忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

贈り物の包み

(なんだか色々…)
 あるんだけれど、と小さなブルーが覗き込んだ新聞。学校から帰って、おやつの時間に。
 色とりどりの写真で飾られた、華やかな記事。プレゼントのためのラッピング特集。綺麗な紙やリボンで包まれた箱が幾つも、包み方を教えるための写真も。
 同じ箱でも、包み方が変われば雰囲気が変わる。リボンの色を変えただけでも、包み紙を別のにしただけでも。
 そのリボンだって、使い方が色々あるらしい。どういう風に箱にかけるか、どう結ぶのか。包み紙の方も、それは様々な包み方。わざと折り返して裏側の色も出してみるとか、色の違う紙を組み合わせるとか。
(リボン無しでも…)
 紙を複雑な形に折って飾りにしてある箱もある。襞を寄せたり、折り畳んだり。
 リボンにしたって、二種類使うとか、リボンの代わりに布製の紐をかけてみるとか、もう本当に何種類もある箱の飾り方。包む前の箱はシンプルなのに。模様すらついていないのに。
 しかも、どんなに凝った包みも、中身は同じ箱だというから驚いた。それが素敵に変身を遂げる包み紙やリボン。
 開けるだけでワクワクしそうな形や、心が躍るような包みや。
 中身の贈り物を取り出す前に、じっと眺めてみたくなる箱。リボンをほどくより前に。包み紙を開けてしまうよりも前に、中身は何かと、素敵な箱を。
 もしかしたら写真を撮るかもしれない、「こんなに綺麗な箱を貰った」と。リボンを解いたら、きっと元には戻せないから。芸術品みたいに折って畳んだ包み紙だって。



 凄い、と見詰めた特集記事。模様も無い箱が素晴らしい箱へと変身する魔法。ちょっとリボンに凝るだけで。包み紙や包み方にこだわるだけで。
(大切な人に…)
 心のこもったプレゼントを、という趣旨で編まれている記事。ラッピングだけで変わる雰囲気、世界に一つだけの包みを是非どうぞ、と。
 中身は同じものだとしたって、包み方は人それぞれだから。選ぶリボンも、包み紙の色も。
 贈る相手を思い浮かべながら、どう包むかを考えるのもいいらしい。自分らしさをアピールする包み方もお勧め、個性を出して。
 本当に世界にたった一つの贈り物。包み方だって、何種類だってあるのだから。
(いつかハーレイに…)
 こういうプレゼントをあげたいな、と膨らんだ夢。きっと喜んで貰えるだろう。開ける前から、包みを眺めて笑顔になってくれるだろう。「なんだか開けるのがもったいないな」と。
 記事に載っている写真のように、綺麗に包んで渡したら。リボンや包み紙で彩ったら。
(ぼくが自分で包んだんだよ、って…)
 開けてみてね、とハーレイに贈るプレゼント。どう包もうかと工夫して。リボンにも包み紙にも凝って、世界にたった一つだけの素敵な箱に仕上げて。
 きっと包む時からドキドキするのだろう。ハーレイの喜ぶ顔を思って、丁寧に紙に包んでゆく。皺にならないよう、きちんと折って。リボンもそうっと結んで、飾って。
 どれも綺麗、と何度も見詰めた写真たち。こんなプレゼントを贈りたいな、と。記事に出ている包み方の他にも、やり方は幾つもあるらしい。専門の本があるほどに。
 そういう本を借りてくるのもいいよね、と頭に叩き込んだラッピング特集。ハーレイに贈り物を渡す時には、これを活用しなくっちゃ、と。



