シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(えーっと…?)
白い、とブルーが眺めた写真。学校から帰って、ダイニングでおやつの時間の真っ最中に。
テーブルの上にあった新聞、それを何気なく広げてみたら白い鳥の写真が載っていた。白文鳥のような小鳥だけれども、鳥籠の中でも人間の手の上にいるわけでもなくて。
何処かの屋根らしき所に止まった小鳥の写真に「アルビノ」の見出し、白い雀だと書いてある。そう言われてみれば、白い小鳥の隣にごくごく普通の雀が何羽か。
生まれつき色素を持たないアルビノ、雀の場合は白文鳥みたいな姿になってしまうらしい。瞳の色はよく分からないけれど、桜色とも黄色とも見えるクチバシと足。本当にまるで白文鳥。
(ぼくとおんなじ…)
アルビノだったら自分と同じなのだし、それに姿も愛らしいから。興味津々で記事を読み始めて驚いた。アルビノが珍しいことは分かるけれども、雀の場合。羽は弱くて、飛ぶ力も弱いと書いてある。普通の雀たちよりも弱く生まれてしまった雀。
(ぼくはサイオンがカバーしてくれるけど…)
遥かな昔のアルビノだったら、太陽の光に弱かったらしい。目には光が眩しすぎるから保護するためにサングラス。肌も日焼けする前に火傷してしまう、太陽の光を直接浴びたら。
日光浴どころか、太陽が空に輝く間は自由に出歩けなかったと言う。遠い昔のアルビノならば。
けれども、今は誰もが持つサイオン。それが弱点を補ってくれる、意識せずとも。赤い血の色を透かす瞳は平気で太陽を見上げられるし、肌だって見る間に真っ赤に腫れたりはしない。
前の自分だった頃と同じで、何の不自由もない身体。
不器用なサイオンも、これに関しては全く問題なかったらしい。
生きるのに必要なことだから。呼吸するように自然に備わった力、身体の中を巡るサイオン。
今の時代もアルビノの人間は珍しいけれど、サイオンのお蔭で誰でも普通の生活が出来る。外を駆け回ることも出来れば、太陽の光が強い真夏に海へ出掛けて泳ぐことだって。
(…ぼくだって身体が弱くなければ…)
前と同じに虚弱な身体に生まれなければ、元気一杯の子供だっただろう。弱い身体はアルビノに生まれたからとは違って、身体の中身の問題だから。アルビノゆえの弱点ではないのだから。
(ぼくの身体が弱いだけだよ、アルビノじゃなくても)
つまりは健康に全く支障が無いのが今のアルビノ、人間がアルビノに生まれた場合。
ところが雀だとそうはいかないらしい、羽が弱いというのなら。飛ぶ力までが弱いのなら。
それに…。
(酷い…!)
なんて酷い、と記事の内容に憤ってしまった。真っ白な雀に添えられた記事の次の文章。
羽が弱いだけでも可哀相なのに、白い雀はもっと酷い目に遭うのだという。卵から孵った時には他の雀と同じに見えるし、ほんの僅かだけ皮膚の色が違う程度だけれど。少し育って羽根が生えてきたら、白い羽根が身体を覆うから。兄弟の雀とは違う色の羽根を纏うから。
見掛けが異なるアルビノの雀は、巣から追い出されてしまうのが普通。自分の子供とは違う、と親鳥が外へと捨ててしまったり、兄弟たちに放り出されたり。
だから滅多にいないらしいアルビノ、自分の力で巣から出られるまで育てないから。それよりも前に巣から出されて、死んでしまうのが白い雀の運命だから。
育つことさえ難しいらしいアルビノの雀。ただでも羽が弱いというのに、その羽を使って巣立つ所まで育てて貰えない真っ白な雀。親鳥や兄弟に巣から追い出されて。
(運が良かったの…?)
珍しいという白い雀は運良く難を免れて、此処まで大きく育ったろうか。それとも親鳥や兄弟に恵まれた雀だったのだろうか。色が違うからと嫌いはしないで、優しく受け入れてくれるような。
とにかく雀は飛べる所まで育ったのだし、生きられて良かったね、と微笑んだけれど。
後は元気に暮らしてくれれば、と記事を読み進めたけれど。
(……嘘……)
普通の雀とは見掛けが違った真っ白な雀。人間が見ても同じ雀とは思えない雀。
まるで違うから、交配したがる相手もいないと書かれてあった。一緒に子孫を残そうとする雀は何処にもいなくて、つがいになれはしないのだと。
(そんな…)
同じ写真に写っている雀は、白い雀と同じ巣で育った兄弟なのだろうか?
