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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ザクロの味

「さて、今日は…」
 コレだ、とハーレイが教室の前のボードに書いた文字。古典の授業の真っ最中。居眠りしそうな生徒の集中力を取り戻すために、挟み込まれるお得意の雑談。
(ザクロ…?)
 何を話すのかな、と眺めたブルー。今はザクロの旬だけれども、食べ方か、お菓子の作り方か。そういった中身かと思い込んだし、クラスメイトたちも多分、そうだったろう。
 ところが、ハーレイが始めた話は…。
「お前たち、ザクロの食べ方ばかり考えてるな? まあ、美味いんだが…」
 残念ながら、俺の話は少し違うぞ。ザクロには色々と伝説があってだな…。
 古いヤツだと、ギリシャ神話のが有名だ。冥界の王がペルセポネという娘を攫った。それがだ、豊穣の女神の娘だったから大変だ。女神は仕事を放り出しちまって、地上が荒廃しちまった。
 そこで娘を返すように、という交渉が纏まったんだが…。
 冥界の王は狡かった。ペルセポネにザクロの実を食べさせてから地上に帰した。冥界の食べ物を口にしちまったら、冥界の住人になるしかない。
 たった四粒とも七粒ともいう、小さなザクロの実なんだが…。冥界の掟は掟ってことだ。
 仕方ないから、ペルセポネは冬の間だけ冥界で暮らすことになって、豊穣の女神がまた悲しむ。冬に作物が実らないのは、そのせいだという伝説だ。
 どうだ、なかなか面白いだろう?



 しかし、とハーレイがコンと叩いたボード。「日本だって負けちゃいないんだぞ」と。
「この地域は、ずっと昔に日本があった辺りだが…。日本にもユニークなヤツがあるんだ」
 ザクロの伝説。日本で生まれた伝説のくせに、これがとびきり凄くってな。
「どんな話ですか?」
 皆が口々に尋ね始めたら、ニヤリとして教室を見渡したハーレイ。
「ザクロの味についての話だ。本当に日本だけでの話なんだが…」
 人の肉の味がすると言うんだ、ザクロの実は。
「ええっ!?」
 たちまち教室で上がった悲鳴。人というのは人間なのか、と。
「その通りだが? お前たちよりは小さい子供の肉なんだろうな、伝説によると」
 鬼子母神という神様がいた。元は鬼でな、人間の子供を攫って食べていたわけだ。
 それを止めさせようと、お釈迦様が鬼子母神の子供の一人を隠しちまった。五百人もいた子供の中でも、特に可愛がっていた一人をな。
 いくら捜しても見付からないから、鬼子母神は酷く悲しんだわけだが…。
 お釈迦様が言うには、命の重さと子供を可愛いと思う心は、人間も鬼神も変わらない。五百人の中の一人が消えても悲しいのなら、もっと子供の数が少ない人間の親の気持ちはどうだ、と。
 鬼子母神はやっと自分の罪に気付いて、それからは子供を攫わなくなった。
 お釈迦様に仕えるいい神様になったわけだが、元々の伝説は此処までで…。日本で勝手に増えた話がこの後なんだ。



 元々は子供を食べていたのが鬼子母神。また子供の肉を食べたくならないようにと、与えられた果物がザクロだという。子供を食べたくなった時には、代わりにザクロ。人の肉の味がするから、それを食べれば収まるだろう、と。
「そんな伝説があるもんだから、鬼子母神の像は右手にザクロを持っているんだ」
 左手には子供を抱いているんだが、右手のザクロが怖いわけだな。人の肉の味がするんだから。
「本当に人の肉の味なんですか?」
 おっかなびっくり尋ねた生徒に、ハーレイは「まさか」と軽く両手を広げてみせた。
「日本で出来た伝説なんだと言っただろうが。此処から後は、と」
 鬼子母神は吉祥果という果物を持っているそうだ。そいつが中国でザクロになった。子孫繁栄の意味があるから、吉祥果にはピッタリだとな。
 その鬼子母神が日本に伝わった時に、誰かが間違えちまったんだ。子供を食べたくなった時には代わりにザクロを食べるらしい、と。
「じゃあ、人の肉の味は…。しないんですか、ザクロ?」
「するわけがない。ザクロはザクロだ、甘酸っぱくて美味いだろうが」
 肉の味とは全く違うぞ、あれは立派に果物だってな。血の味もしないし、生臭くもない。
 だが、伝説は一人歩きをするもんだ。人の肉の味がするから不吉だ、と嫌っていた場所もあったそうだぞ。ザクロは決して食べないだとか、植えるだけでも不吉だとか。
 ザクロにしてみたら、いい迷惑だな。せっかく美味い実をつけるのに。
 鬼子母神の方も気の毒だよなあ、子供は二度と食べないから、と改心したのにザクロの伝説。
 子供の肉を食べる代わりに、ザクロを食べると思われたんじゃな。
 まあ、伝説には何かと尾ひれがつくもんだが。



