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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

羽根枕の夢

(ふうむ…)
 やはり羽根枕が一番人気か、とハーレイが眺めた新聞記事。夕食の後で、ダイニングで。
 ブルーの家には寄れなかったから、一人でのんびり食べた夕食。片付けを済ませて、コーヒーを淹れて、今夜はダイニングでゆっくりと。
 書斎に行くのもいいのだけれども、新聞を読むならダイニング。そういう習慣。夕刊をじっくり読みたかったから、書斎は後で。日記を書きに、夜は必ず入る部屋だから。
(羽根枕なあ…)
 広告というわけではない記事。たまたま枕を取り上げただけ。今はこういう枕が人気、と。
 枕に詰める様々な素材。色々な素材が載っているけれど、羽根が一番人気だという。ふんわりと空気を含んで膨らむ、水鳥の羽根が詰まった枕。
(なんたって、天然素材だしな?)
 前の自分が生きた時代から、ずいぶんと長く流れた時。死の星だった地球が青く蘇り、その上に人が戻れるほどに。
 時が流れた分、技術も進歩したのだけれども、SD体制の頃に流行った合成品は不人気な時代。食べ物を合成で作りはしないし、他の物だって、天然素材が一番なのだといった風潮。
 そんな具合だから、今の技術なら作れそうな気がする水鳥の羽根も、合成品は存在しない。全て本物、羽根枕の中身は水鳥が身体に纏っていた羽根。
 その羽根枕が一番人気だと書いてあるのだし、こだわりたい時代なのだろう。寝心地の良さと、天然の素材で出来ていること。頭を柔らかく包み込む枕。
 同じ天然素材の中では、ソバ枕も人気が高いらしい。しっかりした枕を好む人だと、ソバ枕。



 なるほど、と熱いコーヒーをコクリと一口。枕の中身は今も昔も色々だな、と。
(前の俺の頃には、蕎麦は無くてだ…)
 蕎麦を食べるという食文化そのものが消されていたから、ソバは栽培されなかった。植物園にはあったかもしれないけれども、ただの植物。その実から蕎麦粉を作りはしないし、ソバの実の殻を詰めた枕もあるわけがない。…あの時代には何処にも無かったソバ枕。
 とはいえ、枕の素材は今と同じに色々とあって、羽根枕もちゃんと存在していた。本物の水鳥の羽根が詰まった、軽くて柔らかかった枕が。
 けれど…。
(アルタミラだと、枕も無しだったんだ…)
 成人検査でミュウと判断され、人間扱いされなくなった前の自分。実験動物に過ぎない生き物、狭い檻の中で生きていた。餌と水だけを与えられて。
 檻なのだから、布団も枕も貰えはしない。ゴロリと床に転がるだけで、頭の下は固い床だった。実験の後で、激しい頭痛に苦しんでいても、無かった枕。床で寝るしかなかった檻。
 苦痛だけの日々を送り続けて、突然に訪れた破滅の時。星ごと燃やされそうになった日。
 逃げ出せないよう閉じ込められた堅固なシェルター、それをブルーが破壊した。自分よりも幼い少年だと思った、前のブルーが。
 ブルー自身も驚いたらしいサイオンの爆発、お蔭で脱出できたシェルター。後はブルーと二人で走って、多くの仲間を助け出した。崩れゆく星で、幾つものシェルターを開けて。
 その間に仲間が確保していた、逃れるための宇宙船。人類が捨てていった船。それに乗り込み、燃え上がる星を後にした。
 操船に慣れていなかったせいで、ゼルの弟を喪ったけれど。
 離陸する時には閉めねばならない、乗降口を閉めなかったから。ブリッジの者たちも、乗降口にいた前の自分たちも、閉めることを思い付かなかったから。
 吸い出されるように外に放り出され、ゼルの手から離れて落ちて行ったハンス。助かる筈だった仲間を一人失い、闇雲に宇宙へ飛び立っていった。自由になれる星の海へと。