仲良く屋根に止まっているのに、白い雀のすぐ側に二羽もいるというのに。一緒に餌を見付けに来たのか、羽を休めてお喋り中か。
白い雀も育ったからには大丈夫だとホッと安心したのに、これから先。
親兄弟ではない他の雀は、相手にしてくれないというのだろうか?
見掛けが違う雀だから。雀の色の羽根の代わりに、真っ白な羽根を纏っているから。
恋人が欲しいと思っても。
恋をしたいと囀っても。
(可哀相すぎるよ…)
雄か雌かは知らないけれども、独りぼっちの真っ白な雀。
記事には書かれていない性別、外見だけではきっと判断出来ないのだろう。羽根の模様で見分けようにも、真っ白な雀なのだから。雄か雌かの違いが分からないのだから。
鳥は大抵、雄と雌とで羽根の模様が違うもの。尾羽の形まで違っていることも珍しくない。雀も何処かが違うのだろうか、どれも同じに見えるけれども。
(…でも、この雀がどっちなのかは…)
写真を撮った人にも分からず、それを調べた学者にだって分からなかった。雀に詳しい人間でもその有様なのだし、雀同士なら本能的に避けるのだろう。あれは違うと、雀ではないと。
無事に育った白い雀なのに、恋も出来ずに生きるしかない。恋の相手が現れないから。
そればかりか…。
(殺されちゃうの?)
白い雀に生まれた宿命、真っ白な羽根を持っているせいで。
普通の雀は地味な色だから、何処へでも姿を隠せるのに。空を飛んでいても目を引かないのに、白い雀はそうはいかない。木の葉や土などは隠れ蓑になってくれる代わりに、白い羽根の色を逆に目立たせるだけ。空を飛んでも似たようなことで、白い身体が日射しを弾いて輝くだけ。
雀を餌にする天敵の目に付きやすいから、白い雀は狙われる。
前の自分のように狩られて、殺されてしまって、それでおしまい。
恋も出来ずに、それっきりで。鷹や大きな鳥に追われて、弱い羽では逃げ切れなくて。
新聞の写真の白い雀は卵から孵って六ヶ月か七ヶ月くらい。そこまで生きられたことが奇跡で、動物学者も驚くほどの珍しさ。白い雀は育たないから、育っても狩られておしまいだから。
無事に育った白い雀は、こうして新聞記事にもなった。白い雀がいると聞き付け、粘り強く雀が来る場所で待って写真を撮影した人のお蔭で。
なのに…。
(これっきり…)
白い雀と人との出会いは、これっきり。
学者を驚かせ、新聞の紙面を飾った奇跡の雀は、保護しては貰えないのだという。天敵のいない動物園とか、怪我をした鳥などの面倒を見てくれる場所。そういう施設は白い雀を受け入れない。
せっかく大きくなれたのに。
巣から追われず、鷹にも狩られず、此処まで育って来られたのに。
珍しいアルビノの雀がいると、奇跡の雀だと人間が見付けてくれたというのに、その人間は保護しない。白い雀がのびのびと暮らせる施設に収容してはくれない。
自然の生き物は自然のままに。人は手出しをせずに見守る、それが蘇った地球の鉄則だから。
どんなに珍しい白い雀でも、例外になりはしないという。
いつか狩られてしまう現場に写真を撮る人が居合わせたとしても、写真を撮るだけ。天敵の鷹を追い払おうとしてはくれずに、白い雀の最期を撮影して帰るだけ。
自然はそういうものだから。食物連鎖というものだから。
溜息をついて閉じた新聞、アルビノの雀には無いらしい未来。恋も、普通の雀の寿命も。
あまりに雀が可哀相すぎて、部屋に戻っても頭から離れない真っ白な姿。白文鳥かと思った雀。
(ちょっとくらい…)
例外があってもいいのにと思う、こんな時くらい。
自然の掟は分かるけれども、白い雀を保護して助けてやるくらい。
雀が一羽消えたところで、鷹は困りはしないから。他の獲物を探せばいいだけのことで、獲物は沢山いるのだから。白い雀を食べれば特別な栄養になるならともかく、雀は雀なのだから。
それに、白い雀。
