忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ピアスの意味

(赤ちゃんにピアス…?)
 こんなに小さい赤ちゃんなのに、とブルーが眺めた新聞の写真。学校から帰って、ダイニングで広げてみた新聞。おやつのケーキを食べ終えた後で、熱いミルクティーを飲みながら。
 とても小さな赤ちゃんの耳にキラリと光っているピアス。両方の耳に。
 ほわほわとした笑顔からして、まだ泣くか笑うかしか出来なさそうな女の子。けれど、一人前に両耳にピアス。本当にとても小さいのに。
(…もうお洒落するの?)
 ベビーカーでお出掛けするのに、お洒落するのかと思ったら…。
 そうではなかった、赤ちゃんのピアス。様々な文化を紹介するコラム。ピアスは女の子のための魔除けのお守り、地域によって違う文化の一つだという。
 SD体制が崩壊した後、復興して来た幾つもの文化。蘇った地球では、遠い昔の地域に合わせて多様な文化が息づいている。もちろん、今の時代に馴染む形で。
 赤ちゃんのピアスもそれだった。カメラの方を見ている愛くるしい子。
 手が動くようになってからピアスの穴を開けると、耳をいじってしまうから。化膿したりすると大変だからと、その前に開けるピアス穴。生後三ヶ月以内が普通。
 地域によっては七日目だとか、生まれて直ぐに病院で開けてしまうとか。
 魔除けの習慣がある地域だと、当たり前のように赤ちゃんにピアス。小さい間に。



 てっきりお洒落だと思っていたから、まじまじと眺めてしまった写真。魔除けのピアス。
(ちょっとビックリ…)
 今の自分が住んでいる地域には無い文化。遥かな昔は日本という島国が在ったらしい場所。
 此処ではピアスは、もっと大きくなってから。赤ちゃんの耳にピアスは無い。
 大人の女性でも、ピアスの穴を開けるのは怖いと、イヤリングにしている場合も多いのが此処。母もつけるならイヤリングだから、普段は耳に無い飾り。お洒落して外出する時だけ。
 だから余計に、赤ちゃんのピアスもそうだと思った。お洒落なんだ、と。まだ小さいのに。
(此処だと、学校はアクセサリー禁止…)
 義務教育の間は、学校につけて行けないアクセサリー。登校する途中で編んだ花冠やら、可愛い花を繋ぎ合わせたネックレスならば別だけれども。
 それ以外は駄目な規則なのだから、ピアスをつけた子だっていない。そういう文化を持った地域から転校生の女の子が来たら、出会えそうだけれど。
 色々な地域の文化が大切にされているから、「外しなさい」とは言われない時代。その子だけはきっと例外扱い、他の女の子に羨ましがられることだろう。「とってもお洒落」と。
(ホントに文化が色々あるよね)
 今はいっぱいあるんだから、と新聞を閉じて、コクリと飲んだミルクティー。
 前の自分が生きた頃とは、まるで違っている時代。あの頃は機械が統治しやすいよう、消されてしまっていた多様な文化。人が個性を持ち始めたなら、機械の手には負えないから。



 時代はすっかり変わったよね、と二階の自分の部屋に帰って。勉強机の前に腰掛けて、さっきの写真を思い浮かべた。幸せそうだった小さな赤ちゃん。耳にピアスの女の子。
(赤ちゃんのピアス…)
 前の自分が生きた時代は無かった習慣。
 子供は人工子宮から生まれて、養父母の所へ配られた時代。人工子宮から生まれた途端に、耳にピアスをつけてくれたりはしなかった機械。生きてゆくのに必要なものではないのだから。
 赤ちゃんを受け取った養父母も同じで、教育ステーションで教わらなかったことなどはしない。養母の耳にピアスがあっても、育てる子供の耳にピアスをつけようなどとは思わなかった。
 そもそも、お守りでさえもなかったピアス。魔除けのお守りも無かった時代。
(キースの場合は…)
 お守りだったかもしれないけれど。
 有名な、サムの血のピアス。SD体制を壊した英雄の一人、キースの耳に光っていたピアス。
 教育ステーション時代のキースの親友、サムの血を固めて作られた赤いピアスは、今の時代まで語り継がれている。国家主席に昇り詰めても、キースの耳には赤いピアスがあったから。
 いつでもサムと一緒だったキース。最後まで友情を忘れなかったキース。
 そういう優しさを秘めていたから、彼は時代を変えられたのだ、と。



