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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ハマグリの遊び

「日本には昔、貝合わせという遊びがあって、だ…」
 古典の授業とまるで重ならないこともないな、とハーレイが始めた得意の雑談。生徒が集中力を切らさないよう、授業の途中に挟み込まれる。居眠りしそうだった生徒もハッと目覚める、楽しい話や珍しい話。
 今日は何かな、とブルーの心も浮き立った。貝合わせとは、どんな遊びだろう?
(貝を使って遊ぶんだよね?)
 何をするのかと続きを待ったら、女性が遊ぶものだった。遠い昔に、ハマグリの殻で。
 貝は左右で一組になって、中には同じ絵が描いてあるもの。その片方を伏せてズラリと並べて、もう片方は一枚ずつ出す。その一枚とピタリと合う貝、それを探すのが貝合わせ。
 伏せてあるから中の絵が見えるわけなどはないし、貝殻の模様だけを頼りに。ハマグリを使った神経衰弱、そういった遊びらしいのだけれど。
「これがなかなか難しかったらしい。分かりやすい模様の貝ならいいんだが…」
 紛らわしい模様の貝も多くて、これだと思ってもハズレだとかな。
 そしてだ、中に絵なんか描いてなくても貝合わせは出来ないこともない。お前たちが家で遊んでみたいんだったら、まずはハマグリ集めだな。数さえ揃えば真似事は出来る。
 絵を描かなくても遊べる理由は、ハマグリだ。別の貝とは、絶対にピタリと合わないからな。
「そうなんですか?」
 同じサイズならいけそうですが、と飛んだ質問。ハーレイは「無理だ」と直ぐに答えた。
「疑うんなら、試してみろ。ハマグリを食った時にでも」
 俺だって、こいつを知った時には試してみたんだ、幾つもな。
 今度こそは、と合わせてみたって、カチリと嵌まりはしなかった。元から対の貝以外はな。
 だからだな…。



 他の貝とは、決して合わないらしいハマグリ。
 まるで夫婦のようだから、と遊び道具から嫁入り道具に昇格したのが貝合わせの貝。綺麗な絵を描かせて、貝桶と呼ばれた専用の豪華な箱までつけて。
「貝も立派なら、貝桶も実に立派だったそうだ。嫁入り道具の花形ってトコだ」
 大名は知っているだろう。大名の家の嫁入り道具は山のようにあったわけなんだが…。その中で一番大切なヤツが、貝合わせを詰めた貝桶なんだ。
 嫁入り行列の先頭を飾って、着いたら真っ先に引き渡された。他にも道具はあるのにな。
「へえ…!」
 遊び道具が一番ですか、と驚くクラスメイトたち。もちろん、ブルーも驚いたけれど。
 嫁入り道具なら、もっと高価な物も沢山あっただろうに。生活に欠かせない物も山ほど。なのに貝桶、遊びの道具が一番というのが不思議な所。
「遊び道具には違いないんだが…。他の貝とは決して合わない、そこが重要だったってことだ」
 他所の家には嫁ぎません、という意味がこもっていたんだな。他の貝とは合わないんだから。
 一生、相手は一人だけです、と誓いを立てるには持ってこいだろ?
 もっとも、誓いを立てたくっても、庶民には無理なものだったんだが…。どうしてかって?
 貝合わせの貝も、貝桶の方も高すぎてな、という締め括り。
 特権階級の遊び道具だった貝合わせ。
 そういう遊びが生まれた時代も、嫁入り道具になった時代も。
 ハマグリの中に絵を描かせるなど、庶民にはとても出来ない贅沢。立派な貝桶を誂えることも。



