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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラのし上がり日記・番外編」の記事一覧

 今年も心浮き立つクリスマス・シーズンがやって来た。華やかなイルミネーションに彩られた
アタラクシアの街には敵わないながらも、ミュウたちの船、シャングリラの船内も美しく飾り
付けられる。居住区の扉などにはクリスマス・リース、公園にはお馴染みの見上げるような
クリスマス・ツリーだ。


「えーっと…。今年は失敗しないんだもんね」
 今度こそきっと大丈夫、とツリーを眺めて呟いている子供が一人。ミュウの長、ソルジャー・
ブルーとお揃いの服を着込んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」、シャングリラ中のクルーを悩ます
大食漢の悪戯小僧である。
「サンタさんは会ってくれないけれど、お願いは聞いてくれるよね、うん」
 神様みたいに凄いんだもん、と独り言を続ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」は一昨年のクリスマスに
サンタクロースに願い事を叶えてもらった。だから今年も、と欲張りすぎたのが去年のこと。
サンタクロースに直接会って願いを聞いて欲しかったのに、大失敗をやらかしたのだ。


 確かに事前に聞かされてはいた。もしもサンタクロースを見てしまったら、サンタクロースは
酔っ払いの男に変わってしまってプレゼントも消えてしまうのだと。それなのに「そるじゃぁ・
ぶるぅ」はサンタクロースを捕まえようと罠を仕掛けて、サンタクロースもプレゼントも
ものの見事に逃してしまって…。


「去年サンタさんは手紙をくれたし、お返事くらい書いてくれると思うんだ♪」
 すぐ書けるよね、と取り出したのは小さなカード。公園の入口に置かれた大人の背丈より
少し高いクリスマス・ツリーに吊るすカードだ。クリスマスに欲しいプレゼントを書き込んで
吊るしておけばサンタクロースの所に届く。いい子でいればクリスマスの朝、枕元に
プレゼントが見付かるわけで。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持つカードには願い事が既に書かれていた。お世辞にも上手な
字とは言えないけれど、一所懸命に頑張った。それを『お願いツリー』と呼ばれるツリーの
枝に結び付け、満足そうな笑みを浮かべる。


「これでよし…っと。みんなは何を書いてるのかな?」
 お願いツリーには大人もカードを吊るしてゆく。意中の人のカードを持ち去り、クリスマスの
日に希望のプレゼントを贈るのが人気だ。それだけにカードに書かれたリクエストの品は
色々で…。
 今の時点で吊るされたカードをチェックし終えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はエヘンと偉そうに
胸を張った。
「うん、ぼくのお願いがやっぱり最高! ブルーも喜んでくれるよね」
 これで来年はブルーの夢が叶うんだもん、と踊るような足取りで立ち去った「そるじゃぁ・
ぶるぅ」が結んだカードにはこう書いてあった。


『地球のある場所を教えて下さい』。
 ソルジャー・ブルーが焦がれ続ける青い星、地球。未だ座標も掴めない星の在り処を、
サンタクロースは果たして教えてくれるのだろうか…?

 

 


「…今年も凄いのを書いてきたねえ…」
 どうしようか、と首を傾げるのはミュウたちの長、ソルジャー・ブルー。青の間の冬の名物と
なった炬燵に座り、熱い昆布茶が入った湯呑みと蜜柑、煎餅が盛られた器を前にする彼の視線の
先にはハーレイが居た。


「どうするも何も…。地球の座標は謎なのですよ、答えられるわけがありません!」
「だけど、ぶるぅの願い事だ。欲しい物が沢山あるのだろうに、ぼくのために願って
くれたんだよ」
「それはそうですが…。叶えられない願い事というのもあるわけでして」
 私は去年で懲りました、とハーレイの眉間の皺が深くなる。カンが鋭い「そるじゃぁ・
ぶるぅ」にサンタクロースからのプレゼントを届けるのは毎年ハーレイの役目だった。
他の子供には保育部の者がコッソリ配りに行くが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の所にだけは
サンタクロースに扮したハーレイが行く。
 つまり昨年、罠に掛かったサンタクロースはハーレイだったというわけで…。


「あの願い事は撤回させるべきです。でないと今年も何が起こるか分かりません」
「大丈夫だと思うけどね? ぶるぅも去年で懲りた筈だよ」
 二度と捕まえようとはしないだろう、と言いながらブルーは蜜柑の皮を剥く。
「でも…適当な返事で誤魔化すことは可能だけれど、ぶるぅが欲しいのは誤魔化しじゃない。
本当に本物の地球の座標だ。でも、それが分かるならシャングリラはとうに地球まで辿り着いて
いる。…ぶるぅには本人が欲しがっているプレゼントというのをあげたいな…」
「ですから書き換えさせるのです。その方向でお願いします」
「やっぱり君も同じ意見か…。仕方ない、ぶるぅには諦めさせよう。丁度いい歳になるわけ
だしね」
「は?」
 怪訝そうな顔をしたハーレイに、ブルーはにこやかに微笑んでみせた。