 授業に戻るぞ、とボードから消された「ザクロ」の文字。今が旬の果実。
(ザクロ…)
 家の近くにもあったよね、とブルーの頭に浮かんだ家。庭にザクロの大きな木。バス停から家に向かう道とは違うけれども、ザクロの話を聞いたからには見てみたい。
(一粒くらいなら、取って食べても…)
 かまわないだろう、ザクロの中には小さな実がビッシリ詰まっているのだから。人の肉の味ではないそうだけれど、勘違いされたザクロの実。
(帰りにちょっと見に行こうっと)
 手が届きそうな所に実っていたなら、中身を一粒。
 今日は学校の帰りにザクロ、と心に決めて、迎えた放課後。いつもの路線バスに乗る所までは、普段と同じ。バスを降りたら、違う道へと。
(えーっと…)
 この先だっけ、と歩いて行って、「あった」と見上げたザクロの木。生垣の向こう、大きな木の枝は道の方にも張り出しているから。
(…下の方の実、届くかな?)
 一粒だけでいいんだけどな、と眺めていたら、「ブルー君?」と庭に現れたご主人。今年も沢山実ったんだよ、とザクロの木の実を数え始めて…。
「見えている分だけでこれだけだしねえ、もっと沢山あるってことだね」
 欲しいなら持って帰るかい、とハサミでチョキンと切って貰ったザクロの実。それも三つも。
 一粒だけでも味見したい、と回り道をしたのに、赤く弾けたザクロごと貰えた。中にギッシリ、艶やかな実。ハーレイの授業で教わった実が。



(美味しそう…)
 ほんの数粒食べたばかりに、冥界の住人になってしまったペルセポネ。彼女の瞳にも、魅力的に映ったのだろう。一粒、二粒とつまんだくらいに。
(あっちは人の肉の味じゃないんだけどね?)
 本当のザクロの味はそっち、と日本で生まれた伝説を思う。ついつい食べたくなるのがザクロ。一粒、二粒とつまんだ女神もいたというのに、日本だと人の肉の味だなんて、と。
(貰ったんだし、家でゆっくり…)
 味わって食べよう、と持って帰ったら、目を留めた母。
「あら、ザクロ…。頂いたの?」
 今年もドッサリ実ってるものね、上の方まで。一番上のは二階の窓から採るのかしら?
 でも、帰り道とは違うわよ、あそこ。回り道したの?
「今日の授業で聞いたから…。ザクロ、あの家にあったっけ、って」
 ちょっと味見が出来たらいいな、って見に行ってみたら、三つも切って貰えたんだよ。
「授業でザクロのお話ってことは、ハーレイ先生ね?」
「うんっ! 今日の雑談、ザクロだったよ」
 だから食べたくなっちゃって…。
 着替えておやつの時に食べるよ、ザクロ、とっても美味しそうだもの。



