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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラのし上がり日記・番外編」の記事一覧

  ※2008年ぶるぅお誕生日記念の短編です。




マザー、シャングリラに拾われてから一年が経ったソルジャー補佐です。年中無休の職場ですけど、ソルジャーのお役に立てるのならば休日返上なんて大したことではありません。いえ、ソルジャーのお顔を拝見できるだけで幸せ一杯、毎日が祝日みたいなもので…。そうこうする内にシャングリラの冬の一大イベント、クリスマスの日が近づいてきました。私がここへやって来たのは一年前の今頃でしたっけ…。

「もうすぐ二歳になるというのに、ぶるぅの悪戯は止まないようだね」
ソルジャーがフゥと溜息をつかれました。冬の訪れと共に青の間にコタツが再登場し(夏の間はコタツ布団が片付けられて座敷机風になっていたのです)、そこに座っておられます。向かい側で渋い顔をしておられるのはキャプテンでした。お出しした昆布茶にも、キャプテンがお好きな塩煎餅にも手をおつけにはなりません。
「ソルジャー、ぶるぅを叱ることができるのは貴方だけです。シャングリラに浮かれた空気が漂ってくると、悪戯も激しくなるようで…。夏の阿波踊りシーズンが凄かっただけに、クリスマス前はどうなることかと、もう心配で心配でたまりません」
考えただけで胃薬の量が増えそうです、とキャプテンは胃の辺りを押さえて仰いました。阿波踊りというのはソルジャーがお始めになったシャングリラの年中行事で、夏に行われる盆踊り大会みたいなものです。日頃から劇場で練習を欠かさない勝手連の皆さんはもちろんのこと、各部署ごとや気の合う仲間同士で『連』と呼ばれるグループが組まれ、丸4日間、至る所で熱い踊りが繰り広げられるのでした。模擬店も出ますし、それは賑やかな催しで…。
「確かにぶるぅは雰囲気に飲まれ易いかもしれないな。まだ子供だし、そんなものではないかと思うが」
「ですが、ソルジャー! 阿波踊りの練習が始まってから本番までの悪戯っぷりは本当に酷く、なまじサイオンが強力なだけに神出鬼没で泣かされました」
「ああ、お前も頭の上で派手に踊られた一人だったな」
「笑いごとではありません。皆が見ている前で金縛りにされ、半時間近くも踊りまくられたせいで翌日は腰が…」
そうでした。キャプテンは御自慢の阿波踊りを披露なさっている最中に犠牲になってしまわれたのです。運悪く腰を落とされたところで金縛りに遭い、無理な姿勢を強いられた結果は酷い腰痛。確かゼル様は同じ目に遭ってギックリ腰を患われたとか…。
「ともかく、ぶるぅは祭りとなると悪戯せずにはおれないのです。ヤツの悪戯は浮かれ気分に正比例します。…悪戯癖が直らないまま、またクリスマスが来るかと思うと…」
「クリスマス前の悪戯だったら、去年で経験済みじゃないか」
「それを仰るのなら、去年の阿波踊りシーズン前はどうでしたか? 今年ほど酷くはなかったように思うのですが」
「まだまだ子供だったからねぇ」
のんびりとお答えになるソルジャーでしたが、キャプテンは眉間に皺を刻んで。
「その通りです。ぶるぅは成長しているのです! 身体が成長しない分だけ、知恵が回るようになりました。どうすれば皆がビックリするか、そればかり考えて日々確実に成長を…」
「いいじゃないか。閉ざされた世界の中では、時に刺激も必要だよ」
「それは時と場合によります。私はシャングリラのキャプテンとして、皆に平穏なクリスマス・シーズンをプレゼントしたく…」
「天には栄え、か…」
そしてソルジャーが口ずさまれたのはクリスマスの賛美歌の一つでした。
「天(あめ)には栄え 御神にあれや 地(つち)には安き 人にあれやと…。つまり、クリスマス・シーズンくらいは平和が欲しいというわけだな」
「そのとおりです。それを実行できる力をお持ちなのはソルジャー、あなたお一人だけなのですから」
「やれやれ…。長老5人を代表しての直談判か。分かった、少し考えてみる」
あまり期待をしないように、とソルジャーは念を押されましたが、キャプテンは晴れ晴れとしたお顔になって。
「いいえ、あなたなら良い考えをお持ちの筈です。よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げると、おいでになった時よりも軽い足取りでスロープを下ってゆかれたのでした。悪戯が生き甲斐のような「そるじゃぁ・ぶるぅ」。その悪戯を封じ込めるなんて、そんなこと、果たして出来るのでしょうか…?

キャプテンが心配なさったとおり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯は増加する傾向にありました。クリスマスまで一ヶ月以上あるんですけど、シャングリラには既にクリスマスの雰囲気が溢れています。クリスマス・カードの見本が配られてきたり、公園にクリスマス・ツリーとイルミネーションが飾り付けられて毎晩華やかに輝いていたり…。浮かれ気分の船のあちこちで起こる小さな騒ぎは、いつも「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「昨日は5人噛まれたそうだ」
青の間に出勤すると、ソルジャーが昨日の被害者の数を仰います。噛まれた人の他にも悪戯された人が何人もいて、苦情処理は全てキャプテンの仕事。これではクリスマスまでにキャプテンが胃潰瘍になってしまわれるかも…。なんとか打つ手は無いものだろうか、とソルジャー補佐なりに考えましたが、名案はありませんでした。
「今日も朝一番に悪戯の苦情がハーレイの所へ持ち込まれた。…明日から十二月になるんだったね」
「はい、そうです」
「ではハーレイに頼まれたことを実行しようか。…ぶるぅ!」
ソルジャーが何も無い空間に呼びかけられると…。
「かみお~ん♪」
クルクルッと宙返りしながらパッと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れました。ここで会うのは久しぶりです。いつもしょっちゅう顔を出しては、専用湯飲みで昆布茶や抹茶ジェラートを味わっていたのに…。つまり、それだけ悪戯に忙しかったというわけでしょうか?
「なぁに、ブルー? 何かくれるの?」
ニコニコしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は赤と緑のクリスマスカラーの派手なリボンを握っています。
「あのね、今、これでハーレイを飾ろうと思ってたんだ♪ 髪の毛にいっぱい結ぼうかなぁ、って」
「なるほど。危機一髪だったらしいな、ハーレイ」
クスッと笑っておられるソルジャー。クリスマスカラーのリボンを頭にいっぱいつけたキャプテンのお姿、誰だって見たいだろうと思うんですけど……ソルジャー補佐でも、ソルジャーでも! けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯を封じてくれとキャプテンが嘆願にいらした以上、そんなこと望んじゃいけませんよね。
「ぶるぅ、そのリボンはぼくが預かっておこう。代わりに、これ」
ソルジャーが宙に取り出されたのは、子供たちに配られているアドベント・カレンダーでした。
「ぼく、これ、とっくに貰ったよ! 明日から毎日、日付の所を開けるんだよね。中にお菓子が入ってるんだ。去年も貰ったから覚えてるもん」
「そうだね。でも、特別にもう一つ。これは青の間に置いておくから、毎晩、寝る前に開けにおいで」
「ブルーからのプレゼント?」
「うん。…それとセットでこっちにハンコが」
コタツの上にコトリと置かれた箱の中にはスタンプセットが入っていました。
「いいかい。これは三種類ある。ごらん、『よくできました』と『このちょうし』、『がんばろう』の三つだ。毎晩、お前がカレンダーの窓を一つ開けてお菓子を出す。窓の中には絵がついてるけど、窓の裏側には絵が無いだろう? そこへハンコを押すんだよ」
「なんで?」
「お前が頑張ってるかどうかのチェック。とてもいい子だった日は『よくできました』、悪戯をしなかった日は『このちょうし』、悪戯の報告を受け取った日には『がんばろう』。カレンダーはクリスマス・イブまであるから、イブの日の夜にこれをお前の部屋に置くことにする。…イブの夜にお前の部屋に来るのは誰だい?」
ソルジャーがお尋ねになると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は…。
「えっ? えっと…えっと…サンタのおじさん!」
「よくできました。このカレンダーはサンタクロースに見てもらうための成績表だ。知ってるかい、ぶるぅ? 悪い子の靴下にはプレゼントの代わりに鞭が入っているそうだよ。鞭を貰った子は、その鞭でお尻を叩かれるのさ」
「……嘘……」
「本当のことだ。去年お前は沢山プレゼントを貰ったけれど、それは初めてのクリスマスだったからじゃないかと思ってる。普通あれだけ悪戯してれば、鞭を貰っても仕方ない。去年が特別だったんだ。…でも、今年はそうはいかないよ。このままじゃ、お前の靴下の中身は…」
そのお言葉が終らない内に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の目からポロポロと涙が零れ始めました。
「…やだよぅ…。鞭なんて、お尻を叩かれるなんて……やだよぅ…」
「ぼくも悲しいよ、お前が鞭を貰ったら。…だから成績表を作った。今から始めても間に合わないかもしれないけれど、やらないよりはマシだろう。十二月はいい子にしてました、って証明すれば鞭だけはやめてくれるかも…」
「………。ほんと?」
「ああ。お前の努力次第だけどね。…どうする? このカレンダーで頑張るかい?」
涙目の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコクリと大きく頷きました。サンタクロース用の成績表とは、ソルジャー、素晴らしい思い付きです!

「それと…これはぼくからの話だけども」
アドベント・カレンダーとスタンプセットをコタツの横の床に置いてから、ソルジャーは綺麗な笑みを浮かべて。
「クリスマスの日は、お前の二歳の誕生日だ。プレゼントには何がいい? 去年はクリスマスケーキだったね」
「今年もくれるの?」
「もちろんだよ。欲しいものがあったら言ってごらん。用意できるものなら何でも…」
「お菓子のおうち!!」
勢いよく答える「そるじゃぁ・ぶるぅ」。いかにも食いしん坊らしいリクエストでした。
「お菓子の家? ああ、クリスマス前だから売ってるだろうね」
「あんな小さいのじゃなくて…中で寝られるようなヤツ! ぼく、お菓子の家の中で寝てみたいんだ」
「そ、それはまた…凄い話だけど、食べるのかい?」
「寝るのに飽きたら少しずつ齧っていくんだよ。そうだ、ブルーも遊びに来る? 広かったら中でお茶が飲めるし」
ニコニコ顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本気のようです。ソルジャーは厨房と思念を交わしておられましたが、やがて至って真面目なお顔で。
「ぶるぅ、お菓子の家を作って貰えるかどうかはお前次第だ。厨房でも散々悪戯しただろう? 料理長が言っていたよ、今からクリスマスまで悪戯しないなら作ります、ってね。それも厨房だけじゃない。シャングリラ全体での悪戯だ。こうなるとカレンダーだけでは心許ないな。…用意しておいた甲斐があった」
そう仰って取り出されたのは立派なクリスマス・リースでした。モミや柊で出来てますけど、コタツの上に置かれたリースには赤い蝋燭が一本、立てられています。これって、ドアや壁とかに飾るんじゃなくて、テーブルとかに置くんでしょうか? 吊り下げるデザインには見えません。蝋燭はリースに対して垂直に立っているんですから。
「これはシャングリラではあまり見かけないかもしれないね。ぼくもキリスト教徒ではないし、馴染みのあるものではないけれど…。アドベント・リースと言うんだよ、ぶるぅ。アドベント・クランツと呼ぶ人もいる」
「…あどべんと……りいす?」
「そう。クリスマスまでの日曜ごとに蝋燭を一本、立てていくんだ。クリスマス前に日曜日が四回。それぞれを第一アドベント、第二アドベント…と呼んで蝋燭を立てる。第一アドベントはもう済んじゃったから、最初の一本はぼくが立てておいた」
これの面白い所はね、とソルジャーは真ん中を指差されて。
「アドベント・カレンダーはイブまでだけど、アドベント・リースはクリスマスまで。クリスマスの日に真中に白い蝋燭を立てるんだ。お前が悪戯せずにいい子でいたら、残りの赤い蝋燭を日曜日ごとに増やしてあげる。蝋燭がちゃんと四本になって、サンタからも鞭を貰わずに済めば…クリスマスの日に白い蝋燭を立ててあげよう」
「それって…うんと頑張れってこと? 頑張らないと誕生日プレゼントも貰えないの?」
「お店で売ってるお菓子の家なら、鞭を貰ってもプレゼントできる。ぼくが買ってくればいいんだから。でも、お前が欲しい大きな家は……料理長に頼まないと作れないしね」
どうする? と尋ねられた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキュッと拳を握り締めて。
「ぼく、頑張る! サンタさんのプレゼントも、すごく大きなお菓子の家も…どっちも絶対ほしいもん!」
「いい子だ。じゃあ、今日から早速頑張るんだよ。ハーレイに悪戯しようとしたのは未遂だったから数えない。ハンコを押すのは明日からだけど、アドベント・リースの方はもう始まっているんだから…悪戯は禁止、いい子でいること。そして明日から毎晩ハンコを貰いに来ること」
「分かった! 悪戯も噛むのも我慢する。だからブルーもハンコ押してね、『よくできました』って書いてあるハンコ! 日曜日には赤い蝋燭を貰うんだもん!」
そう叫ぶなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」は消え失せました。後に残ったのはクリスマス・カラーのリボンです。いったい何処へ行ったんでしょう?
「いつものショップ調査だよ」
ソルジャーがクスクスとお笑いになり、アドベント・リースをクリスマス・ツリーの側に置くようにと仰いました。青の間のクリスマス・ツリーは今年も「そるじゃぁ・ぶるぅ」が調達して来て、公園のツリーの点灯式があった日から静かに青く輝いています。
「クリスマスまで悪戯禁止、噛むのも禁止。…普通ならストレスが溜まって大変だろうけど、ぶるぅは外へ出られるからね。ショップ調査にグルメ三昧、発散する場所は沢山あるさ」
言われてみればそうでした。シャングリラの中で騒ぎを起こさなければ『よくできました』のハンコです。それに外では「そるじゃぁ・ぶるぅ」もそんなに悪さはしない筈…。いつだったか、バニーガールのいるお店に行って泥酔したことはありましたが。

