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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

次が来るバス

(行っちゃった…)
 乗り遅れちゃった、とブルーが見送ったバス。学校の側のバス停で。
 走り去ってゆくバスの後姿、あれに乗って帰る筈だったのに。これに乗ろう、と決めているわけではないけれど。何時のバスに乗って帰ってもいいのだけれど。
 ただ、なんとなく「この時間」だという気がするバス。学校が終わった後にバス停に行ったら、走って来て自分を乗せてくれるバス。
(乗れると思っていたんだけどな…)
 友人たちと別れた時には、そのつもり。いつものバスで家に帰ろうと。
 けれど、途中でちょっぴり寄り道。校門の側にある学校の花壇、其処に咲いていた幾つもの花。それに惹かれたから、眺めていた。立ち止まって順に、花の名前を確かめて。
(綺麗だけど、ハーレイと一緒には見られないよね、って…)
 自分の家の庭だったならば、「綺麗だね」と二人でゆっくり眺められるけれど。のんびり座って語り合うことも出来るけれども、此処は学校。
 ハーレイは教師で自分は教え子、花壇の側でデートは出来ない。家の庭とは違うから。
 色々な種類の花壇の花たち、ハーレイが「この花はだな…」と得意の薀蓄を聞かせてくれても、花に纏わる伝説なんかを教えてくれても、恋人ではなくて「ハーレイ先生」。
 学校の花壇を二人で見るなら、そうなってしまう。素敵な話を聞けたとしても。
 ちょっぴり寂しい、と囚われた思い。学校と家では違い過ぎるよ、と。
 同じ花壇の花にしたって、何処で出会うかで違うんだ、と考え込んだりしている内に…。
(時間、経っちゃった…)
 余裕を持ってバス停に行ったつもりが、目の前で走り去ったバス。乗降口を閉ざしてしまって、次のお客が待つバス停へと。



 失敗した、と思うけれども、行ってしまったものは仕方ない。追い掛けて走れる体力は無いし、それが出来るなら、バス通学などしていないから。
(えーっと…)
 次のバスは、と時刻表を眺めて満足した。直ぐに次のがやって来る。ほんのちょっぴり、此処で待つだけ。暑くも寒くもない季節だから、待っていたって苦にはならない。空も青くて、通り雨も来そうにないのだから。
(ハーレイと二人で待っていたら、もっと早いんだけど…)
 乗り損なったね、とハーレイの顔を見上げて、「直ぐに来るさ」と微笑んで貰って。色々な話をしている間に、次のバスが滑り込んで来る。待った気持ちさえしない間に。
 きっとそうだよ、と幸せな夢を描いている間に、やって来たバス。時刻表通りに走って来たし、お気に入りの席も空いていたから、問題無し。
(いつものバスと変わらないよ)
 窓から外を眺めた景色も、乗り心地だって。他の乗客の年恰好も、ちっとも違っていはしない。いつものバスと同じ雰囲気、変わらない空気。一本遅れただけなのだから。
(もっと遅くなったら、お客さんだって…)
 今の時間とは違うのだろう。仕事帰りの人が増えるとか、上の学校の生徒が大勢だとか。
 けれど、普段と何処も違いはしないバス。待っていた時間もほんの少しで、家の近くのバス停に着いた時にも、さほど遅くはなっていないから。
(此処で寄り道したりもするしね?)
 バス停から家まで歩く途中の住宅街。庭に咲いている花を眺めたり、其処の住人と話をしたり。足を止めたら、もうそれだけで経ってゆく時間。バスを一本待っているより、ずっと多めに。



