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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

船とシールド

(雨か…)
 ハーレイが眺めた窓の外。シトシトと庭を濡らしている雨。
 ブルーの家へと出掛ける休日、予報通りに雨の朝。車で行くしかないだろう。雨が降る日に散歩するのもいいものだけれど、あくまで散歩の範囲内。何ブロックも離れたブルーの家だと、散歩と言うよりジョギングコースになりそうな距離。
 歩くのは苦にはならないけれども、濡れてしまいそうな靴や、ズボンの裾や。
 雨脚が強くなった時には、服まで濡れてしまうだろう。シールドを張って防ぐ手段はあっても、今の時代は日常生活ではサイオンを使わないのが立派な大人。人間らしく、と。
(ヒルマンたちは先見の明があったってな)
 遠く遥かな時の彼方で、最初のミュウたちを乗せていた船。箱舟だったシャングリラ。
 其処で「人間らしく」と説いていたのがヒルマンだった。それからエラも。
 何かと便利に使ってしまいがちなサイオン、思念波や、物を動かす力や。それが駄目だと何度も注意していた二人。人間らしく言葉で話せと、手や足は使うためにある、と。
 特に規則は無かったけれども、サイオンを出来るだけ使わないようにしていたシャングリラ。
 今の自分が生きる世界は、あの船の思想とそっくりな世界。
 サイオンは出来るだけ使わないもの、他の手段があるのだったら、そちらを使え、と。
 雨が降ったら、傘を差すもの。シールドで防ぐのはヤンチャな子供か、急ぐけれども傘が手元に無かった大人か。
(…俺もいい年の大人ってわけで…)
 雨が降る日に外を歩くなら、雨傘を差して。シールドは無しで。
 いきなり強く降り出したならば、雨宿りするか、濡れてしまっても歩き続けるか。
 ブルーの家には急ぎたいから、濡れながら歩くことになる。服や靴などがビッショリ濡れたら、迷惑をかけるブルーの母。拭くためのタオルを持って来るとか、着替えの服を出すだとか。
 申し訳ないことになるから、雨の日は車。そういう風に自分で決めた。



 今日は車だ、と視線を投げた庭の向こうにあるガレージ。前の自分のマントの色をした、愛車が其処に入っている。小さなブルーが「ハーレイらしい色だね」と言っている車。
 それの出番が来るのだけれども、問題は家を出る時間。
(早く着きすぎても悪いからなあ…)
 歩いてゆく日と同じに出たなら、いつもよりずっと早く着く。小さなブルーは大喜びでも、母は慌てるかもしれない。朝食の後片付けを済ませて、一休みという時間帯かもしれないから。
(普段通りがいいんだ、うん)
 気配りってヤツだ、と大きく頷く。車で行くなら、出るのは遅めに。
 こういう日もあるから、家を出る時間はちゃんと掴めている。早く来すぎた、と途中の何処かで車を停めなくてもいい時間。此処で五分、といった調整が要らない時間はこれだ、と。
(何度も車で行ってりゃなあ…?)
 自然と覚えてしまうもんだ、と普段の週末よりもゆっくり食べた朝食。
 コーヒーものんびりとおかわりまでして、丁度いい時間に車で家を出たというのに…。



(おいおいおい…)
 なんてこった、と思わず口から零れた言葉。
 一本道の住宅街で前を走っていた車。家が近いのか、元からスピードは出ていなかった。それが目的地に着いたらしくて、悪戦苦闘している車庫入れ。
 道幅はそれほど広くないから、車が道路を塞いでしまった。初心者マークをくっつけた車。
 まさか此処まで下手だったとは、と気付いた時にはもう遅い。逃してしまった別の方へと曲がる道。バックで其処まで戻ってゆくには…。
(…雨の中だし、厄介か…)
 雨水が伝うガラスの向こうは見えにくい。長い距離をバックで戻ってゆくには向かない天気。
 仕方ないな、と待っているのに、なんとも下手なドライバー。
(まだ動かんか…)
 正確に言えば、車は動いているのだけれど。ノロノロと前へ後ろへ、道を塞いで車庫入れ中。
 これは遅刻だな、と溜息をついた。
 とんだ所で食らった足止め、早めに出て何処かで待てば良かった。こうなるのなら。
 「俺が入れてやるから、代われ」と車を降りて言いたいくらいに下手な腕前。
 いつになったら動けることやら、この場所から。