 そう宣言して、おやつの時間に食べてみたザクロ。弾けた果実をエイッと割って、詰まっている粒を指でつまんで。
 甘酸っぱい味がするけれど。遠い昔の日本の人たちは、人の肉の味だと言ったそうだけれど。
(人間なんか、食べたことがないから…)
 どんな味だか分からないんだし、比べようがないよ、と思った途端。
(人間を食べる…?)
 何処かで聞いた、その響き。食べたことなど無い筈なのに。
 今の自分も、前の自分も、人間の肉を食べたりはしない。同じ人間を食べるわけがない。今日の雑談でハーレイが話した命の重さ。人類とミュウが争った時代もそれは同じ、と考えたけれど。
「ヤツらは人間の精神を食べる」
「そうだ、あいつらは人間を食い殺すんだ」
 不意に頭に響いて来た声。蔑むような男たちの声。
(アルタミラ…!)
 あそこだった、と蘇った記憶。前の自分が閉じ込められていた研究施設。
 サイオンを持ち、人の心を読む化け物への評価。「人間を食い殺す」と言った研究者たち。
 ミュウは食べたりしないのに。人の心を読み取れるだけで、心を食べはしないのに。
 嫌だ、と頭から振り払った声。前の自分が聞いていた言葉。
(今の時代は、みんなミュウだから…)
 間違った考え方をする人類はいないし、SD体制の崩壊と共に人類とミュウは手を取り合った。化け物と呼ばれる時代は終わった。
(忘れなくっちゃ…)
 酷い言葉は、と母が焼いてくれたケーキに集中。ザクロよりもケーキ、と。
 人の肉の味だと勘違いされたザクロはとても美味しいけれども、今はケーキの方がいい。人間を食べると忌み嫌われていた、あの頃の記憶が蘇るから。



 幸い、そこまでで終わった記憶。母のケーキが、今の時代にしっかりと繋ぎ止めてくれたから。
 とはいえ、ハーレイのせいで思い出す羽目になったのだから…。
(文句、言わなきゃ…)
 仕事の帰りに訪ねて来たなら、ハーレイに文句。嫌なことを思い出したじゃない、と。ウッカリ忘れてしまわないよう、ザクロを部屋に置くことにした。
 三個も貰って来たわけなのだし、まだ割っていない二つの内の片方を。
 母には「部屋に飾って眺めながら食べるよ」と説明したから、種を入れるためのお皿も貰えた。ザクロの実には小さな種。一粒に一つ入っているから、食べる時には吐き出す種。
 そうやって部屋に運んだザクロをまじまじと見る。人の肉の味だなんて、とんでもない。綺麗な実が幾つも詰まっているのに。一粒、二粒とつまんだ女神もいたほどなのに。
(ハーレイ、来るといいんだけどね?)
 文句を言おうと待っているのだし、是非来て欲しい。ザクロも用意したのだから。
 それとも、苛められると分かっているから来ないだろうか。
 予知能力は無い筈だけれど、なんだか嫌な予感がすると。今日は真っ直ぐ家に帰ろうと。
(逃げたら逃げたで、ザクロを残しておくもんね)
 そう簡単には傷まないだろうし、割らなかったら三日くらいは持つだろう。その間にハーレイはきっと来るから、「これ!」とザクロを指差して文句。今日でなくても、三日後でも。



 此処にザクロの実がある間は時効じゃないよ、と考えていたらチャイムの音。部屋にハーレイがやって来たけれど、アルタミラの記憶と結び付いたとは知りもしないから。
「おっ、ザクロか。早速、何処かに貰いに行って来たんだな」
 いいことだ、と笑顔のハーレイ。お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで。
 そのテーブルの上にザクロもあるから、「どうだ、人間の肉の味がしたか?」と訊くハーレイ。此処は昔は日本なんだし、そっちの気分でザクロだよな、と。
「酷いよ、ハーレイ!」
 人の肉の味だなんて言うんだもの…!
 ザクロ、貰いに行って来たけど、頭がそっちに行っちゃったよ…!
「…このザクロ、そういう味だったのか?」
 俺は甘酸っぱい実だと思ってたんだが、このザクロは違う味なのか?
 血の味がするのか、それなら鉄分が多いザクロということになるが…。ザクロに鉄分…?
 確かに入っちゃいるんだが…、とハーレイはザクロの栄養価を考え始めたから。
「ううん、血の味じゃなくて、アルタミラ…」
「はあ?」
 アルタミラって…。前のお前か?
 あそこでザクロを食っていたのか、餌の他にも貰えたのか…?



