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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

車の免許

(んーと…)
 ブルーが覗き込んだ新聞。学校から帰って、おやつの時間に。
 ふと目に留まった運転免許を取るための学校、それの広告。新聞に広告を出すほどだから、車の免許。ごくごく普通の、一般人向け。
(宇宙船だと、ホントに学校…)
 多分、飛行機でもそうだろうけれど、パイロット専門の養成学校。そういう所へ入学しないと、運転免許は貰えない。何年間もの勉強と訓練、難関だと聞く試験も受けて。
 新聞に広告を載せるまでもなく、その手の学校は志願者が多い。入学試験があるほどなのだし、車の免許とは全く違う。車の方なら、生徒の方がお客様のようなものだから。
(お金を払えば、誰でも入れて…)
 教えて貰える車の運転。入学試験などは要らない、申し込んでお金を払うだけ。
 後は…、と読んでみた広告。運転免許を手に入れるための方法はどうなっているのだろう、と。
(学校で教えてくれるのは…)
 車の運転に必要な知識、交通ルールなどの教室で学ぶ授業が幾つか。他の時間はひたすら運転、学校の中の練習コースで腕を磨いて、それから外へ。教官を乗せた車で走って、本物の道路で積む経験。これで大丈夫、という御墨付きを貰えば無事に卒業。
 そこまで行ったら、運転免許を発行してくれる所で試験を受ける。合格したら免許皆伝、やっと手に入る運転免許。



 そういう仕組みになっているのか、と広告を眺めて考え込んだ。
 新聞に広告が載っているくらいの自動車学校、お金さえ払えば行ける学校。生徒の方がお客様の学校、きっと親切に教えてくれるに違いない。自分が申し込んだって。
 まだ年齢が足りないけれど。十四歳では門前払いを食らうけれども、免許を取れる年ならば。
 取ろうとも思っていなかった免許、広告のせいで気になったから。
(…免許を取るなら、実技と筆記…)
 そういう試験があるらしい、と最後まで読んでフウと溜息。
 筆記試験なら楽に合格出来そうだけれど、実技が問題。車を上手に動かせないと不合格だろう。自動車学校はそのためにあるようだから。主な授業は車を運転することだから。
(パパは免許を持ってるし…)
 当たり前のように運転している、毎日のように。会社に行くにも、休日に出掛けてゆくのにも。
 運転免許は母も持ってはいるらしい。普段は運転していないだけで。
(いざとなったら乗れるんだよね、ママ?)
 一度も見たことは無いのだけれども、運転免許を持っているなら母も運転出来るのだろう。日常生活では出番が無くても、ドライブの途中で父と交代するだとか。
 長距離ドライブに行くような時は、きっと両親が交代で運転することになる。泊まりで出掛けてゆくような場所へ、車で走ってゆくのなら。
 旅行に行く時は車なんだ、と話をしていた友人たちの家では、両親が交代で乗るらしいから。



(長距離ドライブ…)
 自分が生まれつき弱かったせいで、車で遠出をすることは無い。その日の間に戻れる距離しか、父は車を出そうとしない。しかも往復の時間は短め、長い距離を走ってゆかない車。
 運転する人が交代するようなドライブは、ぼくの家とは無関係、と思った所で気が付いた。父に代わって、母が車のハンドルを握る機会は無さそうだけれど。
(…ハーレイとドライブ…)
 運転免許も、車も持っているハーレイ。今の愛車は前のハーレイのマントと同じに濃い緑色。
 そのハーレイと、いつかドライブに出掛けるのだった、自分が大きくなったなら。
 前の自分と同じ背丈に育った時には、助手席に乗せて貰ってドライブ。最初の目標は隣町にあるハーレイの両親が住んでいる家で、この町を出てゆく一番の遠出。庭に夏ミカンの大きな木がある家まで出掛けてゆくことが。
 それが目標なのだけれども、ドライブが普通になって来たなら、もっと遠くへも。
(牧場だとか、海だとか…)
 美味しい卵が食べられる牧場や、アイスクリームや牛乳で名高い牧場。そういった所へ出掛けてゆこうと約束に指切り、青い海だって見に行く予定。前の自分が焦がれ続けた地球の海を見に。
 他にも色々交わした約束、それを果たしに出掛けてゆくなら、長距離ドライブもあるだろう。
 海はともかく、アイスクリームや牛乳で知られた牧場までは遠いのだから。
(…運転免許、取っておかないと駄目?)
 ハーレイに代わって、自分が運転するのなら。
 運転する人が交代しながら走ってゆくのが、長距離ドライブというものならば。
 少なくとも友達の家の場合は、両親が運転を代わるもの。車で遠出をする時には。