 もう間違いない、ブルーの家に定刻通りに着けないこと。次はどれほど遅刻するかが大問題。
 ほんの五分で済んでくれるか、もっとかかってしまうのか。全ては前の車次第で、ドライバーの腕前次第。全く期待出来ないけれど。
(初心者マークなあ…)
 気付いた時点で曲がるべきだった、後ろをついて走る代わりに。
 こうなることもありますよ、と知らせるために初心者マークがあるのだから。今の自分も免許を取って間もない頃にはつけていたから、目の前の車に文句は言えない。
 もっとも、俺はあれほど下手ではなかったんだが、と呆れるしかない下手なドライバー。
 俺は運転免許を取って直ぐから、迷惑をかけずに運転出来たが、と思った所で…。
(…アレよりも、もっと下手くそなヤツが…)
 俺だったんだ、と愕然とした。
 自動車学校のコースを走った頃から、今の自分は抜群の腕を誇ったけれど。他の車も走る道路へ練習のために出て行った時も、見事なハンドル捌きを披露したのだけれど。
 それはあくまで今の自分で、自動車相手の運転のこと。
 前の自分は下手くそどころか、最悪なドライバーだった。遠い昔に、シャングリラで。



 初心者マークよりも酷かったんだ、と蘇って来た前の自分の記憶。改造前のシャングリラ。
 どういうわけだか、キャプテンに抜擢されてしまった自分。船を動かした経験は無くて、厨房で料理を作っていたのに。
 「船は動かせなくてもいいから」と、ヒルマンやゼルたちに頼まれた。適任だからと、この船を纏めてくれさえしたなら、操舵は他の者がするから、と。
 迷った末に受けたキャプテンの任。前のブルーの力になろうと。
 本当にブルーを補佐したいなら、船を動かせなくてはならない。ブルーがそれを望む場所へと、船を運んでゆけてこそ。
 だから操舵をすると申し出、まずはシミュレーターでの練習から。
 そこそこ経験を積んだ後には、実地で練習することになった。本物の船を自分が動かす。
(…あれが大変だったんだ…)
 当時のシャングリラにはまるで無かった、操舵する者に対する試験。実技も筆記も。
 そんなわけだから、免許取り立てどころか無免許。そういう自分が挑んだ操舵。初心者マークもついていない船で、いきなり宇宙に飛び出した自分。最初から宇宙だったけれども。
 それまで操舵していた者から、「頼む」と任せられた舵。
 ブルーの先導とシールドのお蔭でなんとかなった。生身で宇宙を飛んでゆくブルー、サイオンの青い光を纏って。その後を追い掛けて船を操る、そういう練習が始まったけれど。
 鬼コーチだった前のブルー。
 手加減は全くしてはくれなくて、障害物だらけの空間に突っ込まされた。凄いスピードで。
 懸命に避けた障害物。何度も激しく揺れていた船。
 ぶつかりそうになった時には、ブルーのシールドが守ってくれた。船が傷つかないように。



