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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

制服を替えて

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




クリスマスも近い、と浮かれ気分のシャングリラ学園ですけれど。それよりも前に期末試験で、怯えている人も多いです。ところがどっこい、私たちの1年A組は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーこと、会長さんのサイオンのお蔭で全員満点に決まってますから…。
「今度の期末も学年一位はいただきだよな!」
「グレイブ先生も喜ぶぜ!」
クリスマスに向けてカラオケの腕を磨いておこう、と努力の方向がズレているクラスメイトたち。今朝も試験勉強なんかは全くしていない中、予鈴が鳴って、グレイブ先生の足音が。
「諸君、おはよう」
本鈴と同時にガラリと教室の扉が開けば、グレイブ先生ご登場で。カツカツと軍人みたいに靴の踵を鳴らして教卓まで行くと、出席簿を開いて出席を取って。
「よし、今日は全員出席、と…。本日は一つ、お知らせがある」
「「「???」」」
今頃の時期にお知らせとなれば、テスト科目の日程変更か何かでしょうか? 無敵の1年A組にとっては大したことではありませんけど、他のクラスには一大事。一夜漬けで勉強するにしたって、組み合わせが変われば予定だって…。
「言っておくが、試験のことではない。…多少は試験に関係するが」
グレイブ先生は黒板に日付を書き付けました。試験の最終日のようですが…。
「この日に行事をすることになった。参加者にはテストとは別の点数がつく」
「「「えっ?」」」
「いわゆる内申と言うべきか…。大学に入る時には多少は役に立つかもしれない」
人物の評価が上がるのでね、とグレイブ先生。たちまちザワつく教室の中。グレイブ先生はチョークを握って新しい文字を。今度は四文字、その文字とは。
「「「制服交換!?」」」
何ですか、と飛んだ質問にグレイブ先生が「知らないのかね?」と呆れたように。
「一時期、話題を呼んだのだがね? まあいい、諸君の頭の程度は期待していない」
制服交換というものは…、と始まった説明。なんでも男女で制服を交換、それを着て登校するというイベント。価値観を見詰め直すための授業とされて、人気を博していたらしく。
「我が校でもやってみようということになった。ただし、無駄な騒ぎは避けたいものだし…」
登校時間が短めで授業も無い日に試験的に、と選ばれた日が期末試験の最終日。参加者は三日後までに制服のサイズを書いて申し込みをすれば、自分サイズの制服が家に届くそうです。卒業生の協力もあるとのことで、自分サイズの制服は間違いなくゲット出来るのですが…。



「どうするかな、アレ…。申し込んだ方がいいと思うか?」
試験の点数とは別となったら、と朝のホームルームが終わった後の教室の中は大騒ぎ。会長さんが試験をフォローするのは1年A組の間だけですし、来年以降は自分で努力あるのみです。大学に推薦で入るにしたって、人物評価は大きいわけで。
「やっぱ、申し込まないとマズイんじゃないか、マイナス評価にされるとか」
「それは困るわ、マイナスだけは!」
「このイベントには会長、無関係なんだよな? 今日、来ていないっていうことはさ…」
クラスメイトは冷静に把握していました。会長さんが教室に現れなければ、その日に何が行われようが、発表されようが、ノータッチだということを。
制服交換などという初のイベントが開催されるのに、教室の一番後ろが定位置の会長さんの机は今朝は増えなくて、会長さんも現れなくて。つまりは一切、関知しないということです。
「会長が絡まないとなったら、制服交換の点数だか評価だかは自力ってことか…」
「うん、弄ってはくれないだろうな、どういう評価にされてもな」
「それじゃ、やるしかねえってことか…。制服交換っていうヤツを」
「そうみたいねえ、女子はズボンになるだけだからまだマシだけれど…」
男子にはキツイ行事だわね、と女子たちが見詰める男子の足元。
シャングリラ学園の制服は男子はズボンで女子はスカート、これだけは厳しく徹底されています。学校によっては女子用ズボンもある御時世に女子はスカート一本槍で。
「そ、そうか、俺たちはもれなくスカートなのか…!」
「グレイブ先生、サイズは必ずあるって言っていたしな、あるんだろうなあ…」
俺のサイズでも、と自分の顔を指差す、一番ガタイのいい男子。長年、特別生をやってますけど、あそこまでガタイのいい女子生徒は目にした覚えがありません。先輩から借りると言いつつ、サイズの無い分は作るんだろうな、と容易に想像がつきました。
「スカートとはひでえな、この寒いのによ…!」
「あら、分かってるんなら女子の気分を味わいなさいよ、ちゃんと制服交換をして!」
価値観を見詰め直すんでしょ、と女子の突っ込み。そういう価値観ではないような気がしますが、スカートだとズボンよりも冷えることは事実。それもあって冬の今なのかも、と思ったり…。
「仕方ねえなあ、申し込むかな、制服交換」
「会長が来ないようならな…」
人物評価がつくとなったらマイナスだけは非常にマズイ、と男子も女子も顔を見合わせて頷いています。会長さん、未だに影も形も見えませんよね…?