 初めて知った、貝合わせという遊びや嫁入り道具になった貝桶。
 面白かった、と聞いて帰ったら、夕食のテーブルでバッタリ出会った。その貝殻に。
 ハーレイは帰りに寄ってくれなかったけれど、食卓に出て来たハマグリの酒蒸し。深めの大きな皿に盛られて、ホカホカと湯気を立てるハマグリ。
(…ハマグリ、出ちゃった…)
 貝殻だけがあったら遊べる、とハーレイが話した貝合わせ。中に絵などは無いハマグリでも。
 他の貝殻とは合わないのだから、家で試してみればいい、と。
 タイミング良く出会ったハマグリ。自分の皿に取り分けて食べる間も、なんとも気になる。他の貝とは合わないのかと、どれも似たような大きさなのに、と。
 幾つか食べて殻が増えたら、我慢出来なくなってしまって。
「んーと…。このハマグリ…」
「どうしたの、ブルー?」
 お腹一杯になっちゃったの、と母が訊くから、首を横に振った。
「ううん、そうじゃなくて…。ハマグリの殻」
 食事中だし、お行儀が悪いとは思うんだけど…。この殻、くっつけてみてもいい?
「えっ? 殻は元からくっついてるでしょ、二枚ずつ」
「それを外すんだよ。…外した貝殻、他のとくっつけてみたいんだけど…」
 他の貝でもくっつくかどうか、と中身を食べてしまったハマグリの殻をつついたら。
「なんだ、ハーレイ先生か?」
 また面白いことでも聞いて来たのか、と父の瞳が笑っている。
「分かっちゃった?」
 今日の授業で教わったんだよ。…授業じゃなくって、雑談の時間だったけど…。
 でもね、古典と無関係でもないかもな、って。だって、日本のずっと昔の遊びだから。



 ハマグリを使った遊びなんだよ、と貝合わせの説明をしながら幾つかの殻を外してみた。二枚で一組、それをパキンと切り離して。似たような大きさの貝を選んで。
 さて…、と合わせにかかったハマグリ。模様は無視して、大きさだけが同じようなのを。
 けれど合わない、重なるようでもピタリとくっついてはくれないハマグリ。同じ模様のハマグリ同士なら、カチリと微かな音がするのに。隙間なくピタッとくっつくのに。
 あれもこれもと他の貝殻を幾つも外して挑んでみても、貝が違うと確かに合わない。ハーレイが教室で言った通りに、殻だけあったら貝合わせを始められそうなほどに。
「面白いもんだな、それだけあっても駄目なのか」
 パパはその遊びは知らなかったし、試してみたことも無かったなあ…。
 何度もハマグリ、食べたんだが。
「ママもちっとも知らなかったわ、お料理の後に捨てちゃったハマグリは沢山あるのに」
 あのハマグリの殻を全部残してあっても、やっぱり一つも合わないのよね?
 ずうっと昔に大勢の人が試してみたから、そんな遊びが出来たわけだし…。
「ぼくもホントにビックリしちゃった…」
 これとこれなんかは、大きさ、ホントにおんなじだよ?
 模様も似たような感じなんだし、くっつきそうに見えるんだけど…。やっぱり駄目。
 面白いよね、そっくりさんでも合わないだなんて。元のこれしかカチッて音はしないんだから。
 これもそれも駄目、と幾つも試して遊んだハマグリ。
 いったい誰がこういう遊びを思い付いたろうと、中に綺麗な絵を描いてまで、と。
 夕食の後で、全部のハマグリの殻を揃えて挑んだけれども、合う貝は一枚に一つずつ。他の貝とピタリとくっつく貝は無かった、ただの一つも。



 せっせとハマグリを合わせて遊んだ次の日は土曜日。
 貝合わせの話を教室でやった、ハーレイが訪ねて来てくれたから。報告しなきゃ、とテーブルを挟んで向かい合わせで早速話した。
「あのね、貝合わせ、やってみたよ」
 本物じゃないけど、ハーレイが言ってた貝殻だけのヤツなんだけど…。
「ほう? もう試したのか、俺が話したのは昨日だぞ?」
 お前、お母さんに我儘を言ったわけではないだろうな?
 遊びたいから、ハマグリの料理を作ってくれ、と。
「違うよ、偶然だったんだってば! …ホントだよ?」
 ママに確かめてくれたっていいよ、ぼくはなんにも頼んでいないよ。晩御飯だ、って呼ばれて、下りて行ったら、ハマグリの酒蒸し…。お皿にドッサリ。
 このくらい、と示したお皿の大きさ。これに一杯、と。
「なるほど、ハマグリの酒蒸しと来たか。それは沢山試せそうだな」
 で、貝合わせをやった結果はどうだったんだ。…他の貝と合う貝ってヤツは見付かったか?
「一つも無かった…。そっくりの貝でも合わなかったよ」
 模様が似ていて、大きさもおんなじようなハマグリ。
 これなら合うかも、って合わせてみたって、カチッと音はしなくって…。
 どうやってもピタリとくっつかなかった、元から一緒だった貝同士はピタッとくっつくのに。