 おやつを食べ終えて、部屋に帰って。
 勉強机の前に頬杖をついて、考え始めた運転免許。さっきの新聞に載っていた広告。運転免許を取るのだったら、まずは自動車学校だけれど。誰でも入学出来るのだけれど…。
(運転免許…)
 自分なんかに取れるのだろうか、筆記試験はクリア出来ても問題は実技。運転技術を見る試験。自動車学校で教えて貰える技術だけれども、ハンドルを握って車を動かす、そこが問題。
 運動神経は無いに等しいし、反射神経も怪しい自分。
 自動車学校の練習コースで車に乗っても、きちんと走ってくれるのかどうか。教官が「こう」と指示した通りに、動かせる自信がまるで無い。車も、ハンドルを握っている手も。
 取れるという気が微塵もしない運転免許。自動車学校に通ってみても。
(前のぼくなら…)
 マシだったろうか、と思い浮かべたソルジャー・ブルー。
 生身で宇宙空間を駆けて、人類の輸送船から物資を奪い続けていた自分。最後はメギドも沈めたくらいで、それは素晴らしい伝説の戦士。大英雄になったソルジャー・ブルー。
 あの頃ならば、と思ったけれども、今と同じに弱かった身体は、運動神経と言うよりも…。
(サイオンが頼り…)
 障害物だらけの宇宙空間を、凄い速さで飛べたのも。
 テラズ・ナンバー・ファイブと互角に渡り合えたのも、全てサイオンがあったから。サイオンの助けを使って動いて、攻撃だって避けられた。
 メギドへ向かって飛んだ時には、レーザーさえも軽く躱せた。光の速さで飛んで来るのに。
(…あんなのだって、ヒョイと…)
 避けることが出来た、サイオンで捉えたレーザーの光は、速くもなんともなかったから。まるで止まっているようにも見えて、楽々と躱して飛べたから。



 レーザーさえも避けて飛べたのがソルジャー・ブルー。今の自分には出来ない芸当。
(…サイオン無しだと、どうなるわけ?)
 それが無ければ今の自分と大して変わらなかったのだろうか。伝説の戦士も、運転免許を取りに行ったら挫折するのか、それとも見事に合格なのか。
 前の自分に運転技術はありそうだろうか、と遠い記憶を手繰ってみたら…。
(そうだ、シミュレーター!)
 あれがあった、と思い出した。白い鯨に改造する前のシャングリラで使ったシミュレーター。
 ハーレイがキャプテンに就任した後、それで練習していたから。「操舵は出来なくてもいい」という条件でキャプテンに就任したというのに、操舵を覚えようとしていたハーレイ。
 練習中の所へ見学に出掛けて、前の自分も挑んでみた。シミュレーターのスイッチを入れて。
(…ぼくの方が、ずっと…)
 ハーレイよりも上手かった。シミュレーターを使って、シャングリラを操縦するということ。
 初めて挑戦したというのに、ハーレイよりもずっと。スピードもぐんぐん上げられたほどに。
(あれくらい、簡単…)
 最初の間はハーレイよりも上手かったから、と自信を覚えた運転技術。前の自分だったら、車の免許も楽に取れたに違いないと。宇宙船の操縦技術があったのだから、と。
 けれど、よくよく考えてみたら、あの時だって…。
(サイオン頼み…)
 シミュレーターに次々と表示されてゆく障害物を避けて飛べたのも、スピードをぐんぐん上げてゆけたのも、サイオンで見ていた感覚のお蔭。
 前の自分が器用に使いこなしたサイオン、呼吸するように使えていたから無かった自覚。それを使っているのだと。
 肉眼の代わりにサイオンの目で見て、それに合わせて動かした身体。シミュレーターの向こうの障害物を避けるならこう、とサイオンが伝える感覚のままに。右へ、左へとそれは素早く。
 メギドに向かって飛んでゆく時、レーザーの光を避けた速さで。