自然の中へと置いておいても、恋の相手は見付からない。他の雀とつがいになって子孫を残せる雀だったら、保護してしまえば自然のバランスが少し崩れはするけれど。白い雀に恋をする相手はいないわけだし、自然のバランスは崩れない。
だから助けてやりたいと思う、自分と同じにアルビノの雀。放っておいたら他の雀よりも哀れな最期を迎えるのだから。
(可哀相だよ…)
恋も出来ずに独りぼっちで、狩られて死ぬまで生きてゆくだけ。
飛ぶ力さえも弱い身体で、いつか終わりが来る日まで。
勉強机の前に座って、頬杖をついて。白い雀を待ち受けているだろう運命を思うと、胸の奥から遠い記憶が湧き上がってくる。いつか狩られる真っ白な雀。
(前のぼくみたい…)
メギドでキースに狩られた自分。そう、あれは文字通りに「狩り」だった。
前の自分を殺したいなら、メギドを止められたくなかったのなら、心臓を狙えば良かったのに。たった一発、それだけで終わり。シールドも張れなかった前の自分は倒れておしまいだったろう。
それが出来る腕を持っていたのがキースだったのに、そうする代わりに急所を外した。
(…絶対、わざと…)
三発も続けて狙いを外すわけなど無いから。ただの兵士だったらともかく、メンバーズなら。
キースが何を思っていたかは分からないけれど、楽しんでいたことだけは分かった。前の自分を追い詰めたならば何が起こるか、どうやって仕留めるのがいいかと。
(…狩りを楽しみすぎて失敗…)
最後の一発で仕留めるつもりだったのだろう。「これで終わりだ」と撃ち込んだ弾。シールドを突き抜けて右の瞳を砕いたあの弾、それで獲物を倒すつもりでいたのだろう。
成功するとキースが思い込んだ狩り。獲物を仕留めて、メギドも守れると思っていた狩り。
けれど、生憎と前の自分は反撃の機会を狙っていたから。狩られながらも、どうすればキースの裏をかけるか、懸命に考え続けていたから。
(…巻き込んでやろうと思ってたのに…)
残ったサイオンの最後の爆発、暴走させるサイオン・バースト。それでキースもメギドも纏めて終わりだと思っていたのに、逃げられたキース。駆け込んで来たマツカが連れ去ったキース。
(…あの時、キースが死んじゃってたら…)
SD体制の崩壊までには長い時間がかかっただろう。ミュウと人類との和解までにも。
だからキースを恨みはしないし、憎んでもいない。共に語り合える機会があったら、違う道へと歩んだろうから。キースの地球への固い忠誠、その信念を覆すことが出来たなら。
それが分かるから、前の自分を狩ったキースを、けして恨んではいないけれども…。
(そうだ、ハーレイ…!)
ハーレイはキースが嫌いなのだった、前の自分を狩った男だと知ったから。
嬲り殺しにしようとしたことを知ってしまったから、キースを嫌っているハーレイ。まるで違う生を生きている今も、前の生からの続きを生きているかのように。「あいつを殴るべきだった」と何度も口にしているハーレイ、「知っていたなら殴っていたのに」と。
前の生が終わった日の一日前、死に絶えた地球へと降りたハーレイ。其処でハーレイはキースと再び出会ったけれども、人類側の代表たる国家主席と挨拶を交わしてしまったという。人類側との会談に向けて、ミュウを代表する一人として。
(前のぼくのことを、ハーレイは知らなかったから…)
キースがメギドで何をしたのかを知っていたなら、殴ったのにと悔やむハーレイ。殴れる機会を逃した上に、二度とチャンスは来ないのだと。キースは何処にもいないのだから。
(ハーレイだったら…)
どうするだろうか、白い雀の話をしたら。
前の自分とそっくり同じに、狩られてしまうだろう雀。白い身体が天敵の目を引き、弱い羽では逃げられなくて。普通の雀に生まれていたなら、そんなことにはならないのに。
(…見付かりにくいし、逃げる速さだって、もっと…)
真っ白な姿に生まれたばかりに、狩られるだけの運命の雀。恋も出来ずに狩られて終わり。
あの可哀相な白い雀を、ハーレイだったら助けに行ってくれるだろうか?