 歴史の授業では必ず教わる、キースの赤いピアスの正体。ナスカから後の時代の写真は、どれもピアスをつけたものばかり。
 あれはお守りだったのだろうか、「いつでもサムと一緒なのだ」と。メンバーズだったキースの周りはライバルだらけで、友達はいなかっただろうから。
 本当の友達は此処にいるのだと、サムの血のピアスをつけていたなら、お守りの一種。
 どんな窮地に追い込まれた時でも、心で語り掛けられる親友。「お前ならどうする?」と相談をしてみたりして。
 元気に生きている友達だったら、語り掛けても自己満足でしかないのだけれど。
 サムは心が壊れてしまって、子供に戻っていたという。もういなかった、教育ステーションでのキースの友達。色々と相談出来た友達。
 友達だったサムの心を、キースはピアスに託しただろうか。「今も一緒だ」と。
 相談したいことがあるなら、サムに。…ピアスに心で語り掛けて。
 サムが答えるだろう言葉を思い浮かべて、そうして前へと進んだろうか。壊れる前のサムの心は何処へでも飛んでゆけたから。…身体から自由になっていたから。



 もしもキースがそうしていたなら、あのピアスはやっぱりお守りだよね、と考えたけれど。
 サムの血のピアスをつけたキースの写真を、頭の中で眺めたけれど。
(…前のぼく、知ってたんだっけ?)
 キースがつけていたピアスの正体。それは友達の血を固めたものだと。
 メギドで撃たれた時はピアスどころではなかったから、と格納庫での記憶を手繰った。キースが脱出するなら此処だ、と先回りして待った格納庫。
 あの時はまだ、キースの名前も知らなかった自分。「地球の男が逃げた」と大騒ぎだった仲間の思念を拾っただけだったから。
 フィシスとトォニィを人質に取って、キースはやって来たけれど。
 これが問題の「地球の男」かと、物騒な気配を漂わせるキースに向かって歩き出したけれど。
(…ピアス自体に気付いてなかった…?)
 どうもそういう気がして来た。
 フィシスとトォニィを助けなければ、と意識はそちらに向いていたから。名前も分からない敵の瞳をしっかりと睨み据えただけ。逃すものか、と。
(瞳の色は覚えているけど…)
 アイスブルーだったキースの瞳。けれど、それしか記憶に無い。
 キースの瞳を睨んでいたなら、耳などは見ていないから。ピアスに気付く筈も無いから。



 今は有名なサムの血のピアス。歴史の授業で教わるほどに。
 けれど、ジョミーですらも気付きはしなかった。前の自分よりもずっと長い時間、キースと対峙していたのに。ナスカにやって来たキースと戦い、シャングリラで捕虜にしていたのに。
(…あのピアスがサムの血だったこと…)
 ジョミーは気付かないままだった。サムはジョミーの幼馴染で、懐かしい友達だったのに。そのせいでサムはマザー・システムにプログラムを仕込まれ、心を壊されてしまったのに。
 もしもジョミーが、キースのピアスに気付いていたら。
 その正体を見抜いていたなら、事情は変わっていたかもしれない。キースに対する接し方から、話す内容まで変わったろうから。
 それと同じで、前の自分も…。
(キースのピアスに気付いていたら…)
 きっと注目しただろう。あれは何かと、赤いピアスに。
 そうなっていたら、あのピアスからスルリと入り込めただろう。キースの心に、もっと深く。
 どうしてピアスをつけているのかと、それを探っていたならば。
 意味があるのかと、キースの心に尋ねていたら。



