シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(エアプランツ…?)
なあに、とブルーが覗き込んだ新聞。学校から帰って、おやつの時間に。
園芸のコーナーらしいけれども、何処から見たって土が無かった。金魚鉢のようなガラスの器に入っているものはともかく、根を張れそうもない壁にくっついた何本もの草。それどころか、宙に浮いている草までがあった、細いワイヤーで吊られて空中に幾つも草の塊。
(ドライフラワー?)
乾燥しても色を失わない草だろうか、と記事を読んでみたら、全く違った。ドライフラワーではなくて生きている植物、土の無い場所で。壁はまだいいとして、何も無い宙で。
(…それで、エアプランツ…)
空気だけで生きてゆけるから。土が要らない不思議な植物、本当の名前はチランジア。
根っこはあっても、養分を吸うために使う代わりに身体を固定しておくもの。育つための栄養は葉から取り入れる水分だけ。雨でなくても霧で充分育つのだという。
(たまに霧吹きするだけでいいの?)
植物を育てるためには必須の水やり、それすらも殆ど要らないらしい。水をやりすぎると枯れるくらいに、手がかからないのがエアプランツ。多年生だから、一年限りで終わりでもない。
原産地では寄生植物の一種、木の枝などにくっついて育つ。岩でも何処でもいいらしいけれど、木の枝が好みの種類が幾つも。木から栄養は貰わないのに。
(くっついてると水が切れないのかもね?)
葉っぱが茂った木からだったら、いい具合に水が滴って落ちてくるかもしれない。日陰も作ってくれるだろうから、乾燥しすぎることだって無い。
(南アメリカの方なんだ…)
エアプランツの原産地。もっとも、地球は一度滅びてしまった星なのだから、原産地というのが正しいかどうかは謎だけれども。
かつて南アメリカがあった辺りに新しく生まれた別の大陸、其処で育つのがエアプランツ。昔の通りに戻った植生、森の中や山や砂漠で、木や岩などにくっついて。
水さえあったら育つ植物、便利に使えるエアプランツ。写真のように壁に飾ったり、ワイヤーで吊るして文字通り空中で育てたり。
(オブジェみたいな植物だよね…)
机の上に転がしておいても、ちゃんと育ってゆくらしいから。生きた置き物、エアプランツ。
普通の観葉植物などでは飽き足りない人向けなのかもしれない。自分のセンスで好きに育てて、訪ねて来た人をアッと驚かせたり。
(ぼくだって、知らなかったらビックリ…)
遊びに出掛けて行った先などで、空中に草が生えていたなら。植木鉢は無しで、宙に草だけ。
きっと、つついてみるのだろう。「これ、生きてるの?」と質問しながら。
(生きてるって聞いたら、もっとビックリ…)
しかも、まだまだ育つのだから。花瓶に生けられた花とは違って、何年も生きて育ち続ける植物だから。宙にぽっかり浮かんだままで。
土が無くても、困らないらしいチランジア。水だけで大きく育ってゆけるエアプランツ。
面白い植物もあったものだ、と感心しながら写真を眺めた。空中で育つ草なんて、と。
おやつを食べ終えて部屋に戻ったら、頭に浮かんだエアプランツ。この部屋でもきっと、空中で育てられるだろう。ワイヤーを張って吊るしさえすれば。
なんとも楽しい植物だけれど、頭を掠めた遠い遠い記憶。前の自分が見ていた光景。
(あんな植物、シャングリラには…)
一つも無かった、エアプランツは。寄生植物だって、ただの一つも。
クリスマスになったら飾りに使った、ヤドリギも造花だった船。クリスマスにしか使わない上、綺麗な花も咲かないから。美味しい実だってつけないのだから。
船で必要とされないものなど、育てなかったシャングリラ。植物も、それに動物も。
(観葉植物なんて…)
葉っぱを楽しむことしか出来ない観葉植物は、白い鯨になってからのもの。
自給自足で生きてゆく船、それが軌道に乗ってから。皆の心に余裕が生まれて、幾つもの公園が居住区などに鏤められていたシャングリラ。
そういう船になったからこそ、観葉植物を育てることも出来たのだろう。休憩室などに飾って、緑の葉っぱを眺めることも。
花は無くても、緑の葉っぱが茂っていたなら心は和むものだから。
観葉植物はそのためのもので、それを育てる余力が無ければ船には乗せておけないから。