 前のハーレイが仰天していた、前の自分のシミュレーターでの操舵の腕前。
 もしも、あそこでサイオンを使わなかったなら。
 純粋に肉体の能力だけで挑んでいたなら、ハーレイに勝利を収める代わりに…。
(シャングリラ、沈没…)
 そういうメッセージが画面に表示されていただろう。
 障害物接近の警告音が何度か鳴り響いた後で、あっさりと。シミュレーターのスイッチを入れて間もなく、一番最初の小惑星か何かにドカンと派手に衝突して。
 なにしろ前の自分の場合も、運動神経も反射神経も、今と同じにゼロだったから。
 サイオン抜きのソルジャー・ブルーは、ただの虚弱なミュウだったから。
(改造前のシャングリラの時でも、前のぼくには動かせなくて…)
 白い鯨になった後だと、更に難しくなっていたろう操船方法。
 あの時代のどんな宇宙船よりも、シャングリラは巨大な船だった。ミュウの箱舟、世界の全てを乗せておくには必要だった大きな船。世界最大の生物とも言われる、本物の鯨さながらに。
 それほどの船を動かすとなれば、改造前よりも遥かに上の操船技術を要求されたことだろう。
 ハーレイは楽々と新しい船を操ったけれど。
 サイオンの助けを借りもしないで、逞しい腕と自分自身の勘だけで。
(無免許運転だったんだけどね…?)
 あれはいつだったか、そう言って笑っていたハーレイ。
 「俺は試験をパスしてないぞ」と。
 後の時代に導入された操舵のための試験は受けていないと、キャプテン・ハーレイは無免許運転だったんだがな、と。
 前のハーレイが航宙日誌に書かなかったから、今も知られていない真実。
 免許を持たずに、白いシャングリラを地球まで運んだキャプテン・ハーレイ。



 本当は無免許運転だったけれども、前のハーレイには出来た操船。
 白いシャングリラも、その前の船も、ハーレイは誰よりも見事に操っていた。元はフライパンを持っていたのに、厨房出身だったのに。
 それに引き替え、前の自分は、伝説のソルジャー・ブルーときたら…。
(ギブリでも無理…)
 サイオンは抜きで操縦しろと命じられたら、どうにもならなかっただろう。シャングリラよりも遥かに小さな、小型艇だったギブリでさえも。
 ジョミーが捕えておいたキースは、初めて目にしたギブリを使って逃げたのに。人質まで取って乗り込んだけれど、フィシスはギブリを操れないから、キースが操縦したギブリ。
 ミュウが開発した船だっただけに、人類が使う宇宙船とは微妙に違っていたろうに。
(…キースにも負けた…)
 初見でギブリの操縦方法を見抜き、シャングリラから逃れたキース。一つ間違えたら、格納庫の壁に激突して終わりだっただろうに。
 メンバーズはプロだと、そういう能力の持ち主なのだと分かっているけれど、それでも悔しい。
 ソルジャーにも操縦出来ないギブリをキースが持ち逃げしただなんて、と。
(…サイオン抜きだと、ホントにキースに負けちゃうんだよ…!)
 メギドを沈めたことはともかく、ギブリの操縦に関しては。
 今の自分よりも遥かに高い能力があった、前の自分でさえもその始末。
 船には乗せて貰うもの。白いシャングリラも、それにギブリも。
 自分ではとても動かせなかった、サイオン抜きでは無理だった。分かっていたから、挑戦さえもしないで乗せて貰っていただけ。ハーレイやシドや、操舵のプロたちが操るシャングリラに。



