シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
「んー…」
アサリがいっぱい、とブルーが頬張るシーフードピラフ。
ハーレイが訪ねて来てくれた土曜日の昼食、いつものテーブルで向かい合って。母が運んで来たお皿のピラフはシーフードたっぷり、殻つきのアサリがアクセントを添える。殻が無ければ洒落た感じはしないだろう。剥いてしまったアサリでは。
でも…。
「美味しいけど、ちょっと面倒だよね」
シーフードピラフ、とフォークでチョンとつついたアサリ。パカッと口を開けている貝。
「面倒って…。何がだ?」
作るのが面倒そうだって意味か、シーフードピラフを?
「そうじゃなくって、このアサリだよ。…アサリ、美味しいのは分かっているけど…」
ちょっぴり面倒だと思わない?
こうやって殻がくっついていたら、外すのが。フォークだけだと外れないよ?
スプーンで押さえていないと駄目だし、綺麗に外れないのもあるし…。
「そこが本物の証明じゃないか、新鮮なアサリを使いました、って証拠だろ」
殻つきなんだぞ、生きたアサリを買って来ないと作れないんだ。
アサリってヤツは、死んじまったら熱を加えても絶対に口を開けやしないぞ。
新鮮なアサリを入れて炊いたら、出来上がった時にこうなるわけだ。アサリが口を開いてな。
アサリがこうだし、他のもきっと買ったばかりの材料だ。この海老や、ここのイカとかも。
お母さんがいい材料を揃えてくれたからこそなんだ、とハーレイが指差す殻つきのアサリ。
これも、これも口を開けてるだろうが、と。
「そっか…。ママ、朝から買い物に行ってくれたのかな?」
アサリとかを買いに、お店まで。
「さてな? 昨日の内から買っておいても、きちんと扱えばアサリは充分生きてるが…」
しかし、せいぜい二日ってトコだ。何日も生かしておくのは無理だな、普通の家じゃ。
お母さんはきちんと準備をしてたってことだ、海老とかも。
今日はシーフードピラフにしようと決めて、色々と買って。
そこで殻つきのアサリを買ってくれたことを喜ばないとな。店に行ったら、殻を剥いてあるのも売られているんだから。
アサリだけじゃなくて、海老やイカも入ったシーフードミックスを買えば簡単なんだぞ?
炊く時にパッと放り込んだら手間要らずだ。何の下ごしらえも要らないんだから。
「うん、知ってる。…シーフードミックス、あったら便利だっていうのは」
友達に聞いたよ、いろんな料理に使えるから、って。
だけど、ママが買って来たのは見たこと無いから、お料理する所は知らないよ。
「お前のお母さんなら、買わないだろうなあ…」
あれはだ、手抜きの極みってヤツだ。…もっとも、俺の場合はお世話になるが…。
一人暮らしでアサリも海老も、と欲張って買ったら使い切れないことがあるからな。そういった時には便利なモンだぞ、必要なだけ出して使えるトコが。
しかしだ、お前のお母さんはきちんと買って作ってくれたからこそ、殻つきのアサリがピラフに入っているわけだ。剥いたアサリじゃなくってな。
面倒だなんて言うヤツがあるか、と軽く睨まれた。外れにくいことは確かだけれども、殻つきは新鮮な証拠だから。生きたアサリを炊き込まないと作れないから。
「前のお前なら、サイオンで一瞬で外せたのかもしれないが…」
フォークとスプーンで頑張らなくても、ポンと綺麗に外れちまったかもしれないんだが…。
