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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

恋と思念波

(どうせ、ぼくには読めやしないし…)
 マナー以前の問題だから、と小さなブルーがついた溜息。学校から帰って、おやつの時間に。
 母が用意してくれた紅茶とケーキ。味わった後で広げた新聞、面白い記事が載っていないかと。その新聞の記事が問題、それで零れてしまった溜息。
(心を読まないのはマナーなんだけど…)
 新聞で見付けた、お付き合いのコツ。友達ではなくて、恋人同士の。
 そういう見出しが目に入ったから、母が通り掛かっても慌てないように、他の記事を読むふりをして読み始めたのに。ハーレイとの恋に役立つだろうと考えたのに。
(あまり参考にならないし…)
 最初の印象がそれだった。意中の人と両想いになるためのコツだったから。お付き合いのコツというヤツは。好印象を与える表情だとか、話題作りとか。
 最初から恋人同士では意味が無いよ、とガッカリしていたら、両想いになった後のコツ。相手と仲良くやっていくコツがあるという。「結婚してからも役に立ちます」と自信たっぷり。
 そのコツならば、と飛び付いた結果が溜息だった。
(信じること、って…)
 相手の心を信じるのがコツ。それが大切なことらしい。恋を壊さず、育ててゆくには。
 どうなのかな、と相手の心が心配になったような時。心を読みたくなるものだけれど、読んだりしないで言葉で訊くこと。相手の気持ちを。返事を貰ったら、それを信じる。相手の言葉を。



 それがコツだと書かれてあった。嘘かもしれない、と思ったとしても心は読まない。そうすれば相手の心も動くものらしい。「信じてくれた」と嬉しくなるから、言った言葉を守ろうとする。
 だから言葉で、と書かれたコツ。思念波は駄目、と。
(思念波は上手く使ったつもりでも…)
 相手にバレてしまうことが多いですから、という筆者の注意。心を読まれたと気付かれたなら、相手は不快になるものだから、しないようにと。
 安易に心を読まないことは社会のマナーでもありますね、と念を押してもあるのだけれど…。
(ぼくは最初から読めないってば…!)
 まるで読めない、他の人の心。ぼくは不器用なんだから、と肩を落とした。
 サイオンタイプは前と同じにタイプ・ブルーで、本当だったら最強の筈。心だって一瞬で読める筈なのに、とことん不器用な自分のサイオン。読もうとしたって全く読めない。
 恋のコツを守るにはピッタリだけれど、能力があるのと無いのとは違う。心を読む力を封印して恋を守るのは素敵だけれども、封印する以前の状態の自分。それが悲しい。
 恋を育むお付き合いでも、注意されるほどの相手の心を読む力。使わないで、と。
 今の時代は人間は全てミュウになったから、誰でも簡単に出来ること。心を読むこと。けれど、不器用な今の自分は…。
(出来ないんだってば…!)
 それが出来たら困らないよ、と情けない気分で閉じた新聞。恋の記事にまで馬鹿にされた、と。自分は心が読めないのに、と。



 二階の自分の部屋に帰って、座った勉強机の前。頬杖をついて、さっきの記事を思い返して。
(社会のマナーで、恋のコツなのに…)
 やらないように、と注意されていた心を読むこと。だけど読めない、と溜息しか出ない。本当に不器用になってしまって、他の人たちのようにはいかない。
 おまけに恋人のハーレイときたら、今でもタイプ・グリーンだから…。
(遮蔽はタイプ・ブルー並み…)
 防御力に優れたタイプ・グリーンは心の遮蔽能力も強い。読まれないように遮蔽したなら、他の人間には読み取れない。よほど強引にこじ開けないと。
 それでも前の自分なら読めた。こじ開けなくても、覗き込むだけで。
 なんと言っても、今も伝説のソルジャー・ブルーだったから。最強のサイオンを誇ったから。
 もっとも、力を持っていたって、滅多に読みはしなかったけれど。それが必要だと思った時しか覗いてはいない、ハーレイの心。
(いいことじゃないしね?)
 恋のコツにも書かれていたけれど、相手の心を覗き見ることは。
 相手が言葉にしないからには、知られたくないのが心の中身。勝手に見てもいいものではない。そうしなくては、と思う理由が確かなものでない限り。
 隠していることを読み取らなければ、大変なことになりそうだとか。
 前の自分がハーレイの心を読んでいたのは、そう考えた時だった。キャプテン・ハーレイが心に仕舞っていること。船の今後に関すること。
 ハーレイの手には余るけれども、他の仲間を困らせたくない。そんな気持ちで黙っている時は、表情を見れば分かったから。「何かあるな」と。
 だから心をそっと読み取り、「ごめん」と一言謝ってから言葉で告げた。その件は二人で考えてみようと。二人で答えが出せなかったら、ヒルマンたちにも訊いてみようと。



