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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

子供用の積木

(あ…!)
 積木、とブルーの目を引いた広告。新聞の記事の下に載せられた積木の写真。
 学校から帰って、おやつを食べながらチラリと眺めた新聞、写真に引かれて手に取った。子供の頃に遊んだ積木に似ていたから。色も形も、積木を入れる箱も。
(お子様の遊びに、教育用に…)
 サイオンの練習用にもどうぞ、と書かれた広告。積木で遊ぶ子供の写真と一緒に。
 今の時代は、積木と言ったらそういう玩具。積んだり崩したり、子供ならではの遊びもあれば、積み方を工夫して伸ばしてゆく知能。ここまでは前の自分が生きた時代と変わらないけれど、使い方が一つ加わった。サイオンを扱うための練習用。
 木で出来た積木はさほど重くないし、サイオンで軽く持ち上げられる。まずは浮かせることから始めて、次は動かす、その次は積む。思いのままに、手を使わずに。次は此処だと思った場所に。
 サイオンだけで積木のお城や家が作れたら一人前。
 大人だったら簡単なことで、積木も積めるし、箱にだって元の通りに入れられる。スイと積木が宙を飛んで行って、自分からストンと戻るかのように。最後の一個まで、次々に飛んで。



(ぼくもパパやママと…)
 小さかった頃に積木で遊んだ。箱から幾つも出した積木でお城や家を作っていた。
 せっせと手で積む自分の横から、サイオンで積んでくれた両親。「次は何処だ?」と父が積木を宙に浮かせて訊いてくれたり、母が「此処はどう?」とお城に屋根をつけてくれたり。
 フワリと浮き上がって積まれてゆく積木、両親の腕前に憧れた。手も触れないで積木を動かし、お城や家を作ってゆく。「もっと高く」と頼めば、高く聳える積木の塔も。
 それを見る度、自分だって、と夢見たサイオン。
 今は手でしか積めないけれども、その内にきっとあんな風に、と。積みたいと思った所に積木。手を使わないで箱から出しては、両親がやるようにサイオンで上へ持ち上げて。
 もっとも、積木遊びをやっていた頃、両親は既に期待していなかったらしいけれども。
 タイプ・ブルーに生まれた息子だけれども、サイオンで積木は積めないだろうと。



 前の自分が生きた時代と違って、タイプ・ブルーもそう珍しくはない時代。
 とはいえ、今でもタイプ・ブルーは最強のサイオンを扱えるもので、空を飛んだり、瞬間移動も自由自在にこなすのが普通。人間が全てミュウの今では、幼い頃から才能の欠片が光るもの。
 ところが、前とそっくり同じにタイプ・ブルーの自分ときたら…。
(思いっ切り不器用…)
 生まれて間もない赤ん坊でも、明確な意思にはなっていなくても思念波を紡ぎ出せるのに。
 お腹が空いたとか、もう眠いだとか、漠然とした感情を親に伝えることが出来るのに。
 最強の筈の今の自分は、それさえも出来なかったという。泣きじゃくるだけで、どうしたいのか伝えられない赤ん坊。
 お蔭で母は遥かな昔の時代の母親よろしく、手探りで面倒を見る羽目になった。とんちんかんなこともしていた、お腹が空いたと泣いているのに、あやすとか。眠りたいのにミルクだとか。
 そんな不器用な赤ん坊時代、これでは両親も期待はしない。タイプ・ブルーとは名前ばかりで、この子のサイオンは普通のレベルにも届きはしない、と。
 そうは言っても、可愛い一人息子だから。タイプ・ブルーには違いないから。
 あるいは劇的に進歩するかも、と思ってもいた、積木で遊びたい一心で。上手く積木を積み上げたくて、箱からヒョイと手も使わないで取り出したくて。



