シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
新しい年が明け、シャングリラ学園も三学期スタート。お雑煮大食い大会に水中かるた大会と続いたイベントも一段落して、今日は土曜日なんですけれど。雪がちらつく中、いつものように出掛けた会長さんの家でキース君が両手をせっせとマッサージ中で。
「何やってんだよ、さっきから?」
サム君が声を掛けました。
「コーヒーとケーキじゃ身体が温まらねえってか?」
「いや、そういうわけではないんだが…。おふくろが言うには小まめなマッサージが大切で」
でないと肌荒れが酷くなるとか、とマッサージしたりツボを押したり。
「肌荒れって…。キースは何を目指しているわけ?」
ジョミー君の疑問は私たち全員に共通でした。霜焼け予防というならともかく、肌荒れだなんて言われても…。
「何か勘違いをしているな? 俺は美肌を求めちゃいないぞ。要は荒れなきゃいいだけだ!」
「荒れそうなことをしてるのかよ?」
水仕事とか、というサム君の問いに「まあな」と返事が。
「古い仏具の手入れをやってる。磨く作業も手が荒れるんだが、仏具の箱も埃を被っているからなあ…。細かい埃は手が荒れるんだぞ」
埃が皮脂を吸い取るらしい、という話。それにしたって、お正月早々、大掃除ですか?
「大掃除ってわけじゃないんだが…。そいつは暮れに済ませてるんだが、蔵の中まではやらないからな。そこへ親父がロクでもないことを思い付きやがって」
「仏具磨きかよ?」
立派じゃねえか、とサム君が。
「お前の家、色々ありそうだしなあ…。やっぱり手入れは大切だよな」
「それは分かるんだが、こんな季節に思い付かないで欲しかったんだ! いくらシーズンだからと言っても!」
「「「シーズン?」」」
仏具の手入れにシーズンなんかがあるのでしょうか。あるとしたって、新年早々って何やらおかしくないですか?
「どちらかと言えば、古い道具のシーズンなんだ!」
「「「古い…?」」」
ますます意味が分かりません。古道具って今頃がシーズンでしたか?
シーズンだからと仏具の手入れを思い付いたらしいアドス和尚。キース君の手が荒れそうなほどに手入れさせてるらしいですけど、いったいどういうシーズンなのか。虫干しだったら夏のものですが、冬にも何かあるのでしょうか?
「大事にしている道具と言うより、忘れ去られた道具の方だな。今がシーズンの道具といえば」
それで親父が思い付いた、と言われても謎。古道具の買い取りは冬がいいとか、そういうの?
「買い取りに回す方ならまだいい。忘れて仕舞い込んだままって方のが問題なんだ」
「「「えっ?」」」
「そういう道具が反乱を起こす。そう言われている季節だな、今は」
「なるほどねえ…」
やっと分かった、と会長さんが。
「いわゆるアレだね、付喪神だろ? アドス和尚が言ってるヤツは」
「流石だな。あんた、やっぱりダテではないな」
「そりゃねえ…。銀青の名前を背負うからには、そういったことも知っておかないとね」
知識は豊富な方がいい、と会長さんは私たちをグルリと見渡して。
「付喪神っていうのは分かるかい? 古い道具に魂が宿った神様と言うか、妖怪と言うか…」
「ええ、聞いたことはありますね」
見たことはまだ無いんですが…、とシロエ君。
「その付喪神がどうかしましたか?」
「放っておかれた古い道具が付喪神になると、夜中に出てって行列をすると言われてる。他の妖怪とかと一緒に」
「「「行列?」」」
「百鬼夜行というヤツだけれど、知らないかな?」
こう妖怪がゾロゾロと…、と言われてみれば、噂くらいは知っていました。目撃談までは知りませんけど、そういったものがあるらしいことは。
「その百鬼夜行。お正月に出るって話もあるんだ、他にも出る日はあるらしいけどさ」
「「「お正月?」」」
「そう、一月」
だからシーズン、と会長さん。
「今の時期に手入れを怠っていたら、百鬼夜行をやりかねないっていうことさ」
「「「あー…」」」
それで仏具の手入れなのか、と納得しました。お正月早々、ご苦労様です、キース君…。
古い仏具が付喪神になって百鬼夜行に出掛けないよう、せっせと手入れ。肌荒れ防止にマッサージまでが必要だなんて、キース君もなかなか大変そうです。だけど百鬼夜行に古道具なんかが混じってるんだ…。
「知らないかい? 履物なんかも混じるらしいよ、百鬼夜行は」
