シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(んーと…)
可愛いかも、とブルーが眺めたポニーの写真。
学校から帰って、おやつの時間に広げた新聞、その中の記事。動物園の子供の国にいるポニー。子供たちが動物と遊べるように、と設けられている子供の国に。
(小さかった頃に…)
ポニーの背中に乗せて貰った、両親と一緒に出掛けて行って。係の人に抱き上げられて。
きちんと鞍もついていたから、子供の目には立派な馬に見えたのだけれど。得意になって背中に乗っていたのだけれども、新聞の記事に載っているポニーは…。
(今、見たら小さい…)
飼育係の隣に立っているポニー。記憶では大きな馬だったけれど、子馬のようにも見えるほど。本物の馬はもっと大きいと知っているから、ずいぶん小さかったと分かった。幼かった頃に乗ったポニーは。頼もしい背中をしていた馬は。
けれどポニーは力持ちだとも書いてある。人を乗せていても、時速四十キロくらいは充分出せる馬だと。子供ではなくて、大人が乗っても。
それを読んだらホッと安心、今よりもずっと小さかった自分は全く重くはなかっただろう。何か背中に乗っているな、と思われた程度だっただろう。力持ちなポニーだったのだから。
(他にも色々…)
子供の国にいる動物たちの写真。幼稚園の頃の自分が仲間になりたいと願ったウサギもいれば、リスも手乗りの鳥たちも。
「大人の方も是非どうぞ」とも書かれてあった。子供の国でも遠慮しないで、と。
動物園は子供たちだけのための場所ではないから、動物たちと遊びに来て下さいと。
子供の国は楽しそうだし、他の動物たちを見て回るのも面白いだろう。鼻のシャワーで水浴びをしている象を眺めたり、カバの欠伸で口の大きさを実感したり。
他にも色々、見るものは沢山ありそうだけれど。ライオンもキリンも好きだけれども…。
(やっぱり、子供が行く場所だよね?)
大人の方もどうぞ、と書かれる辺りからして、動物園の主なお客は子供。行きたがるのも子供が殆どなのだろう。ポニーに乗ったり、ウサギやリスと遊びたがるような年頃の。
(ぼくだって、ハーレイとデートするなら…)
動物園に連れて行って、と頼みはしないという気がする。なんだか少し子供っぽいから。
水族館とか植物園ならデートにも向いていそうだけれども、動物園はちょっと、と。
なにしろ子供が主役の所で、子供の国とは違う場所でも、きっと子供がいることだろう。両親に連れられてやって来た子や、幼稚園などの先生に引率された子供たちやら。
(大人が行くなら、子供連れで…)
動物園はそういう所。小さな子供を連れてゆく場所、動物たちに会いたがる子を。
けれど、自分は産めない子供。
いつかハーレイと結婚したって、子供は決して生まれて来ない。新しい小さな家族は増えない、動物園に行きたがる子は。
だからハーレイと一緒に動物園には行かないよ、と新聞を閉じて戻った部屋。おやつのケーキは食べてしまったし、紅茶も綺麗に飲み干したから。
勉強机の前に座って、頬杖をついて考える。動物園とは縁が無さそう、と。
(ぼくたちに子供はいないんだから…)
ハーレイと二人で出掛けて行っても、少数派。動物園でデートというのは聞かないから。
連れてゆく子供がいない以上は、動物園にはきっと行かないだろう。男同士では子供は生まれて来ないし、「動物園に連れて行って」と強請られることも無いのだから。
(子供、欲しいとは思わないけれど…)
欲しいかどうかも考えたことすら無かったけれども、ハタと気付いた今の世の中。
自分たちのように子供が出来ないカップルの場合、養子を迎えることも多いのだった。男同士や女同士のカップルだけれど子供はいます、という人たち。
ただし、肝心の養子になる子は、気長に待つしかないのだけれど。
前の自分が生きた時代と違って、自然出産に戻った時代。おまけに平和で、豊かな世界。両親を失くした可哀相な子供は滅多にいないし、引き取ろうという親戚の数も多いのだから。
養子を迎えたいカップルは確か登録するのだったか、役所に行って。そうしておいたら、いつか子供が見付かった時に連絡が来る。この子を育ててみませんか、と。
そういう時代に生まれて来たのに、子供が欲しいとも全く思っていなかった自分。子供は決して生まれないから、いないものだと頭から決めてかかっていた自分。
養子を迎える気にならないのは、前の自分の記憶を持っているからだろうか?