 ピアスについて尋ねていたなら、きっと返っていただろう答え。あの一瞬に。
 前の自分はキースの心に入り込んだし、フィシスと同じイメージまでをも読み取ったのだから。
 つまりはキースの一番奥まで入り込んだ証拠。
 其処で「あれは?」と問えば容易く得られた答え。「友達の血だ」と。
(…その友達がサムだってことも…)
 キースは答えたのかもしれない。意識の奥底、其処にいる友が誰なのか。
 それを自分が読み取っていたら、あるいは変わっていたかもしれない。色々なことが。
 最終的にはシステムに逆らい、SD体制を壊したキース。その時期がもっと早くなったとか。
 キースはメギドを持ち出すことなく、ナスカから去って行ったとか。
 前の自分もサムを知っていたし、話の糸口は掴めただろう。キースの誤解を解くことも出来た。
 「サムを壊したのは、ミュウではない」と。「ジョミーは友達を壊しはしない」と。
 目覚めたばかりの前の自分は、ジョミーと再会したサムが何をしたのかは知らなかったけれど。それでもジョミーがサムを壊しはしないことは分かる。
 だから、キースを説得したろう。「君は何かを誤解している」と。
 ジョミーを呼ぶから少し待ってくれと、そうすればきっと分かるから、と。
 けして馬鹿ではなかったキース。そう話したなら、恐ろしい目で睨みながらも待っていたろう。どういう言い訳をするつもりなのか、真相を自分で見極めねば、と。
(待ってくれるなら…)
 自分も人質になっても良かった。「間違っていたなら、ぼくを殺せ」と。
 キースに銃を突き付けさせて。「駄目だった時は、ぼくを人質にして脱出しろ」と。



 けれど、キースとは話せなかった。…サムの血のピアスに、前の自分は気付かなかった。
(…ピアス、飾りだと思っていたから…)
 視界の端で捉えたとしても、気にさえ留めていなかったろう。ピアスがあるな、と思う程度で。
(多分、ピアスは見ていたんだよ…)
 敵の全てを把握するのは鉄則だから。どんな姿か、どれだけの力がありそうなのか。
 キースが武器を持っているのか、倒すとしたら何処を狙うか。…瞬時に全てを見ただろう自分。耳のピアスも当然、見た筈。「無意味な物だ」と切り捨てただけで。「ただの飾りだ」と。
 そんな具合だから、まるで記憶に無いピアス。…格納庫でも、メギドで撃たれた時にも。
 あの時代には、お守りの意味が無かったピアス。
 キースがしていたピアスの他には、多分、一つも。…そういう文化は無かったから。
(…大失敗…)
 前の自分が犯した過ち。キースのピアスを目にしていながら、少しも注目しなかったこと。
 「あれは何か」と思いさえすれば、きっと全ては変わったろうに。
 ピアスがお守りだった時代を、前の自分が知っていたなら。
 ただの飾りではないものなのだと、知識だけでもあったなら…。
 キースのピアスをチラリと眺めていただろう。飾りか、そうではないのかと。
 今から思えば、「地球の男」がアクセサリーを好む筈がない。任務には必要無いものだから。
 そのピアスをキースがつけていたこと、それ自体が不思議だったのだから。
 前の自分は、飾りだと思ってしまったけれど。…そういう時代だったのだけれど。
(…エラたちだって…)
 飾りとしてピアスをつけていたのだった。お守りではなくて。
 今の自分が新聞で見た小さな赤ちゃん、その耳にあった魔除けのピアスとはまるで違って。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が見ていたピアス。飾りだったピアス…。



