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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

夢で見たシャツ

(えーっと…)
 夢だったんだ、とブルーが眺めた自分の両手。土曜日の朝に、ベッドの上で。
 ハーレイが来てくれる日の朝だけれども、自分が見ている両手が問題。何処から見たって子供の手。十四歳にしかならない、今の自分の。
 前の自分の両手だったら、これより大きかったのに。華奢でも大人の手だったのに。
(大きくなれたと思ったのに…)
 全部ぼくの夢、と零れた溜息。本当のぼくは子供のまま、と。
 さっきまで見ていた夢の中の自分。パジャマを脱いで、ウキウキと服に袖を通していた。身体が大きく育ったから。前の自分とそっくり同じになったから。
 いつか大きくなった時のために、と買っておいた服を取り出して、ハーレイとデートに出掛ける支度。土曜日だから、ハーレイが訪ねて来る日だから。
(デートに行ける筈だったのに…)
 あの服を着て待っていたなら、ハーレイが迎えに来てくれて。二人で歩いて出掛けてゆくのか、車の助手席に乗せて貰うか。
 どちらにしたって、とても素敵な時間の始まり。この家で過ごす土曜日と違って、家の外へと。何処かで食事で、お茶の時間も。ハーレイと二人で楽しむ一日。
 きっと夕食も何処かのお店で食べるのだろう。「今日は一日楽しかったね」と、デートで行った場所や会話を思い出しながら。
 夕食の間も、デートの続き。この店にまた来てみたいだとか、次に来る時はあれを食べるとか、そんな話だってきっと楽しい。ハーレイと二人なのだから。外で夕食なのだから。
(だって、デートをしてるんだしね?)
 夕食が済んだら、送って貰ってお別れだけれど。その帰り道も色々話しながらで、家に着いたらキスが貰える。門扉の所で「またな」と唇にハーレイのキス。
 お別れのキスには違いないけれど、きっと「おやすみ」のキスだろう。だって、「さよなら」は似合わないから。また直ぐにデートに行けるのだから。



 夢の通りの自分がいたなら、そういう一日になっていた筈。土曜日なのは同じだから。
 けれど、目覚めたらチビのままだった、本当の自分。少しも大きくなっていない手、パジャマもきつくなってはいない。眠る前と同じにピッタリのサイズ。
(前のぼくなら、このパジャマ、小さすぎなのに…)
 きっときつくて着られない。袖もズボンも、丈が全く違うから。背丈がまるで違うのだから。
 百五十センチしかない今の自分と、百七十センチだった前の自分。その差は今も縮んでいない。
 夢の自分は「大きくなれた」と浮き立つ心で、デートの支度をしていたのに。その日のためにと買っていた服にワクワクと袖を通していたのに。
(あの服だって…)
 持ってないよ、とベッドの上から見回した部屋。何処にも用意していない服。デート用の服など買ってはいない。着て行く服を持ってはいない。
 自分はチビの子供だから。背丈が少しも伸びないから。
 ハーレイと再会した日から一ミリも伸びない背丈。百五十センチで止まったまま。夏休みの間も伸びてくれなくて、育つ気配さえない自分。
 すくすくと背丈が伸びていたなら、服を買ったかもしれないのに。「もう少しだよ」とデートを夢見て、早くその日が来てくれないかと。