カレンダーとリースを貰った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頑張りました。悪戯される人も噛まれる人もなくなり、去年の騒ぎが嘘のよう。シャングリラに来たばかりだった私も散々な目に遭いましたけど、今年はなんとも平和です。キャプテンは相変わらずの胃痛持ちでらっしゃいますが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が原因の胃痛はすっかり治まっているようで…。
「ソルジャー、どんな魔法をお使いになったのですか?」
キャプテンがコタツで塩煎餅を齧りながらお尋ねになると、ソルジャーはミカンを剥きながら。
「アドベント・カレンダーとリースだよ。飾ってあるから見るといい」
「…あれですか?」
立ち上がって見に行かれたキャプテンの頬が緩みました。アドベント・カレンダーの開いた窓の裏側に押された『よくできました』というハンコ。そして赤い蝋燭が三本立てられたアドベント・リース。蝋燭は本当は毎朝の食事の時に灯すそうですが、ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がハンコを押して貰いに来た時に灯すようにしていらっしゃいます。
「ぶるぅがね、とても励みにしてるんだ。カレンダーからどんなお菓子が出てくるか…。どんなハンコが貰えるか。カレンダーのお菓子くらいサイオンで簡単に分かるだろうに、それをしないのが可愛くて。キャンデーでもチョコレートでも、嬉しそうな顔をして大事に食べるよ。普段からは想像もつかないな」
「ホールケーキを一口でペロリというヤツが……ですか?」
「うん。赤い蝋燭も順調に増えて、ぶるぅが来ている間だけ灯しているんだけれど…けっこう減っているだろう? ゆっくりとお菓子を食べて、楽しかった事の報告をして帰っていくんだ。ずっとこんな調子ならいいのに…と思ってしまう」
「やはり継続は無理そうですか…」
「多分ね」
ソルジャーとキャプテンは顔を見合せて苦笑なさいました。いい子にしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は期間限定なのでしょう。それでも、やれば出来るっていうのが凄いですけど。キャプテンがコタツにお戻りになると、ソルジャーが…。
「お菓子の家はどうなっている? 厨房に迷惑をかけているのは分かっているが」
「順調です。しかし、御自分で組み立てるというのはやめて下さい。お身体に負担がかかるのですし、運ぶのも組み立てるのも我々がやらせて頂きます」
「…ぼくがやりたいと頼んでも…?」
「駄目です。キャプテンとして許可できません。どうしても、と仰るのなら、最後の仕上げをお願いします」
粉砂糖を撒くだけですからね、と笑ってキャプテンはお帰りになりました。ソルジャーは小さな溜息をつかれて。
「ぶるぅが楽しみにしている家だし、ぼくが組み立ててやりたかったんだけどな…。でも、ハーレイが言うことも尤もだ。そんな余力があるんだったら、クリスマス・パーティーに最後まで出席するべきだよね」
去年、ソルジャーはパーティーを欠席なさっています。お身体が弱っておられるのですし、大事を取ってのことでしたけれど…シャングリラの人々と気軽に話せる機会を逃したことを今も悔やんでおられるのでした。
「そうそう、ぶるぅのクリスマス・プレゼントを用意しなくっちゃ。ちょっと出てくる」
フッと青の間から消えてしまわれたソルジャーは、プレゼントの包みを抱えて戻っておいでになりました。去年は湯飲みでしたけれども、今年は何を…?
「クッションだよ。土鍋の形をしてるんだ。ちゃんと鍋と蓋とに分かれていてね」
ひえぇ! そんな変わり種がありますか! 大きな包みは青の間の奥の小部屋に隠され、クリスマス・イブの夜に私がキャプテンの部屋へ運んで行くことになりました。今年もキャプテンがサンタ役をなさって下さるのです。幸せ者ですよね、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。

アドベント・リースに四本目の赤い蝋燭が灯り、アドベント・カレンダーの窓に『よくできました』のハンコがズラリと並んだクリスマス・イブ。朝からシャングリラ中がお祭り気分で、ソルジャーは去年の教訓を踏まえてシャングリラ中の視察の代わりに公園で皆と挨拶を交わされました。お蔭でお身体の調子も良くて、夜のパーティーは最後まで出席なさいましたし、ソルジャー補佐も一安心です。
「ぶるぅのプレゼントをよろしくね。アドベント・カレンダーはぶるぅの部屋に送っておいたから」
「はい!」
帰り際に預かった土鍋クッションの包みを抱えてキャプテンのお部屋に伺うと、今年もサンタの扮装をなさっておられました。真っ赤な衣装に真っ赤な帽子、真っ白な髭がお似合いです。大きな袋には長老の皆様からのプレゼントが詰められていて、土鍋クッションを押し込む余地は無いような…。
「今年のプレゼントは大きめだから、と仰っていたのはこれのことか。袋を肩にかけて腕に抱えて行くしかなさそうだな」
少々間抜けなサンタだが、とキャプテンはクッションの包みを抱えてごらんになりました。
「こういう時にトナカイと橇が無いのは実に不便だ。…ブラウあたりに手伝わせるかな。カードを書いたのはブラウだし」
「は?」
「来年もいい子でいるように、というサンタクロースからのメッセージだ。ソルジャーが成績表を作って下さったからには、ちゃんと評価が必要だろう。読んだぶるぅが悪戯を減らしてくれれば最高なんだが」
ほら、と差し出された封筒の表には『そるじゃぁ・ぶるぅ君へ サンタクロースより』と筆跡を変えて書いてあります。カードはエラ様がお作りになったということでした。きっと本物のサンタさんからの手紙のように見えるんでしょうね。それをキャプテンがアドベント・カレンダーの側に置いてこられるというわけです。とても頑張っていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」、明日の朝に目を覚ましたら大喜びに違いありません。
(去年は、そるじゃぁ・ぶるぅが消えてしまうかも、ってソルジャーと一緒に心配したけど、今年はいい夢、見られそうだな)
一年前の今頃はソルジャーのお部屋で「そるじゃぁ・ぶるぅ」の出生の秘密を聞いて、怖くて眠れませんでしたっけ。朝になったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は消えているんじゃないかって。けれど今年は大丈夫。私はサンタ役のキャプテンにお辞儀してから、クリスマスの飾りがあちこちにあるシャングリラの通路を自分の部屋へと向かいました。

そしてクリスマスの日がやって来て…。
「ブルー!!」
青の間に出勤した途端に現れたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と土鍋でした。いえ、よく見るとこれは…土鍋クッション? ソルジャーがお買いになったとは聞いてましたが、本当に土鍋そっくりです。
「サンタさんから貰ったんだ! いい子にしてたね、って誉めてくれたよ。見て、見て、これってクッションでね、他のプレゼントも入れて持って来ちゃった♪」
あれこれと取り出しながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。サンタさんからのメッセージカードも大事に運んで来ていました。エラ様とブラウ様の力作は効果絶大だったようです。
「来年もいい子でいなさい、って書いてあるんだよ。噛み付いたり悪戯しないでいい子でいたら、みんなから大好きと言ってもらえるから、って。本当かなぁ?」
「本当だと思うよ。試しにいい子にしてみるかい?」
「…えっと、えっと…。少しずつでもいいのかなぁ? 急には無理! 今日が限界!」
「おやおや。そんなことを言ってるんなら、白い蝋燭を灯すのをやめるよ? せめてお正月まで頑張るんだね」
ソルジャーがコタツの上にアドベント・リースを移動させてきて、真中に白い蝋燭を置かれました。
「どうする、ぶるぅ? お正月までいい子にするなら…」
「いい子にする! お願い、いい子にするから蝋燭を点けて!」
「約束だよ。じゃあ…メリー・クリスマス。それからハッピーバースデー、ぶるぅ。二歳の誕生日おめでとう」
四本の赤い蝋燭にポッと火が灯り、白い蝋燭にも火が灯って…。
『『『メリー・クリスマス!…ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!』』』
シャングリラ中からお祝いの思念が響きます。ソルジャーが中継なさっていたのでしょうか。
「ぶるぅ、お前の部屋へ行ってみよう。お菓子の家が出来たらしいよ」
「ほんと!?」
次の瞬間、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の前に立っていました。ソルジャーのお力なのか「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力なのかは分かりません。先頭の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は扉を開けるなり大歓声。
「うわぁ、本物のお菓子の家!!」
そこには立派なお菓子の家が出来上がっていて、キャプテンが立っておられます。
「ソルジャー、最後の仕上げをお願いします。この粉砂糖を屋根に振りかけて完成です」
「これだね。砂糖の雪が積もるってわけだ」
青いサイオンの光が舞って、お菓子の家に真っ白な粉雪が散りました。あれ? それだけじゃないのかな?
「ぶるぅ、コーディングしておいたよ。これで賞味期限は十年くらいになったと思う。だから大事に食べるんだね」
「えっ、十年も待てないよ! 来年の誕生日までには食べるんだ。でも、しばらくはここで寝ようっと! 土鍋クッションも貰ったし…。そうだ、ブルー、このクッションを使ってよ。お菓子の家でお茶にしようよ、すぐにケーキを貰ってくるから! クッションは蓋の方がいい? それともお鍋?」
大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、幸せそうな笑顔のソルジャー。私はお邪魔みたいです。キャプテンと二人でそっとお部屋を抜け出しましたが、引き止める声はしませんでした。
「ソルジャーのあんなお顔は珍しい。ぶるぅはソルジャーにだけは幸せを運んでくるようだな」
いつものことだが、と仰るキャプテンのお顔も綻んでいます。ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が一緒に入れるお菓子の家。もしかするとソルジャーは今夜は青の間にお戻りにならないのかも…。お身体に障らないのならそれもいいかな、と考えながら私は青の間に向かいました。私の職場は青の間です。とりあえずいつもの時間になるまで詰めていることにしましょうか。

マザー、ソルジャーは夜には青の間にお戻りになりました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のベッドはソルジャーには小さすぎるらしいのです。けれど、お菓子の家はとても居心地が良いそうで…。
「あの中にいると甘い香りに包まれるんだ。ぼくに子供の頃の記憶は無いけど、子供の夢ってあんなのだろうね」
土鍋クッションの座り心地も素敵だよ、と仰るソルジャーがお使いになったのが蓋だったのか鍋の方かは聞きそびれました。どちらにしても想像するだけで楽しいです。お菓子の家で土鍋クッションにお座りになるソルジャーのお姿、いつか拝見したいものだと願ってしまう罪深い私をお許し下さい…。




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マザー、無休のままで冬が終わったソルジャー補佐です。色々と役得もあったので無休でも構わないんですけど「そるじゃぁ・ぶるぅ」が楽しそうに出歩いているのを見ると羨ましいな、と思ったり。でも…お休みを貰ってもシャングリラから出られませんし、それならソルジャーのお顔を拝んでいられる生活の方がお得ですよね。

シャングリラの外は暖かくなってきたのに青の間にはまだコタツがあります。ソルジャーは「桜が咲いたら流石にコタツ布団は片付けないとね」とおっしゃりながらも今日も朝からコタツの中。「コタツに入っていると寺にいた頃を思い出すんだ。懐かしいな」と、アルテメシアでお坊さんの修行をしてらした時のお話をして下さいました。
「冬はコタツと火鉢以外に暖房が無くてね。もう本当に寒くて寒くてたまらなかった」
「シールドを使ったらミュウだとバレてしまいますしね」
「いや。バレないようにするのは簡単だけど…それじゃ修行にならないだろう?冬でも素手で雑巾がけをしたりするからアカギレも霜焼けもできたっけ。…アルタミラで実験体だった頃を思えば大したことじゃなかったが」
一緒に修行なさったヒルマン教授や同期のお坊さん達とお寺を抜け出して宴会を開いて大目玉を食らったこととか、托鉢の苦労話とか…。高僧になられるまでには色々あったみたいです。楽しくお話を伺っていると、フィシス様がいらっしゃいました。フィシス様もコタツにお入りになり、三人でお茶を飲みながらソルジャーのお話が続きます。
「そういえば、SD体制以前は小さな子供の間にお坊さんになることも多かったようだよ。…そうだ、ぶるぅを修行に出してみようか。悪戯好きな根性を叩き直してくれるかも…」
「…ソルジャー、それは…可哀相ではないでしょうか…」
「無駄でしょう。さっさと脱走してきますよ」
可哀相というのはフィシス様のお言葉で、脱走と決め付けたのが私です。
「分かってるよ、冗談だ。ぶるぅを弟子入りさせてくれるような心の広い道場は無い。面接で断られるに決まっている」
「良かった。ぶるぅはまだまだ子供ですもの」
「確かに…お寺の方にもお弟子さんを選ぶ権利はありますよねぇ…」
フィシス様と私がそれぞれの答えを返したところでエレベーターが動き、朝から花見弁当の試食会にお出かけしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が帰ってきました。
「かみお~ん♪」
両手にアイスキャンデーならぬピンクの大きな綿菓子を持って口の周りは綿飴だらけ。桜もそろそろ咲き始めましたし、お花見の人を当て込んだ露店で買ってきたのでしょう。
「ブルー、これ凄く美味しいよ!お弁当より気に入っちゃった」
トコトコと走ってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の足がツルッと滑り、綿菓子を持ったままツーッと床を滑っていって…。
「きゃーーーーーっ!!!」
「きゃああ!!」
ドンッ、と突き当たったのはフィシス様の背中でした。