機械が子供を作った時代に生きていたから、子供は誰でも必ず養子だったから。機械が養父母を勝手に選んで、其処へ子供を届けていたから。
マイナスのイメージしか無いのだろうか、と思った養子。前の自分が出会った幼い子供たち。
養父母の家で育っていたのに、ミュウだと分かってシャングリラに来るしか無かった子供。
(アルテメシアにも動物園があったけど…)
エネルゲイアにもアタラクシアにも、それは立派な動物園。人類の親子連れに人気だった施設、いつ見てもいた子供たち。養父母と一緒に、はしゃぎながら。
白いシャングリラに動物園は無かったけれども、作ろうとも思っていなかった。自給自足で船の中だけが全ての世界。無駄な生き物は乗せられないから、動物園などは夢のまた夢。
(でも、サイオニック・ドリームでなら…)
見せてあげられたのかもしれない、あの子供たちも好きだったのだろう動物園を。
あるいは立体映像を使って、専用の部屋で様々な動物を見られるようにしておくだとか。
(……動物園……)
作ってあげれば良かったと考えるのは、今の自分が動物園を知っているからだろう。楽しかった思い出を失くさないままで、大きく育ったからだろう。
前の自分は全く思いもしないで、ヒルマンたちにしても事情は同じ。動物園の案は出なかった。
子供たちのために動物園をと、誰も考えなかった船。
今とは何かと事情が違った、動物園にしても、それが好きだったろう子供たちにしても。
動物園に出掛ける親子たちは皆、血が繋がってはいなかった。子供は養子で当たり前。動物園で作った思い出でさえも、いつかは子供の記憶から消える。
成人検査で不要と判断されたなら。大人になるには要らないものだと、機械が判断したならば。
子供たちのための情操教育、そのためだけにあった動物園。
将来に役立つような思い出を持っていなかったならば、動物園の記憶は消されておしまい。ただ漠然と残る程度で、動物の知識があれば充分。
そういう時代に、前の自分は生きていた。白いシャングリラの子供たちにも動物園を、と考えもしなかったような時代に。今とは全く違った世界に。
今の自分なら、動物園を作るだろうに。子供たちがきっと喜ぶから、と長老たちを集めた会議で案を幾つも出すのだろうに。
(それじゃ、子供も…)
今の時代に生まれたからには、欲しいと思うべきなのだろうか。
ハーレイとの間に子供が欲しいと、二人で育ててゆきたいと。前の自分は夢にも思わず、子供は考えもしなかったけれど。
(ハーレイとの子供…)
結婚するなら、やはり子供は欲しいと思うのが普通だろうか。今の時代は。
(でも、生まれないし…)
男の自分は子供を産めない。どう頑張っても作れはしない。
養子はちょっと、と思うけれども、前の自分の考え方を引き摺ったままで生きているのが自分。
今では養子の事情も変わった、そう簡単には貰えない養子。
機械が作って、勝手に選んで渡されるのとは違った子供。登録しておいて長い間待って、やっと貰える自分たちの子供。十四歳になっても、成人検査で取り上げられることはない子供。
そういう養子を育てているカップルが存在する世界ならば、考え方もやはり変わるだろう。
自分は何とも思っていなかったけれど、今の自分よりも長い時間を生きているハーレイ。
今の世界で三十八年も生きたハーレイの方は、子供が欲しいのかもしれない。
そういう話題にならなかっただけで、ハーレイは欲しいかもしれない子供。
いつか結婚したら子供が欲しいと、二人で子供を育ててゆこうと。
(だったら、子供…)
養子を貰うべきなのだろうか、ハーレイが子供が欲しいなら。育てたいと思っているのなら。
それに、今の自分とハーレイの両親たちのためにも、子供は必要なのかもしれない。
ハーレイも自分も一人息子で、他に兄弟はいないのだから。
両親たちに孫の顔を見せてあげたいのならば、養子を貰うべきだろう。血の繋がっていない子供でも、今の時代は養子も実子も同じ扱い。本物の子供。
ハーレイには子供、両親たちにとっては孫になる養子。そういう子供が必要だろうか?
(どうなの…?)