「「「履物…」」」
それのどの辺が妖怪なのだ、という気もしますが、自力走行している履物だったら充分に妖怪かもしれません。あまり怖そうには思えませんけど…。
「いや、甘いぞ。百鬼夜行に出会うと祟ると言うからな」
キース君が言って、会長さんも。
「そうだよ、百鬼夜行に出くわした時に唱える呪文もあるくらいだしね。ウッカリ出会うと病気になるとか言われているねえ、昔からね」
「そういうことだ。だからウチの仏具が世間様に御迷惑をかけないように手入れしておけ、と親父が屁理屈をこね始める。いきなり思い付きやがったくせに、偉そうに!」
何年放ってある仏具なんだ、とキース君は文句たらたら。
「おまけに使わずに放っておいたら付喪神で百鬼夜行なコースが待っているだけに、磨いた後には形だけでも使わねばならん。まったくもって迷惑な…」
「へえ…。使わないと妖怪になるのかい?」
「そういうわけだが…。って、何処から湧いた!」
いつの間に、とキース君が叫んだのも全く不思議ではなく、ソルジャーが部屋に立っていました。紫のマントを翻して部屋を横切り、空いていたソファに腰を下ろして。
「ぶるぅ、ぼくにもケーキと飲み物!」
「かみお~ん♪ いつもの紅茶でいいんだよね!」
待っててねー! とキッチンに跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。御注文の品が揃うと、ソルジャーは早速、フランボワーズのロールケーキにフォークを入れながら。
「さっきの付喪神だけど…。古い道具を使わずにいると、妖怪になってしまうのかい?」
「まあ、そうだが。…もっとも、俺は現場を見たわけじゃないが」
「ぼくも履物とかは見ないねえ…」
それっぽいモノの噂だったら何回か、と会長さんとキース君の二人が答えると。
「そうなんだ…。だとするとハーレイ、危険じゃないかな?」
「「「はあ?」」」
古い道具を使わずにいると付喪神。それで「ハーレイが危険」だなんて、キャプテン、何かの道具を使わずに放置してるんですか…?
古い道具を使わずにいると付喪神になり、妖怪に混じって百鬼夜行をするという話。ソルジャーの世界に百鬼夜行があるかどうかはともかくとして、キャプテンは付喪神になりそうな古い道具を放っているっていうわけですよね?
「ううん、ぼくのハーレイのことじゃなくって…。こっちのハーレイ」
「「「教頭先生!?」」」
教頭先生がどう危険なのか、サッパリ分かりませんでした。会長さんと同じで三百年以上も生きてらっしゃるらしいですけど、古い道具を放置かどうかが何故ソルジャーに分かるのでしょう?
「え、だって。放置したままで三百年は軽いと思うよ、使っていないし」
「何をさ?」
ハーレイの家ならそんなに古くはないけれど、と会長さんが切り返しました。
「それにハーレイ、ああ見えてけっこうマメな方でね…。いつかはぼくと結婚しよう、と馬鹿げた夢を抱いているから、それに備えて整理整頓!」
古道具の放置は有り得ない、という見解、古い道具も大事にお手入れ。
「ロマンティックな雰囲気を…、と買い込んだような家財道具もあるからね。そういったものは二度と手に入らない可能性も高いし、きちんと手入れを欠かさないってね」
「そういう道具のことじゃなくって…。ホントにまるで使ってないのがあるだろう?」
未だにデビュー戦の予定すら無い、とソルジャーはフウと溜息を。
「せっかく立派なのを持っているのに、童貞だなんて…。初めては君だと決めているから使わないなんて、あれが道具の放置でなければ何なんだと!」
「「「………」」」
ソルジャーの言う「道具」とやらが何のことなのか、私たちにも辛うじて理解出来ました。教頭先生の大事な部分で、会長さんへの愛が認められない限りは絶対に出番が無い部分。
「ぼくが思うに、あれだって古い道具だよ? こっちのハーレイ、ぼくのハーレイよりも百歳ほどは年上なんだし!」
なのに一度も使っていない、とソルジャーは指摘。
「このまま放置じゃ、付喪神になるんじゃないのかい? アレも」
「ハーレイのアレが付喪神になると?」
会長さんがポカンと口を開けましたが、ソルジャーの方は大真面目に。
「ぼくは危ないと思うんだけど? だって使っていないんだよ?」
三百年以上も放置の古道具だ、などと言ってますけど、それは確かにそうかもですねえ…。