 あんなにあっても全然ダメ、とお手上げのポーズで広げてみせた手。
 沢山あったら、いつかは合うのが見付かるだろうか、と。
「ママは、ハマグリのお料理を何度も作ってくれたんだけど…」
 あの貝殻が全部残っていたって、やっぱり一つも合わないのかな…?
「合わんと思うぞ、そういう貝は一つも無かったんだろう。…ずっと昔から」
 地球が滅びてしまうよりも前から、いろんな人が試した筈だぞ。
 貝合わせの遊びが出来た頃には、今よりもずっと真剣に。
 なにしろ、ハマグリが珍しかった時代なんだ。…貝合わせで遊んだ貴族たちの都は、海が近くに無かったからな。今みたいに気軽に買えやしないし、食べられもしない。
 次にハマグリを食えるのはいつか、まるで分からないわけなんだから…。そりゃあ真剣に探しただろうさ、合いそうな貝があるかどうかを。
 何人もの貴族が頑張って探して、とうとう見付からなかったんじゃないか?
 他のハマグリともピタリと合うヤツ、ついに一つも。
「それで貝合わせが出来ちゃったの?」
 一個だけしか合わないんだから、それで遊ぼうって思い付いたの?
 ハマグリの殻で神経衰弱、やってみたらきっと楽しそう、って。
「多分な、始まりはそんなのじゃないか?」
 最初は絵なんか、描いていなかったかもしれないな。
 とにかく合う貝を探し出すだけで、ハマグリの数も決まっていなくて。



 貝合わせの遊びが生まれた時代。遠く遥かな昔の地球の、日本という国の平安時代。
 海から遠かった平安の都、元々は珍しい貝殻を持ち寄って競う遊びが貝合わせだった。模様や、貝の形やら。より珍しい貝を出した者が勝ち、そういう遊び。
 その時代には、貝合わせは貝覆いと呼ばれていたらしい。誰が始めたかは伝わっていない。中の絵が最初からあったかどうかも、ハマグリの数がどうだったかも。
「そうなんだ…。だけど、他の貝とは合わないってことに気付いて始めた遊びだったら…」
 貝合わせ、ぼくとハーレイみたいだね。…ううん、始まりは貝覆いだっけ。
「はあ? なんで俺たちが貝合わせなんだ?」
 貝覆いの方でも何でもいいがだ、どうやったら俺たちがそれになるんだ…?
「貝合わせの遊びじゃなくって、ハマグリ…。貝合わせに使うハマグリだよ」
 他の貝とはくっつかないから、貝合わせの貝になっちゃったんでしょ?
 中に綺麗な絵を描いて貰って、二枚で一組。他の貝とはくっつかないのが二枚で一組。
 ぼくとハーレイ、それに似てるよ。…他の人とは恋人同士にならないから。
 前のぼくたちだった時もそうで、今だってそう。
 生まれ変わっても、他の人とは絶対、くっつかないんだもの。
 …きっと、無理やりくっつけようとしたって駄目。だから今でも一緒なんだよ。
「それはそうかもしれないなあ…」
 お前以外の誰かを恋人に欲しいと思ったことなんか無いし…。
 前のお前と一緒だった頃にも、そうだったんだし。
 確かにハマグリなのかもしれんな、他の誰とも決してくっつかないんだからな。