 積木遊びに付き合ってくれた両親、サイオンを使う見本もあれこれ見せてくれたのに。
 崩れ落ちそうになった積木のお城を守って、元のようにしっかり積み直したりしてくれたのに。
(…ぼくの積木は普通の積木…)
 両親が助けてくれなかったら、積木は浮いたりしなかった。スイと飛んで行って収まることも、積み上がることも一度も無かった。
 積木で遊ぶなら両手を使って箱から出して、積むのも自分の小さな両手。それが積木の遊び方。
 幼稚園でも積木で遊んだけれども、積木はやっぱり手で扱うもの。
 サイオンで自在に積める子供は、まだいなかった。浮かせることが出来る子供や、少しだけなら積める子供もいたのだけれども、本当にほんの少しだけ。真似事でしかなかったサイオン。
 年によっては早熟な子供が混じっていたりして、尊敬を集めるらしいけれども。
 たった一人で大人さながら、立派なお城をサイオンだけで積んでみせたりするらしいけれど。
(…ぼくも駄目だったし…)
 普通だったらタイプ・ブルーの子供は積木で才能を発揮するようだけども、駄目だった自分。
 そうでなくても、幼稚園児では思いのままには扱えないのが積木というオモチャ。
 人間が全てミュウになっている、今の時代でも。
 サイオンが当たり前の世界になっても、積木はまだまだ子供がサイオンを練習するための道具。木で出来た積木は軽いから。落っことして誰かに当たったとしても、怪我をしないから。



 懐かしく積木の写真を眺めて、不器用だったと聞く赤ん坊時代の自分に思いを馳せて。
 その頃に苦労をかけたらしい母、手のかかる自分を育ててくれた母に、空になったケーキのお皿などを渡して、「御馳走様」と部屋に帰って。
 勉強机の前に座って、また思い出したさっきの積木。サイオンの練習用にもどうぞ、と書かれていた積木の広告の写真。
(そういえば…)
 前の自分が生きていた頃。
 白いシャングリラで雲海の星に潜んでいた頃、積木のせいでミュウだと発覚してしまった子供も多かった。養父母や教師がそれと気付いて、ユニバーサルに通報されてしまった子供たち。
 前の自分や救助班が急行したのだけれども、救えなかった子供たちもいた。



(積木だったから…)
 他のサイオンの発動に比べて、分かりやすかった子供たちの能力。
 思念波ならば「気のせい」で済むし、心を読んでも「勘のいい子」で済むのだけれども、積木の場合はそうはいかない。ほんの僅かに動いただけなら分からなくても、浮き上がっていたら。宙を飛んで勝手に積み上がったり、箱に戻って行ったりしたら。
 誰が見たって有り得ない現象、サイオンを持たない人類という種族の社会の中では。サイオンが無い人間たちの中では、不気味でしかない宙を飛ぶ積木。
 最初の間は気味悪がって、まさか子供がやっているとは思わないのが人類だったけれど。
 何度もそれが度重なったら、その内に気付く。積木が宙を飛んでゆく時には誰がいるのか、宙を飛ぶ積木で無邪気に遊んで、それが普通だと思っている子は誰なのか。
 そうなれば分かる、この子は変だ、と。
 ミュウという言葉は伏せられていたし、その存在も隠されていた時代だけれども、怪しい子供が見付かったならばユニバーサルに通報していた時代。
 奇妙なことをする子供がいると、こんな子供を放っておいてもいいのだろうか、と。



 あまりにも呆気なく知られてしまった子供たちのサイオン、楽しく遊んだ積木のせいで。此処に積もうと、こっちに置こうと動かしていた木のオモチャのせいで。
(前のぼくが悲鳴に気付いた時には…)
 撃たれてしまった後だったりした、積木を動かすような子供はミュウかどうかを調べることさえ要らなかったから。サイオンがあるに決まっているから、通報されたら処分されるだけ。
 流石に他の子供たちがいる幼稚園などでは撃たれないけれど、其処から家へと帰る途中で現れた大人に連れてゆかれて、それでおしまい。
 何も知らない無垢な子供はユニバーサルから来た刺客とも気付かず、時には歩いて、時には車で一緒に移動し、人目につかない場所で撃たれた。彼らが取り出した処分用の銃で。
 悲鳴を上げた子供はまだマシな方で、悲鳴も上げずに撃たれた子供もいただろう。何が起こっているのかも知らず、ニコニコと銃を見ている間に。
(そんな子供も、きっと沢山…)
 ユニバーサルの通信を傍受していたシャングリラ。「処分終了」という通信だけが入ったことも多かった。通報から処分までの間が短かったら、彼らは遣り取りしないから。
 サイオンの有無を確認する必要が無かった積木の場合は、現場へ急行して終わりだから。
 実験用にと連行された子供は救えたけれども、救えなかった子供も多かった積木。
 撃たれる直前に救い出せた子供はほんの僅かで、ごくごく運のいい子供だけだった。