付喪神の危機らしい、教頭先生の大事な部分。そんな危険は誰も一度も考えておらず、会長さんだって呆れ顔ですが、ソルジャーは危ないと思ったようで。
「もしもアレがさ、付喪神になったらどうなるんだい? うんと大きくなるだとか?」
妖怪だしね、という解釈。
「大きいっていうのは素敵だけれどさ、入り切らないほどの大きさになると厄介だよねえ…」
入れてなんぼだ、と頭を振っているソルジャー。
「もしも入れられないサイズになったら、それはもう使うどころでは…」
「そういう以前に、家出するから!」
会長さんが割って入りました。
「付喪神になった道具は百鬼夜行に出掛けるんだよ、夜の巷を練り歩くんだよ!」
「百鬼夜行?」
何だいそれは、とソルジャーの赤い瞳が真ん丸に。
「練り歩くって…。ハーレイのアレがかい?」
「いや、アレだけってわけじゃなくって…。他の色々な付喪神とか、妖怪だとかがゾロゾロとね」
言わば妖怪の大行進だ、と会長さん。
「そういう集いに出掛けちゃうから、一度行ったら二度と戻って来ないかもねえ…」
「アレが家出を!?」
そして戻って来ないんだ、とソルジャーは驚愕の表情で。
「だったら、ハーレイ、どうなっちゃうわけ? 君との結婚とかの未来は?」
「アレが無いなら、もう手の打ちようが無いってね!」
肝心要のアレが無いんじゃあ…、と会長さんは手をヒラヒラと。
「だから全然かまわないんだよ、ハーレイのアレが家出しようが、付喪神になってしまおうが! ぼくとは縁がスッパリ切れるし、もう言い寄っても来ないしねえ…」
付喪神万歳! と会長さんは指をパチンと鳴らして。
「うん、これも何かの縁かもしれない。ハーレイのアレには付喪神になって貰おうかな?」
「「「は?」」」
「付喪神だよ、使われてもいない古道具だろう?」
この際、付喪神になって家出を! と会長さんの唇が笑みの形に。
「家出した上に百鬼夜行とお洒落に決めて貰おうか。そうすれば当分、大人しいかも…」
うん、いいかも、とか頷いてますが。古い道具を放置した末に出来てしまうのが付喪神。それって簡単に出来るものですか、しかも他人が手出しして…?
教頭先生の大事な部分を付喪神に、と恐ろしいことを言い出した会長さん。家出させた上に百鬼夜行だと言ってますけど、そんなことが本当に可能でしょうか?
「家出に百鬼夜行だなんて…」
出来るのかい? とソルジャーも不思議に思った様子。
「付喪神を作る技術があるとか言わないだろうね?」
「いくらぼくでも、そっちの方はね…。逆の方なら出来るけどさ」
「逆?」
「付喪神になってしまった物をね、御祈祷で鎮めることなら可能。それだけの力は持っているけど、逆に言ったら付喪神なんかを作っちゃ駄目だということになるね」
それは坊主の道に反する、と会長さん。
「坊主は供養をしてなんぼ! 付喪神を鎮めてなんぼなんだし、その逆はマズイ」
「だったら、ハーレイのアレを付喪神にしたらヤバくないかい?」
「本当に本物の付喪神ならヤバイけどねえ…」
偽物であれば大丈夫! と会長さんは指を一本立てました。
「要はハーレイが思い込んだらいいわけだしね? 家出されたと、百鬼夜行に行ってしまったと」
「それって、まさか…」
「そのまさかだよ。サイオニック・ドリームに決まっているだろう!」
腕によりをかけてプレゼントする、と会長さんの瞳がキラリと。
「うんと反省すればいいんだ、肝心の部分が無くなって…ね。真っ青になって慌てればいいさ、家出と百鬼夜行に参加で!」
「反省ねえ…。これからはちゃんと使います、って?」
「さあ…? ぼくに土下座をするのもいいねえ、とにかくアレを連れ戻してくれ、と!」
面白いことになりそうだ、と会長さんはワクワクしているようで、ソルジャーの方も。
「うーん…。たまにはそういうスパイスもいいか、甘いだけじゃなくて」
「「「スパイス?」」」
「愛のスパイス! 甘いだけでは芸が無いってね!」
危機感を煽るのもまた良きかな、とソルジャーの赤い瞳も輝いていて。
「結婚どころか二度と出来なくなっちゃうかも、というほどの経験をしたら、ハーレイの今後も変わって来るかも…。もっと真面目にブルーと向き合うとか、そういうの!」
「ぼくは嬉しくないけどね?」
「でも、前段階の方は最高なんだろ?」
アソコが家出で百鬼夜行で、とソルジャーまでがすっかり乗り気。教頭先生の大事な部分は付喪神になってしまうのでしょうか…?