 そういう時しか読まなかったな、と前の自分の頃を思った。誰の心でも読めたけれども、勝手に読みはしなかったっけ、と。
(ただでも嫌われる力だったし…)
 ミュウの世界では当たり前にあるものだったけれど、人類は忌み嫌っていたサイオンという力。人類はそれを持たないのだから、恐れられたのも無理はない。
 サイオンにも色々あった中でも、思念波が一番嫌われた。人の心を読み取る力。
 「人の心を盗み見る化け物」と、「人の心を食う化け物」と。
 何度ぶつけられたろうか、その言葉を。アルタミラでも、逃げ出した後も。白いシャングリラが潜んだアルテメシアでも、ユニバーサルの者たちがそう言っていた。化け物めが、と。
(仕方ないけど…)
 人類はサイオンを持っていないし、きっと気味悪かったのだろう。心を読み取る思念波が。物を動かしたりする力よりも、心にスルリと入り込むそれが。
 気付かない内に、読まれるから。そうされないよう防ぐ力も、人類は持っていなかった。訓練を受けた軍人ならばともかく、一般人には出来なかった遮蔽。



 嫌われるわけだ、と考えたけれど。今の時代も、心を読むのはマナー違反で、恋のコツでも注意するよう記事に書かれていたけれど。
(でも、思念波…)
 人類は持っていなかったそれを、マザー・システムは使っていた。ごく当たり前に。機械の力で作り出したそれで、人類の世界を支配していた。
 成人検査でコンタクトするのは思念波だったし、教育ステーションのマザー・システムも同じ。心が不安定な者をコールした時は、思念波を使って入り込んだ心。中身を深く読み取るために。
(だから余計に怖がられたかな?)
 前の自分たちが生きた時代のミュウたちは。面倒を見てくれるマザーではなくて、ただの人間が心を読むのだから。心の中身を、何もかも全部。
(マザーだったら、従っていればいいんだけれど…)
 人類はマザー・システムを信頼していたから、教育ステーションのマザーも同じこと。養父母の代わりに育ててくれる、新しい親のようなもの。
 親なのだから、心の中身を全部知られてもかまわない。心を導いてくれるのがマザー。
 その導きも、彼らにとっては正しいもの。叱ったり、時には慰めたりと至れり尽くせり。
 だから人類はマザーなら許す。心を読まれても、それは「いい結果」へと結び付くから。
 そうは言っても、人は間違いを犯すもの。自分が優先、自分自身が一番大切。マザーだったら、その間違いを叱りはしたって、いいアドバイスをくれるけれども、ミュウだったら。
(いいようにされる、って怖かった…?)
 マザーなら導いてくれる所を、悪意を持って悪い方へと追いやるだとか。抱えた悩みに解決策を与える代わりに、もっと悩みを深くするとか。
 いい方へ導く力があるなら、逆も可能だということだから。ミュウとマザーは違うから。
(それに、心を見られることも…)
 導く立場のマザーではない、同じ人間が見るとなったら怖かったろう。人は誰だって、隠したいことの一つや二つは持っているもの。それを勝手に盗み見られてはたまらない。
 今の時代でも、心は読まないのがマナー。人類がどれほどミュウを恐れたか、分かる気がする。心を隠す術も無いのに、一方的に読まれてしまう、と。