 とにかく逃げねば、という思いだけだった、アルタミラからの脱出劇。初めて出会った、大勢の仲間。研究者たちはミュウ同士が顔を合わせないよう、厳重に管理していたから。
 前のブルーとも初対面なら、ゼルもヒルマンも、他の仲間たちも。
 彼らと食べた最初の食事が嬉しかったことを覚えている。非常食だったけれど、封を切るだけで温まった料理と、ふわりと膨らんでくれたパン。「食べ物なのだ」と覚えた感動。餌とは違うと、これは人間が食べるものだと。
(でもって、枕の方もだな…)
 寝られる場所を探していたら、見付かった寝具。毛布やシーツや、幾つもの枕。
 それを使って寝るのだと分かった、色々なもの。どれも快適だったけれども、最高に気に入った寝具が枕。頭を乗せて横になったら、「これだ」と心に湧き上がった喜び。
(頭は覚えていたってわけだ…)
 記憶をすっかり失くしてはいても、その感触を。かつては頭の下にコレが、と枕のことを。
 檻の床とはまるで違った、頭を支えて包み込む枕。その心地良さだけで訪れた眠気。ゆらゆらと眠りの海に誘われた、あの時の枕。
(毛布とかの方は、それほどでもなかったんだよなあ…)
 くるまってホッとしたけれど。温かいものだ、と思ったけれども、枕ほどではなかった感激。
 欲しい寝具を一つ挙げるなら、「枕だ」と即答出来ただろう。「これがあればいい」と。
 毛布やシーツは無かったとしても、枕があれば。…あの檻でだって、枕があったら、気持ち良く眠れる日もあったのでは、と思ったくらいに。



 他の仲間たちも、枕への思いは同じだったらしい。寝具の中では枕が最高、と。
 アルタミラの檻では、枕など持っていなかったのに。…毛布もシーツも無かったのに。
(みんな枕に慣れちまったから、枕が変わると…)
 寝られない者も出て来たのだった、その内に。
 船の名前がシャングリラに変わり、船での暮らしに誰もが馴染み始めたら。…アルタミラの檻の記憶が薄れていったら、より心地良く眠りたくなるもの。
 檻にいた頃は、床に転がれば眠れていたのに、いつの間にやら、馴染みのベッドと馴染みの枕。中でも枕が眠りの質を左右するから、自分好みの枕を使いたくなった仲間たち。
 前のブルーが奪った物資に枕があったら、枕の取り合い。
(枕投げは、やっちゃいないがな?)
 そちらの方は、今の平和な時代ならでは。様々な文化が復活して来た時代の、この地域に息づく愉快な文化。合宿などでの子供のお楽しみ、沢山の枕が宙を飛ぶ。
 シャングリラで枕投げはしなかったけれど、それを彷彿とさせる枕の奪い合いの記憶。ブルーが手に入れた物資の中から、枕を幾つも引っ張り出しては奪い合った仲間。
 「これは俺の頭にピッタリなんだ」と主張してみたり、「これも試したい」と食い下がったり。自分好みの枕が欲しくて、まさに取り合い。
 枕の数が充分にあっても、「こっちがいい」とか、「これが欲しい」とか。



 絶大な人気を誇った枕だけれども、前の自分は加わらなかった奪い合い。
 備品倉庫の管理人をしていた時代も、キャプテンの任に就いた後にも、自分用の枕は一番最後に貰いに行った。残っている枕で充分だったし、特にこだわりも無かったから。
 ところが、前のブルーも同じで一番最後。船の仲間に行き渡った後で倉庫に貰いにやって来た。渡す係だった自分の所へ、「新しい枕が欲しいんだけど」と。
 枕はブルーが奪って来たのに。…ブルーが調達した物なのに。
 誰よりも優先権がある筈のブルーが、最後に貰いに来なくても…、と思ったから。
「先に貰っておけばいいのに…」
 お前が手に入れた枕なんだぞ、好きなのを一番に選んでもいいと思うがな?
「ぼくはどれでも寝られるんだよ。…だから最後でいいんだってば」
 アルタミラの檻で過ごした時代が長いから、と微笑んだブルー。
 誰よりも長くあそこにいたから、どんな枕でもあれば充分幸せなんだ、と。
(あいつ、そう言うもんだから…)
 自分が手に入れた枕に全くこだわりもせずに、仲間たちを優先してしまうブルー。どんな枕でも眠れる自分は最後でいい、と。
 けれど、誰よりも長く辛い思いをしたブルーこそが、心地良い眠りを手に入れるべきだと思った自分。やっと訪れた人間らしく暮らせる時代なのだし、快適な枕で眠って欲しいと。



