シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(わあ…!)
兵隊さんだ、とブルーが眺めた写真。学校から帰って、おやつの時間に広げた新聞の記事。今の時代に軍隊はもう無いのだけれど。軍人だって一人もいないのだけれど…。
(いろんなのがあるよね)
ずっと昔のお伽話に出て来るような兵士たち。絵本や、童話の挿絵で見掛ける彼らの姿。
そういう兵士の写真が沢山、今の時代は軍人ではなくて警備員。そうでなければ、ガイドとか。この地球の色々な地域に合わせて、遠い昔の兵士と同じ軍服で。
警備員もガイドも、観光客の目を楽しませるために兵士の格好。警備するのもお城ではなくて、博物館とか美術館とか。
(ホントに色々…)
SD体制が始まるよりも、遥かな昔の兵士の軍服を真似ているから。その地域ならではの独特の軍服、それを着た方が喜ばれるから。
民族衣装を元にしたものも多くて、ギリシャなんかだとスカートのよう。インドを名乗る地域の兵士は、頭にターバン。
そんな具合に、軍服も帽子の形も色々。誰もがカメラを向けたくなるのが兵士たち。その正体は観光ガイドでも。博物館とかの警備員でも。
今の時代だから出来るお遊び、実用的には見えない軍服も帽子も沢山。すっかり平和で、軍隊の出番が無いからこそだと記事にある。
いくら昔のギリシャにしたって、スカートのような軍服で戦いはしない。戦闘用には別の軍服、スカート風のは衛兵の服。インドの兵士のターバンだって、戦う時には実用的な帽子に変わった。
けれど今では、観光用の軍服だけ。戦闘用はもう何処にも無い。
兵士の姿の人を集めたら、華やかな軍服やユニークなものばかり。どれも観光客に人気の。
沢山あるよ、と眺める写真。どれも近くで見てみたくなる。服も帽子も、お洒落な靴も。
(前のぼくが生きてた時代だと…)
兵士は全部、本物だった。お遊びの兵士はきっと、いなかったろう。
あの時代の兵士は、人類統合軍か国家騎士団に所属する者たちばかり。軍服だって、普通の軍か国家騎士団かで変わるだけ。宇宙の何処に行っても同じ。
(今は色々あるのにね…)
遠い昔の地球にあった様々な文化が作った、兵士の軍服。それが素敵だと、あちこちの星に。
警備員らしい服を着るより、バラエティー豊かな昔の兵士の軍服の真似。
イギリス風とか、ロシア風とか、もっと昔のお伽話の舞台になった時代のものだとか。
(そんなにあるなら、国家騎士団スタイルとかも…)
やってる場所があるのかな、と思った所で気付いたこと。新聞の写真の兵士たちの売り物。
(帽子…)
うちの所はこれなんです、と誇らしげに被っている帽子。デザインの方も実に色々、ターバンも帽子の内だろう。飾りの房がついた帽子や、お伽話の兵隊みたいなイギリス風の帽子とか。
軍服の数だけと言っていいほど、様々な形の帽子がセット。軍服に似合っている帽子。
当たり前のように皆が被っているのだけれども、その帽子。
(帽子、無かった…?)
何故だか、そういう風に思える。
前の自分が生きた時代にはあった軍隊、其処に帽子は無かったのでは、と。
人類統合軍も、国家騎士団も、前の自分は見ていた筈。けれど帽子が思い出せない。軍服の方は簡単に思い出せるのに。人類統合軍の方は暗い色ばかりで、国家騎士団は赤かった、と。
(なんで…?)
軍服はちゃんと覚えているのに、頭に浮かんでくれない帽子。兵士の頭に帽子はセットで、現に新聞の兵士たち。お遊びの兵士ばかりだけれども、帽子の無い人は一人もいない。
(変だよね…?)
