忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ソフトクリーム

(ほう…?)
 美味いんだよな、とハーレイが目を留めた、ソフトクリームと書かれた立て看板。
 ブルーの家には寄れなかった日、いつもの食料品店で。
 入口から近い特設コーナー、其処にソフトクリームの店が来ていた。しかも上質のバターで名を馳せる牧場の出店。ソフトクリームにもバターが入っているのが売りだという。
 謳い文句にも惹かれるけれども、ソフトクリームというのがいい。頼りないほどに柔らかくて、滑らかな出来のアイスクリーム。さながら冷たいホイップクリーム、そういう食感。
(こいつは此処で食ってこそなんだ)
 注文すればコーンの中に絞り出されて、「どうぞ」と手渡されるのがソフトクリーム。
 サイオンを使って冷やしながら持ち帰ることは出来るけれども、普通はその場で食べるもの。
 なにしろ、柔らかさが身上だから。絞り出して直ぐの、滑らかなクリームが美味しいのだから。
 アイスクリームを買ったら付けて貰える、保冷バッグも存在しないのがソフトクリーム。
 持ち帰り用の品などあるわけがなくて、買ったら直ぐに食べないと溶ける。
 誰かのために持ち帰りたいなら、自分でサイオンを使うしかないソフトクリーム。買った店では何もサービスしてくれないから。「これをどうぞ」と保冷バッグは出て来ないから。
 自分の家で食べたいと思っても、家までの道はサイオンで冷やしてやりながら。
(…そうやって持って帰るつもりでいたって…)
 帰る途中で食っちまうんだ、と子供時代を思い出す。
 まだ満足に使えなかったサイオン、それの訓練も兼ねてと高く志しても、誘惑に負けた帰り道。手に持ったソフトクリームが如何にも美味しそうだから、ついつい一口。
 滑らかな味を舌が知ったら、もう止められないつまみ食い。
 気付いた時にはソフトクリームは消えてしまって、胃袋の中に収まっているのが常だった。
 なんと言っても、子供だから。我慢が出来ない食いしん坊。



 子供時代に重ねた失敗、家まで持っては帰れなかったソフトクリーム。
(今日の俺でも無理だしなあ…)
 駐車場に置いてある車。仕事の帰りにやって来たから、今日の自分は愛車連れ。
 サイオンで冷やす技にも、自制心にも、充分に自信があるのだけれども、運転しながら持っては帰れない。ハンドルを片手で握れはしないし、ソフトクリームを置ける台も無いから。
(此処で食うかな)
 食べたい気持ちになって来たから、一つ、と頼んだソフトクリーム。買い物を済ませて店を出る時、例のコーナーに立ち寄って。
 牧場のロゴ入りの特製コーンに、たっぷりと絞り出されたクリーム。特製バターの風味を損ねてしまわないよう、一つだけしか無い種類。どれにしようかと悩む必要すらも無かった。
 ほんのりとバターの色が見えるような、柔らかな白。たったそれだけ、何もつかない。
(こういうヤツも美味いんだ)
 店の表で一口食べたら、期待通りの滑らかさ。コクのある甘みはバターが出しているのだろう。
 優しい舌触りのソフトクリーム、懐かしい気持ちがこみ上げてくる。
(ガキの頃には、よく食べたよなあ…)
 隣町の店でも買って食べたし、家族旅行に出掛けた先でも。
 特産品の果物などを使ったソフトクリームは、色々な場所で売られているから。
 美味しそうだと思った時には、冬の最中でも食べたりした。家に持っては帰れないから、其処でしか食べられないのだから。