「…………ぶるぅ…………」
ソルジャーの低い低いお声が響き、赤い瞳が据わっています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は綿菓子ごとフィシス様の長い金髪に突っ込んでいて、しかも下手に暴れたせいで身体中に金髪が絡まっているではありませんか。
「…わざとじゃないよ、ブルー!…ほどけないよぅ…」
「わざとだったら許さない。フィシス、すまない…。痛いかい?」
「ソルジャー、私は大丈夫ですわ。それより、ぶるぅが怪我をしたのでは…」
「ピンピンしてるよ。だが、どうすればいいんだろう。…ぶるぅを外すのはテレポートでできるが、絡まってしまった髪を元に戻す方法が…」
フィシス様の見事な髪は「そるじゃぁ・ぶるぅ」を飲み込んでグシャグシャに縺れ、綿菓子もくっついて悲惨なことになっています。ぶつかられたのが私だったら服が汚れる程度だったのに…。
「私の髪なら…切って下さってかまいませんわ」
「駄目だ!そんなことをしたら背中の半分ほども残らない。せっかく綺麗に伸ばした髪が台無しになる」
ソルジャーは絡まった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が動かないようサイオンで手足を押さえておられるようです。解決策が見つかるまではこのまま膠着状態でしょうか。もつれた髪を元に戻すのはソルジャーのサイオンでも出来ないか、あるいは凄く根気が要るのか。なにしろ相手は髪の毛です。それもフィシス様の背丈よりも長いのですから。
「…あ。もしかしたら…」
私の頭を掠めたのは、子供の頃に伸ばしていた髪にガムがくっついた事件でした。ガムを核にして鳥の巣のようになってしまった髪。パパが切ろうとして鋏を持ってきた時、ママが助けてくれましたっけ。
「リンスです、ソルジャー!…時間はかかるかもしれませんけど、リンスをつけて根気よくほどいていけば切らずに解決できるかも…。いくらかは切らなきゃ駄目かもですけど」
「なるほど…」
思念で伝えた『ガム事件』の顛末にソルジャーは頷かれ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がフィシス様の髪の中からテレポートで放り出されました。
「お前はそこで反省していろ。…フィシス、辛いだろうが我慢してくれ」
ソルジャーはサイオンで自由を奪われたままの「そるじゃぁ・ぶるぅ」を床に転がし、フィシス様を両手で抱え上げて。
「…とにかくリンスで洗ってみよう。手伝いを頼む」
お姫様抱っこでバスルームに運ばれるフィシス様を心底羨ましく思いつつ、私は後を追いかけました。ソルジャーはバスタブの横に椅子を運び込んでフィシス様を座らせ、長い髪の毛をバスタブに入れてお湯を張ってゆかれます。
「フィシスのリンスをありったけ運んでみたが、足りるかな」
サイオンで取り寄せられたリンスをバスタブに溶かし、更に髪の毛にたっぷり擦り込んで…後はブラシで梳かすのみ。ソルジャーはマントと手袋を外し、腕まくりをしてらっしゃいました。
「あ、ソルジャー、毛先から梳かしていかないと…もっと縺れてしまいます。大変ですけど、少しずつです」
「分かった。毛先から少しずつ、だな」
「ソルジャー、お手を煩わせて申し訳ありません…」
「気にしなくていいよ、フィシス。ぼくがやりたくてやっていることだ」
ううっ、フィシス様、羨ましいです。お姫様抱っこの次はソルジャーに髪を洗ってもらえるなんて…。フィシス様の髪を元通りにすべく奮闘し始めたソルジャーと私は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のことを完全に忘れ、バスルームでひたすら金色の髪を洗って梳かし続けました。

「…ソルジャー?…ソルジャー、いったい何事ですか?」
フィシス様の髪の五分の一ほどにブラシが通るようになった頃、バスルームの扉がいきなり開いて入ってこられたのはキャプテンでした。脇に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を抱えてらっしゃいましたが、繰り広げられていた光景に息を飲んで立ち尽くしておられます。
「ハーレイ、ちょうどよかった。フィシスの髪が大変なんだ。手伝いが欲しいが、騒ぎが大きくなっても困るし…ブラウとエラを呼んできてくれ」
「…分かりました。で、原因はぶるぅですか?」
「それ以外に何があるというんだ。…悪意は全くなかったようだが」
「ごめんね、ブルー…。ぼく……ぼくも手伝うから…」
キャプテンに抱えられた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は手足の自由が利かないままらしく、目だけで訴えてみたものの。
「お前の手では無理だ。…だいたい、お前が上手くサイオンを操れたなら…フィシスにぶつかったりはしなかったろうし、ぶつかったとしても絡まったりはしなかったろう。お前に足りないのは集中力と器用さだ。不器用な手には任せられない」
しゅんと項垂れた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキャプテンに連れられてバスルームから消え、しばらくするとブラウ様とエラ様がおいでになりました。
「こりゃまた派手にやったもんだねえ。外でぶるぅがしょげてたよ」
「…まさか、こんなに酷いだなんて…」
それから先は4人がかりでリンスで洗ってせっせと梳かして…フィシス様の髪はなんとか切らずに済んだのでした。私達の腕は筋肉痛になり、フィシス様もぐったり疲れてしまわれましたが、無事に一件落着です。
「ぶるぅの悪戯かと思ったら、事故なんだって?…いや、原因はぶるぅだけどさ」
仕上げのドライヤーをかけながらブラウ様がおっしゃいました。
「ああ、事故だ。だが、ぶるぅがサイオンに見合った集中力や器用さを持っていたなら結果は違っていただろう。まだ1歳の子供だから…と思っていたが、修行をさせるべきかもしれない」
「ええっ!?」
私は仰天して声がひっくり返りました。
「ソルジャー!…修行させてくれるお寺は無いとおっしゃっていたじゃありませんか。それとも何処かあるんですか、そるじゃあ・ぶるぅでも入れるお寺が?」
「ぶるぅを寺に入れるだって!?大暴れして逃げるのがオチだよ」
「あの子が修行に耐えられるとは思えませんが…」
「ソルジャー、許してあげて下さい。よけられなかった私が悪いんですわ」
1歳になって間もないグルメ大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」にお坊さんの修行は辛すぎるでしょう。でもソルジャーが行けとおっしゃったなら、ソルジャーのことが大好きなだけに我慢するかも…という気もします。
(なんだか可哀相。綿菓子を持って転んだ先にフィシス様がおられたばっかりに…。フィシス様はやっぱりソルジャーにとって特別なんだわ)
フィシス様はもちろん、ブラウ様たちもソルジャーが本気でらっしゃるのかも…と心配になってこられたらしく、口々に反対しておられます。
「…やれやれ。寺に入れると言った覚えはないんだけどね」
「でも…修行って、お寺なのでは…」
「修行と言っても色々あるさ。まだ1歳のぶるぅにシャングリラの外での修行は無理だ。そして普通のミュウの教育プログラムもぶるぅには向いていないだろう。…集中力と器用さの修行をさせてみたいが、ブラウ、頼めるか?」
「えっ!?…あたし、かい?」
「そうだ。君の特技を見込んで、ぶるぅの指導を頼みたい」
ソルジャーは私たちを連れてバスルームをお出になり、床に転がされていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の所へ行かれました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は手足の自由を奪われたまま、涙目でソルジャーを見上げています。
「ぶるぅ、お前の不注意でとんでもないことになりかけたことは分かっているね?」
辛うじて動く頭でコクンと頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さな声で謝りました。
「…ごめんね、ブルー…。ごめんね、フィシス…」
「分かっているならいいだろう。でも、これを機会に集中力を鍛えておいた方がいい。明日からブラウに弟子入りだ。ブラウの指導は厳しいからね…真面目に練習するんだよ」
ソルジャーはサイオンの拘束を解いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」にブラウ様への挨拶をさせておられましたが、弟子入りって…指導って…ブラウ様の特技ってなんでしょう?明日になれば分かるよ、とおっしゃってソルジャーはフィシス様を送って行かれ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も意気消沈して自分の部屋へ。…綿菓子で喜んでいた「そるじゃぁ・ぶるぅ」、こんな騒ぎになっちゃうなんて…。
青の間を退出した後、私はこっそり「そるじゃぁ・ぶるぅ」にアイスを差し入れに出かけました。きっと土鍋で泣いているものと思っていたら、なんとそこには先客が。
「…君も来たのか。ぶるぅ、よかったね。ちゃんと心配してくれる人がいて」
コタツにソルジャーとフィシス様がおられ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大きな綿菓子に夢中でした。ソルジャーたちの前には焼きたてのタコ焼きが置かれています。ソルジャーがシャングリラを抜け出して夜桜見物のお客目当ての露店でお買いになったのでしょう。私はアイスを冷凍庫に入れ、ほっとした気分で自分のお部屋に帰りました。

次の日、青の間に出勤すると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が先に来ていて神妙な顔でコタツに座っています。
「もう少ししたら、ぶるぅを体育室に連れて行ってくれ。今日の君の仕事は付き添いだ」
「は?」
「ぶるぅの修行の付き添いだよ。明日からは一人で行かせるけれど、初日は心細いだろうし。体育室は知ってるだろう?」
シャングリラには大きな体育館のような部屋がありました。独立した建物ではないので体育室と呼ばれていますが、子供達が体操をしたり、スポーツ好きな人たちが集まって何かやったりしています。そんな所で修行ということはスポーツ関係の何かですね。ブラウ様、何をなさるというのでしょう?
「とにかく行ってみればいい。ぶるぅにも実は分かっていないんだ。昨日はブラウの思念を読めないようにして隠したから。…ぶるぅ、頑張って修行しておいで」
「うん。集中力の修行だよね。ぼく、頑張る!」
昨夜ソルジャーに綿菓子を買って貰ったのが励みになったのか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は前向きでした。青の間を出て体育室に行くまでの通路も私より先に歩いていきます。体育室の扉が見えてきましたけれど、さて、この向こうには一体何が?シュン、と扉が開いて、そこに立ってらっしゃったのは…。
「よく来たね、ぶるぅ。まずは着替えだよ」
ブラウ様のお召し物はいつもの服ではありませんでした。一般ミュウの男性の服の地色を白にしたようなピッタリサイズのレオタードです。うわぁ、すっごくスタイルがいい…。
「おや、そうかい?お褒めにあずかって嬉しいねえ。この格好も久しぶりさ。…ぶるぅ、お前も着替えるんだよ。更衣室はそっち」
白い服を手渡された「そるじゃぁ・ぶるぅ」は目をまん丸にしていましたが、諦めたように更衣室に入っていって…出てきた時にはブラウ様とお揃いのレオタード姿になっていました。幼児体型なので見た目はとっても可愛いかも。
「まずは柔軟体操からだ。おろそかにしちゃいけないよ」
えっと…体操教室でしょうか?私が壁際の椅子に座って眺めていると、隣の椅子に突然、ソルジャーが…。
「ふぅん、頑張っているじゃないか。ちゃんと真面目にやってるようだね」
ゆったりと足を組んでおいでですけど、ソルジャー、カラオケ新曲発表会にはお出にならないのに、ここへはおいでになるんですか?
「ここにはブラウと君しかいないし、この時間は貸切にしてあるし。ぼくが来ているなんてシャングリラ中の誰も気付かないんだから問題ないよ。…それに面白そうだしね」
面白そうだとおっしゃった理由は柔軟体操が終わった直後に分かりました。ブラウ様が取り出されたのはリボン体操に使う真っ赤なリボンだったのです。
「いいかい、この棒の部分をこう握る。それからこうして…こう。簡単に見えるけど、難しいんだよ」
クルクルクル、とリボンが輪を描き、生き物のように舞い踊ります。
「せっかくだから技も披露しとくか。あたしに弟子入りを志願した以上、このくらいは出来るようになってほしいもんだね」
ブラウ様の身体が機敏に動いて綺麗に撓り、リボンを自在に操りながら見事な舞を見せました。ソルジャーが拍手なさって教えて下さったところによると、ブラウ様はリボン体操の名手なのだそうです。
「どうだい、ぶるぅ?…できそうかい?」
演技を終えたブラウ様に聞かれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はポカンと開けていた口を慌てて閉じて。
「えっ?…え、えっと…。今の、サイオン使ってないよね」
「ああ、使ってない。ほら、頑張って練習しな。リボンに意識を集中するんだ。始めっ!」
パンッ、と手を叩く音を合図に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はリボンを回そうとしましたが…初心者に上手く出来るはずがありません。失敗、失敗、また失敗。ブラウ様の指導はスパルタ式で遠慮なく罵声が飛んでいます。ソルジャーは楽しそうに練習風景を見物しながら1時間ほど座ってらっしゃいました。
「…ブラウ。そこそこ操れるようになったらサイオンで操る方法も頼むよ」
「ああ、分かってるさ。でも、まだまだだね。基本もなっちゃいないんだから」
ソルジャーが指導方法に注文をつけて青の間にお帰りになった後も厳しい稽古が正午まで。これから毎日、午前中はブラウ様と一緒に練習、午後は自主練習というメニューです。初日のブラウ様との稽古を終えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はヘトヘトでした。この修行、いつまで続くんでしょう…?

それから連日「そるじゃぁ・ぶるぅ」はリボンと格闘し続けました。上達しないとブラウ様の怒鳴り声から逃げられないと分かっているので必死です。廊下を歩きながらもクルクルとリボンを回す姿を目撃した人はもれなく爆笑したようですが…しばらくすると笑う人は誰もいなくなってしまいました。
「ぶるぅがハエとりリボンを巻き付けて悪戯する、という噂が立っているようだね」
「はい、ソルジャー。…ハエとりリボンでもリボン体操のリボンでもない普通のリボンらしいんですが、くっつけられると鋏で刻むしか取る方法がないという話なんです」
「サイオンで貼り付けているんだな。コントロールが上手になったのはいいことだ。もうフィシスの髪に頭から突っ込む心配もなくなるだろう。…そろそろ修行の仕上げの発表会でも…って、ハーレイ!?」
ソルジャーがコタツから立ち上がられるのと、床の上に何かがドサリと落ちてきたのは同時でした。落ちてきたのは…。
「ハーレイ、なんだ、その姿は?」
床に転がったキャプテンは水色の幅広のリボンでぐるぐる巻きにされていらっしゃいました。
「…ぶるぅ…だと…思います。リボン体操の練習をしているのを見に行きまして…ブラウにしごかれているのを笑ってしまったのがまずかったかと…。休憩室に行こうとしたら後ろからリボンが巻き付いてきたのです。避ける暇もなく、そのまま此処へ飛ばされたようなのですが」
「ソルジャー、このリボン、取れませんよ。ハエとりリボンの接着剤より強力です」
私はキャプテンに巻き付いたリボンを解こうと駆け寄ったものの、結び目すらピクリとも動きません。噂のとおり鋏が要るかな、と思った途端、青いサイオンがキラッと光ってリボンはシュルン、と解けました。
「間違いなく、ぶるぅの仕業だな。………今、ゼルがリボンで簀巻きにされた。廊下に人だかりが出来ている」
「…ゼルも一緒に見に行ったのです」
「では仕返しというわけか。リボンを操れるようになった修行の成果のお披露目中なら、止めるのは無粋というものかな?明日あたり発表会をさせて終わりにしようと思っていたけど、もう1週間ほど…」
クスクスと笑いながら首を傾げておいでのソルジャーに向かってキャプテンの悲痛な叫びが響きました。
「やめて下さい、ソルジャー!…明日、発表会をしてしまいましょう。ぜひ、しましょう!」
「ふぅん?…それじゃそういうことにしようか。観客はお前たち長老とフィシス、そしてソルジャー補佐だけだ。ああ、ブラウに特別出演を頼まないといけないな。ぶるぅだけでは座が白ける」
私は大急ぎで発表会の招待状を作り、キャプテンが配って下さることに。場所はもちろん体育室です。明日で修行が終わりだと聞かされた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びでしたが、キャプテンとゼル様をリボンで簀巻きにした悪戯の罰で夜のオヤツは無しでした。