 だからいつもと変わらないよ、と歩いて帰り着いた家。
 「おかえりなさい」と迎えてくれた母も普段通りで、「今日は遅いのね」とも言われない。少し遅れた時間の長さは、寄り道よりも短めだから。
(ホントにいつもとおんなじだよね)
 乗り遅れちゃった、とバスを見送った時には、少しだけショックだったけど。失敗したと思ったけれども、その後は何も変わらない。次のバスに乗って、戻ったいつもの時間の流れ。
 おやつを食べに出掛けたダイニングの時計が示す時間も、おやつが美味しいと感じる気持ちも、何処も変わっていはしない。
(ほんの一本、遅れただけだし…)
 大して経ってはいなかった時間。ハーレイが仕事の帰りに寄ってくれても、慌てる必要すら無い時間。おやつの途中でチャイムが鳴って大慌てだとか、着替えも済んでいなかっただとか。
 そんな時間になっていたなら、大変だけれど。
 ゆっくりおやつを食べるどころか、急いで制服を脱いで着替えて、部屋から一歩も出ないとか。母が「おやつよ」と呼んでくれても、「今日は要らない!」と部屋から叫んで。
 ハーレイが来そうな時間がすっかり過ぎてしまったら、「やっぱり食べる…」と言うだとか。



 幸い、そうはならなかったから、おやつのケーキをのんびりと食べて、紅茶もおかわり。新聞もじっくり目を通してから、二階の自分の部屋に帰って、座った勉強机の前。
 部屋の時計も、やっぱりいつもと変わらない。遅めの時間を指してはいないし、バスに目の前で去られたことが嘘のよう。確かに行かれてしまったのに。時刻表を見て、次を待ったのに。
(乗り遅れたって、次のバスがちゃんと来るもんね?)
 そのお蔭だよ、と思い返した時刻表。頼もしいバスは、待っていれば直ぐに次の便が走って来てくれるから。町の中を走っているバスなのだし、田舎のバスとは違うから。
(田舎だったら、一時間に一本だけだとか…)
 そういう所もあるらしい。暮らしている人の数が少ない場所では、バスも少なめ。一時間の間に一本だったらまだ多い方で、一日の間に三本だけという所もあると何処かで聞いた。
 田舎暮らしが好きな人たちは、一日にバスが三本だけでも気にしない。其処がいいから、と町を離れた所で暮らす。山の奥とか、そんな所で。
(乗り遅れちゃったら、どうするのかな?)
 一日に三本だけのバス。今日の自分みたいに走り去られたら、次のバスは当分来てはくれない。バス停に立って待っていたって、何時間もバスは来ないまま。
 バスが来ないなら、ルール違反の瞬間移動か、それが無理なら家に戻って車を出すとか。バスの数さえ少ない田舎は、きっとタクシーも無いだろう。町なら直ぐに来てくれるけれど。



 大変そう、と思った田舎の暮らし。一日にバスが三本だけ。タクシーだって無い場所で。
 乗る予定だったバスを逃したら、呆然とするしかなさそうな場所。行ってしまった、と。
(でも、きっとなんとかなるんだよね?)
 一本逃してしまったどころか、最終のバスに乗り遅れたって、用事があるなら誰かが車で送って行ってくれるとか。「ついでですから」と、親切に。
 昼間だったら、「このくらいの距離がなんだ」と歩いてゆくとか、自転車に乗ってゆくだとか。住んでいたなら、方法は幾つもあるのだろう。
 そうでなければ、そんな所でわざわざ暮らしはしないから。
(ぼくだと、とっても困るんだけど…)
 一日にたった三本だけのバスに乗り遅れてしまったら。田舎でバスに走り去られたら。
 けれども、それは自分が立ち寄っただけの人間だからで、住んでいる人たちは平気なのだろう。「のんびり歩いて行くことにしよう」とか、「明日でいいや」とか、ゆったり構えて。
(急ぐ用事でなかったら…)
 いつかは次のバスがやって来るのだし、最終バスが走り去っても、次の日にはまたバスが来る。それで充分、間に合うんだよね、と思った所で気が付いた。
 行っちゃった、と今日の自分が見送ったバス。次のバスが直ぐに来たけれど。
 それに、田舎の路線バス。一日にたった三本だけとか、一時間に一本しか来ないとか。
(…バスだから…)
 いつも走っていて次のが来るから、乗り遅れても平気なだけ。次があるさ、と考えるだけ。その日の内には来なかったとしても、次の日にバスはやって来る。
 乗り遅れても、それでおしまいにはならないバス。
 次は必ずやって来るから、来ないわけではないのだから。