 何度「駄目だ」と思ったことか。ぶつかる、と心臓が凍ったことか。
 実際は激突するよりも前に、障害物が弾き飛ばされたけれど。ブルーが張ったシールドに触れて木っ端微塵か、あらぬ方へと飛ばされるか。
 とはいえ、障害物が迫って来るのは見えるから。船も激しく揺れるものだから。
(…ブラウやゼルたちも参っちまって…)
 死ぬかと思った、と愚痴を零したブラウやゼル。彼らもブリッジで見ていたから。
 それは酷くて下手くそだった、前の自分の初操舵。
 初めての時は最低最悪、その後も実に酷かった。容赦が無かった前のブルーは、練習の度に酷なコースを選んだから。障害物だの、重力場が歪んだ空間だのと。
 「シールドするから大丈夫だよ」と、「万一の時は船ごと移動させられるから」と。
 本当に何度、シールドに船を救われたことか。障害物を避け損なっては、激突しかけて。
(そうだ、シールド…!)
 白い鯨に改造された後、シャングリラが備えたサイオン・シールド。
 人類軍の攻撃をも弾き返せたシールド、あれは自分が原因だった…!
 思い出した、と手を打つ間も、悪戦苦闘している車。初心者マークをくっつけた車。
 けれども自然と笑みが浮かんだ、「頑張れよ」と。
 お前のお蔭で今日の話の種が出来たぞ、と。
 苛立つ気持ちはもう無かったから、車が車庫に入ってゆくまで見守っていた。
 「長い間すみませんでした」と鳴らされたクラクションに、こちらも応えて走り出すまで。



 すっかり遅刻したブルーの家。
 二階のブルーの部屋に案内されたら、小さなブルーは膨れっ面で。
「…お土産は?」
 ママのケーキが出てるけれども、ハーレイ、お土産、持って来なかったの?
「今日は土産は何も無いが」
 菓子も昼飯になるようなものも…、と返すと唇を尖らせたブルー。
「遅れたんなら、何か買って来てくれればいいのに」
 そういうものでしょ、遅刻のお詫びに。
「もっと遅れた方が良かったのか?」
 評判の高い店まで行ってくるべきだったか、と尋ねてやった。
 少し遠いが、隣町に美味いクッキーの店があるんだが、と。
「隣町って…! ハーレイのお父さんたちが住んでる町でしょ?」
「その通りだが? だからその店を知っているんだ、何度も食っているからな」
 あそこまで買いに出掛けて行ったら、下手をすれば昼頃になるかもなあ…。俺が着くのは。
 美味いクッキー、食べたかったか?
「それは嫌だよ! …美味しいクッキーが嫌なんじゃなくて…」
 ハーレイが来るのがお昼頃になってしまう方…。
 そんなの嫌だよ、遅刻しちゃっても、クッキーは買って来なくていいから…!



 要らない、とブルーが慌てたお土産。美味しいクッキーも、他の物でも。
 着くのがもっと遅れるよりかは、お土産無しの方でいいから、と。
「ホントのホントに、何も持たずに来ていいから…!」
 お土産は、って二度と言わないから、買いに行くより、急いで来てくれる方にして…!
「そう慌てるな。土産は買って来られなかったが…」
 土産話なら持って来たから、そいつでいいだろ。今日のお土産。
「お土産って…。なに?」
 キョトンとしている小さなブルー。赤い瞳を瞬かせて。
「今日の俺だな、遅れちまった理由ってトコだ」
 車のせいで遅刻しちまったんだ。俺の車が動かなかったわけじゃないんだが…。
 いつも通りに家を出たらだ、初心者マークをつけた車が走ってた。初心者マークは分かるだろ?
 そいつが車庫入れに手間取っちまって、俺の行く手を塞いじまった。
 バックで戻ろうにも場所と天気が悪くて、どうにもこうにも…。仕方ないから、車庫に入るまで止まったままで待っていたのさ。
 あそこまで下手なドライバーってヤツも珍しいがだ、頑張ってちゃんと入って行ったぞ。
「…その話の何処がお土産なわけ?」
 何か珍しい車だったとか、そういうの?
 ぼくは車に興味は無いけど、好きな子だったら見掛けただけでも大感激とか…?
「ごく平凡な車だったが? だがな…。あれを見ていたら思い出したんだ」
 下手なヤツだな、と俺も最初は呆れて見てた。同じ初心者マークの頃でも、俺ならもっと上手に運転出来たのに、とな。
 ところが、俺にも下手くそな頃があったんだ。
 今の俺じゃなくて、前の俺だな。…シャングリラを初めて動かした頃の。



