忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

キウイフルーツ

(ふうむ…)
 旬には少し早いんだがな、とハーレイが眺めたキウイフルーツ。茶色くて毛が生えた丸い果物、ジャガイモに似ていると言えなくもない。でこぼこが少ないタイプのジャガイモ。
 それがドッサリと棚に積まれていた。ブルーの家には寄れなかった日、いつもの食料品店で。
 キウイフルーツは人気の果物、一年中、売られているのだけれど。本当の旬はこれからの季節。近所の家の庭で実りつつある、毛だらけの実が。藤棚よろしく作られた棚で。
 通る度に「おっ!」と思うけれども、売られている果実に引けを取らない大きさだけれど。
(収穫してから、暫く置いておかないと…)
 熟さないのだった、キウイフルーツは。柔らかくて甘い果実になってはくれない。熟すまでには時間がかかるキウイフルーツ、美味しいけれども手がかかる果実。
 木に置いておくと霜に当たって駄目になるから、その前に収穫。それから追熟、貯蔵しておいて食べ頃を待つ。果実によって異なる食べ頃、三十日から六十日も。
 こうして店頭に並ぶまでにも、果実の個性を見極めながら追熟がされていたのだろう。食べ頃になったものを揃えて、店へと出荷。



 今はまだ、キウイフルーツが木にぶら下がっている時期だから。旬には早いと分かるけれども、そうとは知らなかった頃。
(ウッカリ食っちまったんだっけな)
 やんちゃ盛りだった子供時代に。今のブルーよりも小さかっただろう背丈の頃に。
 隣町の家の近所に、キウイフルーツを植えていた家。立派な棚に茂っていた葉と、幾つも幾つも毛だらけの果実。食べて下さいと言わんばかりに。
 背が届かない高さにあったキウイフルーツ、けれど子供には誘惑の果実。美味しそうだと。
 もぎたてを一つ食べてみたくて、精一杯のジャンプで奪い取った実。生垣を越えて道路の上まで張り出した蔓から失敬した一個。
(何処で食ったのかは覚えちゃいないが…)
 公園にでも持って行ったか、それともその場で齧ったのか。
 毛だらけの皮は吐き出して食べればいいだろう、とガブリとやったら、それは固くて渋かった。甘くて柔らかくて美味しいどころか、とんでもない味だったキウイフルーツ。
 悪戯者には罰だ、と化けてしまったかのように。甘い果実が渋い果実に。
(毒じゃないだけマシだったがな)
 とても食べられたものではない、と捨ててしまったキウイフルーツ。口の中に渋さが暫く残ったけれども、腹を壊しはしなかった。吐き気もしなくて、酷い目に遭ったというだけのこと。
 ただ、木の実には厄介なものもあったりする。今では馴染みの梅だけれども、熟す前の青梅を種ごと食べると危険。種の中身が毒だから。
 両親から厳しく教えられたものだ、「生の梅の実を食べてはいけない」と。
 梅の実は美味しそうなのに。桃の実のような匂いがするのに、誘われて食べたら中身は毒。



(キウイフルーツなあ…)
 色々と懐かしく思い出したら、食べたい気分になって来た。旬には早いと眺めていたのに、急に買いたくなった果物。店に並んだキウイフルーツなら、待たなくても直ぐに食べられるから。
 子供時代に失敗した分、固くて渋かった自分の獲物。その分をこれで取り返すかな、とズラリと並んだ果実の中から気まぐれに幾つか選び出した。どれも甘いに決まっているから。
(あの日の俺が食い損なった分だ)
 それに失敬したわけでもないし、と買って帰ったキウイフルーツ。今から冷やせば、夕食の後にいい具合に食べられることだろう、と冷蔵庫に入れて、夕食の支度。
 手際よく作った料理と炊き立ての御飯、満足だった今日の夕食。小さなブルーがいないことさえ除けば、申し分のなかった食卓。
 食べ終えた後は冷やした果物の出番、キウイフルーツを食べる番。皮を剥いて綺麗にカットするよりも、子供時代よろしくシンプルに食べてみたいもの。
(流石に齧るのはあんまりだしな?)
 真っ二つに切って、スプーンで食べるのがいいだろう。毛だらけの皮の中身を掬って食べれば、薄い皮だけが残る勘定。剥いて食べるよりきっと楽しい、毛だらけの皮をつけたまま食べるのは。