1年A組の頼みの綱の会長さんは昼休みにも来ず、その後も来ず。終礼の時にグレイブ先生が例のイベントの申込書を持って来ました。
「さて、諸君。朝から考える時間を与えたわけだが、この申込書はどうするのかね?」
締め切り自体は三日後だからまだ考える時間はあるが、とグレイブ先生。
「ただし、申込書の配布は今日のみだ。明日以降になって欲しいと言っても、二度目は無い」
希望者は今から取りに来るように、との告知にクラス中の生徒が一斉に立ち上がり、教卓に向かって殺到する勢い。こうなってくると、私たちも…。
「一応、貰った方がいいかな?」
アレどうする? とジョミー君が教室の前を指差し、キース君が。
「俺はとっくに大学を出たし、内申も何も無いんだが…。これも世間の付き合いってヤツか?」
貰うだけ貰っておくとするか、という意見。
「卒業の予定すら無い俺たちだが、この勢いだと、当日になって浮きかねん」
「ぼくは浮いてもいいんですが…!」
スカートは遠慮したいんですが、と言いつつもシロエ君も椅子を引いています。申込書だけは貰っておこうと、それから考えればいいという姿勢。
「俺もスカートは似合わねえけど、貰っとくかな…。ブルーがどう言うか分からねえし」
ブルーに嫌われたくねえし、と小声で呟くサム君は今も会長さんとは公認カップル、清い仲ながらも惚れているわけで。会長さんからマイナス評価を貰わないよう、場合によっては制服交換も辞さないという天晴な覚悟。
「皆さん、やっぱり貰う方ですよね…」
ぼくも貰っておきますよ、とマツカ君が立ち、スウェナちゃんも。私も貰おうと決めました。どうせ制服交換したってスカートがズボンになるだけですしね。
「なら、行くか。どうやら俺たちが最後のようだぞ」
殆どのヤツらは貰ったようだ、とキース君が言う通り、申込書の配布待ちの列は残り数人まで減っています。私たちが列の後ろに並ぶと、グレイブ先生が満足そうに。
「諸君、ご協力感謝する。特別生の諸君も申込書を貰ったとなれば、皆も真面目に考えるだろう」
受け取りたまえ、と先頭のキース君から順に貰った申込書。教室を見回してみると、同じく特別生で内申も卒業も無関係な筈のアルトちゃんとrちゃんも申込書を手にしていました。
「いいかね、諸君。締め切りは三日後の終礼だ」
申し込み用の箱は職員室の前に置いてあるから、とグレイブ先生。教室で回収しないってことは、あくまで生徒の自主性に任せるっていうことですね…?



終礼が済んで、迎えた放課後。試験前で柔道部の部活もお休みですから、みんな揃って生徒会室の奥に隠されている「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日のおやつはタルトタタンのミニバージョン! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が一人用サイズの可愛らしいタルトタタンをお皿に乗っけて出してくれました。おかわりも沢山あるそうです。
「リンゴが美味しい季節になったし、たまにはミニのもいいかと思って!」
たっぷり食べた感じがするでしょ、と言われてみれば、切り分けたものより丸ごとサイズのミニ版もリッチな気がします。ホールで食べるみたいな感じで。早速フォークを入れていると。
「…今日は面白いものを貰ったんだって?」
ぼくは貰っていないけどね、と会長さんがスッと手を差し出して。
「誰のでもいいから現物を見たいな、例の申込書」
「だったら、あんたも貰いに来れば良かっただろうが!」
そうすれば一枚貰えたんだ、とキース君が自分の鞄から制服交換の申込書を引っ張り出すと。
「こいつが申込書ってヤツだ、あんたは貰いに来なかったがな!」
「え、だって。…ぼくが行ったらシャングリラ・ジゴロ・ブルーのメンツが丸潰れだよ」
申込書を貰っただけで制服交換のイメージがつくし、と会長さん。
「このぼくが女子の制服だよ? それだけは絶対、有り得ないってね!」
「価値観を見詰め直すイベントだという話だったぞ、見詰め直すべきだと思うがな?」
そういう台詞が出るようではな、とキース君が毒づきましたが、会長さんは。
「いいんだってば、ぼくは昔からこうだから! 三百年以上もこれで来たから!」
何を今更、と涼しげな顔。
「ところで、君たちはどうするんだい? 全員、これを貰っていたようだけれど…」
会長さんはキース君から受け取った申込書に視線を落とすと。
「参加するなら名前とクラスを書くだけか…。後は制服のサイズってヤツと」
必要事項を記入してから職員室の前の箱に入れるという仕組みなのか、と眺めてますけど、このイベントには会長さんはノータッチですか?
「そうだけど? そもそも、ぼくは参加しないしね。もちろん、ぶるぅも」
これに関しては傍観者に徹する、とクールな表情。
「内申も卒業も、ぼくには全く関係ないし…。君たちだって条件は同じ筈だけど?」
それでも参加するのかい、と顔をまじまじと覗き込まれて、グラリと気持ちが揺らぎました。制服交換、スルーするべき…?