子供は要るの、と急に心配になってきた。
思ってもみなかった、自分たちの子供。ハーレイと二人で育てる子供。
いつも結婚ばかりを夢見て、幸せな将来ばかりを思い描いて生きて来たけれど、その中に子供の姿は無かった。ただの一度も。
頭に浮かぶ夢と言ったら、ハーレイと二人で暮らすことだけ、二人でやりたいことばかり。
(ぼく、勝手すぎた…?)
あまりにも自分勝手な夢ばかりを見て、自分が世界の中心になっていたろうか。ハーレイは自分一人のものだと、二人きりで暮らしてゆくのだからと、周りが見えてはいなかったろうか。
(…子供…)
ハーレイが欲しいと言うのだったら、考え方を改めなければいけないだろう。
最初はハーレイと二人きりでの暮らしであっても、いつかは子供。登録して待った子供を迎えて家族が増える。新しい家族を二人で育てる。
(赤ちゃんが来るか、少し育った子供が来るか…)
それは全く分からないけれど、どちらでもきっと大丈夫だろう。
幸い、子供は前の自分だった頃から好きだし、大切に育てられる筈。
ハーレイと二人きりの生活は消えて無くなるけれども、子供のいる家もいいものだろう。自分は欲しいと思わないけれど、ハーレイがそれを望むなら。
子供が欲しいと思っているなら、二人で子供を育ててゆこう。縁あって家に来てくれた子を。
いずれは子供を育ててゆくのか、ハーレイと二人きりで生きてゆく方なのか。
(ハーレイに訊かなきゃ…)
子供が欲しいのか、そうではないのか。忘れないで訊ければいいんだけれど、と考えていたら、仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから。
これは訊かねば、とテーブルを挟んで向かい合うなり、こう切り出した。
「ねえ、ハーレイは子供は好き?」
赤ちゃんも、少し育った子供も、大きな子供も。
「好きだぞ、もちろん」
でなきゃ教師をやっているわけがないだろうが。子供相手の仕事が殆どなんだから。
道場で指導もしてないだろうな、子供が好きでなければな。…自分の技を磨くだけなら、指導でなくても対戦相手はいくらでもいる。腕が立つ大人しか来ない時間もあるんだから。
「そっか…」
ハーレイ、子供が好きなんだ…。前のハーレイも子供好きだったけど…。
「おい、どうかしたのか?」
俺が子供を好きなのかどうか、そんなのを訊いてどうするつもりだ?
そもそも、お前が子供だろうが。まだまだ立派にチビなんだから。
「んーとね…。子供、好きなんだったら…」
ハーレイ、やっぱり子供が欲しい?
「はあ?」
子供ってなんだ、なんの話だ?
欲しいかどうかって、子供はその辺で拾えやしないぞ、いくら好きでも。
拾って帰ったら人攫いじゃないか、とハーレイが両手を軽く広げてみせるから。
懐かれても連れて帰れやしない、と肩も竦めてみせるから。
「違うよ、他所の子供じゃなくって、ぼくたちの子供」
結婚した後に欲しいかどうかって訊いてるんだよ、ぼくとハーレイとで育てる子供。
「おいおいおい…」
気が早すぎるにもほどがあるだろう、お前。今、何歳だ?
最短コースで結婚したって十八歳だぞ、何年あると思っているんだ。
それに子供は生まれないが…。
いくらお前がチビにしたって、そのくらいは分かる筈だがな?
男同士じゃ、子供は生まれはしないってことは。
…もっとも、前の俺たちが生きた時代は、ごくごく普通のカップルでも子供は出来なかったが。
あの時代の子供は人工子宮で作られるもので、結婚したって決して生まれやしなかった。
トォニィが生まれてくるよりも前は、何処のカップルでも子供は養子で…。
「でしょ?」
だからね、前のぼくは本物の子供というのを知らないんだよ。
トォニィたちには会ったけれども、本当に会ったというだけだから…。
お母さんのお腹から生まれて育っていく姿を見てはいないし、ホントに知らないのと同じ。
自然出産で生まれた子です、って聞いたら凄いと思ったけれど…。
本当に本物の子供なんだ、って感動したけど、そのことを深く考えるよりも前に死んじゃった。
前のハーレイとぼくが男同士じゃなかったんなら、子供が生まれるんだってこと。
それに気付くよりも先に死んじゃったんだよ、前のぼくには時間が残っていなかったから…。
そのせいで頭が回らなかった、と打ち明けた。
結婚したなら普通は可愛い子供が生まれて、二人で育ててゆくものなのに、と。
「…ぼくはまだ十四年しか生きてないから、前のぼくの考え方に近いみたいで…」
普段はそうでもないんだけれども、子供についてはそうみたい。
前のぼくが欲しいと思っていなかったせいで、要らないと思っているんだよ、きっと。
ハーレイと二人で暮らすことしか考えてなくて、いつも子供のことなんか抜きで…。
結婚したらやりたいことが山ほどあるのに、子供は入っていないんだよ。…ぼくの夢には。
ぼくは欲しいと思ってないけど、ハーレイは欲しい?
