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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

魔法のランプ

(魔法のランプ…)
 あったっけね、とブルーが覗いた新聞の記事。学校から帰って、おやつの時間に。
 遠く遥かな昔の地球。其処で生まれた不思議な伝説。願い事を叶えて貰える魔法のランプ。
 独特な形の金属製のランプ、それを擦るとランプの精が現れる。願い事を三つ、叶えるために。新聞に載っているランプの写真。「こういう形のランプですよ」と。
 小さい頃に童話を読んでいたから、写真だけでピンと来るランプの形。魔法のランプ、と。
 それから三つの願いのことも。
(三つだから…)
 今の自分が魔法のランプを手に入れたならば、願い事の一つは背丈を伸ばして貰うこと。少しも伸びてくれない背丈を、前の自分と同じ背丈に。それが最初の願い事。
 二つ目は十八歳にして貰うこと。十八歳になれば、ハーレイと結婚出来るから。
(三つ目は結婚…)
 ハーレイと結婚させて貰って、めでたし、めでたし。
 それで全部、と大満足で指を折ってから、「ぼくって馬鹿だ…」と頭を振った。三つ目の願いは結婚だなんて、文字通りの馬鹿としか言えない。
 最高のハッピーエンドに思えるけれども、背丈が伸びて十八歳になれば、何の障害も無い結婚。何もしなくてもプロポーズされて、結婚出来るに決まっているから。
 つまりは要らない、「結婚させて」という三つ目の願い。無駄に使った願い事。もうそれ以上は頼めないのに、願い事は三つでおしまいなのに。
(こんな風に三つとも、使っちゃうんだ…)
 きっとそうだ、と新聞のランプの写真を眺めた。ランプの精が住んでいそうな形のランプ。
 本物の魔法のランプがあったとしたなら、今のようなことになるのだろう。ランプの精が現れた途端に、ワクワクしながら願い事を三つ。
 深く考えたりもしないで、アッと言う間に三つとも。願わなくても叶うようなことまで。



 馬鹿だった、と情けない気持ちで帰った部屋。これじゃホントにただの馬鹿だ、と。
 けれど、せっかくの機会だから、と勉強机の前に座って、真面目に考えることにした。そういうチャンスは無さそうだけれど、魔法のランプを手に入れた時の願い事。
 少しは利口な考え方が出来るようになるかもしれないから。これも考え方の練習、頭の体操。
(願い事が三つ…)
 この数だけは変えられない。魔法のランプの童話にもあった約束事。願い事が叶う数を増やして欲しいと願っても、ランプの精は叶えてくれない。「それは駄目です」と。
 三つしか出来ない願い事。今度はきちんと考えなければ、さっきのようにならないものを。
(…でも、一つ目は…)
 背丈を伸ばして貰うことで決まり。ハーレイと再会した日から、一ミリも伸びてくれない背丈。前の自分と同じ背丈にならない限りは、ハーレイとキスも出来ないのだから。
(ちゃんと大きく育ったら…)
 結婚が出来る十八歳になる方は、我慢して待っていたっていい。前の自分と同じ姿になったら、ハーレイはキスを許してくれる。二人でデートも出来るわけだし、今より素敵な日々になる筈。
 キスにデートと充実していたら、きっと短く感じる時間。結婚までの年数だって。
(休みの日には、ドライブとか食事…)
 一週間が経つのが直ぐだろう。週末を楽しみにカレンダーを眺めて、今よりも早く流れる時間。ふと気が付いたら十八歳の誕生日が直ぐそこに来ているのかも…。
 懸命に我慢しなくても。まだまだ先だと、何度も溜息をつかなくても。



 「十八歳にして下さい」という願い事をしないのだったら、叶えて貰える願いは二つ。さっきは使ってしまったけれども、慎重になったら使わなくてもいい願い事。十八歳にして貰うことは。
 叶えて貰える数が一つ増えた、と嬉しくなった。少しは利口になったらしい自分。残った二つの願い事をどう使おうか?
 ランプの精に、二つ目の願い事をするのなら…。
(幸せになれますように、って…)
 それが一番かもしれない。ハッピーエンドを迎えた後も幸せに。「ハーレイと二人で」と頼んでおけば、もう完璧。
(三つ目は…)
 ハーレイといつまでも一緒にいられますように。本当に二人、いつまでも一緒。
 これで間違いなく幸せな人生、三つの願いはこれだ、と満足感に浸ったのだけれど…。
(また失敗…!)
 失敗しちゃった、と頭を抱えた。また三つ目で失敗した、と。
 前の生では引き裂かれるようにハーレイと別れてしまったけれども、今は二人で青い地球の上。長い長い時を二人で飛び越え、この地球の上で再会出来た。きっとそれまでも何処かで二人、同じ所にいたのだろう。何も覚えていないだけで。
 生まれ変わっても一緒なのだし、ランプの精に頼まなくても二人一緒に決まっている。どんなに時が流れて行っても、何回生まれ変わろうとも。
 ハーレイと二人、いつまでも、きっと。何処までも二人、離れないままで。



