シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
マザー、年中無休のソルジャー補佐です。お正月といえども休暇なし。元日から青の間に出勤しなくてはなりません。でも新年早々、ソルジャーにお会いできるのは役得ですね。シャングリラの全員に新年の挨拶をするためにブリッジに行かれるソルジャーのお供をするのです。うふ。
「ソルジャー、あけましておめでとうございます」
青の間のエレベーターを降り、深々とお辞儀をして部屋の中心部へ向かおうとした私ですが。
「…ソルジャー!?」
「ああ、おめでとう。…この格好はやっぱり変かな」
なんとソルジャーは羽織袴で正装なさっておいででした。足袋と草履も履いておられます。いつもの、あの神々しいソルジャー服はいったい何処へ消えたんでしょう?
「ぶるぅが…お正月にはこれがいい、と暮れに買ってきてくれたんだが」
「ブルー、とっても似合ってる。…似合わないと思うヤツがいたら、片っ端から噛んでやるから!」
コタツに座った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がジト目で私を見ていました。いえ、ソルジャー、とてもお似合いでいらっしゃいます。ただ、ちょっとビックリしただけで…。意外だったものですから…。
「そうか。変でないなら構わないんだ。じゃあ、ブリッジに行こうか。…ぶるぅはどうする?」
「…ぼく、ブリッジは…ちょっと…。ここで待ってる」
そうでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はブリッジが苦手だったんでしたっけ。
「ぶるぅ、お雑煮はぼくが戻ってからだから。お腹が空いたらミカンでも食べて待っておいで」
「ううん。年越し蕎麦を沢山食べたし、大丈夫だよ」
青の間のコタツで爆睡したまま年を越してしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、ソルジャーが羽織袴に着替えをなさる間に部屋に戻ってお風呂と歯磨きを済ませてきたようです。こっちは羽織袴は着ていませんが。…私はミュウの制服姿でソルジャーとブリッジに向かいました。あぁぁ、振袖でお供したかったなぁ…。
ブリッジに着くとソルジャーは中央にお立ちになり、スクリーンに向かって新年の挨拶をなさいました。羽織袴の映像がシャングリラ中に中継されているので、あちこちで歓喜の思念が上がっています。長老方のお言葉によると、ソルジャーが和服をお召しになるのは数十年前の夏の阿波踊り以来だそうです。
「ぶるぅが羽織袴を、ねぇ…。なんだってそんなもの思いついたんだか」
「七五三の子供でも見たのかもしれない」
「わしは年末のテレビCMのせいじゃと思うぞ」
「…結婚式かもしれませんわ」
こそこそと話し合っておられる長老方でしたが、真相は「そるじゃぁ・ぶるぅ」しか知りませんし…きっと教えてはくれないでしょう。でもソルジャーは絶対ご存知で、お召しになった理由はもしかして…遊び心?
「…ぼくの挨拶は終わったよ。ハーレイ、後はよろしく頼む。…みんなが来るのを待っているから」
年頭の挨拶を終えられたソルジャーは長老方に「おせちを一緒に」と声をかけてブリッジを出てゆかれます。お雑煮はご一緒なさるわけではないようですね。
「ああ、お雑煮はみんな、それぞれの好みがあるから。…一応、標準メニューはあるんだけれど」
そうなんですか?でも私、お雑煮の好みを聞かれた覚えがないんですけど。
「君の家には定番がなかったんだろう?だからぼくと同じにしておいたんだが…いけなかったかな」
あ。そういえば私の思考はソルジャーに筒抜けでしたっけ。ソルジャーと同じお雑煮なら光栄です!