 仕事帰りの思わぬ立ち食い、いい年の大人が店の表でソフトクリーム。
 けれども、御同輩が他にも数人、食べたくなってしまった人たち。年配の紳士や、家に帰ったら子供が待っていそうな女性の姿も。
(…後から買って帰るのかもなあ…)
 自分の分を食べてしまったら、孫や子供のお土産に、と。サイオンで冷やして、上手に持って。
 立ち食い仲間と目と目で笑って、美味しく食べたソフトクリーム。
 得をした気分になった立ち食い、期待以上に美味だったから。
 家に帰って夕食を食べて、コーヒーを淹れて向かった書斎。其処でも頭に浮かんだけれど。
(あれはブルーに持って行くには…)
 向いていないな、と弾き出した答え。
 いくら美味しくても、持ち帰り用に出来てはいない食べ物だから。
(夏にアイスを買ってやったが…)
 ブルーの家へと歩く途中で、バッタリ出会ったアイスクリームの移動販売車。あれも牧場の名物だった。今日のソフトクリームとは別の牧場、そちらは牛乳で名高い牧場。
 暑い日だったから、食べようかと思案していた所で掠めた記憶。遠く遥かな時の彼方で交わした約束、前のブルーと。
(今日はジョミーと食べてしまったから、明日、食べるよ、って…)
 前の自分が青の間に持って出掛けたアイスクリーム。前のブルーはそう言った。明日食べるから仕舞っておいて、と。
(それで冷凍庫に入れて…)
 次の日にブルーと一緒に食べる約束をした。明日の仕事が終わった後で、と。
(なのに、あいつは眠っちまって…)
 十五年間も眠り続けて、アイスクリームを食べる約束は果たされなかった。ブルーの目覚めは、そのまま死へと繋がったから。
 白いシャングリラを守るためにと、ブルーは逝ってしまったから。
 アイスクリームの約束は思い出しさえもせずに、メギドへと飛んで行ったから。



 シャングリラの思い出だったアイスクリーム。前のブルーと交わした約束。
 「あの時の約束を果たして貰うぞ」と、買ってブルーに持って行ってやった。アイスクリームを一緒に食べると言っただろうが、と。
(ソフトクリームには、そういう思い出は無いからなあ…)
 わざわざ買って行かなくても、と考える。
 小さなブルーが欲しがるお土産、それには少々不向きなものだ、と。
(美味かったんだが、サイオンを使って運ぶトコまでは…)
 してやらなくてもいいだろう。
 夏ならともかく、今の季節には。それに特別な思い出も無いし、買わなくても、と。
(コーヒーなら、思い出もあるってもんだが…)
 あいつは苦手な飲み物だがな、と傾けた愛用のマグカップ。絶妙な苦味が嬉しいコーヒー、今の時代はコーヒー豆も選び放題なのだけど。
 白いシャングリラでは、そうではなかった。自給自足で生きてゆく船にコーヒーの木は無くて、最初の間は合成品。それが代用品のキャロブに変わって、チョコレートもキャロブで出来ていた。
 あの船ならではの食べ物の思い出は多いのだけれど。
(ソフトクリームはなあ…)
 特に何も、としか言えない。
 空気を含んで滑らかに出来たアイスクリームが、ソフトクリーム。牧場に行けば名物でもある、牛乳が主な材料だから。
 持ち帰れないのも人気が高い理由だろう。今日の自分が店の表で立ち食いしていたように。
(サイオンを使って冷やさない限りは…)
 長時間はとても持ち運べない。
 柔らかく出来たソフトクリームは、コーンに盛られたら溶け始めるから。



 こんもりと高く絞り出されても、寿命が短いソフトクリーム。端から溶けて崩れ始めて。
 季節によっては食べる間にも、トロリと垂れてしまうほど。
(シャングリラにも不向きだな…)
 小さなブルーに持って行くにも不向きなんだが、と思った食べ物。
 白いシャングリラでソフトクリームを作ったとしても、食堂でしか出せなかっただろう。直ぐに溶けるし、冷凍庫に入れるわけにもいかない。固くなってしまって駄目になるから。
 休憩室でも飲めたコーヒーや紅茶、そんな風に置いてはおけない食べ物。ソフトクリーム専用の機械を休憩室には据えられない。
 だから、シャングリラではアイスクリームくらいなもので…、と考えたけれど。
 保冷バッグやケースで運べて、冷凍庫があれば何処の部屋でも保存が出来たアイスクリーム、と前の自分の遠い記憶を辿ったけれど。
(…待てよ?)
 アイスクリームを手にして急いでいた記憶。
 両手に持ったアイスクリーム。溶けてしまわないよう、サイオンでしっかり守りながら。
 そうやって通路を急いだ記憶。白いシャングリラの長い通路を。