 これは駄目だ、と頭を抱えた前の自分の運転技術。
 サイオン抜きだと、乗せて貰うしかなかったらしいソルジャー・ブルー。白いシャングリラも、小さなギブリも、誰かに操縦して貰うだけ。自分はそれに乗ってゆくだけ。
 前の自分がそういうことなら、サイオンが不器用な今の自分は…。
(…絶望的だよ…)
 運転免許を取りに行っても、手も足も出ないのに違いない。サイオン抜きの前の自分と、状況はまるで同じだから。運動神経も反射神経も、人並み以下しか無いのだから。
(…運転免許は、最初からサイオン抜きだろうけど…)
 誰もが同じ条件だと思う、タイプ・ブルーだろうが、イエローだろうが。
 人間が全てミュウになっている今の時代は、サイオンは出来るだけ使わないのがマナーで約束。運転免許の試験場でも、きっとサイオンは禁止の筈。使った場合は多分、失格。
(…普通の人なら、サイオン抜きでも取れるのに…)
 母も免許を持っているのだし、普通だったら難しくないのが運転免許を取るということ。広告が出ていた自動車学校、其処に暫く通いさえすれば。
 車を上手に走らせることさえ出来るようになれば、後は試験を受けるだけ。
(ぼくの友達なら、筆記試験を嫌がりそう…)
 「なんで勉強しなきゃいけないんだよ!」と文句を言う姿が目に見えるよう。車の運転を習いに来たのに、教室で授業があるだなんて、と。
 自分の場合は、教室の方が楽なのに。筆記試験だけで運転免許を貰えるものなら、そちらの方が楽なのに。
 自動車学校のメインだという、実地で運転することよりも。学校のコースや本物の道路で、隣に教官が乗った車のハンドルを握ることよりも。
 けれど、実技が要る試験。明らかに運転技術の方が大切、そういう試験なのだと分かる。自動車学校の授業のメインは「運転すること」なのだから。



 今のぼくには取れそうもない、と溜息しか出ない運転免許。前の自分でも無理なのだから。
 そうは言っても、いつかハーレイとドライブに行くなら要るのだろう。
 遠い所へ出掛けてゆくなら、運転免許が必要になる。ハーレイと交代するために。友達の両親がやっているように、交代で運転してゆく車。
 海へ行くにも、牧場へ行くにも、きっと長距離ドライブだから。
(…ぼくでも取れる?)
 運転免許、と不安しか湧いてくれない心。あまり取れそうにないんだけれど、と。
 母でも持っているとは言っても、本当に人それぞれだから。
(…ママの体育の成績、ぼくよりはきっとマシだよね…?)
 運動の方はサッパリだった、と聞いたことなど一度も無い母。人並みの成績は取ったのだろう。運動神経も反射神経もゼロに等しい自分と違って、そこそこの点は。
(普通はそっちで、だから車も運転出来て…)
 自動車学校に通いさえすれば、運転技術をちゃんと身につけ、試験に合格できるのだろう。運転免許を貰える試験に、きっと一回挑んだだけで。
 大多数の人はそうだというのに、自分には無理としか思えないのが運転免許。自動車学校に入学したって、車を運転出来そうにない。
(エンジンはスタートさせられたって…)
 その後が無理、と容易に想像出来てしまった自分の末路。
 遠い昔に前の自分がハーレイに勝ったシミュレーター。あれをサイオン抜きでやったのと、同じ結果になるのだろう。
 シャングリラ沈没というメッセージが表示されるか、車がコースを外れるかの違い。隣に乗った教官が運転を代わってくれなかったら、何処かに衝突して終わり。