 さて、と切って来たキウイフルーツ。食べ頃に冷えていた果実。皿に載せて、スプーンも持って来た。早速一口、スプーンで掬って期待通りの甘さに頷く。これでこそだ、と。
 子供時代に齧ったものとはまるで違った、その味わい。とろけるような柔らかさも。美味い、と綻んでしまう顔。これが食べたくてガキの頃の俺は頑張ったんだが、と。
 道路まで張り出していた蔓に実っていたキウイフルーツ、それが欲しくて。もぎたてが欲しくてジャンプしたのに、戦果は惨憺たるもので。
(…しかしだ、キウイフルーツの味を知ってたからこそで…)
 そうでなければ、きっと挑んでいないだろう。二つに切っただけの果実を味わっていたら、そう思えて来た。なにしろ、見た目が毛だらけだから。
(何処から見たって、毛の生えたジャガイモってトコだしなあ…)
 けして美味しそうな姿ではない。甘いだろうとも想像出来ない。見た目だけでは。
 なのに毛だらけの皮の内側には、それは瑞々しい緑色。まるで食べられる宝石のように鮮やか、おまけに甘くて柔らかい。スプーンで掬って食べられるほどに。
 外側からは全く予想もつかない中身の果実。子供時代の自分を誘惑したほどのキウイフルーツ、けれども見た目は毛の生えたジャガイモ。
(これが食えると見抜いたヤツは凄いかもな?)
 しかも追熟させてまで、と感心せずにはいられない。それとも原産地では木の上で甘く熟して、香りを漂わせるのだろうか。此処に美味しい果物があると、今が食べ頃だと。
 あるいは動物が食べていたろうか、鳥たちが群れてつついていたとか。



 いずれにしても、最初に気付いた人間のお蔭で、キウイフルーツが食べられる。感謝しよう、と思った果実。よくぞ見付けてくれたものだ、と。
(待てよ…?)
 何処かでそういう話を聞いた、という記憶。フイと心を掠めていった。
 キウイフルーツは食べられると見抜いて、ついでに追熟。収穫したままでは食べられないから、甘くなるまで貯蔵するのだと。
(…何処で聞いたんだ?)
 得意の薀蓄の一つだろうか、いつもアンテナを張っているから。
 授業に飽きてきた生徒たちの心を捉える雑談、そのための種は幾つあっても足りないもの。常に張り巡らせてある頭のアンテナ、これはと思えば頭に叩き込んでおく。
 キウイフルーツについての知識も、そうやって手に入れたのだろうか。今では当たり前のように知っているけれど、何処かで読んだか、耳にしたのか。
 きっとそうだな、と考えたのに、「そうではない」と訴える記憶。それは違う、と。
 ならば何処で、とキウイフルーツを睨んで、スプーンで口へと運んだら…。
(シャングリラか…!)
 あの船にあった、と蘇って来た遠い遠い記憶。シャングリラで食べたキウイフルーツ。
 しかも厨房で料理をしていた時代に、シャングリラがまだ白い鯨ではなかった頃に。
 そうか、と懐かしい記憶を追った。確かにキウイフルーツだった、と。