 そうじゃなかった、と頭に浮かんだ白い船。前の自分が生きていた船。
(…シャングリラ…)
 あれはそういう船だったんだ、と白い鯨を思い出した。乗り損なったら、次のは来ない船。白い鯨に乗れなかったら、ミュウは生きてはいけないのに。
(シャングリラ、走って行っちゃった…)
 今日の自分が乗り遅れてしまったバスみたいに。目の前で走り去ったみたいに。
 アルタミラの地獄から逃げ出す時には、仲間たちを乗せて飛び立ったけれど。生き残った仲間を一人残らず収容してから、燃える星を後にしたけれど。
 アルテメシアの時には違った。衛星兵器に狙い撃ちされて、宇宙へと逃げて行った時には。
(…シロエ…)
 乗せて行けなかったセキ・レイ・シロエ。今も歴史に名前が残るミュウの少年。
 まだ十歳の子供だったシロエは明らかにミュウで、ジョミーが接触していたのに。ミュウの子供だと分かっていたのに、シロエを船に乗せ損なった。
(シロエのお父さん…)
 サイオニック研究所にいた、シロエの養父。彼が開発した、雲海に潜むサイオン・トレーサー。それの前には、役に立たなかった船を守るためのステルス・デバイス。
 シャングリラの位置は人類に知れて、衛星兵器で攻撃された。超高空から来る高エネルギーは、防ぎ切れないものだったから…。
 逃げることを決断するしか無かった。白いシャングリラが破壊される前に、広い宇宙へ。



 船が宇宙へ飛び去った後は、消えてしまったミュウの箱舟。雲海の星、アルテメシアから。
 それに乗れたら、ミュウたちは生きてゆけるのに。船の中が世界の全てであっても、生きてゆくことが出来たミュウの楽園に。
 行ってしまったシャングリラ。次のシャングリラはもう来なかった。どんなに待っても、箱舟は二度と来ないまま。路線バスなら次が来るけれど、シャングリラは宇宙に一つだけだから。
(シロエのお父さんは知らなかったんだ…)
 自分の息子を、シャングリラに乗せ損なってしまったことを。自分が作り出した機械のせいで、シロエが箱舟に乗り遅れて置いてゆかれたたことを。
 血の繋がりの無い家族だとはいえ、シロエの父はシロエを可愛がった筈。そうでなければ、後のシロエは生まれない。両親を、家を忘れまいとして、システムに逆らい続けた彼は。
 シャングリラが宇宙に去ってしまってから、シロエの父は四年ほどシロエを手元で育てて、愛を注いで、目覚めの日を迎えて送り出して…。
(お父さん、知らないままだったのかな…)
 自分の息子がどうなったのか、最後まで。ミュウだったことも、キースに殺されたことも。
 シロエの名前が宇宙に広まった頃には、何歳くらいだったのだろう?
 息子のことだと気付いただろうか、名前を耳にしたのだろうか?
 歴史に名前を残した少年。キースの心にSD体制に対する疑問を深く刻んで、反旗を翻させるに至った切っ掛けの一つ。今は誰でも、シロエの名前を歴史の授業で教わるけれど。
(お父さんたちの手記、あるっていう話は聞かないし…)
 きっと寿命を迎えてしまったのだろう。シロエの名前が広まる前に。
 シロエがどうなったのかも知らずに、彼をシャングリラに乗せ損なったとも気付かないまま。