 今度は頑張って考えていたのに、また三つ目で失敗した願い事。無駄に使ってしまった三つ目。ランプの精に頼まなくても、その願い事は叶うのに。
 また失敗、と三つ目を考え直すのだけれど、ハーレイと結婚して幸せになった自分だと…。
(三つ目、なあに…?)
 これというのを思い付かない。幸せ一杯に暮らす自分に、切実な願いは無さそうだから。いくら考えても浮かばないから、三つ目の願いは取っておくのがいいのだろうか。
(ランプの精、ちゃんと待っててくれるよね…?)
 時間切れがあるとは、童話には書かれていなかったと思う。いつか願いを思い付くまで、待って貰うのもいいかもしれない。「まだ無いから」と。
 それともハーレイに譲ろうか。自分は二つも叶えたのだし、ハーレイにも一つ。魔法のランプで叶えたいことが、ハーレイにもあるかもしれないから。
(それもいいかも…)
 三つ目の願いはハーレイの分、と頬が緩んだ。ハーレイは何を願うのだろう?
(…三つじゃなくって、一つだけだから…。慎重だよね?)
 無駄遣いなんかしない筈、と思ったけれども、気付いたこと。ランプの持ち主は自分なのだし、その願い事をハーレイに譲ろうというのなら…。
(三つ目はハーレイに譲ります、っていうのがお願いになる?)
 自分以外の誰かの主人になって欲しい、とランプの精に頼むのだから願い事。三つ目の願い事はそれでおしまいらしい。ハーレイに一つ譲る代わりに、何の願いも叶わないままで。
(三つとも叶えましたから、ってランプの精が消えちゃって…)
 また無駄遣いになった三つ目の願い。今度こそは、と精一杯に努力したのに。



 せっせと頭の体操をしても、上手くいかない三つの願い。魔法のランプは無いけれど。
(前のぼくなら…)
 どうなったろうか、三つの願いが叶うとしたら。ソルジャー・ブルーだった頃の自分なら。
 ソルジャー・ブルーならば、今の自分よりも、ずっと有効に願いを使えたことだろう。ミュウのためにと懸命に生きていたのだから。…最後は命までも投げ出したほどに。
 あの頃の自分が魔法のランプを手に入れたなら…、と青の間に戻った気分で考え始めた。
(一つ目は、地球に行くことで…)
 前の自分が夢に見た地球。他の仲間も望んでいたから、それが一つ目。
 二つ目は人類とミュウが仲良くなること。そうすれば追われることはなくなり、戦いも終わる。平和な時代が訪れるのだから、そうしたら…。
(ハーレイと結婚させて下さい、って…!)
 これで三つ、と喜んだ。流石はソルジャー・ブルーだった、と。
 チビの自分とは比較にならない、立派な願い。地球に行くことと、人類との和解。世界のために二つも使って、最後の一つを自分のために。願いは三つもあったのに。
 なんて立派で欲の無い使い方だろう、と自分の素晴らしさに酔いかけたけれど。
(…地球に行って、ミュウと人類が仲良くなったら…)
 もうソルジャーは要らないのだった。白いシャングリラもお役御免で、要らないキャプテン。
 そういう時代が訪れたならば、ただのブルーとハーレイなだけ。結婚出来て当然だった。ずっと隠し続けていた恋を明かして、大勢の仲間に祝福されて。
(また三つ目で失敗しちゃった…)
 ランプの精に頼らなくてもいい結婚。それを頼んで、三つの願いは全ておしまい。



