」
「え?」
 地球って、前のぼくと一緒に?
 ぼくと一緒に地球に着いたら、あのマントを着るつもりだったの…?
「そうさ。前の俺の人生最高の儀式は、そこより他には無いだろうが」
 前のお前を乗せたシャングリラを、俺が地球まで運んで行くんだ。
 辿り着いたら、もう間違いなく最大のイベントになるわけだからな?
 そこで着ようと決めていたんだ、あれは。前のお前の隣に立って。
 どうだ、最高の儀式でイベントだろうが、お前と一緒に地球に着くのは。
「うん…」
 そうだね、本当に最高だよね。
 ハーレイとぼくと、二人一緒にちゃんと地球まで行けていたなら。
「分かったか? 俺がマントを着なかったわけが」
 とっておきだったんだ、俺の人生で最高の瞬間に着るための。
 なにしろ威厳がどうとかっていう、御大層なマントだったしなあ…。
 ここぞって場面のために取っておかなきゃ意味が無いだろうが、俺のマントは他にあるんだし。



 地球に着くまでは短い丈のマントのままで。
 青い地球まで辿り着いたら、そこで丈の長いマントを初めて着けて。
 後は自由になるつもりだったという、キャプテンの立場と責任から解き放たれて、前のブルーと二人で自由に。ソルジャーではなくなったブルーと二人で。
「…じゃあ、ハーレイの長いマントの出番は…」
 長いマントも必要だから、って作らされてたマントの出番は…。
「前のお前の寿命が尽きると分かった時点でもう無かったさ」
 お前と二人で地球に着く日は来ないんだ。
 俺の人生で最高の日が来ない以上は、あの仰々しいマントなんぞは着けないってな。
「…ぼくのお葬式は?」
 前のぼくがメギドへ行かずに、シャングリラで寿命を迎えていたら…。
 そしたらシャングリラでお葬式だよ、その時にも着てはくれないの、マント…?
「ああ。着ろと言われても着るつもりは無かった」
 決して着ないと決めていたなあ、前の俺はな。
「…なんで?」
 お葬式だよ、前のソルジャーのお葬式っていうことになったら正装だよ?
 エラやヒルマンだって、あのマントをどうして着ないんだ、って怒りそうだけど…?
「怒りたいなら怒らせておくし、怒鳴りたいなら気が済むまで怒鳴らせておくまでだ」
 礼儀知らずと罵られようが、何と言われようが、絶対に着ない。
 お前の隣で着ようと決めていた大切なマントなんだぞ、お前がいないのに着てどうする。
 いくらお前の葬式にしても、其処にお前の魂はとうにいないんだからな。
「…そっか…」
 お葬式なら、ぼくの身体だけしか無いものね…。
 ぼくの魂は何処かに行ってしまって、ハーレイの隣にはいないんだものね…。



 一度も出番が無かったというハーレイのマント。丈が長かったキャプテンのマント。
 濃い緑色のそれはハーレイの部屋のクローゼットに仕舞い込まれたまま、ついに一度も使われることなく終わってしまった。
 シャングリラが地球まで辿り着いても、ハーレイが地球へと降りた時にも。
「…あれを着たハーレイ、見たかったな…」
 ホントに一度も見ていないんだもの、試着くらい見に行けば良かったよ。
 きっとその内に着るんだろうから、って待っていないで、出来たっていう報告が入った時に。
「俺もお前の隣であれを着たかった。俺の人生最高の日にな」
 しかし、その日は来なかったんだし、お互い様っていうことだ。
 お前は俺が着ている所を見損ねちまって、俺は着るための場所を失くしちまった。
 せっかく作ったマントだったが、御縁が無かったって言うんだろうなあ、こういうのはな。
 …ところで、どうしてマントなんだ?
 それも今頃になって突然どうした、前のお前が生きてた頃には着ろとも言われなかったんだが?
「…えっとね、尻尾…」
「尻尾?」
 マントに尻尾があると言うのか、どんなマントに尻尾があるんだ?
「…マントじゃなくって、マントの縁だよ」
 毛皮がついてるマントがあるでしょ、昔の王様の肖像画とかで。
 あれの毛皮は白地に黒のブチだと思っていたんだけれど…。
 違ったんだよ、黒いのはオコジョの尻尾の先っぽ。
 王様のマントは尻尾が一杯、沢山あるほど立派なマントで、見せびらかすための尻尾なんだよ。