会長さんとソルジャー、意気投合。教頭先生のアソコを付喪神にするべく打ち合わせが始まり、昼食のお好み焼きパーティーの間も良からぬ計画を進めた挙句に。
「よし! それじゃ最初は君に任せた!」
会長さんがソルジャーと手を打ち合わせて、ソルジャーが。
「任せといてよ、鼻血の海に沈めてやればいいんだろう? さも協力するようなふりをして!」
「うん。鼻血で昏倒している間にサイオニック・ドリームをかけてやるから!」
「そして今夜は百鬼夜行にお出掛けなんだね、アソコがね!」
是非とも見学しなければ、とソルジャーは実に楽しそうです。
「ぼくのハーレイ、今日は夜勤のクルーの視察が入っているからさ…。夫婦の時間が取れそうになくて、つまらないなと思っていたんだ。その分、たっぷり遊べそうだよ」
「なるほどねえ…。それで余計に乗り気だった、と」
ならば一緒に楽しもう、と会長さんはソルジャーとガッチリ握手。
「ブルーも協力してくれるそうだし、君たちももちろん見学するよね? 百鬼夜行を!」
「「「は?」」」
「ハーレイに何が見えているのか、ちゃんと中継してあげるから! 今夜はお泊まり!」
ぼくの家に、とズイと迫られ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ お泊まり用の荷物を取りに帰るなら、送り迎えもするからね!」
「ほらね、ぶるぅもこう言ってるし!」
食事が済んだら一度帰って支度をしたまえ、と会長さんが。
「俺の仏具磨きと手入れはどうなるんだ?」
「サボリでいいだろ、銀青のお手伝いなら堂々とサボリで済むんだからさ」
「そう来たか…。ならば一筆、書いてくれるか?」
「もちろん、お安い御用だよ!」
会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持って来た便箋にサラサラとペンで何かを書き付け、それを受け取ったキース君が。
「有難い。これで親父も納得だ」
「そうだろう? それを見せれば仏具磨きも一日くらいは吹っ飛ぶってね!」
玄関から遊びに出掛けられる、と保証付き。付喪神計画の発端となったキース君の仏具の手入れは一時中断みたいですけど、代わりに教頭先生の大事な所が付喪神になってしまいそう。会長さんの家でお泊まりはとっても楽しみとはいえ、教頭先生、大丈夫かな…。
昼食の後で、家まで瞬間移動で送って貰って、お泊まり用の荷物を用意。完了した人から順に戻って、キース君が最後に戻って来ました。会長さんへの御布施を持って。
「親父からだ。泊まりで所作の指導をして頂けるとは…、と大感激でな」
「それはどうも。…嘘も方便ってね」
ついでに坊主丸儲け、と会長さんは御布施の袋を仕舞い込むと。
「これで全員揃ったわけだし、出掛けようか。行き先はハーレイの家だけど…」
「君たちはシールドの中にいるのがいいねえ、付喪神には全く関係ないからね!」
それがお勧め、とソルジャーが。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシールドの外にいるらしいですが、何も分からないお子様なだけに、まるで問題無いらしく…。
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
元気一杯の叫びと同時にパアアッと溢れる青いサイオン。私たちの身体がフワリと浮き上がり、教頭先生の家のリビングに着地したものの。
「こんにちは」
お邪魔するよ、と会長さんが進み出、ソルジャーも隣で「こんにちは」と。「そるじゃぁ・ぶるぅ」もピョンと飛び跳ねて「かみお~ん♪」です。けれども私たち七人グループはシールドの中で、教頭先生からは見えていないため、挨拶は無し。
「なんだ、今日は?」
人数が少なめだったからでしょうか、教頭先生は仰け反ったりはしませんでした。余裕でお迎え、いそいそと紅茶を淹れて、クッキーも出しておもてなし。
「悪いね、急にお邪魔しちゃって」
「かまわんが…。それでどういう用なんだ?」
「ちょっとね…。ブルーが気がかりなことを言い出したから…」
付喪神を知っているかい、と会長さんが尋ねると。
「これでも古典の教師だぞ? 付喪神が何処かに出たというのか?」
「ううん、これから出そうなんだよ、困ったことに」