 前の自分で考えてみても、上手くいかない願い事。チビの自分が考えるからか、前の自分が同じことをしても駄目なのか。
 なにしろ、魔法のランプだから。そうそう上手く使えるものでもなさそうだから。
(…前のぼくでも大失敗かも…)
 難しそうだし、と考え込んでいたら、チャイムが鳴った。窓から覗けば、門扉の向こうで大きく手を振っているハーレイの姿。今日は仕事が早めに終わったのだろう。
 母がお茶とお菓子を運んで来てくれて、テーブルを挟んで向かい合わせ。さっきからの考え事をハーレイにも訊いてみようかな、と思ったから。
「あのね、三つのお願い、知ってる?」
 そう尋ねたら、「三枚の御札か?」と返したハーレイ。
「有名な昔話だな。…日本の古典というヤツだ」
「え?」
「アレだろ、お使いに出掛ける小僧さんが持って行く御札。和尚さんに貰って」
 ハーレイが教えてくれた昔話。お使いに出掛けて、山姥に食べられそうになった小僧の話。遠い昔の日本が舞台で、魔法のランプの話とは違う。
 三枚の御札は上手く使われていたけれど。たった三枚で、小僧は寺まで逃げられたから。山姥に食べてしまわれはせずに、和尚が助けてくれる寺まで。
 とはいえ、それは自分が言いたい三つの願いとは違う伝説。
「それじゃなくって、魔法のランプ…!」
 御札と違ってランプの精だよ、願い事が三つ叶うんだよ。ランプを擦ったら、ランプの精が三つ叶えてくれるんだってば…!



 でも…、とシュンと項垂れた。「御札みたいに上手く使えればいいんだけれど」と。
「魔法のランプが手に入ったとしても、ぼくだと、上手く使えないみたい…」
 いくら考えても、三つ目で失敗しちゃうんだよ。お願いしなくてもいいことを頼んだり、もっとつまらない失敗をしたり。
 …前のぼくになったつもりで考えてみても、やっぱり失敗…。
「魔法のランプの方だったのか…。今の俺だと、三枚の御札の方が馴染み深いんだが…」
 懐かしいよなあ、よく話してたな。魔法のランプっていうヤツのことも。
「話してたって…。誰と?」
「前のお前だが?」
 懐かしいって言ったらそれしか無いだろ、今の俺なら三枚の御札なんだから。
「前のぼく…?」
 魔法のランプの話なんかをしてたっけ?
 それに、ハーレイと話してたんだよね、魔法のランプ…?
「忘れちまったか?」
 元々は魔法のランプじゃなくてだ、ごく平凡なランプから始まった話だったが…。
 シャングリラでランプを作った時に。…白い鯨が出来上がった後だな、オイルのランプだ。
「オイルランプ…?」
 それって、オイルを使うヤツだよね。元からあったと思うんだけど…。白い鯨になる前から。
 非常用にってあった筈だよ、エネルギー系統が駄目になっちゃった時に備えて。
「まあな。…真っ暗な宇宙を飛んでいるんだ、明かりが消えたらどうにもならんし…」
 修理しようにも、船自体が真っ暗な中ではなあ…。幸い、そんな目には一度も遭わなかったが。
 そういう時のためのヤツだろ、お前が言うのは。オイルで灯すランプ。
 そのオイルをだ、白い鯨に改造した後、一部をオリーブオイルに替えたってわけだ。オリーブ、あの船で作っていたんだから。



 自給自足で生きてゆく船に生まれ変わったシャングリラ。白い鯨は全てを船の中だけで賄えた。様々な作物を育てたけれども、オリーブの木もその一つ。良質な油が採れるから。
 その栽培が軌道に乗って、オリーブオイルが充分に採れるようになった後。
 本物のオリーブオイルがあるのだから、とランプの一部をオリーブオイルのランプに切り替える話になった。元から船にあった非常用のランプ、それのオイルを天然素材で、と。
「覚えていないか、切り替えたのは作業用のランプじゃなかったから…」
 公園とかで使うヤツをオリーブオイルのにしたわけだから。
 …どうせなら、とヒルマンとエラが懲りたがったんだ。昔風のデザインのランプにしたい、と。
 古代ギリシャ風だっけな、陶器のヤツで…。魔法のランプを平たくしたようなデザインで。
「あったっけね…!」
 思い出したよ、それにするんだ、ってヒルマンとエラが言ったから…。
 別に反対する理由も無いから、いいと思う、って前のぼくも賛成してたんだっけ。ブラウたちも賛成で、作ることになって…。
 そういう作業が得意な仲間が、資料を貰って作ったっけね…。