「ヒルマンに説得を頼むことにするよ。ぶるぅはクリスマスで6歳になる。このシャングリラで
6歳と言えば…」
「ああ、ヒルマンの講義が始まる歳でしたね。…ぶるぅだけに失念しておりましたが」
「ぶるぅは永遠に子供のままだとフィシスの占いにも出ていたからね。…大人しく講義を聞く
ような子供ではないし、他の子供の邪魔になるだけだ。でも今回は特別に」
 就学前の講義体験、と語るブルーにハーレイが頷く。そんなこととは夢にも知らない
「そるじゃぁ・ぶるぅ」は今日も楽しく悪戯三昧、アタラクシアに出掛けてグルメ三昧。
夕方遅くまで食べ歩きをして戻ってみれば、部屋に一枚の紙が置かれていた。


「…学校へ来てみませんか…?」
 何だろう、と読んでみた紙はヒルマンが受け持つ就学前の体験学習のお知らせと日時。幼少期に
シャングリラに保護された子供なら6歳を前に誰でも受け取るものである。しかし「そるじゃぁ・
ぶるぅ」の頭に『学校に行く』という選択肢は無い。こんなモノ、とゴミ箱に捨てようとしたが。
「あれっ、ブルーからだ…」
 お知らせの最後に大好きなブルーの手書きのメッセージが追記されていた。
『ぶるぅへ。一度、学校へ行ってごらん。いいお話が聞けると思うよ』。
「……学校……」
 あんまり行きたくないんだけどな、と思いはしたが、ブルーが書いてくれたのだ。行かないと
ブルーはガッカリする。仕方ないや、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は体験学習に行くことにした。

 

 


 指定された日時は翌日の午後。悪戯目的でしか学校に来た経験が無い「そるじゃぁ・ぶるぅ」が
ドキドキしながら教室に入ると、そこに居たのはヒルマンだけ。ミュウの歴史などを簡単に教えて
くれたが、その内容は三年前にソルジャー候補にされかけた時に教わったよりも簡単なもの。
なのに…。
「もっと楽しいお話してよ! 難しい話は分からないもん!」
 綺麗サッパリ忘れ果てたらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」にヒルマンはフウと溜息をついた。


「…これは基本のことなのだがね…。ミュウなら学んでおかねばならない。…地球を目指す
ために」
「じゃあ、習わなくてもいいもんね! 来年は地球に行けるもん!」
 サンタクロースにお願いしたよ、と得意げな「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、ヒルマンが
「そのようだね」と相槌を打つ。
「しかしだ、ぶるぅ。…そのお願いに答える方法をサンタクロースは知らないだろう」
「えっ、どうして?」
 橇に乗って地球から来るんでしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は仰天したのだが、ヒルマンは。


「だからだよ。…地球は一度は人が住めなくなった星だ。それでもサンタクロースは地球を
離れず、宇宙に散らばった子供たちの家をクリスマスの度に訪ね続けた。そして今では
シャングリラにまで来てくれる。サンタクロースは我々とは違う方法で広大な宇宙を旅して
いるというわけだ」
 レーダーも無ければワープ航法も無い、とヒルマンは言った。
「サンタクロースは地球の位置を知っているだろう。我々はそれを座標と呼ぶ。だが、その座標を
我々のために説明する言葉をサンタクロースは持たないだろうね。ここを真っ直ぐ行くだけ
ですよ、だとか、右に曲がって次を左ですとか、そんな言葉が返ってくると私は思うよ」


「……そんなぁ……」
 涙目になる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭をヒルマンの大きくて暖かな手がポンポンと叩く。
「仕方ないだろう、ぶるぅ。サンタクロースは人類が宇宙へと漕ぎ出す前から橇で走って
いたのだよ。何歳になるのかも分からない。今のやり方はこうなんです、と教える人が誰も
いないから、座標の計算は無理なのだ。…諦めなさい。それともサンタクロース風の行き方を
教えて貰うかね?」


 欲しいプレゼントの代わりにそれにするかね、と尋ねられた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は
考え込んだ。欲しいものなら山ほどある。役に立たない地球への道を教わるよりかは、新しい
カラオケマイクや美味しいお菓子や、他にも色々…。ブルーが書いて寄越した「いいお話」とは、
このことだろうか?