せっかく結婚出来るんだものね、二人で子供を育ててみたい…?
「うーむ…。俺とお前の子供ってことか…」
本当にお前が産むんだったら、欲しくないこともないんだろうが…。
お前と二人きりの時間が減るとしてもだ、欲しいと思っちまうんだろうが…。
「やっぱり?」
ハーレイは子供、欲しいんだね?
ぼくとハーレイとで育てていく子。…二人きりの時間が減っちゃっても。
「そりゃまあ、なあ…。子供は好きだし、俺の家には子供部屋まであるからな」
いつか子供が生まれた時には使うつもりでいたのは確かだ。…そのための子供部屋なんだから。
しかしだ、お前を嫁さんに貰う以上は、そいつは出来ない相談だし…。
お前は子供を産めやしないし、諦めるしかないってこった。
とうの昔に覚悟は出来てる、それで後悔したりもしない。子供は無しの人生でもな。
お前さえいれば俺は充分、幸せに生きていけるんだから。
生まれるわけがない子供まで欲しいと欲張っていたら、ロクなことにはならんと思うぞ。
神様の罰が当たっちまって、今度もお前を失くしちまうとか…。
それは勘弁願いたいから、とハーレイは子供は要らないらしい。
子供は好きだと聞いたのに。…今の自分が産めるのだったら、本当に欲しいらしいのに。
「ねえ、子供…。ぼくは産んではあげられないけど…」
養子だったら貰えるよ?
どのくらい待つのか分からないけど、登録しておけば養子を貰える仕組みがあるでしょ?
それで子供を貰ったカップルみたいに、ぼくたちも養子。
ハーレイと二人で育てられるよ、ぼくたちの子供。
…そういう子供を貰ってもいいよ、ぼく、頑張って育てるから。ハーレイとぼくの子供だもの。
「養子という手は、確かにあるが…」
前の俺たちが生きた時代のことを思えば、今の養子は本物の子供並みではあるが…。
しかし、養子は貰わなくてもいいんじゃないか?
いや、貰わない方がいいだろう。…俺たちの場合は、その子供は。
「なんで?」
どうして貰わない方がいいわけ、ぼくたちが男同士だから?
今の時代は男同士のカップルの子供も、そう珍しくはない筈だけど…。
うんと幸せに育ててあげたら、きっと子供も喜びそうだよ。
ハーレイみたいなお父さんがいたら、絶対、自慢出来るもの。世界一のお父さんなんだ、って。
柔道も水泳もプロ級なんだし、料理も得意で、カッコ良くて…。
「それを言うなら、お前の方だって自慢の親になれそうなんだが…」
不器用すぎるサイオンはともかく、見た目はソルジャー・ブルーだからな。
もうそれだけで自慢の種に出来るってモンだ、スポーツも料理もまるで駄目でも。
だが、俺たちには子供はいない方がいい。
自然に生まれて来たならともかく、貰ってまではな。
それだけはやめた方がいい、とハーレイの顔から消えた笑み。養子は駄目だ、と。
「…お前、今度は俺と一緒に死ぬとか言っていないか?」
独りぼっちで残りの人生を生きるよりかは、俺と一緒に死ぬ方がいいと。
お前の寿命が縮んじまっても、まだ生きられる命を捨てちまっても。
「言ってるけど…。だって、独りぼっちは嫌だもの」
前のハーレイを独りぼっちにしてしまったけれど、悪かったと思っているけれど…。
それとこれとは話が別だよ、ぼくは一人じゃ寂しくて生きていけないから…。
ハーレイと一緒に連れて行ってよ、その方がいいに決まっているから。
「それだ、そいつが問題なんだ」
お前が俺と一緒に死ぬってことはだ、もしも養子を貰っていたら…。
両親をいっぺんに失くしちまうんだぞ、その子供は。
事故でもないのに、二人ともを。…そんな可哀相なことが出来るか、自分の子供に。
「でも…。子供だって大きくなってるんだよ、その頃には」
とっくに子供じゃなくなっているし、結婚して子供も孫も、曾孫もいるんだろうし…。
もう寂しいって年でもないから、大丈夫だろうと思うけど…。
「それは違うな、お前は大きな考え違いをしているぞ」
たとえ何歳になっていたって、自分の親は親なんだ。
生みの親だろうが、育ての親だろうが、自分の親には違いない。
物心ついた時からずっと一緒で、その前からも育ててくれてた大切な人で、代わりはいない。