前のぼくの記憶違いだろうか、と新聞を閉じて、帰った二階の自分の部屋。
勉強机に頬杖をついて、帽子を考えることにした。人類統合軍と国家騎士団の帽子のことを。
今では馴染みの兵隊の帽子。新聞で初めて目にした軍服も多かったけれど…。
(兵隊さんには、帽子がセット…)
他の地域の美術館だの、博物館だのを守る警備員。人気が高いから、よく見るのも多い。新聞や本に載っているから。「此処の地域の兵士はこれです」と。
お遊びの兵士でも、必ず被っている帽子。デザインが豊富にあるくらいだから、軍服には帽子がついている筈。何処の兵士でも。
(いくら時代が違っても…)
帽子を被らない軍隊なんて、何処か変だと思うから。
それとも、それは今の自分の感覚だからで、あの時代は普通のことだったろうか…?
まずは帽子、と其処から探ってゆくことにした。兵士に限らず、帽子というもの。頭に乗っける帽子そのものを。
(…帽子って…)
軍隊は無くなった今だけれども、帽子はごくごく当たり前のもの。珍しくはない。男性も女性も被るお洒落なアイテム、ファッションの一部。常に被りはしないけれども。
自分にとっては日よけの帽子。日射しが強い季節になったら、つばの広い帽子を被るもの。
(防寒用だって…)
暖かな毛糸で編んだものとか、フワフワの毛皮がついたものとか。
寒さを防げるシールドがあっても、防寒用の帽子は人気。耳まですっぽり覆うものとか、大人も子供も被っている人が増える寒い冬の日。今の自分も母が被せてくれたりする。
でも…。
(前のぼくの時代に、帽子はあった?)
そこが問題、と手繰ってゆく記憶。あの時代に帽子はあったっけ、と。
(えーっと…?)
思い浮かべたシャングリラ。前の自分が暮らした船。
あの船で皆が着ていた制服、それに帽子はついていなかった。男性も女性も、帽子は無し。前の自分も被ってはいない。頭の上には補聴器だけ。
(補聴器は制服とセットで来たけど…)
目立ち過ぎるのを寄越されたけれど、帽子はついて来なかった。「これを被れ」と、ソルジャー専用の帽子を渡されはしなかった。
(ハーレイも、ゼルたちも被ってないよね…?)
それぞれ特別な制服があったのに、無かった帽子。キャプテンも、それに長老たちも。
他の仲間たちも被っていないし、もしも帽子が無かった時代だったら、軍隊に帽子が無かったとしても…。
(変じゃないよね?)
帽子を被る文化が無いなら、それで当然。兵士たちだって被りはしない。
鍵になるのは帽子だよね、と追ってゆく帽子。前の自分が生きた時代の帽子のこと。
(輸送船から奪った物資に…)
あっただろうか、帽子というものは。混じっていたなら、被った者もいただろう。船の中でも、太陽の光が射さない宇宙船でも、「似合ってるか?」と。制服が無かった頃ならば。
(帽子があったら被るよね…)
きっと被ってみたくなる。好奇心旺盛なゼルやブラウが、「どんな具合だい?」と。
けれど、そういう記憶は無かった。誰も被っていなかった帽子。
(帽子、ホントに無かったわけ…?)
まさか、と否定したけれど。奪った物資に無かっただけで、人類の世界にはあっただろう、と。
そうは思っても、人類軍の兵士たち。帽子がセットの筈の軍服、彼らの帽子を見たという記憶が全く無いのなら。兵士も帽子を被っていない時代だったら、帽子は何処にも無かったとか…?
(マザー・システムが消しちゃった…?)
帽子を被るという文化を。他の多様な文化と一緒に、帽子までをも。
それなら帽子が無くても分かる。マザー・システムが消してしまったのなら。
ただ、消す理由が分からない。帽子があったら困るわけでもないだろうに。
機械が統治してゆく世界に、多様な文化はマズイけれども、帽子は問題無さそうなのに。
やっぱり記憶違いだろうか、と抱えた頭。どうにも思い出せない帽子。人類軍の軍服の帽子も、他にあったかもしれない帽子も。
(…忘れちゃったのかな…?)
それとも本当に無かったのかな、と悩んでいたら、仕事帰りのハーレイが訪ねて来たから。同じ時代を生きていたのがハーレイだから、とテーブルを挟んで向かい合うなり訊いてみた。
「あのね、帽子のことなんだけど…」
ハーレイ、帽子を覚えてる?
「帽子?」
何なんだ、それは。帽子って頭に被る帽子か、あれのことか?