 自給自足の船になるよりも遥かな昔。皆の命を繋いでいたのは、前のブルーが奪った物資。
 ある日、ブルーが持ち帰ったコンテナの中に、大量のキウイフルーツがあった。毛だらけのが。
 けれども、成人検査と繰り返された人体実験のせいで皆が失くしてしまった記憶。それが何かが分からなかった。誰も覚えていなかったから。
「なんだい、これは?」
 毛だらけじゃないか、と呆れたブラウ。食べ物とも思えないんだけどね、と。
「さてなあ…?」
 なんだろうな、とゼルも首を捻ったし、ヒルマンもエラも。
 とはいえ、手掛かりならあった。毛だらけのそれが入っていた箱には、キウイフルーツの文字。そういう名前を持った食べ物、フルーツなのだし果物だろう。
 手に取ってみたら固かったけれど、固い果物は珍しくない。リンゴのようなものなのだろう、と毛だらけの皮をナイフで剥いて、ゼルたちと試食してみたら…。
「酷い味だな」
 食えたもんじゃない、と顔を顰めたゼル。渋くて固いだけじゃないか、と。
「まったくだよ。こんな不味い果物は知らないね」
 どの辺がフルーツだと言うんだい、とブラウもぼやいた。口中が渋くなっちまったよ、と。
 前の自分も同感だったし、ブルーも「本当に果物なのかな?」と悩んだほど。箱の中身が別のに変わっていたのだろうかと、人類は箱を使い回していたろうかと。
 その可能性もゼロではないな、と思ったけれども、それから間もなく出て来た答え。箱の中身はそれで正しいと、これは間違いなく果物だと。
 ヒルマンとエラが調べに出掛けて行ったから。キウイフルーツとは何だろうか、と。



 データベースに向かった二人は、実は疑っていたらしい。フルーツという名の別の食べ物、その可能性を。海から採れる貝などのことを「海の果物」と呼ぶらしいから。
 それと同じで、全く別の食べ物なのに「フルーツ」と名付けてあるのでは、と。
 ところが違った、キウイフルーツ。渋いけれども、確かに果物。ただし…。
「このままでは駄目だね、食べられないそうだ」
 渋いだけだ、とデータベースから戻ったヒルマンが言うから。
「料理するのか?」
 てっきり自分の出番だとばかり思った、調理して食べる果物だろうと。甘く煮るとか、焼いたら甘くなるだとか。どうやってこれを食べればいいのだ、と訊いたのに。
「いや、料理ではなくて…。追熟だそうだ」
「追熟…?」
 それはなんだ、と自分はもとより、誰もがキョトンとしたのだけれど。
 ヒルマンとエラが言うには、このまま倉庫に突っ込んでおけばいいらしい。柔らかくなるまで、一ヶ月か二ヶ月。まずは一ヶ月ほど待ってみよう、と。



 大量のキウイフルーツは箱ごと倉庫に運び込まれて、一ヶ月後。何度か様子を見に出掛けていたヒルマンが「まだ駄目だね」と首を横に振った。
「まだもう少しかかるようだよ、固いままだから」
 柔らかくならないと甘くはならない、という話。そのヒルマンが「これでいいだろう」と持って来るまでには更に二週間ほどあっただろうか。
 試食してみたら、前の渋さが嘘だったように甘かった。美味な果物に化けたキウイフルーツ。
 これはいける、とヒルマンの勧めに従って冷やして、食堂で皆に出してみた。毛だらけの外見も面白いから、と二つに切って、スプーンをつけて。
「美味いな、これは!」
「見た目は悪いが、味はいいよな」
 人類はこんなに美味しい果物を食べているのか、と皆が手放しで喜んだから。
「最初は不味かったんだがね…」
 我々はそれを食べたんだがね、と苦笑したヒルマン。犠牲者は他にブルーに、ブラウに…、と。
 ドッと笑った仲間たち。試食組でも特権ばかりじゃないんだな、と。
 見た目が悪くて、おまけに直ぐには食べられなかったキウイフルーツ。輸送船に乗っているほどなのだし、追熟してあるわけがない。輸送先の星で追熟するもの、その方が便利なのだから。
 手に入っても完熟するまで倉庫で保管するしかなかった、少し面倒な毛だらけの果物。けれども人気は高かった。毛だらけの皮の中身は甘くて、とろけるように美味しかったから。
 奪った物資にキウイフルーツが紛れていたら皆が喜んだ。一ヶ月ほどでまた食べられる、と。