 お前がしごいてくれたっけな、と浮かべた笑み。
 初心者の俺に、ハードな操舵をさせやがって、と。
「いきなり障害物だらけの所に連れて行っただろうが、俺が初めて舵を握った日に」
 満足に舵も切れないっていうのに、どうやって避ければいいんだか…。
 船は揺れるし、俺の心臓は縮み上がるし、そりゃあとんでもないモンだった。
 なのに、お前は気にするどころか、練習の度にそういうコースへ連れ出してくれて…。障害物は山ほどあったし、重力場まで歪んでいたわけなんだが…?
「それはそうだけど…。ちゃんとシールドで守っていたよ?」
 船が傷ついたら大変だものね、きちんとシールドしておかなくちゃ。絶対に衝突しないように。
 だから一度もぶつかってないよ、ハーレイが上手く避けられなくても。
「そのシールドだ。前のお前が張ってたシールド」
 土産話はシールドってヤツだ、あの下手くそな車のお蔭でそいつを思い出したんだ。
「えっ? …シールドって…」
 前のぼくが張ってたシールドだよね?
 …今のぼくだと、あんなシールド、張れないけれど…。雨を避けるシールドも無理なんだけど。
「お前が張ってたヤツもそうだが、シャングリラにはサイオン・シールドがあっただろうが」
 元の船には無かったヤツだが、白い鯨になった後には。
 少しくらいの障害物なら弾き飛ばせて、人類軍の攻撃だって、ある程度までは防げるヤツが。
「そうだけど…。それが?」
「あのシールドが船にあったのは、お前と俺のせいなんだ」
 俺たちというコンビがいなけりゃ、あのシールドは生まれていないぞ。
「…なんで?」
 どうしてハーレイとぼくが原因になるの、それに、ぼくたちのせいって…。
 その言い方だと、ハーレイとぼくが悪いことでもやったみたいに聞こえるけれど…?
「間違っちゃいないな、その認識で」
 船を操るのが下手くそな俺と、とんでもない所で練習をさせた前のお前と。
 そいつがシールドの元になったってわけだ、あの下手くそな車を見ている間に気付いたってな。



 ゼルたちがすっかり参っちまったんだ、と両手を広げてお手上げのポーズ。
 前の自分の操舵が上手くなるまでに、何度も衝突を防いだブルーのシールド。ブリッジに悲鳴が響き渡ったのは一度や二度のことではなかった。
 ゼルもブラウも、「スリルどころの騒ぎではない」と頭を抱えた猛特訓。
 「あたしの心臓が持ちやしないよ、早いトコ覚えてくれないかね?」とブラウは言ったし、隣でゼルも睨んでいた。「お前は俺を心臓発作で殺したいのか?」と。
 それほどの目に遭ったゼルとブラウに、たまに見学していたヒルマン。それからエラも。
 彼らは本当に死にそうな思いをしたのだけれども、流石は後に長老と呼ばれたほどの者たち。
 「もう駄目だ」と目を瞑りたくなる度、障害物を弾き飛ばしたシールドのことを覚えていた。
 前の自分が立派に船を操るようになった後にも、忘れないで。
 シールドに何度も救われた命、それから船。
 ブルーのシールドは凄いものだと、自分たちの寿命は縮んだけれども、命は残った、と。