(…だから、積木は…)
 白いシャングリラにもあったけれども、悲しい玩具。
 楽しく遊ぶ子供の方がもちろん多かったけれど、怖がる子供もたまにいた。積木のせいで自分が迎えた結末、それを知っていた子供たち。撃たれそうになった子供や、連行されてしまった子供。
 積木のせいだと分かっていた子は、他の子供が遊んでいるのを遠くで見ていた。
 自分も積木で遊んだけれども、積木は怖いと。恐ろしい人間がやって来るのが積木なのだと。
(そのままじゃホントに可哀相だし…)
 怖がっている子も可哀相だし、撃たれてしまった子供たちも可哀相だから。白いシャングリラに迎えられなかった子供たちの分まで、積木遊びを存分に楽しんで欲しかったから。
 そういう子供を目にした時には、「怖くないから」と積木遊びを教えてやった。前の自分の強いサイオン、それを惜しみなく披露して。
 瞬間移動で箱からパッと移動させたり、一瞬で箱に仕舞ってみたり。
 そこまでするのは無理だろうけれど、サイオンを使えばこんなことも出来る、と普通に積んだら崩れそうなバランスの悪い塔を作ったり、それは色々と。
 何度もそうして遊んでやる内に、少しずつ笑顔になっていった子。
 積木は怖くないらしい、と。
 この船の中で遊ぶのだったら積木は安全、自分の力を好きに使っていい場所なのだ、と。



 子供たちが遊んでいた積木。悲しい思い出を持っていた子も、積木でサイオンがあると発覚したくらいだから、サイオンでの積木遊びとなったら他の子たちより上手で得意。アッと言う間に積木遊びのリーダーになっていたりした。再び積木で遊び始めたら。
(前のハーレイも積木、やっていたっけ…)
 大きな身体のキャプテンは子供たちに人気だったから。
 養育部門に顔を出した時は、積木遊びの仲間入りもしていた。「こう積むんだぞ」とサイオンを使ったり、子供たちが作った立派な積木のお城を拳で一撃、見事に壊して喝采を浴びたり。
(ハーレイは積木は作ってないけど…)
 木彫りを趣味にしていたハーレイ。お世辞にも上手いとは言えない腕前、ナキネズミを彫ったらウサギになってしまったくらい。今では宇宙遺産に指定されている木彫りのウサギに。
 けれど、実用品なら、なんとか作れた。前の自分が貰ったスプーンがハーレイの最初の木彫りの作品。そういった品は仲間たちにも喜ばれたから、スプーンもフォークも彫っていた。
 積木も実用品だと呼べそうなもので、高度な技術は多分、不要だろうけれど。
 作りたい大きさや形に切った木、それを磨けば出来そうだけれど、ハーレイは作っていなかった積木。子供たちがさぞかし喜んだだろうに、キャプテンのお手製の積木ともなれば。
(作ってあげれば良かったのにね…?)
 ケチなんだから、とクスッと笑った。
 スプーンやフォークは大人が貰ってゆくものだから、御礼も言って貰えたけれども、子供たちのための積木では本当に御礼だけ。ハーレイの好きな酒が貰えることも無いだろうから、その辺りがいけなかっただろうか。



