シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、桜満開の中で新年度スタート。私たちは毎度の1年A組、年度始めの校内見学やクラブ見学、新入生歓迎パーティーなんかも一段落して、ソルジャー夫妻や「ぶるぅ」たちとの桜見物も終了です。明日は久しぶりに会長さんの家でのんびりという予定なんですが。
「…すまん、明日だが…」
俺は午後からの参加になる、とキース君が言い出した放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。急な予定でも入ったんでしょうか、昨日までは聞いていませんでしたよ?
「キース先輩、法事ですか?」
「いきなり法事はねえだろうが!」
アレは予約が要るんだぜ、とキース君の代わりにサム君が。
「元老寺の本堂でやるにしたって、檀家さんの家に行くにしたって、法事ってヤツは予約だしよ」
でないと住職が捕まらねえし、という話。法事は週末になりがちですから、早い者勝ちらしいです。先に予約を入れた人の勝ち、後から行っても思い通りの日時は取りにくいものだそうで。
「だから飛び込みで法事だけはねえよ、どっちかって言えば葬式じゃねえか?」
「「「あー…」」」
それは仕方ない、と私たちは頷きました。お葬式なら待ったなしです、つまり今夜はお通夜ということ。キース君も早めに帰って準備なんだな、と思いましたが。
「誰が葬式だと言った!」
「えっ、でも…。キース先輩、急な用事じゃあ…」
それ以外に思い付きません、とシロエ君。
「それともお父さんの代理で法事に行くことになったんですか? お父さんが腰を痛めたとか」
「…ありがちな話だが、それでもない。檀家さん絡みではあるんだがな」
「えーっと…?」
シロエ君が首を捻って、私たちも同じ。檀家さん絡みなら抹香臭い用事ばかりだと思うんですけど、法事でもお葬式でもないなら、どういう用事…?
「バイトではないな、親父が無料で引き受けたからな」
「「「は?」」」
「昨日の夕方、檀家さんが頼みに来たらしい。俺を貸してくれ、と」
「「「へ?」」」
貸してくれって、キース君を借りてどうするのでしょう。お坊さんの出前って、やっぱり法事かお葬式しか思い付きませんが、それだと無料は有り得ませんよね…?
「…文字通り、俺は貸し出されるんだ。ついでに坊主の仕事ではない」
まるで全く無関係だ、とキース君はフウと溜息を。
「俺の見た目を買われたらしい。…テレビ映りが良さそうだとかで」
「「「テレビ!?」」」
なんですか、テレビ映りって? キース君、何かの番組に出るの?
「…明日の昼過ぎだ、全国ネットで出る羽目になった」
「「「えーーーっ!!!」」」
いったいどんな番組に、と仰天した私たちですが。この国のあちこちを回る番組、今週はアルテメシアの近辺から毎日生中継。それのスポットの一つが檀家さんの家らしくって。
「…でも、お坊さんの仕事じゃないなら何なんです?」
どうしてキース先輩が、とシロエ君の疑問。
「檀家さんの家族のふりをするとか、そういう系の出演ですか?」
「まあな。一種のヤラセだ、檀家さんの家族は前から旅行の予定だったとかでトンズラなんだ」
テレビ出演より海外旅行、とキース君。
「お得なプランがあったか何かで、キャンセルしたくはないらしい。…明日の朝イチの飛行機で出るし、テレビに出ている暇は無い。それで俺なんだ、檀家さんが思い付いたのが!」
いつも親父とお茶を飲んでは喋っているし…、というアドス和尚のお友達らしき檀家さん。自分一人で出演するより、見栄えのする若者を一名募集で、キース君にブスリと白羽の矢が。
「…キース先輩、どういう場面で出るんですか?」
「多分、最初から最後までだろう」
「「「出ずっぱり!?」」」
「恐らくな。…檀家さんが取材を受けている間は映らないかもしれないが…」
それ以外は映りっ放しだろう、と頭を振っているキース君。
「救いは土曜日だということだけだな、俺の同業者は大抵、忙しくしているからな」
生中継を見ている暇があったら法事か法事の準備だか…、とキース君が気にしているものは同じ業界の友達とやらの視線に違いありません。あまり見られたくないんだ、それ…。
「当然だろうが、ヤラセだぞ?」
あんな番組に出ていたな、とツッコミが入るとキツイものが…、と言ってますけど、ホントにどういうヤラセ出演なんでしょう?