 おかしい、と首を捻った遠い記憶のアイスクリーム。前の自分の急ぎ足。
 溶けないように、と懸命だったことも微かに覚えているのだけれど。
(アイスクリームは…)
 持ち運び用の保冷バッグもケースもあった。前のブルーと一緒に食べる約束を交わした時にも、保冷バッグに入れて運んだ。厨房で貰って、青の間まで。
 白いシャングリラでは、アイスクリームは保冷バッグで運ぶもの。大量に運んでゆくのだったら専用ケースで、どちらも保冷効果は抜群。サイオンなどは使わなくても済むように。
 「サイオンは日常生活で使うべきではない」と、ヒルマンもエラも言っていたから。
 人間らしく生きるためには、必要最低限のサイオンに留めておくべきだ、と。
 シャングリラはそういう船だったから、アイスクリームをサイオンで冷やすことなど言語道断。保冷バッグがあるだろうに、とヒルマンたちが眉を吊り上げただろう。
(…その筈なんだが、なんでまた…)
 キャプテン自ら禁を破って、サイオンを使って運んでいたのか。保冷バッグを使わずに。
 それとも、保冷バッグが役に立たない場所へ運んで行ったのだろうか?
 区画によっては相当な暑さだった機関部、其処でゼルが仕事をしていただとか。



 室温が四十度に届きそうな場所では、保冷バッグは役立たない。短時間なら持ち堪えても、長い時間は使えない。ゼルの仕事が一段落するまで、アイスクリームが持ったかどうか。
 そういう事情があったとしたなら、保冷バッグを使わない可能性もある。どうせ役には立たない行き先、余計な荷物を持ってゆくより、アイスクリームだけでいいではないか、と。
(…しかし、ゼルなんかとアイスを食うか?)
 ゼルとは長い付き合いなのだし、食べていないことも無いだろうけれど、仕事中の所へアイスを二つも運んでゆくとは思えない。サイオンを使って、溶けないように守ってまで。
(そのくらいだったら、凍った飲み物を届けるよなあ?)
 アイスクリームを持ってゆくより、ボトルごと凍らせたコーヒーやジュース。
 そっちの方が量も多いから喜ばれそうだし、高い室温でいい感じに溶けてゆきそうだから。
 ゼルと並んで話をする間に、丁度いい具合に溶けてゆく中身。話の合間に傾けるのには、きっと似合いの量だったろう。「それでな…」と自分が一口飲んで、ゼルも「そうじゃな」と自分の分のボトルを一口。
 機関部のゼルに差し入れに行くなら、そっちの方だと断言出来る。現に届けたような記憶も。



 保冷バッグは使わなかったけれど、サイオンも使っていなかった機関部のゼルへの届け物。前の自分は届けてはいない、ゼルと二人で食べるためのアイスクリームなどは。
(なら、俺は何処へ…)
 アイスクリームを運んでいたのだろう?
 保冷バッグを使う代わりに、両手に一個ずつ持って守ったサイオン。溶けないように、と。
 機関部の他にも高温の場所はあったけれども、何処へ向かって急いでいたのか。
(…ゼル以外の誰がいるというんだ?)
 前の自分が差し入れに出掛けてゆきそうな仲間。高温の場所にいそうな仲間。
 誰一人として思い当たらないから、遠い記憶を手繰ってみる。
 手にしたアイスは何だったか、と。
 何種類かあった、アイスクリームのフレーバー。それが手掛かりにならないだろうか、と。
 好物だった仲間を思い出せたら、行き先も見当がつくだろうから。
 そうしたら…。
(ソフトクリームか…!)
 保冷バッグが無かったわけだ、と腑に落ちたサイオンを使った理由。
 ソフトクリームを運んでゆくなら、今も昔も、保冷バッグを使えはしないのだから。