 雲海の星を離れて去ったシャングリラ。行ってしまったミュウの箱舟。
(あれから後に、アルテメシアで生まれたミュウの子供たちだって…)
 シャングリラには乗り損なった。白い鯨がまだあったならば、その子供たちもシロエも、きっと乗ることが出来ただろうに。船の中でしか生きられなくても、殺されはせずに。
 けれど、アルテメシアを出て行った船には乗り込めない。
 走り去って行った路線バスならば、次のがやって来るけれど。今日の自分がそうだったように、バス停で次のバスを待ったら、乗り込めるバス。
 一日に三本しか来ない田舎のバスでも、次のバスは必ず来てくれるけれど…。
(次のシャングリラは、もう来なかったし…)
 乗り損なったミュウの子供たちには、乗せてくれる船はやって来なかった。どんなに待っても、次の箱舟は来てくれないまま、皆、殺されていったのだろう。シロエのように。
 赤いナスカが滅ぼされた後、シャングリラは十七年ぶりにアルテメシアに戻ったけれど。
 人類軍との戦いに勝利を収めて、アルテメシアを手に入れたけれど、そうして箱舟が戻って来る前。行ってしまったまま、次が来ないで放っておかれた十七年の間。
 何人の子供が乗れなかったのだろう、あの船に…?
 白いシャングリラに乗り遅れたばかりに、何人のミュウの子供が命を失くしただろう。
(資料、あるよね…)
 調べればきっとあるだろうけれど、見る勇気は無い。恐ろしくて。
 けれど、乗り遅れた子供たちはいた。シロエの他にも、何人ものミュウの子供たち。
 次のシャングリラは来なかったから。乗り遅れた子たちを乗せてゆくために、次の箱舟が来てはくれなかったから、殺されていった子供たち。
 路線バスなら、次が来るのに。最終バスが出た後にだって、次の日にまた走って来るのに。



 乗せてやれなかった子供たち。白いシャングリラに、ミュウの箱舟に。
 乗り損ねたのは、子供たちのせいではなかったのに。あの船があれば、子供たちはそれまでの子たちと全く同じに、箱舟に乗れる筈だったのに。
 アルテメシアというバス停に立って、其処に行ける時を待ちさえすれば。シャングリラに連れてゆくための船が、小型艇が迎えにやって来るのを待っていたなら。
(…それまでの子たちは、みんなそうして…)
 白い箱舟に乗り込んだ。救助班の者たちに助け出されて、シャングリラへと。殺されてしまった子もいたのだけれども、大抵は上手くいっていた。無事にシャングリラに迎え入れられた。
(シャングリラがあのまま、アルテメシアにいたら…)
 乗れる筈だった子供たち。シロエも、その後に生まれた子たちも。
 今日の自分は、うっかりバスに乗り遅れたけれど、子供たちは何もしていない。失敗など一つもしてはいなくて、ただシャングリラが無かっただけ。
 いくら待っても来ない箱舟、それに乗せては貰えない。その箱舟が遠くに行ってしまったのは、白い鯨がもう無かったのは、子供たちがウッカリしていたからではなかったのに。
 子供たちはただ生まれて来ただけ、シロエも置いてゆかれただけ。
(…アルテメシアを出よう、って言ったの…)
 自分だった、と噛んだ唇。
 前の自分が下した決断。これ以上船が傷ついたならば、宇宙に出ることも出来なくなるから。
 シャングリラは沈んでしまうだろうから、その前に、と。
 「ワープしよう」と命じた自分。
 旅立つ時だと、アルテメシアを離れようと。
 あのまま殲滅されないためには、必要だった決断だけれど。白いシャングリラを、ミュウたちの未来を守るためには、他に道など無かったけれど…。



 前の自分が決めた旅立ち。アルテメシアを離れること。
 白いシャングリラは行ってしまって、子供たちは箱舟に乗り損なった。みんな、バス停に立っただろうに。それまでの子たちと全く同じに、バス停で待っていたのだろうに。
 乗せて行ってくれるバスが来るのを。白いシャングリラがやって来るのを。
 子供たちは何も悪くないから、本当だったらバスは来た筈。寄り道していて、バスが来る時間に遅れたわけではないのだから。…子供たちはバス停で待っていたのに、そのバスは…。
(ごめん…)
 ぼくのせいだ、と今頃、気付いた。前の自分が行かせてしまったシャングリラ。アルテメシアというバス停で待つ、子供たちをもう乗せてやれない所へと。
 次のシャングリラは来ないのに。子供たちを乗せるバスは無いのに。
(…シロエも、他の子供たちも、みんな…)
 前のぼくのせいで乗り遅れちゃった、と心の中に重い塊。誰も悪くはなかったのに。白い箱舟が行ってしまったのは、前の自分のせいだったのに。
(シロエのお父さんが作った機械も悪いんだけれど…)
 どうしてあの時、微塵も思わなかったのだろう。
 シャングリラが宇宙へ去ってしまったなら、乗り遅れるだろう子供たちのこと。今までに迎えた子たちと同じにバス停にいても、バスが来てくれない子供たちのことを。
(…シロエで分かっていた筈なのに…)
 乗り遅れる子供が一人いること。一人いるなら、これから先にも何人もいると。
 けれど、謝りもしなかった。置き去りにしてゆく子供たちに。アルテメシアに残すシロエに。
 「ごめん」と、「これしか道が無いから」と。
 その一言を残しもしないで、船ごと宇宙に飛び去って行った。子供たちはきっと、あれから後も待っていたのに。バス停に立って、白い鯨を。迎えに来るだろう、ミュウの箱舟を。