「…そっか…。サンタさんには分からないんだ、地球へ行く道…」
 仕方ないね、と肩を落とした「そるじゃぁ・ぶるぅ」がその後の講義を上の空で右から
左へと聞き流したのは当然の結果と言えるだろう。その夜、『お願いツリー』に吊るされた
「そるじゃぁ・ぶるぅ」のカードを調べたハーレイはホッと安堵し、ブルーに報告しに行った。
 新しいお願いは最新流行のカラオケマイク。願いは叶うに違いない。

 

 


 クリスマス・イブまでのシャングリラの日々を「そるじゃぁ・ぶるぅ」は悪戯とカラオケに
励んで過ごし、クルーは悪戯の犠牲になったり後始末をしに駆り出されたりと散々だった。
カラオケの方もブリッジ以外の全域でゲリラ・ライブの如くに披露されまくり、こちらも
犠牲者で死屍累々。
 そんな毎日を繰り広げたくせに、クリスマス・イブにはピタリと悪戯もカラオケも止んだ。
サンタクロースが来るのは良い子の所。「いい子なんです」とアピールするためにクリスマス・
イブだけは大人しくするのも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の年中行事だ。


 クリスマス・イブのパーティーが開かれ、普段より少し遅い時間までシャングリラの船内は
華やいで賑わい、その喧騒も過ぎ去った夜更け。
「では、ソルジャー。行って参ります」
 ハーレイが青の間でブルーから「そるじゃぁ・ぶるぅ」へのプレゼントの箱を受け取り、一礼を
して出て行った。船長室で恒例となったサンタクロースの衣装に着替え、大きな袋に最先端の
カラオケマイクや長老たちからのプレゼントなどを詰め込み、通路に出る。


 すれ違った夜勤のクルーに「御苦労様です」と挨拶されたりしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」の
部屋に辿り着き、昨年の痛い経験から緊張の面持ちで抜き足差し足、土鍋の寝床を覗き込んで
みれば、土鍋の主は丸くなってスヤスヤ眠っていた。プレゼントを脇の床に順番に並べ終わって
部屋を出ようとした時である。
 ピコーン! と妙な電子音が鳴った。


(なんだ!?)
 振り返ったハーレイの目に映ったのは土鍋からムクリと起き上がる影。
「サンタさん、待って!」
 ぼくを地球まで連れてって、と大声で呼び止められたハーレイは大慌てで部屋から飛び出した。
去年の設定が有効だったらサンタクロースは酔っ払いへと変身している頃である。しかし今年は
その打ち合わせをブルーと交わしていなかった。ブルーは恐らく寝ている筈だ。


『ソルジャー、緊急事態です!』
 追われています、と絶叫したハーレイの思念は相手をブルー限定にしたので「そるじゃぁ・
ぶるぅ」には聞こえていない。ついでに寝起きの「そるじゃぁ・ぶるぅ」にはテレポートという
発想が無く、ハーレイよりもずっと短い足で必死に後ろを追い掛けて来る。
「待ってよ、サンタさん、待ってってばーーー!!」
 ぼくも地球に行く、と懸命に走る「そるじゃぁ・ぶるぅ」はトナカイの橇に乗るつもりだった。
自分が地球まで連れて行って貰えれば地球へ行く道が分かるだろう。帰りはきっと何とかなる。
地球の座標とかいう難しいモノは分からないけれど、ヒルマンやハーレイに道を説明すれば
いいのだ。


「サンタさぁーーーん!!!」
 置いて行かないで、と息を切らして船内を駆ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」とサンタクロースに
扮したハーレイとの距離は、悲しいかな、ぐんぐん開いていった。足の長さが違うのだから
無理もない。
 しかしシャングリラの船内という限られた空間での逃走劇を何処まで続けられるのか…。
『ソルジャー! ダメです、ぶるぅに追い付かれます!』
 この通路の先は行き止まりだった、と思い出したハーレイが顔面蒼白で放った思念に答えが
返った。


『奥のハッチから飛び降りろ!』
『ええっ!?』
『いいから飛ぶんだ!!』
 私は空を飛べないのですが、というハーレイの思念に対するブルーの指示は「飛び降りろ」。
通路の角を曲がって小さな影が追い掛けて来る。万事休す。
 ハーレイは腹を括って非常脱出用のハッチを開くと、夜の雲海へと飛び降りた。耳元で寒風が
ヒュウと音を立て、もうダメだ、と目を瞑った時。ドスン、と何かがハーレイを受け止め、
落下が止まる。


 シャン、シャン、シャン…と響く軽やかな鈴の音。ハーレイは何頭ものトナカイに曳かれた
空飛ぶ橇に乗っていた。
「サンタさん、待って! サンタさぁーーーん!!!」
 涙まじりの「そるじゃぁ・ぶるぅ」の呼び声とシャングリラを振り捨て、トナカイの橇が
舞い上がる。それがブルーのテレキネシスとサイオニック・ドリームとの合わせ技だ、と
ハーレイが気付いた時には橇は鈴の音だけを残して「そるじゃぁ・ぶるぅ」の視界から消えた
後だった。