 茶色と白の組み合わせなんぞは聞いたこともないが、と可笑しそうなハーレイ。
 そんな色違いになったハマグリなんか、と。
「茶色と白のハマグリ…。無いの?」
 ぼくとハーレイみたいなハマグリ、もしかして探しても見付からないの?
 他の貝と合うハマグリが見付からないのと一緒で、茶色と白のハマグリも無い…?
「どうなんだかなあ…。ハマグリとは違う種類の貝なら、その手のヤツもあるんだが…」
 元々左右で色が違う貝は幾つかあるんだ。
 茶色と白の貝ならホタテ貝だな、あれはパキッと外しちまったらそれっきりだが…。貝合わせの貝に使うのは無理で、お洒落に料理を盛り付けるだとか、そんな風にしか使えないんだが。
 月日貝ってヤツも有名なんだぞ、色が違うから月日貝という名前になった。片方が夕陽のような朱色で、もう片方が淡い黄色で月みたいだ、とな。
 しかし、月日貝もホタテ貝と形が似ている貝だし、貝合わせには使えんなあ…。
「色違いが普通になってる貝だと、貝合わせは無理な形なのかな…?」
 貝合わせをするのにピッタリだから、ってハマグリが選ばれたんだろうけど…。
 茶色と白の貝、ハマグリには無いの…?
 ぼくとハーレイの色をした貝殻、ハマグリだと見付けられないの…?
「さてなあ…?」
 少なくとも俺は見たことが無いな、見たという話も聞いてはいない。
 親父やおふくろが出会ったのなら、何かのついでに俺に話しているんだろうし…。
 友達が見付けても、「こんなのを見た」と実物を持って来そうだぞ。
 しょっちゅう見付かるようなものなら、そういうことにはならないってな。



 ハーレイによると、ハマグリの殻の左右は同じ模様になるのが基本だという。色も同じで模様も同じ。そういう種類の二枚貝。
 たまに左右で違う模様のハマグリが見付かるらしいけれども。
「…それって、ハマグリのミュウなのかな?」
 おんなじ模様のハマグリが普通で、たまに混じっているんなら。
 …今じゃなくって、前のぼくたちだった頃のミュウ。周りは殆ど人類ばかりで。
「いや、どちらかと言えばアルビノだろう」
 お前みたいに色素が抜ける程度のことだな、前の俺たちの時代だとしても。
 前のお前はサイオンがあったから大変だったが、アルビノだけなら問題にはならなかったろう。
 外見が違うというだけなんだし、マザー・システムに睨まれる理由にはならん。
 それと同じだ、模様が違うハマグリも。
 進化したわけじゃないんだからなあ、突然変異というヤツだ。
 珍しいな、と思われはしても、ハマグリってトコは何も変わらん。ミュウと違って。
「そうなの? …それ、ハマグリのミュウじゃないなら…」
 茶色と白のも、あっても良さそうなんだけど…。
 ぼくとハーレイの色のハマグリ、ハーレイ、ホントに聞いたことが無いの…?
「無いなあ、茶色っぽく見えるハマグリだったら知ってるが…」
 白っぽいハマグリも珍しくないが、一つの貝でセットというのは…。
 見たことも無ければ聞いたことだって一度も無いんだ、さっき話した通りにな。



 無いと聞かされたら、俄かに欲しくなってきた。茶色と白のハマグリが。
 他の貝とは決して合わない二枚の貝殻、その片方が茶色のハマグリ。もう片方は真っ白の。
 もしもあったら、自分とハーレイみたいだから。
 生まれ変わっても恋人同士で、他の人とはくっつきもしない、茶色と白の二人だから。
 白い肌の自分と、褐色の肌のハーレイと。それを映したようなハマグリ、茶色と白のが欲しいと思う。他のハマグリとは合わないハマグリ、茶色と白でしか合わない貝が。
「…そういうハマグリ、何処かに無いかな…」
 茶色と白のハマグリがあるなら、大事にするから欲しいんだけど…。
 でも、珍しいのなら、見付けた人が持ってっちゃうかな、くれる代わりに。
「おいおい、そんなの何にするんだ?」
 大事にするって、コレクションとか、そういったものか?
 俺とお前の色だって言うし、お前専用の宝箱にでも入れておくのか?
「違うよ、宝物じゃなくってお守り」
 その二枚だけしか、くっつく貝は無いんだもの。他の貝じゃ駄目。
 だから、ぼくとハーレイが離れないように、お守りにしたいと思わない?
 きっとハマグリが繋いでくれるよ、もう片方の貝とくっつきたいから。
 離れていたって、こっちだよ、って呼ぶと思うよ、もう片方を。