 すっかり忘れていたのだけれども、白いシャングリラのソフトクリーム。
 滑らかで柔らかいソフトクリームは、白い鯨でも作られていた。食堂に専用の機械を据えて。
(…最初は子供たちだったんだ…)
 アルテメシアで保護したミュウの子供たち。その子供たちが、食べたいと恋しがったから。
 養父母たちと食べたソフトクリームを、公園などで買って貰った思い出の味を。
 白いシャングリラには、普通のアイスクリームしか無かったから。前の自分たちは、その味しか知らなかったから。
(人類の輸送船が運ぶ物資は、アイスクリームの方だしな?)
 ソフトクリームをコンテナに詰めて運べはしないし、手に入ったものはアイスクリーム。甘くて冷たい冷凍の菓子はアイスクリームやシャーベットなどで、ソフトクリームは一度も無かった。
 だからアイスクリームを作ってはいても、ソフトクリームは無かった船。
 アイスクリームがあれば充分、それしか知らない人間ばかり。
 ところが、新しく船にやった来た子供たちの方はそうではなかった。ソフトクリームの柔らかい舌触りを知っていた彼らは、あれが食べたいと何度も言った。
 アイスクリームを口にする度に、ソフトクリームが食べたいと。
 どうしてシャングリラでは出て来ないのかと、もう一度あれが食べたいのに、と。



 ソフトクリームなど、初耳だったのが前の自分たち。幼い頃には食べたのだろうに、全く記憶に残ってはおらず、成人検査よりも後に食べてはいない。
 けれど、子供たちが欲しがるからには美味しいのだろう。アイスクリームとは違うのだろう。
 何度も繰り返された「ソフトクリームが食べたい」という声、子供好きだったゼルが最初に動き始めた。「この船でなんとか作れんのか」と、「機械が要るなら作るんじゃが」と。
 そうなってくるとヒルマンの出番、データベースでの調べ物。
 ソフトクリームの仕組みは直ぐに分かった、早速ゼルが取り掛かった。ソフトクリームが作れる機械の製作に。「こんな具合じゃな」と図面を書いて。
 ソフトクリームにはセットのコーンも、焼くための機械をゼルが作った。厨房に置けるようにとコンパクトなものを。ソフトクリームの機械と並べても、場所を取らないものを。
(そいつを厨房に据え付けて…)
 牛乳などの材料を入れて、出来上がりを待ったソフトクリーム。どんなものかと、どういう味がするのかと。
 最初に作ったソフトクリームは試食用だったから、前のブルーと自分と、それから長老の四人で食べてみた。先に作っておいたコーンに、厨房のスタッフがクリームよろしく絞り出して。
(美味かったんだ、アレが…)
 同じアイスクリームとは思えない味、舌触りが違うというだけで。滑らかなだけで。
 子供たちが欲しがったのも頷ける、と誰もが思った。
 シャングリラ生まれのソフトクリームは仲間たちにも好評を博し、子供たちはもちろん大喜び。
 ただし、食べられる場所は食堂だけ。
 保冷バッグは役に立たない上、サイオンを使って持ち運ぶことも好ましくないとされたから。
 食べたい時には食堂へ出掛けて注文するもの、食堂で食べて帰るもの。



 そのソフトクリームが、前のブルーも気に入りだった。空気を含んだ滑らかな味が。
 アイスクリームとは違った味だ、と何度も食べに出掛けていた。
 ソルジャーが食堂でソフトクリームを舐めているのは如何なものか、とエラが眉を顰めたから、コッソリと。目立たない陰の方に隠れて、それは美味しそうに。
 そうかと思えば、瞬間移動で青の間に持って帰ったりもした。「食堂が駄目なら仕方ないよ」と屁理屈をこねて、サイオンで守って運ぶ以上に強いサイオンを使って運んで。
 ソフトクリームが好きだったブルー。嬉しそうに舐めたソルジャー・ブルー。