「あんた、面白がってるな? これは大事なイベントだろうと思うんだが…」
学園を挙げての一大行事だ、とキース君が真面目に返しましたが。
「どうだかねえ…。相手はシャングリラ学園だよ? 今回に関してはホントに評価がつくんだろうけど、来年以降もあるのかどうか…」
思い付きだけのイベントっぽいよ、と会長さん。
「毎年恒例の行事になるなら、特別生の君たちだって付き合うだけの価値があるだろう。ノリの良さというのも大切だしねえ、丸ごと無視っていうのは良くない。でも…」
今年限りのイベントだったら後世まで恥を残すだけだ、と怖い台詞が飛び出しました。たった一度の制服交換、そこで披露したスカート姿が後々までも残るのだと。
「スウェナたちはズボンになるだけなんだし、学園祭とか運動会の応援団だと男装する女子も珍しくないし…。それは少しも可笑しくないけど、男子はねえ…」
もれなくスカート姿だからね、と会長さんはキース君たちをしげしげと。
「毎年やるなら、笑いものにする方が間違っているし、来年以降も特に話題にはならないだろう。でもねえ、今年限りで一回だけなら、君たちの場合、スカート姿はレアものだよ?」
ずっとシャングリラ学園にいるんだし…、と会長さん。
「実は昔にこんなイベントが、と画像付きで語り継がれた時はどうする? 自分もやったことは棚に上げてさ、あの特別生にはこんな過去が、と!」
「「「うわー…」」」
それはコワイ、とドン引きしているキース君たち。確かに一回こっきりのイベントだった場合、その可能性も大いにあります。今の1年A組のクラスメイトたちが二年生、三年生と順に上へと上がってゆくわけで、卒業記念にと画像をバラ撒いて去ってゆくというケースだって…。
「…お、俺たちはやめておくか?」
来年以降が無いんだったら、とキース君の声が震えて、ジョミー君が。
「そういうシナリオ、ヤバすぎだって! 卒業した途端に画像をバラ撒きそうな友達、ぼくには山ほど心当たりが…!」
「ぼくもです…。柔道部の後輩たちはともかく、其処から先輩に流出したら…」
本物の先輩だっていますからね、とシロエ君もブルブル。
「一度流れたら回収不能ってよく言いますよね、ああいう画像」
「…うーん…。消して消せないわけじゃないけど、高くつくよ?」
ぼくのサイオンの使用料にプラス技術料、と会長さんがメモにサラサラと書き付けた数字は実にお高いものでした。こんな金額、私たちには出せませんってば…!