上手くいかないのも御愛嬌だろ、自分の手を使って食べるのもマナーの内なんだから。
でないとすっかり退化しちまう、人間はあくまで人間らしく、だ。
「分かってるってば、サイオンは必要な時にだけ、っていうのが今のルールでしょ?」
でもね、前のぼくでも食事の時にサイオンは使っていなかったよ。
手が塞がってるからサイオンで口まで運んじゃおう、なんてことはやっていないよ、一回も。
食事の時にはちゃんと手で、って。青の間で一人で食べてた時でも。
「そうだな、真面目に食ってたな、お前」
今から思えば凄いことだな、前のお前なら両手が塞がっている時にだって楽に食えただろうに。
何でもヒョイとサイオンで運んで、そいつを食べながらデカイ本だって読めた。
…なのにやってはいなかったよなあ、読みかけの本はスッパリ諦めて食事をしてたんだ。
サンドイッチを考え出したっていう貴族よりも真面目で偉かったぞ、お前。
ゲームをしながら食べたいから、ってサンドイッチを作らせたっていう話だしなあ、その貴族。
前のお前の場合でいけばだ、サイオンで口に運びたいから、運びやすい料理を作れってトコだ。
一口サイズに纏めて来いとか、そういうサイズに切っておけとか。
そういう無精な真似をしなかったことは偉かった、とハーレイは褒めてくれたのだけれど。
サイオンで食べるソルジャーだったら、このピラフだって皿に盛る代わりに、おにぎりよろしく一口サイズの団子にされていたのだろう、と笑ったけれど。
「待てよ…? こいつで団子か…」
それに、おにぎりか…。如何にお前が無精なソルジャーだったとしても…。
「どうかしたの?」
「いや、シーフードピラフだな、と…」
サイオンを使って食うんだったら、おにぎりや団子が便利ではあるが…。
「なあに?」
おにぎりとかお団子は便利そうだけど、前のぼく、そんなの注文しないよ?
ちゃんとスプーンを使って食べるし、殻つきのアサリが入っているなら、フォークだって。
「いや、有り得ないな、と思ってな…」
サイオンで食うだの、おにぎりや団子にしようって前に。
「何が?」
前のぼくがやらなかったから、っていう話?
無精しちゃって、手を使わないで食事をしようってことは一度も。
「前のお前には違いないんだが…。俺もセットの問題だな」
俺もそうだし、シャングリラ全体の問題とも言う。
シーフードピラフが有り得ないんだ、サイオンを使って食おうと考える以前にな。
「そうだっけ?」
有り得ないってことは無かった筈だよ、シーフードピラフ。
前のぼくが物資を奪いに出ていた頃なら、いろんな食べ物があったんだから。
シーフードだって奪っていたよ、と前の自分の記憶を振り返った。
自給自足の生活を始めるよりも前の時代は、食料も物資も奪うもの。前の自分が人類の輸送船を狙って、様々な物を奪って戻った。
コンテナごと失敬していた物資。食料の中には肉も魚も沢山あったし、貝や海老だって。
「シーフード、何度も奪って来てたと思うんだけど…。シーフードミックスもあった筈だよ」
白い鯨になった後には、シーフードピラフを作るには種類が足りなかったけど…。
作ったとしても入っているのはムール貝だけとか、そんなのだったかもしれないけれど。
「材料の方はそうなんだろうが…。お前が言ってる通りなんだが…」
シャングリラにシーフードってヤツは確かにあったが、肝心の飯が…。
こいつを美味しく炊き上げるための飯がだな…。
「え…?」
何か足りなかったっけ、シーフードピラフを作るのに?