キースさながらの鷹に狩られて、死んでしまうしかない白い雀を。
ハーレイだったら、と見えて来た希望。
前の自分と何処か重なる白い雀を、ハーレイは助けてくれるかもしれない。
(えーっと…)
白い雀が見付かった地域は此処から遠いけれども、遥かな昔はオーストラリアという名の大陸があった辺りだけれど。ニュースが届くくらいなのだし、同じ地球には違いない。
その地域で暮らす人たちに向けて、白い雀を助け出すために、何か運動をしてくれるとか。署名活動だとか、そういったことを。例外を認めてくれそうなことを。
前の自分の最期を知っているハーレイならば、と恋人の顔を思い浮かべた。
(…白い雀、前のぼくと少し似ているものね…)
放っておいたら、鷹に狩られてしまうのだから。
前の自分がキースにそうされたように、獲物を求める鷹に殺されてしまうのだから。
頼もしい援軍に思えるハーレイ。白い雀を助けようと言ってくれそうなハーレイ。
(来てくれないかな…)
そしたら早く頼めるのに、と何度も視線を投げた窓。白い雀を助けてやるなら、一日でも早く。此処でこうしている間にも、目立つ身体で何処かを飛んでいるのだろうから。
(…鷹に見付かったらおしまいだものね)
他の雀よりも狙われやすい真っ白な身体、逃げて飛ぶには弱すぎる羽。助けに行くまで頑張って逃げて、と祈るような気持ちで窓の方を何度見ただろう。不意に聞こえたチャイムの音。待ち人が訪ねて来てくれた合図。
窓に駆け寄り、門扉の向こうのハーレイに大きく手を振った。「待っていたよ」と。
やがて部屋まで母に案内されて来たハーレイ。お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで向かい合うなり、もう早速に切り出した。
「あのね…。ハーレイ、白い雀を知っている?」
今日の新聞に載っていたけど、ハーレイ、その記事、気が付いてた?
「いや? …白い雀というのはなんだ?」
白いってことはアルビノなのか、そいつが何処かで見付かったのか?
「そう。…えっとね、昔はオーストラリアだった場所だよ、今は地形が変わっているけど…」
其処で見付かったんだって。真っ白で、白文鳥みたいに見えちゃう雀。
可愛かったけど、その雀、可哀相なんだよ。…ちょっぴり、前のぼくみたい。
「前のお前だと?」
何処が雀と似てると言うんだ、前のお前が?
「…鷹の獲物になっちゃう所…。白い雀は目立つんだって」
普通の雀だったら、そう簡単には見付からないけど、白い身体はよく目立つから…。
それに白い雀は羽も飛ぶ力も弱いんだって。見付かっちゃったら、もう逃げられないよ。
前のぼくがメギドでキースに撃たれた時と同じで、そのまま殺されちゃうんだよ…。
「なるほどなあ…。獲物になるために生まれて来たような雀というわけか」
おまけに弱くて、見付かったら最後、もう逃げ道は無いんだな。
…確かに前のお前に似てるな、メギドでキースに嬲り殺しにされそうだったお前に。
前のお前はキースにとっては格好の獲物で、どう考えても狩りを楽しんでいたようだからな。
あれに似ているな、とハーレイの眉間に寄せられた皺。キースの名前は聞きたくもない、という風に見える表情、ハーレイは今もキースを許していないことが分かる顔だから。
「…じゃあ、助けてあげてくれないかな、雀」
白い雀は保護して貰えないんだよ、今のままだと。…珍しい白い雀なんだ、っていうだけで。
放っておいたら、じきに鷹とかに見付かってしまって獲物になっちゃう。
そうならないように助けてあげてよ、あの白い雀。
「助けるって…。俺がか?」
俺がそいつを助けてやるのか、誰も助けてやらないから、と?
「うん、ハーレイは大人だから…」
ぼくみたいにチビの子供じゃないから、色々と方法を知っているでしょ?