 片方の殻は茶色で、もう片方は白のハマグリ。
 そんなハマグリが手に入ったなら、片方ずつ持っておけばいいよ、と提案してみた。
 ハーレイが白の貝殻を持って、ぼくは茶色、と。
「ぼくの所にはハーレイの色で、ハーレイの所には、ぼくの色の白」
 逆でもいいけど、ぼくは自分の色のを持つより、ハーレイの色のを持っていたいし…。
 ハーレイもぼくの色がいいでしょ、自分の色をした方の貝殻よりかは。
「ふうむ…。俺の色のを持っていたって、少しも嬉しくないからなあ…」
 お前なんだ、と思える色の方が欲しいな、俺だって。白い方のを。
 茶色と白でセットのハマグリの殻を、俺とお前で片方ずつか…。そいつはいいかもしれないな。
 もう片方の貝が呼ぶから、離れないお守りになってくれる、と。
「うん、絶対に離れないお守り」
 何処にいたって、ハマグリが相手を呼んでいるから、ぼくたちも離れないんだよ。
 だって、ぼくたちが離れちゃったら、ハマグリは相手とくっつけないし…。
 それにね、もう片方の貝としか合わないハマグリを持っているんだもの。
 ぼくの恋人はハーレイだけだし、ハーレイとしかくっつかないよ。
 そんな気持ちもこもったお守り、きっと素敵だと思うんだけど…。
 あるなら欲しいな、ハマグリのお守り。
 茶色の方を持っていたいよ、ハーレイには白い方を渡して。



 何処かにあるなら欲しいんだけど、とハマグリのお守りに思いを馳せたのに。
 茶色い貝殻と白い貝殻、それがピタリと合わさるハマグリが欲しいのに…。
「そのお守りは要らないんじゃないか?」
 持っていなくてもいいような気がしないでもないぞ、ハマグリの殻は。
「なんで?」
 ハーレイと離れないお守りなんだよ、大切に持っておきたいじゃない!
 離れちゃっても大丈夫、ってハマグリの殻を片方ずつ。
 ぼくはハーレイの色の茶色で、ハーレイはぼくの色の真っ白。
「…だから要らないと言っているんだ。俺たちは離れはしないだろうが」
 俺が仕事に出掛ける程度だ、離れるとしても。…それは離れる内にも入らん、仕事が終わったら急いで家に帰るんだから。出掛けるのと離れるのはまるで違うぞ、そう思わないか?
 俺とお前は、離れることなど無いだろうが。
 どんな時でも、今度こそは。
 死ぬ時まで二人一緒だろうが、お前がそうしたいと言ったんだから。
 …前の俺たちみたいに離れてしまうことは無いだろ、絶対に。
 俺はお前の手を離しやしないし、何処までも一緒だと誓った筈だぞ、今度こそはな。
 前の俺みたいに、お前を一人で行かせはしない。俺がお前を守ってやるんだ、今の俺には充分な力があるんだから。
 …お前が一人で頑張らなくても、俺が代わりに頑張ってやる。どんな時でも、離れないで。
「だけど、お守り…」
 やっぱり欲しいよ、ハーレイとぼくの色のハマグリ。
 他の貝とは合わないって聞いたら、ハマグリのお守り、欲しいんだけど…。



 ハーレイに教わった貝合わせ。沢山のハマグリの殻で試してみたから、ピタリと合う貝は元から一緒にいた貝だけだ、と分かっている。
 遠い昔には嫁入り道具になったくらいに、他の貝とは合わないハマグリ。
 茶色と白が片方ずつのハマグリは聞いたことも無い、と言われてしまえば余計に欲しい。自分とハーレイのようなハマグリ、茶色と白がセットの貝が。
「…俺はお守りは要らんと言ったが、ハマグリも要らんとは言っていないぞ」
 そういうハマグリが見付かったなら、の話だが…。
 お前と俺とで持つんじゃなくって、一緒に置いておこうじゃないか。茶色と白のを。
 いつも仲良く並べておくとか、くっつけておいてやるのもいい。海にいた時みたいにな。
 その方がハマグリも喜ぶだろうさ、いつでも一緒なんだから。
 離れ離れで持っておくより、二つ一緒に俺たちの家に飾っておこう。俺とお前の色のハマグリ。
 せっかくだからな、中に絵を描くのも悪くはないぞ。
 本物の貝合わせの貝みたいにだ、綺麗に磨いて、好きな絵を描く、と。
「それもいいかも…。ハマグリだって、一緒がいいよね」
 お守りにされて離れ離れになっているより、いつでも一緒。
 隣に並べて置いてあるとか、くっつけて貰う方がいいよね、ずうっと一緒にいたんだから。
 中身の貝をしっかり守って、茶色と白とで、いつも一緒で。