 そういう結果が見えているのに、運転免許が必要なのが今の世の中。
 キャプテン・ハーレイが無免許でいられた時代は終わって、普通の車を運転するにも運転免許。それを自分が取れなかったら…。
(ハーレイと一緒にドライブは無理…) 
 運転免許を持っていなければ、交代出来ない車の運転。長距離ドライブには出掛けられない。
 牧場へも海へも出掛けてゆこう、とハーレイと幾つも約束したのに。
 卵が美味しい牧場へ行ってオムレツやホットケーキを端から頼んで食べる予定も、牛乳で名高い牧場の特製アイスクリームを食べにゆくのも、これでは無理。
 日帰り出来る海には行けても、もっと遠い所の海には行けない。海沿いに何処までもドライブを続けてゆけはしなくて、途中でおしまい。「此処までだな」とハーレイが車の向きを変えて。
 自分が運転を交代出来ない以上は、長いドライブは無理だから。
 いつかハーレイとドライブに出掛けるようになっても、行き先は近い所だけ。この町から日帰り出来そうな所、それくらいしか目指せしてゆけない。
 ハーレイと運転を交代しなくていい所しか。ハーレイが行ける所までしか。
 運転免許が取れなかったら、けして行けない長距離ドライブ。
 牧場も、海も、どうにもならない。幾つも幾つも、ハーレイと約束していたのに。



 ハーレイと遠くへ出掛けるためには、運転免許が必要だという現実の壁。途中で運転を代われる資格を持っていないと、長距離ドライブには出掛けられない。
 牧場も海も、沢山交わした約束はどれも叶わない。
(ぼくの夢…)
 前の自分が夢見た地球には来られたけれども、その地球の上で幾つも描いた新しい夢。
 それがすっかり駄目になりそう、とガックリと肩を落とした所へ聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたけれど、無くなってしまったハーレイとの未来。
 いつか大きく育ったとしても、二人で行けない長距離ドライブ。あんなに夢を見ていたのに。
「どうしたんだ、お前?」
 なんだか元気が無さそうだが、と鳶色の瞳で覗き込まれた。何処か具合でも悪いのか、と。
「……運転免許……」
「はあ?」
 お前の年ではまだ無理だろうが、自動車学校にだって入れないぞ?
 申込書を貰うどころか、「お家の人は?」と訊かれるだろうな、そいつを貰いに行ったらな。
 何を考えているのか知らんが、どうして元気が無くなるんだか…。
 取れる年になってから続きを考えるんだな、その方がよほど建設的だ。



 そこまでにしろ、とクシャリと撫でられた頭。伸びて来た大きな褐色の手で。
 けれど、その手の持ち主との未来がかかっているのが運転免許。取れなかったらドライブの夢が殆ど砕けて消えてしまうのに、どうやら自分は取れそうになくて。
「…取れる年になっても無理そうなんだよ…」
 ぼくは試験に受からなくって、運転免許は貰えないと思う…。
「そうなのか? そいつは考えすぎだと思うぞ」
 大抵は一度で受かるモンだし、一度目で落ちても二度目くらいで通ると聞くが…。
 落ちる理由は筆記試験で、お前だったら簡単だろうと思うがな?
 お前の成績、トップだろうが。…覚える中身が違ったくらいで、試験に落ちはしないだろう。
 今から心配していなくてもだ、自動車学校の教科書を見たら直ぐに覚えるさ、お前ならな。
「筆記試験はいいんだけれど…。そっちは心配してないんだけど…」
 実技試験が無理なんだよ。
 だって、車を運転出来なきゃ、実技試験はパス出来ないでしょ?
 …試験会場にだって行けないと思う、自動車学校で失敗ばかりで、ちっとも卒業出来なくて。
「おいおい、実技って…。前のお前は俺よりも腕が上だったが?」
 凄い才能を持っていたくせに何を言うんだ、俺は今でも覚えているぞ。
 俺が悪戦苦闘していた、シャングリラにあったシミュレーター。あれを鮮やかに操ったろうが、障害物を避けてスピードを上げて。…しかも初めてだったくせに。
 まあ、車ではなかったが…。
 宇宙船な上に、シミュレーターで、実地だったわけではないんだが…。
 車よりも宇宙船の方が遥かに操縦が難しいんだし、お前なら車の運転くらいは簡単なモンだ。
 大船に乗った気持ちで行ってくるといい、きっと初日からスイスイ走れるだろうからな。
「…あれはサイオンだったんだよ…!」
 前のぼくがシミュレーターを使ってた時は、サイオンの目で見ていたみたい…。
 ぼくの身体もサイオンに合わせて動いていたから、凄い速さで動かせんだよ、シミュレーター。
 サイオン抜きでやっていたらね、アッと言う間に警告音が鳴って、それでおしまい。
 ハーレイにはとても敵わなくって、シャングリラ沈没って画面が出てたよ、絶対に…。