 その発想は無かったっけ、と眺めた自分が着ているパジャマ。子供の自分に丁度いいパジャマ。大きめのパジャマは持っていないし、服だって、そう。
(服もパジャマも、ぼくに合うのを買ってるし…)
 成長が早い方ではないから、それで充分。ハーレイと出会う前からそうだった。季節ごとに母が買ってくれる服、それを着ていれば間に合った。小さすぎもしなくて、大きすぎもしない。
(今の学校の制服だって…)
 小さくなったら買えばいいから、と今の自分に合うのを買った。制服を扱う店に行ったら、常にサイズが揃っているから。「品切れです」とは言われないから。
(大きめの服は持っていないよ…)
 だから無かった、「いつか大きくなった日のために」デート用の服を用意する発想。夢の自分は買っていたのに、部屋にきちんと持っていたのに。
(あの服があれば…)
 おまじないになってくれるだろうか。背丈がぐんぐん伸びるようにと、おまじない。
 夢の自分は育って袖を通していたから。「デートに行ける」と、心を弾ませていたのだから。
 持っていたなら、心強いに違いない。何度も眺めて、「早く着たいな」とデートを夢見て、まだ大きすぎる服をちょっぴり羽織ったりもして。
 その服を着られる時が来たなら、ハーレイとデートなのだから。二人で出掛けて、食事やお茶。夕食も二人で外で食べて来て、家の前まで送って貰う。
 デートの終わりは「おやすみ」のキスで、「またな」と帰ってゆくハーレイ。次のデートの日を約束して、こちらへと手を振りながら。車でも、歩いて帰るにしても。



 あるといいな、と思った服。夢の自分がデートのためにと持っていたシャツ。
(普通だったけど…)
 ごくごく普通の、シンプルなシャツ。薄い水色で、何処にでも売られていそうだけれど。買いに出掛けたら、見付かりそうな気もするのだけれど…。
(おまじないなら、あれでないと効果が無さそうだし…)
 買うのだったら、そっくり同じの水色のシャツ。デザインも、ボタンの数も形もそっくり同じ。そういうシャツを買って来ないと、きっと効果は無いのだろう。
(だけど、あの服…)
 夢の自分はどうやって用意したのだろうか。お小遣いを貯めて買ったのだろうと思うけれども、何処で買ったのかが問題。あのシャツを手に入れたお店が問題。
(一人で服なんか、買ったことない…)
 服もパジャマも母が買って来るか、母と出掛けた時に選ぶか。選ぶ時だって、母が「どう?」と取り出して見せてくれたり、「どっちが好き?」と指差してくれたり。
 そんな具合だから、自分一人で選んだことなど一度も無い。母が選んでいるようなもの。
(あのシャツのお店…)
 まるで分からない、お店の場所。自分では買いに出掛けないから、何処か見当さえつかない。
 欲しくなっても買いに行けない、おまじないになってくれそうなシャツ。夢の自分が袖を通した水色のシャツ。
 買う所から夢に見ていたのならば、その店に真っ直ぐ出掛けてゆくのに。おまじない用に、あの水色のシャツを買うのに。



 夢の自分が買いに出掛けた店さえ分かれば、と考えていて気が付いた。あの夢は、夢。
(予知じゃないから、夢で見たって…)
 この店だった、と買いに行っても、同じシャツはきっと無いのだろう。何処かが違って、あれと同じではないのだろう。襟の形が少し違うとか、ボタンの形が違うとか。
 おまじないのために必要なものは、あの夢のシャツ。あの水色のシャツでないと駄目。
(夢のシャツ、ポンと出て来ないかな…)
 此処に出て来てくれないかな、と見詰めた両手。「欲しい」と願ったら出ればいいのに、と。
 サイオンを使って夢の中から取り出せたらいい。あのシャツを、ヒョイと。
 それが出来たら、本当に夢と同じシャツ。水色のシャツを大切に仕舞って、ハーレイとデートに行ける日を待つのに。育った時には、あれを着るのに。
(どんな季節でも、あれを着て行くよ)
 夏だったとしても、長袖のシャツ。あのシャツだけでは寒い冬なら、上にセーター。
 持っていたいけれど、夢の中のシャツは取り出せない。ただでも不器用すぎるサイオン、今日の服さえクローゼットから出せない有様。
 ベッドの上から「今日はこのシャツ」と念じてみたって、シャツは決して出て来ない。シャツもズボンも、靴下だって、起きて手を使って出すしかない。クローゼットや引き出しから。
 これじゃ駄目だ、と大きな溜息。夢のシャツなんか出せないよ、と。