 そうは思っても、ブルーは枕を選ばないから。…最後にしかやって来ないから。
(前の俺も、枕には詳しくなかったし…)
 エラを捕まえて尋ねたのだった。食器の素性を調べるために、何度も倉庫に来ていたエラ。裏に描かれたマークをチェックし、どんな食器かと興味津々で。
 そんなエラだから、枕にも詳しいと踏んでいた。詳しくなくても、きっと調べて来てくれると。
「ちょっと教えて欲しいんだが…。枕ってヤツは、どれがいいんだ?」
 どの枕が一番いい枕なのか、そいつを教えて欲しくって…。
 俺は倉庫の管理をしてはいるがだ、どういう枕がいいヤツなのかが分からなくてな。
「そうねえ…。好みにもよると思うんだけど…」
 高級な枕と言うんだったら、羽根枕だわ。あれが一番、高い筈なの。
 水鳥の羽根が詰まっているのよ、とても軽くて柔らかい枕。私も一つ貰ったけれど…。寝心地の方は、もちろん最高。それまでの枕とは全く違うわ。
「そうなのか…。羽根枕なんだな?」
 分かった、次に羽根枕が手に入ったら、気を付けてチェックしてみよう。
 今までは何とも思っていなかったんだが、最高と聞けば、どんな枕か気になるからな。



 エラには「ブルー用だ」とは言わなかったけれど、頭に叩き込んだ羽根枕。
 次にブルーが奪った枕をコンテナの中から運び出す時、羽根枕を一つ、探し出して倉庫に取っておいた。仲間たちが奪い合う場所には出さずに。
 このくらいのことは許されるだろうと、自分用にと選んだわけではないのだから、と。
 そしてブルーが「枕はある?」と貰いに来た時、倉庫の奥から取って来て。
「ほら、この枕。…取っておいたぞ、お前の分だ」
 いつも残った枕ばかりを持って行くだろ、だから残しておいたんだが。
「えっ?」
 ぼくはどれでも寝られるんだし、そんなの、取っておかなくっても…。どれでもいいのに。
「いいから、一度、こいつで寝てみろ」
 寝心地が違う筈なんだ。…とっておきの枕なんだから。
「とっておきって…。なに?」
 何処か違うの、いつもの枕と?
 確かに、とても軽い枕だと思うけど…。
「羽根枕だ、エラのお勧めだ」
 そいつが一番、いい枕なんだそうだ。…俺は使ったことが無いんだが、エラは使ってる。
 とにかく、一度、試してみろ。枕ってヤツは馬鹿に出来んぞ、他のヤツらは奪い合いだしな?



 持って行け、と羽根枕を渡して、次の日、ブルーに出会ったら。
 枕の使い心地はどうだった、と訊くよりも前に、ふわりと綻んだブルーの顔。
「ハーレイ、羽根枕、フワフワだね」
 とても柔らかくて、気持ち良くって…。アッと言う間に眠っちゃっていたよ。
「そうか。…良かったか、アレ?」
「うん。同じ枕でも、あんな枕もあるんだね…」
 今までの枕と全然違う、とブルーは嬉しそうだったから。羽根枕はブルーに合ったようだから。
 次からは、ブルーに羽根枕を渡すことにした。他の仲間たちの目に触れないよう、倉庫の奥へと運び込んでおいて。争奪戦の場所には、出しもしないで。
 キャプテンになって備品倉庫を離れる時には、次の管理人に選ばれた仲間に…。
(羽根枕を一つ、残しておけ、って…)
 伝えておくのを忘れなかった。ブルーが来たら渡すように、と。
 羽根枕があったら、ブルーに一つ取っておくこと。それも管理人の役目の内だ、と。