 とても古風な陶器のランプ。古代ギリシャ風の素朴なオイルランプが幾つも出来た。
 魔法のランプを平たくしたような形、と今のハーレイは表現したけれど、まさにそういう平たいランプ。取っ手と、オイルを満たす本体と、注ぎ口のようになった火口と。
 オリーブオイルに浸した灯芯に火を点けるだけで、優しい焔が火口に灯る。白いシャングリラに生まれたランプは、新しいけれど古風なもの。
 ギリシャ式の黒絵に赤絵とヒルマンとエラは言ったのだったか、黒と茶色にも見える赤褐色とで絵が描かれていた。ギリシャ神話や、古代ギリシャ風の動物などの絵が。
 非常用のランプとはいえ、公園にも備えられたから。
 夜になったら灯してもいい、と許可が出されていたから、たまに灯している仲間がいた。公園に明かりはあったのだけれど、それとは別に。
 少し暗い場所にあるようなテーブルでオイルランプを灯して、ゆっくりと語らう仲間たち。
 グループで灯す者たちも多かったけれど、後には恋人同士が増えた。居住区に幾つも鏤められた小さな公園、そちらはカップルの御用達。
 先客がいなければ、オイルランプを灯してデート。明るすぎないのが好まれていた。
 前の自分も、ハーレイと…。



 灯したのだった、と懐かしくなった陶器のランプ。白いシャングリラの公園で。
「あれを灯して、ハーレイとデートしてたんだっけ…」
 ハーレイの仕事が早く終わったら、公園に行って。…他のカップルがやってたみたいに。
「間違えるなよ、最初はデートじゃなかったんだぞ」
 単なる友達同士だったんだからな。グループじゃなかったというだけのことだ、たまたま二人で座ってただけだ。夜の公園で、ランプを灯して。
 ただのソルジャーとキャプテンの視察だっただろうが、一番最初は。
 古めかしいランプを作ってはみたが、使い勝手はどんなものか、と二人で出掛けて行ったんだ。暗すぎるだとか、使いにくいとか、そんなのだと話にならないからな。
 ヒルマンとエラが何と言おうが、役に立たないランプは駄目だし。
「そういえば、ハーレイ、そう言ったっけね…」
 駄目なようなら、キャプテンとして元のランプに戻させる、って…。
 だから最初は、ランプを灯して座る代わりに、あちこち二人で歩いたんだっけ。…暗い所でも、足元がちゃんと見えるかどうか。
 持って歩いても消えたりしないか、そんなのまでチェックしてたんだっけね…。



 ランプの使い勝手のチェックをしていた、一番最初のランプでの視察。前のハーレイはランプが役に立つものと判断したから、素朴なランプはそのまま残った。
 オリーブオイルを使った非常用のランプ。いつの間にやら、恋人たちの夜のデートの定番。
 けれど、ソルジャーとキャプテンの視察だと言えば、堂々と灯しにゆけるから。ハーレイと恋人同士になった後にも、デートを続けたのだった。視察のふりをして、ロマンチックなひと時を。
「あれで、お前が部屋にも欲しいと言い出してだな…」
 そうそうデートに行けはしないし、青の間にも一つ欲しいんだ、とな。
「…作って貰えたんだっけ?」
 覚えていないよ、青の間にあんなランプがあったということは。…忘れちゃったかな?
「今更無理だろ、と前の俺が呆れて言ったんだ。…そういう言い方はしなかったがな」
 あの頃は敬語で話してたんだし、「今更、無理だと思いますが…」ってトコだったろうな。
 ランプが出来てから、何年経っていたんだか…。出来て間もない頃ならともかく、遅すぎた。
 なんだって今頃、そんなランプを欲しがるんだ、と勘繰られるぞ、と注意したんだが…。
 そしたら、お前は屁理屈をこねた。「魔法のランプにすればいいよ」と。
「…そうだったっけ…」
 魔法のランプが欲しかったんじゃなくて、欲しかったのはランプだったんだけど…。
 公園でいつも灯してたヤツが欲しかったけれど、ハーレイが「無理だ」って言ったから…。
 それなら魔法のランプにすれば、って前のぼく、思ったんだっけ…。