 だから今だと絶対に無理、と打ち明けた。
 サイオンの助けが無かった時には前のぼくでも無理なんだから、と。
「…前のぼくでもサイオン抜きだと、シャングリラどころかギブリも無理だよ…」
 動かせやしないよ、どう頑張っても。
 …運転免許の試験でサイオンはきっと禁止だろうから、前のぼくでも運転免許は取れなくて…。
 今のぼくだともっと無理だよ、前のぼくより駄目で弱虫…。
 前のぼくなら、取らなきゃ駄目だってことになったら、頑張ると思う。どんなに下手でも、車が運転出来るようになるまで、諦めないで挑戦して。
 …でも、今のぼくは前のぼくほど強くないから…。きっと免許は取れないんだよ。
「ふむ…。おおよその事情は分かったが…」
 お前には運転の才能が無くて、運転免許は取れそうにない、と。
 それは分かったが、どうして元気が無くなるんだ?
 運転免許が無くても問題無いだろうが。俺は免許を持ってるんだから。
 キャプテン・ハーレイは無免許だったが、今の俺はきちんと持ってるってな。ただし、車の免許なんだが…。宇宙船にも、普通の船にも乗れない平凡なヤツなんだが。
 それでも免許はちゃんとあるから、お前を車に乗せてやれるし、何の問題も無い筈だぞ。
 お前は隣に乗ってりゃいいんだ、運転免許を持ってなくても。
「だけど、ドライブ…」
 普段はそれでかまわなくても、ドライブに行く時に困るんだよ。
 ぼくが免許を持っていないと、絶対に、いつか。
 最初の間は、近い所へ行くんだろうから大丈夫だけど…。何度もドライブに行き始めたら。