 仕方ないから起きて着替えて、顔も洗ってダイニングで朝食。両親も一緒の朝食だけれど、まだ残念な気分が抜けない。忘れられない、幸せだった夢。
 夏ミカンの実のマーマレードを塗ったトーストを齧っても。温かなオムレツを頬張っても。
 もしも自分が夢の通りに、大きく育っていたのなら…。
(この服じゃなくて、あのシャツを着てて…)
 用意してあった水色のシャツ。それを着て食べていただろう朝食。もうすぐハーレイとデートに行ける、と胸を躍らせて齧るトースト。オムレツだって、きっと幸せの味。
(食べ終わったら、ハーレイを待って…)
 そのハーレイが来てくれたならば、直ぐにデートに行けただろう。チャイムの音で迎えに出て。門扉の所に駆けて行ったら、「大きくなったな」と言って貰えて。
 「前のぼくとホントに同じになったよ」と笑顔の自分を、「行くか」とデートに誘うハーレイ。車で行くのか、歩いてゆくのか、二人で出掛ける初めてのデート。
 歩いてゆくなら、手を繋ぎ合ってバス停まで。行き先を決めてバスに乗り込んで、二人で並んで席に座って。
 ハーレイの車で出掛けてゆくなら、行き先は特に決めなくてもいい。ハーレイに任せて、色々な場所へ。あちこち走って、食事もお茶も。
 きっと素敵な、初めてハーレイと出掛けるデート。何もかもが新鮮で、もう最高に楽しくて。
(キスだって…)
 ちゃんと唇にして貰える。約束の背丈に育ったのだから、恋人同士のキスを唇に。
 そういうデートがしたかった。夢の自分が出掛けたのだろう、幸せたっぷりの初めてのデート。
 チビの自分は、行けないけれど。今日もハーレイと、この家で過ごすしかないのだけれど。



 朝食の後は部屋に帰って、掃除をして。
 ハーレイが来るのを待っている間に、また夢のシャツを思い浮かべた。あれがあったら、と。
 おまじないになってくれそうなシャツ。部屋にあったら、早く大きくなれそうなシャツ。
(でも、夢の中の物は出て来ないよね…)
 いくらサイオンを使っても。自分のサイオンが不器用でなくても、夢の中身を外には出せない。夢はあくまで夢だから。夢で見た物は、現実の世界にありはしないから。
(部屋とかは、本物そっくりだけど…)
 この部屋にある家具も夢には出て来たけれども、それは別。夢の自分のシャツとは違う。自分の記憶が見せているもので、現実の世界を写し取ったもの。写真や映像と似たようなもの。
 けれども、欲しくてたまらないシャツは違うから。夢の世界にしか無いものだから。
(…どう頑張っても、出せないよ…)
 前のぼくにだって出来やしない、と思った所で蘇った記憶。前の自分と夢のこと。
(中身、出そうとしてたんだっけ…)
 夢の中身を出せはしないかと、たまに試していた自分。遠く遥かな時の彼方で。
 見ていた夢の通りの物が取り出せないかと、出ては来ないかと。
(みんなが喜びそうなもの…)
 それが出せたら、とサイオンで引き出そうとした夢に見たもの。あれが欲しい、と。
 人類の船から奪った物資で生きていた時代なら、食料の山や物資が詰まったコンテナ。夢の中で見たそれを此処に、と床を見詰めて念じたりした。そうすれば夢から取り出せるかも、と。
 白い鯨が出来上がった後も、何度か試してみたりした。船の仲間が喜びそうな物が出て来る夢を見た時は。自給自足の船の中では、手に入らない珍しい食材だとか。