失くしちまったら、心にぽっかり穴が開いちまって、その穴は二度と埋まらないんだ。
時が経ったら穴は少しずつ塞がりはするが、完全に消えてしまいはしない。
そんな穴がだ、一度に二つも開いちまったら、可哀相すぎるぞ、俺たちの子供。
幸せに育っていればいるほど、穴はデカいのが開くんだから。
…前の俺がお前を失くしている分、今の俺にも分かる気がするな。どんなに悲しくて辛い思いをすることになるか、まだ未経験な今でもな…。
ハーレイの両親は健在だけれど、今の年まで生きて来た間に出会ったという幾つものケース。
肉親を亡くした人の悲しみ、それをハーレイは見聞きしていた。
今は人間は皆ミュウになって、姿だけでは本当の年が分からないほどに誰もが若い。年を取った人でも自分の好みで老けたというだけ、中身は元気で達者なもの。かつてのゼルやヒルマンがそうだったように。
寿命を迎えて身体が衰え始めていっても、姿は変わらず若いまま。ソルジャー・ブルーの晩年のように、若い姿を保ったまま。
そうして命の灯だけが弱くか細くなっていった末に、フッとかき消えてしまうから。元気だった頃の姿そのままで、魂だけが飛び去るから。
人類の時代だった頃より、悲しみが余計に深いという。誰かを亡くしてしまった時の。
生きているとしか思えない姿で眠っているのに、その目は二度と開かないから。
永遠の眠りに就いてしまって、もう目覚めてはくれないから。
肩を揺すれば、起きそうなのに。声を掛ければ、パチリと瞼が開きそうなのに。
なのに、戻っては来ない魂。
眠っているようにしか思えない人を、大切な人を墓地へと運んでゆくしかない。逝ってしまった人たちの身体が眠るための場所へ、家のベッドとは違う所へ。
「お前の年では、まだ知らないかもしれないが…」
そういう悲しい別れってヤツを、聞いたことはないかもしれないが…。
まだまだチビだし、出会うヤツらもチビばかりって所だろうしな。
「うん、知らない…」
お葬式はまだ見たことがないし、行った友達もいないから…。
パパやママも行ってないんじゃないかな、行ってたとしても親戚じゃないよ。聞いてないもの。
お祖父ちゃんたち、みんな元気だし…。ぼくが知ってる親戚の人は。
「やっぱりな…。だから子供が育った後なら大丈夫だなんて言えたわけだな」
何歳になっていたとしてもだ、親が死んでも平気なヤツなんていやしない。
有難いことに、俺も身内じゃまだ知らないが…。
友達の中に、何人か混じってるんだよな。親じゃないがだ、親戚を亡くしちまったヤツが。
もちろん平均寿命なんかはとうに超えてて、大往生っていうヤツなんだが…。
葬式に行ったら、その人の子供が涙をポロポロ零してるわけだ。まるで本物の子供時代に帰ったみたいに、親の名前を呼びながらな。
周りのヤツらも貰い泣きだし、顔を知ってる親戚だったら自分も悲しいわけなんだし…。
俺の友達も、俺に話をしながら泣いてたもんだ。「優しいお爺ちゃんだったのに」とかな。
「そうなんだ…」
平均寿命を超えてた人なら、子供だって三百歳くらいになっているよね…。
それでもポロポロ泣いちゃうんなら、ぼくたちの子供がいたならホントに泣きじゃくるよね…。
ぼくとハーレイが一緒にいなくなっちゃったら。
二人いっぺんに死んでしまったら、涙だけじゃ済まないに決まっているよね…。
ハーレイの話を聞いたら分かった。もしも養子を迎えたならば、悲しませることになるのだと。
どんなに幸せに育てたとしても、最後の最後に辛い思いをさせるのだと。
前の自分は独りぼっちで泣きじゃくりながら死んだけれども、子供は生きてゆかねばならない。きっと子供も孫もいるから、その人たちのために「もう大丈夫」と涙をこらえて。
泣き叫びたくても、微笑むしかない。子供たちを心配させないように…。
「分かったか。…だから、俺たちには子供は要らない」
いつか必ず悲しい思いをさせると、最初から分かっているんだからな。
お前が子供が欲しいと言うなら話は別だが、そういうわけではないんだろうが。
子供はいた方がいいだろうか、と俺に訊くほどなんだし、本当に想像もしていなかったな?