白い鯨に改造するまで、シャングリラには無かった筈だ、と思ったけれど。
エアプランツも無ければ、普通の観葉植物だって、と改造前の船へと記憶を遡ったけれど。
(違った…)
あったんだっけ、と蘇って来た観葉植物の姿。元はコンスティテューションという名前だった、人類が捨てて行った船。燃えるアルタミラの宙航にポツンと一隻だけ。
人類が付けた名前は嫌だ、とシャングリラという名を付けたけれども、船はそのまま。白い鯨に生まれ変わるまでは、人類が使っていた時のまま。
けれど、その船にも観葉植物はあったのだった。船のあちこちに。
(ポトスとか…)
ハート形の葉っぱでお馴染みのポトス、他にも何種類かあった観葉植物。専用の鉢に植えられ、それを置くのが似合いの場所に。
改造するよりも前のシャングリラは、人類の船から奪った物資で命を繋ぐ船だったのに。
食料はもちろん、生きてゆくために必要な物資は全て人類の輸送船から奪っていたのに。
前の自分が奪いに行っては、それをやりくりして暮らしていた船。
(あんなポトスとか、奪って来たっけ…?)
まるで記憶に残っていないし、船に必要とも思えない。眺めるだけの植物などは。
なのにどうして観葉植物を育てていたのか、全くの謎。
白い鯨の方ならともかく、公園さえも無かった船で。奪った物資で命を繋いでいた船で。
何故あんなものがあったのだろう、と首を傾げた観葉植物。食料さえも奪って来ないと生きてはいけなかったのに。
食べられる実をつける植物なら分かるけれども、ポトスの実などは食べられない。どう考えても役に立たない、手がかかるだけの植物なのに、と思った所で気が付いた。
(ポトス、元からあったんだよ…)
他の観葉植物たちも。
前の自分が輸送船から奪ったわけではなかった植物。アルタミラで自分たちが乗り込む前から、植物たちは船に乗っていた。言わば先客、観葉植物の方が船での暮らしの先輩。
(…ぼくたちの方が後からだっけ…)
あのポトスたちにしてみれば。
船の持ち主が人類からミュウに変わってしまって、新顔になったのがシャングリラ。植物たちが知らない人間が勝手に大勢乗り込んだわけで、さぞかし驚いたことだろう。
植物たちに目や耳があったなら。人間を見分けられたなら。
メギドの炎に焼かれ、砕かれたアルタミラ。崩れゆく星から命からがら脱出した後、どのくらい経った頃だったろうか。
ようやく心が落ち着いて来たら、船のあちこちにあった植物。それまでからずっと植物は其処にあったのだけれど、見てはいなかったと言うべきか。心に余裕が無かったから。
とにかく、植物があると気付いた前の自分たち。そうなれば、最初に考えることは…。
「食べられるのかい、これは?」
ブラウも訊いたし、他の仲間たちの関心も当然、食べられるか否か。
葉っぱを毟って料理するとか、でなければいずれ美味しい実をつけるとか。
「どうなのだろうね、種類は幾つかあるようだが…」
調べてみよう、とデータベースに向かったヒルマンが持ち帰った答えは観葉植物。どれも眺めるためだけのもので、食べられもしないし、実もつけはしない。
「食えないものなら捨ててしまえ」
「乗せておいても、水と空気の無駄ってもんだ」
そういう意見も出たのだけれども、別の意見も多かった。見ているだけで癒されるから、と言い出した者が何人も。捨てなくても、このままでいいのでは、と。
「観葉植物は本来、そういう目的で栽培されているそうだよ」
緑の植物があるというだけで、人は自然を連想するから、とヒルマンが述べた存在意義。まるで役立たないように見えても、この船の中で役目を担っているのでは、と。
宇宙船の中でも緑の庭を見ている気分になれるようにと、それらは置かれているのだろうと。
捨てろと最初に言った者たちも、ヒルマンの意見を聞いた後には思う所があったらしくて。
暫く処分は保留にしよう、と観葉植物たちを宇宙に放り出すのは先延ばしになった。捨てるのに時間はさほどかからないし、いつでも放り出せるから、と。
保留していた間に分かった、植物用の水は別系統になっているということ。
飲料水や生活用の水とは別に循環していた、観葉植物たちのための水。