どうやら恥のかき損らしい、制服交換イベントとやら。会長さんの読みはまず外れませんから、私たちは申込書を出さないコースを選択しました。とはいえドキドキ、おっかなびっくり。
「今日で締め切りですけれど…。本当に誰も出さないんですね?」
コッソリ提出は無しですよ、とシロエ君が昼休みに疑いの眼差しをキース君たちに。大賑わいの食堂は避けて、調理パンだのサンドイッチだのを買い込んで来ての昼食中。教室で適当に机を集めて、並べてテーブル代わりにして。
「少なくとも俺は出さないな。阿弥陀様に誓って、俺は出さない」
申込書自体を持って来てはいない、とキース君が誓った相手は阿弥陀様。お坊さんの身で仏様に誓いを立てた以上は嘘をついてはいないでしょう。他のみんなも口々に。
「俺も出さねえぞ、俺はブルーを信じているしな。赤っ恥な末路は避けたいしよ」
「ぼくも出さない。一人だけ恥はかきたくないしね」
「ぼくも出しませんよ、コッソリ出すような真似はしません」
「私だってそうよ、ズボンだから恥はかかないけれど…。みんなを裏切ったりはしないわ」
スウェナちゃんの言葉に、私も大きく頷きました。男子よりはマシな格好だから、と裏切ったのでは仁義に反するというものです。申込書は家のゴミ箱にとっくに捨ててしまいましたし…。
「なら、いいです。ぼくも先輩たちを信じることにしますよ」
これは無かったことにします、とシロエ君がポケットから取り出した紙は折り畳まれた制服交換の申込書でした。セキ・レイ・シロエの名前と1年A組、制服サイズまでが記入済みの。
「ちょ、お前…! 俺たちを信じていなかったのかよ!」
なんだよコレ、とサム君が詰れば、シロエ君は「ですから、信じていますよ」と。
「先輩たちの言葉を信じて、この申込書は処分します」
ビリビリビリッと真っ二つに裂かれた申込書。それをクシャリと丸めて固めて、教室の後ろのゴミ箱めがけてポイッと遠投、見事に入りましたけど。
「シロエ、お前な…。何処まで性根が腐っているんだ、一人だけ書いてくるとはな!」
見下げ果てたぞ、とキース君が眉を吊り上げましたが、シロエ君の方は。
「こういったことは基本でしょう? 保険をかけておくってこと」
ぼくは慎重にやったまでです、と嘯いたシロエ君の頭にキース君以下、男子の拳がゴツン、ゴツンと。マツカ君だけは拳はお見舞いしませんでしたが…。
「ぼくもどうかと思いますよ。もっと信じて欲しかったですね」
それとも、ぼくの精進が足りないのでしょうか、と控えめすぎるマツカ君。此処は殴っていいんですってば、人を疑ってかかるような生意気な真似をする後輩は…!



こうして迎えた期末試験の最終日。いつも学校前のバス停あたりでキース君たちと顔を合わせるんですが、其処に至る前に既にクラクラ。私と同じ路線バスに乗っているシャングリラ学園の生徒たちは全員、制服交換の犠牲者と言うか当事者と言うか。
「「「………」」」
乗り合わせた乗客の無言の視線が制服交換をしている生徒に突き刺さりまくり、私の姿と見比べているのが分かります。悪いことをしちゃったでしょうか、私だけが普通の格好ってコトは、学校を挙げてのイベントだとは思って貰えないかも…。
でもでも、制服交換自体はグレイブ先生によれば一時期流行ったらしいのです。それを知らない乗客が悪い、と吊り革を握ってキリッと立つ内に、やっと学校前に到着。
「おはよう!」
今日も寒いね、とジョミー君の笑顔が迎えてくれて、その後にサム君のこういう台詞が。
「うん、寒いよなあ、いろんな意味でよ」
もうバスの中が氷点下、という空気の寒さを表す言葉に、キース君が。
「甘いな、あれは絶対零度と言うんだ。せめてだ、制服交換実施中というアナウンスでもあれば事情は違ってくるんだろうが…」
「それもですけど、ぼくたちが普通の制服なのもマズイんですよ」
他の生徒の異質さってヤツが浮き彫りになってしまうんです、とシロエ君。間もなく、私たちと同じくいたたまれない表情のスウェナちゃんとマツカ君も到着しました。その間にもバス停に停まるバスから降りて来る制服交換の生徒たち。
「…試験最終日で良かったな」
まだ気が逸れる、とキース君が言う通り、みんなの手には暗記用のカードやら、読み込むための教科書やら。バスの中でも勉強だったら、無言の視線はそれほど酷くは…。
「でもですね…。帰りに羽を伸ばせませんよ?」
あの格好じゃあ、というシロエ君の指摘はもっともでした。制服交換は家を出てから帰宅するまで、すなわち一度は家に帰らないと取り替えた制服を脱げないのです。試験が済んでもカラオケどころか、一目散に逃げ帰るしかないわけで…。
「なるほどな…。その辺もあって今日だったのかもしれないな」
先生方の手間が減るしな、とキース君が校門をくぐりながら声を潜めて、私たちも揃ってコクコク、無言の賛同。
生徒の心理的な負担が少ないようにと選ばれた試験最終日ですが、打ち上げに出掛けた生徒の指導に先生方が手を焼くのもまた、最終日。一石二鳥の日だったんですね、今日という日は…。