 人類がミュウを恐れた時代。思念波が何より嫌われた時代。人の心を食う化け物、と。
(だけど、前のぼく…)
 記録の上では、一番最初のミュウだった筈。SD体制に入る前にも、実験室でミュウは生まれていた筈だけれど、彼らの記録は後世に残らなかったから。
 最初に発見されたミュウの自分は、いつ思念波を使っただろう?
 一番最初に人の心を読み取ったのは、いつだったろう?
(成人検査は…)
 何が始まるのかも分からないまま、受けていた検査。前の自分の一番古い記憶。それよりも前の記憶は失くして、何も覚えていないから。
 ジョミーの時代とはシステムが違った成人検査。見た目は医療チェックさながら、看護師だって立ち会っていた。前の自分も、医療チェックだと信じたのに。
(…捨てなさい、って…)
 手放すように言われた自分の記憶。その一切を。地球に行くには必要ない、と。
 その声に抵抗した自分。忘れたくなどなかったから。「嫌だ」と叫んで、抗った末に…。
(機械、壊した…)
 気付けば砕けていた機械。無数の破片が宙に浮いていた。「殺さないで」と怯えていた看護師。それで自分がやったと分かった。「殺さないで」と、「助けて」と声が聞こえたから。
 あれが最初に使ったサイオン。前の自分が。
 駆け込んで来た警備員たちに撃たれた時にも、銃弾を全て受け止めたけれど。
(思念波、使っていなかった…)
 銃を向けられ、言葉で訴えていた自分。「待って」と、「ぼくは何もしない」と。
 もしも思念波を使っていたなら、警備員たちは頭を抱えたろうに。頭の内側で響く思念に、その動きすらも奪われて。銃を投げ出して、床に座り込んで。
 そうしなかったから、前の自分は撃たれてしまった。銃弾を受け止めるのが精一杯で、力尽きて気絶した自分。其処から始まった地獄の日々。



 ミュウと判断された自分は、研究所へと送り込まれた。サイオンを調べ、ミュウという生き物を研究するために。まるで実験動物のように、人間扱いされない場所へ。
(じゃあ、思念波は…?)
 成人検査でサイオンが覚醒したというのに、思念波を使わずに撃たれた自分。その力に気付いていなかったから。思念波を知らなかったから。
 いったい何処で思念波の存在に気付いたろうか、と思うけれども分からない。覚えてはいない。研究所に送られ、何度も繰り返された実験。地獄だった日々の中でいつしか使うようになった。
 実験室へと連れてゆくために、サイオンの制御リングを首に嵌めに来る研究者たち。
(嵌められる時に見えるから…)
 彼らの心の中にあるもの。それを読んでは、実験の内容に震え上がった。何が起こるのか、どうされるのかが明確に分かる日もあったから。
 実験の最中は制御リングを外されるから、実験室に残された残留思念も読んだ。其処で命尽きた仲間の苦悶や、断末魔の悲鳴。
 思念波を使っていた自分。研究者たちの心を読んだり、残留思念を読み取ったり。



 そうした記憶は残っているのに、肝心の記憶を持ってはいない。最初に思念波を使った記憶。
(忘れちゃったんだ…)
 他の失くした記憶と一緒に、初めて人の心を読み取った時の記憶まで。
 いつから心を読んでいたのか、読み取るようになったのか。欠片も覚えていないけれども、今も覚えていることが一つ。
 思念波は人の心を読めるし、語り掛けることも出来るけれども、前の自分は…。
(読んでいただけで、話し掛けなかった…)
 研究者たちにも、檻から引き出す者たちにも。ただの一度も。
 そんなことをしたら、酷い目に遭うから。実験の他にも、苦痛を味わう羽目になるから。
(酷い目に遭うって知ってたんだし…)
 多分、酷い目に遭ったのだろう。彼らに思念波で話し掛けて。一度か、もっと何度もなのか。
 いずれにしても、前の自分は「使っては駄目だ」と知っていたから、思念波を使うのは読み取る時だけ。送りはしないで、読み取っただけ。
 話し掛ける方でも使えるのに。…離れた所にいる相手にでも、メッセージを伝えられるのに。



 封じていたらしい、思念波を相手に送るということ。アルタミラの研究所にいた時代には。前の自分は便利にそれを使っていたのに、不器用な自分とは違ったのに。
(初めて、思念波を送ったのって…)
 いつなのだろう、と首を傾げた。失くしてしまった記憶ではなくて、今も覚えている中で。誰に思念を届けただろうか、どういう時に。
 シャングリラでは使っていたから、アルタミラを脱出した後だろうか。船の仲間は、一人残らずミュウばかり。もう安全だと使い始めたか、誰かが先に使っていたか。
(おい、って思念で呼び掛けられたら…)
 当然のように思念で返す。そういう風にして使い始めただろうか、あの船の中で?
(アルタミラだと、使えないしね…)
 使ったら酷い目に遭わされるのだし、使う理由が見当たらない。メギドの炎に焼かれた時にも、研究者たちは逃げ出した後。ミュウだけをシェルターに閉じ込めておいて。
(逃げて行く研究者たちに呼び掛けたって…)
 止まってくれるわけがない。「出して」と叫んでも、彼らが助けるわけがない。第一、思念波を思い付きさえしなかった。前の自分はシェルターの扉を両手で叩き続けただけ。
 「開けろ、ぼくらが何をした!」と。「何をしたっていうんだ!」と。
 思念波は使わず、肉声で。研究者たちに届く筈もない、肉体の声で。