必要なものは奪ってたんだし、白い鯨に改造した時も、必要な食料は作れるように、って…。
「その必要な食料ってヤツが問題なんだ。シーフードピラフは米を炊くんだぞ?」
米だ、米。そいつが何処にも無かっただろうが、前の俺たちが生きた頃には。
シーフードピラフは有り得ないんだ、肝心の米が無いんだから。
「そういえば…。お米、無かったっけね…」
シャングリラで麦は育てていたけど、田んぼは作っていなかったっけ…。
稲を育てる田んぼが無くちゃ、って誰も言い出さなかったから。
すっかり忘れていたのだけれども、SD体制が敷かれていた時代。
機械が統治しやすいようにと文化は統一されてしまって、米を主食にしていた地域の文化は全て消されていたのだった。習慣も、もちろん食文化も。
消えてしまった米を食べるという文化。稲を育てれば米が採れると誰も考えなかった時代。
今とは事情がまるで違った、米が当たり前に食卓に上る時代とは。
「そっか、前のぼくたち、シーフードピラフは作れなかったんだ…」
お米が無いんじゃ、どうしようもないね。
シーフードはあっても、前のぼく、シーフードピラフを食べたことが一度も無かったんだね。
それじゃ、おにぎりにするとか、お団子だとかも絶対に無理。
手を使わないで食べられるように工夫してよ、って頼めるわけがないよね、無かったのなら。
…サイオンで食べようとはしなかっただろうと思うけど…。
食べる間くらいは読みかけの本も、見ていた書類も置いておくとは思うんだけど…。
「前のお前なら、そうしただろうな。無精しないで、きちんと自分の手を使う、と」
だから、お前もアサリの殻は面倒だなんて言っていないで、ちゃんと食べろよ?
シーフードピラフの有難さってヤツも分かっただろうが、今ならではの食べ物なんだ。
前の俺たちが生きてた頃には、どう頑張っても食えるチャンスは無かったんだから。
なんと言っても、作ろうっていう発想自体が無かったからな。
米は何処にも無かったんだし、前のお前も奪っては来ない。
シーフードだけじゃ無理ってことだな、シーフードピラフを作るのは。
前の俺だって米の炊き方なんぞは知らん、とハーレイは肩を竦めてみせた。
米を渡されてもどうしようもないと、きっと考え込むのだろうと。
「…こいつはどうやって食べるんだ、ってトコから検討したんだろうなあ、米を前にしたら」
まずは一粒口に入れてみて、舐めたり噛んだり、味を確かめたり。
でもって、米は乾燥してるし、そこの所をどう考えたか…。
水で戻してみようとしたのか、ナッツみたいに炒ろうとしたか。俺が思うに、多分、炒ったな。
米ってヤツはだ、水に浸しておいただけでは食えるようにはならないんだし…。
蒸すとか炊くとか、そういった手間をかけてやらんと駄目な食べ物だ。
そんな方法を思い付くよりも前に、フライパンを使って炒ってただろう。…炒ったら食える物になったか、そこは謎だが。
フライパンで米を炒ってみたって、ポップコーンみたいに上手く弾けはしないだろうしな。
「そうだよね…。炊く前のお米じゃ、どう使うのかも分からないよね」
前のハーレイ、料理が得意だったけど…。使い方が謎だと、やっぱりどうにもならないものね。
…今は炊けるの、お米だけをポンと渡されても?
「当たり前だろうが、米を炊くのは基本の中の基本ってヤツだ」
炊飯器なんかを使わなくても、鍋があったら炊けるんだ。
普通の鍋でも、土鍋でも炊ける。
そういや、土鍋も前の俺たちが知らなかった調理器具なんだよなあ…。
鍋を食べるって文化自体が無かった以上は、土鍋も無いし。
前の俺たちが土鍋を見たなら、調理器具だとは思わないかもな。何かを入れて仕舞っておくのに使うんだろう、と蓋を開けたり閉めたりしてな。
何を入れる物だと思っただろうか、とハーレイが笑っている土鍋。前の自分が土鍋を見たって、入れ物なのだと考えただろう。料理に関係すると聞いたら、スープを入れる鉢だとか。
「おっ、スープ鉢か! そいつは間違ってはいないかもなあ、スープ鉢」
鍋もスープの一種ではあるし、保温しながらスープを仕上げる器ってトコか。
それに昔の貴族の食事の席には、デカいスープの鉢があったと言うからな。何人分ものスープが入った専用の鉢で、蓋つきなんだ。土鍋と違って、うんと豪華に出来てたんだが。
「ふうん…? そんな入れ物があったんだ…」
前のぼく用に、って作られてしまった食器のセットには、スープ皿しか無かったけれど…。
エラとヒルマン、忘れてたのかな、そういうスープの鉢を作るのを?