 前のお前は特別待遇だったのか、と更に勘違いをしたハーレイ。研究所の檻で食べていたのは、誰もがただの餌だったから。餌と水だけ、果物などは無かったから。
「違うよ、ぼくが言われたんだよ! 前のぼくが!」
 人間を食べる化け物だ、って…。ミュウは人間の精神を食べて、食い殺すんだって。
「そういや、あいつら、言ってたなあ…」
 俺も聞いたぞ、その台詞は。…人の肉の味で、そいつを思い出したってか?
「ハーレイのせいだよ、ザクロの話なんかをするから!」
 人の肉の味だって話をするから、アルタミラ、思い出しちゃった…。
 ぼくは人間を食べたりしないのに、いつも化け物扱いで…!
「それは気の毒だが、このザクロの実を貰いに行ったの、お前だろうが」
 俺の授業で気分が弾んで、いそいそ貰いに出掛けた筈だぞ。
「そうだけど…! ちょっと一粒味見したいな、って回り道をして帰ったんだけど…」
 家の人が出て来て、三つも貰えて、嬉しい気分で帰って来たのに…!
 おやつの時間にワクワクしながら食べ始めたのに、人間を食べる化け物だなんて…!
 ぼくは人間を食べてないのに、食い殺しなんかしないのに…!



 アルタミラの記憶なんかは要らなかった、とプンスカ膨れた。せっかく貰ったザクロの実だって台無しだよ、と。
「そうでしょ、値打ちが全部台無し! 美味しいね、って食べていたのに…」
 こんな味なんだ、ってつまんでいたのに、人間を食べる化け物だって言われちゃったよ!
「うーむ…。そいつを言ってた研究者どもは、とっくの昔にいないんだが…」
 人類のヤツら、改心ってヤツをしなかったしなあ…。
 鬼子母神みたいに改心してたら、ミュウを見る目も変わったんだろうが…。
 化け物じゃなくて、そういう種類の人間だってことに気付いてくれれば。
「でしょ? 人類は少しも反省したりはしなかったんだよ」
 ミュウは化け物で、人間の精神を食べるから…。食い殺すんだから、殺してもいいって。
 酷い実験をして死んでしまっても、これで一匹処分出来た、って笑ってたんだよ。
 前のぼくのサイオンは封じられてたけど、そんな目に遭った仲間の残留思念が幾つも、幾つも。檻から出されて実験室に連れて行かれたら、仲間の悲鳴が残ってて…。
「その人類だが、そもそも説教をしていないしな」
「えっ?」
 説教ってなあに、なんの話なの…?
「授業で言ったろ、お釈迦様の話。鬼子母神の子供を一人隠して、どう諭したか」
 命の重さは同じなんだ、と説教したのがお釈迦様だぞ。人間の子供も、鬼子母神の子も。
 ミュウと人類の命の重さも同じだったが、それを教えるヤツが一人もいないんではなあ…。
「そうだね…。誰も人類にそれを教えていないよね…」
 第一、ぼくたちが話そうとしたって、話なんか聞いてくれないし。
 人間扱いしていないんだから、ぼくたちの言葉は人類の耳には届かないよね…。