「その帽子だよ。前のハーレイ、被ってた?」
帽子を被ったことはあったの、シャングリラで…?
「いや、無いな。キャプテンの制服に帽子ってヤツは無かったからな」
厨房の帽子も被り損なったぞ、あれが出来た時には、俺はキャプテンだったから。
「そっか、厨房の帽子…!」
あそこにあったね、白い帽子が。みんなが被っていた帽子…。
そうだったっけ、とハーレイのお蔭で帽子の記憶が戻って来た。厨房の者だけが被った帽子。
調理担当のスタッフ用に、と制服が出来た時に生まれた。
前の自分が奪った物資に帽子は一つも無かったけれども、料理をする人は被るから。料理専門の人間が被る帽子はこれだ、と白い帽子が作られた。
(料理する時は、頭に白い帽子で…)
厨房を束ねる仲間の帽子は、デザインが別のものだった。一目でそうだと分かるように。
(あそこに帽子があったんだから…)
人類の世界にも帽子はあった。軍隊に帽子があったかどうかは、ともかくとして。
料理人が帽子を被ったほどだし、マザー・システムは帽子を消してはいなかった。人間が帽子を被っていたって、機械は困りはしないから。統治する邪魔にはならないから。
「やっぱり、帽子はあったんだ…」
「はあ?」
帽子があったらどうかしたのか、俺が来るなり帽子だなんて言い出すし…。
「んーと…。帽子、思い出して来たけれど…」
シャングリラの中では、厨房くらいしか出番が無かっただけの話で…。
アルテメシアだと被ってる人もいたんだっけ、ってハーレイのお蔭で思い出せたけど…。
でもね、とハーレイに投げ掛けた問い。
人類軍には帽子が無かったのでは、と。人類統合軍にも、国家騎士団にも。
「おいおい、物騒な話だな」
俺たちじゃなくて、敵の方の帽子が気になるのか、お前。人類どころか人類軍だなんて。
「だって…。気になるんだもの、人類軍の帽子」
前のぼくも詳しくは知らないけれど…。沢山見たってわけじゃないしね。
アルテメシアでミュウの子供を追っていたのは保安部隊で、人類軍じゃなかったでしょ?
だから軍人は殆ど見ていないんだよ、前のぼく。
軍の大物が視察に来た時の偵察だとか、その程度だし…。変な動きをしないかどうか。
視察の時には、軍人がズラリと並んでいたよ。整列して敬礼。
でも…。いつ見ても、帽子を被った軍人はいなかったから、帽子、軍には無かったかな、って。
キースも被っていなかったしね。
捕虜になっていた時は、ナスカに墜落した時に失くしたっていう可能性もあるけれど…。
メギドでも被っていなかったんだし、帽子、無かったと思わない…?
きっとそうだよ、と言った途端に蘇った記憶。前の自分が目にした帽子。
メギドの制御室に辿り着く前に、それに出会った。帽子を被って薄ら笑いを浮かべる兵士に。
撃たれたんだ、と気付いた背中。帽子を被った兵士たちに。
「痛い…!」
いきなり戻った記憶は痛みを連れて来た。今の自分の背中にまで。
あの時よりかはマシだけれども、悲鳴を上げずにはいられなかった。とても痛くて。
「どうしたんだ!?」
ハーレイが慌てて駆け寄ってくる。自分の椅子から立ち上がって。
「背中…。背中、痛いよ…」
でも前のぼく、と座ったままで身体を丸めた。早く痛みが消えるようにと。
「前のお前って…。背中って、なんだ?」
大きな手が背中を擦ってくれた。「何処が痛むんだ?」と。
「その辺り…。大丈夫、ちょっとビックリしただけ…」
すっかり忘れてしまっていたから、思い出したら、痛かったことまで戻って来ちゃった。
メギドで背中から撃たれたんだよ、後ろなんか見ていなかったから。
…あの時、初めて帽子を見たかも…。ううん、その前にも何人か見たよ、帽子を被った人類軍の人間。国家騎士団の軍服だったから、みんな軍人…。
あれが初めて見た帽子、と話す間に消えていった痛み。「人類軍にも帽子はあったね」と、話の続きをしようとしたのに、ハーレイに「待て」と止められた。
「…帽子だと?」
どんなヤツらだ、お前を撃った帽子を被った兵士というのは…?