 すっかり忘れていたけれど。前の自分がランプを欲しいと思ったことさえ、今の今まですっかり忘れていたのだけれど。
 青の間にも一つあればいいのに、と願ったランプ。それを灯せばデートの気分になれるから。
 公園のと同じ陶器のランプは駄目だと言うなら、ランプのデザインを変えればいい。ヒルマンやエラも納得しそうな魔法のランプ。その形ならば押し通せるかも、と考えたのだった。
「いいと思うんだけどね、魔法のランプは」
 エラは何かと、ぼくを特別に扱いたがるし…。この部屋にも特別な非常灯を置きたい、と言えば納得するんじゃないかな。…普通のランプは駄目でもね。
 それに、魔法のランプだから…。運が良ければ、願いが三つ叶うってこともありそうだから。
「はあ…。特別な形のランプというのは、確かにエラも前向きに考えてくれそうですが…」
 魔法のランプが気になりますね。…三つの願いは何になさるんです?
 もしも本当にランプの精が現れたならば、どんな願い事をなさるおつもりですか…?
「それはもちろん…。ミュウの未来と、地球に行くことと、平和かな?」
 ミュウが人類に殺されずに生きていける未来と、地球に行くこと。…それから平和な時代だよ。
 これで三つになるわけだからね、願いが叶えば嬉しいじゃないか。
「…そういう世界は素晴らしいですが…。三つの願いをする価値も充分ありそうですが…」
 本当にそれでいいのですか?
 三つの願いは、本当にそれでかまわないと…?
「もちろんだよ。…ぼくの願いが叶うのならね」
 ぼくが願うのは、今、言った三つ。それよりも他に望みはしない。ランプの精が現れたなら。
 だけど、所詮は魔法のランプに似ているだけ。…魔法のランプにはならないと思うよ、どんなに欲しいと望んでもね。
「どうでしょう…?」
 今の時代は、遠い昔とは違いますから…。けして有り得ないと言えるかどうか…。



 人類も忘れているでしょうから、と心配そうな顔をしたハーレイ。
「彼らも知ってはいるでしょう。…魔法のランプの伝説くらいは」
 ですが、その伝説を信じる心を人類が持っているのかどうか…。こういう時代ですからね。
 誰も信じていないのだったら、ランプの精も行き場を失くしたことでしょう。何処へ行こうかと彷徨っているかもしれません。…地球を離れて、この宇宙を。
 そんな時代に、あなたが魔法のランプを作ろうと仰っておられるのですよ?
 ランプの精がそれを見付けたら、丁度いいと入り込みそうですが…?
「偽物のランプが本物になると言うのかい?」
 この船で作った形が似ているだけのランプに、本物のランプの精が入って…?
「絶対に無いと言い切れますか?」
 我々が持っているサイオン。…これも人類にとっては信じられない力です。忌み嫌うほどに。
 けれど、我々は生きていますし、作り話ではありません。…ランプの精も同じことです。絶対にいないとは誰にも言えないことでしょう。…少なくとも私は言い切れません。
 もしも、本当にランプの精があなたの前に現れたなら。
 三つの願いを叶えてやろうと言われたならば…。その願い事で後悔なさいませんか?
 元の話では、三つの願いが叶った後には、心に悔いが残るようですが…。
「…どうなんだろう?」
 ぼくも話は知っているから、魔法のランプと言ったんだけれど…。
 三つの願いは、あれで正しいと思うんだけれど、ぼくは間違っているんだろうか…?
「いえ、間違ってはいらっしゃいません。…とても素晴らしい願い事だと思います」
 平和な時代が訪れるでしょうし、皆も喜ぶことでしょう。
 ですから、ソルジャーとしては正しい願い事ですが…。ソルジャーではない、あなたの方は…?
 他に三つの願い事を持っておられませんか?
「…ぼくの願い事…」
 ソルジャーではなくて、ぼく自身の…。それは…。