制服交換に参加しなかった生徒は、私たち七人グループを含めた特別生しかいませんでした。同じ特別生でもアルトちゃんとrちゃんは男子の制服を着ていましたが…。
けれども、クラスメイトたちは自分の内申や人物評価が大事だとばかり、私たちの裏切りを責めるでもなく粛々と朝のホームルームや続く試験を終えたのですけど。試験終了のチャイムが響き渡って、終礼が済んで…。
「「「自由だーーーっ!!!」」」
大歓声が上がったのも束の間、シンと静まり返った教室。みんなの視線が隣近所の生徒の姿と自分を見比べ、誰からともなく。
「…自由なんだけど、自由じゃない…」
「この格好でカラオケなんかに出掛けて行ったら晒し者じゃねえかよ!」
「…大人しく家に帰るしかないのかな…。俺の家、帰るだけでバスで1時間かかるんだけど…」
「くっそお、カラオケに行くんだったら、家に帰るより近いのに!」
でも行けない、と諦めの声と嘆きが入り混じる1年A組、他のクラスも似たようなもの。先生方の計算通りに打ち上げに出掛ける生徒はいなくて、男子も女子も急いで下校で。
「…こんな試験の最終日ってヤツは初めて見るな」
長年生徒をやっているがな、とキース君が感慨深げに呟くとおりに、校内は見事に生徒の影すら見えません。みんな慌てて下校してしまって、打ち上げに出掛ける相談の輪さえも無い状態。
「ぼくたちもアレに申し込まなくて良かったよね…」
申し込んでいたら今頃は…、とジョミー君が肩をブルッと震わせ、シロエ君が。
「ぼくも先輩たちを信じた甲斐がありましたよ。信じなかったら下校組です、スカートで」
「「「うーん…」」」
その姿はちょっと見たかったかも、とシロエ君を眺めて、ドッと笑って。それから「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ出掛けてゆくと…。
「かみお~ん♪ 試験、お疲れ様~っ!」
お腹、減ったでしょ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が熱々のカレーグラタンを用意していてくれました。さあ食べるぞ、とスプーンを握ったら。
「こんにちはーっ!」
「「「!!?」」」
誰だ、と振り返った先に優雅に翻る紫のマント。別の世界からのお客様ですが、カレーグラタンがお目当てでしょうか、冬野菜たっぷりで美味しそうですけど、それだけのために降って湧くような人でしたっけ…?



ぼくにもカレーグラタンを、と言い出したソルジャーの分のカレーグラタンは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意していました。本来はおかわり用だったという話ですが、こうした事態も普段から想定しているのでしょう。ソルジャーは空いていた席に座って、早速スプーンで掬いながら。
「いやあ、面白かったねえ、制服交換! 君たちの分を見られなかったのは残念だけど…」
「あれは見世物ではないからな!」
学校行事の一環なんだ、とキース君。けれどソルジャーは「どうなんだか…」とクスクスと。
「ぼくは最初から見ていたんだよ、君たちが申込書を貰ったトコから。…もしもブルーの意見を聞かなかったら、制服交換の予定だったよね?」
「それはまあ…。そうなんだが…」
「そこで交換しないで終わった、それが見世物の証明だってね! 少なくとも君たちにとっては見世物扱いされるリスクが高い学校行事であった、と」
来年以降に実施されるかどうかは謎の…、と笑うソルジャーは他の生徒の似合わない格好を楽しく眺めていたようです。自分の世界のシャングリラから。
「それでね、学校行事というのと、制服交換っていうので思い付いたんだけど…。実施されたのを見た瞬間に閃いたんだけど、今年のクリスマスパーティーのテーマはアレでどうかな?」
「「「アレ?」」」
「ズバリ、制服交換だよ!」
きっと素敵なパーティーになるよ、と言われましても。それって仮装パーティーですかね、あまつさえ今日は披露しないで済んだ男子のスカートだとかが容赦なく必須になってくるとか…?
「仮装パーティーと言われればそうかな、制服を交換するんだからね。でもね、君たちにスカートを履けとは言わないよ。それはあまりに気の毒すぎる」
単なる制服交換でどう? と訊かれましたが、女子が男子に、男子が女子になる道の他にどういう制服交換があると?
「制服と言ったら制服だよ! 制服そのものを交換しちゃえば全て解決、無問題ってね!」
こっちの世界にもシャングリラは存在しているだろう、と指を一本立てるソルジャー。
「でもって、シャングリラのクルーには制服がある筈だ。ぼくの世界のとそっくり同じなデザインのヤツが、男子用のと女子用のでね。…そうだろ、ブルー?」
「あ、うん…。それはあるけど…?」
「そのシャングリラのクルーの制服を着ればいいんだよ、君たちは! 男子は男子用、女子は女子用! 制服のサイズ、それこそ簡単にどうとでもなると思うんだけど!」
借りて来るとか作るとか…、と言ってますけど、そんな制服でパーティーですか?