「気になるんだったら、テレビを見てくれ。明日の昼にな」
録画したってかまわないぞ、と私たちには開き直りの境地らしいです。明日のお昼の番組かあ…。
キース君が何をするのか分からないまま、迎えた土曜日。会長さんの家へ行こうと集合したバス停にキース君の姿は当然無くって、会長さんの家へ行ってもいるわけがなくて。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日はキースがテレビの日! と飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「お昼の番組、とっても楽しみ! みんなで見ようね!」
「それなんだけど…」
行き先は謎? とジョミー君が会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に尋ねました。リビングで出された午前のおやつは桜のロールケーキなんですけれども、桜クリームの中に鏤められた桜餡。まるでベリーが入ってるみたい、ちょっと素敵なお菓子です。
「えとえと…。キースが出掛ける所?」
「そう、それ!」
ぶるぅとブルーは分かるんじゃあ…、というジョミー君の指摘はもっともでした。キース君の心を読み取ってたとか、サイオンで居場所を追跡中とか…。
「あのね、ミステリーってことになってるの!」
その方が断然面白いから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「調べてもいいけど、アッとビックリするのがいいね、ってブルーも言うし…」
「そうなんだよね」
開けてビックリ玉手箱、というのも楽しいサプライズだよ、と会長さんが。
「せっかく全国中継なんだし、何処で出るのか楽しく待とうよ」
「それじゃ、全然、調べてないわけ?」
「まるで手つかずで放置だけど?」
ぼくもぶるぅも、と会長さん。
「キースを借りようって言うくらいだから、人手は必要なんだろうけど…」
果たしてキースは何に登場するのやら、と本当に調べていない様子で。
「あの番組って、どういう所が映るんだっけ?」
昼時だけに料理コーナーがあるのは知っているけど、とジョミー君が挙げれば、シロエ君が。
「色々ですよ、取材に出掛けた地域で話題のスポットなんかも…」
「そうなってくると分かんねえなあ…」
料理コーナーじゃねえとは思うけどよ、というサム君の意見。けれども蓋を開けるまでは謎、キース君、割烹着姿で出て来たりして…?
お昼御飯はテレビを見ながらということに。キース君が何処で映るか分かりませんから、手元がお留守でも食べやすいようにと「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製ふわとろオムライスです。スプーンで食べつつ待っている内に、噂の番組が始まりましたが…。
「…まだ出ませんね、キース…」
「料理のコーナーではなかったですね」
調理中の所にいませんでしたし、とマツカ君とシロエ君が交わす言葉通り、自信作の料理を制作中の面々の中にキース君の顔はありませんでした。料理が出来たらまた映りますが、その時だけのエキストラとも思えませんし…。
画面の向こうでは複数のリポーターさんが現地中継、いろんな場所へとカメラが移動。今度は農家にお邪魔するとか言っていますが…。
「「「ええっ!?」」」
出た! と揃った私たちの声。キース君が墨染の衣の代わりに作業服を着て立っていました、ツナギじゃなくって農作業用の。隣にはキース君を借りたと噂の檀家さんらしき男性が。
「こちら、これからの季節に何かと話題の畑にお邪魔しています」
リポーターさんが紹介、広い畑が映りましたが、他にも作業中の人が大勢。どうしてキース君が駆り出されたか謎なんですけど…。
「あそこで作業をしてらっしゃる人に伺ってみましょう、こんにちはーっ!」
こんにちは、と振り向くだろうと思った相手は黙々と作業中でした。リポーターさんが「お邪魔してまーす!」と叫んでも全く手を止めませんし、あの人、耳が遠いとか?
「はい、実はあそこの人たち、皆さん、案山子なんですねーっ!」
「「「案山子!?」」」
そういえば噂を聞いたことがあります、本物の人間そっくりの案山子を並べ立ててる畑があると。本当に効果があるのかどうかは今となっては謎らしいですが、始めた人が凝りに凝りまくり、パッと見ただけじゃ、どれが人だか案山子だか…、というのがコレ?
リポーターさんは案山子作りを始めた経緯を紹介し始め、男性が笑顔で応えています。
「いやあ、家族にも凝りすぎだと言われているんですがねえ…」
「でも、息子さんもこうしてお手伝いをなさっているわけですね?」
「手伝いと言いますか、まあ、なんと言うか…。本来の仕事はしてくれてますね」
案山子は抜きで、と男性が笑い、キース君は向けられたマイクに「ノータッチです」とぶっきらぼうに。うーん、なかなかの役者です。テレビ映りもいいですよね!