 シールドさえあれば防げるらしい船への衝撃。小惑星に真正面からぶつかっても。
 それを身を以て知ったゼルたち、シールドは役に立つものだと。
 船を守るなら、シールドで包み込むのが一番。障害物を避け損なった時にも傷つかない船。
 けれども、ブルーに常に張らせるわけにはいかない。いくらサイオンが強かろうとも、ブルーが疲れてしまうから。
 何か代わりの方法は無いか、とヒルマンとゼルが始めた研究。
 サイオンを使って船を包み込むサイオン・シールド、それを作り出す方法は…、と。
 ブルーほどの力は誰も持ってはいないとはいえ、船の仲間は全員がミュウ。弱くてもサイオンを持った者たちばかり。
 そのサイオンを一つに纏めることが出来たら、シールドも作り出せるだろう。ブルーの代わりに皆の力で、眠っている間も消えることのないシールドを。
 皆で張るなら、一人一人の負担は少ないものになるから。呼吸をするのと変わらない程度、そのくらいの力で張れるシールド。
 それを作れたら、船は今よりずっと安全なものになる。
 障害物を避けられるのなら、いつか攻撃を受けた時にも防げる筈。人類軍の船に発見されても、被害は少なくなるだろう。
 ヒルマンたちはそう考えた。船の仲間たちが持っているサイオン、それを防御に使おうと。
 同じ理屈で、船の姿も消せないかと。
 船を守ろうと思う力は同じだから。船を丸ごとシールドするのも、丸ごと隠してしまうのも。



 ヒルマンが案を練り、ゼルが何度も試作した装置。
 効率良く皆のサイオンを集め、シールドや船体を隠す力を作り出すもの。
 そうやって出来たサイオン・シールドとステルス・デバイス、どちらもサイオンが動力源。船の仲間の思考を纏めて、船体を丸ごと包み込んで守る。シールドを張って、姿を消して。
「そいつを載せたのが白い鯨だ、覚えていないか?」
 あれが出来上がった時に初めて使った。サイオン・シールドも、ステルス・デバイスも。
「そういえば…!」
 改造する時に決めたんだっけね、ヒルマンたちの研究成果を使おう、って。
 とても大きな船になるけど、きっとシールド出来る筈だ、って…。



 白い鯨に搭載することが決まった、サイオン・シールドとステルス・デバイス。
 最初は誰もが半信半疑で、あまり期待はしていなかった。
 ヒルマンやゼルたちと共に研究を重ね、開発に携わった者たち以外は。
 人類の船にそういう機能が無いことは皆が知っていたから。今はシャングリラと呼んでいる船、元は人類が使っていた船。その船には無い、サイオン・シールドとステルス・デバイス。
 船を作った人類が持っていなかった技術、そんなものをミュウが持てるのかと。
 ミュウの力で人類の技術を越えられるのか、と。
「大丈夫じゃ。わしの力を見くびるでない」
 人類如きに負けてたまるか、と胸を張ったゼル。わしの腕に文句は言わせんぞ、と。
「私たちも研究を重ねたからね。…研究室でしか使えなかったが」
 なにしろ試す所が無くて…、とヒルマンは髭を引っ張った。こればっかりは、と。
 改造前の船で試したかったらしいけれども、船の構造上、無理だったという。技術的には充分に可能、けれども船が邪魔をする。ミュウに合わせて作られた船ではなかったから。
 サイオン・シールドもステルス・デバイスも、実装するにはサイオンを集めやすい構造の船体が要る。船の仲間たちの力を使うからには、そういう船でなければ不可能。
 改造が済んだ白い鯨に搭載しないと、どちらも動かすことが出来ない。
 それまでは無理だ、とゼルもヒルマンも口を揃えた。けれど、完璧なものが出来ると。