 遠い所まで行けないんだもの、と訴えた。
 長距離ドライブは交代しながら走るものでしょ、と。
「ぼくの家では行かないけれども、ぼくの友達、家族で遠くまで車で行くから…」
 そういう友達が何人もいるよ、誰の家でも交代で運転して行くんだよ。遠い所へ出掛ける時は。
 お父さんとお母さんが交代しながら運転なんだよ、何処の家でも。
 …だから、ハーレイと遠い所までドライブしようと思ったら…。
 ぼくが交代出来ないと駄目で、運転免許を持っていないとハーレイと交代出来なくて…。
 いろんな所へ行けなくなっちゃう、いつか行こうね、って約束した場所。
 卵が美味しい牧場だとか、海に行こうとか、沢山、沢山、ハーレイと約束してたのに…。
 どれも無理だよ、ぼくが免許を持っていないと。
 それなのに免許は取れそうもなくて、ハーレイとドライブ出来ないんだよ…。
「なんだ、そんなことか」
 それでションボリしてたってわけか、約束がパアになっちまう、と。
 心配は要らん、俺を誰だと思ってるんだ?
 最初からお前をアテにはしてない、運転を代わって欲しいと思ったこともない。
 本当にただの一度もな。
 俺が行こうと約束している場所へ出掛ける時には、俺が運転して行くんだ。
 牧場も海も、俺が運転してってやるから、お前は隣に座っていろ。
 遠すぎて疲れちまった時には、眠っていたってかまわない。着いたら俺が起こしてやるから。
 安心して俺に任せておけ、とハーレイは微笑んでくれるけれども。
 友達が何度も、「長距離ドライブの時は交代しながら走るんだぜ」と話していたから。
「それじゃハーレイ、疲れてしまうよ」
 ずうっと一人で運転してたら、ハーレイがヘトヘトになっちゃうよ…?
 そうならないように早めに交代しなくちゃ駄目だ、って友達はみんな言ってるよ…?
 次は此処まで、って先に決めておいて、其処に着いたら交代なんだ、って。
「普通はそうかもしれないが…」
 俺は違うな、普段からしっかり鍛えてあるし…。交代なんぞは要らないんだ、うん。



 前の俺でもシャングリラの舵を握り続けて何時間でも立ちっ放しだ、と言ったハーレイ。
 誰にも代わって貰わないで、と。
「任せられるヤツが無かった時には、そうだった。俺が一人でやっていたんだ」
 此処は俺しか抜けられないな、と思った小惑星だらけの場所だとか…。
 アルテメシアに着いた後にも、雲海の様子が怪しい時には俺だったろうが。
 雲の流れがどうなりそうかが分からないのに、他のヤツらに任せられると思うのか?
 ウッカリ雲から出ようものなら、シャングリラがいるとバレちまう。…運悪く監視衛星なんぞに捉えられたら、それで終わりだ。
 ステルス・デバイスが常に完璧だとは限らないしな、そういう時に限って不具合が出るのが世の常だろうが。こんな筈ではなかったのに、では済まされない。
 だから誰にも任せなかったな、俺が一人でやり続けた。…何時間でも、俺一人だけで。
「そういえば…。ハーレイ、何度もやってたっけね」
 シャングリラを動かせる仲間は他にもいるのに、休みもしないで。
 「代わりますから」って誰かが言っても、「私がやる」って舵を握ったままで…。
 ホントのホントに立ちっ放しで、何時間でも一人で動かしていたんだっけね、シャングリラを。
「ほらな、経験だけはたっぷりあるんだ。前の俺の頃からの積み重ねがな」
 今の俺だって、何時間でも運転出来るぞ。…もっとも、今の俺の場合は遊びだが。
 何処まで休まずに運転出来るか、仲間と競っていたこともあるし、一人で挑んだこともある。
 キャプテン・ハーレイ並みの記録も幾つもあるがだ、そこまでの無茶をしなくても…。
 ドライブに行こうと言うんだったら、やっぱり休憩しないとな。
 乗ってるお前も疲れちまうし、適当な所で一休みだ。
 休憩場所なら、今の時代は何処でも山ほどあるだろうが。雲海や宇宙じゃないんだからな。
 道端にもあるし、ちょっと外れた所にも。
 車を停めて休むための場所には不自由しないぞ、シャングリラの頃とはまるで違って。