「いいや、忘れたわけじゃない。…スープ鉢は必要なかったんだ」
食事の仕方が変わったわけだな、デカい鉢から取り分ける代わりに一人分ずつ配る形に。
その方が温かいスープを食べられるだろうが、熱々のヤツを目の前で注いでくれるんだから。
そういう食べ方になるよりも前は、料理は大皿に盛られてドカンと出されたそうだぞ。スープはもちろん、他の料理も。
一人分ずつ皿に盛り付けて配る時代に変わっちまったら、デカいスープの鉢は要らない。
だから前のお前の食器セットにスープ鉢は入っていなかったってな。
「そうなんだ…。エラが好きそうだと思ったんだけどな、うんと豪華な鉢だったら」
これはソルジャー専用の食器なんです、って食事会の度に説明してたもの。
ミュウの紋章が入った大きなスープ鉢だと、凄く目立って偉そうな感じがしそうじゃない。
「貴族の食器は財力を見せびらかすためのものだったからなあ、その使い方は正しいな」
ソルジャーはこんなに偉いんですから、とデカいスープ鉢を据えておいたら効果絶大だろう。
しかし、デカいスープ鉢の時代はとっくに終わっちまって、作っても出番が無かったし…。
良かったな、お前。デカいスープ鉢まで作られる羽目に陥らなくて。
ソルジャーの威厳を高めるために、と青の間まで作り上げたのが白いシャングリラの長老たち。
専用の食器を作るくらいは当然のことで、嫌だと言うだけ無駄だった。エラたちが作ると決めてしまったら、スープ鉢だって出来たのだろう。土鍋並みに大きな、豪華なものが。
「…スープ鉢、無くて良かったよ…。紋章を描くだけじゃ済みそうにないし」
他にも飾りがついていそうだよ、凄く凝った形になっているとか。
…土鍋だったらシンプルだけれど、そんな形じゃ、エラが素直に納得するとは思えないもの。
「だろうな。土鍋の形を模したにしたって、元が土鍋だとは思えない出来になったぞ、きっと」
持ち手だの、蓋の取っ手だのが派手になっていそうだ、貴族好みの形に仕上げて。
そして得々と皆に説明するんだな、エラが。
ソルジャー専用のスープ鉢です、と中身のスープが何かよりも先に、スープ鉢の方を。
「…エラだと、ホントにそうなっちゃいそう…」
中のスープはどうでもよくって、スープ鉢があるって方が大切。
もしもスープ鉢を作られていたら、前のぼくの溜息、もっと増えたよ。偉くないのに、って。
無くて良かったと心から思う、ソルジャー専用のスープ鉢。無駄に豪華な、大きすぎる器。
それが無かったことは嬉しいけれども、土鍋も無かったシャングリラ。外の世界にも土鍋は存在しなかった。土鍋で炊けるという米も。
「…ねえ、ハーレイ。土鍋でお米を炊くっていうのは難しいの?」
ママは土鍋で炊いてないけど、それは炊くのが難しいから?
「おいおい、お母さんに失礼すぎるぞ、その言い方は」
炊いたことが無いっていうだけだろうさ、普通は土鍋で炊かないからな。炊飯器があったら米は炊けるし、付きっ切りで見張っていなくてもいいし…。
土鍋で炊くには、スイッチ一つじゃないというのは分かるだろう?
隣で他の料理は出来ても、ちょっと買い物に行ってくるとか、庭仕事というわけにはいかん。
だから炊飯器が便利なんだが、美味いぞ、土鍋で炊いた飯はな。
それにピラフは見栄えがするんだ、デカい土鍋でドンと炊いたら立派な料理だ。
柔道部のヤツらには上等すぎるから作ってやらんが、俺の友達が大勢来た時なんかは定番だぞ。
シーフードピラフが一番だな、うん、殻つきのアサリなんかも入れて。
「…いいな、ハーレイのシーフードピラフ…」
それに土鍋で炊いた御飯も。
美味しそうだし、食べたいよ、それ。…土鍋で作ったシーフードピラフ。
「食べたいって顔をされてもなあ…」
俺の手料理は持って来られないと、何度も言ってる筈だがな?