 前の自分が描いた夢。サイオンで何度か試してみたこと。夢の中身を取り出すこと。
(頑張ったけど…)
 今日の夢は鮮明だったから、と挑んでみたって、夢の中身は出て来ない。現実に存在していないものは、運んで来ることが出来ないから。どう頑張っても、夢は夢だから。
 手が届きそうに思えたとしても、夢の世界に手は突っ込めない。現実という世界からは。
(地球にだって…)
 前の自分が焦がれた地球。何度も夢で見ていた星。あれが地球だ、と青い星を。
 夢で地球を見ても、行けはしないと分かっていた。夢の世界に入れはしないし、現実の世界から飛び込めはしない。夢の中身を出せないのと同じ。
 宇宙を駆けて地球に行く夢、それがどんなに鮮やかでも。シャングリラの外に飛んで出たなら、夢の続きでそのまま飛んで行けそうでも。
 無理だと知っていた自分。夢は夢だし、現実の世界には繋がらないと。
(…だけど、形にしてみたかった…)
 夢で見た物をヒョイと取り出して。食料も物資も、地球への道も。
 それが出来たら、既に人ではないだろうけれど。
 神の領域なのだけれども、試みた自分。サイオンで出来はしないかと。
(…色々な夢が叶うんだもの…)
 本物にしてみたかった夢。現実に結び付けたかった夢。
 物を取り出すのも、地球に行くのも。夢の中身を此処に出せたら、と。



 そういう夢を見てたんだっけ、と遠い昔の自分を思った。今の自分が欲しいと願った夢のシャツよりも、もっと切実だった夢。それを取り出そうとしていた自分。食料や物資や、地球への道。
 夢を形にするなんて無理、と思ったけれど。
 前のぼくでも夢を現実には出来なかった、と考えたけれど。
(…地球…)
 地球の上に生まれて来た自分。前の自分が夢に見ていた、青い地球の上に。
 前の自分が生きた頃には、何処にも無かった青い水の星。地球は死の星のままだったから。前のハーレイが辿り着いた地球は、何も棲めない星だったから。
 それが現実だったというのに、今の自分は青い地球の上にやって来た。ハーレイと二人で生まれ変わって、前とそっくり同じ姿でまた巡り会えた。
(ぼくはちょっぴりチビだったけど…)
 ハーレイとデートに行けはしなくて、キスも出来ない子供だけれど。
 いつか育てば、今朝の夢のようにハーレイとデートに出掛けてゆける。胸を躍らせて。
 まるで夢のように起こった奇跡。前の自分は死んでしまったのに、メギドで命尽きたのに。右の手が凍えて、泣きじゃくりながら。ハーレイの温もりを失くしてしまって、独りぼっちで。
 もうハーレイには二度と会えないと、泣きながら死んでいった後。
 自分は新しい身体を貰って、ハーレイと青い地球に来られた。今の世界に。
 夢よりも凄い本当の世界。今の自分が生きている現実。



(こんな凄い夢、前のぼくは…)
 一度も見てはいなかった。青い地球に行く夢は見ていたけれども、これほどの夢は。
 争いと言ったら喧嘩程度の平和な地球。広い宇宙の何処を探しても、軍隊も軍人も無い世界。
 もう戦いは起こりはしなくて、人間は全てミュウになった世界。
 血の繋がった本物の家族と暮らす時代で、成人検査もSD体制も今は歴史で教わるだけ。
 そんな世界に生まれた自分。ハーレイも一緒にこの世界に来て…。
(ぼく、ハーレイと結婚できる…)
 前の自分には出来なかったこと。出来ずに終わってしまった結婚。
 けれど自分は十四歳の少年になって、育つ日を夢見て、結婚式の日を待ち焦がれて…。
(大きく育った夢まで見ちゃった…)
 ちゃんと大きくなったから、と用意していたシャツを着る夢。ハーレイとのデートに心躍らせ、水色のシャツに袖を通す夢。今日はデート、と。
 その夢で見たシャツが欲しい、と考えた自分。大きくなれるおまじないに、と。
 同じシャツでないと効かないだろうし、夢の中身を取り出せないかと。
(今のぼくって、幸せすぎない…?)
 青い地球の上に、ハーレイと二人。前の自分が夢見た以上に、幸せな世界にやって来た。
 夢よりも幸せな現実だなんて、本当に思いもしなかった。前の自分は、ただの一度も。
 幾つもの夢を描いたけれども、今の世界には敵わない。青い地球も、ハーレイと暮らす未来も。
(前のぼくでも、夢の中身は取り出せなくて…)
 それでも、たまに試みたこと。白いシャングリラが出来上がった後も、取り出せないかと。
 夢に出て来た地球への道が欲しくなったら、夢と現実は違うと気付いていても。
 それを自分は手に入れたなんて。
 前の自分が取り出したかった夢の世界を、夢に見ていた以上の今を。