 ソルジャーのマントをそんなマントにされなくて良かった、と微笑んだら。
 エラとヒルマンが前のぼくを見逃してくれたのかも、とマントが苦手だった話をしたら。
「ふうむ…。オコジョの尻尾がついたマントなあ…」
 お前がそいつを持っていたなら、俺も着たかもな。
「えっ?」
 着るって、ハーレイ、何を着るの?
 前のぼくが尻尾つきのマントを持っていたとしたら、ハーレイは何を着るって言うの…?
「マントに決まっているだろう。出番が無かった俺のマントだ」
 お前がオコジョの毛皮つきのマントを着ている時には、俺も丈の長いヤツを着るってわけだ。
 毛皮つきのマントはお前の正装用のヤツになるんだろうから、それに合わせて相応しくな。
「そうなんだ…!」
 ハーレイ、合わせてくれるんだ?
 前のぼくが派手なマントを着せられていたら、ハーレイも普段は着ていないマント。
 長いマントを着てくれたんだね、ぼくのとんでもないマントに合わせて…。



 それを聞いたら、オコジョの尻尾が幾つもついた立派すぎるマント。
 白い毛皮の縁飾り付きのソルジャーのマントも、あった方が良かったかもしれない。ヒルマンとエラが見逃してくれていたと言うなら、見逃す代わりに「着て下さい」と押し付けられて。
 尻尾だらけのマントがあったら、珍しいハーレイを見られたから。
 前の自分がただの一度も見られずに終わった、長いマントを着けたハーレイを見られたから。
 でも…。
「…ハーレイのマント、出番が一度も無かったっていうのも、ちょっと嬉しいかな」
 見られなかったのは残念だけれど、ぼくと二人で地球に着く日の晴れ着だったと言うんなら…。
 最高の日が来るまで取っておこう、って残しておいてくれたんだったら。
「そう言って貰えると、俺も嬉しい。…あのマントから逃げていたわけじゃないからな」
 前のお前にも本当のことは言えずに終わってしまったが…。
 サプライズっていうのは、そうしたもんだろ?
 この日のために取っておきました、って取り出すまでは誰にも話しちゃ駄目だってな。
 そいつを渡そうっていう相手にだって内緒にするのがサプライズだ。
 …もっとも、あのマントは渡すんじゃなくて、前の俺が着るっていうだけだがな。



 前の俺の取っておきだったんだ、とパチンと片目を瞑るハーレイ。
 そのサプライズを前の自分は貰い損ねてしまったけれども、時を越えて自分が受け取った。
 オコジョの尻尾のマントのお蔭で、あの記事に出会って読んだお蔭で。
 前の自分と地球に着いた時、ハーレイが着ようとしていたマント。
 たった一度だけ、前の自分の隣で着るために取ってあったハーレイの丈の長いマント。
 それをハーレイが持ってくれていたのが嬉しいと思う、前の自分たちが自由になる日のために。
 ずっと秘密だった恋を明かして、二人で自由になれる日のために。
 着られずに終わったマントだけれども、それを着ないでいてくれたのが。
 とっておきだと、晴れ着なのだと、大切に持っていてくれたのが。
 そのハーレイと二人、今度は何処までも、いつまでも離れずに生きてゆく。
 背中にマントはもう無いけれども、二人で目指した青い地球の上、幸せに手を繋ぎ合って…。




            丈の長いマント・了

※ハーレイのだけ、丈が短かったマント。けれど、正装用に長い丈のも持っていたのです。
 着ないままで終わってしまいましたけど、ブルーには少し嬉しい理由。最高の晴れ着。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv











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