お前の家で作る時にも、野菜スープのシャングリラ風か、病人用の食事だけだぞ。
「分かってるけど…」
無理だっていうのは分かっているけど、でも、土鍋…。
ぼくの家だと、お鍋の時しか使わないから、土鍋で作ったシーフードピラフは絶対、無理…。
土鍋で炊いた御飯も無理だよ、ママは作ってくれないんだもの。
前のハーレイは米も炊き方も知らなかったというのに、今のハーレイは土鍋で炊くほど。
しかも今日の昼食と同じシーフードピラフも作るというから、もう食べたくてたまらない。
どういう味がするのだろうかと、一度でいいから食べてみたいと。
けれど、ハーレイは作って来てはくれないし、家で作って貰うのも無理。前の自分と同じ背丈に育つまではきっと、土鍋で作ったシーフードピラフも食べられないのに違いない。
そう思ってションボリ項垂れていたら、ハーレイが「ふむ…」と腕組みをして。
「お前のお母さんは、土鍋でピラフを作ったことは無いんだな?」
飯を炊いていたことも無いと言ったが、それで間違いないんだろうな?
「そうだよ、ママが土鍋を使う時にはお鍋の料理」
お米を炊いてたことなんか無いよ、ぼくは一度も見たこと無いもの。
「なら、リクエストしてみるといい。土鍋でピラフを作ってくれ、とな」
土鍋を使えば、俺が作るのと似たような出来になる筈だ。
俺のレシピで作りさえすれば。
「レシピって…。ハーレイ、ママに教えてくれるの?」
土鍋で作るシーフードピラフ。…どうやって炊くのか、ぼくのママに?
「お前に食わせてやれる方法、どうやら他には無さそうだからな」
俺の家で食えるようになるまで待て、って言うのも可哀相だろう。シーフードピラフ、こうして昼飯に出ちまってるし…。
お前がお母さんに頼んで炊いて貰うんだったら、レシピくらいはお安い御用だ。
「ホント!?」
それなら、ママに頼んでみる!
きっとママなら作ってくれるよ、土鍋で炊くのは初めてでも…!
諦めるしかないと思った、土鍋で炊くというシーフードピラフ。今のハーレイが得意な料理。
早く母がお皿を下げに来てくれないかと、ワクワクしながら昼食を綺麗に食べ終えて。
今か、今かと待っていた所へ、ノックの音が聞こえたから。
「ママ! あのね…!」
母が部屋の中に入って来るなり、息を弾ませて空になったシーフードピラフの皿を示した。上にアサリの殻だけがコロンと残った皿を。
「今日のお昼、シーフードピラフだったでしょ? そしたら、ハーレイが話してくれて…」
ハーレイ、土鍋でシーフードピラフを炊くのが得意なんだって!
家に来た友達に御馳走したりするって聞いてね、ぼくも、そういうのが食べたくて…。
でも、ぼくはハーレイの友達じゃないし、生徒には御馳走してないらしいし…。
ママが代わりに作ってくれない?
土鍋で御飯は炊いてないけど、レシピがあったら作れるでしょ…?
「あらまあ…。土鍋で御飯が炊けるって話は知ってたけれど…」
シーフードピラフまで作れるだなんて、初耳だわ。
それはブルーに頼まれなくても、ママも挑戦してみたいわね、是非。
「土鍋でお作りになりますか? 私のレシピでよろしければ…」
おふくろの直伝なんですよ。土鍋さえあれば、これがけっこう簡単でしてね。
「そうなんですの? ブルー、メモと書くものを貸して頂戴」
えーっと…。お米と同じか、一割増しくらいのお水を加えて、三十分以上置いておく、と…。
それから好みのシーフードを入れて、お塩と、それに味付け用の…。
母は熱心にメモして行った。土鍋で作るシーフードピラフのためのレシピを。
ハーレイの母の直伝だというレシピは母に伝わったけれど…。
「ママ、直ぐに作ってくれるかな?」
失敗しないで作れそうだけど、晩御飯に炊いてくれると思う…?