 いつかハーレイと結婚したなら、何処へ行くにもハーレイと二人。
 ハーレイは仕事に出掛けるだけだし、離れるのと出掛けるのは別らしいから。
 それなら茶色と白とがセットになったハマグリの貝殻は、家に飾っておくのもいい。ハーレイが仕事で留守の間は、一人で眺めてみたりして。
(ハーレイと一緒、って、カチッと二つくっつけてみて…)
 ピッタリ合う貝はこの二枚だけ、と撫でてみるのも素敵だろう。ぼくたちみたい、と。
 くっつけて、外して、またくっつけて。
 何度遊んでも飽きないオモチャで、きっと顔だって綻んでくる。とても幸せ、と。
 そう考えたのはいいのだけれども、そのハマグリが置いてある家。
 ハーレイと二人で暮らせる幸せな家は、今はまだまだ手が届かない。
 前の自分と同じ背丈になるまでは。
 結婚出来る年の十八歳になって、ハーレイと結婚するまでは。
(今のぼくには、まだ先の話…)
 十四歳にしかならない子供で、おまけにチビのままだから。
 ハーレイと再会してから少しも、背丈が伸びてくれないのだから。



 これは駄目だ、と零れた溜息。当分、結婚出来はしなくて、ハマグリだって飾れない。
 ハーレイと一緒に暮らす家には置いておけない、茶色と白がセットのハマグリ。
「…ハマグリ、飾るのはいいんだけれど…。素敵なんだけど…」
 まだハーレイと結婚式を挙げられないから、やっぱり離れ離れだよ。
 今日だって、ハーレイ、晩御飯を食べたら「またな」って帰って行っちゃうし…。
 ホントに離れずにいられる日なんか、まだまだずうっと先なんだから…。
 ぼくはこの家にいるしかないから、ハマグリのお守り、持っていたいな、ハーレイの色の。
 結婚した後は二つ一緒に飾っておくから、それまでの間は、お守りに欲しい…。
 ぼくには茶色い方の貝殻、ハーレイは白い方の貝殻。
 探して欲しいよ、そういうハマグリ。…二人でお守りに出来るハマグリ。
「俺が探すのか、そのハマグリを…?」
 見たことも無いと言った筈だぞ、そんな代物をどうやって探せと?
 運良く見付けた人がいたって、珍しいから俺には譲ってくれそうもないが…?
「えーっと、こういうのは…。なんて言うんだっけ、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる…?」
 ハーレイが下手って言うんじゃなくって、数が大切だと思う!
 きっとハマグリが沢山あるほど、見付かる可能性も高くなるんだよ。確率って言うの…?
 だから、ハーレイがハマグリを沢山食べてくれたら見付かるかも!
 酒蒸しの他にも一杯あるでしょ、ハマグリを沢山食べる方法!
「俺に山ほど食えってか!?」
 ハマグリを少しだけ入れるんじゃなくて、ハマグリが主役の料理を山ほど…。
 そうやって探し出せって言うのか、珍品の茶色と白のハマグリ…?