案山子な農家の取材が終わると、キース君の出番も終わりましたが。その番組を見終わった後の私たちは案山子の話題で花が咲くことに。
「…親父さんの趣味の案山子の取材じゃ、そりゃあ旅行が優先だよなあ…」
自分の出番がねえもんな、とサム君が言えば、ジョミー君が。
「だけど、あの案山子、凄くない? ちゃんとポーズもつけてあるしさ」
「凝ってますよね、効き目があるかは置いておくとしても」
少なくとも人間は驚きますよ、とシロエ君。
「道を訊こうと声を掛ける人もあるって言ってたじゃないですか。今の番組」
「どっちかと言うと、人間向けの案山子かもねえ…」
ビックリさせるという意味ではね、と会長さんも賛成です。
「案山子は驚かせてなんぼなんだし、あそこの案山子は人間用だよ」
「「「うーん…」」」
何か使い方を間違ってないか、と思わないでもないんですけど、さっきの農家の人の趣味なら今更どうにもならないでしょう。少なくともテレビに取り上げられたわけで、その点だけは評価できますけれど…。
「全国中継ですもんねえ…。人間向けの話題ですね」
会長の言う通り人間用の案山子ですよ、とシロエ君が言った所で、会長さんが。
「…待てよ? 案山子で人間用なんだ…?」
「会長、どうかしましたか?」
「…いや、使えるかと一瞬、思ったんだけど…」
難しいかな、と呟いた所へキース君からの思念波が。もう終わったから今から行く、と。
「かみお~ん♪ キースのお迎え、する?」
「そうだね、人の少ない所に移動するよう伝えよう」
そうすれば瞬間移動が可能で移動時間が短縮できるし、と会長さんが思念波を飛ばし、間もなく玄関のチャイムがピンポーン♪ と。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が開けに出掛けて…。
「キースが来たよーっ!」
「すまん、遅くなった。…昼飯を御馳走になっていたんでな」
「テレビ出演、お疲れ様ーっ! 座って、座って!」
コーヒーだよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。今日のヒーローが到着しました、ヤラセ取材の気分とか色々訊かなくっちゃー!
キース君のテレビ出演、お昼御飯を御馳走になった以外は、全くのタダ働きだったらしいです。作業服まで着て出ていたのに、タダですか…。
「親父が引き受けてしまった以上は、俺にはどうにも出来ないからな…」
飯が食えただけマシだと思おう、とキース君。
「最悪、案山子のメンテの手伝いも覚悟してたし、それが無かっただけまだマシだ」
「「「メンテ?」」」
「けっこう大変だと聞いているからな、あの案山子どものメンテナンスは」
服の着せ替えとか、顔とかの色の塗り直しとか…、と出ました、案山子を維持しておくために必須の作業。カメラの前でそれをするのかと思って出掛けたみたいです。
「俺は取材に答えるだけで済んだわけだし、ラッキーだったと思っておこう。案山子のメンテは坊主の仕事の範疇外だ」
「そうだろうねえ…」
まるで無関係な仕事だからね、と会長さんが相槌を打って。
「おまけにあの案山子、動物用には効いてるかどうか謎らしいしね?」
「そこなんだよなあ、もはや檀家さんの趣味の世界だ」
写真撮影に来る愛好家向けにますます凝ってゆくようだ、という話。作物を荒らす動物相手の戦いは放ってウケ狙い。次はどういうアイデアで驚かせようか、と頑張っているらしくって。
「本当に人間用の案山子ですね、それ…」
シロエ君が呆れ、ジョミー君が。
「案山子の道から外れていない? ビックリしたって、逆に人間が寄ってくるんじゃあ…」
案山子は来させないのが役目、と言われてみればそうでした。鳥やイノシシに「人間がいるぞ」と思わせるための道具の筈です。近寄らせないように立っているのに、人間を呼び集めるような案山子は外道だとしか…。
「ぼくもそう思う。使えるかな、と思ったのはホントに一瞬だけだったしね」
案山子は駄目だ、と会長さん。何に使うつもりだったんでしょう?
「えっ? 人間用の案山子だよね、って話になっていたから、そういう案山子」
「「「は?」」」
「これさえ置いたら特定の人間を追い払えるとか、そういうのだよ」
若干一名、案山子で追い払いたい人間が…、と説明されたらピンと来ました。何かと言えば湧いて出るのが異世界からのお客様。トラブルメーカーのソルジャー除けに案山子ですね?
「ブルーを案山子で追い払えたらねえ…」
いいんだけどね、と会長さんはブツブツと。
「だけど人間用の案山子は逆に人間を呼び込むようだし、そこはブルーでも同じだよ、きっと」
ドン引きするような案山子を置いてもビックリするのは最初だけ…、と深い溜息。
「案山子と分かれば興味津々、それを眺めに来るってね! どんな案山子を作ってもさ」
「…あいつがドン引きって、どんな案山子だ?」
サッパリ想像がつかないんだが、とキース君。私だって思い浮かびません。なまじのことでは驚きませんよ、あのソルジャーは?
