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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

一人だった道

(制御室…)
 急がなくては、と辺りを見回したブルー。早く行かないと、メギドの炎がシャングリラを襲う。一度目の攻撃は受け止められたけれど、二度目が来たらもう防げない。
 自分だけでは無理だ、と思った第一波。ジョミーが、トォニィたちが来てくれたから助かった。急成長して仲間を守った子供たち。彼らは力尽きてしまっていたから…。
(もう誰も…)
 シールドを張れる仲間はいないだろう。ジョミーの力も、相当に削られている筈だから。
 そう考えたから、此処まで来た。たった一人で、このメギドまで。地獄の劫火を滅ぼすために。自分の命と引き換えにして。
 けれど、シャングリラからメギドまでの距離。ジルベスター・セブンとジルベスター・エイト、二つの惑星の間を飛んだ。ジルベスター・エイトまで辿り着いたら、展開されていた人類軍の船。
 メギドを目指す自分を撃ち落とそうと、何度レーザーが放たれたことか。それを躱して飛んで、飛び続けて。…ようやっとメギドに着いたけれども。
 奪われてしまっていた体力。それにサイオン。余計な力は使えなかった。制御室を破壊するのに必要な力、それが無ければ来た意味が無い。
 だから出来なかった瞬間移動。メギドの制御室まで飛ぶこと。
 十五年もの長い眠りから覚めて間もない身体な上に、残り僅かになった寿命。生きていることが不思議なくらいに、もう残されていない生命力。メギドの制御室へと一気に飛んだら、それだけで力尽きるだろう。肝心のシステムを破壊出来ずに、床へと倒れ込んでしまって。
 それを防ぐには、自分の足で歩くしかない。制御室の在り処は透視出来るから、その場所まで。
 サイオンの使用は最低限に留め、自分の二本の足で進んで。



 装甲を破るのに使ったサイオン、力が抜けてゆくのを感じた。人類軍が誇る最終兵器は、堅固な城塞だったから。そうして中へと入り込んだら、直ぐに通路があったのだけれど。
(…制御室までに、何層あるのか…)
 幾つの床を抜けてゆかねばならないのか。抜けたその先で、どれだけの距離を歩くのか。
 考えただけで気が遠くなりそうな、制御室へと向かう道のり。それを歩いてゆかねばならない、出来るだけサイオンを使わずに。床と壁とを壊す時しか、サイオンを使ってはならない。
(…あの先へ…)
 二層、三層と抜けて来たけれど、まだまだ長く続いてゆく道。遥か彼方に見えている扉、其処も単なる目印の一つ。扉の先は行き止まりだから、床を壊して下の層へと。
 辿り着いても、終点にはなってくれない扉。制御室に行くには、もっと下まで。もっと遠くへ。
 とにかく進んでゆかなければ、と歩くけれども、ふらつく足。よろけて壁についてしまう手。
 息はとっくに荒くなっていて、文字通り肩で息をするよう。
 とても苦しくて、歩くだけでも辛くて、倒れてしまいそうで。
(ハーレイ…)
 誰か、と心で呼び掛けてみても、返ってくる筈もない仲間たちの声。
 このメギドには、ミュウは一人もいないから。たった一人で来たのだから。



 懸命に前へ進むけれども、よろけて足元が危うい身体。壁にもたれては、整える息。
(…ハーレイ…)
 こんな時には支えてくれた、あの手が無い。「ソルジャー」と呼ばねばならない時でも、支えてくれていたハーレイ。「これもキャプテンの役目ですから」と。
 シャングリラの通路で、視察先などでよろめいた時は、いつも。「無理をなさらないで」と。
 恋人同士なことを知られないよう、キャプテンの貌をしていたハーレイ。けれど、ソルジャーを支えるふりをしながら、あの手で支えていてくれた。逞しい筋肉を纏った腕で。
 なのに、苦しくてたまらない今。誰かに支えていて欲しい今。
 誰も此処へは来てくれないから、一人で歩いてゆくしかない。床に倒れてしまいそうでも。
(ぼくが選んだ…)
 こうすることを。
 シャングリラから遠く離れたメギドで、一人きりで死んでゆくことを。
 それは覚悟の上だったけれど、ハーレイに最後の言葉も残して来たけれど。
(こんなに苦しいことだったなんて…)
 思わなかった、と壁に預けた背中。先を急ぐけれど、息を整えねば、と。無理をしすぎて此処で倒れたら、全てが終わってしまうのだから。
(支えてくれる手が、無いというだけで…)
 なんと苦しくて長い道のりなのか。まだ遠い扉、其処は終点ではないというのに。
 制御室の場所はまだずっと先で、此処まで来た距離の比ではないのに。