 とんでもないな、と天井を仰いだハーレイだけれど。
 一生分のハマグリを食べる勢いで挑む羽目になるのか、と溜息交じりの苦笑いだけれど。
「それも悪くはないかもな…。ハマグリを食って食いまくるのも」
 今度はお前の手を離さないと決めているから、お前が欲しいと言うのなら…。
 前の俺が離してしまった分まで、俺は頑張るべきかもしれん。たとえハマグリ相手だろうが。
 分かった、お守り、探してやろう。
 片方が茶色で、もう片方が白のハマグリ。…俺たちみたいな色のヤツを。
 見付けられたら、お前に茶色い方を渡してやるから。白い方は俺が大切に持って。
「ホント?」
 探してくれるの、ハマグリのお料理を沢山作って?
 ハーレイだったら、きっと食べ飽きないように上手にお料理出来ると思う…!
 頑張ってね、ハマグリが主役のお料理。ハマグリを幾つも使えるように。
「そうそう毎日、ハマグリばかりは食えんがな…。いくら俺でも、そいつは飽きる」
 好き嫌いが無いのと、料理の素材はまた別物で…。
 ハマグリ地獄は勘弁してくれ、もうシャングリラの時代とはまるで違うんだから。
 とはいえ、努力はしていかないとな、お前の注文のハマグリ探し。
 多分、見付からないとは思うが、心してハマグリを食うことにしよう。
 貝が食べたい気分になったら、ハマグリで満足出来るかどうかを胃袋に訊いて。
「ありがとう! ハマグリ探し、ぼくも手伝うよ」
 ハーレイが頑張ってくれているのに、ぼくだけのんびりしてられないし…。
 ママに色々リクエストするよ、ハマグリを食べてみたいから、って。
「こらこら、気持ちは嬉しいんだが…。お前はやめとけ、疑われるぞ」
 お母さんだって、なんでいきなりハマグリなんだ、と思うだろう。
 ハマグリと俺が繋がってるのは、貝合わせの話でとっくにバレてるんだし…。
 今度は何を始めたのかと質問されたら、お前、ウッカリ言いかねないぞ。
 お守り探しで、茶色と白のハマグリなんだ、と。
 得意になって喋っちまったら、俺とお前がどういう仲かを勘繰られてだな…。



 実は恋人同士じゃないかと疑われちまう、というハーレイの意見は一理あるから。
 自分が茶色と白のハマグリを見付け出したら、大喜びで喋りそうだから。
(…お守りなんだよ、って絶対、言うよね…)
 何のお守りかは喋らなくても、「ハーレイとぼくとで、片方ずつ」とか。
 まだまだチビで子供の自分は、きっとはしゃいで喋るだろうから。
(…ハーレイが言う通り、危なすぎるよ…)
 両親が変だと疑いそうな、ハーレイと自分のためのお守り。茶色と白でセットのハマグリ。
 それを自分で探そうとするのは、今の間はやめておいた方がいいだろう。
 この家で暮らす子供の間は、ハマグリ探しはハーレイ任せ。
 ハーレイが食べたい気分になったら、ハマグリをドッサリ買って貰って。
 ハマグリ地獄にならない程度に、ハマグリの料理を食べて貰って。
(…前のぼく、色々やっちゃったから…)
 前のハーレイがキャプテンになる前、まだ厨房にいた頃に。
 人類の輸送船から奪った食材、それの中身が偏り過ぎて。
 ジャガイモだらけのジャガイモ地獄や、キャベツだらけのキャベツ地獄。前の自分がコンテナの中身を調べもしないで奪った頃は。
 けれど、ハーレイはいつも上手に乗り切ってくれた。調理法などに工夫を凝らして、誰も文句を言えないように。出来るだけ、皆が飽きないように。
(奪い直しに行って来ようか、って言ったのに…)
 必要無い、と言ったハーレイ。「俺がなんとかしてみるから」と。
 あの船で頑張ってくれたハーレイでさえも、ハマグリ地獄は御免らしいのが平和な今。
 ハマグリ地獄に陥らないよう、食べ飽きないよう、ゆっくりハマグリを探して欲しい。
 茶色と白のハマグリを。
 片方の殻はハーレイの色で、もう片方は自分の色をしている素敵なハマグリを。