「お前でもどうにも出来ないのか、それは?」
「なっちゃった時はそれなりに対処出来るんだけどねえ…」
なにしろ予防が出来なくて、と会長さん。
「どういう代物が付喪神になるか、君は知ってる?」
「使われていない古道具だろう?」
使ってやれば予防になると思うが、と教頭先生。それが普通の解答でしょうねえ…。
付喪神が出そうだから、と教頭先生の家に押し掛けた会長さんとソルジャー、それにオマケの「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教頭先生は真っ当な付喪神予防の対策法を口にしましたが、会長さんは。
「使ってやったら付喪神にはならないんだけど…。なにしろ使えないものだから…」
「危険物か?」
取り扱いが難しいのか、と教頭先生が訊いて、会長さんが「うん」と。
「少なくとも、ぼくには使えない。扱えもしないし、こればっかりは…。でもねえ、ブルーに危ないと言われればその通りなんだ。付喪神になるリスクの高さが」
「リスク?」
「そう。もう今夜にでもなってもおかしくないくらい!」
それほどに危険が迫っているのだ、と話す会長さんの言葉に続いてソルジャーが。
「ぼくが来た時、キースが付喪神の話をしていてねえ…。古い仏具が付喪神にならないように、と仏具磨きをさせられているとぼやいていたんだ」
「ああ、それは…。そういった仏具も王道ですねえ、付喪神の」
「そうなのかい? ぼくは付喪神っていうのを知らなかったし、どういうものかを教わったんだけど…。何か分かったら急に心配になっちゃって…」
付喪神になりそうなモノに気が付いたから、とソルジャーは顔を曇らせました。
「三百年以上も放置の道具って、どう思う?」
「それは非常に危険なのでは…。あなたの世界にあるのですか?」
「こっちの世界なんだけど…。ぼくにも馴染みが深いものと言うか、みすみす付喪神にしてしまうのもどうかと言うか…」
「お使いになればいいと思いますよ?」
それが一番の解決策です、と教頭先生はにこやかな笑み。
「愛情をこめて使ってやれば、付喪神にはならないそうです。三百年以上と仰るからには、恐らくブルーが放置している何かでしょうが…。ご心配なら、借りてお使いになってみるとか」
「やっぱり君もそう思う?」
「ええ。使ってやるのが何よりです。道具もそれで喜びますから、付喪神にはなりませんとも」
持ち主でなくとも借りた誰かが使ってやれば…、と教頭先生。ソルジャーは「うーん…」と腕組みをすると。
「だったら、使うのがお勧めなんだね、その古道具?」
「付喪神にしたくないなら、お使いになることをお勧めしますよ」
道具のためにも是非とも使ってやって下さい、と教頭先生は仰っていますが、いいのでしょうか? その古道具は会長さんの持ち物なんかじゃないんですけどね…?
「そうか、使うのが一番なんだ…。君のお勧め…」
それじゃあ、とソルジャーは教頭先生の顔をじっと見詰めて。
「後でいいから、ぼくに付き合ってくれるかな? 借りて使ってもいいみたいだし」
「は?」
「ぼくが心配だって言ってる付喪神。君にくっついているんだよねえ…」
「私にですか!?」
教頭先生はビックリ仰天、キョロキョロとあちこちに視線をやって。
「わ、私の家には付喪神になりそうな古道具は無いと思うのですが…! 古い道具は定期的に磨いたり使ったりしておりますから、決して付喪神などには…!」
「家にある道具は大丈夫だろうと思うんだよ。でも、肝心の君自身がねえ…」
使ってもいない道具をくっつけているじゃないか、とソルジャーの右手がテーブルの下へ。
「何処とはハッキリ言わないけれどさ、男だったら使ってなんぼ! ところが君は後生大事に使わないまま、三百年以上も経ってるし…。そろそろ危ない頃じゃないかと…」
「なんですって!?」
まさか、と自分の股間を見下ろす教頭先生。ソルジャーは「そう」と首を縦に振って。
「それだよ、君が使っていないモノ! これからも使う予定が無いもの!」
「こ、これは…! し、しかし、私は初めての相手はブルーだと決めておりまして…!」
「そう言ってる間に付喪神にならないって保証があるのかい?」
「…そ、それは…」