 何処まで続くのか、この苦しくてたまらない道は。早く終わりが来て欲しい道は。道が終われば自分の命も終わるけれども、それを「早く」と願うほどの辛さ。歩くことが苦痛なのだから。
(…シャングリラでも、歩けなくて…)
 倒れたのだった、と思い出した、キースと対峙した時。
 捕虜の逃亡や、錯乱状態だったカリナのサイオン・バースト。大混乱だった船の中では、一人も気付きはしなかった。自分が眠りから覚めたことにも、格納庫へ向かっていることにも。
 あの時もふらつく足で歩いて、何度も倒れてしまった通路。ハーレイが来てくれなかったから。支えてくれる手が無かったから。
 それと同じに、今も一人きり。果てが無さそうに思える道をただ一人、よろめきながら。
(でも、みんなを…)
 白いシャングリラを守るためには、歩くしかない。此処で倒れるわけにはいかない。
 どんなに苦しくて辛い道でも、自分の足で。一人きりで。
(ハーレイ…)
 君の手が此処にあったなら、と支えてくれる手を思ったけれど。
 ハーレイがいてくれるわけがない。
 もう二度と生きて会えはしないのだから、その道を自分が選んだから。
 メギドは自分が止めてみせると。命と引き換えに破壊しようと、此処まで飛んで来たのだから。



 そうは思っても、辛すぎる道。苦しいだけの道をたった一人で、死へと向かって歩いてゆく。
 歩くより他に道は無いから。余計なサイオンは使えないから、長い長い道を。
(行かないと…)
 ぼくがみんなを守らないと、と背を預けていた壁を離れて、歩き始めた所で目が覚めた。
 ぽっかりと、自分のベッドの上で。…青の間ではなくて、今の自分の子供部屋で。
(……夢……)
 囀っている小鳥たちの声。白いシャングリラにはいなかった小鳥。
 カーテンの隙間から射している光、土曜日の朝だと教えてくれる地球の太陽。
 そうだったっけ、とソルジャー・ブルーからチビの自分に戻った。ぼくは今のぼく、と。
 さっきまで自分が歩いていたのは、前の自分が歩いた道。遠い昔に、あのメギドで。
(…いつもの夢と違ったよ…)
 何度も襲われたメギドの悪夢。青い光が満ちる制御室で、たった一人で死んでゆく夢。
 撃たれた痛みでハーレイの温もりを失くしてしまって、独りぼっちだと泣きじゃくりながら。
 右手が冷たく凍える夢も辛いけれども、今日の夢も悲しい、と零れた涙。
 死へと向かって歩いてゆくのに、誰も支えてくれはしない道。苦しくて、とても辛いのに。
(…早く死んじゃいたい、って思うくらいに苦しかったよ…)
 なのにちっとも終わらないんだ、と前の自分と重なった心。果てが無いように思えた道。
 たった一人で歩く途中に、何度終わりを願っただろう。早く全てを終わらせたいと。一人きりで歩く道が辛くて、とても苦しくて。
(…忘れちゃってた…)
 すっかり忘れていた記憶。早く、と死が待つ場所に着くのを願ったくらいに辛かったのに。
 涙ぐみそうな思いをしたのに、自分は忘れてしまっていた。
 あの後のことが辛すぎて。やっと辿り着いた制御室の中で、悲しすぎる死が待っていたから。