 毛だらけのくせに、外見を裏切って美味な果物。緑の宝石が中に詰まったキウイフルーツ。
 前の自分が厨房を離れた後も、ブルーがソルジャーになった後にも続いた人気。あの果物をまた食べたいものだと、物資に混ざっていればいいが、と。
 追熟などという手間がかかるのに、人気を誇ったキウイフルーツだったから。
(シャングリラを改造する時も…)
 採用されたのだった、船で育てる果樹の一つに。
 何を育てるかを検討していた時に、希望が多かったキウイフルーツ。栽培方法を調べてみたら、意外なことに手がかからないもの。畑どころか、庭でも栽培出来るくらいに。
 その上、沢山の実をつけるという。蔓を伸ばして育つのだけれど、一本で千個も実るほどに。
 専用の畑を設けなくても、あの美味しい実がドッサリ採れるとなったら、キウイフルーツは船で育ててみたいもの。畑はもちろん、公園に緑の彩りを添える棚にも使えそうだから。
 そればかりか、キウイフルーツの実は栄養価が高くて低カロリー。ビタミンも豊富、自給自足で暮らしてゆく船には打って付けの果物だった。
 簡単に育てられるというなら、是非とも採用せねばならない。皆に人気のキウイフルーツ、畑が無くても育つくらいに丈夫なら。



(そういや、あいつが…)
 キウイフルーツはキーウィと関係があるのかい、と尋ねたブルー。鳥のキーウィ、と。
 白い鯨になるだろう船に、キウイフルーツを導入しようと決まった席で。ゼルやヒルマンたち、長老と呼ばれた四人と前の自分と、ソルジャーの六人。最終決定の会議はいつも六人だった。
 今の自分には馴染み深いキーウィ、姿がキウイフルーツにそっくりな鳥。丸っこい身体に特徴のある長いクチバシ、翼は退化していて飛べない。地面をトコトコ歩いてゆくだけ。
 動物園に行けばキーウィはいるし、子供でも名前を知っているけれど。
 前の自分たちが暮らした船には、動物園などありはしなかった。本物のキーウィを見られる場所などは無くて、本にもそうそう出て来ない鳥。鳩や雀の類と違って、広く知られていないから。
 特に鳥好きでもなかっただろうに、キーウィを知っていたブルー。空を飛べない鳥だよ、と。
 あの時はキーウィばかりに気を取られていた自分だけれど。
 今にして思えば、前のブルーは青い鳥を欲しがったのだった。幸せを運ぶという青い鳥。地球と同じ色を纏っている鳥を。
 そんな鳥など役に立たない、と却下されてガッカリしていたブルー。欲しかったのに、と。
 キウイフルーツと鳥のキーウィに何か関係は、と訊いたブルーは、青い鳥を思っていたろうか。青い鳥に未練があったのだろうか、それでキーウィと言っただろうか?
 キーウィも同じ鳥だから。キウイフルーツに青い鳥を重ねてみたかったろうか?
(訊いてみるかな…)
 小さなブルーに。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が訊きそびれたことを。
 前のブルーがキーウィの名前を口にした時、青い鳥のことを思っていたか、と。
 幸い、明日は土曜日だから。ブルーの家にゆく日だから。