痛いのはもう平気なのか、と覗き込んで来た鳶色の瞳。
「もう痛くないよ。…でも、帽子の軍人がどうかしたの?」
ハーレイも帽子が気になるの、と尋ねたら「見せろ」と言われた記憶。背中を撫でてくれているハーレイに。
「帽子のヤツらだ、前のお前を撃ったヤツ」
その記憶、俺に見せてみろ。…気になることがあるからな。顔だけでいい。
「分かった…」
こんなのだった、と思い浮かべた兵士たち。前の自分が振り返って見た、銃を持った兵士。
そうしたら…。
「こんな下っ端に…!」
前のお前は撃たれたのか、とハーレイがギリッと噛んだ唇。「なんてことだ」と。
あまりに酷いと、こんなヤツらがお前を、と。
ただの保安部隊で、階級も一番下のヤツらだ、と辛そうに歪んだハーレイの顔。本当だったら、前のお前の敵ですらない、と。
「こいつらにお前を撃たせたっていうのか、キースの野郎…!」
馬鹿にするにも程があるだろう、これで充分だと思いやがったのか?
こんな下っ端に、前のお前を撃ち殺させるつもりだったのか…!?
最後は自分が出て来たにしても、その前に片付いていれば楽が出来ると思ったんだな、畜生め。
如何にもあいつが考えそうなことだがな…!
「待ってよ、ハーレイ。…キースが嫌いなのは分かってるけど…」
今は帽子の話だってば、そっちの方をちゃんと聞かせて。
ぼくはあの時、初めて帽子を被った兵士を見たんだけれど…。帽子は下っ端が被るものなの?
偉い人は帽子を被っていないの?
「ああ。…前の俺たちの時代にはな」
思い出しちまった、と悔しげなハーレイが取り戻した記憶。時の彼方から。
地球を目指しての戦いの時代に、キャプテンとして得た人類軍についての知識。
キースなんかは帽子を被ったことは無かっただろう、と怒ったハーレイ。ただの一度も、と。
人類軍では、階級が上がれば被らない帽子。
国家騎士団でも、人類統合軍の方でも、そういう制度になっていた。
偉い軍人になればなるほど、遠ざかってゆくのが帽子というもの。軍服を纏っている時は。
キースはメンバーズ・エリートだったし、軍に入った時点でエリート。選ばれた軍人。
最初から階級が上になるから、帽子を被る機会は一度も無かった筈だ、という説明。
普通の兵士は、頭に帽子で始まるけれど。
帽子を被って警備などの仕事、いずれ昇進出来た時には、頭の上から無くなる帽子。
きちんと仕事をしない限りは、帽子の兵士のままなのだけれど。頭から帽子は消えないけれど。
大抵の兵士は直ぐに昇進出来るという。新入りは次々にやって来るから、ヘマをしない限り。
任された仕事を二年ほどもやれば、頭の上から帽子は消える。
「そうだったんだ…」
帽子が無いのが普通なんだね、人類軍は。階級が上がれば無くなっちゃうから。
「そういう制度になってたな。帽子はあったが、被ってる間は下っ端なんだ」
前のお前がアルテメシアで見ていた軍人は全部、そこそこの階級だったってことだ。
視察に来るようなヤツは偉いに決まってるんだし、出迎える方も下っ端だったら失礼だろうが。
下っ端のヤツらは外で警備だ、何かあったら大変だから。
…お前、メギドでマツカに会っているだろう?
帽子、被っていなかったよな、マツカ?
「うん…。急いで走って落としたんでなければ、帽子は無しだよ」
マツカ、被っていなかったもの。…帽子なんかは。
「ほら見ろ。マツカ程度の軍人でもだ、もう被ってはいなかったんだ」
いいか、マツカでも帽子は無しだ。前のお前が出会った時の。
あの時は、キースが転属させた直後だったんだぞ?