 アルテメシアを離れた後に、自分を責めていたジョミー。シロエを連れて来られなかった、と。前の自分は、ジョミーに言葉を掛けたけれども。
 「事の善し悪しは、全てが終わってみなければ分からないさ」と言ったけれども、そんな言葉を口にした自分。…本当に分かっていたのだろうか、置き去りにされた子供たちの命。
 シロエの他にも何人もいると、その子供たちを自分は見捨てたのだ、と。
(ミュウの未来を守るためには、シャングリラが無いと駄目で…)
 沈んでしまえば、もうミュウの子供たちを救い出すことさえ出来ない。だからこそ船を守ろうと決断したのだ、と理屈では分かる。前の自分もそう考えた。ミュウの未来を、と。
 そうは言っても、命の重さ。それは乗り損ねた子供たちも同じで、一人一人に違う未来があった筈。白いシャングリラの中が全ての世界であっても、個性に合った生き方が。
(…船に乗れてたら…)
 どんな大人になったのだろうか、シロエも、置き去りにされた子たちも。
 今の今まで、考えさえもしなかった。何人の子供を置き去りにしたか、あった筈の未来を自分が奪ってしまったのかを。
 あの時、ワープを決めたことで。シャングリラを宇宙に旅立たせたせいで。



(ぼくが決めちゃった…)
 子供たちを残して船を出すこと。バスを行かせてしまうこと。…次のバスは二度と来ないのに。バス停に立って待っていたって、走って来ないと知っていたのに。
(…ごめんね、シロエ…。みんな、ごめんね…)
 ホントにごめん、と心の中で子供たちに何度も謝っていたら、聞こえたチャイム。仕事の帰りにハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり訊いてみた。
「あのね…。ハーレイ、アルテメシアのデータ、知ってる?」
「はあ?」
 アルテメシアって…。今じゃシャングリラの森と、前の俺たちの記念墓地と…。
 それから他に何があったっけか、有名な観光名所とかか?
「ううん、今のアルテメシアのデータじゃなくて…。ずっと昔の」
 前のハーレイに訊いてるんだよ、あの頃のアルテメシアのことを。
 テラズ・ナンバー・ファイブを倒した後に、いろんなデータを引き出してたよね?
 そのデータのことを訊きたいんだけど…。
「お前の両親とかのデータは、もう伝えたが?」
 前のお前の誕生日だとか、養父母の名前に、育った家に…。
 全部教えてやった筈だぞ、前の俺が手に入れたデータは、全部。
「それじゃなくって、子供たちのデータ…。それは無かった?」
 アルテメシアの子供たちだよ、テラズ・ナンバー・ファイブなら持っていそうだけれど…。
「子供たち?」
 何なんだ、それは。確かに大量に持っていやがったが、それがどうかしたか?
「やっぱり、あった? だったら、これもあったかな…?」
 シャングリラに乗れなかった子供たちのデータ。
 乗り遅れちゃったミュウの子供たちだよ、シャングリラが行ってしまったから。
 アルテメシアからいなくなったから、乗れなくなってしまった子たち…。