 子供たちに積木をプレゼントしても良かったのに、とケチなキャプテンを思い浮かべる。下手の横好きとしか言えない腕前、実用品しか喜ばれなかったハーレイの木彫り。
 同じ実用品を作るのだったら、積木だって…、とケチっぷりに苦笑したのだけれど。子供たちは御礼の品をくれないから、積木を作ってやらなかったなんて、と。
 そう思って呆れていたのだけれども…。
(…あれ?)
 そのハーレイが挑んでいたような気がする、積木作りに。
 四角く切った木や三角の木や、そういった素材を大切そうに磨いて、引っ掛からないかと何度も手で撫でてみて。他の積木と並べて比べて、狂いが無いことを確かめながら。
 子供たちは御礼をくれないのに。
 積木を貰っても言葉の御礼しかくれはしなくて、ハーレイの好きな酒も、酒のつまみも、何一つくれはしないのに。
(…ハーレイ、ケチじゃなかったんだ…)
 積木を作っていたのなら。子供たちのために作ったなら。
 けれども、それはいつだったろう…?
 前のハーレイが木彫りではなくて、積木作りに励んでいたのは、いつだっただろう…?



 木彫りよりかは簡単そうでも、作る前に手間がかかりそうな積木。どういう形の積木を作るか、箱に収めるようにするなら、どんな形を組み合わせるか。
 養育部門にあった積木の真似をするにしても、寸法を測る所から。この形で長さと幅がこう、と数値を書き出す所から。それに合わせて木を切っていって、削って、磨いて出来上がる積木。
 スプーンやフォークとは違った代物、少し狂えば駄目になる積木。箱にピタリと収まらない上、積木の役目も果たせない。寸法通りに出来ていない積木を積めはしないし、遊べないから。
(…けっこう大変そうなんだけど…)
 それほどの手間と時間とをかけて、前のハーレイが作った積木。子供たちのために作った積木。
 自分も作るのを眺めていたのに、いつだったのかが思い出せない。ハーレイが積木を作っていた時期、それが一体いつだったのかが。
 スプーンやフォークとは比較にならない時間がかかっていたろうに。
 ブリッジで片手間に彫れはしないし、キャプテンの部屋で真剣に取り組んでいたのだろうに。



 前のハーレイが頑張った積木。子供たちにプレゼントした積木。
 いつ作ったのか思い出せない、と考え込んでいたら、仕事帰りのハーレイが寄ってくれたから。丁度良かったと、お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで向かい合うなり、訊いてみた。
「…あのね、積木を覚えてる?」
「はあ?」
 積木ってなんだ、と怪訝そうな顔になったハーレイ。鳶色の瞳に困惑の色。
「えっと…。シャングリラの積木なんだけど…」
 怖がる子供たちもいたでしょ、積木遊びを。
 …積木遊びでミュウだと分かって、処分されそうになっちゃった子供。撃たれそうな所を助けた子供や、実験用にって連れて行かれる所を助けた子供。
「いたな、お前が積木で遊んでやって…」
 やっと遊べるようになったんだっけな、他の子たちと一緒に、積木。
「うん。積木は怖くなんかないよ、って遊んでみせて」
 それでね、積木なんだけど…。
 ハーレイ、木彫りもやっていたけど、積木を作っていなかった…?
「あ、ああ…。まあな」
 やってやれないことはないだろう、と作ったな、積木。
 …けっこう苦労をしたんだが…。思った以上に大変だったが、積木は確かに作ったぞ。
「やっぱり…!」
 ぼくの記憶違いじゃなかったんだね、ハーレイの積木。
 作ってた時期が思い出せなくて、ちょっぴり自信が無くなってたけど…。
 ハーレイ、ホントに作ったんだね、シャングリラの子供たちのために積木を。