それまでの人類統合軍から、国家騎士団の方へとな。…役に立つから。
だが、転属は出来たとしたって、階級までは変わらない。何の功績も無いんだから。
マツカも言わば下っ端なのにな、キースの使い走りをしていた程度の。
後の時代の方はともかく、メギドの時には下っ端の内だ。
ソレイドでキースに出会った時には世話係だった、とハーレイに聞かされなくても分かる。
歴史を変える切っ掛けの一つになったマツカは、歴史の授業で習うから。キースとの出会いは、ジルベスター星系の事故調査に来た彼の世話係になったこと。
其処でキースにミュウだと知られて、けれど命を救われたマツカ。
「…それじゃ、前のぼくが見た帽子の兵士…。ホントに下っ端だったんだ?」
メンバーズ・エリートの世話係もさせて貰えないほど、うんと下っ端…。
「そういうことだな、警備兵レベルのヤツらばかりだ」
配属されたばかりの新人がメギドに来るわけがないし、出世コースから転げ落ちたヤツら。
こいつは駄目だ、とマザー・システムが見捨てたヤツらと言うべきか…。
腕はそこそこ立つんだろうが、利口じゃないとか、射撃しか能が無いだとか。
そいつらがソルジャー・ブルーを撃ったか、下っ端のくせに…!
「痛かったけど、血は出てないよ」
ホントだってば、痛かっただけ。…ちゃんとマントが守ってくれたよ、弾からはね。
「お前の記憶、よく見せてみろ」
撃たれた時のだ、帽子のヤツらに。
「でも…。ハーレイ、怒るよ」
今だって怒っているじゃない。ぼくの記憶を見てしまったら、もっと怒るに決まってる…。
「いいから、俺に見せてくれ。…その時の記憶」
お前のことは知っておきたいんだ、あの時、メギドで何があったか。
聞いちまったら、気になるだろうが。
お前がどんな思いをしたのか、どんな目に遭っていたのかと。…俺の知らない所でな。
お前は戻って来なかったから、と鳶色の瞳に深い悲しみが揺れるから。知りたいと思う気持ちが痛いほど伝わって来るから、「其処だけでお願い」とハーレイに頼んだ。
「…後ろから撃たれた所だけ。ぼくが後ろを振り向くトコまで」
他は見ないで、それならいい。
其処しか見ないで終わりにするなら、ぼくの記憶を覗いてもいいよ。
「何故だ?」
ほんの一瞬しか見せないだなんて、どうしてそういう注文をつける?
お前の苦しさも辛さも痛みも、何もかも俺は見ておきたいのに。
「…もっとキースが嫌いになるから。今よりも、もっと」
ハーレイ、悲しむに決まっているから…。他の所まで見ちゃったら。
ぼくのサイオン、今は不器用になってしまって、遮蔽したくても出来ないんだよ。他の記憶を。
だから、ハーレイが他のも見ようとするんだったら、見せられないよ。
見ないって約束してくれるんなら、見てもいい。…ホントに、其処だけ。
「そういうことか…。お前が辛くなるんだな」
見ちまった俺も辛くなるだろうが、それを見せちまったお前の方も。
それなら、見ないと約束する。
お前が辛い思いをするのは、俺だって御免蒙りたいしな。
だが、其処だけは頼む、とハーレイが絡めて来た手。「お前の記憶を見せてくれ」と。
ハーレイは約束してくれたのだし、意識して思い浮かべた記憶。撃たれた時の。ハーレイが息を飲むのが分かって、褐色の手が直ぐに離れていって。
「お前、これは…。血は出てなくても、相当キツイぞ」
マントが弾を止めたか知らんが、背中に食い込む勢いじゃないか。
くっきりと痕がついたんじゃないのか、お前の背中。肋骨にヒビも入ったかもな。
俺でさえ痛いのが分かるんだ。記憶を覗き込んだだけでも。
「そうだと思うよ、倒れちゃってたでしょ?」
背中から突き飛ばされたみたいな感じ。今のぼくなら気絶してるよ、あれだけで。
メギドの制御室には辿り着けなくて、あの兵士たちに生け捕りにされてしまいそう…。
「まったくだ。今のお前なら、そうなるだろうな」
前のお前でも、ダメージを受けた筈なのに…。起き上がるのも辛かったろうに。
それなのに、無茶をしやがって…。
あんな目に遭っても先に進んで、挙句にキースに撃たれちまって…。
「いいんだよ。…前のぼくの役目だったもの」
ぼくしかメギドを止められないなら、頑張って進むしかないじゃない。倒れていないで。
「あんな下っ端に撃たれてもか?」
キースならともかく、帽子を被っているようなヤツに。
「シールドを展開できなかった、ぼくが悪いんだよ」
きちんとシールド出来ていたなら、撃たれたって弾は届かないんだし…。
よく考えたら、それまでにも帽子の兵士に出会って、弾を止めては進んでたんだし。
「お前なあ…」
自分のミスだと言い出す所が、お前らしいと言うべきか…。
あいつらはキースが差し向けた兵士で、お前を殺すのが仕事だったというのにな…。
何処まで人がいいんだか、とハーレイは呆れた顔だけれども。溜息も零しているけれど。
「とはいえ、あいつらは倒したんだな?」
俺はお前に言われた通りに、振り向く所までしか見てはいないが…。
お前が先に進めたんなら、あの兵士どもは倒して行ったということだよな…?