シャングリラのクルーの制服を着てクリスマスパーティーなんだ、と提案されても、どう素敵なのかがサッパリ謎です。あれを着ただけで宇宙の旅に出られるわけじゃなし、シャングリラ号に乗れるわけじゃなし…。
「分かってないねえ、君たちの制服はオマケだよ! テーマは制服交換だってば!」
ぼくはハーレイと交換するんだ、とソルジャーはニッコリ微笑みました。
「価値観を見詰め直すっていうイベントだったろ、制服交換! だからね、ぼくはハーレイが着ているキャプテンの制服を着るんだよ。そしてハーレイがぼくの服を!」
「「「そ、それは…」」」
笑う所なのか、感心するべき所なのか。どう反応を返せばいいのか悩んでいたら、ソルジャーが。
「そこは笑えばいいんだよ! ぼくの世界のシャングリラでだって、大いに笑いが取れる筈だし、今年のクリスマスはコレで決まりだよ、制服交換!」
まずは自分の世界で笑いを取って…、と算段しているソルジャーのクリスマスのスケジュールは、毎年お決まりのパターンでした。自分の世界で昼間にパーティー、それから抜け出して私たちの世界で豪華なディナーパーティー。
クリスマス・イブの翌日、クリスマスは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」の誕生日ですから、パーティの後はそのままお泊まり、次の日が合同バースデーパーティーという運びです。
「ぼくとハーレイの制服交換は、ぼくのシャングリラで披露してから、こっちでも! 今年のクリスマスパーティーのテーマはコレにしようよ、絶対、楽しく遊べるから!」
「…君の方はそれでいいんだけどねえ…」
ぼくの立場はどうなるのさ、と会長さんがぼやきました。
「クリスマスパーティーには、ハーレイも毎年来ているんだよ? 君が制服を交換するのは勝手だけどねえ、ぼくはハーレイなんかと交換する気は無いからね!」
誰が着るか、と吐き捨てるような台詞が口から。
「あんなスケベな男の制服、ぼくは着たいと思わないから! ぼくのサイズで新しく仕立てた服であっても、デザイン自体は変わらないんだし!」
間違ったって着たくない、と顔を顰める会長さんに、ソルジャーが。
「着たくないものは別に着なくていいと思うよ、ぼくも着ろとは言わないし…。君の場合もシャングリラの制服を着ればいいんだ、いわゆるソルジャーの衣装ってヤツを」
普段は学校の制服なんだし…、と言われれば一理ある話。私たちだって学校の制服の代わりにシャングリラのクルーの服だというんですから、会長さんだってソルジャーの服でいいわけです。でも、そんなパーティーで楽しいですかねえ、ソルジャー夫妻は楽しそうですが…。



ソルジャーとキャプテンが制服を取り替えた姿は一見の価値があるとは思えるものの。他の面子は一見の価値があるのか無いのか、なんとも微妙な所です。
「えーっと…。キースにシャングリラのクルーの服っていうのは…」
似合うかな? とジョミー君が首を傾げて、キース君が。
「同じ着るなら、シド先生のがいいんだが…。上着付きなのがカッコイイしな、あれを希望だ」
「ああ、アレな! キースに似合うかもしれねえなあ…!」
俺は普通のヤツでいいかな、と頷くサム君。
「上着は欲しいと思わねえしよ…。別にどれでもかまわねえかな、袖の模様があっても無くても」
「ぼくは模様が欲しいですねえ、あの羽根の形のマークでしょう?」
ちょっと違うのがいいんですよ、とシロエ君。そういえば、アレってブリッジクルーの制服にしか付かないヤツだったかな?
「私はタイツがある方がいいわ、タイツ無しのは脚に自信が無いからいいわよ」
それにスカート丈が短すぎるんだもの、とスウェナちゃん。私だって同じのを希望です。タイツの有無は大きなポイント、タイツ無しなんて着こなす度胸はありません。
そんな具合で盛り上がったものの、こんな程度で楽しいクリスマスになるのでしょうか?
「なるに決まっているじゃないか! テーマは制服交換なんだし!」
若干一名忘れているよ、とソルジャーが。
「こっちのハーレイが交換する制服、誰も話題にしていないしね?」
「それは鬼門だからだろう!」
ブルーの手前、とキース君がズバリ。ソルジャー夫妻がお互いの制服を交換する以上、教頭先生が着る服は会長さん専用のソルジャーの衣装というヤツです。会長さんは交換を拒否してソルジャーの衣装を選びましたし、それはすなわち、ソルジャーの衣装が大小で揃うというわけで…。
「ええっ? なんでそういうことになるわけ、ソルジャーの衣装が二セットだなんて!」
それはカッ飛び過ぎてるから、とソルジャーは即座に否定しました。だったら、教頭先生が着る制服はキャプテンの服になるわけですか? ますます面白味に欠けているような…。
「君たちはホントに頭が固いね、もっと柔軟な発想ってヤツは出来ないのかな?」
テーマは制服交換だよ、とソルジャーがズイと膝を乗り出し。
「元々は男子と女子の制服を交換しようってイベントなんだろ、ハーレイもしかり!」
「「「はあ?」」」
どういう意味だ、と首を捻るしかない私たち。男子と女子の制服を交換ってトコで教頭先生の名前が出て来る余地は微塵も無いと思うんですがねえ…?