 夢だったんだよね、とホッとした今の自分の部屋。両親がくれた、小さなお城。
(ぼくの家…)
 パパもママもいてくれる家、と胸に溢れる温かさ。一人きりで歩かなくてもいいから。苦しくて辛い長い道のり、あの道はもう過去のものなのだから。
 顔を洗って、着替えも済ませて、噛み締めて食べた朝御飯。幸せだよ、と。
(今のぼく、ホントに幸せ一杯…)
 トーストだって食べられるし、と大きく口を開いて齧った。口一杯に。いつもは少しずつ齧ってゆくのに、まるで食べ盛りの友達たちのように。
「あら、どうしたの?」
 今日はお腹が空いているの、と尋ねた母。そんなに大きく齧るなんて、と。
「前のぼくの夢、見ちゃったから…。今のぼくは此処にちゃんといるよね、って」
 トーストだって本物だよ、って口一杯に頬張っちゃった。
 だって、メギドの夢だったから…。
「…痛かったのね? ブルー、血だらけになっちゃったものね」
 痛かったでしょう、と顔を曇らせる母は知っている。聖痕と同じ傷を負わされたことを。
「ううん、それじゃなくて、独りぼっち…」
 メギドの中を歩いてたんだよ、制御室まで行かなくちゃ、って。制御室、とても遠いのに…。
 うんと長い道を歩いて行くのに、ぼくは独りぼっち。メギドに仲間はいなかったから…。
 身体が辛くてフラフラなのに、誰も支えて助けてくれない夢だった、と話したら。
「…そうだったのか…。可哀相にな」
 栄養、しっかりつけておかないと。頑張って歩いて行けるようにな。
 今のお前は元気に歩けよ、と父が分けてくれたソーセージ。「これも食べてな」と。



 ポンとお皿に引越しして来たソーセージ。一気に戻れた幸せな現実。
 ソーセージは有難迷惑だけれど。朝から沢山入らないのに、貰っちゃった、と。パパは酷い、と仕方なくフォークで刺して齧ったら、その父が「偉いぞ」と笑顔になって。
「栄養もつけなきゃいけないが…。お前が頑張って歩いて行く時には、だ…」
 パパもママも一緒に歩いてやるぞ。お前を独りぼっちにしたりはしないさ。
 よろけて倒れそうになったら、パパが支えて歩くわけだな。もちろん、ママも。
「ええ、そうよ。ブルーが倒れないように」
 何処でも一緒に行ってあげるわ、メギドでもね。
「メギドって…。ママも死んじゃうよ、メギドなんかに行っちゃったら…!」
 逃げる方法、無いんだから。…メギドを壊したら、巻き添えになってしまうんだから。
「だけど、ブルーが行くんでしょう? ちゃんと歩けもしないのに」
 ママは行くわよ、ブルーと一緒に。一人で行かせられないもの。
「パパもそうだな、お前はパパの子なんだから。メギドだからって、逃げやしないぞ」
 お前が行くと言うんだったら、パパも一緒に行かないと。お前が倒れてしまわないように。
 フラフラなんだし、ただでも弱くてチビなんだから。
「…パパもママも来てくれるんだ…。メギドなんかでも…」
「当たり前でしょ、何処の家でもそうよね、パパ?」
「誰だってそう言うだろうなあ、子供を独りぼっちにさせるような親はいないぞ、ブルー」
 今の時代は本物の家族なんだから、と父の手でクシャリと撫でられた頭。何処でも一緒に歩いてやるさ、と。
「ありがとう、パパ! ママも、ありがとう…!」
 ぼく、本当に幸せだよ。一緒に歩いて貰えるだなんて、ぼくはホントに幸せ一杯…。



 両親に御礼を言って、幸せな気分で食べた朝食。父が分けてくれたソーセージの分、食べ過ぎた気分はするけれど。
 でも幸せ、と部屋に帰って、勉強机の前にチョコンと座った。
(パパとママ、ぼくと歩いてくれるって…)
 一緒に歩いて支えてくれる父と母。きっと本当に来てくれるのだろう、メギドの中を歩いてゆく時でも。辿り着いた先には、死が待つとしても。
 そう言ってくれた両親は頼もしいけれど、もっと一緒に来て欲しい人は…。
(ハーレイ…)
 絶対に来ては貰えない人。メギドには来てくれない人。
 ハーレイが来ると言ってくれても、自分は止めねばならないから。メギドの中では、どうしてもソルジャーになってしまうから。
(パパとママなら、来てくれたら、とても嬉しいけれど…)
 ハーレイは無理だと分かっている。生きて戻れない、あの道を一緒に歩けはしない、と。
 もしもハーレイを連れて行ったら、シャングリラはキャプテンを失うから。ハーレイ抜きでは、船は地球まで行けないから。
 だから駄目だ、と首を横に振るしかない恋人。
 今日は訪ねて来てくれるけれど、あの辛かった道を一緒に歩けはしないハーレイ…。