 考えるほどに、凄い現実。前の自分が見ていた夢より、素晴らしい世界に生きている自分。
 青く蘇った地球は平和で、暖かな家に本物の両親。美味しい食事に、幸せな毎日。
(ハーレイだって、家に来てくれるんだよ…)
 チビの自分を訪ねて来てくれて、今日のような土曜日はお茶に食事にと夜まで一緒。二人きりで過ごして、両親も交えての夕食の後にハーレイが「またな」と帰ってゆくまで。
 そういう日々を幾つも重ねて、いつかは朝食を食べながら待つ。今朝の夢みたいに、デート用の服に袖を通して。ハーレイが来たらデートなんだ、と胸を躍らせて。
 きっと必ずやって来るその日。いつになるかは分からないけれど、ハーレイを待つ日。
(やっぱり欲しいな、さっきのシャツ…)
 早くその日が来てくれるように、おまじない。デートに着てゆくためのシャツ。夢の中の自分が持っていたのとそっくり同じな、水色のシャツが欲しいけれども。
(…今のぼく、とっても幸せなんだし…)
 前の自分の夢よりも素敵な現実が今。其処に生まれて、其処で暮らす自分。
 欲張らない方がいいのだろうか?
 これ以上もっと、と夢の世界のシャツを欲しがるのは欲張りだろうか。
 夢の中身は取り出せないから。現実の世界に持ってくることは出来ないから。



 そうは思っても、欲しくなるシャツ。夢の中で自分が袖を通していたシャツ。大きくなれた、と胸を弾ませて、デートのためにと着ていたシャツ。
(あのシャツ、ホントに欲しいんだけど…)
 そっくりのシャツを見付けたとしても、買ったシャツでは効かないだろう。現実の世界で買ったシャツには無さそうな力。夢の世界のシャツだからこそ、持っていそうな不思議な力。
 ある朝、目覚めたら大きく育っている自分。デートに行ける、と喜ぶ自分を現実の世界に連れて来てくれるのは、きっとあの夢の中にあったシャツだけ。
(あれが欲しいよ…)
 何処かにあったら、買いそうな自分。お小遣いで買える値段だったら、偶然それに出会ったら。あの夢のシャツだ、と大喜びで。買ったシャツでは効きそうになくても、やっぱり欲しい。
 あれがあったら頼もしいのに、と考えていたら、ハーレイが訪ねて来てくれたから。テーブルを挟んで向かい合うなり、恋人に向かって訊いてみた。いつかデートに行きたい恋人。
「あのね、ハーレイ…。夢のシャツ、持ってた方がいいと思う?」
「はあ?」
 なんだ、そりゃ。夢のシャツって、お前が欲しいシャツのことなのか?
 欲しいんだったら、お母さんに頼めばいいだろう。こういうシャツが欲しい、とな。
「そうじゃなくって、夢で見たシャツ…」
 ぼくの夢の中に出て来たシャツだよ、今朝の夢にね。
 夢の中のぼくは大きくなってて、ハーレイとデートに行けるんだけど…。
 その夢でぼくが着ていたシャツ。うんと幸せな気分になって。