 次の日、目覚めても忘れずにいたキーウィのこと。それにシャングリラのキウイフルーツ。
 本物のキウイフルーツを持ってゆかねば、と食料品店に寄って買って出掛けた。昼食が済んだらデザートに出して貰おうと。その頃ならよく冷えているから。
 キウイフルーツが入った袋をブルーの母に渡しておいたら、案の定、訊かれた。二階の部屋から見ていたブルーに「お土産は?」と。
 もう少し待てと、昼飯の後だ、と聞かされたブルーが楽しみにしていたらしいデザート。きっと菓子だと思ったのだろう、出て来たそれに真ん丸になってしまった赤い瞳。
「…キウイフルーツ?」
 なんで、と驚くのも無理はない。お菓子の代わりに毛だらけの果物がコロンと一個。真っ二つに切られて、スプーンが添えられただけの。
 ブルーの母なら、もっとお洒落な出し方だって出来るのに。皮を剥いて綺麗にカットするとか、カットした上にホイップクリームを添えるとか。
 普段だったら、そういう果物。今のブルーが食べているキウイフルーツは。
「覚えていないか、こいつはシャングリラにあったんだぞ」
 白い鯨の頃だけじゃなくて、それよりも前から食っていたんだ。俺が厨房にいた時代からな。
 最初は謎の毛だらけの物体だったわけだが、キウイフルーツ。
 本当にこれは食える物か、と悩んじまったくらいにな。
「…そういえば…。前のぼくが奪った物資の中に…」
 山ほど入っていたんだっけね、キウイフルーツがゴロゴロと。
 ゼルもヒルマンも、誰も覚えてなかったから…。すっかり忘れてしまっていたから、正体不明。
 何なんだろう、って話になったくらいに、変な食べ物だったんだっけ…。



 思い出した、とブルーが浮かべた苦笑い。あれでひと騒ぎあったんだっけ、と。
「前のぼくたち、剥いて試食をしちゃったけれど…」
 箱にフルーツって書いてなければ食べてないよね、あの時の毛だらけのキウイフルーツ。
 ジャガイモみたいにお料理しないと食べられないとか、そんな風に考えちゃったかも…。
「まったくだ。固かった上に毛だらけではな」
 フルーツだと箱に書いてあったからこそ、リンゴみたいに剥けばいいんだと思ったわけで…。
 しかし、素敵に不味かったんだよな、そうやって食ったら。
「…固くて渋くて、果物の味じゃなかったよ、あれは」
 ブラウたちも文句を言っていたけど、ぼくだって口中が渋くなっちゃって…。
 箱にはフルーツって書いてあったけど、違う中身が入ってたかな、って詰めた人類を恨んだよ。違う物を箱に詰めたんだったら、面倒がらずに品物の名前を書き直したら、って。
「そう考えるのが普通だよなあ、あの不味さだと」
 まさか食べ頃が来ていないだなんて誰が思うか、普通の果物は直ぐに食えるんだから。
 ちょっとばかり酸っぱいってことはあっても、その程度のことだ、あそこまで不味くはないぞ。
 早く剥きすぎちまったかな、って思いはしてもだ、ちゃんと果物の味はする。バナナだろうが、リンゴだろうが、それなりの味がするっていうのに…。
 なんだってアレは一ヶ月以上も待たないと食えない代物なんだか、キウイフルーツ。
 今みたいに店で買ったヤツだと、きちんと追熟させてあるから食えるんだがなあ…。



 もっとも今の時代も騙されちまった馬鹿が俺だが、と自分の顔を指差した。
「実はな、今の俺がお前よりも背の低いガキだった頃の話だが…」
 俺が育った家の近くに、キウイフルーツを庭に植えていた家があったんだ。棚を作って。
 そいつの蔓が道路の上まで伸びて来ててな、美味そうな実が幾つもな…。
 今の俺はガキの頃からキウイフルーツを食ってたわけだし、美味いってことも知ってるし…。
 もぎたての実はきっと美味いに違いない、と考えたんだな、ガキだけに。
 親父たちとブドウ狩りとかに行っていたから、新鮮な果物の美味さも分かる。だから見上げて、こいつも食ったら美味いだろうと…。
 もちろん普通に手を伸ばしたって届きやしないし、そこでジャンプだ。精一杯に飛んで、見事に一個もぎ取ったまでは良かったが…。
 後は分かるな、ガキの頭に追熟なんて言葉は入っていないってことが。
「…ハーレイ、今度もやっちゃったんだ…」
 熟していないキウイフルーツ、そのまま食べてしまったんだね。
「皮も剥かずに齧り付いてな。…甘いとばかり思ったんだが…」
 もぎたてだったら、皮を吐き出す分を補ってもなお余りある甘さがあるもんだとばかり…。
 なのに口中に広がる渋さと来たもんだ。なんだって、今度もやっちまう羽目になったんだか…。
 記憶が戻っていない以上は仕方ないんだが、前の俺が懲りていたのにな。
「覚えてないのは本当に仕方ないけれど…」
 ジャンプしてまで取らなかったら、今度は食べずに済んだ筈だよ?
 その家の人に「一つ下さい」ってお願いしたなら、ちゃんと教えて貰えたのに…。
 まだ早いからとか、これは熟してから食べるんだよ、って分けてくれるとか。
 それもしないで飛び付くだなんて、食いしん坊だね、家の人が来るまで待てばいいのに。
「…毎日見ていて、美味そうだったからな」
 ついに誘惑に負けたってヤツだ、その日に限って。
 でもって、自分の手で取ってみたかったんだろうな、頼んで取って貰うよりかは。