 此処から出たい、と叫び続けた自分。強い思いが本当の力を引き出した。シェルターを破壊したサイオン。閉じ込められていた仲間は我先に逃げ出し、自分は呆然としていただけ。
(何が起きたか、分からなくって…)
 その場から動けなかった自分に、ハーレイが掛けてくれた声。「お前、凄いな」と。チビなのに凄い力があるな、と言われてようやく我に返った。自分がシェルターを壊したのか、と。
 ハーレイは燃える地獄を見回し、他にも仲間がいるだろうと言った。同じように閉じ込められている仲間。星と一緒に焼き尽くすために、シェルターに押し込められたミュウたち。
(あの時だ…!)
 思い出した、と蘇った記憶。前の自分が誰かに送った、最初の思念波。
 メギドの炎に焼かれ、崩れてゆくアルタミラ。其処をハーレイと二人で走った。他の仲間たちを助けるために。幾つものシェルターを開けて回るために。
 地震が起こる度に走る地割れや、崩れ落ちてくる建造物。炎も襲い掛かって来た。地獄だとしか思えない世界、一つ間違えたら自分もハーレイも命が無いかもしれない世界。
 懸命に二人で走ってゆく中、何度も呼び合い、声を掛け合った。助け合うために、相手に迫った危険を知らせて回避するために。
(もちろん言葉も使ってたけど…)
 それが聞き取れないような時。瓦礫が音を立てて落ちて来た時や、炎に巻かれそうな時。思念を飛ばして伝えていた。「危ない」だとか、「避けて」だとか。
 「ハーレイ」と呼んで、「ブルー」と呼ばれた。互いの名前を呼び続けた。声で、思念波で。
 もしかしたら、あの時、ハーレイの方も…。



(…初めて思念波を送って来た?)
 前の自分がそうだったように、誰かに向かって飛ばす思念波。ハーレイも初めて使ったろうか、燃え盛る地獄を走り抜ける中で。
 だとしたら、本当に運命の二人。互いに初めて思念波を送って、相手からも送り返して貰って。
 出会った時から特別だった、とハーレイと何度も話したけれど。
 あの時からの縁だけれども、初めて思念波を送った者同士ならば、縁は余計に深くなる。初めて思念波で呼んだ相手が、ハーレイならば。ハーレイも自分を初めて呼んでくれたなら。
(ハーレイに訊かなきゃ…)
 どうだったのかを訊いてみたいな、と思っていた所へ聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、ドキドキしながら問い掛けた。
「あのね…。ハーレイが初めて思念波を使ったの、いつ?」
 心を読み取る方じゃなくって、話し掛ける方で。…最初はいつなの?
「さてなあ…。そこまで俺も覚えちゃいないが、赤ん坊の時になるんだろうな」
 おふくろ宛で、ミルクが欲しいと呼び掛けていたか、もう眠いだとか。
 生憎と聞いていないもんでな、今じゃ普通のことだから。…よっぽど遅けりゃ話題にもなるが。
 今のお前みたいに不器用なヤツが、初めて親に呼び掛けただとか。
「そうじゃなくって…!」
 ぼくの言い方が間違っていたよ、「前の」って付けるの忘れてた…。
 前のハーレイのことを訊いてるんだよ、初めて使ったのはいつだったのか。