翌日の発表会は体育室に椅子を並べてソルジャーも御出席。まずブラウ様の華麗な技が披露され、次は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のリボン体操の筈でしたが。
「ブルーもやってよ、リボン体操。上手なんでしょ?」
レオタード姿の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気な口調で言いました。まさかソルジャーが…そんな馬鹿な…。でも阿波踊りをなさるのですし、リボン体操もあるいはアリかも…。
「ハーレイとゼルが見に来てた時にそんな思念が聞こえてきたよ。ブルーはとても上手だった、って。…ぼくより上手なら見せてよ、ブルー」
「…仕方ないな。ぶるぅは言い出したら聞かないし…。もう何十年もやってないんだから少しだけだよ。服もこのままでやらせてもらう」
ソルジャーは溜息をついてお立ちになり、マントを外して椅子に置かれました。確かにマントは邪魔になりますよね。ブラウ様からリボンをお借りになり、準備体操もせずにサッとリボンを振り上げられて…。
「…ソルジャー、すごい…」
サイオンを使ってらっしゃるのでしょう、殆ど動かずにリボンを操ってゆかれます。綺麗な軌跡に見とれている間にソルジャーは礼をして下がってしまわれ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の出番が来ました。ブラウ様の特訓のお蔭か、ちゃんと形になっています。ソルジャーと違って体力が有り余っている分、動きはずいぶんダイナミック。いつも土鍋で丸まっているせいか身体の柔らかさも抜群でした。演技を終わってピョコンとお辞儀する姿に皆、拍手です。
「ぶるぅ、頑張ったね。…かなり集中力がついたかな?」
「うん、多分」
マントを着けておられないソルジャーが立ち上がって微笑まれると「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコクリと頷いて答えました。
「でも、ブラウ、とっても…とっても厳しかったけど!とても沢山叱られて、ものすごく沢山怒鳴られたけど!!今日でおしまいだから仕返ししてやるーっ!!!」
ブチ切れた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の叫びと共に炸裂したのは青いサイオン。
「ブラウ、危ない!!」
ソルジャーが飛び出してゆかれ、ブラウ様を突き飛ばされた…と思う間もなく宙に出現した赤いリボンがクルクルと舞い、ソルジャーはドサリと床に倒れてしまわれました。お身体にはリボンが幾重にも巻き付いて手足の自由を奪っていますが、あろうことか簀巻きではなく、この結び方はどう見ても…大人向けの世界では…。フィシス様は真っ赤になってらっしゃいますし、長老の皆様方も呆然となさっておいでです。ってことは、やっぱり…そういう結び方なんですね、って…そんな場合じゃなくて大変ですぅ!

「…まったく…。ブラウじゃなくてよかったよ」
大騒ぎになった発表会の後、青の間にお戻りになったソルジャーの白い手首にはリボンの痕がくっきり残っていました。手袋をなされば見えなくなるのに外したままにしておられるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に反省させるためです。縛られてしまわれたソルジャーはショックのあまりサイオンが乱れ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」もパニックに陥ってしまったせいでリボンが解けるまでにはかなりの時間が必要でした。鋏を持ってこないと駄目かも…と皆が思ったほどなのです。
「ごめんね…。ブルーが飛び出してくるって思わなかった」
「それでぼくを縛ってしまうようじゃ、まだまだ修行が足りないな。一瞬で判断できるようにならないと」
「…もっと練習しなくちゃいけない?リボン体操…」
「いや。ブラウもあんな騒ぎを見てしまったら二度と教えたくないだろう。お前はブラウを狙ったんだし」
ソルジャーは手首の赤い痕にチラッと目をやり、コタツの向かいの「そるじゃぁ・ぶるぅ」をまじまじと見つめておっしゃいました。
「ぶるぅ、あんな縛り方を何処で覚えた?…とても複雑に結び上げられた迷惑極まりない代物だったが」
「…ゼルを縛って転がした時、誰かの思念を拾ったんだ。縛られたのがゼルじゃなくて女の人だったらこんなのがいいね、って考えている人がいたんだよ。だからブラウに仕返しするならこれだって思ったんだけど」
「そうなのか…」
罪の無い「そるじゃぁ・ぶるぅ」の答えにソルジャーは頭痛を覚えられたらしく、眉間を押さえていらっしゃいます。
「いいかい、二度とするんじゃない。本当に…縛られたのがぼくで良かった…」
「ブルー、ごめんね…。もうしないから。リボンで悪戯、もうしないから…」
自分が何をやらかしたのか分かっていない「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーの手首の痕を眺めては「痛い?」と尋ね、何度も謝り続けました。あの大人向けな縛り方!ブラウ様が縛られたのでなくて本当に良かったと思います。もっともブラウ様は「ソルジャーが身を挺して庇って下さったんだよ」と妙にご機嫌でしたけれども。

マザー、桜が満開になったそうですね。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお花見弁当と桜の枝を毎日せっせと運んできます。シャングリラで本格的なお花見が出来ないのは残念ですけど、リボン体操のお蔭で素敵なものを見ましたし…。
ソルジャーが赤いリボンで縛り上げられてしまわれた時、マントを着けていらっしゃったら眼福とはいかなかったでしょう。でも欲張ってしまうのです。せっかくリボン体操をなさったのですし、白のレオタードをお召しになっておられれば…。そしたら赤いリボンが一層映えてより艶かしい光景が…、と妄想するのは罪ですか、マザー?




マザー、相変わらず無休のソルジャー補佐です。シャングリラの外はまだまだ冬。展望室は人工降雪機で雪景色ですし、青の間にはコタツが鎮座しています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は最近、甘酒がマイブーム。アルコール分を含まないので、ソルジャーもお気に入りみたいですね。

今日も「そるじゃぁ・ぶるぅ」は専用湯飲みで甘酒を飲んでいましたが…。
「ねえ、ブルー。甘い雪が降ってくる所ってあるのかなあ?」
「甘い雪?」
ソルジャーが怪訝なお顔をされました。
「うん。ぼく、冬になってから何度も雪が降る日に出かけたよね。雪ってフワフワして美味しそうだから、いつも口を開けて見上げるんだけど、水の味しかしないんだ。アイスみたいに甘い味がする雪はないのかな?」
「雪は雨と同じだから…無理だね。かき氷だってシロップが無ければただの氷だ」
「そうなんだ…。とっても美味しそうなのに…。ぼく、何回も食べてみたのに」
甘い雪が存在しない、と聞いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は不満そうです。
「じゃあ、味をつければ甘くなる?…展望室の降雪機にシロップを入れてもかまわない?」
「シロップを入れて甘い雪ができるかどうかは分からないよ。やってみたい気持ちは分からないでもないけれど…失敗したら展望室が台無しだ。せっかく綺麗な雪景色なのに」
「綺麗?…あれが?…一面の雪っていうだけだよ。景色なんかないじゃないか」
景色が…無い。言われてみればそうでした。展望室に雪は沢山あって子供たちのいい遊び場ですけど、公園と違って木の一本もありません。雪が降っている時以外はあまり風情はないですね。
「そうだ。ブルー、一緒に本物の雪を見に行こう。山の方、今、雪が深くて綺麗なんだ」
「それは…出来ないよ。ぼくがシャングリラを留守にするなんて」
「ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ…行こうよ、ブルー。5分だけでも」
「駄目だ。たとえシャングリラに危険がなくても…ぼくだけが雪を見に行くなんてことはできない。この船のみんなは外へ出たくても出られないんだ。お前と違って、ね」
そうおっしゃったソルジャーのお顔はとても悲しげで、胸を締め付けられるようでした。
「だから…雪は一人で見ておいで。ぼくはお前を通して見せてもらえるし、それで十分幸せなんだよ。本当はみんなにも見せてあげたいけれど…それだけの力を使うのは今のぼくには厳しいな…」
「…そっか……。じゃあ…行ってくるね」
寂しそうに俯きながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿が消え失せました。甘い雪が降らないかな、なんて思っている1歳児にはソルジャーのお話は重すぎたかもしれません。本物の雪景色…。今のままだと私も二度と目にする機会はなさそうです。シャングリラに来る前は当たり前だった沢山のことが手の届かないものになったんですね。

出かけていった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は昼前に戻ってきましたが…妙にはしゃいだ様子でした。
「いいこと思いついたんだ!展望室、好きに使ってもいい?ぼくが雪景色を作ってあげる」
「ぶるぅ?…いったい何を…」
「えっとね、木とか、石とか、運びたいんだ。雪を降らせれば綺麗になるよ。ブルーに雪景色を見せてあげられる。だから1日だけ…ううん、今日準備するから、今日と明日だけ…展望室をぼくに貸して」
「…その景色を見てもいいのはぼくだけかい?だったら許可はできないな」
ソルジャーがピシャリとおっしゃいました。
「ぼくだけじゃなく、シャングリラの皆が楽しめるようにするというなら…何日でも好きに使っていい。ぼくにしか見せられないというなら一切駄目だ。展望室は皆のものだから」
「…見せたいの、ブルーだけなのに…。じゃあ最初はブルーだけで、その後は誰でも入れるように…。それならいい?最初から誰でも入れるようにしなきゃいけないんなら、ぼく、いやだよ」
「分かった。そういうことなら許可してもいい。ハーレイたちにはぼくが伝えよう」
「ほんと?…約束だよ。じゃあ、展望室に誰も来ないようにしてね」
展望室の使用許可を貰った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は昼食を食べ終えると早々に青の間を出て行き、アルテメシアに向かったようです。雪景色を演出するための資材を調達するのでしょうけど、いったい何が出来上がるやら…。
「大真面目だよ、ぶるぅは。変なものが出来る心配はない」
展望室を閉鎖するように指示を出されたソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の行動を思念で追っておられるらしく、微笑を浮かべておいででした。
「展望室に雪景色を創り出そうだなんて、思いつきもしなかったな。もっとも、ぼくはシャングリラを長く空けるわけにはいかないから…思いついたとしても実行できなかっただろうけれど」
「どんな景色が出来そうですか?」
「そうだね…雪が積もりやすい木を何本か選んで植えるつもりのようだ。あとは自然に岩を配置して人工に見えない庭を作ろうと考えている。庭師顔負けの仕事を見せてくれそうだよ」
庭師の仕事をしたこともある私は驚きました。展望室はかなり広いのですが、あそこに庭を作るとなると庭師チームが総がかりでも数日間はかかりそうです。それを「そるじゃぁ・ぶるぅ」は1日で…?
「多分、夕方までかからない。夜には降雪機を動かそうと思っているみたいだし」
ソルジャーのお言葉どおり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は夕食前に全ての作業を終えて戻ってきました。満足そうな顔で大量のご飯とおかずを平らげ、コタツで横になったかと思うともう寝息が…。
「疲れたんだね。…ぶるぅ、明日を楽しみにしているよ」
ソルジャーは爆睡している「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を優しく撫でてらっしゃいました。

翌朝、私が出勤すると青の間にはリオさんだけ。朝食の片付けが終わったみたいです。
『ソルジャーはお出かけになりましたよ。展望室に何かあるようですね』
「そるじゃぁ・ぶるぅが庭を造ったんです。ソルジャーに見せたいと言って…」
『庭ですか…。あ、ソルジャーが…呼ぶまでは来なくてもいいとおっしゃってました』
「そうでしょうね。最初はソルジャーの貸切らしいですから」
リオさんがワゴンを押して出て行った後、私はコタツに入りました。ソルジャーのお呼び出しがあるまで暇ですし、キャプテンに漫画でもお借りしてこようかな、などと思っていると…。
『早くから留守にしていてすまない。展望室に来てもらえるかな?』
ソルジャーの思念が届き、大急ぎで展望室へ。扉を開けると、そこは見事な雪景色でした。針葉樹や常緑樹、枯れ木にたっぷり雪が積もって、深い雪には自然石が埋もれています。積雪は軽く1メートルはあるでしょう。
「うわぁ、凄い…。山の中みたい」
雪国に迷い込んだかと錯覚しそうになる風景の中に東屋があり、そこにソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。東屋は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が降雪機を壊して遭難者が出る騒ぎが起こったのがきっかけで建てられたもので、この程度の雪なら埋もれません。暖房と床暖房も効いてますから、雪見にもってこいなのです。そこまでの道の雪は固められていて、東屋の中にはちゃんとコタツが置かれていました。
「ぶるぅが休憩室から運んでくれた。…今、ハーレイたちも呼んだんだよ」
ソルジャーはコタツで甘酒を飲んでおいででした。専用湯飲みごと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んだようです。すぐに青の間のコタツも運び込まれてきて、そこへキャプテンと長老方、そしてフィシス様が…。
「ソルジャー、これは何事ですか?」
驚いてらっしゃる皆様の中で最初に口を開かれたのはキャプテンです。
「見てのとおりの雪景色だが?…ぶるぅの力作なんだけど」
「はあ…。では、これを見せるために我々をお呼びになったのですか?」
「無粋だね、ハーレイ。明日からの一般公開に先駆けて内覧会だ。皆もゆっくり楽しんでいくといい。…フィシス、今のところ、不穏な気配は無いと言ったね」
「はい、ソルジャー。占ってみましたけれど何も動きはございませんわ」
フィシス様のお言葉にソルジャーは頷かれ、皆様にコタツをお勧めになって。
「聞いてのとおり、羽根を伸ばしても大丈夫なようだよ。ぶるぅが湯豆腐にしようと言っているから、雪見酒なんかいいんじゃないかな。…ぼくとぶるぅは甘酒だけどね」
コタツの上に卓上コンロと鍋、食器、湯豆腐の材料が並び、雪見酒のためのお銚子やお猪口もサイオンで運ばれてきました。お酒はちゃんと熱燗です。湯豆腐の鍋がぐつぐつと煮え、キャプテンの御発声でまずは乾杯。私はコタツに入りきれないのでは…と思いましたが、エラ様が詰めて下さいました。雪見で甘酒もオツなものですね。