(あいつ、熱を出して…)
 寝込んでしまった時のこと。まだ恋人同士ではなかった頃。
 見舞いに行ったら、冷たい物を食べたがったのだった。身体が熱いから、冷たい物を、と。
 診察したノルディは、アイスクリームを食べてもいいと許可を出していたのだけれど。栄養価が高いから、身体を冷やさない程度に適量を、と言ったのだけれど。
(どうせなら、あいつが食堂でしか食べられないヤツ…)
 青の間の冷凍庫では保存できないソフトクリームを、と食堂へ貰いに行ったのだった。冷凍庫に入っていたアイスクリームを食べさせるよりも、ブルーの好きなソフトクリームを、と。
 厨房のスタッフに「一つ作ってくれ」と頼んで、急いだ通路。
 ソフトクリームを一個だけ持って、溶けないようにとサイオンで包んで冷やしながら。
 青の間に着いてもソフトクリームは無事だったから、「どうぞ」とブルーに差し出した。「一つ貰って来ましたから」と、「アイスクリームよりもお好きでしょう?」と。
 ブルーはベッドに身体を起こして、美味しそうに舐めていたのだけれど。
「…君の分は?」
 貰って来なかったのかい、と暫くしてから向けられた瞳。君の分は、と。
「いえ、私は…。冷たい物が欲しいと仰ったので…」
 ソルジャーの分だけを貰って来ました、と答えたら、「ごめん…」と謝ったブルー。サイオンを使って運んでくれたのだろうに、ハーレイの分は無いだなんて、と。
 「いえ、これもキャプテンの仕事の内ですから」と言っているのに、ブルーは申し訳なさそうな顔をしていたものだから。
 これでは駄目だと、次からは自分の分も作って貰って運んだ。
 「ついでに貰って来たんですよ」と、「私も食べたい気分なので」と。
 熱を出したブルーが冷たい物を欲しがる度に、ソフトクリームを両手に持って。



 時の彼方から戻った記憶。ソフトクリームを守って急いだ通路。
(そうか、ソフトクリームってヤツは…)
 あの滑らかな冷たいクリームは、前のブルーが好んだもの。
 ブルーのためにと、前の自分が運んでいたもの。保冷バッグは使えないから、サイオンで守って青の間まで。初めて届けた時は一つで、次からは両手に一つずつ持って。
(前の俺たちも食べていたんだ…)
 ブルーの所へ届けた時には、二人一緒に。恋人同士ではなかった頃から。
 そうと分かれば、ソフトクリームを買って行かねばならないだろう。今の小さなブルーにも。
 自分一人で「美味い」と立ち食いするのではなくて。
(明日は土曜日と来たもんだ)
 上手い具合に、ブルーの家を訪ねてゆく日。
 特設コーナーのソフトクリームの店は、明日もやっている筈だから。二つ買って行こう、そして運ぼう。溶けないようにサイオンを使って冷やしながら。
 遠い昔に、前の自分がシャングリラでそうしていたように。
 右手と左手に一つずつ持って、長い通路を急いだように。



 次の日の朝、目覚めても忘れていなかった記憶。前のブルーに届けていた物。
 それを買わねば、と青空の下を歩いて出掛けて、入った昨日の食料品店。たまに持ち歩く小さなケースを脇に抱えて、「二つ下さい」とソフトクリームを注文した。特製バターが美味しいのを。
 渡された二つのソフトクリーム、右手と左手に一つずつ。
 溶けてしまわないようサイオンで包んで、颯爽と歩き始めた道。ブルーの家まで続いている道。
 ソフトクリームを持って歩く途中も楽しかった。
 前の自分が急いだ船の通路とは違って、様々な景色。生垣の木だけでも何種類もあるし、花壇の花はもっと沢山。
 すれ違う人たちは揃いの制服を着てはいなくて、シャングリラにはいなかった犬や猫まで。
 頭の上には天井の代わりに真っ青な空。雲海とは違った白い雲たち。
 同じようにソフトクリームを持っていたって、まるで別物の自分の周り。こんな日が来るとは、夢にも思っていなかった。青の間へと急いでいた頃は。