 どうだったの、と鳶色の瞳を見詰めた。「前のハーレイは?」と。
「前のぼくはね、ハーレイに送ったのが初めてだったよ。…覚えている分は」
 アルタミラで二人で走っていたでしょ、他の仲間たちを助けるために。シェルターを開けに。
 あの時、ハーレイに思念波で話し掛けてたよ。呼んだり、「危ない」って叫んだり。
 …あれが前のぼくの、最初の思念波。誰かに思念を届ける方の。
 もっと前にも、きっと使っていたんだろうけど…。思念波を使ったら酷い目に遭う、って知っていたから、使ったことはあったらしいけど、覚えてないから。
 使った記憶は一つも無いから、ハーレイの名前を呼んだのが最初。
「そういえば…。俺もそうだったのかもしれん」
 あそこじゃ、研究者どもに思念波を使ったら殴られたんだし…。
 殴られるのが分かっているのに送りはしないし、前のお前に呼び掛けたのが最初だな。
 しかしだ…。殴られたという記憶があるなら、お前に送ったのが初めてというわけじゃないか。
 研究者どもにウッカリ送って殴り飛ばされたか、檻を管理していたヤツらの方か。人類に送ってしまったらしいな、前の俺の最初の思念波は。
「でも…。ハーレイ、覚えていないでしょ?」
 誰に向かって、何を言ったか。どういう思念波を送ったのか。
「それはまあ…な」
 覚えちゃいないな、俺を殴ったヤツらの顔も。研究者だったか、そうでないのかも。
「ぼくも同じだよ、言ったでしょ? 酷い目に遭うのは知っていたもの」
 人類に思念波を送っちゃったら、酷い目に遭うって分かってた。だから黙っていたんだよ。
 思念波はいつも、読み取る方だけ。…ぼくから送りはしないままで。



 覚えている中での初めてがハーレイ、と続けた思念波の話。最初に送った相手だった、と。
「ホントだよ。…あの時、初めて使ったんだよ」
 誰かに向かって呼び掛ける思念波。前のぼくが最初に呼んだ名前は、ハーレイの名前。
 ハーレイもぼくと同じでしょ?
 一番最初に呼んだ名前は、前のぼくの名前。…一番最初に呼び掛けた相手、前のぼくでしょ?
「そういうことなら、お前だな」
 思念波だったな、と思い出せる相手は前のお前だ。研究者どもは記憶に無いし…。
 前のお前を呼んでいたのが、前の俺の最初の思念波らしいな。今の俺だと、おふくろだろうが。
「やっぱり…!」
 ハーレイもぼくを呼んだのが初めてだったら、とても凄いと思わない?
 前のぼくは初めてハーレイを呼んで、ハーレイは初めて前のぼくを呼んで…。
 一番最初に思念波を使って呼んだ名前が、ぼくはハーレイで、ハーレイはぼく。
 これって凄いよ、それまでは誰も呼んでいないし、呼び掛けたことも無かったんだよ?
 なのに、ハーレイと会った途端に、二人で思念波。
 ぼくたち、最初から運命の二人だったんだ、っていう気がするよ。
 お互いに初めての思念波を送って、初めての思念波を送って貰って。
「運命の二人か…。そうなんだろうな、あの時からお前は俺の特別だったし」
 俺はお前に出会った時から、お前に捕まっちまってた。…お前が誰より大切だった。
 何度もお前に言っているだろ、俺の一目惚れだったんだろう、と。
「ぼくもそうだよ、ハーレイは特別」
 会った時から、ずっと特別。きっとあの時から恋をしていて、気付くのが後になっただけ。
 だからね、ホントに会った時から運命の二人だったんだよ。
 初めて名前を呼び合ったなんて、本当に凄く特別だもの。初めて思念波を送り合ったのも。
 前のぼくの思念波、ハーレイに会うまで大切に取ってあったのかもね。
 初めて呼ぶならハーレイの名前、って、誰の名前も呼ばないままで。



 きっとそうだよ、とハーレイの名前を呼んだけれども、もちろん声で。今の自分は、前の自分の頃のようにはいかないから。思念波で甘く「ハーレイ」と呼び掛けたりは出来ないから。
 ハーレイもそれに気が付いたようで、鳶色の瞳が細められて。
「そうか、思念波、俺に会うまで大切に取っておいてくれたのか。…前のお前は」
 前の俺も取っておいたんだろうな、お前に会うまで。…前のお前に呼び掛けるまで。
 そう考えると実に感動的だが、今のお前は違うってか。
 思念波の扱いが下手なばかりに、俺の名前も呼べやしない、と。こういう話になったからには、思念波で呼んだらロマンチックなのにな?
 俺の名前を声にしないで、思念波の方で「ハーレイ」とな。
「…分かってるなら、言わないでよ、それ…」
 ぼくだって、ちょっぴり悲しいんだから。思念波で呼びたかったんだから。
「大当たりってトコか。今のお前は、思念波どころかサイオン自体が不器用と来たし」
 タイプ・ブルーというのは嘘じゃないのか、と思うくらいにサッパリだ。
 お母さんたちから聞いていなけりゃ、お前が勝手に言い張ってるだけだと思うだろうな。
 前のお前と同じなんだ、と強調したくて、タイプ・ブルーだと主張してる、と。
 実際の所はタイプ・イエローかレッドなのにだ、大嘘をついてタイプ・ブルーと。
 …そうじゃないのは分かってるんだが、なんとも不思議なモンだよなあ…。
 前のお前の生まれ変わりで、正真正銘、タイプ・ブルーの筈なのにな?