「固い! 君たちの頭は固すぎる!」
絶望的に固い、とソルジャーは頭を振って派手に嘆いてみせて。
「ハーレイの制服を女子用にしようってコトなんだけどね、誰も考えていなかったわけ?」
「「「え?」」」
教頭先生の制服を…女子用にって、どんな制服?
「決まってるだろう、キャプテンのアレ! ぼくのハーレイも着てるアレだよ、あれの女子用!」
「「「…へ?」」」
そんな制服、ありましたっけ? キャプテンは教頭先生だけですし、女性バージョンは無いと思います。それとも私たちが知らないだけで、ソルジャーの世界のシャングリラ号にはあるんでしょうか? 実は女性の副船長がいたりしますか、あっちの世界は?
「副船長もいなけりゃ、キャプテンの制服の女性バージョンも無いけれど?」
そんなモノは一切存在しない、とソルジャーはアッサリ否定しましたが、それじゃ何処から女子用なんかが出て来ると…?
「これから作るのに決まってるじゃないか、クリスマスパーティーに向けて!」
もちろん基本のデザインとしてシャングリラの女性クルーの制服のラインは崩せない、とソルジャーはグッと拳を握り締めて。
「女性クルーの制服は袖なし、長手袋! そして身体にぴったりフィットで、スカート丈はうんと短め、もう見えそうなくらいの丈で! ハーレイの場合はタイツは無しだね!」
ご自慢の紅白縞のトランクスが見えなくなっちゃうからね、と恐ろしすぎるアイデアがソルジャーの口から飛んで出ました。想像するのも怖そうな服が、とんでもなさすぎるデザインが。
「いいかい、キャプテンの制服をそういう形にアレンジ! 色はあのまま、模様もアレをそのままあしらうべきだと思うんだけどね! マントとかもつけて!」
「…そういう服を作ってハーレイに着せろと?」
考えただけで笑えるんだけど、と会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「ぶるぅが作るか、こっちの世界のプロに任せるか…。とにかく作って、今年のクリスマスパーティーのテーマは制服交換に決まったから、と家に届ければハーレイは着るね!」
それで着なければ男じゃない! とソルジャーがブチ上げ、会長さんも「うん」と。
「ぼくたちも制服交換だから、と言っておいたら間違いなく着るよ、ハーレイだけに。…ぼくもソルジャーの衣装でミニスカートでタイツ無しだとか、自分にいいように解釈してね」
「そうだろう? だから是非!」
これで行こう、とソルジャーがパチンと片目を瞑って、決まってしまったみたいですよ…?