「さてなあ…? 俺なら今日は作らないがな」
昼飯と同じになっちまうだろうが、夜もシーフードピラフだったら。
俺がいなけりゃ、それでもいいかもしれないが…。一応、俺も客ではある。
お客さんに続けて同じ料理を出すというのは、普通はやってはいかんことだぞ。頼まれたならば話は別だが、そうでなければ違う料理を出すべきだ。材料は同じでも、味も見た目も違うのを。
まず有り得ないな、晩飯がシーフードピラフというのは。
ついでに、明日にも出ないだろうなあ、明日も俺がやって来るんだからな。
ハーレイが予言した通り。夕食がもう一度シーフードピラフということはなくて、日曜日も別の料理が出て来た。昼食も、それに夕食も。
月曜日が来ても、シーフードピラフは影も形も無くて。
「ママ、ハーレイのシーフードピラフは…?」
どうなっちゃったの、ぼく、楽しみにしてるのに…。今日も別の御飯…。
「まだよ、ハーレイ先生と一緒に食べたいんでしょう?」
「え?」
「ブルーの顔にそう書いてあるの。…ハーレイ先生と食べたいな、って」
いつでも作ってあげられるけれど、平日にハーレイ先生がいらっしゃる日は分からないでしょ?
作ってあげても、ハーレイ先生がおいでにならなかったら、パパとママしかいないわよ?
それじゃブルーがガッカリするって分かっているもの、だから土曜日。
お昼御飯に炊いてあげるから、楽しみに待っていらっしゃい。
今度の土曜日のお昼までね、と微笑んだ母。
ハーレイ先生と一緒にお部屋で食べるといいわ、と。
そう聞かされたら、待ち遠しいのが土曜日だから。カレンダーを毎日眺めて待って、仕事帰りに来てくれたハーレイにも「土曜日だって!」と報告して。
待ちに待った土曜日、朝から覗いたキッチンに置かれていた土鍋。もうそれだけで心が躍った。これで炊くのかと、昼御飯にはハーレイのレシピで作ったシーフードピラフが食べられる、と。
やがてハーレイがやって来たから、顔を輝かせて「土鍋があったよ」と自慢した。
「ママが用意をしてくれてたんだよ、キッチンに土鍋」
お米とかは入っていなかったけれど、約束通り炊いて貰えるよ!
ハーレイが言ってた、シーフードピラフ。あの土鍋で。
「今度もアサリが入ってそうだな、殻つきの」
殻つきの貝を入れると見栄えがいいんですよ、と話しておいたし、アサリじゃないか?
馴染み深いのはアサリだからなあ、ムール貝とかでも美味いんだがな。
「アサリだと思うよ、ハーレイもアサリって言っていたから」
あの日のはアサリが入っていたから、アサリみたいな殻つきの貝、って言ってた筈だよ。
だから、アサリで作ると思う。…次に作る時はムール貝かもしれないけれど。
「アサリか…。また面倒だと言い出すなよ?」
殻つきのアサリは外すのがちょっと面倒だなんて、罰当たりなことを言いやがって。
あれは新鮮さの証明なんだし、ちゃんと味わって食べることだな。
「分かってるよ!」
ちょっぴり面倒って思っただけだよ、だって、ホントに食べにくいから…。
だけど、前のぼくでもサイオンを使って食べるようなことはしなかったんだし、今のぼくだって分かってるってば。
ハーレイにジロリと睨まれちゃったら、面倒だなんて、もう言わないよ。
それに、今日のシーフードピラフは特別だもの。殻つきのアサリが山ほど入っていたって、全部喜んで食べるよ、ぼくは。
そして昼食に運ばれて来たシーフードピラフ。「お待たせしました」と笑顔だった母。
土鍋での調理は上手くいったようで、ホカホカと湯気が立つシーフードピラフが盛られたお皿。予想通りに殻つきのアサリが入っていたけれど、面倒だとは思わない。
アサリの身を外すのも、楽しみの内。殻つきの貝を入れると見栄えがいい、とハーレイが教えたレシピだから。それで殻つきなのだから。
「ふふっ、ハーレイが作るのとおんなじ味…」
土鍋で炊いたから、御飯がふっくらしているのかな?