 そうして、いつか結婚したなら、二人でそれを探してみよう。
 何度も何度もハマグリを買って、美味しいハマグリ料理を食べて。
「ねえ、ハーレイ。…お守りのハマグリ、見付からなくても…」
 見付からないままで、ハーレイと結婚しちゃっても。
 諦めないで探してみたいな、茶色と白のを。ぼくとハーレイみたいな色のハマグリ…。
 家に飾ろうって言っていたでしょ、見付かったら飾っておくんだよ。
 ハマグリのお料理、二人で何度も食べてみようよ、それを探しに。
「もちろんだ。俺も諦めるつもりはないしな、一旦、探し始めたら」
 忘れちまったら話は別だが、覚えていたなら二人で探していかないと…。
 お前が欲しいと思ったハマグリ、俺も見付けてやりたいからな。
 そのためのハマグリ、買うのもいいが…。潮干狩りもいいぞ、海に出掛けて。
 二人でのんびり探そうじゃないか、海の中にいるかもしれないからな。
「あったね、今はそういうの…!」
 小さかった頃に、パパとママと一緒に海でやったよ、潮干狩り。
 とっても大きなハマグリを採ったよ、ぼく、頑張って掘ったんだから…!
 ハーレイと二人で出掛けて行ったら、きっと、とっても楽しいよね。
 前のぼくたちが行きたかった地球の海なんだもの。
 海を見ながらハマグリ探しで、ハーレイと二人で潮干狩りだもの…!



 白いシャングリラで行こうと夢見た水の星。青く輝く母なる地球。
 あの頃の地球は死の星のままで、海にハマグリはいなかったけれど。
 今では青く蘇った地球で、其処にハーレイと二人で来られた。まるで奇跡が起こったように。
 前とそっくり同じ姿で、青い地球の上に生まれ変わって。
 自分たちなら見付けられる日が来るかもしれない、茶色と白のハマグリを。
 ハーレイが「聞いたことも無いが」と首を捻った、左右で色が違ったものを。
 生まれ変わっても、こうして出会えて、一緒だから。
 お互いの他には要らないから。
 他の貝とは決して合わない、ハマグリのように。
 どんなに見た目がそっくりな貝でも、カチリと合わないハマグリのように、お互いだけ。
 だから、見付かるかもしれない。
 ハーレイの色の茶色と、自分の白と。
 そういう殻を持ったハマグリ、左右で色が違った貝が。



「…ハーレイ、茶色と白のハマグリ、見付かるといいね」
 ぼくとハーレイの色のハマグリ。
 いつか見付けて、家に飾っておきたいね…。中に綺麗な絵を描いたりして。
「見付からなくても、俺たちはずっと一緒だろうが」
 わざわざハマグリに頼まなくても、俺にはお前だけなんだ。
 茶色の俺には、白のお前だけしか合わないってな。
 他のを持って来たとしたって、どれも合うわけがないんだから。…ハマグリみたいに。
「ぼくもハーレイだけだよ、ずっと」
 ホントのホントに、ハーレイだけ。
 前のぼくだった頃から、ずっとおんなじ。
 茶色をしているハーレイだけしか、ぼくにはピタリと合わないんだよ。
 きっと、出会った時から、ずっと。
 アルタミラで初めて会った時から、ハーレイとは息が合ったんだもの。
 ハーレイと二人でシェルターを開けて回った時から、ぼくたち、ピッタリ合ってたんだよ。
 あの頃はハマグリ、知らなかったけど…。
 貝合わせなんていう遊びの話も、ちっとも知らなかったんだけど…。
 だけど、あの時から、ずっと茶色と白のハマグリ。
 ハーレイとぼくは、ずっとそういう色の違ったハマグリみたいに、一緒の二人だったんだよ…。



 きっとそうだ、と思えるから。
 茶色と白のハマグリのように、二人一緒に生きていたのだと思うから。
 今度もいつかは一緒に暮らして、幸せに生きて、そして二人で還ってゆこう。
 此処へ来る前にいた場所へ。
 青い地球の上に生まれてくる前、二人で一緒にいただろう場所へ。
 其処で二人で時を過ごして、またいつか二人、地球に戻って来るのだろう。
 いつまでも、何処までも、離れないで。
 何処へ行くにも、還ってゆくにも、ハーレイと二人。
 他の貝とは決して合わないハマグリのように、お互いだけしか要らないから。
 ハーレイには白で、自分は茶色。
 その色だけしか、お互い、欲しいと思いはしない。
 ハマグリのように、相手はたった一人だけ。
 他の相手は要らないから。お互いがいれば、もうそれだけで誰よりも幸せなのだから…。




             ハマグリの遊び・了

※ブルーが欲しくなってしまった、茶色と白の貝殻を持ったハマグリ。お守り用に、と。
 今の二人なら、そんなハマグリにも、出会える日が来るかもしれません。青い地球の上で。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv










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