「そこはやっぱり、ハーレイを使うべきだよね。こんなのは嫌だ、と思うようなの」
ハーレイそっくりの案山子でドン引き、と会長さんは恐ろしい例を挙げ始めました。姿形はそっくりに作って、案山子を着せ替え。ソルジャーがとても耐えられないようなメルヘンチックなドレス姿やメイドな衣装で、顔にはメイク。
「そんな案山子をリビングにドカンと置いておけばさ、ドン引きするかと思ったんだけど…」
耐え切れずに逃げて帰るとか…、と。
「でも、考えてみたら案山子だし…。怖いもの見たさでやって来るとか、逆にメイクをし始めるだとか、着せ替え用の服を買って来るとか…。結果的に逆に引き寄せそうで…」
「その線だろうな、間違いなく」
ドン引きしている時期が過ぎたら遊び始めるだろう、とキース君も会長さんと同意見でした。他のみんなも首をコクコク、ソルジャーに案山子を突き付けたら最後、遊びに来る回数が増えるだけだと思います。
「ほらね、君たちもそう思うだろ?」
だから使えない、と会長さん。
「ブルーに格好の遊び道具を与えるだけでさ、追い払うことは出来ないんだよ」
「遊ぶでしょうねえ、きっと嬉々として」
メイクに着せ替え、とシロエ君も。
「キース先輩がやりたくなかったメンテっていうヤツに凝りまくりますよ、そんな案山子を置いておいたら」
「だよねえ、絶対、訪問回数増えまくりだよ」
毎日来るんじゃなかろうか、とジョミー君だって。
「着せ替え人形の感覚で来るよ、今度はこんなのにしてみよう、って!」
そして楽しい遊び道具を提供する羽目になるだけだ、というソルジャー用の案山子。末路は最初から見えていますし、作らないのが吉ですってば…。
人間をビックリさせることは出来ても、逆に呼び込む人間用の案山子。追い払えないようなものは案山子と呼べないのでは、と笑い合っていたら。
「こんにちはーっ!」
いきなりユラリと揺れた空間、紫のマントのソルジャー登場。もしや案山子の話を聞かれたのでは、と身構えた私たちですけれど。
「キースがテレビに出たんだってねえ! どんな感じで?」
生憎と見そびれたものだから…、と珍しい台詞が。四六時中と言っていいほど覗き見ばかりのソルジャーのくせに、昨日から分かっていたテレビ出演を何故に…?
「えっ、この格好を見たら分からない? ついさっきまで会議をやってたんだよ、昼御飯つきで延々とね!」
年寄りは話が長くていけない、と自分の年は見事に棚上げ、ソルジャーの世界の長老たちを年寄り呼ばわりしています。ゼル先生とかヒルマン先生のそっくりさんがいるんですよね?
「そうそう、ホントに瓜二つ! その連中がうるさくてねえ…」
テレビを見逃してしまったのだ、と残念そうに。
「もしかして、録画してたとか? それなら是非とも見たいんだけど!」
「んとんと…。キースが可哀相かな、って録画するのはやめにしてたし…」
残ってないの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。再放送も無いんだよ、と。
「えーっ!? それじゃ、誰かの記憶でいいから!」
せっかくのキースの晴れ舞台、と頼まれましたし、中身も変ではなかったですから…。
「分かったよ。ぶるぅ、記憶を見せてあげて」
「オッケー!」
はい! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が小さな右手を差し出し、ソルジャーがその手をキュッと握って「よろしく」と。記憶の伝達は一瞬ですから、ソルジャーは直ぐに手を離してしまって。
「…そうか、農家の息子さん役ねえ…。ご苦労様、キース」
「いや、それほどでも…」
「なかなかに楽しい番組だったよ、案山子というのも面白かったし…」
ところで、と言葉を切ったソルジャー。
「人間用の案山子が気になるんだけど? ぼくを引き寄せる案山子がどうとか」
「「「ええっ!?」」」
ヤバイ、と私たちは青ざめました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が伝えた番組の記憶、余計なものまでついてましたか…?