 生き地獄だったアルタミラ。メギドの炎に滅ぼされた星から、命からがら脱出した船。
 ようやっと落ち着き、船の名前もシャングリラと変えて、暗い宇宙を旅していた頃。前の自分が奪った物資に、ピアスが幾つか紛れていた。衣料品などを収めたコンテナの中に。
 誰も見たことが無かったピアス。それぞれ違う色や形や。
「なんだい、これは?」
 変なものだね、とブラウが指でつまんで眺めた。物資の処分を考える席で。
「アクセサリーらしいよ。ピアスと言ってね」
 女性向けの、と話したヒルマン。既に調べて来ていたらしい。多分、ハーレイから聞いて。まだ前のハーレイは備品倉庫の管理人だったし、物資の仕分けをしていたから。
 ヒルマン曰く、ピアスは耳につけるもの。耳たぶに小さな穴を開けて。
「耳に穴ですって? とんでもないわ…!」
 怖い、と叫んだのが若かったエラ。自分の耳たぶを手で隠しながら。
「そうかい? 面白そうだけどねえ?」
 どんな感じになるんだろうね、と耳たぶに当ててみたのがブラウ。ピアスを一つ取ってみて。
 「似合いそうかい?」と、おどけてみせたりもして。
 今すぐ役には立たないけれども、残しておこうということになった。大して取らない保管場所。備品倉庫の隅に置いても、全く邪魔にはならないから。



 とりあえず専用の箱を設けて、その中に入れて終わったピアス。これで良し、と。
 それからもピアスは少しずつ増えた。衣料品を奪った時に、それに混じって。恐らく、女性用の服に合わせて似合いの物を詰めていたのだろう。服とセットで売れそうな物を。
 服とセットにするくらいだから、宝石や貴金属ではなかったけれど。ただのアクセサリーでしかなかったピアス。混じっていたら、専用の箱に入れるだけ。
 ところが、ノルディが医者の仕事を始めて暫くした頃。
「どうだい、これは?」
 似合うかい、と得意げに現れたブラウ。その耳に光っていたピアス。小さな金色。
「ブラウ…!」
 開けちゃったの、と驚いたエラ。耳たぶに穴を開けるなんて、と。
 けれど、ブラウは全く気にしていなかった。むしろ自慢で、「やっと開けたよ」と言ったほど。初めてピアスに出会った時から、機会を狙っていたらしい。どうやって穴を開けたものかと。
 其処へ登場したノルディという医者。いわゆる資格は持っていないけれど、データベースで得た情報を元に、薬を処方し、怪我の治療も見事にこなした。
 そのノルディなら、と目を付けたブラウ。「耳にピアスをつけたいんだけどね?」と。
 相談されたノルディは医者として調べ、安全に穴を開ける方法を見付け出した。それに道具も。
 ブラウはいそいそと第一号の患者になって、ピアス穴を開けたという次第。両方の耳に。



 こうして好奇心旺盛なブラウがつけ始めたピアス。最初はポツンと小さな金色。キースのピアスよりずっと小さな、控えめなもの。それはノルディのアドバイスで…。
「少しずつ大きくするんだってさ、ピアスってヤツは」
 開けて直ぐには、このくらいのヤツがいいらしいよ。耳に負担がかからないから。
 もっと洒落たのがいいんだけどねえ、急がば回れって言うからね。…まあ、見てなって。
 日が経つにつれて、「今日はデカイの」と大きくなっていったブラウのピアス。備品倉庫の例の箱から選び出しては、少しずつ。
 それが不思議に似合っていた。白やら青やら、ブラウの耳を彩っていたピアス。そして…。
「ありゃ、エラもかい?」
 怖がってたくせに、と驚いたブラウ。
 ある日、エラの耳にも小さなピアスが光っていた。ブラウが最初につけていたのと同じ金色。
 前の自分も驚いたけれど、ゼルたちによると女心というものらしい。
「綺麗になりたいものらしいぞ。女ってヤツは」
 ああして、耳に穴を開けてもかまわんようだ。それで綺麗になれるんならな。
「ふうん…?」
 そういうものか、と見ていた間に、増えていったピアス。他の女性たちもつけ始めたから。備品倉庫の箱を開けては、つけたいピアスを見付け出して。
 それで自分の耳を飾るために、ノルディに穴を開けて貰って。