 そうして歩いて、生垣に囲まれたブルーの家に着いたら、左手でソフトクリームを二つ。器用に片手で二つ手にして、門扉の横のチャイムを右手で鳴らした。
 左手に持ったソフトクリームを落とさないよう、サイオンで支えておきながら。
 チャイムが鳴ったのを確認してから、両手に持ったソフトクリーム。右手と左手に一つずつ。
 門扉を開けに出て来たブルーの母が目を丸くした。
「あら、ソフトクリームですの?」
 近くで売っていましたかしら。…それとも、途中にお店でも?
「それが…。私の家の近くなんですよ。美味しい店が来ていましてね」
 ついでに、これはシャングリラの思い出の味なんです。ブルー君にも食べて欲しくて…。
 こうして此処まで持って来ました、と笑ってみせたら、荷物を持ってくれたブルーの母。「少し負担が減りますでしょう?」と、脇に抱えていた小さなケースを。
 ソフトクリームを一つ持つから、と申し出ないのがブルーの母ならでは。
 思い出の味だと口にしただけで、ソフトクリームを両手に持つべきなのだと気付いてくれる。
 この家に何度も通う間に、分かって貰えた前の自分とブルーとのこと。
 恋人同士だとは思っていないだろうけれど、思い出を共有している二人だ、と。
 ソフトクリームを二つというなら、その片方を自分が預かって持ってはならないと。



 そんなわけだから、二階のブルーの部屋に着いても、お茶とお菓子が出るまで、そのまま。
 右手と左手にソフトクリーム、そういう姿勢で椅子に座って待っていた。ブルーの母がお菓子を置いて去ってゆくまで、お茶の支度が整うまで。
 「ごゆっくりどうぞ」と部屋の扉が閉められてから…。
「ほら、土産だ」
 好きな方を選べ、とブルーに差し出してやったソフトクリーム。味はどっちも同じだが、と。
 ブルーは二つを見比べてから、「こっち」とヒョイと片方を取った。多分、気分で選んだ方を。
 どちらも似たような形なのだし、溶けても崩れてもいないのだから。
「珍しいね、ハーレイがサイオンまで使ってお土産だなんて…」
 ソフトクリームを持って帰るの、今のぼくだと絶対に無理。
 だって溶けちゃう、ぼくのサイオンだと、冷やしておくなんてことは出来ないんだもの。
「そうだろうな、今のお前ではな」
 お前、こういうのを覚えていないか?
「こういうのって…。何を?」
「前のお前だ、ソフトクリームだ」
 好きだったんだがな、ソフトクリーム。…こいつほど美味くはなかったが…。
 今日の土産のソフトクリームは、バターで有名な牧場のヤツで、昨日食ったら美味かったぞ。
 バターが入っているんだそうだ。そのせいだろうな、コクがあるんだ、普通のよりも。



 前のお前が好きだったヤツも、俺がこうして何度も運んだ、と上げてみせた両手。
 左手はもう空だけれども、「両方の手に一つずつだった」と。
 「溶ける前に食べろよ」と自分の分のソフトクリームをペロリと舐めたら。
「そうだ、ハーレイが運んでくれてた…」
 前のぼくが熱を出しちゃった時に、ソフトクリーム…。
 今日みたいにサイオンで冷やしながら持って来てくれたよね、青の間まで。
 ぼくの分と、ハーレイの分と、いつでも二つ。「ついでですから」って。
「お前、冷たい物を欲しがったからな」
 ノルディの許可が出ていた時には持ってったもんだ、ソフトクリームを。
 アイスクリームよりも喜びそうだから、厨房で作って貰ってな。
「…前のハーレイが病気のぼくにくれていた物…」
 野菜スープだけじゃなかったんだね、ソフトクリームまで貰ってたよ、ぼく…。
「ソフトクリーム、俺は作っちゃいないがな」
 作っていたのは厨房のヤツらで、俺は運んだだけなんだが。
「でも、ハーレイがいてくれないと届かないよ?」
 どんなに待っても、ソフトクリームは届けて貰えなかったと思う…。
 保冷バッグでは運べなかったし、アイスクリームは青の間に置いてあったんだから。
 ノルディが「食べていいですよ」って言ってたアイスは、冷凍庫のアイス。
 ぼくが食堂まで食べに行けない時には、あれしか食べられなかったんだよ、アイスクリーム。
 ハーレイが届けてくれなかったら、ホントにアレだけ…。