「ぶるぅのせいではないんだけどねえ…」
ちょっと引っ掛かったものだから、とソルジャーは唇に笑みを浮かべて。
「案山子、案山子、と妙にはしゃいだ心がね。何なのかな、と軽く探ったら人間用の案山子が出て来て、ぼくを引き寄せるって話の欠片が」
この先は君たちに尋ねた方が得るものが多そうだと思うから、とソルジャーの読み。つまりは話せという意味です。話さなかったらどうなるかと言うと…。
「当然、強引に聞き出すってね!」
聞き出せない時は心を読むまで、と脅し文句が。これは全面降伏しかなく、洗いざらいを喋らされる羽目に陥って…。
「…そういう意味かあ、人間用の案山子って…」
確かに逆に引き付けるだろうね、とソルジャーはアッサリ認めました。そんな案山子が置いてあったら何度でも来ると、着せ替え作業も頑張ると。
「最初はドン引きかもだけど…。案山子と分かれば怖くはないしね、やっぱり大いに遊ばなくっちゃ! ハーレイの人形なんだから!」
しかも等身大、と遊ぶ気満々、溜息をつく私たち。ソルジャー用にと案山子を置いてもこうなるのだ、と改めて証明されたのですが。
「…待ってよ? ハーレイなんだよね?」
その案山子、と訊かれました。さっきから何度も言ってますけど、ソルジャー用ならハーレイ案山子になりますよ? ドン引きして貰わないと駄目なんですから…。
「ハーレイかあ…。でもって、人間用の案山子はビックリさせても逆に人間を引き付ける、と…」
これは使える、と会長さんとは逆の台詞が。それはそうでしょう、ソルジャーは案山子で遊ぶつもりで、ハーレイ案山子を設置したが最後、頻繁に遊びに来るつもりですし…。
「そうじゃなくって! ぼくが言うのは案山子の効果!」
人間を引き付ける人間用の案山子がポイント、とソルジャーは指を一本立てました。
「最初はビックリ、でも、その後は寄って来るんだろう? これを使わずにどうすると?」
「……何に?」
会長さんがおっかなびっくり訊き返すと。
「もちろん、ぼくのハーレイに!」
「「「キャプテン!?」」」
キャプテン相手に案山子なんかをどうするのだ、と思いましたが、ソルジャーの思考は常に斜め上という傾向が。分からなくって当然ですよね、案山子の使い道とやら…。
人間を追い払う代わりに引き寄せてしまう人間用の案山子。それをキャプテンに使いたい、と言い出したソルジャーは大真面目で。
「…ぼくとハーレイ、結婚してから円満な毎日なんだけど…。欲を言えばもっと、頻繁に青の間に来て欲しいわけ! 勤務中でも!」
そのために案山子を置いてみたい、と赤い瞳に真剣な光。
「仕事の合間に寄って行くこともあるんだよ。少し時間が出来ましたので、って。…でも、そんなことは滅多に無くて…。大抵、仕事の報告だよね」
キャプテンの任務でやって来るのだ、と言うソルジャーによると、キャプテンが昼間に青の間に現れる場合は九割以上が仕事絡み。キスの一つも貰えないそうで、なんともつまらないらしく。
「そういうハーレイを引き寄せるために、ここは案山子で!」
「…どう使うわけ?」
案山子の役目はあくまでドン引き、と会長さん。
「君のハーレイがドン引きしちゃって、その後は足繁く通ってくるって、どんな案山子さ?」
君がポーズを取っている方が早いんじゃあ…、と会長さんは半ばヤケクソ。
「悩殺ポーズをキメていればね、その方がよっぽど釣れそうだけど?」
「それはとっくにやってるよ!」
なのに効果が見られないのだ、と超特大の溜息が。
「仕事モードの時のハーレイ、何をやっても無駄なんだってば! 脱いで見せても!」
失礼します、と出て行ってしまって終わりなのだ、と嘆くソルジャーですけど、お仕事中なら無理もないでしょう。ソルジャーの誘惑に引っ掛かったら仕事どころじゃないですし…。
「仕事、仕事、って言うけどさ! どうでもいい仕事もあるわけでさ!」
トイレの故障はどうでもいいだろ、とソルジャーは愚痴り始めました。船を纏め上げるのがキャプテンの仕事、ついでに几帳面な性格だったらしくって。
「上がって来た報告、端から見ないと気が済まないんだ! そして現場に行っちゃうことも多くって…。トイレの修理に立ち会っていても、正直、意味が無いんだけれど!」
そんな所に行く暇があったら青の間で一発やっていけば、と強烈な台詞。ソルジャーは基本が暇な毎日、昼間といえどもベッドでキャプテンと過ごしたいようで。
「ぼくはトイレに負けてるんだよ、優先順位で! トイレの故障に!」
それに勝つためにも案山子の出番、と言ってますけど、ソルジャーの悩殺ポーズも効かないキャプテン相手に、どんな案山子を置くつもりでしょう…?