宴会は次第に盛り上がり、ゼル様が「どぶろくは無いのか」とおっしゃった辺りから怪しい流れに。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は注文どおり『どぶろく』をサイオンで取り寄せましたが、既に酔っておられたゼル様は…。
「これはのぅ、ちょっとアルコールが入った甘酒なんじゃ。美味いぞ、飲んでみぃ」
ドポドポドポ、と『どぶろく』を「そるじゃぁ・ぶるぅ」専用湯飲みに注いでしまわれたのでした。
「ゼル!そんなもの子供に飲ませちゃ…」
ブラウ様が叫ばれるのと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がクイーッと一気に飲むのは同時で。
「どうじゃ、美味いじゃろう?」
「うん。なんだかポーッとしてくるね」
「そうか、そうか。小さいが、なかなかいけるクチじゃな」
そんなやり取りがあって、ソルジャーが気付かれた時には「そるじゃぁ・ぶるぅ」は完全に酔っていました。それでもサイオンは衰えを見せず、ブラウ様の「カラオケが欲しいところだねえ」という声に応じて愛用のカラオケセットが出現します。コタツを囲んでいる面々でアルコールが入っていないのはソルジャーと私だけでした。フィシス様も何か飲まれたらしく、妙にはしゃいでおいでです。最初にマイクを握られたのは言いだしっぺのブラウ様。
「それじゃ1曲、やらせてもらうよ。せっかくの雪だ、ここはやっぱり津軽海峡・冬景色だね」
こぶしのきいた見事な歌声を披露なさると拍手喝采。マイクを奪い取るようにゼル様が『兄弟船』を歌われ、その次は意外にもエラ様の『天城越え』でした。マイクはヒルマン教授に回り、曲は『風雪流れ旅』。ここで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が乱入し、調子っぱずれな『かみほー♪』が…。SD体制前の古い歌ばかりですけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の日頃のカラオケの選曲と重なっています。長老方の十八番を歌っていたんですね、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ハーレイ。あんた、まさか歌わない気じゃないだろうね?」
「お神酒が足りんのじゃ、お神酒が!ささ、ぐっと飲め!一気に飲め!!」
ブラウ様とゼル様のダブル攻撃にソルジャーの楽しそうなお声が加わりました。
「もちろん聞かせてもらえるよね?…期待してるよ、ハーレイ」
キャプテンがマイクを握って披露なさった十八番は…。
「♪いいえ私は さそり座の女~♪」
皆様の歓声と拍手が響き、キャプテンは上機嫌で歌っていらっしゃいます。『さそり座の女』は日頃のお姿からは想像もつかない名調子でした。もしかしてこの後はソルジャーとフィシス様のデュエットだったりするんでしょうか。お二人で相談してらっしゃるところをみると、そのようです。いったい何をお歌いに…、と期待していた所へ怒鳴り声が聞こえてきました。え?…露天風呂がなんですって?

「だから!露天風呂は無理なのかい、って聞いてるんだよ」
キャプテンの歌が終わるのを待たずにブラウ様が「そるじゃぁ・ぶるぅ」を揺さぶっておいでです。
「これだけの雪景色があったら露天風呂が欲しいじゃないか。できないのかい?」
「ひっく、できるよ。…もちろんできるよ~♪」
酔っ払った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がふにゃふにゃと答え、東屋のすぐそばの雪面がボコッと陥没したかと思うと8畳ほどの立派な露天風呂が出現しました。雪をサイオンで固めて湯船を造り、温泉を貯めてあるようです。湯船の縁の雪は丸石を並べた形に器用に固められ、お湯は熱々。…恐るべし、酔っ払い。
「よおし、よくやった!それじゃ早速入ろうかねえ」
「ほほぉ…。混浴ですかな」
ブラウ様とヒルマン教授が立ち上がりながらタオルと浴衣を要求なさっておられます。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は人数分のタオルと浴衣を用意して寄越しましたけど、もしかして私も入るんですかぁぁぁ!?…って、エラ様、行っちゃわないで下さい!ゼル様も…。キャプテンまで?そりゃあ…露天風呂、気持ち良さそうですけど…。
「入らないんですの?」
フィシス様に聞かれて私は思い切り飛び上がりました。
「あ、あ、あのっ!…わ、わ、私、か、か、風邪気味で…」
「あら…。それは残念ですわね。…ソルジャーはお入りになりますでしょう?」
フィシス様は当然のようにソルジャーを…シラフでらっしゃるソルジャーをお誘いになり、ソルジャーも頷かれました。ソルジャー…だてに三百年以上も生きておいでじゃないようです。混浴ごときで引いておられません。露天風呂の方はワイワイととても賑やかです。恥ずかしいので今まで外の景色を見ていましたが、ここで見ないと後悔するかも。なんといってもソルジャーの…。よしっ!
「いいお湯だね、ぶるぅ」
「うん、アタラクシアの源泉から直送だよ~」
あう。時すでに遅く、私が顔を向けた時にはソルジャーは湯船に首まで浸かっておいででした。み、見逃してしまいました…ソルジャー服をお脱ぎになるところを!ソルジャーの横では「そるじゃぁ・ぶるぅ」がタオルを頭に乗せて泳いでいます。ゼル様とキャプテンはお銚子を入れた桶を浮かべて酒盛りを続けておられました。
「ぶるぅ、酒じゃ!酒が足りんぞ!!」
「ふむ、空だな。…もう1本つけてくれ」
お銚子が空になってしまったらしく、お二人の注文が入ります。
「ん~、ちょっと待っててね~…。今、忙しいの~」
そう言いつつ「そるじゃぁ・ぶるぅ」はのんびり泳いだり、湯船にぷくぷく潜ってみたり。どう見ても忙しいようには見えません。ああ、それにしても…ソルジャー、ちょこっとでも動いて下さらないかなぁ…。
「ぶるぅ!!酒じゃと言っとろうが!!!」
「忙しいようには見えんぞ、ぶるぅ!!」
ゼル様とキャプテンがザバッと立ち上がられました。あひゃあ!…私が見たかったのはお二人じゃなくてソルジャーの…って、お二人とも、何をなさるんですか!
「いひゃい!!」
ゼル様とキャプテンは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を湯船から引っ張り上げて揺さぶりながら「お酒の追加」を早く寄越せ、と怒鳴りつけておいででした。ゼル様はともかく、キャプテンって…お酒が入ると大トラに?
「早いとこ酒を寄越すんじゃ!!」
「ブリッジに逆さハリツケにするぞ!!」
「うるさいーーーっっっ!!!」
ゼル様とキャプテンの怒声を上回る叫び声と共に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が青く発光し、湯船から三人の姿が消えました。ゼル様とキャプテンが腰に巻いておられたタオルだけを残して。
「…やれやれ。…どうしたらいいと思う、フィシス?」
「カードが無くては占えませんわ…」
ソルジャーとフィシス様の緊迫感の無い語らいが聞こえ、他の皆様は我関せず、と気持ちよさげに露天風呂を楽しんでおられます。ここは私も、ソルジャーが上がってこられる瞬間を心待ちにして過ごしましょうか。それにしても雪景色の露天風呂っていいものですねえ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が消えてしまった今、湯船を維持しつつ、お湯の温度を保ってらっしゃるのはソルジャーでしょうけど。

やがてヒルマン教授が上がってこられ、続いてブラウ様とエラ様。浴衣で寛いでいらっしゃいます。さて…そろそろソルジャーが…。えっと、ソルジャー服は何処に置いてらっしゃいましたっけ。それともまずは浴衣でしょうか。うふふ…。
「牛乳はどこだい?」
私の妄想はブラウ様の声で破られました。
「は?」
「ほら、ぶるぅが運んできてたろう?湯上りには牛乳だね、とかなんとか言って」
そういえば、そんなものがありましたっけ。牛乳はよく冷えていましたし、東屋には冷蔵庫がありませんから、入り口の横の雪の中に突っ込んで冷やすことに決めたのでした。
「そうじゃな、風呂上りには牛乳が美味い。わしも頼むよ」
「じゃあ、私も…」
ヒルマン教授とエラ様からもお声がかかり、私は牛乳瓶を掘りに出かけました。冷たい瓶を3本抱えて戻ってくると、ソルジャーとフィシス様が浴衣姿で東屋の中に…。あああ、見逃してしまったんですね、ソルジャーの…。いいえ、ソルジャー、なんでもございません!
「そうかい?…なら、いいんだけど。ぼくも牛乳を貰えるかな」
「私にもお願いいたしますわ」
ソルジャーの視線を背中に浴びつつ牛乳を取りに行く私の思念はバレバレだった気がします。戻ってきたらクスクス笑っておいででしたから。皆様、牛乳を一気飲みなさった後はコタツで談笑してらっしゃいますけど、消えてしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」たちは一体どこに…?
「そうだ、忘れていた。ハーレイとゼルの分の浴衣があったね」
「はい。あそこに」
思い出したようにおっしゃったソルジャーに、私は東屋の端に置かれた浴衣を指し示しました。大人用が3枚と子供用が1枚。大人用の中の1枚は私の分で、子供用は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のです。
「あたしもすっかり忘れてたよ。ハーレイたちはどうなったんだい?船の外じゃあないだろうね」
「それは大丈夫」
ソルジャーはクックッと笑い出されました。
「三人揃って、ぶるぅの部屋だよ。ぶるぅは土鍋でぐっすり眠ってるけど、ハーレイとゼルはとても困っているようだ。テレポートのショックで酔いがすっかり醒めたのはいいが、ぶるぅの服は小さすぎてね。仕方ないからシーツと毛布を巻いてるよ。あれでは一歩も出られないから、そろそろ服を送ってやろうか」
フッ、と浴衣が2枚消えました。
「ブラウ、後で下駄を二人分、ぶるぅの部屋に届けてやってくれ。ハーレイたちの服と靴は預かっておくから、ぼくの所へ取りにくるよう伝えるんだよ」
「そりゃいいや。ぶるぅの部屋から青の間まではけっこう距離があるからねえ」
ブラウ様、とても楽しそうです。
「ついでだからタオルと湯桶も届けてやろう。持って歩けば温泉気分だ」
「なるほど。みんな驚くだろうね、シャングリラに温泉があったのか、って。この露天風呂を残しておければ喜んでもらえそうだけど…ちょっと無理かな」
バシャン、と水音がして露天風呂の縁が崩れ落ちました。サイオンで保持する人がいないと雪見風呂は難しいみたいです。湯気も少なくなっていますし、明日の朝には凍った池か庭の一部になるでしょう。盛り上がった宴もそろそろお開き。今度こそソルジャーのお召し替えを拝見しなくては…。
「それじゃ、ぼくは先に戻るよ。片付けが終わったら、ハーレイたちの服を持って帰ってきてくれ」
え。ソルジャーは御自分の服をお持ちになってテレポートしてしまわれ、残された私が見られたものは女性陣とヒルマン教授の着替えでした。後片付けは皆様がリオさんを呼んで下さったのでお任せすることになり、ブラウ様とエラ様が畳んで下さったキャプテンとゼル様の服は…風呂敷代わりのゼル様のマントの中。
「楽しかったねえ。ソルジャーによろしく伝えておくれよ!」
ブラウ様の陽気なお声に送られ、キャプテンとゼル様の靴を両手に提げて私は展望室を後にしました。背中にはゼル様のマントで出来た包みを背負っています。服を取りに浴衣姿でおいでになるというお二人もお気の毒ですが、私の姿もかなり変。どうか誰にも会いませんように…。

マザー、青の間までの廊下は無人でした。笑い者にならずに済みましたけど、ソルジャーは既にいつもの服に着替えておられて残念無念。コタツも私より先に戻ってましたし、二人分の服を運ばされたのはソルジャーの悪戯心かもしれません。キャプテンとゼル様が浴衣に下駄履き、湯桶とタオル持参で服を取りにいらした時、こうおっしゃっておられましたから。
「この子の方がよっぽど情けない思いをしたんだよ。お前たちが残した服のせいで」。
服といえば「そるじゃぁ・ぶるぅ」が脱ぎ捨てた服は東屋には残っていませんでした。キャプテンのお言葉ではマント以外は土鍋の横にあったそうですし、ちゃっかり回収したんですね。マントは土鍋の上にかかっていたとか。もしかするとマントの下はスッポンポン…。ええ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の裸は露天風呂での騒動の時、しっかり拝んでしまいました。でも私が見たかったのはソルジャーの…。いえ、これ以上は乙女心で自主規制です。
翌日の午後、露天風呂が崩壊した後の展望室が一般公開されました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作った雪景色の庭は大人気。東屋は宴会予約で一杯になり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宴会の酒の肴を奪って逃げたり、悪戯をしかけたりすると噂です。シャングリラはまだ雪の中。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が食べてみたいという甘い雪、マザーならお作りになれますか…?




マザー、一度も休暇を取っていないソルジャー補佐です。バレンタインデー前に特別休暇を頂いて「チョコレート手作り講座」に行こうかな、とチラッと思いはしましたが…公私混同も甚だしいのでキッパリすっかり諦めました。義理チョコの大義名分のもとにソルジャーに渡すチョコなんですから、手作りはちょっとやりすぎでしょう。

手作りチョコを諦めた私は前に配られた「チョコレート申込書」に「本命1個、義理1個」と記入して出しておきました。本命は一人1個限りで義理は5個までいけるのですが、ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に渡せればいいので各1個。本命チョコは当然ソルジャー。バレンタインデーはいよいよ明日です。
「ソルジャー、おはようございます」
青の間に出勤するとソルジャーは朝食の最中でらっしゃいました。カフェオレにクロワッサンというメニューがとてもお似合いです。…コタツでさえなければ。しかもコタツには「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいて、飯櫃を抱えるような勢いで食べているではありませんか。お味噌汁と卵焼きと…朝から豚カツ…。
「ぶるぅが来たから一緒に食べることにしたんだ。…君に頼みがあるんだけれど」
「おかわりですか?」
しごく真面目に訊いた私にソルジャーはクスクスお笑いになり、リオさんにお皿を下げるようにとおっしゃいました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はまだ食べています。
「ぶるぅを連れてこれに行ってほしい。君も行きたがっていただろう?」
コタツの上に置かれたものは「チョコレート手作り講座」の受講証でした。
「ぶるぅがね、バレンタインデーの特設売り場でチョコを散々買った挙句にチョコレート工場も見学したんだ。そこで試食をしている内に自分で作りたくなってきたらしい。ね、ぶるぅ?」
ご飯と豚カツをかきこみながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が頷きました。
「でもアルテメシアのチョコレート教室にはもう空きが無くて、シャングリラの講座に行きたいとぼくに頼みにやって来た。…定員はとっくに埋まっていたけど特別に入れてくれるそうだ」
シャングリラでソルジャーのお名前を出せば大抵のことは可能でしょう。チョコレート手作り講座に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を押し込むくらい朝飯前です。
「ただ、ぶるぅだけでは引き受けかねると言われてしまって…。君に付き添いを頼みたい。本当はぼくが行ってやりたいけれど、ぶるぅを特別扱いするのは…」
そうでした、ソルジャーは滅多に青の間からお出になりません。ついつい忘れがちですけれど、お身体が弱っておられるのをシャングリラの皆に悟られないよう配慮なさっておいでです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のカラオケ新曲発表会だって一度もお出かけにならないのですし、チョコレート手作り講座は論外でしょうね。
「分かりました。お引き受けします」
「よかった。…ぶるぅ、連れてってくれるってさ。悪戯をしちゃいけないよ」
「うん!!」
笑顔で頷く「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私はソルジャーから受講証を受け取り、思いがけなく「チョコレート手作り講座」に出かけることになったのでした。