 

 


「…す、すみません、ソルジャー…。御迷惑をお掛けしました…」
 申し訳ございません、と謝りまくるサンタクロースにブルーが熱い昆布茶を勧める。
「いいよ、君こそ怖かっただろう? それに船の外はとても寒かっただろうしね」
 温まるよ、と柔らかく微笑まれてハーレイは有難く湯呑みを手に取り、啜ろうとして真っ白な
サンタの髭に阻まれた。ブルーがクスクスと可笑しそうに笑う中、髭を外して湯気の立つ昆布茶で
喉を潤す。死ぬかと思ったダイブの後だけに、それは温かく身体に染み透っていって…。


「すまなかったね、ぶるぅが仕掛けを作っていたとは全く知らなかったんだ。扉が二度目に開いた
時にアラームが鳴るようになっていたらしい。サンタクロースを見てしまったら酔っ払いに
化ける、と懲りていると思っていたんだけどな…」
 ダメ元で仕掛けをしたのだろう、とハーレイに詫びつつ、ブルーはサンタクロースに取り
残された「そるじゃぁ・ぶるぅ」をも案じていた。トナカイの橇が飛び去るのを見送った後、
自動で閉まったハッチの脇でシクシク泣いているという。


「テレポートすることを思い付かなかった自分を責めているんだよ。来年からはサンタクロースも
用心するだろうし、橇に乗り込めるチャンスは二度と無い。もちろん地球にも辿り着けない。
…地球の座標はもう分からない、って泣いているんだ。………ぼくのためにね」
 ぶるぅは地球に用は無いから、とブルーは儚い笑みを浮かべた。
「今夜の出来事をぼくに話すべきか否か、小さな頭を悩ませているよ。…もしも正直に打ち明けて
きたら、ぼくは叱らないでやろうと思う。ぼくを思ってやってくれたんだ、叱ったら可哀想
だろう? それとも雷を落とすべきかな、寿命が縮んだキャプテンとしては?」


「いえ、私は…。ソルジャーがそれで宜しいのでしたら……」
 逃がして下さったのはソルジャーですし、とハーレイは昆布茶を飲み干した。今年の
サンタクロース役は体力も気力も削ぎ取られたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が地球への道を
探しているのが誰のためなのかが分かっている以上、ここで文句を言うべきではない。
 いや、それよりも………長年シャングリラの船長という立場に居ながら、未だに地球の
座標を掴めぬ自分の方が愚かなのかもしれないのだ。明日でまだ6歳にしかならない子供の
「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですら、懸命に地球を探しているのに。


「ソルジャー…。私も、ぶるぅを叱る気持ちにはなれません。確かに酷い目に遭いはしましたが、
あれは悪戯ではありませんから。…明日は何も知らないキャプテンとして誕生日を祝ってやろうと
思いますよ」
 夜遅くまでお邪魔した上に御迷惑をお掛けしてすみませんでした、と深く頭を下げて出てゆく
ハーレイをブルーは炬燵で見送った。青の間に初めて炬燵を持ち込んだのは「そるじゃぁ・
ぶるぅ」だ。その悪戯っ子が泣きじゃくりながら青の間への通路を一人でトボトボ歩いている。


『…ぶるぅ? どうしたんだい、こんな夜中に? サンタクロースが来なかったのかい?』
 そっと優しく送った思念に、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はハッと顔を上げて。
「ブルー! ごめんなさい、ブルー! ぼくね、ぼくね…」
 テレポートして飛び込んでくるなり大泣きに泣き始めた小さな身体をブルーは両腕で
抱き締めた。サンタクロースを、地球への道を逃したことを何度も詫びる「そるじゃぁ・
ぶるぅ」。いつか一緒に地球に行こうと夢見てくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」なら、
遠い未来にきっと、必ず…。


「ぶるぅ、お前なら行けるよ、きっと。…地球へ」
「ブルーもだよ! ブルーも一緒でなくちゃ行かない、来年はダメでも再来年とか、
その次とか!」
 絶対に行くのだ、とポロポロ涙を零す「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、その夜、久しぶりに
青の間のブルーのベッドで眠った。サンタクロースが置いて行った筈のプレゼントのことは
すっかり忘れて、大好きなブルーの腕の中で…。

 

 