 いつ作ったの、と尋ねたら。
 あの積木を作っていたのはいつだったのか、と勢い込んで問いを投げ掛けたら。
「…一人、死んじまった時のことさ」
「え…?」
 思いもよらなかったハーレイの答え。死んだとは、誰のことだろう…?
 ハーレイが作っていた積木。三角や四角のオモチャとは結び付かない「死」という言葉。
「…忘れちまったか? 悲しい記憶だし、その方がいいとは思うがな…」
 今のお前には要らない記憶だ、前のお前の悲しすぎた記憶の中の一つだ。
 …そうは言っても、お前、聞かなきゃ納得しないだろうからな。
 そんな所は前と同じだ、頑固で決して譲りやしない。…だから話すしかないんだろう。お前には悲しい記憶なんだが、こうして訊かれてしまったからには。
 …死んじまったのはミュウの子供だ、アルテメシアで暮らしてた子供。
 積木遊びでサイオンがバレて、ユニバーサルに通報されて…。
 前のお前が救い損ねた、撃ち殺されちまう直前まで悲鳴を上げなかったとかで。自分が置かれた状況ってヤツが分かっていなくて、銃を向けられるまで何も知らなかった子供。
 あと少し早く気付いていたら、と泣いてたろうが。
 銃を向けられただろう瞬間、そこで気付いて飛び出していれば、と。
 これで何人目になるんだろうかと、また一人助け損なった、と…。



 お前と恋人同士になった後の最初の犠牲者だった、と悲しげに歪むハーレイの顔。
 だから放っておけなかった、と。
「…俺の腕の中で毎晩泣くんだ、お前がな」
 自分はこうして此処にいるのに、あの子は何処にもいないんだ、と。
 助け損ねたから死んでしまったと、これから育って楽しいことが沢山あった筈なのに、とな…。
「そうだったっけね…」
 思い出したよ、あの子の顔も名前も。
 シャングリラの仲間じゃなかったけれども、墓碑公園に名前があった子だっけ…。
 ハーレイ、作ってくれたんだっけね、あの子が生きた記念に積木を。
 あの子が何も知らずに遊んでた積木、大好きだった積木遊びの積木を作ってやろう、って。
「うむ。…正直な所、かなり苦労をしたんだがなあ、あの積木」
 木彫りと違って僅かな狂いが命取りだし、とんだことになったと思いもしたが…。
 それでも作ってやりたかったし、始めたからには投げ出せないしな。
 お前と二人で考えたじゃないか、どんな積木にするのかっていう所から。
 あの子が家で遊んだ積木のデータってヤツを、前のお前が手に入れて来て…。
 そいつを元にして作ったんだぞ、そっくり同じになるように。
 まるで全くそっくりな積木、寸法も形も、木の色がそのままで色つきじゃなかった所までな。



 殺されてしまった子供のお気に入りだった、木の色と温もりが優しかった積木。
 本物の積木はユニバーサルが運び出して処分してしまったけれども、データは消されずに残っていたから。子供の養父母が暮らしている家、その家の記録に入っていたから。
 前の自分が盗み出したのだった、積木のデータを。寸法も、形も、その色合いも。
 ハーレイはそれを元にして新しい積木を作った、シャングリラで育てた木材を使って。白い鯨で栽培していた、木材にするための木から採れた素材で。
 三角や四角、何種類もの形と大きさ。それに合うよう、寸法を測って、きちんと切って。
 積木にするために切り取った木たち、三角や四角の形をした木。
 それが好きだった子が入れていたのと同じ大きさの箱も作って、その箱に綺麗に収まるように。少しの狂いも出ずにピタリと箱に片付けられるよう。
 木がささくれ立って子供たちが手を怪我しないようにと、角なども丁寧に丸くして。
 ハーレイが幾つもの積木用の木を切って、磨いて。
 何度も何度も手で撫でさすって、「これで大丈夫ですね」と微笑むまでには、相当に長い時間がかかった。木彫りが幾つ作れるだろう、と前の自分が思ったくらいに。
 キャプテンの部屋でハーレイが作っていた積木。仕上げの磨きを何度も重ねていた積木。