 ガキってヤツはそんなもんだろ、と語った自分の失敗談。一人で出来ると言い張った挙句、何か失敗をやらかすもんだ、と。お前の場合はどうか知らんが、元気なガキにはありがちだろう、と。
「俺もご多分に漏れず、そういうガキの一人だったってわけで…」
 やっちまったわけだ、前の俺の轍を踏むってヤツを。
 そいつを昨日、思い出したから、キウイフルーツを買って帰って…。あの時に不味い思いをした分をこれで取り返そう、と食っていたら記憶が戻って来たんだ、前の俺のな。
 それで土産に持って来たんだが、お前も思い出したようだし、一つ訊きたい。
 …不味かった騒ぎとは別件になるな、シャングリラを改造しようって時代なんだから。
 新しい船で何を栽培しようかという会議をしてたら、キウイフルーツが候補に挙がった。人気が抜群の果物だったし、育てやすいことも分かったし…。
 導入しよう、と会議で決まった時のことだが、前のお前が訊いていたんだ。
 キウイフルーツと鳥のキーウィには何か関係があるのか、と。



「…えーっと…。そうだね、訊いてたね」
 名前が似てたし、形もそっくりみたいだったし。
 だから気になって訊いちゃったんだよね、鳥のキーウィと関係あるのかな、って。
「そいつが俺の訊きたいトコだ。…どうしてキーウィと言い出したのか」
 今のお前なら、話は分かる。動物園に行けば本物がいるからな。印象深い姿の鳥だし、会ったら忘れないだろう。
 しかしだ、前のお前の場合は事情が違う。本物なんぞは見られもしないし、データだけだ。
 そのキーウィを知っていた上に、あの場で訊いた。キウイフルーツと関係があるのか、と。
 お前、青い鳥を欲しがってたしな、それと重ねていたのかと…。
 キーウィも鳥には違いないから、とキウイフルーツに青い鳥を重ねようとしてたのか、お前?
「そこまで執念深くはないよ」
 青い鳥に無理やりこじつけるほどに、キウイフルーツにはこだわらないけど…。
 気になっていたのは、キーウィの方。青い鳥じゃなくって、キーウィなんだよ。



 シャングリラでは、本物を見ることは叶わなかったキーウィ。動物園など無かったから。
 白い鯨になった後には、アルテメシアに潜んでいたから、前のブルーは本物に出会ったらしい。船の外にある人類の世界の動物園まで出掛けた時に。
 もっとも、遊びに行ったというわけではなくて、ミュウの子供を救い出すための下見などで。
 けれど、それよりも前の時代にブルーはキーウィの名前を口にした。飛べない鳥、と。
「たまたま本で見付けたんだよ、キーウィのこと」
 何の本だったかは覚えてないけど、そういう名前の飛べない鳥がいたってことを。
 それにね、何処にでもいた鳥じゃなくて、固有種だって…。
 他の場所には棲んでいなくて、ニュージーランドっていう島だけの鳥で…。
 ミュウと重なっちゃったんだよ、ぼくの頭の中で。
 キーウィは飛べないから減っていっちゃった、って…。逃げられないから捕まっちゃって。
「滅びそうだという意味か?」
 数が少ない上に、飛べないばかりに捕まっちまって。
 捕まったらそれでおしまいだからな、捕まった上に滅ぼされそうになった前の俺たちか?
 アルタミラごと滅ぼされていたら、ミュウはおしまいだったんだから。
「うん…」
 ちょっとキーウィみたいでしょ?
 前のぼくたち、本当に滅びそうだったから…。
 なんとか逃げ出して生きていたけど、人類軍の船に見付かっちゃったらおしまいだもの。