 置いて行かれたシロエみたいに…、と尋ねたら。白いシャングリラに乗り損なったミュウの子供たちのデータを、見ていないかと問い掛けてみたら。
「そのデータか…」
 ミュウと判断された子供たちだな、俺たちがあそこを出て行った後に。
 成人検査で引っ掛かったとか、養父母に通報されたとかで。
「知ってるの?」
 そういうデータもちゃんとあったの、前のハーレイは目を通していたの…?
「まあな。きちんと見ないといけないだろうが、ミュウが生まれる割合とかも知らないと」
 どういうケースでミュウになるのか、そういったデータも必要だ。人類と戦ってゆくのなら。
 キャプテンの大事な仕事の内だな、引き出したデータのチェックってヤツは。
 しかし、シロエを除いた特殊例は分からん。
 成人検査を無事に通過したミュウの子供が、それから後にどうなったのかは。
 上手く隠れて生き延びたのか、何処かでバレて消されちまったか。
 あの頃の俺が見ていたデータじゃ、シロエが例外だとされてたわけだし、成人検査を通過出来た子はいないんじゃないか?
 後でマツカの存在を知ったが、あれだって特殊例だろう。幾つもあったとは思えない。ミュウの因子を持ってた子供は、アルテメシアで消されちまっていたんだろうな。
「その子供たちって…。何人くらい?」
 殺されちゃったミュウの子供は、何人いたの?
 前のハーレイ、それも見たでしょ。シロエが例外だったんだ、って知っているなら。



 それを教えて、とハーレイを真っ直ぐ見詰めた。前の自分たちがアルテメシアを後にしてから、ミュウと判断された子供たち。白いシャングリラに乗れずに終わった子供たちの数。
 知ることはとても怖いけれども、ハーレイが知っているのなら。その人数が分かっているなら、自分は知らねばならないだろう。
 その子供たちを置き去りにしたのは、前の自分の命令だから。子供たちが乗れる筈だった船を、待っていたバスを行かせてしまったのは自分だから。
「…お前がそれを知ってどうする」
 どうして知ろうと思ったんだ、と鳶色の瞳が見据えて来るから、正直に答えた。
「謝りたいから…。その子供たちに」
 今日まで気付いていなかったけれど、前のぼくのせいなんだよ。シロエや、他の子供たち…。
 ぼくが「ワープしよう」って決めたせいでね、その子たちを置いて行っちゃった…。
 子供たちはきっと、シャングリラに乗りたかったのに。…乗るために待っていた筈なのに。
 バス停でバスを待つ時みたいに、シャングリラっていう名前のバスを。
 だけど、シャングリラは行っちゃったから…。
 バスだったら、ウッカリ乗り遅れたって、次のバスがちゃんと来るけれど…。シャングリラは、そうじゃなかったから。次のシャングリラは来なかったから…。
 だから、謝りたいんだよ。乗り遅れちゃった子供たちに。…みんな、ごめんね、って。
「なるほどな…。シャングリラとバスとは恐れ入ったが…」
 どうやって思い付いたかは知らんが、そういうことなら、人数は言わん。
 データは今も覚えちゃいるがな、お前に教えるつもりは無いな。
「…なんで?」
 知ってるんなら、どうして教えてくれないの?
 ぼくはホントに謝りたくって、子供たちの数を知りたいのに。…何人、置いて行ったのか。
 前のぼくのせいで乗り遅れた子たち、何人いたのか、きちんと聞いて謝りたいのに…。