そういうことなら、人間用の水を無駄に使ってはいないから。誰も困りはしないのだから、今のままで船に置いておこう、という結論になった。癒される者も多いようだし、このままで、と。
(あの時点では、まだ食料も…)
充分に積んであった船。人類が大量に補給したらしい食料がドッサリ積まれていた船。
飢えることなど誰も考えてはいなかったから、観葉植物たちは生き延びられた。皆の心に余裕がたっぷりあったお蔭で。
それから幾らか時が流れて、積まれていた食料は残り少なくなったけれども。
前のハーレイから「食料が尽きる」と聞かされて直ぐに、前の自分が奪いに出掛けた。なんでもいいから食べる物をと、皆を救いたい一心で。
初めての略奪に成功した後は、奪えばいいと分かったから。
手当たり次第に奪った挙句にジャガイモだらけのジャガイモ地獄や、キャベツ地獄もあったとはいえ、飢えずに済んだ船だった。
白い鯨になる前も。名前だけの楽園だった頃にも。
人類の輸送船から奪った食料や物資、それに頼っていたシャングリラ。
何処からも補給の船は来ないし、自分たちでも作れなかった。食料も、生活に欠かせない物も。
そんなシャングリラで、観葉植物のための肥料を研究していたヒルマン。厨房で食材の屑などを貰って、いわゆる堆肥のようなものを。
「何をしてるの?」
ゴミなんかで、と覗き込んでいた前の自分。ゴミは宇宙に捨てるものだから。
「植物の肥料を作るんだよ。人間で言えば食べ物といった所だね」
水だけでは生きていけないのだから、と穏やかな笑みを浮かべたヒルマン。観葉植物にも栄養を与えなければ弱ってしまうと、そのための栄養が肥料なのだと。
けれど、肥料を奪えるほどの余裕は無いから、こうして肥料を研究中だ、と。
(肥料…)
なるほど、と前の自分は理解したけれど、流石に肥料は滅多に混ざっていなかった。輸送船から奪う物資は食料や生活用品なのだし、肥料とは性質が根本的に異なるから。
そういうわけで、観葉植物たちの肥料はヒルマンが作って入れていた。植物専用に循環していた水のシステム、其処には肥料を加えるための場所もあったから。
最初の間は本当に堆肥、後には液体になっていたと思う。より植物が吸収しやすいように液体、もちろんヒルマンが抽出して。
(あのポトスとか…)
木ほど寿命が長くはないのが観葉植物。ヒルマンはそれも知っていたから、早い時期から挿し木などで数を増やしていた。駄目になった株は、直ぐに植え替えられるようにと。
お蔭で観葉植物の緑は絶えることなく、人類の船だった時に植えられた場所に代替わりしながら茂っていた。ポトスも、他の観葉植物たちも。
植物が置かれた部屋というのはいいものだ、と誰もが思い始めた船。此処でも観葉植物を育てることは出来るか、という声までもが出始めた。循環システムの水に余裕があるようなら、と。
そういった声が上がる度にゼルがシステムを調べ、可能な場所なら引いていた水。新しい環境で生き生きと育った観葉植物。
シャングリラを白い鯨に改造する頃には、船の仲間たちは皆、緑の大切さに気付いていた。緑が見える生活がいいと、もっと緑が多ければいいと。
観葉植物があるというだけで、これほどに心が潤うのなら。豊かな気持ちになれるなら。
もっと沢山の緑があったら、沢山の緑が茂っていたなら、どんなに素敵なことだろう。どちらを向いても緑の葉が見え、それに囲まれて過ごせたら。
(それで公園…)
思い出した、と掴んだ記憶。白いシャングリラに幾つもの公園が生まれた理由の切っ掛け。
皆が緑を欲しがっていたから、公園を作ろうと決めたのだった。観葉植物が置かれたスペースもいいのだけれども、もっと広くて沢山の緑。
それがあったら皆が気持ち良く過ごせるだろうと、船には公園を作らなければ、と。
作ると決まれば、皆が欲張りになった公園。船のあちこちに幾つも作るという案では足りずに、より広いものをとスペース探し。何処かに大きく取れないだろうか、と。
そうしてブリッジの見える場所にあった、あの公園が作られた。ブリッジの周りは何も設けず、見通しのいい空間として整備する案もあったのに。
(これだけ広いなら公園がいい、って…)
無機質な空間にしてしまうよりは公園だ、と皆が目を付けたブリッジの周り。操船に支障が無いようであれば、此処を公園にするのがいい、と。
(…ホントはちょっぴり危ないんだけどね?)