 鬼子母神の子供も、人間の子供も命の重さは変わらない。人類とミュウの命の重さも全く同じ。
 人類が其処に気付かない限り、ミュウは化け物。人間の精神を食べると忌み嫌われた化け物。
 本当は、そうではなかったのに。
 人類という名の鬼子母神に狩られ、食べられていたのがミュウだったのに。
「…ミュウは食べられちゃう方だったんだよ。人間を食べていたんじゃなくて」
 人類はミュウを殺してたんだし、人類が鬼子母神みたい。ミュウを食べてはいないけど…。
 殺してただけで、ミュウを殺して食べることまではしなかったけど…。
「なるほどなあ…。鬼子母神は人類の方だってか。化け物と呼ばれたのは俺たちだったが」
 そういえば、マザー・システムが統治してたんだっけな、あの時代には。
 マザーと名乗るくらいなんだし、あれこそが鬼子母神ってトコだったかもな。改心する前の。
 お釈迦様に説教をされて、いい神様になるよりも前の鬼子母神だな。ミュウだと分かれば端から殺す。食わなかっただけで、途方もない数のミュウを殺していたんだから。
「マザー・システムは最後まで改心しなかったよね…」
 だから壊されて、SD体制もそれでおしまい。悪い鬼子母神のままだったから。
「ああ。改心どころか、マザー・システムは自分の子供も殺しちまった」
「え?」
 自分の子供って…?
「キースだ。あいつはマザー・システムが無から作った生命だったろうが」
 つまりはマザー・システムの子供だ、鬼子母神のな。
 俺はあいつが好きではないが…。
 その点だけは同情するな。キースは自分を生み出した親に処分されたんだ。
 作ったのはマザー・イライザだったが、作るようにと命令したのはグランド・マザーだ。作れと命じて、出来上がったキースを意のままに動かそうと考えた。
 なのにキースが逆らった途端、あっさりと処分しちまった。鬼子母神より酷かったんだ。
 改心する前の鬼子母神でも、自分の子は可愛がったのに。
 もしもその子が逆らったとしても、食い殺したりはしなかったろうに…。



 まして人間の親となったら…、とハーレイはフウと溜息をついた。SD体制の時代の養父母ならともかく、本物の親なら殺さないと。子供を処分したりはしない、と。
「だからキースに同情すると言ったんだ。親に殺されちまったんだから」
 作られた生命体にしたって、親は親だし…。養父母なんかより縁は濃かった。望まれて生まれた子供なんだからな。グランド・マザーに。
 しかし、子供を殺してもいいと考えたのがグランド・マザーだ。逆らった子供を殺しちまった。
 その場で直ぐには死ななかったが、殺すつもりで処分したからには、殺したのと変わらん。
 剣でグサリと貫いておいて、「処分終了」と言ったそうだからな。グランド・マザーは。
「うん…。歴史の授業で教わるよね」
 その後はジョミーが戦ったけれど、グランド・マザーに逆らったのはキース。
 最初から逆らうつもりでいたから、メッセージまで残して行って。
 ミュウは進化の必然だったから、マザー・システムはもう時代遅れ。一人一人が自分で考えて、どうするべきかを決める時代だ、って…。
 あんなメッセージを流してしまったら、処分されるに決まってるのに。
「…命懸けで説教をしたってわけだな、グランド・マザーに」
 人類もミュウも同じ人間だと、命の重さに変わりはないと。国家主席がそれを認めたら、決して生きてはいられないだろうに…。自分の子供でも殺しちまうような機械が相手なんだから。
 説教をしたキースは処分されたが、説教の中身は人類に届いた。そして人類は、考え方を変える方へと行ったんだ。ミュウと戦うより、手を取り合おうと。
 本当だったら、キースのメッセージだけしか、後の時代に残らなかったかもしれない。
 他の色々なことが分かっているのは、ジョミーが遺した記憶装置のお蔭だ。
「そうだったっけね…」
 あれが全てを記憶したんだよね、全部トォニィに伝わるように。
 次のソルジャーの役に立つようにと、ジョミーが見ていた何もかもを全部。



 崩れゆく地球の地の底で、ジョミーがトォニィに託した補聴器。
 記憶装置を兼ね備えたそれは、元は前の自分の物だったもの。ソルジャー・ブルーの記憶装置。メギドへ飛ぶ前に、フィシスにそっと手渡した。何も言わずに。
 フィシスは前の自分の意図を分かってくれて、メギドが沈んだ後にジョミーに渡した。その中に入った、前の自分の記憶の全てを。
(多分、ジョミーの役に立ったから…)
 ジョミーもトォニィに同じことをした。致命傷を負った自分に代わって、ソルジャーになれと。次の世代を導いてくれと、補聴器をトォニィに託したジョミー。
 その補聴器が全てを憶えていた。記憶装置の役目を果たして、トォニィに伝えた。キースが地の底で何をしたのかを。
 グランド・マザーにどう逆らって、処分されるに至ったのかを。
 けれど…。