「そう…。相手をしている暇はないから」
思い切り、サイオンをぶつけちゃった。手加減もせずに。
可哀相にね、きっと死んじゃったと思う…。人類はシールド出来ないんだもの。
「お前の方がよっぽど可哀相だ!」
殺すのが仕事の警備兵とは違うだろうが!
前のお前は守るのが仕事で、そのためにメギドまで行って…。
メギドを止めようとしていただけでだ、人類を殺そうとしたわけじゃない。
そんなお前を撃つ方が酷い。
ただでもフラフラの身体だっていうのに、背中から狙い撃ちをするなんてな。
酷いヤツらに同情は要らん、とハーレイがまた怒り出しそうだから、「大丈夫」と止めた。もう過ぎ去った過去のことだし、メギドはとうに消え去ったから。
「平気だよ、ぼくは。…前のぼくじゃなくて、今のぼくはね」
メギドはとっくに無くなっちゃったし、今はとっても平和な時代。
宇宙の何処にも戦争は無くて、人類統合軍も国家騎士団も、どっちも何処にも無いんだから。
軍人なんかは一人もいないよ、だからホントに大丈夫で平気。
だけど、帽子で思い出すなんて…。あの時のことを。
いきなり思い出しちゃったせいで、背中、とっても痛かったよ。…前のぼくよりマシだけど。
「とんだ目に遭ったな、きっと楽しく帽子を考えていたんだろうに」
俺に会うなり、帽子の話を始めちまうほど。
前の俺たちが生きた時代に、帽子ってヤツはあったのか、ってな。
「…いいんだってば、そっちだって」
最初から兵隊さんの帽子だったし、ぼくは答えを貰っただけ。
「兵隊って…。なんでまた、帽子で兵隊なんだ?」
何処からそういう話になるんだ、お前、いったい何をしたんだ?
「新聞に載っていたんだよ。今の時代の兵隊さんが」
本物の兵隊さんじゃないけど、色々な軍服の人がいるでしょ、いろんな所に。警備員の人とか、観光ガイドの人だとか…。兵隊さんの格好の人。
いろんな服があるんだよね、って見てたら、どれにも帽子がセット。
人類統合軍とかの軍服の人もいるのかな、って考えていたら、そこから帽子になっちゃった。
前のぼくが覚えていなかった帽子、と笑ってみせた。国家騎士団の帽子は忘れていた、と。
「それでね、兵隊さんには帽子がセットみたいだから…」
人類軍に帽子が無かったんなら、帽子そのものが無かったのかな、って思ってたんだよ。
軍服に帽子が無いくらいだから、あの時代は帽子が無かったかも、って。
「なるほどなあ…。今の時代の兵隊の帽子か」
お前の言う通り、色々な軍服やセットになる帽子があるんだが…。
あの軍服を本物の軍人が着ていた時代だったら、帽子ってヤツは被ってる方が偉いんだよな。
前の俺たちの頃と違って。
「ホント?」
被っている方が偉いって言うの、前のぼくたちの頃は、偉いと帽子無しなのに…。
軍に入ったばかりの人とか、下っ端しか被っていなかったのに。
「それが昔は違ったんだな、SD体制が始まる前は」
どのくらい前の時代までかは、俺も調べちゃいないんだが…。
今あるような兵隊の服が、ちゃんと使われていた時代。その頃だったら、帽子は必ず被ってた。
そして階級が上がっていったら、立派な帽子になっていくんだ。
帽子についてるマークが別のヤツになるとか、帽子の形がまるで違うのになるだとか。
時代は変わっていくってことだ、とハーレイが指した自分の頭。「帽子は大事だ」と。
SD体制よりも前の時代の人間が見たら、人類統合軍や国家騎士団の軍人たちは誤解されると。
帽子を被った下っ端の方が階級が上で、被っていなかった軍人たちより偉いんだ、と。
「なにしろ、帽子をしっかり被ってる上に、あの帽子…」
地球の紋章が入ってたしなあ、軍に所属しているって印になるだろ?