 パパとママは歩いてくれるのに、と悲しい気持ちを拭えないままで、ハーレイを迎えてしまった部屋。いつもの土曜日と変わらないのに、あの夢を忘れていなかったから。
 母がお茶とお菓子をテーブルに置いて去ってゆくなり、大きな身体にギュッと抱き付いていた。自分の椅子は放ってしまって、ハーレイの膝の上に座って。
「なんだ、どうした?」
 甘えん坊だな、今日のお前は。…土曜日だからって、甘えすぎじゃないか?
「…夢を見たんだよ。だからハーレイにくっつきたくて…」
 ちょっとだけ、こうしていてもいいでしょ。ハーレイの側にいたいんだから。
「夢って、メギドか?」
 見ちまったのか、あの時の夢。俺にくっつきたがるなら、メギドの夢しか無さそうだが…。
「そうだけど…。メギドの夢だったんだけど…」
 いつもの夢と違ったんだよ、独りぼっちで歩いて行く夢。
 制御室まで行かなくっちゃ、ってメギドの中を歩いて行くんだけれど…。とても遠くて、途中の道がとても長くて…。
 ぼくの身体は弱っているから、足はフラフラで、息だって切れてしまってて…。
 苦しくて辛くて、それでも一人で歩くしかなくて…。
 メギドには誰もいないんだものね、ぼくを支えて一緒に歩いてくれる人は、誰も…。



 とても悲しい夢だったんだよ、と訴えた。苦しくて辛い道を歩いているのに、ぼくは一人、と。
「こんなに苦しいだなんて思わなかった、って考えてるんだよ。…夢の中のぼく」
 早く終わって欲しいくらいで、だけど終わりはずうっと先で。
 道の終わりに着いた時には、死ぬんだって分かっているくせに…。それでも早く着きたい、って思っているんだよ。
 苦しい思いをしながら歩き続けるより、終わっちゃった方が楽なんだから。
「…妙に生々しい夢だな、それは。…本当にあったことなのか?」
 前のお前がそう思ったのか、メギドの中を歩きながら…?
「うん…。ぼくもすっかり忘れてたけど…」
 最後に起こったことの方がずっと、悲しくて辛くて苦しかったから…。
 もうハーレイには会えないんだ、って泣きじゃくりながら死んじゃったから。
 歩いてた時のことなんかは思い出しもしないよ、何もかも失くしちゃったんだもの。
 ハーレイの温もりを失くしてしまって、もう本当に独りぼっちで、それっきりだから…。
「そうだったのか…。前のお前は、独りぼっちで歩いていたのか…」
 メギドの制御室に着くまでの間に、お前が歩いて行った距離。
 相当なもんだぞ、メギドのデカさは桁外れだからな。
 ただでも長い道だというのに、よろけながら歩いて行っただなんて…。
 その時間、きっと長かったよな…。一分や二分で着くわけがないしな、制御室には。
「時間なんか覚えていないけど…。それに時計も無かったから」
 でも…。夢の中でぼくが見たのと、おんなじ。
 今は記憶がハッキリしてるし、夢のせいで長かったんじゃないんだな、って分かっているよ。
 本当に長い道だったんだよ、サイオンは出来るだけ残しておかなきゃいけなかったから。
 床や壁は壊さなきゃ前に進めないけど、他は歩いて行かなくちゃ…。
 瞬間移動で一気に飛んでしまったら、ぼくのサイオン、それで無くなってしまうから…。
 制御室を壊す力が無くなっちゃうから、瞬間移動は無理だったんだよ…。