 仕事を引き継いだ仲間は約束を守り、ブルーの枕はいつでも羽根枕だった。フワフワの柔らかな羽根枕。争奪戦でも人気が高かったそれを、いつも一つだけブルーのために。
 ブルーはやがてソルジャーになって、いつしかエラにも羽根枕のことが知れていたから。
 元は人類のものだった船を、白い鯨に改造することが決まった時に…。
「羽根枕じゃと?」
 なんの話じゃ、とゼルが訊き返した会議の席。議題は枕の話ではなくて、新しい船で飼う家畜のこと。卵を沢山産む鶏だの、ミルクを出してくれる牛だのと。
「ええ、羽根枕です。…羽根枕はもちろん、御存知でしょう」
 そのためにグースを飼いたいのですが、と言い出したエラ。
 ソルジャー用に、と。
「なんだね、それは?」
 グースは分かるが、ソルジャー用とは…、とヒルマンが首を捻ったら。
「ソルジャーの枕は、いつも羽根枕だったのです」
 今も羽根枕を使っておいでですし、ずっと前からそうでした。ハーレイが倉庫の管理をしていた頃から、羽根枕を使っていらっしゃるのです。寝心地がいい枕ですから。
 それに高級な枕だそうです、とエラは話した。羽根枕は高級品なのだと。



 白い鯨が完成したなら、青の間に住むことになるソルジャー・ブルー。皆が敬うべき存在。
 ソルジャーには高級品の枕が相応しいのだ、と主張したエラ。
 出来れば羽根布団も欲しいと、高価な布団は青の間のベッドに映えそうだから、と。羽根枕も、羽根布団も、中に詰めるのは水鳥の羽根。…その水鳥が、グースと呼ばれるガチョウだった。
「グースは特に役立つわけでもないのですが…」
 卵と肉は食べられます。鶏とさほど変わりません。それに、鶏の羽根では、羽根枕も羽根布団も作れませんから…。
 ソルジャーに羽根枕を使って頂くためにも、是非グースを、とエラはグースを推したけれども。
「他にどういう使い道があると言うんじゃ、羽根枕だの羽根布団だのはともかくとして…」
 卵と肉なら鶏だけで充分じゃわい、とゼルが髭を引っ張り、ヒルマンもいい顔をしなかった。
「使い道は置いておくとしてもだ、水鳥の飼育は難しそうだと思うがね…」
 鶏のようにはいかんよ、グースは。…余計な手間がかかるだろうしね、水鳥だけに。
「やってみる価値はある筈です。飼育数に合わせて小さな池を作ってやれば…」
 飼えるというデータを見ましたから。大きな池を作る必要はありません。
 水鳥ですから、体重で足を傷めないよう、池はどうしても要るようですが…。
「鶏で充分だと思うけどねえ?」
 そうやってソルジャー専用の枕や布団ってヤツを作ってもさ…。
 誰がそいつを見に行くんだい、と呆れたブラウ。「ソルジャーのベッドの見学なんて」と。
「…ぼくだって、そんな枕や布団は要らないよ」
 卵や肉なら分かるんだけどね、ぼくのためだけの枕や布団の材料に鳥を飼うのはちょっと…。
 その分の手間とスペースをもっと、有効に使うべきだと思うよ。
「でも、ソルジャー…!」
 羽根枕はソルジャーのお気に入りではありませんか…!
 あの羽根枕が無くなるのですよ、船でグースを飼わなかったら…!
「…みんなと同じ枕の何処がいけないんだい?」
 それで充分だと思うけれどね、ソルジャーの枕。…羽根枕にこだわるつもりは無いよ。



 ぼくに羽根枕は必要無い、というブルーの一言で、エラの意見は却下された。
 エラの他には、誰一人として羽根枕にこだわりはしなかったから。…羽根布団にも。
 こうしてグースは船で飼われず、水鳥の羽根が詰まった枕は手に入らなくなってしまった。白い鯨は自給自足でやっていく船。人類からは何も奪わず、船の中だけで全てを賄うのだから。
 ブルーの枕は、羽根枕から普通の枕に変わった。船の仲間たちの枕と同じ中身の。
(しかし、あいつは、特に何とも…)
 言わなかったのだった、寝心地のことは。羽根枕の代わりに、快適なものが作られたから。船の仲間たちが研究を重ね、皆の意見を取り入れながら開発していた枕の素材。
 ただ、ある日、ブルーがポツリと零した、羽根枕のこと。まだ恋人同士ではなくて、友達として青の間を訪ねて行った時に。
「ハーレイ、ぼくの枕だけれど…。羽根枕でなくても、これで充分、よく眠れるよ」
 無駄にグースを飼わなくて良かった。エラは飼おうとしていたけれども、可哀相だし…。
 羽根を毟られてしまうだなんてね、この船の中だけで暮らした末に。…地面も無い場所で。
 それに、今頃、気付いたんだけど…。エラも、ぼくと同じ立場だったということに。
「は?」
 同じとは…。ソルジャーはエラの意見に反対なさっておられたのでは?
 あなたが反対なさいましたから、グースは飼わないことに決まったと記憶しておりますが…?
「飼わない、という所だよ。…エラもこの船で鳥を飼うのを、諦めざるを得なかったんだ」
 覚えてないかな、ぼくも鳥を諦めさせられたよ。…エラよりも前に。
 幸せの青い小鳥を飼いたかったけれど、グース以上に役に立たない鳥だったからね。青い姿しか取り柄が無くて、ただの愛玩用だから。
 …やっぱり、この船に鳥は必要無いんだろう。役に立つ鶏以外の鳥は。
 グースも、それに青い鳥もね…。