「それはよかった。じゃあ、ぶるぅも一緒に食べることにしよう」
リオさんが青の間のコタツに運んできた三人前のお雑煮は、立派な漆のお碗に入っていました。
「ぼくはお雑煮は徳島風と決めている。理由は分かっているだろう?」
「はい、阿波踊りと同じですね。徳島県は特別なんですよね」
「そのとおりだ。白味噌仕立てで焼き丸餅と大根、サトイモ、人参に青菜。これだけは外せない」
おっかなびっくり食べてみた徳島風のお雑煮は意外に美味しいものでした。私が育った家ではお雑煮の定番はなくて、毎年、ママが雑誌の特集を眺めては「今年はこれ!」と勝手に決めていたんです。白味噌の年もありましたけど、お餅は焼いてなかったような。…ソルジャーはもう長いこと徳島風のお雑煮なんでしょうね。
「おかわり!」
私の感慨をブチ壊したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声でした。リオさんが簡易キッチンに消え、おかわりを入れたお碗を持って戻ってきます。ブリッジに行っている間に、お鍋などが運び込まれていたのでしょう。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が散々おかわりをしている間にソルジャーは隠し部屋でソルジャー服に着替えてしまわれました。
「着慣れないものは肩が凝る。…この後、麻雀大会もあるし」
「でも…お似合いでしたのに…」
「特に誰が見るわけでもない」
いいえ、私が見たいんです~!…という心の叫びはソルジャーにしっかり無視されました。同じお雑煮を食べられただけでもラッキーと思うしかないみたいですね。
「ああ、徳島風ならまだ普通だよ。…シャングリラの皆のお雑煮はバラエティーに富んでいるからね」
え。いったいどんなのがあるんでしょうか?
「たとえばゼルは餡餅雑煮だ。…ハーレイが振舞われて苦しんだ年があったっけ」
甘いものが苦手なキャプテンに餡餅雑煮。ゼル様も無茶をなさるようです。…そんなお話を伺っている間に、フィシス様がいらっしゃいました。続いて長老方。お雑煮は片付けられ、おせちが二つのコタツの上に並びます。
「ぶるぅが買って来てくれた『地球に一番近い店』のおせちだ。皆、堪能してくれたまえ」
お屠蘇もそこそこに、豪華なおせちが次々と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の胃袋に…消えたりはしませんでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーにおせちを楽しんで欲しかったみたいです。遠慮がちに少しずつ取り分けている「そるじゃぁ・ぶるぅ」はとても可愛く見えました。本当にソルジャーのことが好きなんですね。 コタツに入りきれなかった私もお相伴にあずかり、座布団に座って頂戴しました。美味しかったです、限定おせち!
さて。おせちの後は休憩を挟んで、いよいよ麻雀大会です。ブラウ様がまず出されたものは。
「どうだい、このネズミ耳!…エラが頑張って作ったんだ。可愛いだろう、白ネズミだよ」
白いカチューシャに大きな丸いネズミ耳が二つ。白いフワフワの生地で出来ていて、耳の内側はピンクのフェルトになっています。バランスもよく、子供が着けたらよく似合いそう。でも…。
「…本当に負けた者がこれを着けるのか?3日間も?」
「そうだよ。なんか文句あるかい、ハーレイ?…どうせなら凄いものを賭けなきゃね」
「…ううむ…」
「誰に当たっても似合うように白い耳にしたんだよ?…ドブネズミの方が好みだったなら謝るけどさ」
カチューシャを披露し終わったブラウ様は麻雀パイが入った箱をポン、と叩いておっしゃいました。
「それじゃ面子を決めようか。まずは2卓に分かれて半荘だ。その後、順位決定戦で更に半荘。いいね?」
私はサイオンを使ってズルをする人が出ないよう、ギャラリーを兼ねて見回りをする役目だそうです。どなたがネズミ耳を着ける羽目になるのでしょうか。…やっぱりソルジャーで見てみたいかも?
最初の面子はキャプテン、フィシス様、ヒルマン教授、「そるじゃぁ・ぶるぅ」で1卓。ソルジャーとブラウ様、ゼル様、エラ様で1卓。場所決めの後、ガラガラと麻雀パイがコタツの上でかき混ぜられて、勝負開始。私、麻雀はよく分からないのですが…「チー」とか「ポン」とか「カン」の掛け声と共に熱い戦いになっているようです。
「あ、それ。…ロン!」
誰かがアガる度に点棒が右へ左へと移動していき、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が座っている卓ではフィシス様の点棒が飛びぬけて多く、ソルジャーの卓ではブラウ様が優位。そうこうする内に半荘が終了し、点数を集計してみると…。
「おやおや。こいつはかなり凄いことになるかもねえ…」
1位はフィシス様、最下位は…なんとソルジャーでした。順位決定戦は今の卓の1、2位同士と3、4位同士を集め、その中で1~4位、5~8位を決めるというのですから…ソルジャーが最下位になってしまわれるかもしれません。最下位を競う(?)卓の面子はキャプテンとゼル様、それにソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「…ソルジャー…。一人勝ちして申し訳ありません…」
「なぜそう思う、フィシス。いいパイだけを選べる麻雀などありはしないさ」
フィシス様が消え入りそうな声でおっしゃいましたが、ソルジャーはまだまだ余裕です。ブラウ様、エラ様、ヒルマン教授と卓を囲むことになったフィシス様に「大丈夫」と優しく微笑んでらっしゃいますが、本当に大丈夫なんでしょうか?