 前の自分がメギドで歩いた、苦しくて、とても長かった道。早く終わりを、と願うくらいに。
 辿り着けば死ぬと分かっていたのに、道の終わりを待ち望んだほどに。
 支えてくれる人は、誰一人としていなかったから。一人きりで歩くしかなかったから。
「…長かったんだよ、ホントのホントに。歩いても、歩いても終わらなくって…」
 何度もよろけて、急がなくちゃ、って思っていたけど休憩もして。
 ほんのちょっぴりだったけれども、壁にもたれて一休みしてた。倒れちゃったら駄目だから。
 倒れるよりかは、一休みの方がマシだもの。…休んだら、また歩き出せるから。
「やっぱり俺も行くべきだったな、お前を支えに」
 よろけちまったら、手を差し出して。俺に掴まって歩けるようにと、腕だって貸して。
 いざとなったら抱き上げて歩くっていう手もあるしな、シャングリラでもやっていたろうが。
 お前の具合が悪くなったら、俺が青の間まで運んだもんだ。…いろんな場所から。
「それは駄目だよ。…ハーレイはメギドに来ちゃ駄目なんだよ」
 ハーレイがいなくなってしまったら、誰がシャングリラを地球まで運ぶの?
 誰がジョミーを支えるって言うの、ぼくを支えるよりジョミーの方が大切なんだよ。
 死んでしまうぼくを支えていたって、何の役にも立たないんだから。…ジョミーを支えて、地球まで行ってくれなくちゃ駄目。
 …パパとママに夢の話をしたらね、ぼくと一緒に歩いてくれるって言ったけど…。
 二人とも、ぼくを支えてメギドの中でも歩いてあげる、って言ってくれたんだけど…。
 パパとママは一緒に来てもいいけど、ハーレイは駄目。
 別の役目があるんだから。…ハーレイにしか出来ないことなんだから…。



 来て貰うならパパとママだよ、とハーレイを止めた。本当は誰よりも来て欲しい人を。メギドで思い浮かべた人を。絶対に駄目、と。
「…ハーレイの役目は、シャングリラを地球まで運ぶこと。…ジョミーを支えてあげること」
 前のぼくも、ハーレイにジョミーを頼んで行ったよ。ぼくと一緒に来るなんて、駄目。
「だが、そう思ってしまうじゃないか。お前がどんな思いをしたのか、それを知ったら」
 俺の温もりを失くして独りぼっちになるよりも前から、お前は一人だったんだろうが。
 メギドの中でよろけていたって、誰も支えてくれやしなくて。
 そいつを聞いたら、俺も行くべきだったと思う。お前を支えて、一緒に歩いてやるために。
 おまけに、お前のお父さんたちも、そうするんだと言ったとなると…。
 俺が行かないわけにはいかんな。前のお前がよろけた時には、俺が支えていたんだから。
「だけど、キャプテンは来ちゃ駄目なんだよ、メギドには」
 キャプテンの役目は、シャングリラを守ることなんだから。メギドを沈めに行くんじゃなくて。
 どうせ死ぬんだって分かり切ってる、前のソルジャーを支えに行くことじゃなくて…。
 夢の中でも、絶対に、駄目。
 ぼくを助けて逃げる夢ならかまわないけど、一緒に死んじゃう夢なんか駄目。
 だから一緒に歩いちゃ駄目だよ、ぼくがメギドでよろけていたって。…独りぼっちで苦しそうに歩いていたとしたって。
「分かっちゃいるがな…」
 前の俺が正しい選択をしたということは。…俺にとっては間違いだったが。
 俺はお前を追うべきだったと今も思うが、キャプテンがそれをするべきではない。
 そうしていたなら、シャングリラが無事に地球まで行けたか、俺にも自信が無いからな。
 お前が言う通り、俺は行っては駄目なんだろう。前のお前を支えたくても、メギドには。
 船に残って、最後まで指揮を執り続ける。それがキャプテンなんだろうがな…。