どうでしょうか、と教頭先生は些か心配になって来たようで。不安そうな瞳が会長さんに向けられ、会長さんがキッパリと。
「絶対に無いとは言い切れないねえ、それも道具には違いないしね? だけどぼくにはどうしようもないし、どうしてあげるつもりもないから…。心配だったらブルーの方に」
「任せてくれたら面倒見るよ? 手取り足取り、君の道具にしっかり付喪神対策を!」
使うのが君のお勧めだろう、とソルジャーは喉をゴクリと鳴らしました。
「君は初心者でも、ぼくは熟練! 自分の身体は自分で面倒見られるから!」
是非、一発! とソルジャーが身体をグイと乗り出し、教頭先生の右手を握って。
「自信が無いなら、君は寝ていてくれればいいんだ。ぼくがキッチリ御奉仕した上、ちゃんと跨ってモノにするから! 奥の奥まで無事に突っ込ませてあげるから!」
「…つ、突っ込む…」
奥の奥まで…、と教頭先生の鼻からツツーッと垂れた赤い筋。出たな、と思う間もなくブワッと鼻血で、ドッターン! と大きな身体が椅子ごと仰向けに。あーあ、やっぱりこうなりましたよ…。
「えとえと…。ハーレイ、倒れちゃったよ?」
気絶しちゃったあ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生の頬を小さな指でチョンチョンと。教頭先生はピクリとも動かず、会長さんが「スケベ」と一言。
「まさか早々にブッ倒れるとは思わなかったよ、寝室までは持ち堪えるかと思ったけどな」
「君も甘いね、こんな調子だから肝心のアソコが付喪神の危機に陥るんだよ」
さて…、とソルジャーは教頭先生の身体を椅子から引き摺り下ろすと、会長さんに。
「サイオニック・ドリームは君がやるんだよね? ぼくには百鬼夜行の知識が無いしね…」
「本物っぽく見せて騙すためには、ちゃんとした裏付けが必要だからね」
やってみるか、と会長さんの右手が教頭先生の額の上に。その手が青く発光するのを見学しながら、ソルジャーが。
「君もなかなかやるじゃないか。ぼくの力にも負けないよ、それ」
「本当かい?」
「うん。一対一なら強いようだね、ぼくみたいに多数を一度に相手に出来ないだけで」
充分に自信を持って良し! とソルジャーも褒めたサイオニック・ドリーム、どうやら完全にかかった模様。会長さんとソルジャーは目配せし合って、教頭先生のベルトを外すとズボンのファスナーを下ろしてしまって、更に下着の紅白縞も…。
「か、会長、そこまでやるんですか!?」
シロエ君の叫びが届いたらしくて、会長さんは。
「リアリティーっていうのも必要だしね? 付喪神が逃亡に至った経路は確保しないと」
「「「………」」」
本気でアソコが逃げ出したことになってしまうのか、と呆然と見守る私たち。スウェナちゃんと私の視界には既にモザイクがかかっています。
「後はハーレイが目を覚ました時のお楽しみだけど…。百鬼夜行は夜のものだし、それまで絶対に目を覚まさないようにしておかなくちゃね」
早い話が目覚ましシステム、と会長さんが壁の時計を眺めて、教頭先生の額を指先で軽く弾くと。
「これでよし。夜の十時を過ぎるまでは倒れたままでいて貰うってことで」
「かみお~ん♪ それまでは帰って御飯だね!」
おやつに御飯、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が跳ねて、ソルジャーが。
「大いに賛成! 帰ってゆっくり!」
御飯におやつだ、と言い終わらない内にパアアッと溢れた青いサイオン。倒れた教頭先生を放置で私たちは揃って逃亡しました。教頭先生、風邪を引かないといいんですけどね…?
午後のおやつはフォンダンショコラ。冬に嬉しいチョコレートがトロリと溶け出すケーキ。夕食は「そるじゃぁ・ぶるぅ」こだわりの食材が光る寄せ鍋、うんと豪華に楽しんだ後で締めはラーメン投入です。しかも雑炊用のお出汁も取り分けてあって、締めの美味しさ二通り。
「やっぱり寄せ鍋は地球ならではだねえ…」
ぼくの世界でやってもイマイチ、とソルジャーも至極御機嫌で。
「ところでハーレイの方はどうかな、倒れたままだけど飢えてないかな?」
「大丈夫だろうと思うけど? 気絶してるし、エネルギーの消費量ってヤツが少ないからね」
それにアソコはシールドしたし、と会長さん。シールドって、まさか剥き出しの部分に?