 シロエの他に何人いたの、と重ねて訊いても、ハーレイは「駄目だ」の一点張りで。
「お前、自分を責めるから…。今もそうだろ、今のお前のせいじゃないのに」
 前のお前の方にしたって、あの時は仕方なかったことだ。
 俺でさえも思いもしなかった。ワープなんかは頭に無くって、防御するだけで精一杯で。
 キャプテンの俺でも思い付かないのに、誰がそいつを考え出すんだ?
 もしもお前が言わなかったら、シャングリラは沈んでしまっただろう。…ジョミーのシールドが限界点に達した時点で、守り切れなくなってしまって。
 致命的な打撃を食らった後では、もう宇宙には出られないからな。
 お前がワープを決めたお蔭で、シャングリラは無事に逃げ切れた。アルテメシアから宇宙へ出てゆけたから、最後は地球まで行けたんだ。
 …そしてSD体制を倒して、ミュウの未来を手に入れたってな。
 お前は何も間違えちゃいない。あれは必要な決断だった。ああしなければ、何もかもがあそこで終わっちまって、それきりになっていただろう。…ミュウの時代は来ないままでな。
「でも…。それと、あの子供たちの命は別だよ」
 命の重さは、みんな、おんなじ。…仕方ないから、って消えていい命は一つも無いよ。
 お願い、教えて。…前のぼくが置き去りにしちゃった子供は、何人いたのか。
「…お前の気持ちは、分からないでもないんだが…」
 俺だけが知っていればいいんだ、お前が知りたい子供たちの数は。
 お前の代わりに、俺が今でも覚えているから。…俺が代わりに謝ってやるから。
 何度もお前に言ってる筈だぞ、俺はお前を二度と悲しませはしないとな。
 だから決して教えはしない。
 お前が謝りたい気持ちになったというなら、もうそれだけで充分じゃないか。気付いたんだろ、あの星に残した子供たちのことに。…それでいいんだ、気付いて謝ろうと思っただけで。
 いいな、せっかく幸せに生きているのに、余計なことまで知らなくていい。
 今のお前は幸せだろうが、この地球の上で。



 考えるな、と言われたけれども、気になる子供たちのこと。シロエの他に何人いたのか、未来のある子を何人置き去りにしてしまったのか。
 シャングリラというバスを、待っていただろう子供たち。乗れる筈だったミュウの子供たちを、もうバスは来ないバス停に残して行ってしまった。前の自分たちの都合だけで。
 それを決めたのは前の自分で、子供たちはバスに乗り遅れたから…。
「…ぼくは確かに幸せだけど…。ハーレイと地球に来られたけれど…」
 あの子供たちは、そうじゃなかった。シャングリラが行ってしまったから。
 シロエはキースに殺されちゃったし、他の子たちは保安部隊に撃ち殺されて…。
 ぼくがワープって言わなかったら、みんな、シャングリラに乗れていたかもしれないのに…。
 シャングリラがあそこで沈んだかどうか、そんなの、誰にも分からないのに…。
「そう来たか…。確かに、終わりじゃなかったかもしれん。それは分からん」
 同じようにワープして逃げていたって、定期的に戻って助け出す手もあったかもしれん。
 だがな、そいつは今だからこそ思うことでだ、あの時はあれが最善だった。それだけは俺が保証する。キャプテン・ハーレイだった俺がな。
 それに、お前が言う子供たち。その子供たちも、とうに何処かで幸せになっているだろう。
 俺たちだって地球に来てるくらいだ、みんな幸せに生きてる筈だ。
 お前の友達の一人かもしれんし、誰もが知ってる有名俳優ってこともあるかもな。
「そっか…。今は誰でもミュウなんだものね」
 とっても平和な時代になったし、何処に生まれても、誰でも幸せ。
「そういうことだな、お前は今を生きればいいんだ」
 前のお前がやったことまで、お前が考えなくてもいい。のんびり、ゆっくり行けばいいのさ。
 乗り遅れちまってもなんとかなるから。
「え?」
「バスだ、バス。…シャングリラじゃなくて、普通のバスだな」
 乗り遅れたって次が来るだろ、人生だってそういうもんだ。行っちまったバスを大慌てで走って追い掛けなくても、その内に次のが来るんだから。…待っていればな。