 今の自分だから、不思議に思ってしまうこと。歴史の授業では教わらないこと。
「ねえ、ハーレイ。…キースは、どうして気付いたんだろう?」
 人類もミュウも、命の重さは同じだってことに。…ミュウを排除しちゃいけないことに。
 前のぼくがキースと話し合えていたら、歴史を変えられたような気がするけれど…。
 きっとそうだと思うんだけれど、そういうチャンスは来なかったよ。…メギドでもね。
 キースは何も言わずにぼくを撃ったし、ぼくも何一つ話さなかった。どうしてなのかな、神様がそう決めちゃっていたのかな…。人類とミュウが話し合うにはまだ早い、って。
 あの頃のキースは、まだ少佐で…。人類の世界で発言力はそれほど大きくなかったから。
 でもね、話が出来たら変わったかもしれない、たったそれだけ。ただの可能性。
 キースの中には、まだシステムへの疑問くらいしか無かったんだよ。矛盾してる、って。
「ふうむ…。お前だからこそ、読み取れたってか?」
 今の不器用なお前と違って、キースの心に入り込めたと言ってるしな?
 一瞬の内にそこまで読んだか、流石はソルジャー・ブルーだったと言うべきか…。
 読み取ったものの、あいつの中にはシステムへの疑問だけしか無かった、と…。
 前のお前が話し合う方向に持って行けるほどの、決定打ってヤツは無かったんだな?
「そう。…メギドの制御室で会った時にも、キースは変わっていなかったと思う」
 あの時点で思う所があったら、撃つよりも前にぼくに訊いただろうから。
 ミュウはどういう生き物なのか、前のぼくが命を捨ててまで守り抜く価値があるものなのか。
 命の重さに気付いていたなら、きっと尋ねていたんだと思う。
 大勢の仲間を助けるためだけに、命を捨てに来たのかと。…そうまでして守りたいのかと。
 だけどキースは訊かなかったよ、敵としてぼくを撃ちに来ただけ。…ミュウの大物だったから。
 迷いもしないで何発も撃って、反撃しないのを嘲笑ってた。前のぼくとは、それで終わりで…。
 それから後には、キースは一度もミュウと接触していないのに…。
 マツカが側にいたというだけで、他のミュウとは話す機会も無かったのに。



 いったい何処で気付いたんだろう、とハーレイに向かって投げ掛けた問い。
 キースはどうして変わったのかと、人類とミュウの命の重さは同じなのだと気付いたのか、と。
「…命の重さが同じだってことに気付かない限りは、キースの考えも変わらないでしょ?」
 ミュウは排除しなくちゃ駄目な生き物で、前のぼくをメギドで撃ったみたいに、撃って当然。
 そんなキースが変わってしまって、マザー・システムへの疑問どころじゃなくなって…。
 とうとう逆らって、殺されるトコまで行っちゃった。…グランド・マザーに。
 キースを変えたのは誰なんだろうね、マツカだろうとは思うけど…。
 学校でもそう教わるけれども、本当にマツカだけなのかな…?
「マツカの存在も大きいんだろうが…。色々なことの積み重ねだろうな」
 あいつはステーション時代にシロエに会ってる。ミュウ因子を持ったシロエにな。候補生の頃は知らなかっただろうが、後になったら分かった筈だ。シロエは実はミュウだった、と。
 人類だとばかり思っていたんだろうに、ミュウだったんだぞ? これは大きい。
 ミュウは敵だと決まったものでもなかったのか、と思った筈だ。シロエはキースをライバル扱いしていただけで、敵だと考えたわけじゃない。殺そうとしたわけでもない。
 …ただシステムに逆らっただけで、シロエは抹殺されちまった。それもキースの手で。
 自分は間違っていなかったか、と思うことだってあっただろう。…俺の推測に過ぎないがな。
 そして無害なマツカに出会った。キースを庇って死んだマツカだ、何度もキースを救った筈だ。
 この二人はキースと親しかったミュウだが、前のお前だって…。
 キースの敵ではあったわけだが、何らかの影響は与えたんじゃないか?
 メギドの制御室に入り込んだお前と、ギリギリまで睨み合っていたそうだからな。
 マツカが助けに来なかったならば、お前、キースを巻き添えに出来たらしいじゃないか。
 …そんなに粘って、キースは何をしたかったのか。この辺も大切な鍵かもしれん。
「前のぼくも、キースが変わる鍵だった?」
「多分な。…おっと、これ以上の考察は御免蒙る。俺はあいつを許してはいない」
 今もやっぱり許せないんだ、あいつについては深く考えたくもない。
 英雄にしてやりたい気分もしないな、今でもな…。