 まるで考えてもいなかったこと。ソルジャーではなくて、ただのブルーとしての願い事。
 ランプの精に頼みたいことは、三つではとても足りないだろう。欲張りと言ってもいいほどに。
(…ぼくの願い事は…)
 失くした記憶を取り戻したいし、ハーレイと幸せに生きてゆきたい。これでもう二つ、一つしか残らない願い事。他にも山ほどあるというのに。
 地球に行きたいし、人類に追われない世界も欲しい。出来れば地球で暮らしてみたいし…。
 どれを願えばいいのだろう。三つ目の願いを言うのなら。
 それよりも前に、ソルジャーとして三つの願いをしたなら、自分のためにはただの一つも…。
(…残らないんだ…)
 叶うことは地球に行くことだけ。ミュウの未来も、平和な時代も、失くした記憶を自分にくれはしないだろう。ハーレイと幸せに生きてゆけるかどうかも、多分、自分の運次第。
「…ハーレイ…。ぼくは後悔するんだろうか?」
 三つの願いを叶えた後には、やっぱり後悔するんだろうか…?
 みんなが喜んでくれたとしたって、ぼくの願いは叶わなかった、と…。
「なさるような気がいたしますが…?」
 ですから、こうして申し上げているのです。…ランプの精が現れた時が心配ですから。
 あなたが後悔なさらないだろうと思っていたなら、私は止めはいたしません。
 魔法のランプにそっくりのランプをお作りになろうが、それが本物になってしまおうが。



 本当に心配そうだった前のハーレイ。忠告の意味もよく分かった。
(ランプの精なんて、いないとは思ったんだけど…)
 絶対とは確かに言えない世界。現に自分も、思いもしなかったミュウへと変化したのだから。
 それを思うと、魔法のランプは恐ろしい。本物になってしまった時には、ランプの精が現れる。三つの願いを叶えるために。
(…ソルジャーとしての願い事なら、本当にあの三つだけれど…)
 自分自身のこととなったら、三つでは足りない願い事。ソルジャーとして願えば、三つの願いはおしまいなのに。…自分のためには残らないのに。
 けれど、最初から自分のためにと願えはしない。船の仲間を、ミュウの未来を放っておくなど、自分には出来はしないから。願っても悔いが残るだけだから。
(…ぼくだけ幸せになったって…)
 他の仲間たちのことを思っては、心が痛み続けるのだろう。なんということをしたのか、と。
 逆に、仲間たちのために三つの願いを使ったならば。
(…ぼくには一つも残らなかった、って…)
 きっと悲しむ日が来るだろう。どうしてあの時、これを願わなかったのかと。
 三つの願いを叶えて貰って、後悔したくはなかったから。
 魔法のランプを模したランプを作らせることはやめたのだった。前の自分は。
 青の間にランプを置くことも諦めざるを得なくて、ランプを灯してのデートは公園でだけ。夜の公園でハーレイと二人、そっと灯して過ごしただけ。
 仲間には視察のふりをして。…抱き合うこともキスも出来ない、二人きりのデート。それでも、充分幸せだった。今夜は恋人同士でデート、と。



 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が欲しがったランプ。
 本物の魔法のランプが欲しかったわけではなかったけれども、その形を模したランプを、と。
 そう願ったから、前のハーレイと魔法のランプの話になった。三つの願いをどうするのか、と。
 ソルジャー・ブルーだった前の自分の、迷いない答え。
 一つ目の願いは、ミュウたちの未来。二つ目の願いは地球へ行くこと。三つ目の願いは、平和な時代。それで全部だと、叶えばいいと。
 それは立派な答えだったけれど、あくまでソルジャー・ブルーの願い。前の自分の本当の願いは一つも入っていなかった。
(地球へ行くことは重なるけれど…)
 ソルジャーとしての願いでないなら、それは一つ目にはならない願い。
 自分のために三つの願いを使っていいなら、失くした記憶を取り戻すこと。そして、ハーレイと幸せに生きてゆくこと。これで二つ、と前の自分は考えたから。
(三つ目で、地球に行ったって…)
 きっと嬉しくはなかっただろう。純粋に自分自身のためでも、他に何かがあった筈だ、と。
 三つの願いを叶えた後には、必ず残っただろう悔い。
 ソルジャー・ブルーとして願った時には、「ぼくのためには一つも使えなかった」と。
 自分自身のために願ったら、「どうして仲間のために使わなかったのだろう」と。
 考えた末に、魔法のランプを諦めた自分。
 本物ではなくて、その形を模したランプだったのに、前の自分は恐れてやめた。
 もしも本物になったならば、と怖かったから。…きっと後悔するだろうから。