 こうして始まった船の改造。自給自足で生きてゆく船、ミュウの特質を生かした船。
 サイオン・シールドにステルス・デバイス、迎撃用のサイオン・キャノンも備えた巨大な鯨。
 少しずつ姿を現し始めた船をモニターしながら、ある日、ブラウが尋ねたこと。
「…どの段階から動かせるんだい?」
 例のシールドとステルス・デバイス。…出来るだけ早く見たいもんだね、そいつの力を。
 ブルーが張ってたシールドに匹敵するんだろ?
 ついでに姿も消せるとなったら、一日も早くお目にかかりたいものなんだけどね…?
「気持ちは分かるが、完成しないことにはのう…」
 頭隠して尻隠さずじゃ、と答えたゼル。
 船体が全て完成しないと、稼働させても意味はあんまり無いじゃろうが、と。
 システムが行き渡っていない部分が残っていれば、其処がシールドからはみ出してしまう。姿を隠す方でも同じで、その部分だけが見えてしまう、と。
 それでは間抜けで、せっかくのシステムが生きてこない、というのがゼルの言い分。
 船を丸ごと包めてこそのサイオン・シールド、それにステルス・デバイスなのだ、と。



「白い鯨がやっと出来てだ、テスト航行をするって時にも…」
 お前ときたら、無茶しやがって。
 サイオン・シールドとステルス・デバイスは完璧なんだ、と証明しようとしたんだろうが…。
「…駄目だったかな?」
 あれが最高だと思ったんだけど…。
 前のぼくには、ちゃんと分かっていたからね。シャングリラがシールドに守られていることも、人類が使うレーダーには引っ掛からないことも。
 それに、ステルス・デバイスがあれば、近付かない限りは船は見えさえしないんだから。
 あの時にぼくが選んだコースは、駄目だった…?
「いや、いいが…」
 お前はそういうヤツだったしなあ、最初から。
 俺が操舵を始めようって時に鬼コーチになって、ゼルたちが参っちまったほどの。
 …そのせいでサイオン・シールドが生まれちまって、ついでにステルス・デバイスで…。
 実にとんでもないコンビだったな、前のお前と俺ってヤツは。
 白い鯨のテスト航行、よりにもよって、人類軍の船の航路を横切って行くと来たもんだ。
 いざとなったら、お前が守ると言ってはいたが…。
 あの時もきっと、ゼルやブラウは「死ぬかと思った」って気分じゃないか?
 俺に向かって言わなかっただけで、何処かで愚痴を零してたかもな…。



 テスト航行が無事に終わって、完成したサイオン・シールドとステルス・デバイス。
 白い鯨はそれに守られ、地球までの旅を続けていった。
 赤いナスカがメギドに砕かれ、人類軍との戦いの火蓋が切られた後には、ステルス・デバイスがゼルの船にも載せられたという。トォニィが使った小型艇にも。
 サイオン・シールドは白い鯨を守り続けて、シャングリラは地球に着いたのだけれど。
「知ってるか、お前?」
 シールドってヤツは、人類軍の船には最後まで無かったままだったんだぞ。
 ヤツらの船は丸裸みたいなものだったんだ。…障害物も避けられやしない船ばかりでな。
「…そうなの?」
 ハーレイ、何処かで見ていたわけ?
 人類軍の船が何かにぶつかっちゃうのを、前のハーレイ、何処かで見たの…?
「ああ。…ジュピターの上空であった、最後の戦い。歴史の授業で教わるだろう?」
 俺が見たのは、あの時だった。…同士討ちのようにぶつかっていたな、人類軍の船同士で。
 ぶつかった船はもちろん終わりだ、そのまま爆発しちまって。…両方がな。
 旗艦のゼウスにも、危うくぶつかるトコだったんだ。
「ゼウスって…。あの時だったら、キースやマードック大佐が乗ってたわけで…」
 どうなったの、上手く舵を切ったの?
 ぶつからないように、大慌てで。
「…デカイ船だったし、小回りが利かん。急に舵など切れるわけがない」
 他の船が撃ち落としちまったんだ。…ぶつかりそうになった船をな。
「そんな…!」
 どうして仲間の船を撃つわけ、他に方法は無かったわけ…?
 その船にだって、人類が乗っていた筈なのに…。きっと大勢、乗っていたのに…!