 とても参考になった、と新聞を閉じて、部屋に帰って。勉強机の前に腰掛けて、さて、と考えた贈り物のチャンス。相手は当然、ハーレイだけれど。
(誕生日プレゼントは…)
 今年のはもう済んでしまった。夏休みの残りが三日しか無かった、八月の二十八日に。
 プレゼントは贈ったのだけれども、その時の箱は自分ではなくてハーレイが包んで貰って来た。買いに出掛けたのがハーレイだから。プレゼントの羽根ペンは少ししか買えなかったから。
(…高すぎたんだもの…)
 子供のお小遣いでは買えない値段だった羽根ペン。それでもプレゼントしたくて、悩んで。
 浮かない顔をしていた自分に、ハーレイが気付いて尋ねてくれた。「どうしたんだ?」と。
 お蔭でプレゼント出来た羽根ペン。ハーレイが自分用にと買うことになって、ほんの少しだけ、支払ったお金。「羽根ペン代」とハーレイに渡した、一ヶ月分のお小遣い。
 あの時は、どうしても羽根ペンをプレゼントしたかった。白い羽根がついた羽根ペンを。
 遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイが愛用していた羽根ペンそっくりのものを。その羽根ペンで、今のハーレイにも思い出を綴って欲しかったから。毎日の日記。
 ハーレイの日記はただの覚え書きで、今の自分と再会した日でさえ、「生徒の付き添いで病院に行った」としか書かれていないと聞いたけれども。
(それだけでも、ハーレイには充分なんだよ)
 文字を見たなら、ハーレイは思い出せるから。それを綴った日に何があったか。
 キャプテン・ハーレイの航宙日誌が、そういうものだとハーレイに聞いた。前のハーレイが羽根ペンで記した文字を見たなら、それの向こうに思い出が鮮やかに蘇るのだと。
 だから羽根ペンを贈りたくなった。今の自分との日々も、そのように綴って欲しいから。
 どうせだったら前と同じに、航宙日誌を書いていた頃さながらに羽根ペンの文字で。



 精一杯の贈り物だった、白い羽根ペン。お小遣いの一ヶ月分で頑張って買って、プレゼント。
 ハーレイが「買って来たぞ」と誕生日に持って来たのを、自分が受け取って贈り直した。自分の手で渡して、ちゃんとハーレイへのプレゼント。
 きちんと自分で贈れたのだし、心もこもっていたとは思う。ほんの一部しか買えなくても。
 でも…。
(あの羽根ペン…)
 ラッピングを変えれば、もっと素敵になったろう。さっき新聞で見たように。
 ハーレイが買って来るのは変わらないとしても、誕生日前に買いに行って、家まで届けて貰っていたら。何日か前に「これだ」と渡して貰っていたら…。
(ぼくが綺麗に包み直して…)
 ハーレイが来るのを待つことが出来た。誕生日の日に。
 羽根ペンはプレゼント用に包まれてリボンもかかっていたけれど、もっと素敵に。あの百貨店の包装紙やリボンは外してしまって、ラッピング特集で見たような凝った包み方に。
 そうしていたら、あれを売り場で包んで貰ったハーレイも驚くプレゼントに出来たことだろう。箱を見るなり「同じ物とは思えないな」と言ってくれそうな。
 きっと中身が分かっていたって、ハーレイは嬉しかったに違いない。まるで違った空気を纏った贈り物になっているのだから。ハーレイの記憶にあった包みとは、別の包みに。



 羽根ペンの箱を思い返して、ついた溜息。ただ受け取って、そのままハーレイに渡した自分。
 なんの工夫も凝らそうとせずに、百貨店の売り場の包みのままで。リボンも、それに包装紙も。
(失敗しちゃった…)
 ぼくって駄目だ、と頭を振った。あのままで渡してしまったなんて、と。
 どうして思い付かなかったのだろうか、羽根ペンの箱を自分で包み直すこと。ハーレイに早めに買って来て貰って、預けて貰えば出来たこと。すっかり違う包みにすること。
 ハーレイが「おっ?」と驚くような。「これがアレなのか?」と目を瞠るような素敵な包みに。
 ラッピングし直す程度だったら、お金だって…。
(お小遣いを全部使わなくても…)
 少しだけで足りていただろう。綺麗な紙を何枚か買えば、それで立派な包み紙。一枚だけでも、凝った折り方にすれば豪華になる。襞を寄せたり、畳んだりして。
 それにリボンや、シールとか。たったそれだけで変わった雰囲気。変身しただろう包み。
 羽根ペンの箱は生まれ変わったに違いない。ハーレイが初めて目にするものに。
 ほんの少しのお小遣いで買える、紙やリボンを使ったら。…それで綺麗に包み直したら。