 休憩しながら運転してゆくなら、シャングリラよりも遥かに楽だ、とハーレイは笑う。
 車を停めたら飯も食えるし、コーヒーだって、と。
「シャングリラで舵を握ってた時は、不眠不休どころか食えなかったぞ、飯なんか」
 舵を握りながら飯を食ったら、大変なことになっちまう。
 ただでも少しの狂いってヤツが命取りなのに、片手で舵を握れるか?
 しっかり両手で握らなくちゃいかん、飯も駄目だし、コーヒーも駄目だ。
 誰かが口に入れてくれるというのも無理だぞ、そのタイミングで何かあったら終わりだからな。
「そうだっけね…」
 ハーレイ、ホントに一人で舵を握ってて…。
 食事もしないで、何時間でも立っていたっけ。…他の仲間じゃ駄目だ、って。
 ハーレイが頑張ってくれていたから、シャングリラは無事でいられたんだよね、いつだって。
 小惑星にぶつかりもしないで、雲海から出ちゃうことも無くって。
 …思い出したよ、そういう時の前のハーレイを。
 ちっとも疲れた顔はしないで、いつでも真っ直ぐ前を見ていて…。
「思い出したか?」
 そいつが前の俺の場合で、文字通り船の仲間の命が懸かっていたわけで…。
 あれに比べりゃ、今の時代は天国みたいなものだってな。何時間も一人で運転するのも、遊びで出来るという時代。誰の命も懸かっていないし、そりゃあ気楽なドライブだ。
 そういうドライブで鍛えた俺がだ、お前を乗っけて長いドライブに出掛ける、と。
 もちろん途中で休憩しながら、お前が行きたい所までな。



 牧場でも海でも、何処へだって…、とハーレイがパチンと瞑った片目。
 そのために俺の車がある、と。
「安心しろ、俺が乗せてってやる。お前の居場所は俺の隣だ」
 お前が免許を持っていなくても、俺と交代出来なくても。
 交代して欲しいと思いもしないし、休憩するのもお前のためだな。俺だけだったら、何時間でも休まずに走ってゆけるんだから。
 お前が疲れてしまわないよう、適当な所で休憩しよう。飯を食ったり、何か飲んだり。
 間違えるなよ、俺が疲れたから休むんじゃない。お前とゆっくり過ごすために車を停めるんだ。走りっ放しじゃ、お前は絶対、疲れちまうに決まっているんだから。
 俺が「寝てろ」と言っておいても、お前は起きていそうだからな。眠くなっても、目を擦って。
 お前を休ませるために、お前の顔をじっくり見ながら話すために車を停めて休憩。
 それが済んだら、また走るわけだ、長いドライブの続きをお前と一緒に。
 いいか、俺はお前を乗せて走りたいんだ、今度こそ。
 前のお前を地球まで連れて行ってやれなかった分、お前と二人の今だからこそ。
 俺たちだけのためのシャングリラで、長距離ドライブといこうじゃないか。
 お前は隣に乗っているだけで、俺と交代なんかはしないで。



 だから運転免許は取らないでいてくれた方が俺は嬉しい、とハーレイが言ってくれたから。
 「お前が欲しいと言うんでなければ、それは要らん」と笑顔を向けてくれたから。
 心配は綺麗に消えてしまって、代わりに夢がまた一つ増えた。
(…長距離ドライブに行くなら、休憩…)
 そのための場所には色々な食べ物があるらしいから、それを目当てのドライブもいい。
 行き先は決まっているのだけれども、其処までのルートを色々選んで。
 これを食べたいからこっちで行こうとか、これも食べたいから、帰りはこっちの道だとか。
 きっと楽しいドライブになる。何処へ行くにも、其処から帰ってくる時の道も。
 いつか大きく育った時には、ハーレイと二人で長いドライブに出掛けよう。
 運転免許は持っていなくても、ハーレイの代わりにハンドルを握って走れなくても。
 それは要らないと、頼もしい言葉を貰ったから。
 遠い昔にシャングリラの舵を何時間も一人で握り続けた、ハーレイが運転してくれるから。
 いつか二人でドライブに行こう、牧場へ、海へ、素敵な楽しい行き先に向けて。
 ハーレイが運転してゆく車で、二人のためだけに走ってくれる車に変わったシャングリラで…。




            車の免許・了

※前のブルーが素晴らしい腕前を発揮した、操船用のシミュレーター。実はサイオンのお蔭。
 サイオンが不器用な今は車の免許も無理そうですけど、心配無用。運転手は、ハーレイ。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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