白い雀を保護して下さい、って署名を集めてお願いするとか、その地域の人たちに手紙を書いて保護を頼むだとか。
雀を保護してくれそうな施設、きっと幾つもあるんだろうし…。それを探して片っ端から手紙を出したら、何処かが動いてくれるかも…。
…今は駄目でも、「お願いします」って頼めば保護してくれるかも…。白い雀は珍しいもの。
展示したってきっと綺麗だよ、大勢の人が見に行くだろうし、お願い、ハーレイ。
白い雀を助けてあげてよ、このままだったら前のぼくみたいに鷹に殺されちゃうんだもの…。
お願い、と頭を下げたけれども、ハーレイは難しい顔付きで腕組みをして。
「うーむ…。お前の気持ちは分からないでもないんだが…」
前のお前に似てると言われりゃ、俺も助けてやりたい気持ちもするんだが…。
助ける相手が雀じゃなあ…。いくら珍しくても、雀は雀だ。
「…駄目なの?」
ハーレイでも助けられないの?
白い雀を助ける方法、ハーレイにも思い付かないの…?
「お前もその記事、読んだんだろうが。…それで雀が保護されていないと知ってるわけだ」
記事に書いてある通りだってな。野生の生き物はそのままに、っていうのが地球の基本だろ?
そいつを捻じ曲げちゃいかんってことで、白い雀もそのままなんだ。
雀じゃなくって特別に珍しい生き物だったら、保護するってこともあるんだろうが。
「でも、青い鳥…」
前に青い鳥を飼おうとしてたよ、今のぼく。
ハーレイが「欲張るんじゃない」って言うから逃がしたけれども、ウチに来たオオルリ。
ダイニングの窓にぶつかってしまった青い鳥だよ、ハーレイも一緒に見てたでしょ?
あれは飼っても良かったんだし、白い雀だって誰かが飼っても良さそうなのに…。
オオルリも雀も似たようなものだよ、おんなじ野生の生き物だよ…?
あの青い鳥は飼おうと思えば飼えた筈だ、と主張したら。オオルリを飼ってもかまわないなら、白い雀も飼えそうだけど、と食い下がったら。
「そりゃまあ、まるで駄目ではないが…」
実際、野生の鳥を引き取って面倒を見ている施設もあるしな、絶対に駄目なわけじゃない。
あのオオルリは窓のガラスに勝手にぶつかったわけで、お前が捕まえた鳥ではないし…。
そいつを獣医に連れて行ってだ、後遺症が出たら大変だからと飼ってやるのはお前の自由だ。
しかし、そういう例外を除けば、野生の鳥を飼うというのは難しいな。
さっきも言ったろ、野生の生き物は自然の中にそのまま置いておくのが地球の基本だ。
よほどの理由があれば別だが、保護するなんぞはとんでもない。
何処の施設でもまず断られるぞ、大怪我をした雀を持ち込んだんなら、いけるだろうが。
「それじゃ、白い雀…」
鷹にやられて落っこちてました、っていうんでなければ何処も保護してくれないの…?
「そういうことだ。誰かが拾って連れて行ったら、治療して飼って貰えるだろうが…」
怪我もしないで飛んでいるなら、可哀相だが、諦めるんだな。
狙われて殺されちまいそうだ、っていうのは保護する理由にはならん。
「ハーレイ、酷い…!」
可哀相だよ、あの白い雀…!
自分のせいで白く生まれたわけじゃないのに、白いだけで目立って狙われて殺されちゃって…!
「…それを言うなら、前の俺たちだって、そうだったろ?」
俺たちはミュウになろうと思ったわけじゃない。…なりたくてなったわけじゃないんだ。
だが、人類は俺たちに何をした…?
ミュウだというだけで、ヤツらは俺たちをどう扱ってくれたんだっけな…?
狩られるどころか、もっと酷い目に遭っただろうが、と言われてみればそうだから。
同じ人間で姿形も変わらないのに、実験動物扱いだった前の自分たち。ミュウだというだけで、ただサイオンを持っていただけで。
過酷な人体実験の末に死んでいった仲間も多かったのだし、アルタミラから脱出した後も隠れているしかなくて。挙句の果てに追われもしたから、ナスカは滅ぼされたのだから。
人間だったミュウでもその有様なら、ただ白いだけの雀ともなれば…。
「…仕方ないわけ…?」
羽根の色が他の雀と違うだけだし、誰も助けてくれないの…?
そうなってしまうの、あの雀、あのまま殺されちゃうのを待つしかないの…?
白い雀は、生まれた時から大変なのに…。色が違うから、巣から追い出されることもあるのに。
大きくなっても、恋の相手も出来ないんだよ…?