人類側との戦いになれば、狙われる場所はブリッジだから。機関部を叩くのも効果的だけども、操船しているブリッジを潰せば船は確実に沈むから。
それがあるから、ブリッジの周りは無人にしようと考えたのに。関係者しか立ち入らないよう、何も作らずに放っておこうと決めていたのに…。
(いざとなったら逃げるから、って…)
万一の時にはブリッジから近い公園を離れて、船の中央部に避難する。そういう規則さえ作っておいたら問題ないから、と公園作りが決まってしまった。ブリッジの周りは公園だ、と。
(…普通だったら逆なんだけど…)
大きな公園は避難場所というのが今でも常識。災害などが起こった時には広い公園へ、と学校で教えられもする。けれどシャングリラは逆だった。白いシャングリラで一番大きな公園は…。
(何かあったら、一番に逃げなきゃ駄目だったんだよ、あそこから…!)
公園の意味が間違っていたのでは、と可笑しくなるのは今の自分だからだろう。前の自分だった頃にはそれで正解、実際、そういう事態も起こった。ジョミーを救いに浮上した時に。
(子供たちはヒルマンと避難した、って…)
後でハーレイから聞かされた。「あの規則が初めて使われましたよ」と。
それまでの間はずっと平和で、皆の憩いの場だった公園。此処を公園にしておいて良かったと、広い芝生の緑の絨毯、それを見るだけで清々しい気分になれるから、と。
アルタミラを脱出して間もない頃には、観葉植物を捨てようとしていた仲間たち。反対した者も多かったけれど、捨てようとした者も少なくなかった。
その仲間たちがいつの間にやら、「いざという時には逃げるから」と危険だとされたスペースを公園に仕立てる始末で、事の起こりは観葉植物。緑の葉っぱが見える生活、それが素敵だと誰もが考えるようになったから。観葉植物が乗っていた船、其処で暮らしていた間に。
(なんだか、傑作…)
最初は捨てると言ってたくせに、とクスッと零れてしまった笑い。命拾いをした観葉植物たちが皆の考えを変えたのか、と。
観葉植物どころか公園、それも大きなものが欲しいと。危険であろうが広いのがいいと、万一の時には避難するから、ブリッジの周りの広大なスペースを公園にしたいと言い出すほどに。
(ハーレイ、覚えているのかな…)
捨てられかかった観葉植物から、白いシャングリラの公園の歴史が始まったこと。白い鯨の中に幾つも幾つも作られた公園、その始まりは観葉植物だったということを。
時の彼方から戻って来た記憶。前の自分が見ていた歴史。たかが公園のことなのだけれど、思い出したら話したい。同じ時間を生きていた人に、あの船で長く共に暮らしたハーレイに。
帰りに寄ってくれればいいのに、と何度も窓を見ていたら、聞こえたチャイム。そのハーレイが訪ねて来たから、いつものテーブルで向かい合うなり訊いてみた。
「ハーレイ、シャングリラの公園の始まり、覚えてる?」
どうして公園を作ることになったか、公園が一杯の船になったか。
ブリッジの周りまで大きな公園にしちゃったくらいに、みんな公園が好きだったのか。
「はあ? 公園って…」
デカイのがいいと言い出したんだろ、うんとデカイのが。
ブリッジの周りが空いてるからって、公園にするんだと決めちまって…。確かにスペースは充分あったが、危険の方も充分あったわけだが?
