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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

鶴のように

(綺麗…!)
 鶴だ、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
 頭の天辺が赤い丹頂鶴の写真。つがいなのだろう、真っ白な雪原で翼を広げて向かい合う二羽。すらりと伸びた首と、長い足と。黒い羽根が混じった大きな白い翼。
(この鳥だけなんだ…)
 地球が一度滅びてしまうよりも前、日本と呼ばれた小さな島国。その国があった辺りだとされる地域、其処で繁殖する鶴は。他にも鶴はいるらしいけれど。
 人間がまだ地球しか知らなかった時代、その頃から日本で子育てをする鶴は丹頂鶴だけ。そして日本では最大の鳥。今も昔も。
 背の高さは百四十センチもあるというから、チビの自分とあまり変わらない。翼を一杯に広げた時には二メートル以上、ハーレイの背よりもまだ大きい。
 なんて大きな鳥なのだろう、と感心して読んでいったのだけれど。
(…一度、滅びかけて…)
 絶滅したとも思われた鳥。人間に乱獲されてしまって、姿が何処にも見えなくなって。
 その姿がミュウと重なった。前の自分が生きた時代の。…人間に狩られ、殺されたミュウたち。
(人間って、ずっと昔から、こう…)
 自分たちの勝手で、生き物を死へと追いやった。最後は母なる地球までをも。今の時代は誰もがミュウで、愚かなことはしないけれども。



 滅びかかった丹頂鶴。いなくなったと思われた鳥は、再発見されて保護されたという。
 たった十羽とも、十数羽とも伝わる群れ。釧路湿原の鶴居村で見付かり、狩られはせずに。
 元のように数を増やしてゆこうと、努力を重ねた人間たち。餌が少なくなる冬にトウモロコシを与えたりして、飢死を防いだのが効いたという。
 湿原で暮らす丹頂鶴。サルルンカムイ、遠い昔のアイヌの言葉で「湿原の神」。
 ふうん…、と読み進めていった記事。残念なことに、この辺りでは出会えないらしい。北の方へ旅をしない限りは、同じ地域の中でも無理。
 丹頂鶴の寿命は三十年ほどで…。
(一生、相手を変えないの?)
 そんなに長く生きるというのに、つがいになったら一生を共に暮らしてゆく。毎年、一緒に雛を育てて、いつも一緒に暮らし続けて。
 鳥によっては、繁殖期の度にパートナーを変えるらしいのに。前の相手とは別れてしまって。
(求愛のダンス…)
 二月頃には舞うのだという。まだ雪に覆われたままの大地で、向かい合って。最初に目を引いた写真がそれ。翼を広げた雌雄の鶴。
 パートナーを探して、互いに舞うという鶴の舞。鳴き交わして、翼を広げて舞って。
(最初だけなの…?)
 つがいになったら、生涯、相手を変えないから。
 若い鶴たちだけが舞う、パートナーを探す鶴の舞。つがいの鶴は愛を確かめるためにだけ舞う。他の相手は欲しくないから、向き合って、互いに呼び合いながら。
 けれども、それが出来ない鶴もいる。パートナーを失くしてしまって、もう一度、相手を探して舞う鶴。似たような鶴がいないかと。…誰かいないかと、悲しい舞を。
 初めて相手を探す鶴たちが舞う中で。つがいの鶴たちが愛を確かめ合う中で。