「うん。あんなトコから風邪を引かれたら間抜けだからねえ、一応、シールド」
大事な部分を冷やしすぎるのも良くないし、と会長さんはニッコリと。
「暖め過ぎるのも良くないけれどね、冷え過ぎで風邪は馬鹿でしかないよ」
「だろうね、股間風邪なんて聞いたことも無いしね」
少なくともぼくのシャングリラには存在しない病名だ、とソルジャーが。
「だけど、股間風邪どころじゃない状態に陥るんだねえ、こっちのハーレイ…」
「まあねえ、アソコが無いわけだしね?」
性転換をしたってわけでもないのに、と会長さんがクスクスと。そっか、アソコが無いんだったら性転換みたいなものなのか、と私たちは顔を見合わせて。
「性転換かよ…」
嬉しくねえな、とサム君が言えば、キース君が。
「逃げられたっていうのも悲惨だぞ? 性転換なら自分の意志でやることだろうが」
「「「あー…」」」
自分の身体の大事な一部に逃げられるなんて、それは最悪かもしれません。髪の毛が逃亡してしまっても困りますけど、それはカツラでフォローが可能。けれども、アソコが逃げたのでは…。
「教頭先生、どうなさるでしょう?」
目が覚めたら、とシロエ君の声が震えて、ジョミー君が。
「パニックじゃないの?」
「そりゃあ、もちろんパニックだよ!」
決まってるじゃないか、と笑顔のソルジャー。
「そのための付喪神プロジェクトだしね? サイオニック・ドリーム、楽しみだねえ…」
「「「つ、付喪神プロジェクト…」」」
いつの間にそんな立派な名前が付いてたんだか。付喪神プロジェクト、今夜十時の発動です。アソコに逃げられた教頭先生、どうなるのでしょう…?
食事を終えてのんびりまったり、寛いでいる内に運命の夜の十時が近付いて来て。
「悲劇は現場で見ないとねえ?」
行こうか、と会長さんが言い出し、ソルジャーが「喜劇の間違いだろ?」と。
「今度もぼくたちだけがシールドの外でいいんだよね?」
「そうなるねえ…。今更面子が増えました、ってわけにもいかないと思うから」
行くよ、と会長さんが合図し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声が「かみお~ん♪」と。青いサイオンの光が溢れて、私たちは教頭先生の家のリビングに移動しました。倒れておられた教頭先生、間もなくガバッと起き上がって。
「わ、私は…?」
どうしたんだ、と見回してらっしゃいますけど、ソルジャーが。
「倒れちゃったんだよ、アッサリと…ね。それはいいんだけど…」
「ブルーが心配していた通りになっちゃったわけ」
情けないね、と会長さん。
「こんなヘタレに用は無い、と言わんばかりに逃げてっちゃったよ、付喪神が」
「…付喪神?」
何のことだ、と訊き返してから、教頭先生も思い至ったらしくって。視線を落とせば、其処には無残に外れたベルトと下ろされたファスナー、それに紅白縞のトランクスが。かてて加えて、私たちの目にはモザイクですけど、教頭先生の目に映るものは。
「…な、な、な…。無い!?」
「うん。ぼくとブルーが見ている前でさ、ゴソゴソと出て来て逃げて行ったよ?」
もう止める暇も無かったのだ、と会長さんの嘘八百。
「そんなわけでさ、君の股間は空家ってことになっちゃって…。性転換しました、ってことにするのも一興だろうと思うけど…」
「性転換!?」
「アレが無いなら男とはとても言えないだろう?」
ねえ? と同意を求められたソルジャーが大きく頷いたから大変です。教頭先生は顔面蒼白、会長さんに向かってアタフタと。
「つ、付喪神を鎮める方法、知っているとか言っていたな!?」
「御祈祷と言うか、呪文と言うか…。知らないわけでもないけれど?」
「それを頼む!」
どうかアイツを連れ戻してくれ、と自分のアソコをアイツ呼ばわり。今もくっついているんですけど、逃げてなんかはいないんですけど、サイオニック・ドリーム、恐るべし…。
「仕方ないねえ…」
それじゃ探しに行かなくっちゃ、と会長さんが教頭先生の肩に手を置き、ソルジャーが。
「付喪神になったら百鬼夜行に行くらしいしねえ? まずはそっちを見付けないと」
「ひゃ、百鬼夜行…?」
あれに出会うと寝込むのでは、と教頭先生の声が震えましたが。
「嫌なら別にいいんだよ? 君のアソコが戻って来ないというだけだからね」
ぼくも力を使わなくて済むし、と会長さんは素っ気なく。
「ぶるぅ、そろそろ帰ろうか? 夜も遅いし、百鬼夜行なんかを探さなくてもいいようだしね」
「かみお~ん♪ 帰ってお風呂だね!」
「ま、待ってくれ! わ、私のアイツはどうなるのだ…!」
「じゃあ、御布施」