 記念墓地で一緒にされちまったが、と眉間に皺を寄せるハーレイ。「なんであいつと」と。
「マードック大佐はまだいいんだ。ナスカで残党狩りをしなかった話は有名だしな」
 早い時期から、ミュウと人類の命の重さは同じなことに気が付いていた、と。
 軍人という立場にいたから、自分の意見を述べなかっただけで。
 だから、マードック大佐と一緒の墓地でも別にかまわん。パイパー少尉も。
 だがな、キースは出来れば引越して貰いたい。あいつが引越さないと言うなら、俺が別の場所に引越ししたいくらいなんだが…。前のお前と一緒の墓地だし、仕方なく我慢してるってな。
「えーっと…。お墓を引越ししたいくらいに、キースが嫌い?」
 前のぼくのお墓が一緒にあるから、我慢して入っているってくらいに?
「当然だろうが。あいつはお前に何をしたんだ、前のお前に!」
 お前はあいつに何発も撃たれて、俺の温もりを失くしちまった。
 独りぼっちだと泣きじゃくりながら死んだんだろうが、違うのか?
 お前をそんな目に遭わせた野郎を、俺は今でも許せないんだ。お前自身が許していてもな。
 俺はキースが大嫌いだし、お前がどんなに「許す」と言っても、許す気持ちにはなれないな。
 前のお前を殺しちまった大悪党なのに、英雄扱いされているのも気に食わん。
 その上、あいつを殴り損ねた。地球で会った時、普通に挨拶しちまったんだ。前のお前を撃った男だと知っていたなら、あの場で一発お見舞いしたのに。



 考えただけで腹が立ってくる、とハーレイが視線を落とした先にザクロの実。弾けて口を開けているだけで、コロンと転がっているザクロ。
「ふむ…。ザクロが人の肉の味だというのが発端だっけな、キースの話」
 最初はお前の恨み節だったが…。アルタミラ時代を思い出しちまった、という文句だったが。
 人の肉の味がするというなら、キースだと思って食ってやるとするか。こいつを一粒。
 これがキースだ、とハーレイが弾けた実から一粒つまんで取り出したザクロ。
 一粒ならポイと口の中に入りそうなのに、わざわざ前歯でガブリと噛んで。それからモグモグと口を動かして、皿の上にペッと吐き出した種。「スッキリした」と。
「…ハーレイ、それがキースって…」
 人の肉の味なら食べるってくらいに、キースが嫌い?
 ザクロの実をキースのつもりで齧って、種を吐き出して、スッキリしたって…。
「嫌いだな。さっきも言ったが、まだ許せない」
 墓も引越ししたいくらいに、俺はキースが憎くてたまらん。…お前はキースが好きなようだし、仕方なく話に付き合ってやるが。
「でも、ハーレイ…。ぼくはキースの話もしたいよ。今の世界を作ってくれた英雄なんだよ?」
 だからね、いつかは好きになってくれる?
 今は無理でも、その内に。…ぼくと話が出来るくらいに、キースのことを。
「お前をすっかり取り戻したらな」
 前の俺が失くしちまったお前が、もう一度、ちゃんと帰って来たら。
 チビのお前も可愛らしいが、キースに撃たれてしまったお前。あの時のお前が戻って来たら。
 今度こそ失くさなくて済むんだ、と俺が本当に納得したら…。
 その時は考えてやってもいい。あの悪党を許すことをな。