ママが普段に作ってくれるのも美味しいけれども、土鍋で作ったらもっと美味しい…!
ハーレイが得意なシーフードピラフ、これとおんなじ味なんだね…!
「どうだかな?」
本当にお前が食べたかったのは、こいつで間違いないのかどうか…。
「この味じゃないの?」
ママの味付け、ハーレイのと何処か違ってる?
それとも炊き方がちょっと違うの、ハーレイが炊いたら、こうならないの…?
「いや、お母さんは上手く再現してると思うぞ」
初めて炊いたとは思えない出来だし、流石は料理上手ってトコだ。
俺が作るのと、まるで変わりはないんだが…。
とても美味いんだが、お前が食べたいシーフードピラフは、こいつじゃないって気がしてな…。
お前の憧れは俺が作ったヤツなんだろうが、と指摘されたから。
土鍋で炊いたシーフードピラフを食べたがったのは、俺の得意料理だと聞いたからだろうが、と鳶色の瞳で真っ直ぐに見詰められたから。
「…そうだけど?」
本当に食べたいシーフードピラフは、それなんだけど…。
でも、ハーレイが作ったヤツは食べられないから、ママにお願いしたんだよ。
ハーレイが作るのと同じ味なら、ぼくは充分、嬉しいんだけど…?
「そうなんだろうと思いはするが…。今はそいつが限界なんだが…」
お前、シーフードピラフでなくても喜びそうだな、と思ってな。
こんなに豪華に作らなくても、お前ならきっと喜ぶぞ、と。
「え…?」
それって、どういう意味なの、ハーレイ?
シーフードピラフじゃなくって、もっと普通のピラフのこと…?
「ピラフじゃなくてだ、普通に米を土鍋で炊いただけでも」
俺が土鍋で炊きさえしたなら、大満足で食うんじゃないかと…。
炊いてやれるのはずっと先だが、いつかお前に御馳走できる日が来たならな。
「それはもちろんだよ!」
ハーレイが作ってくれるんだったら、シーフードピラフでなくてもいいよ。シーフードなんかは入ってなくても、普通に御飯を炊いただけでも。
そうに決まっているじゃない。
ハーレイが作る所を側で見られて、ハーレイと二人で食べられるんなら…!
殻つきのアサリや海老などが入った、ふっくらと美味しいシーフードピラフもいいけれど。
土鍋で炊き上げた素敵なピラフもいいのだけれども、御飯だけでもきっと美味しい。ハーレイが炊いてくれるなら。炊飯器の代わりに土鍋を使って、ホカホカの御飯が炊き上がるなら。
「やっぱりな…。そういうことなら、飯盒炊爨なんかもいいな、と思ってな」
土鍋で炊くような風にはいかんが、あれもなかなかに美味いもんだぞ。
「飯盒炊爨?」
どんなものなの、それも御飯を炊くんだよね…?
「飯を炊くのには違いないが…。土鍋どころか、鍋も使わん」
キャンプとかの時に使う道具だ、こういう形をしてるんだが…。
見たことは無いか、こいつを直接、焚火とかにかけて飯を炊こうというわけだ。
「ああ…!」
パパが炊いてくれたことがあったよ、下の学校の時にキャンプ場で。
そういう道具を貸してくれる所があってね、焚火用の場所もあったんだよ。
ハーレイもあれで御飯を炊けるの?
「得意な方だな、炊き方のコツは知ってるぞ」
下手に炊いたら、芯が残った飯が出来たりするんだが…。
そうなったことは一度も無いなあ、こいつも俺の才能かもな?