かくして今年のクリスマスパーティーは仮装パーティー、制服交換ということに。私たちはシャングリラのクルーの制服を用意して貰い、キース君は憧れの上着付きを。試着も済ませて、パーティーの日は会長さんの家で着替え用の部屋を貸して貰って…。
「かみお~ん♪ みんな、よく似合ってるね!」
シャングリラ、発進! と飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は幼稚園の制服を着ていました。前から気になっていた近所の幼稚園の制服らしくて、会長さんに買って貰ったとか。
「あのね、幼稚園鞄も買って貰ったの、お弁当袋はアヒルちゃんなの!」
パーティーの時には要らないんだけれど欲しかったから、と御機嫌です。会長さんはソルジャーの衣装をピシッと纏ってパーティー会場のチェックに余念がありません。クリスマスツリーやリースや、御馳走たっぷりのテーブルなどなど。其処へ…。
「メリー・クリスマス! ぼくの方のパーティー、抜けて来たよ!」
「こんにちは。今年もお世話になります」
「かみお~ん♪ ぶるぅ、久しぶりーっ!」
ソルジャーが細身に仕立てられたキャプテンの制服で現れ、キャプテンの方は会長さんのと同じものだとは思えないほど大きなサイズのソルジャーの衣装に紫のマント。「ぶるぅ」はシャングリラのクルーのミニサイズかな、と思ったら子供用の制服があるのだとか。
「うわあ、今年も御馳走だねえ…。テーブル一杯って感じだね」
美味しそうだ、とソルジャーが褒めると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「キッチンにまだまだあるからね! これはホントにちょっとだけなの、全部出したらテーブルの上に乗っからないの!」
今年もみんなで楽しくやろうね、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ぶるぅのお洋服、よく似合ってるね! それにキャプテンとかソルジャーの服も!」
「うんっ! パパとママの服を取り替えたんだよ、取り替えても似合うのが凄いよねーっ!」
流石はぼくのパパとママ! と御満悦な「ぶるぅ」のママが誰かは未だに決まっていませんでした。ソルジャーだとも、キャプテンだとも。その二人は制服交換で取り替えた衣装がすっかりお気に入りのようで。
「ねえ、ハーレイ。この服は笑いを取ったけれどさ、君に包まれてるみたいだねえ…」
こうして着てると、とソルジャーが笑みを浮かべれば、キャプテンも。
「私の方こそ、あなたの中にいるようですよ。ええ、身体ごとすっぽりと…」
「そこの二人!!」
その先を言ったら退場だ、と会長さんの右手にレッドカードが。今の発言、怪しかったかな?



ワイワイガヤガヤ、交換した制服も身体に馴染んで談笑する中、ピンポーンと玄関チャイムの音が響いて、幼稚園児な「そるじゃぁ・ぶるぅ」が駆けて行って。
「かみお~ん♪ ハーレイが来たよーっ!」
「メリー・クリスマス!」
お邪魔します、とコートを着込んで入って来た教頭先生はバッとコートを脱ぎ捨てました。きっと周りの状況なんかは見ていなかったに違いありません。だって…。
「「「わはははははは!!!」」」
ソルジャーばかりか、キャプテンまでが大爆笑。教頭先生はキャプテンの制服の上着だけと言ってもいいようなデザインの服を着込んでいました。裾を延ばしてミニスカート丈、もちろんスカートはちゃんとスカートの形をしています。タイツは無しで足にフィットした黒いブーツ。
上着の袖も袖なしになって、上着と共布の長い手袋、なんとも破壊的な制服はマントと肩章だけが辛うじて原型を留めている状態で。
「…せ、制服交換だと聞いたのだが…!」
自信を持って着て来たのだが、と焦りまくる教頭先生に向かって焚かれたフラッシュ。ソルジャーと会長さんが立派なカメラを構えています。
「はい、ハーレイ! 笑って、笑って! メリー・クリスマス!」
「こっちにもとびきりの笑顔を頼むよ、記念の一枚!」
メリー・クリスマス! と会長さんに微笑み掛けられた教頭先生、条件反射でニッコリ笑顔。たちまち切られるカメラのシャッター、光るフラッシュ。
「いいクリスマスになりそうだねえ…」
あのハーレイだけでワインが何本いけるやら、とソルジャーが笑えば、会長さんも。
「この記念写真をバラ撒くぞ、って言えば小遣い稼ぎも出来るよ、実に素敵なクリスマスだよ」
「バラ撒くのかい? だったら、こういうショットもね!」
床からアオリで撮ってみましたー! とソルジャーはミニスカートの下の紅白縞を激写しちゃったみたいです。教頭先生は何が何だか分からないままに笑顔をサービス中ですし…。
「…誰だ、制服交換なんかを言い出したのは?」
シャングリラ学園の方のイベント、とキース君が額を押さえて、ジョミー君が。
「さあ…? でもさ、この状況を作り出しちゃった犯人はさ…」
アレだよね、と指差す先にキャプテンの制服を纏ったソルジャーという名のカメラマン。教頭先生だけが大恥をかいたクリスマスパーティーの制服交換、もう笑うしかないんですけど…。せっかくのパーティー、食べなきゃ損、損。御馳走に乾杯、メリー・クリスマス!




             制服を替えて・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 新年早々、何故かクリスマスのお話でしたが、そこの所は御愛嬌で。問題は制服交換です。
 すっかり騙された教頭先生、とんでもない姿を披露することに…。視覚への暴力かも?
 次回は 「第3月曜」 2月17日の更新となります、よろしくです~!

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 こちらでの場外編、1月は、元老寺でのお正月に始まりまして、只今、小正月。
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