 酷い、とブルーは叫んだけれども、前の自分は確かに見た。
 その悲劇を。
 人類軍の旗艦を守るためにだけ、撃ち落とされてしまった人類の船を。
 あの船にシールドが搭載されていたら、どちらも無傷で済んだのだろうに。ゼウスも、ゼウスに衝突しかけた船も。
「…ハーレイ、どうして人類の船には、最後までシールドが無かったわけ?」
 シャングリラと何度も戦ったんでしょ、シールドにも気付いていた筈だよ。
 なのに、どうして作らなかったの、人類は…?
 仲間の船まで撃ち落とすなんて、シールドがあったら、絶対、しなくて済んだのに…!
「技術的に無理があったんだろう。…作ろうとしても、作れなかった」
 シールドの利点に気付かなかったとは思えないんだ、人類が。
 きっとヤツらも欲しかっただろう、ああいうシステムを船に載せられたら、と。
 だが、あれはミュウにしか作れない。サイオンを持った、ミュウだけにしか。
 そういうシステムだったんだ。サイオン・シールドというヤツはな。
 前のお前のシールドを見ていたゼルとヒルマン、あの二人が作ったミュウのためのもの。
 そうだったろうが、サイオン・シールドも、それにステルス・デバイスも。
 船を丸ごと守りたいと思う仲間たちの思考を纏めて、シャングリラを守っていたんだからな。



 どちらも前のお前のお蔭で生まれた技術だ、とブルーに話してやった。
 鬼コーチだったお前と、操舵が下手だった俺のコンビが切っ掛けになって出来たんだぞ、と。
「俺の下手くそな操舵で、ゼルやブラウが「死ぬかと思った」と愚痴を零しはしたが…」
 転んでもただでは起きなかったってな、死にそうになったゼルとヒルマンは。
 前のお前が張ってたシールド、そいつに目を付けて開発したのがあの二つだ。
 シャングリラも何度も救われたんだが、後の時代の船も救った。…ヒルマンたちの研究はな。
「後の時代…?」
 それっていつなの、SD体制が倒された後のことだよね…?
「前の俺も死んじまった後のことだが、調べなくても分かるぞ、これは」
 ステルス・デバイスは、平和になった時代にはもう要らなかったが…。
 サイオン・シールドの方は、今も搭載されているんだ。何処を飛ぶ宇宙船にもな。
 近距離だろうが、長距離だろうが、客船にも、それに輸送船にも。
 サイオン・シールドが無いような船じゃ、完成しても検査を通りやしない。
 …それ以前に建造許可が出ないだろうなあ、ちゃんと設計し直して来い、と。



 今の時代の宇宙船には、当たり前のように搭載されているサイオン・シールド。
 障害物から船を守るために。宙航などでの衝突を回避するために。
 その技術の基礎は、遠い昔にヒルマンとゼルが作ったもの。平和になった時代に改良を重ねて、より簡単に使える形で完成された。
 小さな船なら、パイロットだけのサイオンでもシールド出来るくらいに。
「そうだったんだ…。ゼルたちの研究、今の時代も生きているんだ…」
 ずいぶん改良されただろうけど、基本は変わらないんだろうし…。
 ヒルマンもゼルも、一緒に研究していた仲間も、凄い発明をしちゃったんだね…。
「そのシールド。俺の下手くそな操舵と、鬼コーチだったお前がいなけりゃ生まれていないさ」
 あいつらが死ぬかと思ったくらいの、下手くそな俺と鬼コーチだったお前のコンビ。
 何度も何度も障害物に突っ込んでたから、シールドの有難さってヤツに気付いたわけで…。
 だから始めた研究なんだぞ、そいつを船に載せられないかと。
「…そうなのかな?」
 前のぼくたちが酷いコンビを組んでなくても、いつか出来たと思うんだけど…。
 ゼルたちじゃなくて、後の時代の誰かが研究したかもだけど…。
「まあな。…いつかは生まれた技術だろうが、あんなに早くは無理だったろう」
 人間がみんなミュウになったら、誰かがいつかは気付いただろうが…。
 これは使えると思っただろうが、いつになったかは分からんぞ。
 切っ掛けってヤツが必要だしなあ、研究を始めるためにはな。…どんなものでも。