 何の役にも立たないから、とゼルたち四人に反対されて、青い小鳥を諦めたブルー。地球と同じ青を纏った幸せの鳥を、飼ってみたいと夢見ていたのに。
 叶わなかったブルーの望み。シャングリラで役に立たない鳥を飼うこと。
 エラがグースを諦めるよりも早い段階で、潰えてしまったブルーの夢。シャングリラには青い鳥などは要らないと。…囀るだけの小鳥などは、と。
(そうか、ブルーだけじゃなかったのか…)
 エラもだったか、と思い出した顔。グースは駄目だと切って捨てられ、悔しそうな顔をしていたエラ。「小さな池が必要なだけで、卵も肉も手に入るのに」と。それに羽毛も。
 シャングリラで鳥を諦めざるを得なかった人間は、前のブルーだけではなかった。幸せの小鳥を諦めたのがブルーで、羽根枕の材料にもなるグースを諦めたのがエラ。
(グースも駄目なんじゃ、青い鳥の方はもっと無理だな)
 青い小鳥は卵を産みはするだろうけれど、食用にするには向かない卵。小さすぎて、食べるには不向きな卵。…その上、身体の小さい小鳥は肉にもならない。食べられる部分が無いに等しくて。
 グースの方なら、肉も卵も食べられるのに。…羽根で羽根枕も作れるのに。羽根布団だって。
 そういうグースも却下されたのが、シャングリラ。飼えはしない、と。
(…あいつがどんなに欲しがったって、青い鳥はなあ…)
 エラがグースを諦めたほどだし、白い鯨では飼えなかっただろう。幸せの鳥は。…青い色をした羽根の他には、何の取り柄も無いような鳥は。
 せっかく思い出したのだから、明日はブルーに話してやろうか。
 「シャングリラで鳥を飼うのを諦めたヤツは、お前だけではなかったようだぞ」と。
 丁度いいことに、明日は土曜日。ブルーの家を訪ねてゆく日で、思い出話にピッタリだから。



 次の日の朝、目覚めても覚えていた羽根枕のこと。…それから、エラが飼いたがったグース。
 是非ともブルーに話さなくては、と朝食を済ませて、颯爽と歩き始めた青空の下。空を仰げば、飛んでゆく鳥も見える今の平和な世界を。…白いシャングリラとは違った、青い地球の上を。
 そうして歩いて、生垣に囲まれたブルーの家に着いて。
 ブルーの部屋で、お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで問い掛けた。
「お前、羽根枕を覚えているか?」
「え?」
 羽根枕って…。フワフワのだよね、なんで羽根枕?
 覚えているかって訊かれても…。ママから何か聞いて来たわけ?
 ぼくが小さい頃に悪戯したとか、遊んでいる内に破れて中身が出ちゃったとか…?
「さてなあ…。お母さんからは何も聞いちゃいないが、お前、そういうのをやらかしたのか?」
 子供ってヤツにはありがちだからな、枕を投げたり、サンドバッグにしてみたり…。
「やっていないよ、そんなのは!」
 うんと小さい頃にだったら、やったかもだけど…。覚えていないかもしれないけれど…。
「ふうむ…。お前が今よりチビの頃だし、枕に負けていそうではある」
 羽根枕といえども、デカイのを投げようとして転ぶだとかな。…そんなお前も可愛いだろうが、俺が言うのはチビのお前のことじゃない。
 覚えているか、と言っただろう?
 シャングリラだ。…あの船で前のお前が使ってた枕。
 羽根枕のことを覚えていないか、俺がお前のためにと取っておいたヤツ。
「ああ…!」
 ハーレイ、ぼくにくれたんだっけね、羽根枕を。
 倉庫の奥に残しておいてくれて、「使ってみろ」って。…これが一番いいんだから、って…。