 生涯、相手を変えない鳥。つがいになった相手が死ぬまで、添い遂げる鳥。
 クチバシが折れてしまったパートナーのために、餌を与え続けた鶴までいたという。自分で餌が取れなくなったら、鳥の寿命はおしまいなのに。飢えて死ぬしかないものなのに。
 けれど、パートナーの命を守った鶴。食べやすいように餌を千切って、食べさせてやって。常に一緒に餌場に出掛けて、相手の分まで餌を探して。
 それほどに愛情深いから。…本当だったら生きられないようなパートナーも守る鳥だから。
(相手が死んでも…)
 その場をなかなか離れないという。パートナーを失くしてしまった鶴は。
 死んだ相手はもう動かないし、鳴いても声は返らないのに、其処から動こうとしない鶴。じっと立ったまま、餌を探しに行く時以外は。
 死骸を狙ってキツネやカラスが近付いて来たら、翼を大きく広げて威嚇し、クチバシでつついて追い払う。いつも一緒だった相手の身体を、守らなければいけないから。
 朽ちて骨だけになってしまっても、その行動は変わらない。骨だけになっても、一緒に過ごした相手は其処にいるのだから。…もう動いてはくれないだけで。声を返してくれないだけで。
 そうして守って守り続けて、寄り添い続ける丹頂鶴。
 雨で死骸が流されるだとか、雪が積もって下に隠れてしまうとか。姿が見えなくなって初めて、何処かへ飛んでゆくという。
 自分の相手はいなくなったから、次のパートナーを見付けるために。
 新しくつがいになってくれる相手、それを探して、一緒に暮らしてゆくために。



 失くしてしまったパートナー。けれど、紡いでゆくべき命。
 自分の寿命がまだ続くのなら、新しい相手と出会って、一緒に暮らして、雛を育てて。
 でも…。
(見付かるのかな…?)
 一緒に生きてくれる鶴。…若い鶴だけが求愛のダンスを舞う場所で。他の鶴たちは、互いの絆を確かめ合いながら舞う場所で。
 きっと、見付かりはするのだろうけれど。…まさか一羽で舞い続けることはないだろうけれど。
(…可哀相…)
 つがいだった相手が死んでしまった、独りぼっちになった鶴。相手の身体が骨だけになっても、側を離れようとしない鶴。
 どんなに悲しくて寂しいだろう。もう応えてはくれない相手。動かない相手。
 ずっと一緒に子供を育てて、何十年も離れずに暮らしていたのに。何処へ行く時も、互いの姿があるのが当たり前だったのに…。



 こんな鳥だったとは知らなかった、と読み終えた記事。丹頂鶴の切ないほどの愛と想いと。
 その記事の最後に、オマケが一つくっついていた。オシドリ夫婦と呼ばれるオシドリ。仲のいい夫婦の例えにもされるオシドリだけれど、実際は…。
(毎年、相手を変える鳥!?)
 とんでもない、と仰天してしまったオシドリの夫婦。
 子育てを終えたオシドリの夫婦は、そこでお別れ。雛が巣立ったら、自由を求めて飛んでゆく。華やかな姿が目を引く雄も、地味な雌の方も。これで今年の恋は終わり、と。
 次の年には、また新しい相手を探す。前の相手を探しもしないで、誰にしようかと。
 丹頂鶴なら、鶴の舞の季節の直前までが子育てなのに。
 首から上がまだ丹頂鶴らしい色にならない幼鳥、その子と一緒に家族で暮らす。鶴の舞には早い幼鳥、その子と子別れするまでは。「もう駄目だよ」と突き放すまでは、餌も与えて。
 子別れをしたら、鶴の舞の季節。つがいで舞って、愛を確かめて、次の子育て。
 パートナーを変えることなく、同じ相手と。…死んでも側を離れないほど、愛する鶴と。
 本物のオシドリ夫婦はオシドリではなくて、鶴だった。
 誰も「鶴夫婦」とは言わないのに。あくまで「オシドリ夫婦」なのに。