 此処まで不器用なヤツはそうそうお目に掛かれん、とハーレイも呆れる今の自分の不器用さ。
 前と同じでタイプ・ブルーなのに、思念波さえもロクに紡げないレベル。此処で「ハーレイ」と思念波で呼べたら、本当にロマンチックなのに。自分でもそう思うのに。
 なんて不器用なんだろう、と俯くしかなくて、ハーレイの方は笑っていて。
「いいんじゃないのか、不器用でも。お前の力が必要無いのはいいことだしな」
 お前が一人で頑張らなくても、今の時代は誰も困りはしないんだ。
 もうソルジャーは要らない世界で、シャングリラだって何処にも無い。…要らないんだから。
 不器用なお前でいればいいんだ、その不器用さを誇っておけ。平和な時代に生まれたからこそ、お前は不器用でいられるんだからな。タイプ・ブルーに生まれちまっても。
「うん、分かってる…。ハーレイも何度も言ってくれたし」
 ぼくのサイオンが不器用なのが平和な時代の証拠だろ、って。ぼくの力を伸ばさなくても、誰も酷い目に遭わない世界。
 それにサイオンが不器用だったら、恋のコツは守れるみたいだよ?
「はあ?」
 恋のコツっていうのは、何の話だ?
 何処からそういう話になるんだ、俺はお前のサイオンについて話してたんだが…?



 不器用なサイオンがどう転んだら恋のコツだ、とハーレイの眉間に寄せられた皺。恋のコツなど俺は話していないんだが、と。
「前のお前の話なら分かる。運命の出会いで運命の恋だ、恋のコツだってあるだろう」
 何がコツかはまるで謎だが、お前にとってはコツだった、とな。
 しかし、サイオンが不器用となったら、そいつは前のお前じゃない。今のお前だ。
 恋をするには早すぎるチビが、どう間違えたら恋のコツなんぞを守るんだ?
 不器用さとどう結び付くのかも、俺には見当が付かないんだが…?
「えっとね…。今日の新聞記事…」
 恋人同士のお付き合いのコツって書いてあったから、読んだんだよ。役に立ちそう、って。
 そしたら、恋人同士になるにはどうすればいいかのコツの話で…。
 ぼくとハーレイとは両想いだから、殆ど役に立たなくて…。
 恋人同士になった後のコツも、ぼくには意味が無かったんだよ。相手を信じることだったから。
 心を読んだら駄目だって。…ちゃんと言葉で訊きましょう、って。
 ぼくは心を読めやしないし、このコツだけは守れるみたい…。
「お付き合いのコツって…。そんなのを読んでいたのか、お前…」
 チビのくせして、背伸びしやがって。
 どうせ、お母さんに見付からないよう、他の記事でも読んでいるふりで見てたんだろうが。
 自分の年が分かっているのか、たったの十四歳だろ、お前?
「チビでも、ハーレイの恋人だよ! 中身は前のぼくなんだよ!」
 見付けちゃったら気になるじゃない、恋のコツの記事!
 ぼくが読んでもかまわないでしょ、本当に恋をしてるんだから…。お付き合いだって、ちゃんとハーレイとしてるんだから!



 それに…、とグイと身体を乗り出した。「あの記事は役に立ったんだから」と。
「前のぼくが初めて、思念波を送った相手はハーレイ。そうだったんだ、って思い出したし!」
 ハーレイの方も同じだった、って分かったんだし、あの記事、役に立ったんだよ!
 ぼくとハーレイ、最初から運命の二人だったんだもの。初めての思念波を取っておいたくらい、出会うのを待っていたんだもの…!
「ふうむ…。役に立ったと言うかもしれんな、そういう意味では」
 だがなあ…。お前の場合は、コツを守るより、破るべきだという気がするが。
 その新聞には恋のコツだと書いてあっても、俺の心を読むべきかもな。
「なんで?」
 恋のコツだよ、心は読んだら駄目なんだよ?
 社会のマナーでもありますね、って書いてあったから、読んじゃったら駄目。
 ぼくは最初から読めないけれども、恋のコツは守れそうだから…。不器用で良かった、って思うことにしたのに、なんでそのコツ、破れって言うの?
「それはだな…。もしもお前が、そのコツとやらを破ったら、だ…」
 俺の心が読めるわけだし、その方がお前のためだってな。
 お前に俺の心が読めたら、キスだの何だのと言わなくなるに決まってる。俺の心さえ、ちゃんと上手に読み取れたらな。
「え…?」
 それってどういう意味なの、ハーレイ?
 心を読んだら、どうしてぼくがキスして欲しいって言わなくなるの…?