俺は何度もそう言ってたのに、本気で公園にしちまいやがって…。戦場に公園を作るようなモンだったんだぞ、あのデカイのは。真っ先に狙われそうなブリッジと隣り合わせの公園ではな。
「それでも広い公園が欲しくなるほど、みんなが緑が大好きになった理由だってば!」
最初は観葉植物なんだよ、ぼくもすっかり忘れてたけど…。
水と空気の無駄だから、って捨てようとしていた観葉植物、あったでしょ?
アルタミラから逃げ出した船に、最初から乗ってた観葉植物。
「ああ、あれなあ…!」
そういや、あれが始まりだったか…。
役に立たないなら捨てちまえ、っていうのを保留にしていた間に、水は別だと分かったっけな。
それならいいか、と乗せておいたら、ファンが増えたというヤツだ。
こっちの部屋にも植えられないか、って話が出る度にゼルがせっせと水を引いては、ヒルマンが苗を選んで植えに出掛けて。
その内、すっかり緑が好きなヤツらばかりになったんだった。
ブリッジの周りは危険だから、と口を酸っぱくして説明したって、「避難するから大丈夫だ」とデカイ公園を作っちまったくらいにな。
始まりはアレか、とハーレイは肩を竦めて苦笑した。俺も偉そうなことは言えんが、と。
「…俺にも最初は、あの植物が何のためにあるのか分からなくってな…」
食えるものかと思っていたんだ、実の所は。
アレそのものは食えないとしても、その内に美味い実をつけるとか…。てっきりそうかと…。
「ハーレイもなの?」
実用的なものだと思っていたわけ、あの植物が?
捨ててしまえ、って言ってた仲間の中には、混ざっていなかったように思うんだけど…。
「…捨てろとまではなあ…。何かの役に立つからこそ乗せてあったんだろうし」
様子を見てから決めればいいさ、と思ったクチだな、前の俺はな。
現にそれまで、アレのせいで何か被害が出たってわけでもないんだし…。捨てちまったら、後でしまったと思っても二度と拾えんからなあ、急がなくてもいいだろう、と。
…そう言うお前はどうだったんだ?
食い物の類だと思っていたのか、食えなくても好きな方だったのか。
「ぼくはなんとなく好きだったかな。…あれを見てたら落ち着くから」
どうしてなのかは分からないけど、好きだったんだよ。あれの側がね。
「そうなのか…」
好きだった方か、「癒される」と言ってたヤツらのお仲間なんだな。
アレに関しては、前のお前と俺の意見は違ってたわけか。食えるものだと考えていたか、癒しの緑だと思っていたか。
「ふふっ、そうだね、正反対だね」
討論会をやっていたなら、凄い喧嘩になっちゃったかも…。お互い、自分が正しいんだ、って。
食べられるものだと思うのが普通だってハーレイが言って、ぼくが違うって反対して。
成人検査と、繰り返された人体実験。それよりも前の記憶をすっかり奪われていても、あの緑を見るのが好きだった自分。観葉植物が与える癒しを、前の自分は覚えていた。
養父母の家にあったのだろうか、ああいう観葉植物が?
あの船にあったポトスなどとは違う種類でも、観葉植物の鉢が置かれていたのだろうか…?
「ねえ、ハーレイ。…前のぼく、あれを見ていたのかな…?」
ぼくを育ててくれた人たちの家に、観葉植物があったのかなあ…?
「前のお前が育った家か…。そこまでのデータは無かったな」
テラズ・ナンバー・ファイブが持ってたデータは、お前にも見せた分で全部だ。
お前の家が何処にあったか、どんな家かのデータはあったが…。生憎と外側だけしか無かった、家の中はサッパリ謎だってな。
「そうだよね…。前のぼくの部屋も謎なんだものね」
一階だったか、二階だったか、それも分からないままなんだもの…。
リビングとかがどうなってたのか、データがあるわけないんだけれど…。
もしかしたら、何処かにあったのかもね。観葉植物があって、前のぼくが何度も見ていた部屋。
「あったのかもしれんな、そういう部屋が。…前のお前の気に入りの部屋」
そしてだ、前の俺が育った家の方には、観葉植物が置いてある部屋は無かった、と。
「なんで分かるの?」
前のハーレイの家のデータも、ぼくのと変わらない筈なんだけど…。外側だけで。
「食えるのかと思っていたからだ。あの船でアレを見た時にな」
お前みたいに癒される代わりに、食えるものかと思っていたのが動かぬ証拠だ。
前の俺は観葉植物なんぞに馴染みが無かった、だからそうなる。
「うーん…」
そういうことかな、ハーレイとぼくの意見の違い。
馴染みがあったら癒される方で、無かった方だと食べられるかどうかを考えるわけ…?