 だから夢のシャツ、とハーレイに夢の話を聞かせた。どんなに素敵な夢だったかを。
「ハーレイとデートなんだから、って夢の中でシャツを着るんだけれど…」
 それね、前から買って持ってたシャツだったんだよ。
 いつか大きくなった時のために、って持っていたシャツ。それをウキウキしながら着る夢。
「用意のいいヤツだな、デカいシャツを買って待っていた、と」
 チビの頃から持っていたとは恐れ入る。気が早いと言うか、何と言うべきか…。
「ぼくだってそう思うけど…。デート用のシャツ、買おうとも思っていなかったけど…」
 あんな素敵な夢を見ちゃったら、どうしようかって考えちゃう。
 夢のシャツ、買っておいた方がいいかな、おまじないに。
 早く大きくなれるかもしれないし、あれとそっくりなシャツを何処かで見付けたら。
 お小遣いで買えそうな値段だったら、買って仕舞っておこうかな…?
「おいおい、そっくりのシャツを買うのか?」
 その夢に出て来たシャツでないと駄目だと思うがな?
 おまじないの効果があると言うなら、夢の中のシャツだと思うわけだが。
「やっぱりそう? ハーレイもそう思うんだ…」
 ぼくもそういう気がするんだよ。そっくりのシャツを買っても駄目だ、って。
 だけど、あのシャツ、欲しいから…。持っていたいって思うから…。
 夢の中身を、ヒョイと取り出せたらいいのにね。
 これが欲しいな、って掴んで引っ張り出せたなら。
 あの夢のシャツがホントになったら、ぼくの前に出て来てくれたなら…。



 そしたら大事に仕舞っておくのに、と今も欲しくてたまらないシャツ。夢の中で袖を通していたシャツ。あれが欲しいよ、と繰り返したら、「そういえば…」と向けられた鳶色の瞳。
「前のお前もよく言っていたな。夢の中身を出せればいいのに、と」
 食料だとか、物資だとか。夢で見た物を取り出せたならば、仲間たちの役に立つのにと。
 お前が物資を奪ってた頃に、そういう話をよく聞いたもんだ。流石のお前も、夢の中身を現実に出来はしなかったがな。
「うん…。それより後にも、たまに試してた」
 船のみんなが喜びそうな物を夢に見た時は、出て来ないかな、って。
 地球に行く夢を見ちゃった時にも、この夢がホントにならないかな、って…。
 色々とやってみていたけれどね、夢はやっぱり夢だったから…。どう頑張っても、現実になってくれなかったよ、どの夢だって。
 でも、それをやってた前のぼくだって、今のぼくの夢は見てないよ。
 青い地球の上に生まれ変わって、ハーレイとまた出会えるなんて。
 うんと平和な世界になってて、パパもママもいて、いつかはハーレイと結婚だなんて…。
 夢より凄いよ、今のぼくの世界。
 ホントのホントに凄すぎなんだよ、前のぼくが見ていた夢よりも凄い現実だもの。
「そいつは俺も同じだな…。今の世界ってヤツに関しては」
 前の俺だって、こんな夢は見ちゃいなかった。
 これが本当になってくれれば、と思う夢なら何度でも見たが、此処までじゃない。
 俺が見た夢より凄い世界だ、今の俺が生きてるこの世界はな…。



 夢よりも凄い現実とはな、とハーレイも頷くものだから。前のハーレイにも欲しいと思った夢があったようだから、知りたくなった。前の自分と同じように試していたのかと。
「ハーレイも夢の中身を出そうとしたの?」
 前のぼくが何度も話していたから、ハーレイもやってみようとしてた?
 サイオンを使って出せないかどうか、試してみていた時があったの?
「いや、お前ほどのサイオンは持ってなかったし…」
 お前でも無理だと聞いていたから、中身が出せると思っちゃいない。俺の力では。
 夢は夢だし、手が届かないのは百も承知だ。手を伸ばしたって、届きやしない。
 そうは思ったが、夢が本当になってくれればいと祈っていたな。祈りってヤツは、神様に届けるモンだろうが。…神様だったら、俺よりもずっと強い力があるんだから。
 俺にとっては夢でしかなくても、神様だったら現実に出来るかもしれないからな。
「お祈りしてたって…。どんな夢なの?」
 前のハーレイは何が欲しかったの、神様に何をお祈りしたの…?
「…前の俺の夢か? 時代によって色々と変わって行ったんだが…」
 最後はお前と二人で地球に行くという夢だったな。そういう夢を何度も見た。
 夢を見る度、叶いやしない、と思ったもんだ。
 夜中に夢を見て目が覚める度に、お前の寝顔を見ながらな。…こいつは夢だ、と。
 お前を抱き締めて、何度も祈った。この夢が本当になったらいい、と。
「そっか…。前のぼくの寿命…」
 地球に行く前に尽きちゃうんだものね、ハーレイの夢は叶わないよね…。
 ぼくと一緒に地球に行きたくても、ぼくの命が終わっちゃうから。
「…お前、何処かへ行っちまうからな」
 あんなに地球を見たがってたのに、死んでしまって、誰も知らない何処かへと。
 俺もお前を追い掛けて行こうと思ってはいたが、それと地球とは別の話だ。
 お前に地球を見せたいじゃないか、お前が生きている間に。…お前の命がある間にな。