 白いシャングリラを丸ごと包んで守り続けた、サイオン・シールド。
 命懸けで生きた時代だったからこそ、船を、仲間たちを守ろうとして生まれた技術。
 障害物やら、いつか遭遇するだろう人類軍の攻撃から船を、ミュウの箱舟を守り抜こうと。皆の思考を一つに纏めて、シールドで船を包み込もうと。
 これが平和な時代だったら、事故でも起こらない限りは出来ない。片方の船は砕けてしまって、もう片方は無事だったという不思議な事故でも起きない限りは。
「そうなったならば、無事だった方の船を調べるだろうしな」
 調べていったら、無事だった船の乗客にタイプ・ブルーがいたとか、そういったこと。
 乗客たちの話を集めて、ようやっとシールドに気付くってわけだ。…それから研究開始だぞ?
 いったい何年かかるというんだ、全部の船にサイオン・シールドを載せようとしたら。
「そっか…」
 基礎があったら早いけれども、何も無かったら、ゼロから出発するんだもんね…。
 おまけに平和な時代だったら、ゼルたちみたいに必死で研究しないだろうし…。
 のんびりゆっくり研究してたら、ホントに何年かかったんだか…。もしかしたら、今でも研究の途中だったかもしれないね。もっと改良できる筈だ、って。
「そういうことだな。…前のお前と俺のコンビが、ゼルたちを死ぬ目に遭わせてなけりゃ」
 立派な土産話になっただろうが、今日の俺の遅刻。
 俺を遅刻させちまった、あの車にも礼を言わなきゃいけないぞ。土産話をありがとう、とな。
「そうだね。よく考えたら、その車にも…」
 サイオン・シールドが載っているんだもんね…。うんとコンパクトになってるヤツが。
 ぼくは運転免許も取れない年だし、すっかり忘れてしまっていたけど…。
「そういやそうだな、載ってたっけな」
 俺もそいつは気付いてなかった。…当たり前のように載ってるモンだし、説明も無いし…。
 車を点検に出す時だって、そんなトコまで考えて出しやしないしなあ…。プロに任せておくのが普通で、自分で点検するわけじゃないし。
 そうか、俺の車にもゼルとヒルマンの研究の成果、しっかりと載っているってわけか…。



 遠く遥かな時の彼方で、前の自分と前のブルーが酷い目に遭わせたゼルとヒルマン。
 前の自分の飲み友達だった、彼らが開発した技術。
(…おい、聞こえてるか? 俺は今でも、そいつの世話になってるってな)
 これからも世話にならせて貰うぞ、と心の中で呼び掛けた。時の彼方の飲み友達に。
 今では普通の車にも搭載されたシステム。
 当たり前になったサイオン・シールド。
 ドライバーがいれば、そのサイオンだけで張れるシールド、それが車に載せられている。
 他の車とぶつからないよう、人とぶつかってしまわないよう。
 平和な時代に、平和な技術が進歩したから、車にもついたサイオン・シールド。
 今はもう無い、自動車事故の犠牲になる人。
 どの車にもサイオン・シールドが載っているから、人も車も守るシステムがついているから。
 いつかブルーと出掛けるドライブ、その時もサイオン・シールドと一緒。
 張っているという自覚も無ければ、負担すらも無いサイオン・シールド。
 そんな車でドライブに行こう、ブルーと二人で。
 サイオン・シールドのことを覚えていたなら、その切っ掛けになったコンビだと笑い合って。
 今は車にも載っているぞ、とゼルたちを酷い目に遭わせてしまった昔を思い出しながら…。




            船とシールド・了

※今の時代は、自家用車にまで搭載されているサイオン・シールド。当たり前のシステム。
 それが生まれる切っ掛けになったのが、前のブルーとハーレイなのです。操舵の練習中に…。
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