紋章入りの帽子を被れるわけだし、被っていないキースなんかよりも遥かに偉い軍人だ。
軍人は帽子を被るもんだ、という時代に生きてた人間が見れば。
「へえ…!」
凄いね、帽子があるか無いかで変わる所は同じだけれど…。
被っている方が偉い時代もあったんだ…。今の時代の兵隊さんの服が本物だった頃には。
「価値観の違いと言うべきなのか…。面白いよな、帽子一つで」
だからだ、お前も昔の人の考え方を取り入れておけ。
前のお前を撃ったヤツらは下っ端じゃないと、偉かったんだと。
キースなんかは帽子無しだし、話にならん。
帽子を被った偉いヤツらとも戦ったんだ、と思えば少しは楽しいだろうが。
偉い兵士どもを倒したんだし、と貰った慰め。「もう気にするな」と。下っ端の兵士に撃たれたことは不幸だけれども、過ぎたことだから考え方を変えるといい、と。
「俺の方でも、そう思っておくことにするかな。…腹が立った時は」
キースの野郎、と頭に来たら、「帽子も被れない階級のくせに」と馬鹿にする、と。
前のお前を撃ったヤツらも、思い出した時は「帽子を被った偉いヤツら」と考えれば…な。
人生、気の持ちようってヤツが大切だから。
「じゃあ、ハーレイはそうするといいよ」
ぼくはね、そんなの、どっちでもいい。今はとっても幸せだから。
思い出しちゃったせいで背中が痛かったけれど、今は少しも痛くないから。
「そうなのか?」
強いな、お前。…チビでも、やっぱりソルジャー・ブルーか…。
前のお前のことに関しちゃ、前のお前になれるってことか。弱虫じゃなくて、強いお前に。
「ちょっとだけね。…ほんのちょっぴり」
それに前のぼくだって、ホントはそんなに強くなかったよ?
何度も泣いたの知っているでしょ、前のハーレイしか知らないけれど。…泣き虫だったことは。
メギドでも泣きながら死んじゃったんだし、ホントに弱虫。
帽子を被った兵士に撃たれたことだって、きっと、弱虫だから忘れちゃったんだよ。
こんなに痛いのは嫌だ、って。…忘れちゃった方が痛くないよ、って…。
兵士の帽子は、すっかり忘れていたけれど。思い出しさえしなかったけれど、前の自分が生きた時代にも帽子はあった。人類軍にも、人類の世界にも、シャングリラにも。
背中が痛かったのは嫌だけれども、帽子の記憶が戻って来たから。
「えっとね…。前のぼくはハーレイの帽子を見ていないから…」
いつか見たいよ、帽子を被ったハーレイを。…あの時代に見られる筈だったヤツを。
「あの時代って…。キャプテンの制服に帽子なんかは無かったぞ?」
セットで作った帽子がちゃんとあったのに、俺が被らずに放っていたなら、話は分かる。
丈の長いマントを持っていたくせに、一度も使わなかったというのが前の俺なんだからな。
放っておいたキャプテンの帽子があってだ、そいつを被った俺を見たいのなら分かるんだが…。
そういう帽子は無かった筈だぞ、俺の記憶は其処までぼやけちゃいないってな。
「キャプテンのじゃなくて、厨房のだよ」
厨房には帽子があったけれども、ハーレイが厨房の責任者だった頃には無かったから…。
もしもあの頃に厨房用の帽子があったら、ハーレイ、被った筈なんだから。
「うーむ…。俺にそいつを被れってか?」
今の時代も売っているしな、あの頃のと変わらない帽子。
それを買って来て、家で被って、キッチンで料理をしろと言うのか…?