 しかし…、と苦しそうな顔のハーレイ。
 そんな思いまでさせていたのかと、苦しくて辛い道を一人で歩かせたのか、と。
「…お前がメギドに着いてからの話は、俺は殆ど知らないからな…」
 お前、喋りはしないから。…俺もわざわざ訊きはしないし、本当に何も知らなかった。
 早く終わりがくればいいのに、と思いながら歩いていたなんて…。独りぼっちで歩いたなんて。
「大丈夫、直ぐに忘れちゃうから」
 夢を見たせいで、今はハッキリ覚えているけど…。今日まで一度も思い出さなかったもの。
 ハーレイの温もりを失くしてしまって、独りぼっちになっちゃった方が辛かったから…。
 右手が冷たくなっちゃった方が、ずっと悲しくて辛かったんだし、それが最後の記憶だから…。
「そうかもしれんが、辛い思い出を、もっと辛くて悲しい思い出で消すというのもなあ…」
 いい思い出で消えてしまうのならいいが、辛い思い出のお蔭で忘れられるだなんて…。
「平気だってば。今日まで、そうやって消えていたんだから」
 ぼくは平気だよ、きっと明日には忘れてるから。
 もしも覚えていたとしたって、とっくに終わったことなんだもの。…ずっと昔に。
「だが、お前…。こうして甘えているじゃないか」
 俺にくっついていたい気分で、抱き付いて、膝に乗っかって。
 最近はずいぶん減っていたのに、俺に会うなり抱き付くだなんて…。その夢のせいだろ、一人で歩いていたっていう。…俺が一緒なら良かったのに、と思わなかったか?
「…ほんの少しね。夢の中でも、前のぼくも」
 でも、駄目だって分かっているから…。一人でも頑張って歩いて行かなきゃ。
 ハーレイに甘えたい気分になるのも、今日だけだよ。いきなり思い出しちゃったから。
「そうは言われても…」
 俺だって、辛くなっちまう。前のお前がどんな気持ちで、一人で歩いていたのかと思うと…。
 歩いてた道が長かったんなら、辛い時間も苦しい時間も、その道の分だけあったんだから。



 お前に何かしてやりたかった、とハーレイは背中を撫でてくれるけれど、戻れない過去。
 あの日へと時を戻せはしなくて、やり直すことは出来はしなくて。
 それに、戻れても、ハーレイにメギドには来て貰えない。ミュウの未来が危うくなるから。
 今の自分も分かっているから、夢の世界でもメギドに連れては行けないハーレイ。
 辛くて苦しかった道を歩く夢に、来てくれるのは両親だけ。「頑張れよ」と支えてくれる父と、手を握ってくれる優しい母と。
 ハーレイは決して、来てはくれない。夢の中でも、あの長い道を歩く時には。
(悲しかったけど、仕方ないもの…)
 支えて欲しいのにハーレイがいない、と思ったメギド。
 夢の中の自分も考えたけれど、前の自分も変わらなかった。あの手が欲しい、とハーレイの手に縋りたいのを堪えて歩いた。
 自分が選んだ道なのだから、と。一人で歩いてゆくしかないと。



 それでも苦しくて悲しかった、とハーレイの身体に抱き付いていたら。広くて逞しい胸に、頬をすり寄せて甘えていたら…。
「ふうむ…。前のお前には何もしてやれなかったんだが…」
 今となっては、もうどうしようもないんだが。…お前、やっぱり可哀相だしな…。
 よし、今はまだ少し早すぎるんだが、楽しみに待っているといい。
 お前のお父さんたちに負けてはいられないからな、俺だって。お前の恋人なんだから。
「待つって…。何を?」
 早すぎるって、いったい何を待っていればいいの?
「俺がお前にしてやれることさ。前のお前に出来なかった分、今のお前に」
 前のお前がメギドで一人で歩いていた分。前の俺がお前を、一人で歩かせちまった分。
 お前の隣で支えてやれなかった分を、幸せな所で今のお前に返してやろう。うんと幸せな気分になって、独りぼっちで歩いた辛さを忘れられるように。幸せなんだ、と思えるように。
 これは俺にしか出来ないことだし、お前のお父さんたちには決して負けないってな。
「幸せな所って…。何処で?」
「まだまだ先だな、俺とお前の結婚式ってヤツだから」
 少し早すぎると言っただろうが。お前はチビだし、結婚出来る歳にもなっていないし。
「結婚式の時に、何かするわけ?」
「定番と言えば定番なんだが…。お前、抱き上げて欲しいんだろうが」
 俺に抱き上げて貰って、記念写真を撮りたいと言っていなかったか?
 お姫様抱っこというヤツで。あのポーズで俺と写真を撮るのが夢なんだ、とな。
「そうだけど…?」
 ママたちも写真を飾っているから、やっぱりあれを撮りたいよね、って…。
 だけど、白無垢だと抱き上げる写真は無いみたいだから、ちょっぴり悩んでいるんだよ。
 白無垢にしたら、ああいう写真は無理なんでしょ?
 ウェディングドレスでないと駄目かな、って思うけれども、白無垢だって…。