 一夜明ければクリスマス。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日だ。青の間で目覚めた
「そるじゃぁ・ぶるぅ」は昨夜の出来事を思い出すなり泣き顔になったが、その目の前に
ブルーがテレポートさせて来たものは。
「あっ、プレゼントだ! なんで?」
 消えちゃったんじゃなかったの、と尋ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭には去年の惨劇が
蘇ったらしい。サンタクロースが酔っ払いと化し、プレゼントも酔っ払いの持ち物に変わった
大惨事。けれどブルーは小さな銀色の頭をクシャリと撫でて。


「今年のサンタクロースはビックリし過ぎたみたいだね。変身するのをすっかり忘れて
いたんだろう? だからプレゼントも土鍋の隣に置きっぱなしだったよ」
「ホント? じゃあ、これは…」
 開けてみようっと! と包みを開いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が歓声を上げる。お願いカードに
書いたカラオケマイク、それも最新流行のだ。次の包みに入っていたのは特大鍋敷き。寝床に
している土鍋の下は絨毯なのだが、そこに重ねると良さそうなそれはブルーが選んだ品だった。
そうとも知らない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分の好みをよく知っているサンタクロースに
大感激で。


「サンタさん、ごめんなさい…。色々選んでくれたのに…」
「ぶるぅの気持ちはサンタクロースにも届くと思うよ。来年はもう追いかけたりしないようにね」
 やんわりと諭され、悪戯小僧は素直にピョコンと頭を下げる。地球のある場所は分からない
から、サンタクロースが飛び去って行った方向へ。
「ごめんなさい! また来年も来てね、いい子にしてるから!」
「おやおや…。本当にいい子に出来るのかな? 悪戯もせずに?」
「うー…。む、無理…。それ、絶対に無理だから!」
 でもサンタさんは来てくれるもん、と元気に主張する「そるじゃぁ・ぶるぅ」は今年も
懲りていなかった。そんな悪戯っ子を祝福するように仲間たちからの思念波が届く。
『『『ハッピー・バースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!!!』』』


 パーティーの用意が出来ていますよ、とハーレイが迎えに来てくれた。彼が昨夜の
サンタクロースで決死のダイブをやり遂げたことを知る人物はブルーだけ。
「かみお~ん♪ ブルー、パーティーに行こうよ!」
「そうだね、じゃあ、その前にプレゼント。ほら、開けてごらん」
 ブルーが取り出した箱から出て来たものは黄色いアヒルちゃんのケープだった。
「わあ、アヒルちゃんだぁ! フードがついてる!」
「寒い季節にピッタリだろう? ショップ調査に着て行くといいよ」
「ありがとう、ブルー! ブルー、大好き!!!」


 一番好き、と大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」はブルーの手を握って公園の真ん中へ
テレポートした。そこがパーティー会場だ。青の間に置き去りにされたハーレイが肩で息を
しながら駆け付けるのを待ってバースデーケーキが運び込まれる。年々巨大化しつつある
ケーキは厨房の人々の肩に担がれ、お神輿の如く賑やかに…。


 サンタクロースの橇に乗り込んで地球を目指そうとした「そるじゃぁ・ぶるぅ」、本日で
生後ちょうど6年。地球への道は掴めなかったが、いつの日か辿り着くだろう。その時まで
ブルーの側を離れず、ブルーを連れて、きっと地球まで…。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、6歳の誕生日おめでとう!





            聖夜を飛ぶ訪問者・了


※悪戯っ子な「そるじゃぁ・ぶるぅ」、2012年12月25日で満6歳でございます。
 葵アルト様の2007年クリスマス企画で誕生してから5年以上が経ちましたが…。
 これからも元気な悪戯小僧のままで地球まで辿り着いてくれますようにv
 大好きなブルーと一緒にね!



 

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祝・ぶるぅ生後2000日!