 最終バスが出ちまっていても、次の日にはまた走って来るだろ、と笑ったハーレイ。人生だってそれと同じで、やり直しだって出来るんだから、と。
「喧嘩しちまったら仲直りだとか、大失敗をやらかしたとしても、謝るだとか」
 そうすりゃ、次のバスが来るんだ。元の通りに乗って行けてだ、ゆっくり座っていればいい。
 前の俺たちの時代だったら、のんびりしてはいられなかったが…。
 乗り遅れたなら、必死に追い掛けないと駄目だったわけで、追い付けないこともあっただろう。お前が言ってたシャングリラみたいに、行っちまったら、もうおしまいで。
 しかし、今では違うからなあ…。のんびり次のを待てるだろ、バス。
「うん…。ぼくね、今日の帰りに乗り遅れちゃって…」
 直ぐに次のが来てくれたから、いつもと変わらない時間に帰れて、それが切っ掛け。
 田舎のバスとか、色々なことを考えていたら、シャングリラのことになっちゃった…。
 今だと次のバスが来るけど、あの子供たちには、次のバスなんか来なかったんだ、って…。
「そうか、お前が乗り遅れたのか、本物のバスに」
 上手い具合に次が来たのに、其処から違う考えの方に行っちまった、と…。
 お前の場合は、前のお前の記憶を持っているからなあ…。
 そのせいでグダグダ考えちまって、前のお前がやったことまで謝ろうとする、と。
 余計なことだな、その心配は。
 シャングリラに乗り遅れた子供たちだって、とうに次のバスに乗って行ったさ。
 新しい人生ってヤツを貰って、そのバスに乗って、あちこち走って。
 そいつを降りて、また次のバスで、もう何回も乗り換えたんじゃないか、人生そのものを。
「…ホント?」
 生きてる間に乗るだけじゃなくて、また新しい別の人生?
 そんなトコまで行っちゃっているの、ハーレイがデータを見た子供たちは?
「…多分な。あれから何年経っているんだ、前の俺たちが生きた頃から」
 とんでもない時間が流れただろうが、何回、人生を生きられるんだか…。
 乗り換えただろう人生ってバスも、物凄い数になっているんじゃないか…?



 俺たちの場合は今が一台目のバスらしいがな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 「お前が青い地球にこだわってたから、今頃になっているんだろう」と。
「俺たちが一台目のバスに乗るよりも前に、あの子供たちが地球に来たんじゃないか?」
 前とそっくりの姿がいいとか、二人一緒だとか、妙なこだわりは無さそうだから…。
 もっと早くに地球に来ちまって、地球を堪能して、今はのんびり別の星だとか。
「そうかもね…。こだわらないなら、早そうだものね」
 人間が地球に住めるようになったら、一番の船に乗って来たかも…。
 ゆっくり暮らして、子供も育てて、今は全く別の人生かもしれないね。アルテメシアに生まれていたりするのかな、前のことなんかすっかり忘れて。
 ずっと昔はシャングリラって船があったんだね、って、シャングリラの森を散歩したりして。
「だろう? 俺たちがのんびりし過ぎただけだな」
 こだわりのバスを待って待ち続けて、今までかかっちまっただけだ。
 やっと乗れたし、二人でのんびり行こうじゃないか。
 乗り遅れちまっても次が来るしな、今の時代の人生ってヤツは。
 おっと、人生の中で乗ってくバスだぞ、人生そのもののバスじゃなくって。
 人生そのもののバスは今の俺たちの身体なんだし、そいつを乗せてくれるバス。
 いろんな予定や計画なんかは、のんびりゆっくり、焦って走らずに行こうってな。



 そんな時代だから、あの子供たちのことも心配するな、とハーレイが言ってくれたから。
 確かにハーレイの言葉通りだから、シャングリラに乗り遅れた子供たちだって、今の時代には、きっと幸せなのだろう。
 今の自分とハーレイが幸せに生きているように。青い地球の上にいるように。
(…乗り遅れちゃったことも、もう忘れてるね…)
 本当だったら来る筈のバスに、ミュウの箱舟に乗れなかったこと。
 乗り遅れたせいで殺されたことも、悲しい最期を迎えたことも。
 何もかも忘れて、次のバスに乗って、きっと何処かで幸せな今を生きているのだろう。
 今の時代は、次のバスがちゃんと来るのだから。
 一日に三本しかバスが来ないような、田舎にだって走るバス。
 最終バスが行ってしまっても、次の日を待てば、また別のバスが走って来る。
 今は待ったら次が来るから、バスが来ないままで、おしまいになりはしないのだから…。



            次が来るバス・了


※シャングリラがアルテメシアを離れたせいで、白い箱舟に乗り損なったミュウの子供たち。
 確かに何人もいたのですけど、その子たちも今は幸せな筈。新しい人生というバスに乗って。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
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