「さっきも言ったよ、一度も考えたことが無かったから、って」
前のぼくだった頃から、ホントに一度も。
結婚したら子供がいるのが当たり前だってこと、全く気付いていなかったから…。
子供はいなくてかまわないんだよ、ハーレイがいてくれればいいよ。
ハーレイと二人で暮らしていけたら、ぼくはそれだけで幸せ一杯なんだから。
「俺もお前がいればいいのさ、子供を産んでくれるんだろう嫁さんよりも」
お前しか嫁に欲しくはないから、お前が子供を産めない以上は子供も要らない。
子供部屋の出番は無くなっちまうが、俺たちで好きに使おうじゃないか。
お前と二人で色々なことに。
模様替えすれば、どんな部屋にでも出来るぞ、子供部屋とは違う部屋にな。
お前専用の昼寝部屋にでも、お前好みの本を集めた書斎でも。…書斎が二つもいいよな、うん。
俺の書斎は元からあるから、もう一つ作るのも悪くないな、とハーレイが微笑む。書斎が二つもある家は滅多に無いだろうから、そういう家にするのもいいと。
「お前も本を読むのが好きなクチだし、書斎はいいぞ。…喧嘩の時にも役立つだろうし」
「喧嘩?」
どうして其処で喧嘩になるわけ、本を投げたら武器にはなるけど…。傷んじゃうよ?
「分かっていないな、お前が書斎に立て籠るんだ」
飲み物や菓子を山ほど抱えて入って、中から鍵をかけちまう、と。
俺が「すまん」と外で土下座してても、知らん顔して本を読みながら菓子を食うのさ。
いい砦だと思うがな?
好きなことをしながら俺を苛めるには、書斎に籠るというのはな。
「…そういう使い方が出来るんだ…」
本があったら退屈しないし、飲み物とお菓子があったらいいかな…。
だけど、ハーレイが土下座しているのに、知らんぷりしてお菓子はちょっと…。
ぼくなら直ぐに開けると思うよ、書斎の鍵。
それに喧嘩もしないと思うな、ハーレイを放って立て籠るような凄い喧嘩は。
「そうか、それなら俺も助かる。お前、前と同じで頑固だからなあ、妙な所で」
立て籠ったら最後、出て来ないかと思ったが…。土下座さえすれば扉が開く、と。
ところで、お前、どうしてそういう発想になったんだ?
書斎じゃなくてだ、子供の話。
いきなり「子供は欲しいか」だなんて、いったい何をしたんだ、お前?