 どうやら自分も勘違いをしていたらしい、と閉じた新聞。オシドリなんて、と。
 騙されてたよ、と考えながら、おやつを食べ終えて、部屋に帰って。
(オシドリよりも、丹頂鶴…)
 そっちが本物のオシドリ夫婦、と勉強机の前に腰掛けた。其処に飾ったフォトフレーム。飴色の木枠の中はハーレイと二人で写した写真。夏休みの一番最後の日に。
 今はまだ、二人一緒の写真はこれしか無いけれど。…いつかは結婚写真も撮れる。両親の部屋に飾ってあるような、幸せ一杯の素敵な写真を。
 今度はハーレイと結婚出来るし、前の自分たちのように恋を隠して生きなくてもいい。同じ家で暮らして、いつまでも一緒。今度は夫婦になれるのだから。
 毎年相手を変えるオシドリより、ずっと相手を変えないという丹頂鶴。そっちでいたい、と夢を描いた今のハーレイと自分。傍目には「オシドリ夫婦」と言われても、本当は丹頂鶴の夫婦。
 前の生で恋をしていた相手と、生まれ変わっても一緒だから。蘇った青い地球に生まれて、今も恋しているのだから。
 この先も、きっと。
 青い地球での生が終わっても、離れないできっと一緒の筈。
 此処に生まれて来るよりも前に、二人でいただろう場所に還って。死んだ後にも、二人一緒で。
 さっき新聞で読んだ丹頂鶴のつがいのように、離れないまま。いつまでも、きっと。



 相手が死んでしまった後にも、其処を離れない丹頂鶴。動かなくなっても、骨になっても。
 その身体がすっかり見えなくなるまで、朽ちても守り続ける鶴。キツネやカラスを追い払って。
(パートナーが死んでも、離れないなんて…)
 ずっと守って側にいるなんて、鳥なのに凄い、と改めて思った所で気が付いた。
 丹頂鶴は動かなくなったパートナーの側を離れず、いつまでも守ろうとするのだけれど。
(…前のハーレイ…)
 キャプテン・ハーレイだったハーレイは失くしたのだった。…前の自分を。
 何処までも共にと何度も誓ってくれていたのに、相手を失くしてしまったハーレイ。
 しかも、メギドで。シャングリラからは遠く離れた場所で。
(前のぼくの身体…)
 メギドと共に砕けてしまって、シャングリラに残りはしなかった。
 丹頂鶴が懸命に守り続けるという、パートナーの身体。動かなくても、骨になっても。キツネやカラスを追い払いながら、決して側から離れようとせずに。
 それが見えなくなってしまう日まで。大雨や雪に消される日まで。
 鶴でもそうして守り抜くのに、側にいたいと願うのに。
 前のハーレイは、近付くキツネやカラスを追い払うどころか、触れることさえ出来なかった。
 死んでしまった前の自分に。…動かなくなってしまった身体に。
 鶴でも守り続けるらしい身体を、前の自分は何処にも残しはしなかったから。
 暗い宇宙に散った身体は、シャングリラに戻らなかったから。



 今の今まで、考えたことも無かったけれど。
 ハーレイの温もりをメギドで失くして、独りぼっちになったことばかりを思い、訴え続けて来たけれど。…前の自分が死んでしまった後のハーレイは…。
(…もしかして、物凄く辛かった…?)
 たった一人で残されたというだけではなくて。
 守る身体さえも失くしてしまって。
 つがいの相手を失った鶴が、いつまでも守ろうとする身体。骨になっても、側を離れずに。側に立ってじっと守り続けて、キツネやカラスを追い払って。
 鶴でさえも大切に想い続けて、相手の死骸を守るのに。…消えるまで去ろうとしないのに。
 ハーレイは前の自分の身体を守れはしなくて、触れることさえ叶わなかった。
 シャングリラに戻って来なかった身体。…動かなくなってしまった身体。それさえも見られず、側にいられなかったハーレイ。
 とても辛くて悲しかったろうか、せめて側にと思ったろうか。死んで動かない身体でも。
 鶴でもそれを願うのだから。側を離れずにいるのだから。
(…ハーレイだって、そうだった…?)
 前の自分は、ハーレイに「ジョミーを支えてやってくれ」と伝えてメギドへ飛び去ったけれど。それきり戻りはしなかったけれど。
 ハーレイを独りぼっちにしたのだけれども、もしも、身体だけ戻っていたら。
 動かなくなった身体だけでも戻っていたなら、少しは辛くなかっただろうか。同じように一人、残されたとしても。…シャングリラに独りぼっちでも。
 キツネやカラスは来ないけれども、動かない身体を守れたら。側にいることが出来たなら。