 前のブルーが読んだという本。キーウィについて書かれていた本。
 地球が滅びるよりも遥かな昔に、キーウィと同じような鳥が幾つも滅びていった。地球の環境は悪化しておらず、どんな生き物でも充分に生息出来たのに。
 七面鳥に何処か似ていたドードー、キーウィと同じ島にいた首が長くてダチョウのようなモア。地球の鳥では最大の体重を誇った、エピオルニスもダチョウを思わせる鳥。
 どれも絶滅して地上から消えた。人間に狩られ、食用にされて。空を飛べない鳥ゆえの悲劇。
 キーウィも人間を警戒することを知らず、そのせいで激減していった。
 飛べない上に、人を怖がらないから、簡単に捕まってしまったキーウィ。人間にとっては格好の獲物で、食べるにはもってこいだったから。
 空を飛ぶ鳥なら、撃ち落とさないと捕えられないけれど。あるいは罠が必要だけれど。
 キーウィは空へと飛んでゆかないし、おまけに人を怖がらない。見付けさえすれば肉が手に入る便利な生き物、肉が歩いてるようなもの。
 キーウィは危うく、モアと同じになる所だった。
 このままでは滅びてしまう鳥だと、人間が気付かなかったなら。
 ようやく気付いて、ニュージーランドのシンボルの鳥に選んで保護してくれなかったなら。



 絶滅の危機に瀕したキーウィ。地球に滅びの気配さえもまだ無かった頃に。
 今の自分はそれを知っているけれど、前の自分はどうだったろうか。あの時代には地球は滅びた後だったから、どの生き物も等しく地球からは滅び去った後。
 キーウィはもちろん、鳩も雀も棲めなくなってしまった地球。人間は生き物を他の惑星に移し、絶滅することだけは辛うじて防いだ。動物も植物も、思い付く限りの地球の全てを。
 そんな時代だから、前の自分はキーウィを単なる飛べない鳥だと思っていたかもしれない。空を飛べない鳥は幾つもいるから、その内の一つがキーウィなのだと。
「そうだっけな…。言われてみれば、まるでミュウだな、キーウィって鳥は」
 人間の都合で狩られちまって、滅びる所だったんだからな。
「そうでしょ?」
 似てるでしょ、キーウィと前のぼくたち。
 滅びそうだったってこともそうだけど、滅びそうになってしまった原因。それも同じだよ?
 前のぼくたちは、キーウィと同じで知らなかったよ、人類は怖いということを。
 人を警戒することを少しも知らなかったから、成人検査を受けちゃって…。
 気が付いたら檻に閉じ込められてて、後は殺されるだけだったんだよ。
 食べられてしまうか、実験で殺されてしまうかだけの違いだったよ、キーウィとミュウは。
 …だから重ねてしまったんだよ、ミュウとキーウィ。
 そのキーウィと似たような名前で、似たような果物がキウイフルーツ。
 訊きたくなるでしょ、それは関係があるものなのか、って。