 とても寝心地が良かったんだっけ、と思い出したブルー。あの羽根枕、と。
「…どんな枕でも寝られるから、って言ってたけれど…」
 それに実際、そうだったけど。…でも、気持ちいい枕だよね、って思ったんだよ、羽根枕。
 ハーレイが「良かったか?」って訊くから、「今までの枕と全然違う」って答えたら…。
 ぼく用の枕は、いつも羽根枕になっちゃった。ハーレイも、次の倉庫の係も、羽根枕を一つだけ残しておくようにしてくれたから…。
「そりゃまあ、なあ…? お前が手に入れた枕なんだし、優先権はお前にあるだろ?」
 お前、遠慮して取りに来ないから、それなら残しておこう、とな。…羽根枕を一つ。
 気に入りの枕だと分かってるんだし、先に選んで取っておいても問題無かろう。…キャプテンになる時も、ちゃんと次の係に伝えておくのを忘れなかったぞ。羽根枕を一つ、お前用に、と。
 そうやって羽根枕をお前に使わせてたのを、いつの間にかエラが知ってしまって…。
 お蔭で愉快なことになっちまったんだ、ずうっと後になってからだが。



 シャングリラを改造する時のことなんだがな、とブルーの瞳を覗き込んだ。白い鯨だ、と。
「…自給自足の船にするには、どういう家畜を飼えばいいかと何度も会議を重ねていたが…」
 その席で、エラがグースを飼いたいと言い出したんだ。…ソルジャー用に。
「グースって…。それに、ソルジャー用って…」
 なんだっけ、そんな話があったっけ…?
 ぼくは覚えていないけれども、グースってガチョウのことだったかな…?
「うむ。グースは雁とかガチョウとかだが、エラが言ってたグースはガチョウだ」
 卵も肉も食える鳥だが、エラの目的は其処じゃなかった。…グースの羽根だ。
 羽根枕の中身は水鳥の羽根で、そいつがグースの羽根だったから…。
 エラは羽根枕用にグースを飼おうとしたんだ、お前用の羽根枕を作るために。
 ソルジャーには高級品の枕が相応しいからと、グースを飼って羽根枕で…。出来れば羽根布団も欲しいと言い出したのがエラだ、青の間のベッドに映えるだろうと。
 つまりは、ソルジャー用の枕と布団のために、グースを飼おうとしたってわけで…。
 ゼルもヒルマンも、もちろんブラウも反対意見に回っちまった。…グースなんか、とな。
「あったっけね…! 羽根枕のためだけにグース、って…」
 卵も肉も食べられるから、ってエラは頑張ってたけれど…。鶏と違って手間がかかるし…。池も作らなきゃいけないし。
 それだけの手間とスペースがあれば、他の家畜が飼えそうだから…。
 前のぼくも「要らない」って断ったんだよ、羽根枕なんか。…羽根布団だって。
 エラはガッカリしていたけれども、あれでグースの話はおしまい。…要らないんだもの。
「其処だ、其処。…グースは要らない、ってトコなんだが…」
 役に立たないとまでは言わんが、手間がかかるから飼えなかった鳥だ。誰かを思い出さないか?
 あの船で鳥を飼うのを諦めたヤツは、エラの他にもいただろうが。
「…そっか、前のぼく…。エラよりも前に、青い鳥を諦めたんだっけ…」
 幸せの青い鳥を飼いたかったけど、役に立たないって言われてしまって。…青い小鳥なんか…。
 可愛がるだけの小鳥なんかは、シャングリラで飼っても意味が無いから…。