(ぼくって、馬鹿だ…)
 つくづく馬鹿だ、と零れた溜息。贈り物のチャンスを逃したらしい。ハーレイのために、想いをこめて世界に一つだけの贈り物。自分のセンスで紙やリボンを選んで、素敵に包んで。
 とはいえ、仕方ないけれど。
 ラッピング特集に出会うタイミングが遅すぎた。知らない知識を使えはしないし、過ぎた時間は逆さに流れてくれないのだから。
 夏休みに戻ってやり直したくても、包み直せない羽根ペンの箱。
(だけど、ママが…)
 色々と包むのを何度も見ていたのが自分。「プレゼントにするの」と綺麗な紙で包み直したり、リボンをかけたり、様々な折に。
 家で焼いたケーキの箱も包むし、庭で咲いた花たちもリボンと紙とで花束。
 そんな調子だから、要は自分の心の問題。ラッピング特集に出会わなくても、母がお手本。家で何度も目にした光景、包み方一つで変わる雰囲気。
 自分もいつか、と思っていたなら、きっと覚えていただろう。心をこめて包み直したら、とても素敵になるのだと。
 自分らしい贈り物が出来ると、世界に一つだけのプレゼントの包みが出来上がるのだと。
(大失敗…)
 母というラッピングの名人がいたのに、まるで気付きもしなかった自分。羽根ペンの箱を預けて貰って、自分風に包めばいいことに。
 ハーレイが知っている包装紙とリボンを外してしまって、もっと素敵に出来たのに。ハーレイに似合いのプレゼントの箱を作り上げることも、自分らしい贈り物の箱に仕上げることも。
 お小遣いの一部で紙とリボンを買うだけで。…工夫を凝らして包み直すだけで。



 逃してしまった、贈り物のチャンス。ハーレイのためにプレゼントを選んで包むこと。
 次のチャンスは当分来ない。来年の夏の、ハーレイの次の誕生日までは。
(他にプレゼントをあげられる日は…)
 クリスマスかな、とも思ったけれど。クリスマスが近付くと、母がせっせとプレゼントを包んでいるのを見るのだけれど。
(…あれは大人同士…)
 親しい友人や、親戚などにと母が選んだ贈り物。母の所にもプレゼントが届いて、子供の自分は貰う方だった。サンタクロースならぬ、母の友人や親戚から。プレゼントの箱や袋なんかを。
 だからクリスマスは、贈るのではなくて貰うのだろう。もしもハーレイがくれるつもりなら。
 チビの自分は、ハーレイにプレゼントを贈る代わりに貰う方。「ありがとう」と。
 クリスマスは駄目だ、と他の機会を探してみても。
(…なんにもない…)
 まるで浮かばない、プレゼントの日。ハーレイに贈り物が出来る日。
 それどころか、自分の誕生日が来る。来年のハーレイの誕生日よりも前に。



 三月の一番最後の日が来たら、十五歳になる誕生日。誕生日プレゼントを貰える日。
 その日の主役はチビの自分で、プレゼントは当然、貰う方。決して贈る方ではない日。ハーレイだって何かくれるに違いない。この日ばかりは、消えない何かを。
 普段、ハーレイから貰えるものは食べ物ばかり。消えて無くなるものばかり。消えなかったのはフォトフレームだけ。夏休みの記念に二人で撮った写真を収めたフォトフレーム。
 他には何も無いのだけれども、誕生日となったら、きっと特別。
(ハーレイが凄いプレゼントを持って来ちゃったら…)
 嬉しくて大感激なのだろうけれど、自分の馬鹿さを思い知ることにもなりそうな感じ。誕生日のプレゼントにハーレイは心をこめてくれたのに、自分は全く駄目だった、と。
 お小遣いの一ヶ月分しか羽根ペンを贈れなかったから。
 その上、包み直しもしないで、そのまま渡してしまったから。
 ハーレイがくれる誕生日プレゼントは、どんなものでもハーレイが全部を自分で支払ったもの。一部だけしか買えなかった羽根ペンとは違う。
 それにハーレイは大人なのだし、ラッピングも知っているかもしれない。自分で包み直すことは無くても、誰かに頼んで素敵に仕上げて貰うだとか。
(…ハーレイのお母さんなら、得意そう…)
 しかもハーレイの母は自分がハーレイと結婚することを知っているから、張り切って包み直してくれそうだった。ハーレイがそれを頼んだならば。
 ハーレイが「これで頼みたい」と紙やリボンを持って行ったら、「こっちの方が良さそうよ」と別の紙やリボンを出して来て。…ひょっとしたら、わざわざ買いに出掛けて。
(きっと、そういうタイプだよね…)
 ハーレイの話を聞いているだけでも、人柄は分かるものだから。
 優しくて、とても温かな人。いつかハーレイと結婚する自分のためにと、心を砕いてくれる人。包み直しを頼まれたって、きっと素敵に仕上げるのだろう。ハーレイが頼んだ以上のものに。