素っ頓狂にも思えるけれども、一理ありそうなハーレイの意見。
観葉植物を眺めて癒された者と、食べられるかと考えた者の違いは其処にあったのだろうか。
捨ててしまえと言った者たちにしても、乱暴だったわけではなくて。
彼らは観葉植物に馴染みが無いまま、育ったというだけかもしれない。成人検査を受けるまでの日々を、観葉植物の無い家で。それが無かった養父母の家で。
十四歳になるまで育てられた家に、観葉植物があったかどうか。それで分かれてしまった考え、食べられるかどうかと思って見たのか、癒されると思って眺めていたか。
「…ハーレイの説は、説得力があるかもね」
裏付けは何処にも無いんだけれども、あの後のことを考えちゃうと…。
捨ててしまえ、って言ってた仲間もいた筈の船で、公園を作ろうってことになったんだし…。
ブリッジの周りは危ないから、って言っても聞かずに、大きな公園、作っちゃったし。
みんな緑が大好きだったし、考え方って、環境で変わるってことだよね?
成人検査よりも前は緑に馴染みが無かった人だけ、食べられるかどうかを気にしてたんだよ。
観葉植物が無かった家で育ったら、癒されるって思う代わりに、食べられるかどうか。
「…子供を育てるシステムってヤツは、統一してはあったんだろうが…」
学校だったら全く同じに出来るわけだが、家に帰ればそういうわけにもいかんしな。
どういう家具やインテリアを揃えていくかは、養父母の好みが出るからなあ…。
観葉植物を置くかどうかも、個人の自由で決まりだな、うん。
前のお前が育った家には観葉植物が置いてあってだ、俺の家には無かった、と。
どうやらそういうことらしいな、とハーレイは自信満々で決めてしまって。
「それで、お前はどうして観葉植物なんかをいきなり思い出したんだ?」
この部屋には何も見当たらないがだ、置きたいかどうかと訊かれでもしたか?
「ううん、観葉植物そのものじゃなくて…。あれも観葉植物っぽいけど…」
えっとね、新聞に載ってたんだよ、エアプランツっていう植物が。
土が無くても水だけあったら、ワイヤーで空中に吊るしておいても育つんだって。
「エアプランツか…。たまに見掛けるな、売ってるトコを」
あれはシャングリラには無かったが…。
導入しようと言い出すヤツさえ無かった、ヒルマンもエラも言わなかったな。
寄生植物だから駄目だと思っていたのか、それとも知らなかったのか…。
あいつらがエアプランツの使い方ってヤツを知っていたなら、あった可能性は高いんだが。
「…なんで?」
エアプランツの使い方って、どんな風に?
シャングリラの何処かで飾りに使うの、ワイヤーとかで吊るしておいて?
「ワイヤーで吊るすかどうかはともかく、エアプランツの特徴ってヤツだ」
土が要らない植物だろうが、シャングリラの中で育てる分にはピッタリなんだぞ。
あの船で土があった所がどれだけあるんだ、殆どの場所には無かったろうが。
そういう船でもエアプランツなら、あちこちで育てられるってな。観葉植物と違って循環させる水も要らないし…。たまに霧吹きでシュッとひと吹き、それで充分なんだから。
極端な話、アレならブリッジでも置けたんだ。観葉植物の鉢は置けんが、エアプランツなら…。その辺に適当に吊るしておいても、転がしておいてもいいんだから。
「それって、ブリッジにあってもいいの?」
公園を周りに作るのも危険だから、って言ってたくらいの船の心臓部なんだけど…。
そんな所にエアプランツなんか、飾っておいてもかまわないわけ…?