 青い鳥、本当に欲しかったのに…、とブルーは遠く遥かな時の彼方を思ったようで。
「…ぼくだけってわけじゃなかったんだね、あの船で鳥を飼うのを諦めたのは」
 エラも諦めさせられたんだね、青い鳥じゃなくって、グースだったけれど。
 青い鳥よりは役に立つけど、鶏の方がもっと役に立つから…。それに世話するのが楽だから。
「そういうこった」
 お前の他にもエラというお仲間がいたようだぞ、と教えてやりたくってな。
 昨日、枕の記事を読んでて、羽根枕のことを思い出したんだ。…前のお前やエラのことを。
 枕の素材は今も色々あるんだがなあ、羽根枕が一番人気らしいぞ。今の時代も。
「ふうん…。羽根枕、今でも一番なんだ…」
 フワフワだものね、人気があるのも分かるけど。…前のぼくも大好きだったけど…。
 …んーと、ハーレイ…?
「なんだ?」
 どうかしたのか、何か質問か?
「えっとね、羽根枕、買ってくれるの、ハーレイ?」
「はあ?」
 羽根枕って…。買うって、誰にだ?
「今のぼくにだよ、今度もぼくに羽根枕をくれるのかな、って…」
 …今すぐってわけじゃないけれど…。ちゃんと大きくなってからだけど。
「そりゃ、欲しいなら…」
 お前が羽根枕がいいと言うなら、もちろん買ってやらないとな?
 二人で選びに行こうじゃないか。…お前の頭にピッタリのヤツを。



 枕も選び放題だぞ、と片目をパチンと瞑ってやった。専門店で色々試してみて、と。
「前のお前のための枕は、奪った物資の中から選ぶしかなかったが…」
 今度は山ほど置いてある店で、好きな枕を選べるってな。大きさも厚みも、色々なのを。
「うん。…それに枕も、今度は二つ置けるしね」
「二つ?」
 お前、二つ重ねるのが好みなのか?
 ホテルとかだと、二つ置いてあるのも珍しくないが…。お前の枕は一つのようだが?
 二つの方がいいと思っているんなら…。二つ買ってやろう、好きな枕を。
「そうじゃなくって…。青の間には二つ置けなかったよ」
 ハーレイの分を置きたくっても、置いたらバレてしまうもの。…ぼくの他にもベッドを使ってる誰かがいる、って。
「お、おい…!」
 二つっていうのは、そういう意味か?
 片方は俺の枕ってわけか、二つ置けると言っているのは…?
「そうだけど…? 青の間の頃だと、ホントに枕は一つだけしか無かったから…」
 特大の枕が一つだけだよ。…こんなに大きな枕なんかを貰っても、って思ったくらいの。
 あの枕もエラのこだわりだったよ、「ソルジャーですから、特別です」って。
「そうだった…!」
 羽根枕を諦めさせられたエラが、代わりに考え出したんだった。
 どうしても特別にしたかったんだな、ソルジャーの枕というヤツをな…。



 羽根枕のためだけにグースは飼えない、と却下されたエラが推したのが大きな枕。
 青の間に置かれた立派な寝台、それに負けない威厳のあるものを、と。
 ベッドの幅と同じだけの幅を持っていた枕。枕投げではとても投げられそうになかった枕。前の自分たちが生きた時代に、枕投げなどは無かったけれど。
「あの枕…。最初の間は、大きすぎると思ったんだけど…」
 枕とも思えない大きさだよ、って見ていたんだけど、ああいう枕で良かったみたい。
 ハーレイが泊まって行くようになったら、丁度いいサイズになったもの。
 枕を二つ置かなくっても、ハーレイの枕がちゃんとあったよ。二人で使っても充分なのが。
「大きすぎると思っていた、って…。お前、寝心地に特に文句は…」
 使い心地は如何ですか、と俺が訊いても、「いい具合だよ」と言った筈だが…?
 もっと小さいものに取り替えますか、と念を押しても。
「どんな枕でも寝られたんだよ、前のぼくはね。…大きすぎても」
 アルタミラの地獄を誰よりも長く経験していたから、って前のハーレイにも言ったけど?
 大きすぎる程度で寝られないなんて文句を言いはしないよ、枕があるだけで幸せなんだし…。
 それにね、「大は小を兼ねる」という言葉があるじゃない。
 だから、いいかと思ったんだよ、わざわざ小さい枕を作って取り替えなくても。