 白い鯨が出来上がる頃には、エラのピアスも立派になった。宝石で出来てはいなかったけれど、雫の形をした紫。エラのお気に入りでトレードマーク。
 ブラウのはとても大きくなった。遠目にも分かる、金色の輪っか。
 どちらも二人に似合っていた。長老の服のデザインにも。
 他の女性たちの耳にも、それぞれ好みで選んだピアス。色も形も、大きさだって。
(飾りなんだ、って思ってたから…)
 フィシスが大きく育った時にも、似合うピアスをつけさせた。
 耳たぶに穴を開けるのをフィシスは怖がったけれど、メディカル・ルームに付き添って行って。
 手を取ってやって「痛くないよ」と宥める間に、ノルディがピアスをつける穴を開けて。
(フィシスのピアスも大きくて、立派…)
 最初は小さなものから始めて、少しずつ大きくしていった。フィシスに似合う華やかなものに。
 お守りではなくて、飾りだったから。
 ピアスは女性の顔を彩るためのもの。もっと綺麗になれるようにと。



 アルテメシアで保護した子供たちだって、大きくなったらピアスをつけたりしたものだから。
 耳たぶに穴を開けるのを怖いと思わない子は、「早くつけたい」と憧れていたほどだから。
(勘違い…)
 前の自分が勘違いしていた、キースのピアス。
 赤いピアスに気付いたとしても、飾りなのだと。ピアスに意味などありはしないと。
 ピアスがお守りだった時代を、全く知らなかったから。飾りだと頭から信じていたから。
 そのせいで見逃してしまったピアス。目にした記憶も持っていないほどに。
 あれはサムの血だったのに。…注意していたら、そうだと分かった筈だったのに。
(ぼくの馬鹿…!)
 すっかり手遅れなんだから、と唸っていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、向かい合うなり、切り出した。
「ねえ、シャングリラのピアスは飾りだよね?」
「飾りって…。シャングリラはピアスをつけていないが?」
 それともピアスは宇宙船用の専門用語か、とハーレイは勘違いしてくれたから。
「船じゃなくって…!」
 ピアスをつけるのは人間だよ!
 女の人たちはつけていたでしょ、いろんなピアスを…!
「なんだ、ブラウたちか」
 あいつらのピアスか、それが飾りかと訊いてるんだな?
「うん…。飾りだったよね、みんなのピアス」
 エラも、ブラウも、他のみんなも。…だからフィシスにもつけさせてたし…。
「飾りだったが? 最初は前のお前が奪った物資に紛れてたヤツで…」
 その内に船でも作り始めて、手先の器用なヤツらが色々なのを作ってたよな。
 残念ながら、本物の金だの宝石だのとは全く無縁なピアスだったが。…値打ちってヤツは無いも同然、単なる飾りに過ぎなかったが…。



 あの船のピアスがどうかしたのか、とハーレイが首を傾げるから。
「んーとね…。ピアス、今はお守りなんだってね?」
 ぼくたちが住んでる所だと、今もやっぱり飾りだけれど…。
 他の地域だと、お守りにしている所もあるって。赤ちゃんの頃から魔除けのピアス。…女の子が生まれたら、その病院でピアス用の穴を開けてくれるくらいに。
「そうらしいな。可愛らしい写真をよく見掛けるしな」
 俺は本物も何度か見てるぞ、旅先とかで。…あれはなかなか可愛いもんだ。
 親心ってヤツだな、子供にお守り。チビの間は、自分でピアスをつけられないのに。
「そっか…。お母さんが世話してあげないと駄目だね、気を付けて耳を洗ってあげたり」
 つけておしまいってわけにはいかないね、赤ちゃんのピアス。…色々大変。
 えっとね、その赤ちゃんのピアスで気が付いたんだよ、お守りのためにつけてるピアス。
 キースのピアスもそうだったっけ、って。
「…サムの血か…」
 あいつのピアスと言えばそうだな、サムの血のだな。
「ハーレイ、もしかして、知ってたの?」
 あのピアスが何で出来ていたのか、知っていたわけ…?
「…今の俺がな」
 歴史の授業で教わるだろうが。…キースがつけていたピアスには意味があるんだ、と。
 友達だったサムの血だってことも。
 ただの飾りじゃないってことをだ、しっかりと叩き込まれるってな。…だが…。