講座の開始時間にはまだ早く、リオさんが朝食のワゴンを下げていった後、私たちはコタツに座っていたのですが…講座案内を読んでいた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が首を傾げて尋ねました。
「ねぇ、ブルー。…これ、女の人が行くものなの?ここには何も書いてないけど」
「女性にしか配っていないはずだよ。…どうしたんだい?」
「やっぱり女の人だけなんだ…。どうして?アルテメシアでチョコレート手作り教室の案内を見て入っていったら「もう定員になりました、ってママに言ってね」と言われたよ」
「ママに言ってね、か。…お前が受けに来たとは思わなかったんだろう」
「だから子供じゃダメなのかと思って、ブルーの姿に見えるようにして別の教室に行ってみた。そしたらやっぱり定員ですって言われて、今度は「彼女によろしく」って。…彼女って女の人のことでしょ?」
「うん、女の人のことを彼女と言うね」
ソルジャーは微笑んで頷かれました。
「そして恋人を「彼女」と呼ぶこともある。お前はママや恋人の代わりに申し込みに来たと思われたんだよ。バレンタインデーは女性が好きな男性にチョコレートを贈る日だけど、知っていたかい?」
「…知らなかった。それでチョコレート売り場に女の人が一杯いたんだ…。女の人が好きな人にあげるんだったら、ブルーはフィシスから貰えるの?…フィシスってブルーの恋人だよね」
ゲホッ、とソルジャーが昆布茶にむせてしまわれ、何度か激しく咳き込まれて。
「ち、ちょっと違う…かな。大切だけど恋人っていうわけじゃない」
「恋人じゃないの?すごく仲良くしてるのに…。じゃあ、恋人ってどんなもの?」
「ぶるぅには…子供にはまだ難しいよ。好きな女の子ができたら自然に分かるさ」
ふぅん、と呟く「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ぼく、バレンタインデーっていろんなチョコレートを売り出す日だと思っていたよ。当日販売だけのもあるし。沢山買ったけど、女の人から貰える日なら…ぼくにも誰かくれるかな?」
「ぶるぅ。…「好きです」って言ってくれる女の人がいそうかい?」
「………。いそうにないね」
節分の鬼にされたばかりの「そるじゃぁ・ぶるぅ」はガックリと肩を落としました。
「ぼくを好きだって言ってくれるの、ブルーだけだよ。…ぼく、チョコレート貰えないんだ…」
あらら、とっても悲しそうです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」用に申し込んだのは義理チョコでしたが、手作り講座に行けるんだったら本命チョコが余りますから、それをプレゼントしましょうか。

チョコレート手作り講座の開催場所は食堂でした。シャングリラには大食堂の他にも幾つか食堂があり、講座の会場は定員の60名を収容できる小食堂です。
「こんにちは。受講に来ました」
チョコレートの香りが漂う部屋に「そるじゃぁ・ぶるぅ」と入っていくと悲鳴と思念が炸裂しました。
「うっそぉ!!!なんで~!?」
『食べられちゃう、チョコレート全部食べられちゃう~!!』
「静かに!…落ち着いて!!」
厨房の白い制服を着た男性講師がパニックになるのを食い止めましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の日頃の行いがどう評価されているか、非常によく分かる反応です。
「…ぼく、チョコレート作りを習いに来たんだ。悪戯しないよ、ブルーと約束してきたから」
「ソルジャーと!!?」
今度は黄色い悲鳴です。
「ソルジャーと約束!?…ソルジャーですって!?」
「もしかして、今年はソルジャーがチョコを受け取って下さることになったとか!?」
大変!勘違いされないよう、ソルジャー補佐としてちゃんと説明しなくては。
「えっと、皆さん…。ソルジャーがチョコレートを受け取られることはありません。そるじゃぁ・ぶるぅがここに来たのはチョコレートを作ってみたかったからで、特別な意味はないんです」
な~んだ、つまんない…という思念が会場中に広がりました。講師の先生方の挨拶の後、いよいよ講座の始まりです。上級、中級、初級コースがあり、私と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は初級コースで講師は男性。ソルジャーが前におっしゃったとおり、上級コースは本格的なチョコ菓子を作るようですね。

初級コースは型抜きチョコレートとトリュフ、生チョコのパヴェの中から1種類を選んで作ります。私に作れそうなのは型抜きチョコ。ハート型が沢山用意されていますが、ソルジャーに渡すのにハート型ではあんまりですし、お星様の形に決めました。2個作ってもいいらしいので「そるじゃぁ・ぶるぅ」にもお星様チョコをあげられそうです。
「ぼく、これにする」
型を選んでいた私の横で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。何の形にするんでしょう…って、えぇぇ!?小さな手が指差しているのはトリュフのレシピ。
「型に流すのはチョコレート工場で見てきたよ。だから、こっち」
ま…負けてるかも…「そるじゃぁ・ぶるぅ」に…。私がくらくらしている間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はマントを外し、白い割烹着を着せてもらって説明を聞き始めました。
「ねえ、中身は1種類しか作れないの?ぼく、いろんな味のを作りたいのに」
やる気満々で言ってますけど、講座の時間内に仕上げられるのは1種類が限度のようでした。けれど諦めるような「そるじゃぁ・ぶるぅ」ではなく、講師の先生に食い下がります。。
「ぼく、サイオン使えば幾つも同時に作れるよ。中身の…えっと…ガナッシュっていうの?それ、おじさんの頭の中にある作り方を真似すれば色々なのが作れるんでしょ」
「読んだのか!?…いつの間に…。それに幾つも同時に作るなんて…」
「美味しそうなのを真似してみるね。足りない材料と道具、調理場から貸してもらおうっと」
材料などを揃えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサイオンで複数の調理器具を同時に使ってガナッシュ作りを始めます。チョコレートを刻むだけならともかく、泡だて器やボールを6種類分も一度に操るなんて、どうして混乱しないんでしょう?しかも鼻歌まで歌っていますよ、十八番の「かみほー♪」を。
「…できたみたい。こんな感じでいいのかな」
出来上がった6種類のガナッシュを絞り袋に入れ、少しずつ絞り出してサイオンでくるくると丸めていく「そるじゃぁ・ぶるぅ」は講師の先生に味見を頼み、合格点を貰いました。本職並みだと褒められています。私、完全に負けたのでは…。
「あとは外側を作るだけだね。頑張らなくっちゃ」
型抜きチョコ用のチョコレートを湯煎している私の隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」も湯煎に取り掛かりました。温度調節に失敗してはやり直している私と違って一回で済ませ、丸めたガナッシュをサイオンで転がしながらチョコレートで綺麗にコーティング。それに比べて私のチョコは…。いえ、大切なのはチョコレートにこめた気持ちですよね。

「そるじゃぁ・ぶるぅ」は完成した6種類のトリュフを大きな箱に詰めてラッピングしてもらい、入りきらなかった分は講師の先生と試食してから自分の部屋へテレポートさせました。お次は白い割烹着のまま他のコースの見学です。熱心に見ている後姿はとても可愛く、悪戯者には見えません。そこへキャプテンがおいでになって…。
「ぶるぅがチョコを作っていると聞いて見に来たんだが、もう終わったのか?」
「はい。頭にくるほど上手でしたよ」
私は思念で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のトリュフ作りの様子をお目にかけました。
「サイオンとはな…。まるで手品を見ているようだ。その箱に全部入ったのか?」
「いいえ、とても沢山ありましたから…余った分は部屋に送ったみたいです」
「部屋に?」
甘いものが苦手なキャプテンの顔色が変わり、一歩後ろへお下がりになって。
「チョコは余っているんだな?…試食しろとか言われては困る。いや、ぶるぅなら絶対に言う…」
くるりと扉の方を向くなり足早に出てゆかれましたが、キャプテンは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチョコレート作りで大失敗をすると思って見に来られたのかもしれません。チョコレートまみれになるとか、謎の物体ができるとか。やがて講座は和やかに終わり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の付き添い役も無事終了。私の作品はお星様の形のチョコ2つです。明日はこのチョコを義理チョコと称してソルジャーに…。
「このチョコ、ブルーにあげるんだ。ぼくがプレゼントしたってかまわないよね」
トリュフ入りの箱を抱えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が踊るような足取りで歩いていきます。
「そうだ、あそこで聞こえた話の中に分からないことがあったんだっけ」
また「恋人ってなに?」でしょうか。チョコレート作りは上手くても恋を知らない1歳児ですし。
「ううん、恋人じゃなくて…「受け」ってなに?」
「えっ?」
「チョコを作りに来たのがぼくじゃなくてブルーだったらよかったのに、って話してる人たちがいたんだよ。ブルーは「受け」だから絶対似合うって言っていたけど、受けっていったいなんのこと?」
ひゃぁぁ!!…誰が話してたのか知りませんけど、顰蹙です。ド顰蹙です。ソルジャー補佐として許すわけには…って、その前になんて言えばいいんでしょうか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ハーレイが来た時、その人たち、とてもはしゃいでた。ブルーにはやっぱりハーレイだ、って。ハーレイは攻めって言うらしいよ。受けとか攻めってどういう意味なの?」
なんということでしょう!シャングリラにそんな妄想をしている人がいるなんて。でも誰なのか分かりませんし、いくら私がソルジャー補佐でも犯人が分からないと怒鳴り込むことはできません。
「…ねえ、受けってブルーをバカにする言葉?」
私の怒りオーラを察した「そるじゃぁ・ぶるぅ」が心配そうに言いました。
「そういうわけではないんだけれど…。知らない方がいい下品な言葉ね」
「…でも、ものすごく楽しそうだった。ぼく、気になってしょうがないよ」
「私には楽しくない話だわ。説明する気にもなれないし」
「ふぅん…。いつか大人になったら分かるかなぁ?…忘れないように覚えとこうっと」
妙な話を聞いてしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですが、このまま忘れてほしいものです。明日は当日販売のみのチョコレートを買いに奔走すると聞いていますし、チョコレートのことで脳味噌が満杯になってくれますように…。

そして翌日、バレンタインデー。私はお星様チョコを1個ずつ箱に入れてラッピングしたものを持って出勤しました。申し込んであった「本命チョコ」と「義理チョコ」は私のおやつになる予定です。
「ソルジャー、義理チョコを持ってきました。そるじゃぁ・ぶるぅの分もあります」
「ぶるぅにも?…ありがとう。昨日の手作りチョコなんだね」
憧れのソルジャーに手渡せた上、お礼まで言ってもらえて感激ですが「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチョコレートを買いに出かけているので、お星様チョコの2つの箱はコタツの横に置かれました。やがてブラウ様とエラ様が義理チョコと言いつつ大きな箱を持っていらして、その次はフィシス様。美しく包装された箱をソルジャーにお渡しになり、お決まりの『フィシス様の地球』の出番です。
(…やっぱりフィシス様は特別なんだなぁ…。恋人じゃないっておっしゃったけど)
コタツでフィシス様と手を絡めてらっしゃるソルジャーは本当にお幸せそうでした。それからお二人で昼食を摂られ、私は同じコタツでお弁当。分相応という言葉が身にしみます。フィシス様は食後もゆっくりなさってお帰りになりましたけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はまだ戻りません。
「あれこれ買っているんだろう。熱心に下調べをしてたようだし」
ソルジャーがそうおっしゃった時、通信用スクリーンが出現しました。キャプテンのお姿が映っています。場所は廊下のようですが…緊急連絡でもなさそうですし、いったいどうしたことでしょう。
「ハーレイ!」
スクリーンからソルジャーのお声が響きました。それと同時にキャプテンの前にソルジャーのお姿が…って、ソルジャーは青の間におられます。ご自分のお姿を他の場所に投影なさることがお出来になるとは知っていましたが、この目で見るのは初めてでした。
「…ハーレイ、待たせてすまなかった。これを渡したかったんだ」
幻影のソルジャーがキャプテンに謝りながら差し出されたのは、綺麗なリボンのかかった大きな箱。待ち合わせのご予定を伺った覚えはありませんけど、お忘れになっていたんでしょうか?しかも幻影でお会いになるなんて、いったいどういうおつもりで…?
「今日はバレンタインデーだから、お前にチョコレートを贈りたくて…誰もいない場所に来てもらった。ぼくの気持ちを受け取ってほしい。アルテメシアで一番甘いチョコレートだ」
ソルジャーの幻影がキャプテンに箱を手渡された瞬間、シャングリラ中に凄まじい悲鳴と驚愕の思念が響きました。スクリーンの映像と音声が生中継されていたようです。キャプテンは箱を抱えて固まってしまわれ、コタツにおられたソルジャーのお姿がフッと見えなくなったと思うと…。
「ぶるぅ!!!」
スクリーンの中にソルジャーがお二人。パシッと青いサイオンが弾け、キャプテンにチョコレートを渡した方のソルジャーが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿に変わって廊下に座り込みました。
「痛いよ、ブルー!」
頭を押さえている「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、リボンがかかった箱を手に呆然と立っておられるキャプテン。チョコレートの箱は幻じゃなかったみたいです。本物のソルジャーが「痛いよ」を連発している「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭をコツンと軽く叩かれ、キャプテンに赤い瞳を向けて。
「すまない、ハーレイ。…全部ぶるぅの悪戯だ」
キャプテンはようやく我に返られたらしく、ソルジャーと偽ソルジャーだった「そるじゃぁ・ぶるぅ」を交互に眺め、額を押さえて呻かれました。
「…では、私をここへお呼びになったのは…」
「ぶるぅだね。おまけに、お前がここへ来てから起こったことは監視カメラと通信システムを使って一斉中継されてしまった。…シャングリラ中が大騒ぎだが、どうする、ハーレイ?」
「…どうする、とおっしゃいましても…私には…」
「そうか、お前も被害者だったな。…いや、一番の被害者か…」
シャングリラの住人たちの思念は今もザワザワ騒いでいます。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯とはいえ、あんな光景を見せられたのではそう簡単に落ち着けるわけがありません。
「…みんな、驚かせてすまなかった」
ソルジャーのお顔がスクリーンに大写しになり、穏やかなお声が流れました。
「ぶるぅの悪戯で混乱させてしまったようだ。変な映像が流れはしたが、システム自体に影響はない。ぶるぅはぼくが叱っておくから、安心して持ち場に戻ってくれ」
青の間のスクリーンがフッと消え失せ、船内に渦巻いていた思念の波も引いていきます。生中継に使われていた全ての画面が正常に戻ったのでしょう。とんでもないヤツです、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。