「ハーレイに決まっているだろう!」
ドン引き用の案山子なら、とソルジャーはキッパリ。でもでも、キャプテンを脅かすための案山子がキャプテンだなんて、何か間違ってはいませんか…?
「間違っていないよ、ドン引きさせるならハーレイの案山子なんだってば!」
ただし、こっちのハーレイの協力が必要、という話。そりゃそうでしょうね、キャプテンの協力で作った案山子なら、キャプテンは何もかもお見通しですし…。
「そうなんだよ! こっちのハーレイで凄い案山子を作らなくっちゃ!」
ぼくのハーレイもドン引きの案山子、と主張するからには、私たちが話題にしていたような案山子でしょうか? ドレスやらメイドの服を着せ付け、メイクしちゃった案山子とか…。
「ううん、メイクは要らないね。素顔で勝負!」
それから服も要らないのだ、と妙な台詞が飛び出しました。それって、裸という意味ですか?
「決まってるだろう! ドン引きな案山子を作るんだから!」
大切なのはポーズなのだ、とグッと拳を握るソルジャー。
「キースが出ていた番組の案山子も、いろんなポーズをしてたじゃないか! 畑仕事の!」
「…それはそうだけど…。でも…」
ドン引きするようなポーズって何さ、と会長さんも理解出来ないようです。ソルジャーは「分かってないねえ…」と呆れ顔で。
「裸のハーレイ案山子だよ? ポーズはもちろん、ヤッてる最中!」
「「「ええっ!?」」」
どんなポーズだ、と思いましたが、ソルジャーの方は得々として。
「何通りほど作ればいいのかなあ…。キースが出ていた番組の農家の人じゃないけど、凝りたい気持ちはよく分かるよ!」
基本のだけでも幾つもあるし…、とニコニコと。
「案山子で効果が見られるようなら、うんと沢山揃えてもいいね。四十八手を全部とか!」
「「「…しじゅう…?」」」
それって相撲の決まり手でしょうか、四十八手と言ったら相撲。力士のポーズを取った案山子を揃えるのかと思ったら。
「違うね、相撲は無関係! 大人の時間の決まり手の方で!」
ノルディにあれこれ教えて貰ってハーレイと二人で実践中、とソルジャーは高らかに言い放ちました。四十八通りもあるらしい決まり手なるもの、それの案山子を作りたい、と。
「いいかい、人間用の案山子はドン引きの後で引き付けるもの!」
ハーレイもきっとドン引きした後、引き付けられるに違いない…、と踏んでいるソルジャー。青の間にハーレイ案山子を置いたら足繁く通ってくれるであろう、と。
「勤務時間中でも通ってくれてさ、トイレの故障は後回し! ぼくと一発!」
なにしろ案山子があるんだからね、とソルジャーは自信に溢れていました。大人の時間の決まり手のポーズを取った案山子が置かれていたなら、キャプテンは熱心に通う筈だと。
「だってさ、案山子はぼくとヤろうとしているわけでさ…。きっと気分が落ち着かないよ!」
案山子なんだと分かってはいても、ついつい足を運びたくなる、と言うソルジャー。
「案山子がぼくを襲うなんてことは無いわけだけれど、ぼくのベッドにドカンと案山子! もう絶対に落ち着かなくって、案山子を放り出して代わりに自分がベッドにね!」
勤務時間中でもハーレイが釣れる、とソルジャーの発想は良からぬもので。キャプテンの仕事はどうなるんでしょうか、滞ってしまって大変だとか…。
「それは無い、無い! 案山子を置く時はTPOを考えるから!」
ハーレイが覗きに来たって案山子が無い時もあるであろう、と真の意味でのソルジャーらしい考えも一応持ってはいる模様。キャプテンが仕事を放棄してしまっても大丈夫な時しか案山子は置かないみたいです。
「…どうかな、ぼくのハーレイ案山子は?」
「好きにすれば?」
ぼくたちに実害が無いんだったら、と会長さん。
「その案山子ってヤツは君の世界でしか使わないんだろ、君のハーレイを釣るんだから」
「そうだよ、ぼくの青の間専用! …作ってもいい?」
こっちのハーレイをちょっと借りてもいいだろうか、とお願い目線。
「案山子を作るにはモデルが要るしね、四十八手を全部作るにしたって、まずは基本の一つから! ぼくを押し倒してコトに及ぼうってポーズで一つ目!」
「はいはい、分かった。勝手に頼んで作る分には止めないよ」
「ありがとう! それじゃ早速…」
君の協力もお願いしたい、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「…ぼく?」
「そう! 君でないとハーレイはヤる気が出ないし!」
ポーズをつけるために協力を…、と言われた会長さんは即座に突っぱね、たちまちギャーギャー大喧嘩。会長さんが協力するわけないですってば、そんなモノ…。
ソルジャーが作ろうとしたハーレイ案山子。会長さんの協力は得られそうにないと悟ったソルジャー、それでも諦め切れないらしく。
「…ぼくが勝手に作るんだったらいいんだね?」
「お好きにどうぞ。四十八手をズラリ揃えようが、ぼくは一切、関知しないから!」
その後の効果も保証しない、と会長さんは冷たい表情。キャプテンに案山子の効果が無くても、責任は一切負わないから、と。
「…分かったよ。そういうことなら、君の協力は無理そうだから…」
ぶるぅ! とソルジャーが宙に向かって一声、「かみお~ん♪」とクルクル宙返りしながら現れた「ぶるぅ」。悪戯小僧の大食漢です。
「なあに? おやつくれるの、それとも御飯!?」
「どっちも後で食べ放題! その前にひと仕事してくれたらね」
ほら、とソルジャーが何処からかカメラを取り出しました。見慣れない形ですけれど…?