 ドキドキ、ワクワク、ドッキンドッキン。
 胸の鼓動と共に気分も高まる。ミュウたちの船、シャングリラに住む悪戯小僧の「そるじゃぁ・ぶるぅ」、只今5歳と6ヶ月。期待に輝く瞳の先にはモニターがあった。
「6月15日、そるじゃぁ・ぶるぅ、生後1999日…っと」
 もうすぐだもんね、とモニターに並んだ数字を眺める。それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が生まれて間もなく、大好きなブルーが取り付けてくれたモニターだった。
 生まれたと言うか、ブルーの部屋にヒョコッと出現したと言うべきか。5年6ヶ月前のクリスマスの朝、ブルーのベッドの傍らで目覚めた時より前の記憶は無いから、その日が誕生日ということになった。それ以来「そるじゃぁ・ぶるぅ」が生きて来た日数を示しているのがモニターの数字だ。
「明日には2000になるんだもん! プレゼント、何が貰えるかなぁ?」
 すっごく楽しみ、とゼロが三つ並ぶであろう明日を夢見る。ブルーはきっとお祝いをしてくれるだろう。誕生日よりも特別な何かを貰えることは確実で…。
「1000日目の時は乾杯して食事したもんね。もうすぐ2000日だよ、って言いに行ったら、ブルー、とっても喜んでたし! 何かくれる? って聞いたら、考えておくって言ってくれたし!」
 ブルーは約束守るもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はモニターを見詰め、プレゼントに胸を高鳴らせる。特大のケーキか、土鍋グッズか。それともブルーが用意してくれた思いがけないサプライズか。
「2000日記念のリサイタルもいいよね、劇場を貸し切って思いっ切り!」
 歌って踊ってお祝いだぁ! と飛び跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分の歌がシャングリラの住人たちにとって迷惑以外の何物でもないことを未だに悟っていなかった。ついでに悪戯の方も一向に止む気配は無い。
 2000日近くも歌と悪戯に悩まされて来たミュウたちにしてみれば、お祝いどころではないのだが…。そこに思いが及ぶようなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」はとっくの昔に良い子になっているだろう。
 生後1999日目の悪戯小僧は相変わらずで、その日もシャングリラのあちこちで悲鳴と怒号が響き渡った。静かだったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がショップ調査とグルメ三昧のためにアタラクシアの街へ降りていた間だけのこと。
 船内の様子を常に把握しているソルジャー・ブルーは青の間から全てを見通し、深い溜息を吐き出した。
「…明日で2000日なのは確かだけどね…。ぶるぅ、ぼくは考えておくって言ったんだよ? お前がいてくれるのは嬉しいけれど、褒められることが無いんじゃねえ…」
 プレゼントどころじゃないんだけどな、と呟くブルーの嘆きは、悪戯小僧の耳には届いていなかった。ブルーの心にはお構いなしに悪戯しまくり、噛みまくり。それでプレゼントを貰う気なのだから厚かましいとしか言いようがないが、そこが「そるじゃぁ・ぶるぅ」ならでは。
「お前は永遠に子供なんだ、ってフィシスの占いに出ていたからには仕方ないけど…。少しは成長して欲しいとも思ってしまうのは我儘かな?」
 2000日になろうというのにこれではねえ…、と零すブルーの思念の先では「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキャプテンの腕に噛み付いていた。厨房で試食と称して鍋からガツガツ食べていたのを止められたのが原因らしい。鍋の中身は殆ど食べ尽くされてしまった後で、シャングリラの食堂の夕食メニューは今日も一品減りそうである…。
 

 悪戯小僧が待ち焦がれていた2000日目の6月16日。
 早起きをしてモニターを見に行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は歓声を上げた。
『そるじゃぁ・ぶるぅ、生後:2000日』の文字がモニターに燦然と輝いている。ついに来たのだ、待っていた日が。
 1000日の二倍、2000日。1000日目でもブルーは乾杯してくれた。その倍となればお祝いも二倍、それとも二乗とやらで四倍だろうか?
 ドキドキ、ワクワク、ドッキン、ドッキン。
 早くブルーが起きないかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸を躍らせる。流石に身体の弱いブルーを叩き起こしてまで祝ってくれとは言えないし…。
「んーと、んーと…。まだ寝てるよね? ブルー、朝御飯だって遅いんだもんね」
 まだかなぁ? と思念で青の間を探り、部屋の主が眠っていることを知ってガッカリしたが、待っている間に食事を兼ねて朝の悪戯をしてくればいいのだと思い直す。
「うん、ぼくだってお腹減ってるもん! 育ち盛りで食べ盛りだもん!」
 沢山食べなきゃいけないもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食堂に突撃して行った。まずは目についた料理から。スープにオムレツ、ソーセージ。それにサラダにベーコンエッグに…。
「うわぁ、盗られた!」
「そっちに行ったぞ、早く捕まえろ!」
「いや、キャプテンだ、誰かキャプテンを呼んでこいーっ!」
 上を下への大騒ぎになった食堂の中を縦横無尽に駆け抜けた後は厨房だ。朝からガッツリ食べたいクルーのために大鍋で煮ているシチューの匂いが食欲をそそる。
「かみお~ん♪ 一番に味見してあげるね!」
「うわぁぁっ、来るなぁーっ!」
 おたまを振り上げて鍋を守ろうとする調理員の頭にヒョイと飛び乗り、ピョンとジャンプして熱々の鍋を抱え込み…。火傷なんてものはタイプ・ブルーのサイオンがあれば大丈夫。鍋つかみが無くてもバッチリだ。
「いっただっきまぁ~す!」
 ガツガツ、ゴックン、ズルズルズル。
 食事マナーなんか知らないとばかりに音をたてまくってシチューを啜る「そるじゃぁ・ぶるぅ」を止められる猛者はいなかった。
 ミュウたちの船、シャングリラ。朝も早くから今日のメニューが一品減ったのは間違いない…。
 