「さてなあ…。こればっかりは会議にかけてみないとな?」
俺の一存では決められないんだ、会議でエラたちに訊くべきだろう。…もっとも、今から訊きに行こうにも、シャングリラは無いし、エラたちだって何処にもいないんだがな。
だが、今の俺なら欲しいトコだな、とハーレイはエアプランツを置きたいらしい。キャプテンの仕事場とも言えるブリッジ、其処に癒しの緑を一つ。
「今の俺だと、あそこはどうにも…。公園の緑は確かに見えるが、それだけじゃなあ…」
機能優先ってヤツで、まるでゆとりが無い場所じゃないか、遊び心に欠けると言うか。
ワイヤーを張って、エアプランツの五つや六つは吊るしてもいいと思うんだよな。
「五つや六つって…。一つじゃないわけ?」
ハーレイの席に一個あったら満足するっていうんじゃないの?
もっと欲しいわけ、五つも六つも?
「ブリッジの広さと人数ってヤツを考えろよ?」
エアプランツの大きさはお前も分かっただろうが、新聞で記事を読んだなら。
あんな小さいのが一つで足りるか、ブリッジに置くなら五つは欲しい。
広い公園を寄越せとゴネたヤツらじゃないがだ、こいつは俺も譲らんぞ。エアプランツを置ける許可が出たなら、お次は数の交渉だ。十個は欲しいと言っておいたら、五個はいけそうだし。
「…ハーレイ、そこまで頑張るの?」
今のハーレイだから、そんな無茶でも言うんだろうけど…。
前のハーレイなら、絶対、言いっこないんだけれど。
「まったくだ。俺も我儘になったってことだ」
もうキャプテンではないんだからなあ、欲張ったってかまわないってな。
…ブリッジにエアプランツを置こうと言うからには、キャプテン・ハーレイなんだろうが…。
中身は今の俺ってわけだし、エアプランツを五つくらいは置かせて貰う。
真面目に仕事をするならいいだろ、五つ吊るそうが、六つだろうが。
人生、やっぱり潤いが無いと…、と笑っていたハーレイがポンと打った手。「そうだった」と。
「吊るすって言えば…。お前、吊りしのぶを知ってるか?」
エアプランツで思い出したが、吊りしのぶだ。
「…吊りしのぶ?」
それってどんなの、ぼくは聞いたことが無いんだけれど…?
「昔の日本の文化ってヤツだ、エアプランツとは少し違うが…」
土の代わりに樹皮、木の皮とかを丸めて塊を作る。そいつにシダを植えるんだ。でもって、家の軒とかに吊るす。俳句だと夏の季語になるんだぞ、吊りしのぶはな。
「へえ…!」
シダが植えてある塊を吊るして飾るわけ?
とっても涼しそうだね、それ。空中にシダがあるなんて。
「だろう…?」
吊るしておいて、水をやっておけば夏でも枯れずにシダの緑を拝めるわけだ。
エアプランツよりずっと風流なんだぞ、吊りしのぶは。
なにしろ日本の文化だからなあ、エアプランツよりも歴史が長い。
エアプランツも悪くないがだ、今の俺だと吊りしのぶの方に惹かれるかもなあ…。
夏になったら親父が毎年吊るしてるんだ、とハーレイが話してくれるから。
エアプランツよりも素敵らしいから、いつか大きく育った時には、隣町まで見に行こう。
庭の大きな夏ミカンの木が目印の家まで、ハーレイが運転する車に乗って。
シャングリラには無かった、今の時代ならではの癒しの緑。
夏の季語だという吊りしのぶを。
涼しげだろうシダの緑が、軒先に吊られて揺れているのを。
今の時代は、ハーレイでさえも「ブリッジにエアプランツを五つ」と言ってもいい時代。
我儘を言っても、欲張りになってもいい時代。
前の自分たちには出来なかったことが、今は沢山、沢山、出来る。
青い地球まで来られたから。
ハーレイと二人、生まれ変わって、何処までも一緒に幸せに生きてゆけるのだから…。
観葉植物・了
※シャングリラのブリッジがあった、広い公園。本当は一番危険な場所だった筈なのに。
そこが公園になった理由は、皆が緑を欲しがったから。今ならブリッジにエアプランツかも。
←拍手して下さる方は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv
- <<動物園と子供
- | HOME |
- シーフードピラフ>>