 エラが羽根枕の代わりに押し付けた、大きすぎる枕。前のブルーには本当に大きすぎたのに。
 …前の自分も、大きすぎないかと気遣って何度も尋ねていたのに、「これでいいよ」という答えしか返って来なかった。
 今から思えば、「どんな枕でも寝られるから」と言っていたのがブルーだったのに。…羽根枕で眠るようになる前は。ブルーのために、と羽根枕を一つ、残しておくようになるよりも前は。
「…俺としたことが…。お前の言葉を真に受けちまって、失敗したのか…」
 デカすぎる枕を前のお前に使わせてたのか、寝心地のことも考えずに。
 お前だったら、どんな枕でも「これでいいよ」と言うんだろうに、すっかり忘れちまっていて。
「いいんだってば、ホントにどれでも寝られたからね」
 それから、大は小を兼ねるってヤツ。
 本当に兼ねたよ、かなり後になってからだけど。…ハーレイも一緒に使ってたしね。
 大きな枕が置いてあったから、ハーレイがぼくのベッドに泊まって行ってもバレなかったよ。
 あの枕はうんと役に立ったし、大きな枕があって良かったと思わない…?
 ハーレイと本物の恋人同士になっていたって、誰も気付かなかったんだから。
「…藪蛇だったな、とんだ話になっているような気がするんだが…」
 俺は羽根枕の話をしててだ、その目的は鳥を飼うのを諦めたのはエラもだ、ってことで…。
「エラの話は、もう聞いたってば」
 それよりも、枕。…今度は二つ。ハーレイの分と、ぼくの分とで。
「デカイのを一つ置くんじゃなくてか?」
 今もデカイの、売られていると思うんだが…。羽根枕もあると思うんだが。
「二つがいいな、買うんだったら」
 ハーレイの分の枕を置いても、何の心配も要らないんだもの。
 ぼくのと二つ並べてあるのが普通なんだよ、結婚して一緒に暮らすんだから。



 今度はフワフワの羽根枕を二つ。前は二人で大きな枕を一つだったけれど、今度は二つ。
 ベッドに枕を二つ並べて、それで寝心地を確かめてから、前のように二人で一つに戻すか、二つ並べておくのがいいかを考える、とブルーが言うから。
「気が早すぎる!」
 今から枕の心配なんかをしなくていいんだ、チビの間から!
 そういう話は、前のお前と同じ背丈になってからにしろ!
 枕が一つか、二つかなんかは、チビのお前には早すぎるんだ…!
「ハーレイが先に言い出したくせに!」
 ぼくは枕の話なんかはしてもいないよ、その記事だって読んでないから!
 羽根枕のことも、エラがグースを飼いたがったことも、すっかり忘れていたんだから…!
 ハーレイが自分で言い出したんでしょ、羽根枕だ、って…!
 ぼくが枕の話をしたって、怒る権利は無いと思うけど…!



 「ハーレイのケチ!」とブルーは膨れているけれど。
 羽根枕の話は藪蛇だったけれど、たまにはこんな日もいいだろう。
 いつかはブルーと二人一緒に暮らすのだから。…堂々と結婚出来るのだから。
 二人で暮らせるようになったら、また羽根枕から始めよう。
 前の自分はブルーに一つだけ渡したけれども、今度は二つ、並べて置いて。
 ブルーの分と、自分の分と。
 前のブルーが羽根枕で眠っていた時代には、恋人同士ではなかった二人。
 恋人同士になった時には、もう羽根枕は何処にも無かった。
(…今度は、二人で羽根枕なんだ…)
 エラが飼いたがったグースの羽根が、たっぷりと詰まった羽根枕。フワフワの枕。
 きっと幸せに眠れるだろう。
 ブルーと二人、それぞれにピッタリの枕を選んで、それを並べて。
 白いシャングリラには無かった羽根枕。
 前のブルーが気に入っていた、あの羽根枕と同じグースの羽根が詰まった、羽根枕で…。




           羽根枕の夢・了

※シャングリラで人気だった羽根枕を、ブルーのために取っておいたハーレイ。必ず一個。
 白い鯨に改造された後、ブルーの枕は大きすぎる枕に。けれど結果的には、大きい枕で正解。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv












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