 そうやって出来上がった積木の箱に、元になった積木の持ち主だった子の名前は書かずにおいたけれども。殺されたミュウの子供は何人もいたし、特別扱いは出来なかったけれど。
 今までに救い損ねた子供たちの分も、と「子供用」とハーレイが箱に大きく書いた。積木遊びでミュウだと気付かれ、殺されてしまった子供たちの思い出にしておこう、と。
 積木は子供用で当たり前なのに。
 わざわざ「子供用」と箱に書かなくても、大人たちが来て横から奪いはしないのに。
 キャプテンお手製の積木は人気で、子供たちは誰もが遊びたがって。
 他に積木は幾つもあるのに、奪い合いだったハーレイの積木。「子供用」と書かれていた積木。
 順番待ちだと年かさの子が言い聞かせていることもあったし、喧嘩になっていたこともあった。どうしても自分が遊びたいのだ、と譲らない子供同士で大喧嘩。
 子供たちは加減を知らずに喧嘩をするから、積木は空を飛んだりもした。サイオンや小さな手で掴み出されて、喧嘩相手の身体を目がけて。
 もちろん叱られた子供たち。
 養育部門のスタッフたちやら、怖い顔をしたヒルマンやらに。
 「そんなことをするなら積木は駄目だ」と、「倉庫に仕舞っておくことにする」と。
 そうなる度に泣いて謝った子供たちだけれど、また懲りないで喧嘩をしていた。
 「キャプテンの積木で遊ぶのは自分だ」と、「今日は自分が遊ぶ番だ」と、それは賑やかに。



 大人気だった前のハーレイが作った積木。
 積木遊びでサイオンがあると知られてしまって、殺された子供たちがいたという証の積木。
「…あの積木、どうなったんだっけ?」
 前のぼくが子供たちと遊んでいた頃には、養育部門に置いてあったけど…。
 キャプテンが作った積木なんだ、って子供たちも知っていたけれど…。
「あれはトォニィの時代まであったぞ、少なくともトォニィがガキの頃には」
 ナスカが平和だった頃だな、ヤツらがナキネズミの尻尾を掴んで持ち上げてたようなガキの頃。
 レインもとんだ災難だったさ、尻尾を掴まれて逆さ吊りだぞ。
 そういうヤツらが遊んでたってな、あの積木で。
「…本当に?」
 ハーレイの積木、トォニィたちも使ってたんだ?
「ああ、久しぶりの子供たちだしな」
 アルテメシアを離れちまって、子供の救出はもう無かったし…。
 積木で遊んでいたユウイやカリナも、すっかり大きくなっちまって。
 ようやく出番が来たってトコだな、長いこと養育部門と一緒に放っておかれた積木ってヤツの。
「そうなんだ…」
 考えてみれば十五年だものね、前のぼくが眠っていた間。
 アルテメシアを出てからナスカに着くまでに十年以上も経ってるんだし、子供たちだって大きく育ってしまうよね。積木なんかでは遊ばなくなって。
 …ハーレイの積木、それでもきちんと何処かに残してあったんだね…。



 アルテメシアを離れた白いシャングリラの片隅で眠っていただろう積木。
 前のハーレイが作り上げた積木、「子供用」と箱に大きく書かれていた積木。
 赤いナスカで生まれた子たちは知っていただろうか、その箱の積木が作られた理由を。
 誰が作って子供たちのために与えたのかを、どんな思いがこめられた積木だったのかを。
「…トォニィたち、知っていたのかな…?」
 あの積木は誰の思い出だったか、誰が作った積木だったのか。
「まるで知らなかったってことは無かっただろうな」
 由来の方まではどうだか知らんが、俺が作った積木だってことは知ってた筈だぞ。
「そうなの?」
「俺は直接教えちゃいないが、養育部門のヤツらは積木を知ってたわけだし」
 大人気だったキャプテンの積木がこれだ、ってことはシャングリラのヤツなら誰でも知ってる。
 トォニィたちにも話しただろうな、この積木は俺の手作りなんだ、と。
 凄い人気の積木だったと、自分たちが育った頃には奪い合いの喧嘩もあったヤツだと。
「じゃあ、トォニィたちは、ぼくとハーレイが作った積木で遊んでくれたの?」
 …ぼくはデータを盗み出しただけで、積木を作ったのはハーレイだけど…。
 ちゃんと積木にしてくれたのは、前のハーレイなんだけど…。
「そうなるな。前のお前と俺が作った積木がヤツらのオモチャだったんだ」
 レインの尻尾を掴んで逆さ吊りにするようなヤツらだからなあ、積木も空を飛んでたろうさ。
 奪い合いでなくても、喧嘩をするなら投げてしまえとサイオンでブンと。
 でなけりゃ握ってブンと投げるか、そしてヒルマンたちが説教だな、うん。