「ハーレイ、似合うと思わない?」
ああいう帽子も、ハーレイに。
きっと絵になると思うんだけどな、おんなじように料理をしてても、帽子があれば。
「…まるで嫌いでもないけどな。料理人の帽子」
前の俺たちの頃と同じタイプの帽子も好きだし、今の時代ならではのヤツも好きだぞ。
寿司職人とかが被っているヤツ、あれもなかなか粋だろうが。
料理しながら、ちょいと被りたい気になる日だってあるもんだ。料理人の帽子。
「やっぱり…!」
今のハーレイも、料理は得意なんだもの。前よりも色々な料理を作れるんだし、ああいう帽子を被る資格はあると思うよ、絶対に。
帽子が無い方が偉い軍人の時代もあったし、帽子、無しでもいいんだけれど…。
頭に帽子を被ってなくても、凄い腕前の料理人かもしれないけれど。
被って欲しいな、前のぼくは見られなかったから。…ハーレイの頭に、厨房の帽子。
いつかハーレイに被って欲しいと思い始めた、料理人の帽子。
シャングリラで厨房の者たちが被った、今の時代もある真っ白な帽子。どうせだったら、厨房の最高責任者。一目でそうだと分かるのがいい、あれをハーレイに被って欲しい。
懐かしく思い出したから。
(ハーレイがあのまま厨房にいたら、あの帽子、被ったんだもの…)
そうでなければ、もっと早くに厨房用の白い帽子が出来ていたとか。
前の自分は見損ねた帽子、ハーレイが被る料理人の帽子。それを見られたら、きっと幸せ。
(ホントに被って欲しいな、帽子…)
板前さんとか寿司職人のも似合いそうだよ、と広がる夢。見てみたいよね、と。
新聞で眺めた兵士の帽子は、怖い思い出を連れて来たけれど、幸せな記憶も拾ったから。
「ハーレイ、帽子、被ってくれない?」
シャングリラにも帽子はあったんだもの。…厨房の帽子で、ハーレイは被り損なっただけ。
時期がズレてたら被れた筈だよ、でなきゃキャプテンになってないとか。
ホントに見たいな、ハーレイがああいう帽子を被って料理する所を。
「料理人の帽子か…。一応、考えておくとするかな」
お前、本気で見たいようだし…。俺も被りたい気持ちはあるし。
そうだ、帽子の話の切っ掛けになった兵隊の帽子。…そいつも俺と見に行くか?
色々な所で見られるからなあ、衛兵交代式とかな。城じゃなくって博物館とか美術館だが。
「そっちも見たいよ、いろんなのを」
あちこち旅して、兵隊さんを見て、ついでに名物料理も沢山。
好き嫌いを探しに旅をしながら、兵隊さんの服も一杯見ようね、写真も撮って。
美味しい料理を見付けた時には、作り方を覚えて再現してね、と強請ったら。
「任せておけ」と頼もしい返事が返って来たから、料理人の帽子も被って欲しい。
いつか二人で暮らし始めたら、ハーレイの頭に真っ白な帽子。
シャングリラの厨房にあった料理人の帽子で、最高責任者の印の帽子。
それを見ながら、素敵な料理が出来るのを待つ。
今は平和な時代だから。飾り物の兵隊の頭に帽子があるのは、当たり前の時代なのだから。
前の自分たちが生きた頃には、帽子は無いのが偉かったけれど。
帽子を被った兵士がいたなら、下っ端だった時代だけれど。
それに出会って酷い目に遭って、けれども今では、幸せな自分。
ハーレイと二人で地球に来たから。
青い地球の上に生まれ変わって、いつまでも、何処までも、一緒に歩いてゆけるのだから…。
兵士の帽子・了
※前のブルーをメギドで背中から撃った、帽子を被った兵士。あの時代の帽子は下っ端のもの。
時代が変わると、帽子も変わってゆくのです。昔なら、帽子を被っていないキースは下っ端。
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