 そう思ったから、何度も神に祈ったという。地球へ行く夢を見る度に。「ブルーを地球へ」と。
 腕の中で眠る前の自分を抱き締めながら、夢が本当になればいい、と。
 夢と現実は違うけれども、神ならば現実に出来そうだから。それだけの力がありそうだから。
「ハーレイのお祈り、神様が叶えてくれたのかな?」
 前のぼくが地球へ行けますように、って何度も祈ってくれていたから、地球に来られた?
 ハーレイが神様にお祈りしていた地球は、あの頃は無かった青い地球だから…。
 お祈りの通りに青い地球が出来たら、神様がぼくを連れて来てくれた…?
 ハーレイが何度もお祈りした通りに、二人一緒に。…今の地球まで。
「どうだかなあ…?」
 そいつは俺にも分からないがだ、地球に来られたことは確かだ。前のお前の夢だった星に。
 青くて、おまけに平和な地球。人間は誰もがミュウになっちまって、もう戦争も起こらない。
 俺たちは、前の俺たちが見ていた夢よりもずっと、素晴らしい世界に来たってな。
 お前がさっき言ってた通りに、夢よりも凄い現実ってヤツだ。
 前の俺たちがどんなに大きな夢を見たって、今の世界には敵わんさ。
 「事実は小説よりも奇なり」と言うがだ、「現実は夢よりも奇なり」ってトコか。
 それほど凄い世界なんだし、お前の夢のシャツだって、だ…。



 もっと素敵なシャツになって登場するんだろう、とハーレイが浮かべた優しい笑み。
 夢の通りに現れる代わりに、素晴らしいシャツに変身して…、と。
「俺がプレゼントするかもしれんぞ、その夢のシャツ」
 夢の中のお前は自分で買って持ってたようだが、そうじゃなくってプレゼントのシャツだ。
「プレゼント…? ハーレイがくれるの?」
 ぼくの誕生日に買ってくれるとか、そういうの?
 だったら、凄く嬉しいけれど…。大切に仕舞っておくんだけれど。
「誕生日だなんてケチなことは言わん。それとは別のプレゼントだな」
 贈るタイミングが分からないしな、誕生日プレゼントにするのは無理だ。お前のシャツは。
 俺がお前にプレゼントしてやるのは、お前が今よりかなり大きくなってからだな。
 お前の背丈が前のお前に近付いて来たら、お前にシャツを贈ってやる。何処かで買って。
 そいつをお前に渡してやってだ、こう言うんだ。
 初めてのデートにはこれを着て来い、と。
「ホント!?」
 デート用のシャツを買ってくれるの、ハーレイが?
 夢の中のぼくが着ようとしてたの、ハーレイが買ってくれるって言うの…?