 けして叶いはしなかったこと。メギドで死んだ前の自分の身体が、あそこで消えずにハーレイの所に戻ること。
 それは無理だったと分かるけれども、ハーレイが動かなくなった身体に出会えていたら。自分が愛した者の身体を目にすることが出来たなら。
 気が済むまで側で見ていられたなら、辛さは減っていたのだろうか。
 つがいの相手を失くした鶴が死んだ相手に寄り添い続けて、守ることを生き甲斐にするように。愛の証を立てるかのように、相手を守り続けるように。
 前のハーレイもそれが出来たら、独りぼっちだと思わずに済んでいたのだろうか…?
(…どうだったの…?)
 今の自分には分からないこと。前の自分は、考えさえもしなかったこと。
 其処まで思いはしなかった。一人残されるハーレイの辛さも、きっと考えてはいなかったから。それに気付いていたとしたなら、他にも言葉を残したろうから。
 恋人同士の別れのキスは交わせなくても、「先に行って待っているよ」とでも。
 「君が来るまで待っているから」と伝えさえすれば、ハーレイにもきっと救いが生まれた。先に逝った恋人を追ってゆく日まで、頑張らねばと。「今もブルーは待っているから」と。
 それもしようとしなかった自分。…身体も残さず死んでゆくことが、ハーレイにとってどれだけ辛いか。考えもしないし、気付きさえしない。
 現に今まで、あの鶴の話を読むまで思いもしなかったから。
 だから分からない、ハーレイの思い。…前の自分の骸があったら、救われたのかは。



 本当にどうだったのだろう、と考え込んでしまったこと。前のハーレイの辛さと悲しみ。
 前の自分でも分からなかったのに、今の自分に分かるわけがない、と見詰めるハーレイと一緒に写した写真。ハーレイの隣に写ったチビ。
 こんなチビでは分からないけれど、それでも知りたい気持ちになる。前のハーレイも鶴と同じに側で守りたかっただろうか、と。
 ぐるぐる考え続けていたら、チャイムが鳴った。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで訊いてみた。
「あのね、仲のいいカップルのこと…。オシドリ夫婦ってよく言うでしょ?」
 だけどオシドリ、本当は相手を変えるって…。ずっとおんなじ相手じゃなくって、雛が巣立ちを済ませた途端にカップル解消。
 次の年には新しい相手を探しに出掛けて、別のカップルになってしまうって…。
「そうらしいなあ、面白いもんだ」
 オシドリの夫婦には、ちゃんと伝説もあるんだが…。
 狩人に殺された雄の首をだ、しっかりと羽の下に抱えていた雌のオシドリの話とか。
 しかし本物のオシドリときたら、お前が言ってた通りなんだよな。毎年、新しい恋をするんだ。
「人間の勘違いだよね。でも…。丹頂鶴は相手を変えないんだって」
 本当に本物のオシドリ夫婦で、つがいになったら、ずっと一緒。
 相手が死んでしまわない限りは、一生、おんなじ相手と暮らしていくって…。
「鶴の仲間はそうだと聞くが?」
 丹頂鶴に限らず、どれも。…この地域で繁殖している鶴は、丹頂鶴しかいないそうだが。