 前の俺は何も知らなかった、とハーレイは深い溜息をついた。
 ジョミーが捕えたキースを何度も目にしていたのに、血のピアスには気付かなかった、と。
「ぼくもだよ…。格納庫とメギドでしか見ていないけどね」
 メギドの時には、見てる余裕も無かったけれど…。格納庫だったら見た筈なんだよ。
 とにかくキースを倒さなくちゃ、と思っていたから、隙のありそうな場所を探してた筈。何処を狙って攻撃するのが効きそうか、って。
 …前のぼくだから、一瞬で全部見られた筈。それこそ、頭の天辺から爪先までね。
 きっとピアスも見たんだと思う、「耳には赤いピアスをしてる」って。
 なのに、それだけで済ませたんだよ。…どうしてピアスをつけているのか、考えもせずに。
 飾りなんだと思っていたから、それっきり。…お守りだった時代を知らなかったから。
 知っていたなら、変だと思って探っていたよ。キースの心に入り込んだ時に。
 「その耳のピアスは何のためだ?」って質問を投げて、キースの答えも掴んでた。友達の血だということを。
「なるほどな…。前のお前なら出来ただろうな」
 あいつの心に入ったんだし、その答えだって聞き出せただろう。…しかし、そいつを考えないで放っておいた、と。ただの飾りだと思っちまって。
「…大失敗だよ、凄いチャンスを無駄にしちゃった…」
 キースの友達の血だってトコまで掴んでいたなら、サムだってことにも気が付いたんだよ。前のぼくはサムを知ってたんだし、絶対、結び付いてたよ…。あのピアスとサムが。
 あれがサムの血だと分かっていたらね…。色々変わっていたんだと思う。
 キースを引き止めて、説得して。…ジョミーと話をしてくれるように頼んでみて。
 ちゃんとジョミーと話していたなら、キースの考え、変わっていたと思わない…?
「確かにな…」
 敵同士としてしか話してないのが、あの時のジョミーとキースってヤツだ。
 其処に友達が絡んで来たなら、お互い、態度が変わっただろう。…共通の友達なんだから。
 同じ友達を持っていたんだ、どうして敵同士になってしまったかを二人とも冷静に考えたろう。
 …そしたら分かっていた筈なんだ。キースの方にも、誰のせいでサムが壊れたのかが。
 マザー・システムのせいだと分かれば、キースの恨みの矛先も変わってくるからなあ…。



 前の俺も失敗したようだ、とハーレイが眉間に寄せた皺。やり方を間違えちまったな、と。
「…分析に回すべきだった。キースのピアスを」
 そうすりゃ、血だと分かっていたんだ。…それが分かれば、後はジョミーの仕事になる。
 ジョミーの力は、前のお前よりも遥かに粗削りってヤツではあったが…。
 トォニィを使ってキースの心に入り込んだほどだし、あのピアスからでも入れただろう。上手い具合に持って行けばな。
 入り込んだら、誰の血なのかも簡単に分かる。…キースがサムの友達だったことも。
 後はお前がやろうとしたのと、全く同じ展開だな。ただし、ジョミーが直接話す、と。
「それって、効果があっただろうね…」
 トォニィがキースを殺そうとした時よりも前になるんだし、キースは捕虜になってただけで…。
 逃げなきゃ命が危ないってトコまで行っていないし、殺気立ってもいないしね。
 ぼくが間に入らない分、じっくり話も出来てたのかも…。サムの思い出まで話せてたかも。
「まったくだ。…サムの友達として出会っていたなら、あの二人だって違っただろう」
 最初は確かに敵同士なんだが、「昨日の敵は今日の友」って言葉もあるからなあ…。
 サムを切っ掛けに打ち解けていた、って可能性はゼロではないだろう。
 いきなり仲良く友達同士とはいかなくっても、キースがメギドを持ち出そうとしない程度には。
 ソレイドに帰って報告してから、時間稼ぎをしたかもしれん。…俺たちがナスカから逃げるのに充分な時間を、つまらん報告なんかで作って。
 …あいつのピアスに、俺も気付いているべきだった。
 捕虜の身体検査ってヤツは、ジョミーでなくても、キャプテンの権限で出来たんだから。