羽根の色が普通の雀と全く違っているから、つがいになる鳥、いないんだって…。
だからホントに独りぼっちで、その内に殺されちゃうんだよ…?
白い雀に生まれたってだけで、アルビノだったっていうだけで。
何も悪いことをしていないのに、独りぼっちで殺される日を待つだけだなんて可哀相だよ…。
「…そうだったのか…。白い雀は、狙われるだけじゃないんだな…」
独りぼっちになっちまうわけか、そいつは確かに可哀相だと俺も思うが…。
そうは言っても、決まりは決まりだ。
「可哀相だから助けて下さい」と言い始めたらキリが無い。
例外はあくまで例外ってヤツで、そうそう幾つも無いもんだ。白い雀は諦めるしかないだろう。
すまんが、俺にもどうにもならん。…助けてやりたい気持ちはあっても、無理なものは無理だ。
だが…、とハーレイが浮かべた笑み。難しそうな顔から、いつもの穏やかな笑みへ。
「白い雀は可哀相だが、そいつにだって、だ」
もしかしたら…な。まるで救いが無いってわけでもないかもしれんぞ、本当のトコは。
「救いって…。なに?」
あの羽根の色は変えられないのに、飛ぶ力だって弱いのに…。
救いなんか何処にもありそうもないよ、人間が保護してあげない限りは。
「いや、保護されるよりも今のままがいい、と白い雀は思っているかもしれん」
つまりだ、俺みたいなのがいるかもしれん、ということさ。
「えっ?」
ハーレイは何もしないって言ったよ、雀は助けてあげられないって言ったじゃない…!
「本物の俺のことじゃなくてだ、白い雀にとっての俺っていう意味だが…?」
恋人だ、恋人。俺がお前の側にいるように、その雀にだって恋人がいないとは限らないぞ?
白い雀でも気にしやしない、っていう恋人だな、そいつはもちろん普通の姿の雀なわけだ。
つまり運命の恋人ってヤツだ、本当だったら相手にされない筈の雀に恋をしている雀。
俺たちが地球に生まれ変わって出会えたようにだ、白い雀にもいるかもしれないだろうが。
どんな時でも離れやしない、と側にいてくれる恋人の雀。
それがいたなら、独りぼっちじゃないからなあ…。
人間にウッカリ保護されちまったら、その恋人とは離れ離れになっちまうんだぞ、白い雀は。
そうなるよりかは、今のままがいいと思わないか?
少しばかり目立つ羽根の色でも、恋人と一緒に暮らせる方がな。
絶対にいないとは言い切れないんだぞ、そういう恋人。白い羽根でも気にしないヤツが。
現に白い雀を育てた親がいるんだろうが、とハーレイはパチンと片目を瞑る。
白い雀は巣から追い出されるのが普通だというのに、お前の両親のように大切に子供を守って、立派に育ててくれた親が、と。
「巣から追い出さない親がいるなら、恋をするヤツだって無いとは言い切れないからな」
ちょっと違うが、これも個性だと思う雀はいるってことだ。
白い雀の親もそうだし、一緒に育った兄弟だって白い雀を雀だと認めているわけなんだぞ。
他にもいないとは誰も言えんな、白い雀がちゃんと雀に見える雀が。
「…そういえばそうだね…」
親鳥と兄弟が白い羽根でも雀なんだって思っていたから、白い雀はちゃんと大きく育てたし…。
おんなじように雀なんだ、って考える雀がいたって不思議じゃないかもね…。
「な? まるで無いとは言えないだろうが」
そいつは強運な雀だってことは間違いないなあ、無事に育って大人になっているってだけで。
他の巣で生まれたら追い出されちまって死んでいただろうに、いい巣に生まれて来たわけだ。
それだけ運の強い雀だ、恋人だって何処かにいるだろうさ。
「…本当に?」
あの白い雀の恋人の雀が何処かにいるの?
独りぼっちで生きていかなくてもいいの、恋人の雀がいるのなら…?