会長さんの手がスッと差し出され、教頭先生は財布を取りに行こうとファスナーを上げようとなさいましたが。
「駄目だよ、それを閉めてしまったら付喪神が戻れなくなるからね。ファスナー全開、トランクスもずり落ちそうなままで捜索の旅!」
その前に御布施、と容赦ない催促。教頭先生、泣きの涙で財布の中身を残らず差し出し、会長さんは満足そうに。
「オッケー、前金はこれで充分! 後は成功報酬ってことで」
「ま、前金…?」
「当たり前だろ、君のアソコを取り戻すんだよ? これっぽっちで足りるとでも?」
最低これだけは欲しいんだよね、と指が三本、一本は百ということで。
「さ、三百…!」
「大負けに負けて三百なんだよ、他ならぬ君だから、この値段! 普通だったら十は頂く!」
七割引きで出血大サービスだ、と言われた教頭先生、泣く泣く誓約書を書く羽目に。逃げ出したアソコが戻って来たなら、三百ほどお支払い致します、と。
「了解、誓約書も書いて貰ったし…。後は百鬼夜行を探す旅だね」
外へ行くけどファスナーもトランクスも上げないように、と指示された教頭先生はズボンが落ちないようベルトを掴んで歩き出すことに。あんな格好で外へ出たなら、たちまち逮捕されそうですが…。露出狂で捕まってしまうんじゃないか、と思うんですが…。
えっ、本当に出るんですか? その格好で玄関の外へ…?
「はい、ハーレイだけが夢の中ってね」
サイオニック・ドリームの始まり、始まり~! と会長さんが拍手を求めて、教頭先生の家のリビングの壁に中継画面が。会長さんとソルジャー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は玄関の手前で回れ右をして戻ったのです。もちろん教頭先生も。けれど…。
「ひゃ、百鬼夜行には何処で出会えるのだ?」
サイオニック・ドリームに捕まったままの教頭先生が見ている夢が中継画面に。何処とも知れない住宅街を会長さんたちと歩いていますが、真っ暗な上に人の気配は全く無くて。
「さあ、何処だろう? この寒さだしね、雪が降らなきゃいいんだけどねえ…」
会長さんの声がのんびりと。
「百鬼夜行は雪に弱いのか?」
「そうじゃないけど、君のアソコが霜焼けになったら困ると思って…。あっ、あそこ!」
「かみお~ん♪ なんか一杯、ゾロゾロだよ!」
「へえ…。あれが百鬼夜行ってヤツなんだ?」
地球は広いね、とソルジャーが。
「妖怪だらけ…。って、あそこで跳ねてるのがハーレイのヤツじゃないのかい?」
「そうらしいねえ…」
やたら元気がいいじゃないか、と会長さんたちが指差す先でモザイクのかかった何かがピョンピョン跳ねていました。付喪神になった教頭先生のアソコだということなんでしょうが…。
「そうだ、私のだ! あれで絶対間違いないから、捕まえてくれ!」
「うーん…。捕まえる値打ちがあるのかい、あれに?」
またその内に逃げるんじゃあ、とソルジャーが言って、会長さんが。
「別にいいんだよ、逃げちゃっても! また捕まえて稼ぐから!」
「ああ、なるほど…。捕物の度に御布施が入る、と」
「そういうこと! だから早速!」
中継画面の向こうの会長さんが雪がちらつき始めた夜空の下で朗々と読経。百鬼夜行の群れの中からモザイクのアレだけが跳ねてこちらへやって来ます。
「も、戻って来た! 戻って来たぞ!」
「落ち着いて、ハーレイ! ちゃんと元通りの場所に収まるまで前は全開!」
「うむ、大丈夫だ! 戻って来ーいっ!」
此処だ、此処だ、と大喜びの教頭先生は夢の中。付喪神は無事に戻りそうですが、この先、またまた家出しないとは限りません。アソコが逃げ出すサイオニック・ドリーム、会長さんが味を占めなきゃいいんですけど…。一回につき指三本もの報酬がドカン。嫌な予感がしますよね…?
付喪神の季節・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生が三百年以上も使っていない、古道具。付喪神になっても仕方ないのかも…。
ちなみに百鬼夜行ですけど、本当に冬のものなんです。怪談が夏の定番になるのは江戸時代。
ついに元号が令和に変わって、今回が新元号初の更新です。令和も、どうぞ御贔屓に。
次回は 「第3月曜」 6月17日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、5月は、何故だか、ソルジャーとジョミー君が戦うことに…?
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