「…やれやれ、ぶるぅがあんな悪戯をするとは思わなかった」
テレポートで青の間に戻ってこられたソルジャーの後ろで「そるじゃぁ・ぶるぅ」がしゅんとした顔をしていました。一斉中継が終了した後、たっぷりとお説教をされたに違いありません。キャプテンに土下座して謝るようにとか言われたのかも。そういえば騒ぎの一因のチョコレートの箱が無いようですけど、いったい何処へ消えたのでしょう?
「あれはハーレイにプレゼントしたよ。バレンタインデーにチョコはつきものだ。せっかくの機会なんだし、ぶるぅが買った『アルテメシアで一番甘いチョコ』を味わってみるのもいいんじゃないかな」
ソルジャーは悪戯っぽい笑みを浮かべてコタツにお入りになりました。
「ハーレイにはとんだ災難だけど、ぶるぅに騙されたのが運の尽きだ。ぼくに呼ばれたと信じて待っていたらしい。…ぶるぅの思念とぼくの思念を間違えるなんて、信じられない気がするけどね」
言われてみればもっともです。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオン能力はケタ外れですし、キャプテンを騙すくらいは簡単なのかもしれません。私も注意しなくては…。
「おかけでバレンタインデーの余興ができた。ぼくがハーレイにチョコを渡すのを見たい、と願っていた子たちがいたそうだ。ぶるぅはそれを実行したわけだが、その子たちの反応はどうだったのかな」
「受けとか攻めとか言ってた人たち?…喜んでたよ。ぼく、ちゃんと思念を追っていたんだ」
ニッコリ笑った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分が何をやらかしたのか、まるで分かっていませんでした。
「なるほどね。これだけの人数がいれば色々なことが起こってくるさ。…ところで、ぶるぅ。その子たちの心を二度と読んではいけないよ。病気がうつると困るから」
「えっ、あの人たち、何か病気にかかっているの?」
「うん。受けとか攻めとか、そういうことばかり考えたくなる…とても困った病気なんだ。もしもお前が感染したら、ぼくは一生お前と口を利かない」
「ええっ、そんなの嫌だよ、ブルー!…まだうつったりしていないよね?」
「今のところは大丈夫。でも次からは気をつけないと…。あの病気を治す薬は無いんだから」
そう諭された「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコクンと頷き、ソルジャーと指切りをして「病気の人には近づかない」と約束しました。これで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が受けと攻めの意味を追求する恐れはないですね。さすがソルジャー、鮮やかですけど…病気のレッテルを貼られた人たち、自業自得とはいえ可哀相かも…。

船内一斉中継騒動と受け攻め問題が片付いた後、ソルジャーが手に取られたのは私が持ち込んだお星様チョコの箱でした。2つの箱をそっと並べてから1つを「そるじゃぁ・ぶるぅ」の前へ。
「ぶるぅ、バレンタインデーのチョコは貰えたかい?」
「…ううん、誰からも貰えなかった…」
「そうだろうね。悪戯ばかりしてるし、気に入らないと噛み付くし。誰もくれなくて当然だけど…ほら、見てごらん。お前にチョコレートを持ってきてくれた人がいたんだよ。ぼくとお前と1個ずつ、って」
「えっ、ほんと?…ぼく、チョコレート貰えたんだ!」
大喜びで箱を開いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、贈り主が私だと気付いてもガッカリしたりはしませんでした。なにしろシャングリラ中でたった1個の自分宛のチョコレートです。来年はもっと貰えるかも、と言い出しましたが、ソルジャーは夢を見ている「そるじゃぁ・ぶるぅ」に厳しい言葉をおっしゃいました。
「まず悪戯をやめないと。…それと噛み癖が直らない内は絶対にチョコは増えないね」
「…どっちも直すの難しいよ。でも頑張って来年はもっと…。あっ、大事なこと忘れてた!」
あたふたと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテレポートで宙に取り出したのは昨日の手作りトリュフでした。
「ブルー、これ…昨日作ったチョコなんだ。先生に褒めてもらったよ。ブルーが行かせてくれた講座だったし、ぼく、ブルーのこと大好きだし…これあげる。要らないなんて言わないよね?」
心配そうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手からソルジャーが箱を受け取られて。
「要らないって言うと思うかい?…お前が頑張って作ったのに。ありがとう、ぶるぅ。お前からチョコを貰えるなんて、考えたこともなかったよ」
「よかった。…ぼく、今日も悪戯しちゃったけれど…でも大好きだよ、ブルーのこと」
ソルジャーは箱を開いて見事なトリュフを1個お食べになりました。美味しいよ、とおっしゃるソルジャーを見つめて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は満足そうです。この後はきっと部屋に帰って山ほど買ったチョコレート各種をお腹一杯食べるんでしょうね。アイス大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」、チョコレートも大好きみたいです。

マザー、ソルジャーがキャプテンにお贈りになった『アルテメシアで一番甘いチョコレート』のその後の行方は分かりません。キャプテンはこっそり処分なさるような方ではない筈ですし、最近、胃薬の量が増えたと噂ですから、律儀に食べておられるのかも。
そして一部の女性の間では『ハレブル』というモノが熱く語られておりますが…シャングリラに悪影響が出そうになったらソルジャーが手を打たれるでしょう。私の記憶も消えてしまうかもしれませんから、その前に報告いたします。『ハレブル』とは一種の専門用語で、ハーレイ×ブルーの意味です、マザー。




マザー、相変わらず無休のソルジャー補佐です。節分が終わり、寝込んでおられたキャプテンも復帰なさってシャングリラに日常が戻りました。バレンタインデーが近づいているので船内はちょっと浮かれておりますが。

甘いイベントを前提にして私の部屋にも「チョコレート申込書」が配られてきました。どうしようかな、と考えながら今日も青の間に出勤です。ソルジャーがコタツにおいでなのを見ると「玉砕覚悟でソルジャーに渡す」という誘惑が頭をもたげてきましたけれど、ソルジャーは贈り物の類は一切お受け取りにならないといいますし…ソルジャー補佐でもダメでしょうね。残念。…でも「義理チョコです」と渡すのはアリかもしれません。
「バレンタインデーのチョコレートかい?…義理チョコです、と言われたら流石に断るのは難しいかな。ぼくが上司なのは事実だからね」
「え、本当ですか、ソルジャー!?」
やたっ!役得ですよ、役得!やってて良かった、ソルジャー補佐!!
「義理チョコだったら貰ってもいい。ただし、ぼくが受け取ったことは誰にも口外しないこと」
「もちろんです!…あ、お返しはいいですから。ホワイトデーは無視して下さって結構ですから!」
憧れのソルジャーにチョコを渡せるなんて、もう頑張るしかありません。義理チョコと言いつつ手作りチョコなんか最高かも。そういえばチョコレート申込書に「チョコレート手作り講座のご案内」がありましたっけ。申し込んじゃおうかな、と思ってからハタと重大な問題に気付きました。無休の職場じゃ講座に出かける時間なんて…。
「行きたいんなら行ってもいいよ。リオだっているし、問題ないさ」
「そうですか?」
「うん。それに売り物じゃない手作りチョコなんて、ぶるぅがとても喜びそうだ」
え。ぶるぅ?もしかしなくてもソルジャーにチョコを差し上げると「そるじゃぁ・ぶるぅ」の胃袋に…?
「どうだろうね。ぼくの気分とぶるぅ次第かな」
ひえぇ!!!…バレンタインデーまで「そるじゃぁ・ぶるぅ」には買い食いに燃えてもらわなくては。食べきれないほどチョコを買い込んでくれれば、ソルジャーのチョコにまで手出ししたりはしないでしょう。ソルジャーにはぜひとも、私のチョコを食べて頂くのです!
「…毎年、フィシスがくれるんだ。ブラウとエラは義理チョコをくれる」
あちゃ~、ライバル多数ですか。これはダメかもしれません。でも何事も参加することに意義があるとか言うんですから、諦めないで「手作りチョコレート講座」に行っちゃおうかな。
「あの講座はけっこう本格的だよ。…ん?……ぶるぅ?」
ソルジャーがハッと赤い瞳を宙に向けられ、お顔が一瞬、ひきつったように見えました。
「ソルジャー?…ソルジャー、どうかなさいましたか?」
「……………」
呼びかけてもお返事がありません。まさか「そるじゃぁ・ぶるぅ」がまた何かろくでもないことを…。
「ソルジャー!!」
「……ああ…。すまない…」
ソルジャーは視線を宙に泳がせたまま、考え込んでおられましたが。
「…ハーレイに連絡を取ってくれ。すぐにだ」
「はいっ!!」
私がブリッジを呼び出すと、ソルジャーはキャプテンに向かって叫ぶようにおっしゃいました。
「ドクターを連れてぶるぅの部屋に行ってくれ。ぼくも今、行く」
次の瞬間。
「飛ぶぞ」
ソルジャーに抱えられたと思った途端、私の視界はぐにゃりと歪んで…思わず瞑った目を開いた時にはそこは青の間ではなく、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋の扉の前でした。

「ぶるぅ!!!」
ソルジャーは私が初めてのテレポートでふらついている間に扉を開き、中へ飛び込んで行かれました。くらくらしている場合ではなさそうです。ぎゅっと拳を握って呼吸を整え、部屋に入ると。
「……ぶるぅ……」
膝をついておられるソルジャーのすぐ横に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が倒れていました。コタツに入ったまま仰向けに倒れたようですけれど、はずみで頭でも打ったのでしょうか、ソルジャーが撫でておられるのに小さな身体はピクリとも動きません。さっきドクターを呼ぶようにおっしゃったのはこれなんですね。
「…息をしていないんだ」
「は?」
信じられない言葉を耳にして私は思わず聞き返しました。
「ぶるぅが…息をしていない。もう心臓も動いていない…」
「えぇぇっ!!??」
悲鳴を上げた私の前でソルジャーは床に屈み込み「そるじゃぁ・ぶるぅ」にサイオンを注いでおられましたが、やがて諦めたように首を振って小さな身体にそっと毛布をおかけになったのです。
「……駄目だ……」
「そんな…!」
そこへキャプテンがドクターと一緒に走っておいでになりました。ドクターは毛布をどけて「そるじゃぁ・ぶるぅ」の蘇生を何度も試みてらっしゃいましたが、やはり手の施しようがないらしく。
「…駄目です、ソルジャー…。どうしようもありません。…しかし、どうしてこんなことに…」
「分からない。ぼくが感じたのは苦しそうにぼくを呼ぶ思念だけだった」
ソルジャーは動かなくなった「そるじゃぁ・ぶるぅ」の顔をじっと見つめておっしゃいました。
「でも、苦しそうな顔はしてないね。…ぶるぅ、助けてあげられなくてごめんよ…」
「ソルジャー…」
キャプテンが沈痛なお顔で小さな身体に毛布をかけて。
「お役に立てず、申し訳ございません。…こんなことになるのでしたら、豆まきの鬼などやらせたりは…。かわいそうなことをしました」
「…ハーレイ、済んだ事を言っても仕方ない。それより、これからのことをよろしく頼む。ぼくは青の間に戻るから…長老たちに連絡を取って皆で来てくれ」
誰よりも悲しい思いをしておいでの筈のソルジャーでしたが、瞳に涙はありませんでした。
「…戻るよ。今度は気をつけて」
「は、はいっ!」
ソルジャーに手を引かれ、また空間がぐにゃりと揺れて…気がつくと青の間。そこにはいつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運び込んできたコタツがあります。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、もう何処にも…。私の目から涙が零れ落ちました。

噛まれたり、悪戯されたり、散々な目に遭いましたけど、ソルジャー補佐になって分かったことは「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーが大好きで、ソルジャーを地球に連れて行きたいと心から願っていたということ。私はいつの間にかそんな「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大好きになっていたようです。まさか…まさか、こんなことに…。
「…ぶるぅのために泣いてくれるんだね。…ありがとう…」
ソルジャーが静かにおっしゃいましたが、私は答えられませんでした。話そうとすると嗚咽になってしまいます。ソルジャーは泣いてらっしゃらないのに申し訳ないと思っても…どうしても。泣き止むことが出来ない内に時間が経ってしまったらしく、キャプテンと長老方が青の間においでになりました。
「…ソルジャー、この度はまことに…」
ヒルマン教授がそうおっしゃった後、どなたも言葉が続きません。私は根性で泣き止みました。ソルジャー補佐が泣いていたのでは、お役目を果たすどころではありませんから。
「…分からないもんだねえ。…あんなにやんちゃな子だったのに…」
ブラウ様がようやく口を開かれ、エラ様がワッと泣き出されました。それが合図だったかのようにキャプテンが姿勢を正され、目元に滲んだ涙を拭って。
「ソルジャー、心からお悔やみ申し上げます。…それで我々をお呼びになった理由は…」
「決まっている。ぶるぅの葬儀のことだ」
エラ様が泣き崩れてしまわれ、私も涙が滲んでくるのを抑えることができませんでした。
「ぼくは精一杯のことをしてやりたい。…仏式にしたいと思うが、通夜は今夜で間に合うだろうか」
「…ソルジャー、明日は友引です。ですから、今夜は仮通夜ということで…」
ヒルマン教授がおっしゃいました。さすがは教授、ちゃんと暦を調べておいでになったようです。
「そうか。ならば今夜はぶるぅをゆっくり寝かせてやれるな」
ソルジャーのお言葉を聞いた私はとうとう我慢の限界を超え、エラ様と一緒に激しく泣き出してしまいました。こんなことではソルジャー補佐として失格ですが、もう駄目です。相談なさっている内容も聞こえず、長老方が退室なさったことにも気付かず、床に座り込んで泣き続けました。