 次の機会を捉えて巻き返す前に、敗北しそうなプレゼント。凄いプレゼントを貰ってしまって、嬉しいのと同時に悲しい気分。「ぼくのプレゼントは駄目だったのに」と。
 ラッピング特集にもっと早くに出会えていたら、と溜息はもう幾つ目なのか分からない。数える気にもなれないから。
 其処へ聞こえたチャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたけれど。またまた零れてしまった溜息、ハーレイに贈り損なったプレゼントが問題なのだから。
 ともすれば俯きそうになるから、ハーレイもどうやら気が付いたようで。
「なんだ、いつもの元気はどうした?」
 具合が悪いようではないが…。さっきから溜息ばかりだぞ、お前。
 メギドの夢でも見ちまったのか、と訊かれたから。
「ううん、ラッピング…」
「はあ?」
 ラッピングってなんだ、なんの話だ?
「…そのまんまだよ。失敗しちゃった、ハーレイの誕生日のプレゼント…」
 ホントのホントに大失敗…。ハーレイの誕生日、次は来年まで来ないのに…。
「誕生日って…。お前、羽根ペン、くれただろうが」
 ちょっぴり予算不足だったか知らんが、お前はきちんと俺にくれたぞ。俺が欲しかったものを。
 あの時、お前が買ってくれなきゃ、俺は未だに羽根ペンを持っていないだろうし…。
 第一、お前が俺に渡してくれたんだろうが、「誕生日おめでとう」って。
「そうだけど…。そうなんだけど…!」
 包み直すの、忘れたんだよ…。
 ハーレイが売り場で包んで貰ったままの羽根ペン、それを渡してしまったんだよ…!



 忘れたんじゃなくて知らなかったんだけど、と訴えた。チビの自分の馬鹿さ加減を。心をこめて贈りたいなら、あれは預かるべきだったと。
「…ハーレイに先に持って来て貰って、誕生日まで預かって…。その間に包み直すんだよ」
 どんな紙を使って包んだらいいか、どんなリボンを使おうか、って…。他にも色々。
 そしたら、世界に一つだけのプレゼントになったのに…。そういう包みを作れたのに。
 …今日の新聞にラッピング特集が載っていたから、今頃になって気が付いちゃった…。ぼくって馬鹿だ、って。包み直せば良かったのに、って。
 ラッピング特集を知らなくっても、ぼくにその気があったら出来ていたんだよ。…プレゼントを包み直すこと。
 ママが色々包んでいるから、ちゃんと見てたら、そういうやり方、分かったのに…。
「おいおい、落ち着け。…お前はまだまだチビだろうが」
 俺くらいの年の大人になったら、男でも気が付くヤツだっているが…。チビではなあ…。
 おませな女の子だったらともかく、男の子なんかはそんなもんだ。プレゼントってヤツは中身が大切、外側の包みはまるで気にしちゃいないってな。
 …お前、友達の誕生日祝いに凝った包みで持って行くのか?
 お前くらいの年頃だったら、菓子とか、オモチャって所だろうが…。それを包み直して。
「…ううん、やらないけど…」
 届けに出掛けて行くにしたって、お店の包みのままだけど…。
「ほらな、そういうのを貰ったことだって無いだろうが」
 友達ってヤツに限って言えばだ、凝った包みのプレゼント、貰っていないんじゃないか?
「うん。…貰っていたなら気が付くよ」
 ラッピング特集を見ていなくっても、包み直した方がいいよね、って。…素敵になるから。
「俺だって、そいつは貰ってないさ」
 ガキの頃には、一つもな。…今なら凝ったのを貰うこともあるが…。
 あれは俺の友達が包んでいるわけじゃないな、奥さんが好きでやってるんだろうな。