「そう思っておけば気が楽だろう?」
前のお前は、白い雀に似てはいたんだが、前の俺が側にいたってな。
それと同じで、白い雀も前のお前みたいに、幸せに生きていけるかもしれん。
運命の恋人と出会って、一緒に巣作りをして。
仲良く暮らしていくかもしれんぞ、学者たちだってビックリしちまう結末ってことで。
白い雀にも未来が無いとは限らないぞ、と微笑むハーレイ。
普通の雀に生まれなくても、幸せな未来が待っているかもしれないのだから、と。
「…ただし、キースに狩られてしまわなければ、だが…」
お前が言ってた狩りの獲物だ、雀の場合は鷹なんだがな。
運悪く鷹に出会っちまったら、白い雀はそれで終わりだ。前のお前がそうなったように。
…鷹は獲物を嬲り殺しにするような真似はしないだろうがな。
「キース…。撃たれた時はとても痛かったけれど…」
そのせいでハーレイの温もりまで失くしてしまったけれども、キースは役目を果たしただけ。
マザー・システムが命じた通りにミュウを殲滅しようとしただけ、前のぼくまで含めて、全部。
どうして嬲り殺しにしようとしたのか、それは今でも分からないけれど…。狩りをしていたってことは分かるよ、一撃で倒せば良かったのに。
…でもね、ぼくは別に、キースのことは…。恨んでいないよ、あれはキースの役目だったから。
もっと違う形で出会っていたなら、キースとも分かり合えていたんだと思うから…。
「…お前はいつでもキースを庇うな、あんな酷い目に遭ったというのに」
あれはキースの役目だったと、仕方がないと、お前は許してしまうんだ。
だからだ、それと同じことだな、白い雀が鷹に狩られて死んじまったとしても。鷹の方は獲物を捕まえただけで、自分の仕事をしたってだけだ。
鷹のキースは自分の役目を果たしただけだと思っておけ。自分のために獲物を捕ったか、子供のために捕まえたのか…。いずれにしたって遊びではなくて、必要だから狩りをしたわけだ。
…もっとも、俺なら怒り狂うんだがな。
何が役目だと、お前を殺してしまったくせに、と。
「そっか、ぼくがハーレイに言ってることと同じなんだね、恨んじゃ駄目、って」
キースは何も悪くないから、ぼくも恨んでいないんだから、って。
白い雀が鷹に捕まっても、それと同じで、怒ったりしちゃ駄目なんだね…。
「そういうことだな」
鷹は獲物を捕まえなくては生きていけんし、それがたまたま白い雀になったってだけだ。
白い雀が目立っていたのが運の尽きだな、普通の雀なら見付からなかった可能性もあるんだし。
しかし…、とハーレイの鳶色の瞳が優しい色を湛える。
白い雀が幸せになれるといいんだがな、と。
「俺たちには何もしてやれないがだ、せっかく生まれて来たんだからなあ…」
そして大きく育ったわけだし、俺たちみたいに幸せに生きて欲しいよな。
お前が助けてやりたかったほど、前のお前に似ているんだし。
「うん、本当に似ているんだよ…」
だから幸せになって欲しいよ、鷹に捕まったりせずに。
独りぼっちで生きるんじゃなくて、ちゃんと一緒に暮らせる恋人も見付けて欲しいよ…。
「うむ。二人で祈ってやるとするかな、そいつのために」
俺たちに出来ることと言ったら、それくらいしか無いんだからな。
「そうだね…!」
お祈りだったら神様に届いて、聞いて貰えるかもしれないし…。
自然の中で暮らす生き物のことも、神様はきちんと見てるんだろうし…。
それがいいよね、お祈りするのが。
白い雀が幸せに生きていけますように…、って。
保護してやることは出来ない雀。真っ白な身体のアルビノの雀。
遠い地域に生まれた小さな雀だけれども、ハーレイと二人、天に祈った。
前の自分に少し似ている、白い雀の幸せを。
白い雀に恋人は出来ないと言われていたって、運命の恋人が見付かるように。
恋人と出会って、白い姿でもキースのような鷹に狩られないで。
幸せに生きて、ちゃんと未来を築けるように…、と。
いつかハーレイと結婚して二人で歩いてゆく道、白い雀にもそれと同じ道を歩んで欲しい。
青い地球の上で、恋人と生きてゆける道。
何処までも、いつまでも手を繋ぎ合って、幸せに歩いてゆける道を…。
アルビノの雀・了
※ブルーが見付けた、アルビノの雀の記事。前の自分と重なるのに、助けてやれないのです。
けれど、その雀にも恋人がいるかも。幸せになれるよう、祈るのがブルーに出来ること。
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