 他の仲間は普通のアイスしか運んで来てくれなかったから、と微笑んだブルー。
 ハーレイだけがソフトクリームをぼくに届けてくれたんだよ、と。
「…他のみんなは、冷凍庫にアイスが入っていればいいと思っていたから…」
 減った分だけ補充すればいいんだ、って保冷バッグで運んで来ていただけだったから。
 …ハーレイが運んでくれなかったら、ソフトクリームは食べられなかったと思う。
 誰も訊いてはくれなかったもの、「ソフトクリームを持って来ましょうか?」って。
 ハーレイ、ぼくが頼んでもいないのに、ちゃんと届けに来てくれたよ。
 …まだ恋人じゃなかったのに。
 仲のいい友達だった頃の話なのに…。
「俺がソフトクリームを持って行こうと考え付いた理由ってヤツは…」
 キャプテンだったから…ってことはないよな、俺の仕事の内だとは思っていたんだが…。
 前のお前の友達だったからだよな?
「うん。…ぼくのことを考えてくれていたからだよ」
 ただの友達じゃなくて、ハーレイの一番古い友達。
 いつもハーレイ、そう言ってたものね、アルタミラを脱出して直ぐの頃から。
 「俺の一番古い友達だ」って、船のみんなに。
 そんなハーレイだから、ソフトクリームを思い付いてくれたんだよ。
 前のぼくがソフトクリームを食べにコッソリ出掛けてたことも、青の間に持って帰ってたことも知っていたでしょ、ハーレイは?
 他のみんなも知っていたけど、届けることまで思い付いてはくれなくて…。
 ホントにハーレイだけだったんだよ、前のぼくにソフトクリームを運んで来てくれたのは。



 熱い野菜スープと、冷たいソフトクリームと、どっちもハーレイ、とブルーは嬉しそうで。
 ハーレイがぼくにくれていた物、とソフトクリームを口に運んだ。思い出した、と。
「そいつは良かった。持って来た甲斐があったってもんだ」
 美味いだろ、このソフトクリーム。…俺は昨日に店の表で立ち食いしてたんだがな。
「…そうなの?」
 家まで持って帰らなかったの、でなきゃ食べながら歩くとか…。
 お店の表で立ち食いするのと、歩きながら食べるのは違うよね…?
「もちろん、今の俺なら家まで楽々と持って帰れるんだが…」
 此処まで運べたくらいなんだし、家までなんかは大した距離ではないんだが…。
 歩きながら食うのも悪くはないがだ、生憎と俺には車があってな。
「車?」
「俺の車だ、仕事の帰りに店に寄ったから、俺は車を連れていたんだ」
 駐車場に停めてあったからなあ、そいつを置いては帰れんだろうが。
 ハンドルを握りながら、ソフトクリームをサイオンで冷やしておくのは無理だし…。
 置いておくための台でもあったら出来たんだろうが、ソフトクリームに台は無いしな。
 持ち帰り用の保冷バッグも付かないだろうが、ソフトクリームには。
 前の俺たちが生きてた時代も、今の時代も、ソフトクリームは買ったその場で食うのが基本だ。
 でなきゃ、食べながら歩いてゆくか…。
 車連れでは歩いて帰れやしないからなあ、店の表で食ってたわけだ。
 俺の御同輩が何人かいたぞ、立ち食いしていたお仲間ってヤツが。
 美味しく食べてだ、家に帰っても「美味かったな」と覚えていたから、思い出しちまった。
 シャングリラにもソフトクリームがあったってことと、俺が運んでいたことを。
 …もっとも、今の俺の場合は、サイオンで冷やして運ぶ途中に誘惑に負けて食っちまったが。
 ガキの頃だな、家まで持って帰ろうと思って歩き始めるんだが、家に着く頃には手が空っぽだ。
「ふふっ、なんだか見えるみたいだよ」
 家に着くまで待てないハーレイ。…だけど、今のハーレイだって運んでくれたよ。
 ぼくの家まで、ちゃんと食べずに。それも二つも持っていたのに。