 学校でだって、とハーレイは笑う。
 たまに教え子からプレゼントを貰うこともあるけれど、男の子の場合は質実剛健、と。
「包み直すどころか、包みもしないでドンと渡されるなんぞは普通だな」
 他の友達にも配る途中、といった感じでデカイ袋から出して、「はい、先生の」と来たもんだ。旅の土産でも、沢山買ったら「小さな袋をつけますか?」って訊かれるのにな。
 そうするための袋だろ、って分かるのが入れてある袋から出しては配ってるヤツもいるってな。袋に入れずに、そのまま「はい」と。…後で袋に気付いて悩むといった所か、何の袋かと。
 女の子だったら、可愛い箱とか袋に入れて渡されることも多いんだが…。
 男となったら、ラッピングなんぞは最初から頭に無いもんだ。袋がついてても気付かんしな。
 お前も男なんだから、とハーレイは全く気にしていない様子だけれど。
 それでも少し悔しい気分。
「…そっちが普通かもしれないけれど…。ぼくの友達も、そうなんだけど…」
 ハーレイが言ってるようなことをやってる友達、確かに何人もいるんだけれど…。
 分かっているけど、もっと早くにラッピング特集、読みたかったよ。
 そしたら羽根ペンの箱を包み直して、ハーレイにプレゼント出来たのに…。
 ぼくからの誕生日プレゼントだよ、って素敵な箱を渡せたのに…。



 夏休み前にあの特集に出会いたかったな、と繰り返した。せめて夏休みの途中とか、と。
 羽根ペンの箱を包み直すことを思い付ける頃に、間に合って包み直せる頃に。
「…ハーレイの誕生日の一週間前でも良かったかも…」
 自分で紙やリボンを買いに行ってる暇は無かったかもしれないけれども、ママに頼めば…。
 ハーレイの誕生日のことはママも知ってたし、包み直したい、って言ったら、代わりに買い物に行ってくれたと思う。紙もリボンも。
 …それに、家にもあったかも…。ぼくが使いたいような紙やリボンが。
 包み方だって、ママが教えてくれたかも…。初めてでも失敗しないリボンの結び方とかを。
「…そんなに包み直したいのか、お前?」
 俺はあの箱で充分、嬉しかったんだが…。お前から羽根ペンを貰えただけでも、間違いなく人生最高の誕生日っていうヤツだったんだが。
 …それなのに、お前はあの箱を包み直したかった、と。あれでいいと俺が言ったって。
「今から時間が戻せるならね…」
 ハーレイの誕生日に間に合うトコまで、時間が戻ってくれるんなら…。
 紙やリボンを買いに行けなくても、家にある分で包み直せるだけの時間があるのなら。
 羽根ペンの箱を包み直したいよ、ママに習って。
 …ハーレイが買って来た箱をそのまま渡してしまうんじゃなくて、もっと素敵な包みにして。