 今の自分は、三つ目で失敗ばかりだと嘆いていたけれど。
 結婚だとか、ハーレイといつまでも一緒がいいとか、三つ目の願いはハーレイに、とか。幾つも失敗を重ねた三つ目、どれも前の自分の願いにはとても及ばない。
 前の自分なら、そんな願いをしようとも思わなかったから。
(他に一杯、もっと大切な…)
 叶えたかった願い事。ソルジャー・ブルーとしてなら三つで、それは見事に使えたけれど。三つ叶えてしまった後には、叶えられなかった自分自身の願いが沢山。
 そうしてソルジャー・ブルーが後悔しただろう、自分のための願い事。
 今の自分とは比べようもなく、切なく、悲しい願いの数々。
(ハーレイと幸せに生きていきたかったのに、って…)
 きっと悲しんだろうソルジャー・ブルー。今の自分は願わなくても、幸せになれる人生なのに。
(失くした記憶は、どうしようもないけど…)
 ぼくも忘れたままなんだから、と考えたけれど、今の自分は忘れてはいない。蘇った青い地球に生まれて、今日まで生きて来た日々を。両親も、家も、友達も、全部。
(…今のぼくの方が、ずっと幸せ…)
 前の自分よりも遥かに幸せに生きている分、減っているだろう願いの切実さ。
 だから余計に失敗をする。願いを軽く思っている分、三つ目で何度も重ねた失敗。
 そうではなかったソルジャー・ブルーも、駄目だと願いを諦めたのに。
 叶えたいことが沢山あっても、自分にはとても願えはしないと。
 願った後には悔いが残るから、魔法のランプを作りはすまい、と…。



 前の自分がどう考えたのかを思い出したら、手に負えないと気が付いた。
 魔法のランプが叶えてくれる三つの願い。失敗するのは当然なのだと、今の自分が使いこなせる筈が無かった代物なのだ、と。
「そっか、魔法のランプのお願い…。前のぼくでも無理だったんだ…」
 今のぼくには上手く使えない、って思ってたけど…。前のぼくのつもりで考えても駄目だ、って思ったけれど…。
 前のぼく、ホントに考えてたんだ、ぼくよりもずっと真剣に…。
 ハーレイに言われたからだったけれど、ちゃんと考えて、後悔するのが怖くなっちゃって…。
 本物の魔法のランプになったら大変だから、って偽物のランプもやめちゃった…。
 ぼくに使えるわけがないよね、前のぼくでも無理だと思っていたんだから。
「そういうことだな。お前もすっかり思い出したか」
 魔法のランプは、ソルジャー・ブルーでも使いこなせなかったんだ。お前じゃ無理だな、チビで弱虫なんだから。…失敗した、って泣き出すに決まっているんだから。
 しかしだ、今のお前は魔法のランプをとっくに持っているんだが…?
 わざわざ探しに行かなくっても、前のお前みたいにそっくりなヤツを作らせなくても。
 でもって、お前の願いを叶えに現れるランプの精はだな…。



 俺だ、と自分を指差したハーレイ。
「いいか、俺がお前のランプの精だ。…お前が俺の御主人様だ」
 願いは三つしか叶えられないとか、そういうケチなことは言わない。
 どんな願いでも、幾つでもいい。俺の力で叶うことなら、俺は幾つでも叶えてやる。
 お前のためなら、俺は何でも出来るんだ。…無茶なことさえ言われなければ。
「ホント?」
 …ハーレイがぼくのランプの精なの、三つよりも沢山言ってもいいの?
 ハーレイだったら、ぼくのお願い、簡単に叶えられそうだけど…。
 ぼくの背丈は伸ばせなくても、大きくなったら結婚して一緒にいてくれるんだし…。
「なるほど、今のお前の願いは大体、分かった」
 大きく育って、俺と結婚したいってトコだな。その辺りで三つとも使っちまった、と。
 安心しろ、三つの願いで終わりだとは俺は言わないから。…もっと我儘も言っていいから。
 俺は今度こそ、お前のために生きると決めているんだ。お前のランプの精みたいに。
 お前の願いは何でも叶える。…前の俺が出来なかった分までな。



 うんと欲張りに願ってもいいし、ランプを擦らなくてもいいぞ、と頼もしいランプの精だから。
 今の自分は、ハーレイが住んでいる魔法のランプをとっくに持っているらしいから。
 三つの願いに頼らなくても、願わなくても、きっと幸せになれるのだろう。
 いつか背丈が伸びたなら。
 ハーレイという名前のランプの精と、結婚して一緒に暮らし始めたら…。




           魔法のランプ・了

※ブルーが欲しくなった魔法のランプ。前のブルーも、魔法のランプを欲しがったのです。
 けれど願いを叶えたなら、必ず残る悔い。今のブルーには、願い事は無限なランプの精が。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv











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