 今のハーレイだって運べたじゃない、とブルーが言うから、「年を考えろよ?」と苦笑した。
 「ウッカリ食ってたガキの頃とは違うんだから」と。
 二人で食べているソフトクリームは、サイオンの守りを失って柔らかく溶けてゆくけれど。
 トロリと垂れそうになるのだけれども、それを上手に舌で掬うのもまた楽しい。
 前のブルーとも、そうやって食べた。青の間まで運んで行った時には。
「ハーレイ、ソフトクリーム、また食べたいね」
 今日のは凄く美味しいけれども、これじゃなくてもかまわないから。
 またハーレイと一緒に食べてみたいよ、前のぼくたちが食べてた頃みたいに。
「…お前の気持ちは分からないでもないんだが…」
 両手に持って此処まで来るのは目立つんだよなあ、俺はデカイし。
 昨日の立ち食い仲間だったら、お孫さんとか、子供に買って帰るんだな、と微笑ましいが…。
 俺がやってりゃ、微笑ましいよりも先に人目を引きそうだ。
 今日だって多分、見られていたんだと思うぞ。
 似合わないことをやっているなと、何処まで持って帰るんだか、と。
 …俺は気付いちゃいなかったが…。
 シャングリラの通路を急いでた頃とは随分違うと、地球なんだな、と景色を満喫してたんだが。



 しかし、二度目は出来れば勘弁願いたい、と肩を竦めた。
 今日は夢中で持って来たから平気だったけれど、次からは人目が気になりそうだ、と。
「よっぽど美味い店のが来たとか、そういう時には頑張って持ってくるのもいいが…」
 そうでなければ勘弁してくれ、今頃になって恥ずかしくなって来たからな。
 …その代わり、いつか二人で食べに行こうじゃないか。
 お前が俺の車でドライブに行けるようになったら、美味いソフトクリームを食べに牧場へ。
 ソフトクリームは牧場の名物だからな、新鮮な牛乳が材料なんだし。
「うんっ、行こうね!」
 ハーレイの車で食べに行こうね、ソフトクリーム。
 シャングリラの頃と違って、地球の牛乳で出来ているから、ずっと美味しいに決まってるもの。
 ハーレイが運んでくれてたソフトクリームも美味しかったけど、あれよりも、ずっと。
 今日のも凄く美味しいものね。
「ふうむ…。二度目は勘弁願いたいとは言ったが、だ…」
 俺と一緒に暮らし始めてから、お前が病気になっちまったら。
 何処かで買って運ぶとするかな、アイスの許可が出ているようなら、ソフトクリームを。
「それも嬉しい…!」
 またハーレイが運んで来てくれるんだね、ソフトクリームを。
 今度は地球のソフトクリームを、ぼくが寝ているベッドまで。
 もちろん、ハーレイの分もあるよね、今日みたいに。…前のぼくたちが食べてた時みたいに。



「そりゃまあ、なあ…?」
 当然だろう、とブルーに向かって瞑った片目。
 サイオンで冷やしながらソフトクリームを運ぶとなったら、二人分だ、と。
 「ハーレイの分は?」とブルーが申し訳なさそうな顔にならないように。
 大きな身体で両手に持って歩いていたなら、目立ったとしても。
(…なんたって、ブルーのためなんだしな?)
 前の自分が持って急いだソフトクリーム。
 サイオンで冷やして、両手に持って、長い通路を青の間まで。
 その思い出のソフトクリームを、今のブルーと何度も食べよう。
 二人で来られた青い地球の上で、新鮮な地球の牛乳で作られた滑らかなソフトクリームを…。




          ソフトクリーム・了

※シャングリラでも作られていたソフトクリーム。前のブルーの好物だったのです。
 それを青の間まで届けたハーレイ。サイオンで冷やして、二人分のをしっかりと持って…。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv











PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]