 分析に回し損なっちまった、と悔しそうな顔のハーレイも飾りだと思っていたらしい。
 キースが耳につけていたピアスは、エラやブラウのピアスと同じで飾りなのだと。
「…仕方ないよね、ハーレイがそう思っちゃうのも…」
 シャングリラでなくても、あの時代のピアスは飾りの意味しか無かったから…。
 お守りのピアスをつけていた人は、何処を探してもいなかったような時代だから…。
 ヒルマンやエラは知識があったかもしれないけれども、お守りのピアスが無かった時代だし…。あの二人だってピンと来ないよ、キースのピアス。
 あれを外して分析させよう、って思うわけがないよ、意味があるなんて考えないもの。
 …ハーレイだって、アクセサリーだと思っていたから、ピアス、外させなかったんだし…。
 もしも外して「分析班に回せ」って言っていたなら、直ぐに血だって分かったのに…。キースの心に入る切っ掛け、ジョミーに教えられたのに。
 何もかも、ホントに手遅れだね…。
 キースはとても分かりやすいヒントを耳につけてたのに、誰も気付かなかっただなんて。
「…手遅れだとしか言いようがないな…」
 今頃になって嘆いた所で、時間ってヤツは逆さに流れてくれないんだが…。
 戻れるものなら、あそこに戻って「ピアスを外して調べてみよう」と思いたいもんだ。
 …捕虜の持ち物は徹底的に調べるべきだと、服もピアスも全部外して調べちまえ、と。



 失敗だった、と呻くハーレイが、あの時、ピアスを外させていたら。分析班に回していたなら、何かが変わっていたのだろうか。
 でなければ、前の自分が気付くとか。キースのピアスには何らかの意味がありそうだと。
「…前のぼくだって、大失敗だよ…」
 これを考えたのは今のぼくだけど、キースみたいなメンバーズ・エリート。
 …ブラウたちみたいに「綺麗になりたい」って思うわけがないし、ピアスは変だよ。任務の役に立つならともかく、飾りなんだよ?
 なのにピアスをつけてた時点で、怪しいと思うべきだったんだよ。どうしてだろう、って。
「…そうなんだろうが、飾りだと思っていたからなあ…」
 あれは飾りだと思っちまった、少しも怪しいと思いもせずに。
 ジョミーだって俺と同じだろうさ、調べさせろと言わなかったんだから。…ピアスはピアスで、それ以上でも以下でもないと言った所か、ジョミーにしても。
 エラのピアスは紫色で、ブラウのピアスはデカイ金色。そいつの続きでキースのは赤、と。
 前の俺はそんな風に見てたんだろうし、ジョミーも、他のヤツらも同じだ。…ひょっとしたら、エラやブラウは笑っていたかもしれないな。キースのセンスを。…似合っていない、と。
「…似合っていたとは思うけどね?」
 国家主席になってからだと、赤いピアスより青とかが似合うかもしれないけれど…。
 若い頃なら赤でいいと思うよ、顔立ちにしても、服の色にしても。
 …だから余計に見落としてたかな、飾りなんだと思い込んじゃって。…似合っていたから。
 あれが似合わない服を着てたら、前のぼくでも少しは変だと考えてたかも…。変な飾りだから。
 だけど、やっぱり飾りだとしか思わないみたい。…前のぼくだと。
 今の時代なら、お守りの所もあるのにね…。
 ピアスをつけてるキースを見たなら、飾りよりも先に、そっちを考えそうなのに…。
「俺もだな。今なら、飾りだと思うよりも先に、意味があるんだと考えるだろう」
 ミュウと戦うつもりで来るのに、飾りなんぞは要らないんだから。
 どう考えてもお守りだろう、と考えた上で、外させる。…お守りを取られたら動揺するしな。
 外したからには、ついでに分析。…そして血なんだと分かるっていう寸法なんだが。