 前のブルーがミュウと重ねて見ていたキーウィ。果物の名前で直ぐに連想するほどに。
 キウイフルーツを育てると決まったら、関係があるのかと尋ねたほどに。
「そのキーウィも今じゃ普通に生きているよな、のびのびと」
 動物園にいるのもそうだが、元はニュージーランドだった辺りの地域か?
 似たような島を見付けて貰って、自由に生きているようだしな。
「ちゃんと保護して貰ってね」
 お肉にされずに、好きにあちこち歩き回って。
 地球と一緒に滅びかかったのに、キーウィは立派に生き抜いたんだよ、他の星で。
 環境もずいぶん変わっただろうに、何処の星でも子孫を残して頑張ったんだよね、キーウィは。
 そうやって頑張って生きていたから、キーウィは今の地球に戻って来られたんだよ。
 もう駄目だ、って滅びちゃっていたら、キーウィ、何処にもいないんだもの。
「…ミュウも似たようなものだったのかもなあ…」
 滅びちゃいかん、と必死に頑張って生きて、生き残って、やっと地球まで戻れたってトコか。
 地球が滅びさえしなかったならば、SD体制なんぞは無かったわけだし…。
 そうなっていたら、人類とミュウは敵対する代わりに、自然と交代したんだろうしな。
 少しずつミュウの数が増えていって、人類とも自然に混じり合って。
「多分…。地球が滅びる前の時代の実験室でも、ミュウは生まれていたんだものね」
 育つ所まで行ったかどうかは分からないけど、ミュウ因子は分かっていたんだから。
 排除しちゃ駄目だっていうプログラムがあった以上は、ミュウも生まれていた筈で…。
 他の星へと移されてしまって、人工子宮で育つ時代が来ちゃったけれども、生き延びたよね。
 キーウィが頑張って生きてたみたいに、前のぼくたちも。
 そうやって地球に戻って来られんだよね、ミュウもキーウィも、今の青い地球に。



 前のブルーがミュウの姿を重ねたキーウィ。空を飛べなくて滅びかかった鳥。
 ミュウも同じに滅びかけたけれど、キーウィのように生き抜いた。受難の時代を越えて今まで。人間が地球に戻れる時が来るまで、ミュウという種族は滅びずに生きた。
 SD体制を倒してミュウの時代を築いて、自然出産で子孫を残しながら。
「…ミュウが頑張って地球に戻って、今の俺たちがキウイフルーツを食ってるわけだな」
 地球で育ったキウイフルーツを、きちんと追熟させてあるのを。
「キウイフルーツ…。結局、キーウィとは殆ど関係無かったんだよね」
 まるで無関係ってわけでもないけど、キウイフルーツはキーウィの島の果物じゃないし…。
「そうらしいよなあ、名産地ではあったみたいだが…」
 あの時、ヒルマンが言ってたっけな、ニュージーランドが名産地だから名付けただけだ、と。
 キーウィが棲んでた島がたまたま栽培に適していたっていうだけらしいしなあ…。
 元々の産地は別の所で、中国の南部だったっけか。
 其処からニュージーランドに運んで、沢山採れるから輸出しようって時にキーウィの名前を拝借しておいた、と。島のシンボルになってた鳥だし、姿も似てるし、丁度いい、とな。



 もっと深い関係があった方がミュウの船には相応しかったな、とブルーと二人で笑い合った。
 ミュウと重なって見えたキーウィと縁が深かったならば、キウイフルーツは白いシャングリラのシンボルにするのに良かったろうに、と。
 鳥のキーウィは飼えないけれども、キーウィの代わりにキウイフルーツを育ててゆく船。
 これを守ろうと、自分たちも鳥のキーウィのように頑張って生きてゆかねばと。
 残念なことに、前のブルーが期待したほどには深くなかったキーウィとの縁。
 だから誰もが何も気にせず、実る度に食べていたけれど。
 収穫した後、甘くなるまで追熟させては、美味しく食べていたのだけれど。
 毛だらけの果物、キウイフルーツは、懐かしいシャングリラの思い出の味。
 前のブルーが訊いたフルーツ、それを育てようと決まった席で。
 キーウィは関係あるのかい、と。
 この果物と鳥のキーウィは、何か繋がりがあるものなのかい、と…。




             キウイフルーツ・了

※シャングリラにもあったキウイフルーツ。わざわざ追熟させてまで、食べていた果物。
 その果物と鳥のキーウィを重ねて見ていた、前のブルー。ミュウに似ていた鳥だったのです。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]