「えーっと…」
えっとね、最初はポニーなんだよ。
動物園にある子供の国でね、小さかった頃に乗ったんだけど…。
ポニーとかウサギが載ってたんだよ、新聞の記事に。大人の人も遊びに来て下さい、って。
でもね…。
動物園でデートは無理だと思った、と話したら。
子供連れの大人が多い所で、子供のいない自分たちには似合わない気がしたと話してみたら。
「そこから子供の話にまで飛ぶのか、お前の頭は」
シャングリラに動物園を作ってやれば良かったというのは、辛うじて理解の範疇なんだが…。
どう間違ったら、俺とお前の間に子供という方向へ行くんだ、まったく。
しかも子供は生まれないから養子だと来た、挙句の果てに俺に質問とはな。
子供は好きかと、好きなら子供も欲しいだろうかと。
「変だったかな?」
ぼくは真面目に考えたのに…。
子供はいなくて当たり前だよね、っていうのは自分勝手で間違ってたかと思ってたのに…。
「変だと言うより、考えすぎだ」
前のお前だった頃からそうだな、余計なことまで心配するんだ。
ドンと構えていろと言っても、なんだかんだと気を回してはソルジャー自ら動いてたってな。
ソルジャーはそんなことまでしなくていい、とエラが何回言ってたことか…。
視察の時にもそうだった。一つ聞いたら十くらい先まで考えちまって、後から俺に提案なんだ。こうした方が良くはないかと、まだ始まってもいないようなことを。
始めないことには分かりませんから、と俺が答えたら「でも…」と自分の考えを挙げて、結果の方も何種類もズラズラ羅列して…。
どう考えたらそっちに行くんだ、と思うくらいに悪いケースばかりを想定してな。
あの頃のお前を思い出したぞ、動物園から子供の話に飛んじまったヤツ。
子供が産めなくて何が悪い、と堂々としてりゃいいのに、お前…。
男なんだから産めなくて当たり前だし、子供がいないカップルだって珍しくない世の中なのに。
二人きりの暮らしが好きなんです、って言ってる普通のカップルだって多いんだがな…?
考えすぎはお前の悪い癖だ、と額を指で弾かれたけれど。
面白かったからいつかデートに行くか、と誘われた。行き先はもちろん、動物園。
子供連れが多いと気付いたらまた、「子供が欲しい?」と訊きそうだから、と。一人であれこれ考えてしまって、「やっぱり養子…」と真剣な顔になりそうだから、と。
「そうなった時は、こう言ってやる。お前が産むなら子供もいいな、と」
お前が産んだ子供じゃないなら、わざわざ育てなくてもいい。
子供のためにも、それが一番なんだから。
「…だけど、ハーレイのお父さんや、ぼくのパパたち、子供、欲しがらないのかな?」
養子でもいいから孫に会いたい、って思わないかな、結婚したら。
いつまで待っても、ぼくに子供は出来ないんだし…。
「分かってくれるさ、俺たちの結婚を許してくれた段階でな」
男同士のカップルなんだぞ、子供は無理だと誰が考えても分かるだろうが。
生まれないからには養子しか無いが、貰うかどうかは俺たち次第だ。
俺たちが欲しいと言わない以上は、貰えとは決して言わないだろうな。
自分たちだって子供を育てていたわけなんだし、その分、余計に。
考えがあって二人きりの暮らしを選んだんだな、と俺たちの親なら分かってくれる。
だから余計な心配は要らん、子供だなんて。
俺だって、お前が産むんでなければ、子供無しでもかまわないってな。
親父たちには、孫がいない分まで親孝行をすればいさ、と言われたから。
結婚しても子供が生まれない分は、そうして埋め合わせをしてゆこう。
ハーレイは子供好きだけれども、子供部屋まである家で暮らしてゆくのだけれど。
そのハーレイが、親を亡くして悲しむ子供を貰うよりは、と要らないと言ってくれたから。
「子供が産める嫁さんよりも、お前がいい」と言ってくれたから。
養子を貰って育てる代わりに、ハーレイと二人で親孝行をしよう、精一杯。
何度も家を訪ねて行っては、手伝いをしたり、料理をしたり。
もちろん一緒に旅行にも行って、釣りやハイキングや、色々なことを。
いつかはみんなで動物園に行くのもいい。
ポニーやウサギやリスが暮らしている、子供の国も覗いてみよう。
子供たちのための場所だけれども、大人ばかりで出掛けて遊ぶ。
餌をやったり撫でてやったり、抱っこしてみたり、きっと大人も楽しめる場所。
他所の子供たちの笑顔も沢山あるから、子供好きな気持ちを満たしながら。
たまにはハーレイを子供たちのために譲って、ウサギに餌でもやってみようか。
「ぼくもホントはウサギなんだよ」と、「ぼくたち、ウサギのカップルだよ」と。
ハーレイも自分も、今ではウサギ年だから。
同じウサギの干支に生まれた、茶色いウサギと白いウサギの仲良しカップルなのだから…。
動物園と子供・了
※前のブルーは想像もしなかった、ハーレイとの子供。自然出産が無かったSD体制のせいで。
けれども、今の時代は子供は自然に生まれてくるもの。それで、悩んでしまったブルー。
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