「ああ、これはねえ…。ぼくたちの世界の立体カメラ! 立体画像が撮れるんだよ!」
これでハーレイのポーズを撮影、と満面の笑顔。
「後はぼくのシャングリラでハーレイ案山子を作るだけ! 画像を元に!」
「また時間外労働させる気かい!?」
会長さんが突っ込みましたが、ソルジャーは。
「基本だってば、そういうのはね! データ操作と記憶の消去も!」
セットものだ、と涼しい顔のソルジャーに「ぶるぅ」が「写真を撮るの?」と。
「ねえねえ、何を撮ったらいいの? 何を作るの?」
「ハーレイ案山子を作るんだよ! 青の間のベッドに置くためのね!」
人間用の案山子はこういうもので…、というソルジャーの説明を聞いた「ぶるぅ」は大喜びで。
「楽しそうーっ! お手伝いすればいいんだね!」
「大正解! ぼくを相手にこっちのハーレイがポーズを取ったら、そのカメラで!」
「分かった、写真を沢山撮るよ!」
早く案山子が出来ないかなあ! と「ぶるぅ」が飛び跳ね、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ぶるぅ、お仕事しに行くの?」
「うんっ! ブルーのお手伝いだよ、ぶるぅも見たい?」
「見たいーっ!」
一緒に行くんだ! と言い出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」を私たちは必死に止めました。行かれたら最後、私たちだって巻き添えです。「みんなでお出掛け」が好きなんですから~!
やっとの思いで「そるじゃぁ・ぶるぅ」を踏み止まらせることは出来たものの。
「…くっそお、見ないと駄目なのか…」
強制的に中継なのか、とキース君が毒づき、ジョミー君が。
「一緒に行かずに済んだだけマシだよ、見てればいいっていうだけだしね…」
出来れば見たくはないんだけれど、と言い終わらない内にリビングの壁に中継画面がパッと。
「こちら、現地からお送りしてまーす!」
ソルジャーが例の番組のリポーターよろしく手を振り、画面の向こうは教頭先生の家でした。瞬間移動で飛び出して行ったソルジャーと「ぶるぅ」のコンビ、中継は「ぶるぅ」がやってます。ソルジャーは私服に着替えてお出掛け、教頭先生の家のチャイムをピンポーン♪ と。
「はい?」
「ぼくだけど!」
それだけで通じた教頭先生、玄関の扉をガチャリと開けて。
「こんにちは。…どうなさいました、本日は?」
「君に折り入ってお願いがね…。実は案山子を作りたくってさ」
中でゆっくり話をしよう、と上がり込んだソルジャー、アッと言う間に教頭先生を丸め込んでしまって、めでたく撮影会な運びに。
「…脱げばいいのですか?」
「そう、全部! ブルーには内緒にしておくからさ」
もう気持ち良く全部脱いで! とソルジャーが煽り、教頭先生はいそいそと。
「…ポーズを教えて下さるとか…?」
「うん。ぼくは脱がないけど、こんな感じで横になるから…」
一発ヤるつもりで来てみよう! とソルジャーが横たわった寝室のベッド。教頭先生、普段のヘタレは何処へやら…、といった感じでベッドに上がり込むと。
「…こうですか?」
「それじゃ駄目だね、もうちょっと、こう…。うん、そんな感じ」
そこで腰の運動をすればバッチリで…、とソルジャーが素っ裸の教頭先生に指示を出していて、「ぶるぅ」は中継をしつつシールドの中から写真をパシャパシャ撮っているようです。
「いいねえ、グッと来るってね! その腰遣いなら、ブルーもきっと!」
「…惚れてくれるでしょうか?」
「いけると思うよ、ちゃんとベッドに誘えればね!」
それじゃこの次はポーズを変えて…、とモザイクだらけの撮影会。教頭先生、ソルジャーと二人きりだからこそヘタレないのか、案山子作りのお手伝いだからヘタレないのか、どっちでしょう?