「………。ハーレイたちは帰ったよ」
優しい声がして肩を叩かれ、赤い瞳に覗き込まれて…私は泣き止むしかありませんでした。ソルジャーが落ち着いていらっしゃるのにソルジャー補佐がいつまでも泣いているわけにはいきません。
「…すみません、ソルジャー…。取り乱しました…」
「いいよ。ぶるぅのため、なんだろう?」
またまた涙が零れ落ちそうになった私でしたが、こらえてなんとか立ち上がりました。
「…泣いてちゃ…仕事ができませんから…。私は何をすればいいんでしょうか…?」
「今夜は仮通夜ということになった。ぼくと一緒にぶるぅの部屋に行ってもらうことになる」
「……分かりました……」
「シャングリラに喪服は無いから、いつもの服で行けばいい。あ、それから…」
ソルジャーのお声が一瞬止まって。
「ぶるぅだけどね。…死んでなんかいないよ、ほんとは」
「…ええっ!?」
「正確には仮死状態だ。ぶるぅが自分でやったことだが、まだ子供だし…それに初めてのことだから蘇生するのにかなり時間がかかるだろう。出棺までに目が覚めればいいけど」
「はぁっ!???」
私の目はきっとまん丸になっていたでしょう。ソルジャーのおっしゃることは本当でしょうか?
「嘘じゃない。ぶるぅはシャングリラの誰かが食べようとしていた餅をサイオンでこっそり盗み出し、丸呑みして喉に詰まらせたんだ。苦し紛れにぼくに思念で助けを求め、窒息する前に自分で身体を凍結させた。…同じサイオンを使うのならば仮死になるより餅をどければよかったのにね」
そうおっしゃってソルジャーは宙に白い物体を取り出されました。
「これがぶるぅの喉に詰まっていた餅。だからぶるぅは仮死を解いてやればすぐに元気になるんだけれど…せっかくだからサイオンのトレーニングも兼ねてしばらく放っておこうと思う。頑張って自分で解くといい」
「そ、それじゃあ……お葬式は…」
「豆まきの件があったろう?…シャングリラの皆が倍返しでもいいという覚悟でぶるぅを節分の鬼にした。たっぷり後悔してもらうさ。…こんなことになるなら苛めたりしなきゃよかった、とね」
ソルジャーはニッコリ微笑まれました。
「ドクターにも仮死だと見抜けないよう、ぼくが細工をしておいた。…君の思念も封じさせてもらう。本当のことが皆に知れたら厳粛な葬儀が台無しだ。…それじゃ、ぶるぅの部屋に行こうか。ちゃんと悲しそうな顔をするんだよ」

「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に行くと、お線香の匂いが漂ってきました。コタツなどの家具は片付けられて壁に黒白の幕がかかっています。真ん中に敷かれた布団に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が白い着物を着て寝かされていて、顔の上には白い布。枕元にお線香と蝋燭が供えてあり、布団のそばにフィシス様が座っておいででした。
「…ソルジャー…」
しくしくと泣いてらっしゃるフィシス様ですが、ソルジャーの思念によるとフィシス様も真相をご存じだそうです。きっと私が大泣きしている間にこっそりお伝えになったのでしょう。でも流石はフィシス様。ソルジャーに思念を封じられている私と違ってきちんと芝居をしておいでです。『頑張ってね』と思念を送って下さいましたし。
「…ぶるぅ…」
ソルジャーが白い布を外して「そるじゃぁ・ぶるぅ」の顔を悲しそうに見ておられます。そこへヒルマン教授が緑の僧衣をお召しになって入ってこられ、続いて長老方。仮通夜といえどもシャングリラの重鎮が揃うようです。ソルジャーとフィシス様と私は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそばに座布団を敷いて座りました。
「では、ソルジャー…そろそろ始めさせていただきますぞ」
ヒルマン教授が用意してきた鉦と木魚を叩かれ、厳かな声で読経を始められます。本物のお坊さんに引けをとりませんけど、何処で習ってこられたのでしょう…って、いけない、いけない。好奇心に燃えてる場合ではなく、悲しそうな顔をしなくちゃいけません。あちこちの部署から弔問の人が来てお焼香が始まりました。
「………豆鉄砲を作ってごめんよ…」
呟きながら手を合わせたのは戦闘班の人でしょう。私たちは参列者にお辞儀を返し、時々、布団の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に目を向けますが…一向に蘇生する気配はないようです。仮通夜なので弔問客は各部署の代表だけだったらしく、お焼香はすぐに長老方の順番になり、続いて私、フィシス様、最後にソルジャー。
(…思い切りしめっぽいんだけど…ソルジャーが嘘をおっしゃる筈がないものね)
お焼香をして手を合わせながら眺めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はどう見ても『仏様』でした。ヒルマン教授の読経が終わり、長老方はもう一度「そるじゃぁ・ぶるぅ」に手を合わせてからお帰りになってゆかれます。私はソルジャーやフィシス様と一緒に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に残って交代で『仏様の番』をすることになりました。

思念が外に漏れないようソルジャーがシールドを張られた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋はお焼香の残り香とお線香の匂いで一杯です。ソルジャーがそっと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の顔にかけられた白い布を外されましたが、眠っているような顔に血の気は全くありません。本当にちゃんと生き返ってくれるのでしょうか?
「…心配ない。手間取っているようだけど、ぶるぅは今も頑張っているよ」
ソルジャーはフィシス様と私を安心させるように微笑まれました。
「早く生き返ってくれないと…正直、ぼくも困るんだ。今夜は仮通夜だったからいつもの服でよかったけれど、本当に通夜をすることになったら…衣を着る羽目になるかもしれない」
「ころも?」
ころも…。衣って、なんでしょう?
「今日、ヒルマンが緑のを着てきただろう。あれと同じだよ。…ぼくのは緋色の衣だけれど」
「お坊さんの服ですか!?」
「衣、と言ってくれたまえ。ぼくもヒルマンも僧籍なんだ」
「えぇぇっ!!?」
私は心底、仰天しました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお葬式を仏式でやりたい、とはおっしゃいましたが…ソルジャーが僧籍って…お坊さんの資格を持っておいでということですか?
「ああ。…シャングリラにもそういう資格を持っている者は必要だろうと思ってね。アルテメシアに来て間もない頃に、ぼくとヒルマンが最初に取った。ちゃんと人類に紛れ込んで得た資格だから本物だ。何度か修行に通って位も上がり、ぼくは高僧として緋色の衣が着られるんだよ」
「あ、あのぅ…。なんで仏教なんですか?」
「どんな人間でも『南無阿弥陀仏』と唱えるだけで極楽へ行ける、というのがいいじゃないか。もちろん他の宗教の資格を持っている者もいる。仏教は…若手で君が知っていそうなのはアイハラかな」
アイハラさんといえばブリッジの…。あの人もソルジャーも、ヒルマン教授もお坊さん…。そういえばいつだったか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお仕置きするために頂いたソルジャー直筆のお札に『南無阿弥陀仏』と筆で書かれてありましたっけ。っていうか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」…早く生き返ってこないとソルジャーにお経を読まれちゃいますよ!
「ソルジャー、私は緋の衣をお召しになったところを見てみたいですわ」
「…フィシス…。そういえば、君は見たことがなかったか…」
そんな会話をなさっている横で「そるじゃぁ・ぶるぅ」の睫毛が僅かに動きました。
「ぶるぅ?」
ソルジャーが冷たくなった「そるじゃぁ・ぶるぅ」の額に触れて呼びかけられると、頬にほんのり赤みがさして…私たちが覗き込む内に小さな胸が微かに上下し、ふぅっと聞き逃しそうな息を吐いて。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞳がゆっくりと…じれったいほどゆっくりと開き、でも、焦点は定まらないまま。
「……ブルー……?」
息を吹き返した「そるじゃぁ・ぶるぅ」が一番最初に口にしたのは他ならぬソルジャーのお名前でした。ソルジャーはすぐに小さな身体を抱きしめ、サイオンを注ぎながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」の背中を撫でておられます。
「ぶるぅ…。頑張ったね、ぶるぅ…。大丈夫、ぼくはここにいるよ」
「…ブルー、ぼく…お餅が喉に詰まったんだ。苦しかったよ。…ブルーが助けてくれたんだね」
「ぼくは殆ど何もしてない。ぶるぅ、お前が自分で頑張ったんだ。…見てごらん」
ソルジャーは思念で今までの経過を「そるじゃぁ・ぶるぅ」にお伝えになったようでした。ソルジャーのサイオンに助けられて元気になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分の姿と部屋の光景をキョロキョロ見回し、ポカンとして。
「…ぼく、死んじゃったの?…ねえ、ブルー…ぼく、本当は死んじゃってるの?」
「死んでないよ、ぶるぅ。みんな勘違いをしているだけだ。…今ならたっぷり悪戯ができる。その格好でそっと枕元に立って、「来たよ」と言ってやればいい。みんな幽霊が出たと思うだろうね」
ソルジャーのお言葉に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞳が輝き、とても嬉しそうにニコッと笑って。
「かみお~ん♪」
左前に着せられた白装束で飛び跳ねるように、歌いながら飛び出していってしまったのでした。

その夜、シャングリラの乗員は皆、恐ろしい目に遭ったようです。寝ていた人は枕元に立った白装束の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「来たよ」と囁かれて震え上がり、十字を切るやら念仏を唱えるやらで朝まで眠れなかったとか。起きていた人も、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が苦手なブリッジにいた人を除く全員が白装束の幽霊に出会い、腰を抜かしたりパニックに陥ったりして医療部に搬送されました。もちろん医療部にも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の幽霊が…。
「ソルジャー!!」
翌朝、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋で眠りこけていた私たちは扉を激しく叩く音に起こされました。ソルジャーがシールドを張ってしまわれたままだったので扉は内側からしか開けられません。
「ソルジャー!!…ご無事ですか、ソルジャー!!!」
キャプテンが絶叫しておられました。ソルジャーに寄り添うように白装束の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が眠っています。夜明けまで悪戯していたらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」の帰りを待っている内に、ソルジャーもフィシス様も私も疲れて寝てしまったのでした。
「…どうした、ハーレイ。なんの騒ぎだ?」
ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を布団に運んで元通りに寝かせ、扉をお開けになりました。
「どうしたも何も…。出たのです、ぶるぅが!…ぶるぅの幽霊が…シャングリラ中に…」
蒼白なお顔のキャプテンの後ろには緑の僧衣のヒルマン教授が数珠を手に立っていらっしゃいます。
「私の部屋にもやって来ました。…ソルジャー、納棺を急いだ方が良さそうですぞ」
「…そうなのか…。もう少し寝かせておいてやりたかったが、仕方ないな」
悲しげなお顔をなさるソルジャーにキャプテンが強い口調でおっしゃいました。
「お気持ちは分かりますが、シャングリラの皆が怯えております。納棺してソルジャーに封印をお願いするしかないでしょう。…棺は土鍋を使う、というご意思はお変わりになっておられませんか?」
「ああ。…ぶるぅは土鍋で寝るのが好きだったからね。ただ、蓋をされるのは嫌いだったから…仮通夜の間は布団に寝かせた。もう蓋をしてしまうのか…」
「はい。そういうことで参りました。ゼルは幽霊騒ぎでベッドから落ちて腰を痛め、エラは頭痛で寝込んでおります。ブラウは私の代わりにブリッジで皆を落ち着かせるべく奮闘中で…。まさかブラウに納棺をさせるわけにはいきませんから」
キャプテンは奥に置かれていた土鍋を運び出し、蓋を外すと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を寝かせた布団に近づいて小さな身体を軽々と持ち上げられました。蘇生したとは夢にも思っておられないらしく、手際よく土鍋に入れておいでです。そういえば死後硬直って、そろそろ解ける頃でしたっけ…って、爆睡中ですか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「では、蓋を閉めさせていただきます。…よろしいですか、ソルジャー?」
ソルジャーが瞳を伏せて頷かれ、土鍋の蓋が閉められました。が、次の瞬間。
「狭いーーーっっっ!!!」
バァン、と土鍋の蓋が吹っ飛び、叫び声と共に躍り出たのは白装束の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。仰け反られたキャプテンに飛びかかるなり腕にガブリと噛み付き、勢いに乗ってガブリ、ガブリ。ヒルマン教授は腰を抜かして念仏を唱えておられます。…多分「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大嫌いな蓋を閉められたせいで目覚めたのでしょう。
「ぶるぅ、そのくらいで許しておあげ。…ハーレイはわざとやったんじゃないよ」
ふわり、とソルジャーの青いサイオンが「そるじゃぁ・ぶるぅ」を包み、キャプテンから引き剥がしました。そのまま手元に引き寄せ、宥めるように頭を撫でておられるのをキャプテンとヒルマン教授は呆然と見つめておいででしたが…噛まれた痛みで我に返られたキャプテンが苦痛に顔をしかめながら。
「…ソルジャー…。ぶるぅは…生きているのですか…?」
「ああ。昨夜遅くに生き返った。…みんなが見たのは幽霊じゃなくて、ぶるぅの悪戯だったんだよ」
「……なんと……」
キャプテンとヒルマン教授がヘタリと座り込まれます。ソルジャーは落ち着いてきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を優しく抱きしめ、笑みを浮かべておっしゃいました。
「ぶるぅが生き返ってくれたんだから、悪戯は許してやってほしい。…豆まきの鬼のお返しということにして貰えると嬉しいな。まだ1歳の子供だからね、大目に見てやってほしいんだ」
そしてソルジャーはシャングリラ全体を包み込むように、暖かく柔らかい思念を広げて。
『…ぶるぅが息を吹き返した。もうすっかり元気になったから。…みんな、心配をかけてすまなかった。ぶるぅの通夜と葬儀は中止だ。また悪戯をするだろうけど、いないよりはいいと思ってほしい』
わっ、とシャングリラ中から沸き立つような思念が上がりました。悲鳴と歓声が入り混じったような、それでも心からの安堵が押し寄せるように伝わってくるような…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がこの思念の波を覚えていてくれれば悪戯は減るのかもしれませんけど、子供ですから無理でしょうねぇ。

マザー、とんでもなく人騒がせな出来事でしたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の葬儀を出さずに済んで良かったです。あんなヤツでも本当に死んでしまったりしたら悲しいですし、なによりもソルジャーがとてもお嘆きになるでしょう。クリスマス前に「ぶるぅが消えてしまうかもしれない」と心配しておられたソルジャーのことを私は覚えていますから。
それにしても、お餅って危険だったのですね。「年齢に関係なく詰まる時は詰まる」と分かりましたので、今後、ソルジャーがお召し上がりになる時は細心の注意を払うことにいたします。なんといっても三百歳を超えておいでになるのですから危険です。詰まった時には掃除機がいい、という話は本当ですか、マザー…?




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