 心をこめて贈りたかった、と項垂れた。せっかくのハーレイの誕生日だったのだから。
 それに、プレゼントしたかった羽根ペン。キャプテン・ハーレイの羽根ペンにそっくりのペン。同じ贈るのなら、自分らしく。…世界にたった一つしか無いプレゼントの箱で。
 羽根ペンの予算が足りなかった分は、自分の気持ちで補いたかった。お小遣いで買える値段の、紙やリボンを上手に使って。箱を綺麗に包み直して。
「ホントのホントにそうしたかったよ、羽根ペンのお金、殆どハーレイが出してくれたから…」
 ぼくはちょっぴりしか出してないから、その分、心をこめたかったよ。
 箱を包み直すための紙やリボンは、お小遣いで充分買えるから…。それで素敵になるんだから。元の包装紙とリボンもいいけど、ぼくらしい箱に出来たんだよ。
 買って来たハーレイだって知らない箱に。…初めて見る箱に変身してたら、ハーレイだって…。
 絶対、もっと嬉しい気持ちになったと思う。中身はおんなじ羽根ペンでも。
「それはまあ…。そうだったろうな」
 お前に箱を預けた時点で、包み直すんだとは分かっちゃいるが…。どういう風に包み直すのか、そこまでは俺にも分からないし。
 誕生日のお楽しみってヤツは増えただろうなあ、どんなプレゼントを貰えるのかと。
 遠足の前の子供みたいにワクワクし過ぎて、前の日の夜にはなかなか眠れなかったかもしれん。
「…やっぱり、そうでしょ?」
 貰える物が分かっていたって、包みが変われば気分が違うし…。
 ぼくだって、きっとそうなると思う。…どういう風に変身するのか、箱が気になって前の晩には寝られないんだよ。どうなるのかな、って。
 …そういうワクワク、ぼくはあげ損なっちゃったんだよ、ハーレイに…。
 ラッピング特集に今日まで会えなかったせいで。
 …ママがプレゼントを包んでいるトコ、興味津々で見ていなかったせいで…。



 本当に残念でたまらない上に、ハーレイにもプレゼントを開ける時の喜びを贈り損ねた。凝った包みに仕上げていたなら、「もったいなくて開けられないな」と言ってくれたかもしれないのに。
 それでも開けてくれただろうけれど、リボンも包み紙も、そうっと、そうっと。
 百貨店の包装紙とリボンだったら、そんなに丁寧には解かないだろうに。
 実際、あの羽根ペンの箱をハーレイは当たり前のように開けていたのだから。リボンを解いて、包装紙を剥がして、中身に早く出会いたいと。…けして乱暴な開け方ではなかったけれど。
「…ごめんね、ハーレイ…。ぼくがもうちょっと早く知ってれば…」
 包み直したら、うんと素敵になるってことを。…同じ箱でも変わるんだってことを。
 そしたら、ハーレイ、誕生日プレゼントを貰えるドキドキ、あったのにね…。
 前の晩には寝られないほど、ワクワクしながら待てたのにね…。どんな箱になるのか、ホントにドキドキ。…その箱、ハーレイは知らないんだから。
「いや、別に…。残念と言えば残念なんだが、いいんじゃないか?」
 さっきも言ってやった通りに、お前は男の子なんだから。…普通は気付かん。
 次に心をこめてくれれば、それで充分、俺は嬉しい。
 お前が俺のために、って考えてくれて、心をこめて包み直してくれるんだろう?
 まだまだチビで、小さなお前が。
 お前くらいの年のヤツらは、そんなトコまで全然考えていないのにな…?



 上の学校に行ってるヤツでも、まるで気付かん、とハーレイは断言してくれたけれど。
 自分の学生時代の経験からして、間違いないと言ってくれたけれども。
「でも…。その人たちは、ハーレイの友達っていうだけのことで…」
 ぼくとは違うよ、ぼくはハーレイの恋人なんだよ?
 前のぼくだった頃から、ずっと恋人。…その分、心をこめなくちゃ…。
 来年のハーレイの誕生日の時は、絶対、失敗しないから。…ぼくらしく包み直すから…!
 今度はぼくのお小遣いで買えるものだったとしても、ちゃんと綺麗に。
 お店で買ったままじゃなくって、包み紙もリボンも、包み方だって。…うんと素敵に。
 ママに教わるとか、本を借りるとか、練習もきちんとしておくから…!
「ふうむ…。お前は頑張りたい、と」
 だが、次も失敗したっていいぞ。俺は全く気にしやしないし、努力はほどほどにしておけば…。
 それに、そうだな…。失敗の方がいいかもしれんな。
 次だけと言わず、その次とかも。…失敗続きの方が良さそうだな、うん。
「失敗続きって…。なんで?」
 その方がいいって、どうして失敗の方がいいわけ?
 プレゼントは素敵な方がいいでしょ、羽根ペンの箱だって包み直してたらワクワクしたって…!
「…そうは言ったが、気が変わった」
 待てば待つほど値打ちが出るしな、心のこもったプレゼント。
 お前が失敗を続けていたって、そいつを貰える時を思ったら、最高だ。
 だからいいんだ、失敗続きのプレゼントでもな。…店で包んで貰ったままでも、俺はかまわん。