 思いがけないハーレイの言葉。いつか大きくなった時には、ハーレイがシャツを贈ってくれる。初めてのデートに着て行くシャツを。「これを着て来い」と、買って来てくれて。
 前の自分の背丈になるまで、あと少し、という日が来たら。初めてのデートの日が近付いたら。
「期待するなよ、そんな気障な真似をするかどうかは分からないからな」
 デート用の服を見立てるってヤツは、自分のセンスに自信がある男のやることで…。
 俺は服には詳しくなくてだ、流行ってヤツにも疎いんだから。
「ハーレイが買ってくれるんだったら、どんなシャツでも嬉しいよ」
 ぼくが自分で用意するより素敵だもの。
 あの夢みたいに自分で買うより、ハーレイに貰ったシャツを着る方が断然いいよ。
 やっと着られる、って袖を通して、ワクワクしながらボタンを留めて。
「ほらな、夢をそのまま形にするより、現実の方がいいこともあると言っただろ?」
 夢の通りなら、お前は自分で買っておいたシャツを着るんだし…。
 夢の中身を取り出せたとしても、そいつはお前が買ったシャツなんだ。俺じゃなくてな。
 しかしだ、夢は夢だと放っておいたら、俺からのシャツが届くかもしれん。夢よりも現実の方が良くてだ、お前は俺がプレゼントしたシャツで初めてのデートに出掛けてゆく、と。
「じゃあ、シャツ、買ってよ。気障でもいいから」
 ハーレイのセンスも気にしないから、ぼくに初めてのデートで着るシャツ、ちょうだい。
 水色がいいな、夢のシャツは水色のシャツだったから…。
 デザインはハーレイに任せておくから、水色のシャツをぼくに買ってよ。
「その時が来たらな」
 お前がちゃんと育ち始めて、前のお前の背丈に届きそうな日が近付いて来たら。
 もう少しだな、と俺が思ったら、シャツをプレゼントしてやろう。…注文通りに、水色のをな。
 とんでもないセンスのシャツを渡されても、そのシャツ、きちんと着て来るんだぞ?
 初めてのデートに出掛ける時には、俺がお前に贈ったシャツをな。



 もっとも、俺はシャツの話なんぞは忘れているかもしれないが…、と言われたけれど。
 今日の日記にも書きはしないから、覚えていた方が奇跡だろうとハーレイは苦笑するけれど。
(…初めてのデートは、いつか行くしね…)
 その日に着て行くシャツも、何処かにきっとある筈。水色にしても、他の色にしても。
 長袖になるか、半袖になるか、上にセーターを着込むのか。その上にコートまで必要なのか。
 出掛ける季節も分からなければ、シャツのデザインも今は謎。襟の形も、ボタンの数も。
(ハーレイがくれたシャツなら、最高だけど…)
 とても嬉しくてドキドキだけれど、忘れられているということもある。シャツの夢を見た自分の方でも、忘れてしまってそれっきり。
 夢を見たことさえ綺麗に忘れて、初めてのデートに着て行くシャツは、自分で買うかもしれないけれど。街で見掛けて、「これがいいかな」と買っておくかもしれないけれど。
(ママが買ったシャツってこともあるよね、ぼくが忘れてたら…)
 ハーレイも自分も忘れていたなら、母が買って来たシャツの中から「これ」と一枚選ぶシャツ。今日のデートにはこのシャツがいいと、これを着ようと。
 けれど、どういうシャツになろうと、夢より素敵な現実があると、今の自分は知っているから。
 前の自分が夢に見たより、素晴らしい世界に生きているから。
(きっといつか、あの夢のシャツより、ずっと素敵なデート用のシャツ…)
 それを着てハーレイと、初めてのデートに出掛けて行こう。
 クローゼットの隣に立って、鉛筆で書いてある前の自分の背丈の印を確かめて。
 同じになった、と大喜びして、用意してあったシャツに袖を通して。
 ウキウキしながら留めてゆくボタン。
 やっとハーレイとデートに行けると、このシャツを着てデートなんだよ、と…。




           夢で見たシャツ・了


※夢の中でブルーが袖を通したシャツ。ハーレイとデートに行くのだから、と弾んだ心で。
 けれども、シャツもデートも夢。ガッカリですけど、いつかハーレイがシャツをくれるかも。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv













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