幼かった頃に、両親と出掛けたキャンプ場。父が炊いてくれた御飯は美味しかった。緑の木々や川の流れが綺麗だった森で食べたからだろうか、ただの白い御飯だったのに。
それをハーレイが炊くと言うから、御馳走してくれるらしいから。
「それ、食べたい…!」
飯盒炊爨をするんだったら、キャンプ場とかに行くんでしょ?
ハーレイの車でドライブ付きだよね、飯盒炊爨が出来る場所まで…!
「ほらな、ますます夢が膨らんだろうが」
お前と二人でドライブしてから、一緒に焚火を始めて炊く、と。
飯盒炊爨でもシーフードピラフは作れるんだぞ、普通の飯を炊くっていうだけじゃなくて。
「嘘…!」
土鍋だったら分かるけれども、あれって普通のお鍋じゃないよ?
御飯を炊いても、下手な人だと芯が残ってしまうんでしょ?
そんな道具でシーフードピラフは、作れそうもないと思うんだけど…。
「まあ、殻つきのアサリは無理だな、確かにな」
火の通り方の関係だろうな、殻つきの貝では上手くいかんと俺も聞いてる。親父からな。
そうさ、親父に仕込まれたんだ。釣りに行ったら飯盒炊爨って時もあるしな、場所によっては。
飯盒でシーフードピラフを炊くんだったら、使うのは店で売ってるヤツだ。手抜きで使おうってわけじゃなくって、シーフードミックスがピッタリなんだ。
そいつを使って火にかけてやって…。焦げるくらいが美味いんだぞ。シーフードピラフ。
「美味しそう…」
手抜きじゃないのに、シーフードミックスを使うんだ?
新鮮な材料を揃えるんじゃなくて。
「そうだ、そこが面白い所だな。普通にシーフードピラフを作るんだったら、手抜きなのにな」
シーフードミックスを使っちまったら、手抜きと言われても仕方がないが…。
飯盒炊爨だと逆にそいつが秘訣ってわけだ、美味いシーフードピラフを炊くための。
いつかお前に作ってやるさ、とハーレイがパチンと瞑った片目。
殻つきのアサリは何処にも入っていないけれども、飯盒で炊いたシーフードピラフ。
キャンプ場なら、殻つきのアサリの身を外すのは本当に面倒だろうし、丁度良さそうな気がするシーフードミックスを使ったピラフ。
まずは土鍋で炊いたシーフードピラフからだ、と言われたけれど。
キャンプ場までドライブするのは、土鍋の方のを披露してからだ、ということらしいけれども。
土鍋で作ったシーフードピラフも魅力的だから、それでいい。
最初は土鍋で炊く所を見て、次はドライブで飯盒炊爨。
(…きっと、どっちも美味しいんだよ)
ハーレイが作るシーフードピラフは、殻つきの貝が入ったものでも、シーフードミックスで炊く飯盒炊爨の方でも、きっと。
シャングリラには無かったシーフードピラフ、今は炊き方までも色々。
使う道具も、入れるシーフードも、料理上手なハーレイ次第。
早くハーレイと二人で食べたい、今ならではの味を、前の自分が焦がれ続けた青い地球の上で。
白いシャングリラで行こうと夢見た、ハーレイと目指した地球の上で。
きっと、幸せの味がするのに違いない。殻つきのアサリが少し面倒でも、殻がないアサリの身が入っているシーフードミックスを使ったものでも。
いつか大きく育った時には、ハーレイと二人でシーフードピラフ。
飯盒炊爨に出掛けて行ったら、地球の自然を楽しみながら。
ハーレイと暮らす家で土鍋で炊いたら、二人きりのテーブルで互いに微笑み交わしながら…。
シーフードピラフ・了
※シャングリラの時代は無かった、お米を炊く料理。もちろんシーフードピラフだって。
けれど今度は、ハーレイと一緒に食べられたのです。そしていつかは、二人で飯盒炊爨も。
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