「やったね、データをゲットってね!」
後は案山子を作るだけだ、と瞬間移動で戻ったソルジャー。「ぶるぅ」はカメラを持って一足お先に帰ったようです。ソルジャーは御褒美にお弁当とお菓子を山ほど買って帰るそうですけれど。
「…まさか写真が撮れるだなんて…」
ハーレイの鼻血はどうなったのだ、と会長さんが仏頂面。教頭先生、あの後ポーズを二回も変えていたのに鼻血無し。帰るソルジャーにも笑顔で手を振っていましたし…。
「ああ、あれね。…今はこうだけど?」
ソルジャーがパチンと指を鳴らすと、再び現れた中継画面。其処では紅白縞だけを履いた教頭先生が鼻血まみれで床に仰向けに倒れていました。
「「「…え…?」」」
なんで、と驚いた会長さんと私たちですが。
「ハーレイの鼻血スイッチを切っておいたんだよ、今日のぼくには崇高な目的があったからねえ! 倒れられたら元も子も無いし、チョチョイとね!」
とても高度なサイオンの使い方なんだけど、と胸を張るソルジャー。
「案山子のためなら頑張るよ! …四十八手を全部揃えられるかは謎だけど…」
鼻血体質が酷すぎるから、と言いつつ、当初の目的は果たしたわけで。
「それじゃ、帰って案山子作り! 上手くいったら報告するねーっ!」
青の間に置くハーレイ案山子、とソルジャーはウキウキ帰ってゆきました。そして…。
「…効いたらしいな、例の案山子は」
考えたくもないんだが…、とキース君がぼやいた一週間後の土曜日のこと。ソルジャーはあれから一度だけしか来ていません。案山子の自慢に現れただけで、それっきり姿が見えなくて。
「…人間用の案山子の効果は抜群だったらしいですしね…」
キャプテンをドン引きさせて見事にゲットだそうで、とシロエ君。
「あんなポーズの案山子なんかが効くというのが理解不能ですよ、ぼくは!」
「押しのけたいって気持ちになるらしいよね…」
謎だけどさ、とジョミー君が零した所へ「こんにちはーっ!」とソルジャーが。
「先週は素敵な案山子のアイデア、ありがとう! もうハーレイが凄くって!」
しょっちゅう青の間に来てくれるんだ、とソルジャーは御満悦でした。
「案山子を置いた甲斐があったよ、三つのポーズを入れ替えで置いているんだよ!」
でもって目指すはコンプリート! と広げられた紙。会長さんが「退場!」と叫び、紙には一面のモザイクが。
「何をするかな、これから指導に行くんだよ! ハーレイの家へ!」
四十八手のポーズの案山子を揃えるんだから、という台詞からして、紙には四十八手とやらが描かれているに違いありません。
「目指せ、案山子のコンプリート! 今日もぶるぅと二人で楽しく!」
撮影会だ、とソルジャーの姿がパッと掻き消え、会長さんが。
「…いいんだけどねえ、ぼくには実害が無いようだしね?」
鼻血スイッチとやらを切らない限りは永遠のヘタレなんだから、と開き直りの会長さん。キャプテンを引き寄せると噂の人間用の案山子、コンプリートは出来るんでしょうか?
「…無理だと思うが」
「ぼくもです」
幾つ目でソルジャーの夢が破れるだろうか、と始まりました、トトカルチョ。私は今日で轟沈に賭けたんですけど、勝てるでしょうか。教頭先生、鼻血よろしくお願いします~!
人間と案山子・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
キース君のテレビ出演が切っ掛けで、ソルジャーが考案したキャプテン用の案山子。
なんとも凄い案山子ですけど、ちゃんと効果があるようです。教頭先生、美味しい役かも。
次回は 「第3月曜」 11月16日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、10月は行楽と食欲の秋で、松茸山にお出掛けすることに。
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