 食堂を急襲し、胃袋を満たした「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自室に戻ると土鍋に入って一休み。お気に入りの土鍋は寝心地も良く、極楽気分でぐっすり眠って目が覚めてみると時計の針は午前十時を指していた。
「ブルー、起きたかな? もう起きてるよね、行ってこようっと!」
 プレゼントが待っているんだもん、とワクワクしながら青の間にテレポートした「そるじゃぁ・ぶるぅ」を出迎えたのは…。
「おはよう、ぶるぅ。2000日目の記念日、おめでとう」
 横になっている日も多いブルーがベッドの脇に姿勢よく立ち、柔らかな笑みを浮かべている。体調がいいという証拠だ。ブルーが大好きな「そるじゃぁ・ぶるぅ」にとって、それはとっても嬉しいことだが、でも、しかし…。
「…えっと……。なぁに、その服?」
 ブルーが纏うのは見慣れたソルジャーの衣装ではなかった。似たようなモノを挙げるとすれば、初詣の季節にたまに見かける着物とかいうヤツだろうか? それとシャングリラの夏の名物、阿波踊りの時に出て来る浴衣だ。
「ん? これはね、ぼくの大事な物なんだけど…。前にヒルマンが色違いのを着ていた筈だよ、お前のお葬式をやった時だ」
「…お葬式?」
 なんだったっけ、と記憶を遡ってみれば確かにそういう事件があった。お餅を喉に詰まらせてしまい、仮死状態になっている間に仮通夜をされ、危うく土鍋に納棺されそうになった葬式騒ぎ。数珠を握って念仏を唱え続けていたヒルマンの服は緑色をした着物もどきで、大きな四角い布も着けていたような…。
「思い出したかい? これは法衣という名前で、お坊さんの服。四角いのが袈裟。…ヒルマンの服は緑だけれど、ぼくは最高の位を持っているから緋色の服を着られるんだよ。今日はお前の特別な日だし、久しぶりに引っ張り出してみたんだ」
「…んーと、んーと…。ぼく、2000日目になったんだよ? なんでお葬式?」
 祝って貰えると思っていたのに、お葬式とは何事だろう? 日頃の行いを微塵も悪いと思っていない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は困惑したが、ブルーはニッコリ微笑むと。
「お葬式なんかやらないよ。2000日目のお目出度い日だし、大事な節目だ。お前を弟子にしてあげようと思ってね」
「弟子?」
「そう、ぼくの大切な直弟子だよ。出家と言っても、ぶるぅは子供だから分からないかな? 今日からお坊さんにしてあげる。ちゃんと名前も考えたんだ」
 ほらね、とブルーが広げた紙には達筆な毛筆で『小青』の文字が書かれていた。
「ぼくのお坊さんとしての名前は、ぎんしょう。銀に青って書くんだよ。そこから一字と、ぶるぅは小さいから小という字だ。読み方は『しょうしょう』なんだけど…。素敵な名前だと思わないかい?」
 ぼくからの特別なプレゼント、とブルーは誇らしげに紙を掲げて見せる。
「緋色の衣のお坊さんはね、滅多な事では弟子を取らない。これ以上のプレゼントは何処を探しても見つからないと思うんだけどな」
「…2000日目のプレゼントって、それ?」
「勿論さ。そして、お坊さんの名前を貰うためには出家が必要」
 心構えをきちんとね、と語るブルーは優しい笑みを湛えていたが、何がどうしてこうなったのか「そるじゃぁ・ぶるぅ」には分からない。大好きなブルーから名前を貰えるのは嬉しいけれど、お坊さんだの出家だのって、いったい何をするのだろう…?
 