「ソルジャー。わしは遠慮はせんぞ」
ガラガラとパイをかき混ぜながら、ゼル様は真剣そのものでした。
「ネズミ耳なぞ着けてたまるか。あんなのは髪の毛が無いと似合わんのじゃ!!」
「私だってごめんです。…このいかつい顔に似合うとでも?」
キャプテンも額の皺を更に深くしてパイをかき混ぜておられました。お二人とも熱くなっておいでですけど、そのおっしゃりようではネズミ耳の行き先として妥当な人物は、この卓では残り二人しか…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はともかく、ソルジャーにネズミ耳。普段のお二人なら間違ってもソルジャーにネズミ耳を押し付けたりなさらないでしょう。でも今日はお正月気分で非日常モード全開です。ソルジャー、頑張って下さいませ~!…でも見たいかも、ネズミ耳。
「…とうとう南3局になってしもうたか。ソルジャー、わしは絶対負けんぞ!」
「どうかな。ぼくだってまだチャンスは十分にあるからね」
勝負はソルジャーとゼル様の最下位争いになっていました。一発逆転を狙っておられるソルジャーは凄い点数が入る役満なるものを目指されるしかないそうです。なのに南3局でもソルジャーにツキはありませんでした。残り1局。今度こそ、とソルジャーが焦っておられるのが分かります。ギャラリーの特権で後ろからソルジャーのパイを覗いていると、ソルジャーは『西』と書かれたパイをお捨てになりました。その瞬間。
「ロン!!!」
ソルジャーは『国士無双十三面待ち』とかいうダブル役満を狙っておられたゼル様に思い切り振り込んでしまわれたのです。えっと…それって、どうなるんですか…???
「…ソルジャー、お気の毒ですが…どうやらあなたが最下位のようです」
キャプテンが宣告なさいました。が、ソルジャーは赤い瞳でキッと睨みつけて。
「まだ12時になってない。…シャングリラでは午前0時までにオーラスすれば西入は確実…」
「何年前のルールですか、それは」
「あなたがおっしゃったのですぞ!…もう年だから一荘はキツい、と!それを今更!!」
何がなんだか分かりませんが、ソルジャーは延長試合をしようとなさったみたいです。で、キャプテンに呆れられ、ゼル様に叱られておられる、と。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコしながらネズミ耳を持ってきました。
「ブルー、これ。…着けるんだよね。補聴器と一緒に着ける?それとも補聴器、外しておく?」
「…そ…それは…。ちょ、ちょっと待ってくれ、ぶるぅ…!」
ソルジャーがひきつった顔でコタツから逃げようとなさった時。
「おや、そっちの勝負も終わったのかい。…ネズミの耳は誰に決まった?」
ブラウ様の楽しげな声が聞こえました。ブラウ様、優勝されたみたいです。
「…ソルジャーです」
「ソルジャーじゃ!!」
キャプテンとゼル様の声が同時に上がり、ブラウ様がサッと走っておいでになりました。
「なるほど。で、逃げようとなさってたわけだ。…あたしが優勝したからには逃がさないよ、ソルジャー!ぶるぅ、さっさとつけちまいな。どうせ青の間から出ないんだから、構わないだろ!!」
それから3日間、ソルジャーの頭には白いネズミの耳がくっついていました。ブラウ様に後押しされた「そるじゃぁ・ぶるぅ」にくっつけられた時は補聴器をしておいででしたが、その後、鏡を御覧になったソルジャーは「似合わない」ことに気付かれたらしく。翌日、私が青の間に出勤すると補聴器はなくて白いネズミ耳だけでした。
「…まったく…。なんでこんなことに…」
「自信がおありになったんですか?」
「もちろんだ。どうしてあんなに負けたのか分からない。…まるでパイを読まれているようだった」
3日の間、青の間には長老方が何度もおいでになりました。用事もないのにコタツに座って、お茶を飲んでいかれます。視線の先には決まってソルジャーの頭上の…ネズミ耳。補聴器がなくてもソルジャーは会話にはお困りにならないようで、思念で話す必要はありません。もしかしたら思念を拾っておられるのかも。
「パイを読まれる…って、サイオン禁止でしたよね」
「ああ。だから読まれる筈がないんだが、読まれたとしか…。でも、ぼくのパイを読むには相当なサイオンが…」
そこへ。
「かみお~ん♪」
ご機嫌な歌声と共に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやって来ました。そういえば、あの日の麻雀大会には…。
「ブルー、ほんとに似合うね、それ」