 残念だった、とハーレイも悔やむキースのピアス。今の自分も惜しくなるピアス。
 どうしてあの時、飾りだと思ってそれを逃してしまったのかと。
 もしも正体が分かっていたなら、全ては変わっていたのだろうに。サムの血で作られたキースのピアスは、それだけの力を持っていたのに。
(…サムの血のピアス…)
 多分、あの時代にお守りの意味を持っていた唯一のピアス。
 お守りとしてピアスをつける文化は無かった時代で、飾りのピアスしか無かった時代。
 サムの血と一緒に生きたキースがつけていたのが、きっと最初で最後だろう。SD体制の時代に使われたお守りとしてのピアスは、多分、あれだけ。
 …つけていたキースは、フィシスと同じで、機械が無から創った生命体。SD体制が生み出したもので、あの時代にしか生まれなかった人間。その技術は廃棄されたから。
 文字通りにSD体制の申し子だったキース。彼がつけていた、お守りのピアス。
 それを思うと、不思議な気持ちになってくる。
 SD体制を崩壊させた英雄の一人、文化を先取りしていたキース。
 今の時代はお守りになっているピアス、それを誰よりも先にお守りとして使ってみせた。
 機械が創った生命とはいえ、誰よりも人間らしかったキース。…友達のサムを大切に思い、彼の血と一緒に生きていたキース。
 彼は文化を先取りしたのか、あるいはピアスはお守りなのだと知っていたのか。
 メンバーズになったくらいなのだし、何処かでそういう記録に触れて。



「ねえ、ハーレイ…。どっちだと思う?」
 キースはピアスがお守りだった時代を知っていたのか、知らなかったのか。
 …お守りなんだと知っていたから、サムの血のピアスをつけてたと思う?
 それとも、偶然だと思う?
 キースのピアスは、お守りみたいな意味を持ってたみたいだけれど…。
 ピアスがお守りだった時代を、キースは知ってて真似したのかな…?
「さてなあ…?」
 俺に訊かれても困るってモンだ、俺はキースじゃないんだし…。
 第一、俺はあいつが嫌いで、今も許してないんだが?
 もっとも、お前はキースを嫌ってないからなあ…。俺に分かる範囲で答えてやろう。
 …あのピアスのことは、誰に訊いても分からんぞ。
 キースは一切、記録を残してないからな。…そういうプライベートなことは。
 あいつの日記とか、そういったものは何も残っていないってな。
 だから分からん、あのピアスのことも。…どういう気持ちでつけていたのか、作らせたのかも。
 それについても残念ってトコだ、せっかくお前が目を付けたのにな…?



 チビのお前は好きに想像するがいいさ、とハーレイから返って来た答え。
 キースは記録を残さなかったから、今も真相は分からない。
 歴史を変える力を秘めていたピアス。…飾りではないと、前の自分たちが気付いていれば。
 ジョミーの、キースの友達だったサム。彼の血を固めて作られたピアス。
 今では歴史の授業で教わるくらいに、有名になったサムの血のピアス。
 それをキースは最期まで耳につけていた。地球の地の底で命尽きるまで。
 ピアスにはお守りの意味があるのだと知っていたのか、偶然そうなっただけなのか。
 答えは永遠に分からないけれど、今の時代はピアスはお守り。
 生まれて間もない赤ちゃんの耳に、小さなピアスが光る地域もあるのだから。
 優しい魔除けのお守りのピアス。赤ちゃんを守る小さなお守り。
 そういう文化が戻った世界で、青い地球の上で、ハーレイと二人で生きてゆく。
 お守りのピアスをつけた小さな赤ちゃん、そのピアスを赤ちゃんにつけてあげた親たち。
 誰もがミュウになった世界で、ハーレイと二人。
 キースのピアスの意味には気付き損ねたけれども、ちゃんと地球まで来られたから。
 青く蘇った水の星の上で、また巡り会えて、いつまでも何処までも一緒だから…。




           ピアスの意味・了


※今の時代は、お守りにもなっているピアス。シャングリラの時代にも存在していた耳飾り。
 キースもつけていたのですけど、その正体に、前のブルーたちが気付いていたなら…。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv











PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]