 幸せ一杯の結婚式の写真。両親の記念写真を眺めて、憧れたポーズ。いつかはぼくも、と。
 けれど、白無垢を花嫁衣装に選んだ時には、撮れないらしいのが、あのポーズの写真。白無垢も素敵だと思っているのに、ああいう写真が撮れないのなら…、と頭を悩ませている問題。
 白無垢はハーレイの母が着たと聞くから、着てみたいのに。
「そいつだ、お前の憧れの写真。…それを必ず撮らせてやろう。結婚式の日に」
 前のお前を一人で歩かせちまったからなあ、その時の分をお前に返そう。
 結婚式の時は、俺がお前を抱き上げて歩く。支える代わりに、ヒョイと抱き上げて。
 ほんの短い距離なんだろうが、幸せな気分を味わってくれ。俺の嫁さんになったんだ、とな。
 お前が白無垢を選んだとしても、俺がしっかり抱え上げてやる。
「…ホント? 白無垢でも、あの写真、撮ってもいいの?」
 駄目なんだって思っていたけど、あのポーズで記念写真を撮れるの?
「心配は要らん。俺がお前を抱き上げるんだし、カメラマンがちゃんと撮ってくれるさ」
 普通はしないポーズなんだが、と思っていたって、プロなんだから。
 きっと最高の写真が撮れるぞ、幸せ一杯のお前の笑顔。白無垢でも、ウェディングドレスでも。
 俺がきちんと抱いててやるから、何枚でも写して貰うといい。
 でもって、それから後はずっと、だ…。



 もう一人では歩かなくてもいいだろうが、と笑ったハーレイ。「俺がいるんだから」と。
「支えるどころか、ずっと一緒だ。どんな時でも、どんな所でも」
 お前を一人で歩かせやしない、絶対にな。お前が一人で歩きたいなら、止めはしないが。
「結婚したら、ずっとハーレイと一緒?」
 ぼくが歩く時は、いつもハーレイが一緒に歩いてくれるの、何処へ行く時も?
「流石に仕事の間は無理だが、それ以外の時は一緒だな」
 そういうもんだろ、結婚式を挙げるんだから。
 お前は俺の嫁さんになって、二人で暮らしていくんだし…。前よりもずっと幸せになれるぞ。
 俺はお前を支え放題だし、抱き上げて歩いていたっていい。何処へ行くにも。
 シャングリラだと、支え放題とはいかなかったしなあ…。キャプテンの仕事の範囲でしか。
 前のお前に付きっ切りというのは無理だった。…俺の居場所はブリッジだったし。
「そうだっけね…」
 視察の途中でよろけた時とか、具合が悪くなっちゃったとか…。そういう時だけ。
 寝込んじゃってても、支えに来てはくれなかったよね。仕事が終わらない内は。
「そうだったろう?」
 しかし、今度は堂々と恋人同士だからなあ、いくらでもお前を支えてやれる。
 お前が一人で息を切らして、苦しい思いで歩くことはないんだ。俺が必ず支えるから。
 まあ、それ以前に、そんな目にお前を遭わせはしないが…。
 のんびり歩いていればいいんだし、息なんか切れはしないんだがな。