 あの頃はトォニィたちも可愛いもんだったが…、と笑うハーレイ。
 見た目も中身もほんの子供で、ヒルマンたちの雷が落ちたらベソもかいた、と。
「実に可愛い時代だったな、デカくなったら物騒なことも考えてたが」
 みんな殺してシャングリラを乗っ取ってしまおうかだとか、ガキならではの発想だ。
 聞こえちゃいないつもりだったんだろうが、ヤツらの溜まり場、ちゃんと把握はしてたしな?
 ジョミーじゃなくても筒抜けだってな、あの物騒な台詞ってヤツは。
「…そうだったよね…」
 前のぼくはとっくに死んじゃってたけど、ハーレイが聞いて覚えていたし…。
 今のぼくにもバレちゃっているよ、その台詞は。
 …でも、やらなかったよね、ナスカの子たち。皆殺しにまではしないとしたって、目障りな人は殺しちゃえ、って思いそうだけど…。それだけの力もあっただろうけど。
 それをしないでシャングリラに乗っていてくれたんだし、ハーレイが作った積木にこもっていた気持ちも少しは役立ったのかな、仲間を大切にしたかった気持ち。
 シャングリラに乗ってる子供たちのために、って遊び道具を作った気持ちも。
「…多分な。あいつらなりに理解はしてたんだろうさ」
 俺が作った積木で遊んだ子供時代は、誰のお蔭で存在したのか、そのくらいのことは。
 前のお前がシャングリラを守って、子供たちを大勢救い出して。
 …ユウイもカリナも、ハロルドもだ、シャングリラに来ることが出来なかったら殺されていた。
 自分の親たちが何処から来たのか、それを考えたら無茶は出来んぞ、トォニィたちも。
「だったら、積木を作っておいて良かったね」
 トォニィたちのお父さんたちも、小さい頃にはあの積木で遊んでいたんだし…。
 沢山の思い出が詰まった積木を乗せていた船がどれだけ大事か、それも分かっただろうしね。
「そうだったんだろうな、あの積木も役には立ったんだろう」
 前の俺があれを作った理由は、悲しい理由だったがな…。
 楽しい筈の積木遊びでサイオンがあるとバレてしまって、殺されちまった子供たちを忘れないでいてやるためにと作った積木だったんだがな…。



 前の自分が救い損ねた子供たち。
 ミュウだと断定されてしまった積木遊びで通報された子たち、救い出す暇さえ無かった子たち。
 けれど、悲しい最期を迎えた子供たちの分まで、未来は生まれた。
 あの子供たちを思ってハーレイが作った積木で遊んで育った、ナスカの子たちが未来を作った。前の自分がメギドを沈めて守り抜いた白いシャングリラを地球まで導いてくれた。
 ジョミーだけでは勝てなかったかもしれない地球を目指しての戦いの旅路、トォニィたちが命を懸けて勝ち取ってくれた地球までの道。
 白い鯨は地球に辿り着き、SD体制の時代は終わった。死の星だった地球は燃え上がり、炎から再び青い命の星が生まれた。まるで炎の中から蘇るという不死鳥のように、青い水の星が。
 人類と機械が支配していた時代も終わった、ミュウの時代の幕が開いた。
 積木遊びを楽しむ子供が殺されることの無い時代。
 サイオンでヒョイと積木を積んでも、箱から出しても、器用だと却って褒められる時代。
 今の自分は積木遊びも出来ないくらいに不器用だけれど、手でしか積木を積めないけれど。