 渡ってくる鶴なら冬に二種類いるからな、とハーレイが挙げたナベヅルとマナヅル。この地域で子育てはしないけれども、どちらも相手を変えない鳥。一度つがいになったなら。
 丹頂鶴でなくても、鶴の仲間はそういう習性を持つらしい。ハーレイは知っているようだから。
「じゃあ、相手が死んでも離れないって、知ってた?」
 パートナーが死んじゃった時。…直ぐに飛んでは行かない、ってこと。
「暫くは其処にいるらしいな?」
 他の鳥なら行っちまうのに、相手を変えない鳥となったら愛情深いというわけだ。
「暫くじゃないよ…!」
 ちょっとどころか、うんと長く側にいるんだよ。…キツネやカラスを追い払いながら。
 そういうのが死体を食べちゃわないよう、翼を広げて脅かしてみたり、クチバシでつついて。
 食事の時には離れて行くけど、それ以外は側で守るんだって。…骨になっても、まだ側にいて。
 雨とか雪で死体がすっかり消えてしまうまで、ずっと守って、側で過ごして…。
 姿が見えなくなって初めて、何処かへ飛んで行っちゃうんだって。
「そうだったのか…。骨になっても、まだ守るんだな」
 さっき話したオシドリの伝説、あれの雌のオシドリが抱えていた首もそうなんだが…。
 雌のオシドリを狩人が殺したら、羽の下から骨になった雄の首が出て来るんだが。
 まさにそれだな、丹頂鶴。…本当に相手を想ってるんだな、とっくに死んでしまってるのに。
「可哀相でしょ?」
 最後まで諦められないんだよ。骨になっても、相手のことを。
 消えてしまったら諦めるけれど、それまではずっと、好きだから側にいるんだよ…。
「…忘れられないってことなんだろうなあ…」
 ずっと一緒に暮らしてたんだし、その相手を。…好きだったから、守って側にいるんだな…。



 可哀相にな、とハーレイも相手を失くした鶴の姿を思い浮かべているようだから。
 どんなに寂しいことだろうかと、残されてしまった鶴に同情しているから。
「それでね、前のハーレイなんだけど…」
 肝心のことを訊かなければ、と切り出してみたら、怪訝そうな顔になったハーレイ。
「…俺がどうかしたか?」
 鶴の話だろ、どうして其処で前の俺の名前が出て来るんだ…?
「ハーレイ、前のぼくの身体、あったらどうした?」
「はあ?」
 前のお前の身体って…。ますます分からん、鶴の話はどうなったんだ。
 そりゃあ確かに、前のお前は鶴みたいな凄い美人だったが…。
「鶴って…。鶴でもいいけど、その、前のぼくの身体」
 メギドで消えてしまうんじゃなくて、ちゃんとシャングリラに戻っていたら。
 死んじゃった鶴と同じで動かないけど、ただの死体になっているけど…。
 あった方がハーレイ、辛くなかった…?
 何も残らずに消えてしまうより、身体が戻った方が良かった…?
「そういう意味か…。鶴とは其処で繋がるんだな」
 死んじまったお前の身体を守って、側にいられた方がいいか、と。
 最初からすっかり失くしちまうより、鶴みたいに側で守って、眺めて。…俺の気が済むまで。
 シャングリラにキツネやカラスは来ないが、お前の身体を守れていたら、か…。
 …どうだったろうな、前の俺ならどうしたろうなあ…。



 知らなかった方が良かったくらいの最期だしな、と呻いたハーレイ。
 前の俺は何も知らないままで終わってしまったんだが、と。
「…お前、キースに何発も撃たれちまったし…。右目まで潰されちまったし…」
 もう血まみれで、その上、お前は死んじまった後で…。
 そんな身体が戻っていたなら、俺はキースを決して許せはしなかったろう。…今以上に。
 お前をそういう風にしたのが誰かは、直ぐに想像がつくからな。
 死んじまったお前を抱き締めて泣いて、泣きながら「殺してやる」と怒鳴って。
 …恋人同士だったとはバレないだろうな、お前が俺の友達だったことは誰でも知ってる。いつも敬語で話していたのは、お前がソルジャーだったからだ、ということも。
 どんなに怒って泣いていようが、誰も疑いはしないだろうし…。
 キースを憎んで憎み続けて、八つ裂きにするほど憎んだろうな。…いつか必ず殺してやる、と。
「…ホント?」
 だけど、キースを殺せるチャンスは無くって、そのまま地球まで行っちゃったから…。
 地球に降りたら、殴ってた?
 前から何度も言っているものね、「キースを殴り損なった」って。
 キースが前のぼくに何をしたのか知らなかったから、殴る代わりに挨拶した、って…。
「ああ、間違いなく殴っていたな」
 顔を見るなり、派手にお見舞いしただろう。…会談の前であろうが、何だろうが。
 あいつの顔が歪むくらいに、俺の全身の力をこめて。
 …だが…。