 今は無理だ、とハーレイは本当にキースが嫌いらしいから。許すつもりも無いようだから。
「ハーレイも鬼子母神みたい…」
 なんだか、そんな気がしてきたよ。怖いけれども、悲しいよねって。
「鬼子母神だと? この俺がか?」
 どうしたら、そういうことになるんだ。俺は人間の肉は食わんぞ。…キースなら食うが。
「ほらね。ザクロの実をキースだと言って食べたよ、キースの肉を」
 それにね、前のぼくがいない、って捜し回って…。
 前のぼくをすっかり取り戻すまでは、って…。子供を必死に捜してる鬼子母神とおんなじ。
 人間の子供を食べる鬼子母神は怖いけれども、自分の子供がいなくなって捜すのは可哀相…。
 ねえ、ハーレイ。命の重さは、ぼくもキースも同じだよ?
 キースを許してあげて欲しいよ、怖い顔してザクロの実なんか食べないで。
「駄目だな、言いたいことは分かるが…。所詮、お前はチビだしな?」
 お釈迦様の立派なお説教ほどには、説得力が無いってこった。
 俺の雑談の受け売りなだけで、それでは俺を説得は出来ん。
 とにかくキースは大悪党で、俺にとっては八つ裂きにしても飽き足りないほどの仇だってな。
前のお前の。



 だからキースだと思って食っておくんだ、とまたハーレイがザクロの実を齧っているから。
 一粒つまんで前歯でわざと潰しているから、鬼子母神にも見えるハーレイ。人の肉の味だという実を齧るから。キースのつもりで食べているから。
(キースの味なの…?)
 ホントにそうかな、と齧ってみたザクロは甘酸っぱいだけ。ただの果物。
 それをキースに擬えて食べるハーレイは酷いと思うけれども、そうさせたのは自分だから。
 キース嫌いにさせてしまったのは、前の自分のせいだから。
「分かった、お説教が上手くなるように頑張るよ」
 ハーレイがザクロのキースを齧らなくてもいいように。
 あいつは嫌いだとか、許せないだとか、言わなくてもいい日が早く来るように。
「おいおいおい…。俺に説教を聞かせているより、いい方法があるんだが?」
 ゆっくりでいいから、前のお前と同じに育て。そうすれば、俺はお前を取り戻せる。いつまでもキースを恨んでいないで、お前と一緒にやり直せるしな。
 育った方が早いと思うぞ、前と同じに。…俺に懇々と説教を垂れているよりもな。
「どっちも頑張る!」
 前のぼくと同じに育つって方も、お釈迦様に負けないお説教も。
 きっとハーレイも、キースのことが大好きになるよ。ぼく、本当に頑張るから。前のぼくと同じ姿になるのも、ぼくのオリジナルのお説教も…!



 頑張るからキースを好きになってね、と一粒つまんだザクロ。甘酸っぱい味がする果実。
 人の肉の味がするというのは、遠い昔の日本で起こった勘違い。日本だけにしか無い言い伝え。
 そのザクロの実でキースを食べた気になる、鬼子母神なハーレイは辛いから。
 今もハーレイを苦しめている、と胸が締め付けられるから。
 いつかキースを好きになって貰えるように、頑張ろう。
 前と同じに大きく育って、「そうかもな」と頷いて貰える、お説教だって考えて。
 頑なにキースを嫌い続ける、ハーレイの心が融けてほぐれてゆくように。
 「キースも悪いヤツではないよな」と、笑顔で話をしてくれる日が来るように。
 昔話は、二人で楽しく語りたいから。
 あんなこともあったし、こんなこともあった、と幸せに語り合いたいから…。




              ザクロの味・了


※人間の子供を食べないように、ザクロの実を与えられた鬼子母神。人の肉の味がする実を。
 その鬼子母神のように、「キースだ」とザクロを齧るハーレイ。許せる日はまだ先なのです。
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