 お前のペースでゆっくり歩こう、とハーレイは微笑んでくれたけれども、ふと思ったこと。前の自分がメギドで歩いた、あの長い距離。
 一人だったから、とても辛くて苦しかったけれど、二人だったらどうなるだろう、と。もちろんメギドは御免だけれども、幸せな今。いつかハーレイと二人で歩ける時だったなら…、と。
(もっと長くて厳しい道でも、幸せかも…)
 メギドでは普通の通路だったけれど、足を取られるような厄介な道。足がすっぽり沈んでしまう深い雪とか、ツルツルと滑る凍った道。
(おまけに風邪まで引いてるとか…)
 熱っぽい頭で、コンコンと咳をしている時でも、二人なら幸せかもしれない。もう帰りたい、と思う代わりに、もっと先まで、と強請るとか。
 ハーレイに「帰ろう」と手を引かれても。「連れて戻るぞ」と抱き上げられても。
 メギドの時には、早く終わって欲しかったのに。辛くて苦しいだけの道など、最後に待っているものが死でも、早く終われと願ったのに。
(雪道で、風邪でも、もっと先まで…)
 行きたいとハーレイに強請るのだろうか、「まだ行きたいよ」と。もっと二人で歩こうと。
 風邪を引いていて、苦しいのに。足が靴ごと雪に埋まるのに。



 そう思ったから、ハーレイに訊いてみることにした。最高の場所が見付かったから。雪が沢山、ありそうな場所。風邪を引くかもしれない場所。
「あのね…。ハーレイと二人で歩きたい時に、ぼくが息切れしててもいい?」
 風邪を引いてて、熱も咳も出てて、歩こうとしたらフラフラのぼく。
 ハーレイ、ぼくを支えてくれる?
 前のぼくをメギドで支えられなかった分まで、うんと長い道を歩いてくれる…?
「風邪を引いて熱って…。そんな状態で歩きたいのか、お前は?」
 しかも俺とって、デートなのか、それは?
「うん。…旅行中だと、また別の日に、って言ったって無理な時があるでしょ?」
 三日間しかいられないのに、ぼくの風邪、治らないだとか…。だけど、どうしても見たいとか。
 サトウカエデの森を見たいよ、雪の季節に行こうって約束してたよね?
 その時にぼくが風邪を引いたら、雪の森で、支えて歩いてくれる…?
「熱が出ていて、咳までしてて…。それでも雪の森に出掛けてデートだってか?」
「駄目? 本物のサトウカエデの森を見るのは、前のぼくの夢の一つだけれど…」
 メイプルシロップが採れる季節に、ハーレイ、行こうって言ってくれたよ。
「…分かった、そういうことならな。お前を支えて歩いてやろう」
「もっと先まで、って頼んでもいい? ハーレイが帰ろうって言い出したって」
 まだ見たいんだ、って我儘、言ってみたいな。フラフラでも、雪で歩きにくくても。
「任せておけ。支えてもいいし、いざとなったら俺が抱き上げて歩いてやるから」
 サトウカエデの森なら、いくらでも歩いてやるさ。ヨロヨロしてるお前と一緒に。
 同じようによろけていたって、行き先がメギドの制御室だと、ついて行けないらしいからな。
 その分、余計に頑張らないと。メギドは夢でも駄目らしいしなあ…。
「パパとママは来てくれるんだけどね」
 でも、ハーレイは絶対に駄目。…メギドの中では、キャプテンだから。
「お前のお父さんたちは行くというのに、行けないのが俺だというのがな…」
 サトウカエデの森で頑張るとするか、お父さんたちに負けないように。
 お前がどんなに我儘だろうが、倒れそうでも「行くんだ」と言っていようがな。



 俺が支えて行ってやる、とハーレイに約束して貰えたから。
 抱き上げて運んでもくれるそうだから、いつか幸せに無理をしようか。
 前の自分がメギドで一人で歩いた道より、もっと長くて歩きにくい道をハーレイと二人。
 息が切れても、熱や咳で身体がとても辛くても、ハーレイと一緒。
 足元が雪で歩きにくくても、ハーレイにしっかり支えて貰って、サトウカエデの森の中を。
 もっと先へと、もっと歩こうと。
 「行きたい」と強請って、支えて貰って、きっと幸せに歩いてゆける。
 一人で歩く道ではないから。
 ハーレイが隣で支えてくれるし、いざとなったら、抱き上げて運んでくれるのだから…。




            一人だった道・了


※前のブルーがメギドの中で歩いた道。瞬間移動は使えないだけに、一人きりでよろけながら。
 けれど、今度は、もっと長い道になっても、ハーレイが支えてくれるのです。雪の中でも。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv










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