 それで片付いていたんだろうか、とハーレイは腕組みをして考え込んだ。
 今まで引き摺って嫌う代わりに、あそこで一発殴って終わりになっただろうか、と。
「前の俺もキースを憎んではいたが…。前のお前が死んじまったのは、キースのせいだし」
 あいつがメギドを持って来なけりゃ、俺はお前を失くさなかった。
 キースのせいだ、と憎み続けて地球まで行ったが、それだけのことだ。
 俺は恨みのぶつけようが無くて、憎み方さえ知らなかった。…憎いと思っていただけで。
 前のお前がどうなったのかを知らなかったせいだ、そうなったのは。
 …もしも、血まみれで死んだお前の身体を見ていたら。
 泣きながら抱き締める羽目になっていたなら、誰に憎しみをぶつけるべきかはハッキリしてた。
 お前を残酷に撃ち殺したキース、あいつも同じ目に遭わせてやると。
 殺せないなら、殴るまでだ。…お前の痛みの一部だけでも味わうがいい、と。
 多分、右目にお見舞いしたろう、渾身の力をぶつけてな。…目の周りにアザが残るようなのを。
 会談の時にキースの顔が腫れていようが、アザがあろうが、知ったことか。
 …しかし、それでスッキリしたのかもしれん。仇は討った、と。
 その一発で俺は恨みを晴らしてたかもな、国家主席の顔に立派なアザを作って。
 今日まで憎み続ける代わりに、一発殴って「これで終わった」と。
 前のお前が撃たれた分を見事に返してやった、と会談の席で国家主席のアザを眺めて満足して。
 …あの会談が始まる前には、全宇宙規模で中継していたんだから。
 キースの顔のアザってヤツもだ、全宇宙規模でお披露目になって、もう最高の晴れ舞台ってな。
「…なんだかキースが気の毒だけど…。今の時代までアザのある写真が残りそうだけど…」
 それでハーレイがスッキリしたなら、前のぼくの身体、残ってた方が良かったね。
 メギドから戻せるわけがないけど、戻す方法があったなら…。
「そうだな…。俺もその方が良かったかもな」
 どんなに辛い思いをしようが、お前を助けられなかったと泣き崩れることになっていようが。
 …お前の身体が戻っていたなら、俺はお前に会えたんだからな。
 動かなくなった身体だろうが、お前には違いないんだから。



 きっと守っていたんだろう、とハーレイが呟く。
 そういう身体が戻って来たなら、弔った後も、白いシャングリラに残しておいて。
 「ブルーは最期まで、地球に行きたいと望んでいたから」と、キャプテンの貌で皆に宣言して。
 誰も反対しない筈だから、地球に着くまで、柩に入れて。
「…お前の身体を保存できる柩、作るくらいは簡単だからな」
 それだけの技術は船にあったし、やろうと思えばいくらでも出来た。…あの戦闘の最中でも。
 外からもちゃんと中を覗けて、少しくらいなら蓋を開けても大丈夫なヤツ。
 そういう透明な柩を作って、青の間に置かせておいただろう。あそこがお前の部屋なんだから。
 他の仲間も、もちろんお前に会いに出掛けてゆくんだろうが…。
 俺が行くなら、誰も来ないような夜中だな。仕事が終わった後に一人で。
 …実際の俺は、そんな時間や空き時間に行っては、ナキネズミと話していたんだが…。レインがいなけりゃ、一人でお前と話しているつもりで過ごしてたんだが。
 もしも柩にお前がいたなら、お前に話し掛けただろう。
 何度も眺めて、柩を開けても大丈夫な間は、お前の手をそっと握ってやって。 
 …柩の蓋を閉じる前には、お前の手を撫でていたんだろうな。こんな手だった、と。
 蓋を閉じても名残惜しくて、外から何度も手を重ねようとしていただろう。
 帰る時には「また来るからな」と、お前にきちんと約束をして。
 柩の上からお前にキスして、お前の姿を目に焼き付けてから帰って行くんだ。…次に来る時まで忘れないように。目を閉じたら、いつでも思い出せるように。
 キャプテンとしてなら、何度でも訪ねて行けるんだろうが…。
 恋人として次に訪ねられるチャンスは、いつになるのか分からないしな。