「ねえ、ハーレイ。あの子たちはどうしているんだろう…」
 前のぼくがシャングリラに連れて来られなかった、積木遊びでバレてしまって殺された子たち。
 サイオンって言葉も知らずに遊んで、そのせいで殺されちゃった積木の子供たち…。
「なあに、心配要らないってな。今はすっかりミュウの時代だ」
 何処かにいるさ、俺たちみたいに。
 前の記憶は失くしちまっているんだろうが、この宇宙の何処かにいる筈だぞ。
 もしも子供の姿でいるなら、今度は楽しく積木遊びをしているだろうな。手で積む友達を馬鹿にしながら、こう積むもんだ、とサイオンで積んで。
 積木遊びじゃ自分が一番才能があると、それは得意そうな顔をしてな。



 今は積木で好きなだけ遊べる時代だからな、とハーレイは自信たっぷりだから。
 あの子供たちも、きっと幸せでいるのだろう。
 自分たちのように生まれ変わって、今度は好きに積木を積んで。サイオンを器用に使う子供だと皆に褒められて、もっと上手に積めるようになろうと頑張って。
 だから…。
「…ハーレイ、積木、また作ってくれる?」
 前のハーレイが作ったみたいに、温かで優しい手触りの積木。
「積木って…。なんのためにだ?」
 何をするんだ、積木なんかで。…欲しいと言うなら、作れるかどうか考えはするが…。
「ぼくのサイオンの練習用だよ」
 今の積木はそういうものでしょ、サイオンの練習用にもどうぞ、って書いてあったよ、広告に。
 ハーレイが作ってくれた積木なら、買った積木よりも愛がこもっている分、頑張れるかも…。
 ぼくは積木を浮かせることさえ出来ないけれども、また積めるようになれるかも…。
「おいおい、頑張らなくてもいいと言ったろ」
 サイオンの練習用の積木なんかは、今のお前には要らないんだ。
 今の不器用なお前でいいんだ、頑張ることはないってな。
 つまりだ、俺の積木も要らない。サイオンを伸ばすための積木は無くていいんだ、今のお前は。



 今度は俺が守るんだから、と大きな手でクシャリと撫でられた頭。
 サイオンを伸ばす必要は無いと、だから積木は作らないぞ、と。
(ハーレイの積木…)
 今の時代なら、あの子供たちも幸せ一杯で積んでいそうな幾つもの積木。サイオンで幾つも高く積んでは、褒められていそうな積木遊び。
 そういう子供たちのためにと前のハーレイが心をこめて作った積木も、今なら幸せの積木。
 子供たちへの愛が詰まった、手作りで温もりのある積木。
 そんな幸せの積木が欲しい気持ちもするけれど。
 欲しいと思ってしまうのだけれど、幸せだったらハーレイから沢山、沢山貰えるのだから。
 いつかハーレイと結婚したなら、両手を一杯に広げたとしても持ち切れないほど、零れるほどの幸せを貰えるに決まっているのだから。
 前のハーレイが作ったような積木は作って貰えなくても…。
(…ぼく、幸せで一杯だよね?)
 ハーレイと二人、積木売り場であれこれ眺めて、指差したりして。
 「買ってくれる?」と強請ったりもして、「要らないだろうが」とコツンと額を小突かれて。



 そう、今は積木はもう要らない。
 サイオンでは積めもしないけれども、それでいいのだとハーレイが言ってくれるから。
 今度は守って貰えるのだから、サイオンは伸ばさなくていい。
 ハーレイと二人、手を繋ぎ合って何処までも歩いてゆくのだから。
 積木遊びで殺されてしまった悲しい子たちも、幸せに生きているだろう時代。
 幸せが満ちた今の時代で、青い地球の上で、ハーレイと二人、幸せに生きてゆくのだから…。




             子供用の積木・了

※サイオンの訓練には、ピッタリの積木。けれどミュウが処分された時代は、沢山の悲劇が。
 そんな時代に、前のハーレイが作った積木。シャングリラの子たちに愛された玩具。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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