 分からないよ、と瞬きをしたら、ハーレイがパチンと瞑った片目。
「そうだろうなあ、お前、ホントにチビだしな?」
 俺の心に入っているのは、お前への想いというヤツだ。この胸の中に詰まってる。
 そいつを読んだら分かるわけだな、俺がどんなにお前のことを想っているか。
 キスは駄目だと言っていたって、「チビのくせに」と言ったって。
 俺はお前が好きでたまらなくて、お前を誰よりも愛してる。…前のお前を愛してたように。
 それが分かれば、お前はすっかり満足するっていう寸法だ。
 キスなんぞは大きくなった時のオマケで、オマケ無しでも充分、愛されてるってな。
「それ、読ませて…!」
 お願い、ハーレイの心の中身をぼくに読ませて。
 恋のコツを破っていいんだったら、破るべきだって言うのなら。
 読んでみたいよ、ハーレイの手をこっちにちょうだい。手を絡めたら心、見せられるでしょ?
 ハーレイが遮蔽を解いてくれたら、ぼくとサイオンを合わせてくれたら。
「そこまでサービスはしてやれないなあ、お前、チビだし」
 一人前に恋のお付き合いのコツまで読んだんだったら、自分の力で読むんだな。俺の心を。
 恋のコツとやらを破って心を読むのは許すが、手伝いはしない。
 俺に手伝う義理は無いしな、サイオン、鍛えてくるんだな。不器用でなけりゃ、お前、アッサリ読めるだろうが。俺の心の中身くらいは。
 前のお前がそうだったしなあ、まあ、頑張れ。恋のコツ、いつでも破っていいから。
「ハーレイのケチ!」
 読んでもいいとか、読むべきだとか言うんだったら、見せてくれてもいいじゃない!
 ハーレイの心を見せて欲しいのに、ぼくに自分で読めなんて…!
 出来ないってことを知っているくせに、ハーレイ、ホントにケチなんだから…!



 酷すぎるよ、とプンスカ膨れて怒ったけれども、膨れっ面になったけれども。
 ハーレイの場合は、心を読んでもいいらしい。恋のコツでは禁止なのに。新聞にはそう書かれていた上、社会のマナーも心を読まないことなのに。
 誰もがミュウになった世界でも。…思念波が普通になった今でも。
(でも、ぼくだって…)
 ハーレイにだったら、心の中身を読まれたとしても、きっと怒りはしないから。
 読んだハーレイが、「よくも」と腹を立てるような中身も、自分の心にありはしないから。
(ハーレイだって、きっとおんなじ…)
 心を読め、と言うくらいだから、ハーレイの心には自分への想い。愛している、と。
 その想いが一杯に詰まっているから、ハーレイは心を読まれてもいい。それに、自分も。
(…ぼくたち、運命の二人だものね?)
 初めての思念波で互いの名前を呼び合ったくらいの、運命の二人。
 出会った時からずっと一緒、と溢れる幸せ。
 一度は離れてしまったけれども、前の自分たちの恋は悲しく終わったけれど。
 今の自分たちは恋のコツさえ要らない二人で、マナー違反をしたって壊れはしない恋。
 互いの心を読んでみたって、恋は壊れはしないから。
 きっと想いが強くなるだけで、前よりも、もっと好きになる恋。
 前の自分たちの恋の続きを、幸せに生きてゆくのだから。
 青い地球の上で、いつまでも。手を繋ぎ合って、何処までも歩いてゆくのだから…。




             恋と思念波・了


※相手の心を読まないのが、今の時代のお付き合いのコツ。恋人が何を考えているのかは。
 けれど、ブルーとハーレイの場合は、読んでしまっても大丈夫。互いを想う気持ちで一杯。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv














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