 地球に着くまで、何度も何度も、青の間を訪ねて行っただろう、とハーレイは言った。
 キャプテンとしての役目とは別に、前の自分の恋人として。
 …誰にもそうだと知られないように。誰も青の間には行かない時間に、一人きりで。
 ソルジャー・ブルーの友達だったキャプテン・ハーレイの、私的な訪問。今は亡き友と語り合う時間、それだと皆は思うだろうから。
 けれど、本当は恋人に会いに。…二度と目を開けてはくれないけれども、恋人だから。
 大切な人が眠っているから、その手を握りに、キスを落としに。
 時間が許す限り柩に寄り添い、眠り続ける恋人が寂しくないように…。
「…お前は寂しがり屋だったからなあ、寿命が尽きると知った時には泣いてたくらいに」
 俺と離れてしまうんだ、って泣いていただろ、前のお前は。
 そんなお前が、一人きりで先に死んじまって…。寂しくない筈がないんだからな。
 しかしだ、俺は地球に着くまで、お前を追っては行けないんだし…。
 出来るだけ側にいてやるより他には、どうすることも出来ないんだから。…地球に着くまでは。
 だったら、お前が寂しがらないように訪ねて行っては、側にいないと…。
 俺が行かないと、お前、寂しくてシクシク泣いていそうだからな。…独りぼっちだ、って。
「そっか…。ハーレイ、鶴とおんなじだね」
 相手が死んじゃった鶴とおんなじ。…いつまでも側を離れない、って。
 鶴は餌を食べに行ってる間だけ、側を離れるらしいけど…。ハーレイは仕事の間だけ。
 そうでない時は、死んじゃったぼくの側にいるんだね。ぼくはもう、動きもしないのに…。
 ハーレイがどんなに呼んでくれても、返事もしないし、目も開けないのに…。



 まるでつがいの相手を失くした鶴のようだ、と考えてしまったハーレイの姿。
 前の自分の身体はメギドで消えてしまったけれども、それがあったら、そうなったのかと。
 ハーレイは動かなくなった前の自分の身体を守って、柩の側に佇んだのかと。
 キツネやカラスから守る代わりに、葬らせないよう守り続けて。
 「地球に行きたいと願っていたから」と、クチバシでつつく代わりに言葉で守って。
 生きていた時の姿そのままで、透明な柩に収めた身体。
 鶴が失くしたつがいの相手は朽ちるけれども、朽ちない身体をハーレイは守る。愛おしむようにキスを落として、何度も何度も手を握りながら。
 柩の蓋を開けられない時は、柩の上から手を重ねて。
 永遠の眠りに就いた前の自分が、青の間で独り、寂しがることがないように。
 自分も仕事が忙しいだろうに、せっせと時間を作り出しては、青の間へ足を運び続けて。
 相手を失くした鶴は、そうして過ごすから。…骨になっても側を離れず、寄り添い続けて守って過ごす。生涯を共にと願った相手を。
 守ろうと寄り添い続けた身体が、雨に流されて消えてしまうまで。白い雪の下に埋もれるまで。
 そうなるまでは決して離れない鶴。
 ハーレイも同じに、前の自分に寄り添い続けた。…もしも動かない身体が戻っていたならば。
 白いシャングリラに、前の自分の柩が置かれていたならば。