 心のこもったプレゼントが来る日を気長に待つさ、とハーレイが浮かべた穏やかな笑み。鳶色の瞳はとても嬉しそうで、きっと何かを待っている顔。…心のこもったプレゼントの何か。
 それが分かるから、訊いてみた。
「何か欲しいの?」
 ハーレイ、何か欲しい物があるの、ぼくから貰えそうなプレゼントで…?
 ぼくがハーレイにあげられそうなもので、楽しみにするだけの値打ちがあって…。
「…そんなトコだな。包み直して貰えるものに気が付いた」
 お前が心をこめて包み直してくれれば、グンと値打ちが出る物に。
 俺はそいつを待っているから、お前は遠慮なく失敗しておけ。包み直すのも、プレゼントも。
「待ってよ、ハーレイ! 気が付いたんでしょ、何か欲しい物に?」
 それ、あげるから、ぼくに教えて。…ちゃんと包み直してプレゼントするから、教えてよ。
 来年の誕生日まで待たなくっても、クリスマスだってあるし…。
 ぼくは子供だけど、クリスマス・プレゼントをあげちゃ駄目って決まりも無いだろうし。
 それをあげるよ、だから教えて。…ハーレイの欲しい物は何なの、何処で買えるの…?
「お前の気持ちは嬉しいが…。直ぐにでも欲しいくらいなんだが…」
 まだ早いんだ、お前がそいつを用意するには。…チビだからな」
「えっ…?」
 チビだと駄目なの、そのプレゼントは買いに行けないの…?
 ハーレイは凄く欲しいらしいのに、チビのぼくだと、そのプレゼントはあげられないわけ…?



 また高すぎる何かだろうか、と心でついた小さな溜息。チビの自分には買えない何か。
 ハーレイの誕生日にプレゼントしようと勇んで買いに出掛けて行ったら、駄目だった羽根ペンと似たような何か。子供のお小遣いでは買えない値段で、背伸びして買っても喜ばれないもの。
 きっとそうだ、と思ったけれど。…だからハーレイは自分が育って買える日が来るまで、それを待つのだと考えたけれど。
 ハーレイが欲しい物が何かは知りたい。前のハーレイの思い出の品か、今のハーレイならではの物か。それが知りたくてたまらないから。
「えーっと…。ハーレイが欲しい物って、どんな物なの?」
 ぼくが買うには高すぎる物だと思うけど…。何が欲しいのか、それだけは訊いておきたいな。
 何処に売ってる、なんていう物…?
「…生憎と、そいつは金では買えんな」
 お前が大きく育ったとしても、金を出しても買えないものだ。…俺が欲しい物は。
 いつかお前に心をこめて包み直して欲しい物はだ、店に行っても売ってないってな。
「…お金じゃ買えないって…。お店に行っても売っていないって…」
 そんな物、ぼくはどうしたらいいの?
 どうやって手に入れてプレゼントするの、ハーレイに…?
 心のこもったプレゼントはハーレイにあげたいけれども、その前に、それを手に入れないと…。
 包み直すことも出来やしないよ、だけど売られていないんだよね…?