「…ぶるぅ…」
ソルジャーの瞳が「そるじゃぁ・ぶるぅ」をピタリと捉え、声ではなく思念が響きました。
『ぶるぅ、お前の心を見せろ』
「ブルー!?」
『…そうか、やはりお前の仕業か…!』
次の瞬間、ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を両手でガシッと捕まえ、私に命令なさったのです。
「この耳を外して、ぶるぅに付けろ。ぼくの手牌を対戦相手の意識の下に流していたんだ」
「ええっ!?」
「意識してない情報だから、みんな実力で勝ったと思ってる。ぶるぅが別の卓にいた時から、延々とやっていたらしい。ぼくが気付かなかっただなんて…。ぶるぅのサイオンを甘く見ていた。さあ、耳を」
「は、はいっ!…そういうことなら…!」
私はソルジャーの頭のネズミ耳を外し、暴れている「そるじゃぁ・ぶるぅ」にくっつけました。同時にキン、と青いサイオンの光が走って「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭のネズミ耳を包んだかと思うと。
「…ぶるぅ。それ、小正月まで外れないようにしたからね。小正月…つまり15日だ」
「えぇぇっ!!ひどいよ、ブルー!」
「…当然の罰だ」
そういうわけで「そるじゃぁ・ぶるぅ」は15日までネズミ耳の刑になりました。ソルジャーが大負けなさるように仕向けたのですから当然ですが、新年早々、凄い悪戯をしたものです。ソルジャーにネズミ耳、3日間。おかげで素敵なソルジャーが見られましたけど…ソルジャーのお怒りはもっともですよね。
そして数日後。ソルジャーは風邪で寝込んでしまわれました。青の間にウイルスを持ち込んだ犯人は外出が趣味の「そるじゃぁ・ぶるぅ」しかないのですけど、ソルジャーは「ぼくの身体が弱いせいだ」とおっしゃっただけで、ドクターが「冬の間は出入り禁止になさった方が」と進言されても、お聞き入れにはなりませんでした。
「…ぼくが寝ている間に、ぶるぅが来ても…叱ってはいけないよ」
お熱が一向に下がらないのに、ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を庇ってばかりおられます。でも。ソルジャーにネズミ耳を着けさせた挙句(見られたのは嬉しいですけど)、風邪まで持ってきたんですから…ソルジャーがお休みになってらっしゃる間に来たら、文句の一つも言ってやらないと、と思っていると。
「ブルー!!」
ああぁ、早速来ましたよ。ソルジャーが寝込んでらっしゃるというのに、もう少し静かにできないんでしょうか?
「ブルー、風邪だって?…大丈夫!?」
頭に白いネズミ耳をくっつけたままの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパタパタとベッドに向かって走ってきました。例によって外出帰りらしく、コンビニの袋を提げています。ああ、またしても風邪のウイルスが…。
「ぶるぅ…。平気だよ、少し熱っぽいだけだから」
「ほんと?これ、お見舞いに買って来たよ。風邪にはプリン!!」
ネズミ耳の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニッコリ笑って差し出したのはコンビニ・デザートのプリンでした。他にも袋の中に一杯、色々な種類のプリンが入っているようです。壷プリンとかプッチン・プリンとか…。
「ありがとう、ぶるぅ。…じゃあ、1個食べてみようかな。プリンくらいなら食べられそうだ」
朝から何もお召し上がりになってらっしゃらなかったソルジャーでしたが、プリンはお食べになりました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は他のプリンを簡易キッチンの冷蔵庫に入れ、のんびりコタツに座っています。
「ぶるぅ、とっても美味しかったよ。…ぼくは眠るけど、ゆっくりしておいで」
そうおっしゃってお休みになったソルジャーは、さっきまでより楽そうな寝息をたてておいででした。プリンが効いたのかもしれません。一日も早く全快なさいますように…。
マザー、質問です。ネズミ耳の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が自信たっぷりに言った「風邪にはプリン!」という言葉ですけど、プリンは風邪に効くのでしょうか。だったらソルジャーには当分の間、毎食、プリンを召し上がっていただかないといけません。…厨房に連絡するだけの価値はありますか、マザー?