 本当に鶴とそっくりだね、と繰り返したら、「そうしたかったな」と答えたハーレイ。
 「前の俺には夢物語で、今だから言えることなんだが」と。
 悲しげに揺れる鳶色の瞳。…「前のお前は戻らなかった」と。メギドに行ってしまったきりで。
「…お前の身体を柩に入れて、俺が守って。…それが出来ていたら、良かったかもな…」
 キースを八つ裂きにしたくなるような、血まみれのお前を見ていたとしても。
 冷たくなっちまったお前の身体を、抱き締めて泣くことになったとしても。
 …もう一度、お前に会えたなら…。あれっきりになっていなかったならば、俺は守った。
 お前が返事をしてくれなくても、二度と目を開けてくれなくても。
 それでも、お前は俺の側で眠っているんだから。…二度と起きてはくれないってだけで。
 眠るお前が寂しくないよう、俺が守ってやらないとな。…お前には俺しかいないんだから。
 もちろん、柩に入れる前には、傷が分からないようにしてやっただろう。
 ノルディに頼んで、出来る限りのことをしてから、眠っているように目を閉じさせて。
 染み一つない綺麗な服を着せてやって、それからそっと寝かせてやって。
 …何度も覗きに行ったんだろう。
 お前が起きないと分かっていたって、お前の隣で過ごすためにな。
 鶴と同じだ、俺にはお前しかいやしない。…他のヤツでは駄目なんだ。お前もそうだろ?
 だから、地球まで連れて行ったさ。俺の大事なお前を守って。
 …残念なことに、そいつは出来なかったがな…。
 お前はメギドに飛んでったきりで、身体も戻って来なかったから。
 …鶴みたいに最後まで寄り添いたくても、肝心の身体が無いんじゃなあ…。



 前の俺は鶴になり損なったな、とハーレイが浮かべた辛そうな笑み。
 出来ることなら、そんな風に鶴になりたかった、と。つがいの相手を失くした鶴に。
「…ごめん…。ごめん、ハーレイ…」
 前のぼくの身体、無くなっちゃってて、本当にごめん…。
 もしも残ってたら、ハーレイの辛さはマシになってた筈だったのに…。
 キースのことだって殴って終わりで、国家主席の顔写真にアザが残っておしまいだったのに…。
 ごめんね、ぼくがメギドで死んじゃったから…。ぼくの身体、メギドで消えちゃったから…。
「お前が謝ることじゃない。…前のお前は間違っちゃいない」
 何度も言ったぞ、間違えたのは俺の方だと。…お前を追い掛けるべきだった、とな。
 そうでなければ、全力でお前を引き止めるかだ。…物分かりのいい顔をして送り出す代わりに。
 俺はどっちもしなかったんだし、自業自得というヤツだ。鶴になり損なったのは。
 …何の努力もしなかったヤツには、悔やむ資格は無いんだから。文句だって言えん。
 それにだ、前の俺は鶴にもなれなかったが、今度はお前と一緒だろうが。
 ずっとお前と二人で暮らして、死ぬ時も一緒に死ぬんだろ?
 お前、一人で生きたくはなくて、俺と一緒に死ぬんだって言っているんだから。
「うん…。ハーレイと一緒でなくちゃ嫌だよ」
 相手を失くした鶴みたいになったら、悲しくて生きていけないもの。
 ハーレイといつまでも、何処までも一緒。死ぬ時もハーレイと一緒なんだよ、今度のぼくは。
 ずうっとハーレイと二人一緒で、鶴みたいに一緒に暮らすんだよ…。



 何処までも一緒、とハーレイの小指と絡めた小指。「約束だよ」と。
 「いつかハーレイと結婚する日に、ハーレイとぼくの心を結んでよね」と。
 そうしておいたら、きっと心臓が一緒に止まってくれるから。
 青い地球での命が尽きても、二人、離れはしないから。
 いつか心臓が止まる日が来ても、お互い、鶴の舞は舞わなくてもいい。
 つがいの相手を失くした鶴の、悲しい舞は舞わなくていい。
 それは要らない二人だから。
 鶴の舞は愛を確かめ合うだけ、そのためだけに舞うのだから。
 生まれ変わって来た青い地球の上で、最後までずっと、手を繋いだまま。
 地球での満ち足りた生を終えたら、元来た場所へと、二人で還ってゆくのだから…。




            鶴のように・了

※一生、相手を変えない鶴。パートナーが死んでしまっても、その側を離れずに守る鳥。
 前のブルーの亡骸が船に戻っていたなら、ハーレイもそうした筈。叶わなかったのですが。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv











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