 ハーレイが欲しいプレゼントは店では買えない物。お金を出しても買えない何か。
(もしかして…)
 無理難題というものだろうか、まるで童話か何かのように。お伽話の世界のように。ハーレイが欲しい何かを探しに、冒険の旅が必要だとか。
 ソルジャー・ブルーだった頃ならともかく、今の自分はサイオンも上手く扱えない始末。それに伝説の英雄でもないし、勇者でもないのに冒険の旅。今の自分に出来るのだろうか…?
「…ハーレイ、ぼくに期待をし過ぎていない…?」
 前のぼくなら、勇者みたいなものだから…。
 冒険の旅も出来るだろうし、ドラゴン退治も出来ると思う。…でも、今のぼくは出来ないよ?
 どんなにハーレイが期待してても、凄い宝物、探しに行けないと思うんだけど…。
 絶対に無理、と話を聞きもしないで降参したら。
「冒険って…。お前は黙って立っているだけでいいんだが?」
 ドラゴンを倒してくれとも言わんし、何かを探しに旅に出ろとも言わないが…。
 金で買えないのは間違いないし、お前でないと手に入れられないのも確かだなあ…。
「…ぼくでないと手に入れられない物って…」
 それに、お金で買えない物で。…だけど、冒険の旅は要らないなんて…。
 立っているだけで手に入るなんて、それって、いったい、どんなものなの?
 ハーレイが欲しいのは分かるけれども、ぼくは囮か何かなわけ…?
 ぼくを狙って何かが来るわけ、ぼくがチビではなくなったら…?



 何かとんでもない化け物相手の囮だろうか、と心配になってしまったけれど。ハーレイがそれを見事に倒して、化け物の宝を手に入れるのかと考えたけれど。
「おいおい…。なんだって俺が化け物退治をすることになるんだ」
 まあ、仕方ないがな、お前の頭は冒険の方に行っちまったし…。チビは想像力が豊かだし。
 …いいか、俺が欲しい物はお前だ、お前。
 お前を丸ごとくれるんだろうが、いつかお前がちゃんと大きく育ったら。
 綺麗にすっかり包み直して、とハーレイが片目を瞑ったウェディングドレス。そうでなければ、ハーレイの母も着たという白無垢。どちらも結婚式で花嫁が着る衣装。
 ハーレイが包み直して欲しい物は、前と同じに育った自分。花嫁衣装で包み直して、ハーレイに自分をプレゼント。
 確かにお金では買えない物だし、自分しか手に入れられない物だけれども…。
「…包み直すって…。それ、ぼくだったの…?」
 ハーレイが欲しい物はぼくで、ウェディングドレスで包み直すの…?
「最高だろうが、俺が貰えるプレゼントとしては」
 お前の心がこもっている上に、中身も素敵だ。…プレゼントはお前なんだから。
 ウェディングドレスでも白無垢でもいいぞ、綺麗に包み直してプレゼントしてくれ、お前をな。
 そのプレゼントを開けるのは俺だ、お前が本当に心をこめて包み直してくれたのを…な。
「えーっと…。そのプレゼント…」
 開けるってことは、もしかしなくても…。ラッピング、剥がしてしまうんだよね…?
「そうに決まっているだろう…!」
 長年、待って待たされたんだ。もちろんワクワクしながら開けるさ、紙もリボンも外してな。
 もう最高のプレゼントってヤツだ、まだまだ手には入らないがな…。



 だが、俺は楽しみに待っているんだ、と聞かされて真っ赤に染まってしまった頬。
 いつか大きく育った時には、花嫁衣装で自分を包み直してハーレイのためにプレゼントする。
 綺麗にラッピングしてプレゼントしたら、剥がされてしまう花嫁衣装という名の紙やリボンや。
 肝心なのは中身だから。…プレゼントは中身を出すものだから。
 それを思うと恥ずかしいけれど、耳まで真っ赤になりそうだけれど。
 ハーレイがそのプレゼントを欲しいと言うなら、包み直そう。
 前と同じに育った自分を、真っ白な花嫁のための衣装で。
 ハーレイにとって、最高のプレゼントになるように。
 精一杯の心と想いとをこめて、自分を丸ごとハーレイにプレゼントするために…。




          贈り物の包み・了

※ハーレイに誕生日のプレゼントを渡す前に、包み直せば良かった、と後悔するブルー。
 けれど、素敵に包んだ贈り物なら、渡せる日が必ず来るのです。自分を花嫁衣裳で包んで。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv











PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]