「出家というのは、お坊さんになること。出家するには、剃度式をしないとね」
 いつの間にやらブルーの手には錦の袋が握られていた。中に剃刀が入っているのだ、と丁寧に説明してくれる。
「髪の毛を剃って丸坊主にするのが正式だけど、そんな頭は嫌だろう? だから形だけ。ぼくがこれを頭に当てたら、南無阿弥陀仏と唱えるんだよ」
「…なむあみだぶつ…?」
「うん、南無阿弥陀仏が一番大切。でも、まずは誓いを立ててから。…でないと剃度式は出来ないんだ」
 ブルーの赤い瞳が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞳を真っ直ぐ覗き込んだ。
「日課念仏、2000回。一日にお念仏を必ず2000回は唱えます、ってね」
「えぇっ!?」
「とても簡単なことだと思うよ、お念仏を唱えるだけだから。『かみほー♪』の節で歌ってもいいし、悪戯しながら唱えてもいい。…これを約束してくれないと、名前のプレゼントは無理なんだ」
 せっかくの2000日目のお祝いだけど、と聞かされて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は涙目になった。そんなこと、無理に決まってる。大好きなブルーの名前とセットの名前は欲しいけれども、お念仏なんて…。
 よりにもよって2000回。来る日も来る日も2000回では、悪戯だって消し飛びそうだ。
 それなのにブルーは剃刀が入った袋を手にして微笑みかける。
「ぶるぅ、約束は簡単だよ? 誓いますか、とぼくが訊いたら「誓います」って答えるだけさ」
「無理! 2000回なんて絶対、無理!」
 出来ないもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は泣き出した。『小青』はちょっとカッコイイかな、と思ったけれど、もう名前なんか貰えなくてもかまわない。ブルーが好きなのとお念仏とはキッパリすっぱり別次元。
 2000日目の記念プレゼントは無しでいいや、と半ばヤケクソで泣きじゃくっていると…。
「だろうね、無理だろうとは思っていたんだ」
 お灸をすえてみただけさ、とブルーが袂からハンカチを取り出し、溢れる涙を拭ってくれた。
「毎日々々悪戯三昧、食堂のメニューも食べ散らかして…。2000日目になるというのに少しもマシにならないのでは、ぼくだって脅してみたくなる。ぼくとセットの名前の話は冗談だよ」
「…え?」
「どうしても欲しいと言うならあげてもいいけど、お念仏も出家も要らないさ。その代わり、たまに托鉢するんだね」
「たくはつ?」
 聞いたこともない単語に目を丸くした「そるじゃぁ・ぶるぅ」の前にブルーがテレポートさせてきたのは新品の土鍋。寝床サイズの特大鍋だ。
「はい、これが2000日目の記念のプレゼントだよ。前から特注してあったんだ」
「わぁい、土鍋だぁ! ありがとう、ブルー!」
「ただの土鍋じゃないのさ、それは。蓋を取ってごらん」
「………???」
 蓋を開けてみた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は躍り上がって喜んだ。
 土鍋の中には一回り小さな二つ目の土鍋。ひょっとして、と二つ目の蓋を開ければ三つ目の土鍋。一番小さな一人鍋サイズの土鍋になるまで、合計五個もの土鍋が入れ子になったスペシャルな土鍋のセットではないか。
「凄い、凄いや! 一度にお鍋が五つも出来るよ、醤油味とか味噌味とか!」
 キムチ鍋も美味しいしトマト鍋も…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭の中で鍋料理への夢が膨らんでゆく。五種類の鍋をズラリと並べて食べ放題なんて、最高だ。ブルーのプレゼントはやっぱり凄い。名前なんかよりずっと素敵で、心ときめくモノなのだから。
 

 大感激で五つの土鍋を眺め続ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」。その耳にブルーの声が届いた。
「ぶるぅ、名前はどうするんだい?」
「えっ、土鍋もらったから名前はいいよ?」
 要らないもん、と御機嫌で五つ分の鍋のスープと具材をあれこれ考えていると…。
「その土鍋。時々は食堂に持って行くといい。お願いします、とね」
 それが托鉢というものなんだ、とブルーは穏やかに微笑みながら教えてくれた。
「お前の胃袋の空き具合に見合った土鍋を選んで、厨房で頭を下げるんだ。托鉢に来ました、お願いします…って。土鍋一杯に入れてくれるか、おたま一杯かは分からないけど、気持ちよく食べ物をくれる筈だよ」
 そうすれば騒ぎも起こらないよね、とブルーの瞳が笑っている。
「托鉢なんて嘘だろう、と言われた時には「小青の名前を貰っています」と答えるのさ。ぼくが銀青だっていうのは有名だから、お弟子さんとして扱ってくれる」
「…えっと…。大きな土鍋を持って行ったら沢山もらえる?」
「そこは運だね。お前の好物を貰えるかどうかも分からない。…托鉢というのはそういうものだし、貰ってしまったものは断れない。だけど、たまには頑張ってごらん。お前も我慢することを覚えないと」
 2000日目になったんだろう、と大好きなブルーに頭を撫でられ、少しやる気が出て来た気がする。
 ブルーから一文字貰った名前と、スペシャルな土鍋。両方揃えば托鉢だってチャレンジする価値があるのかも…。まずは一番大きな土鍋で挑戦だ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は新品の土鍋を抱え上げた。
「じゃあ、行ってきまぁーす!」
 お昼御飯のメニューは何かなぁ? とワクワクしながら飛び出して行った悪戯小僧。
 食堂の入口に着いた時には「托鉢でーす!」と元気一杯、胸を張って厨房に向かったのだが…。
 

「こらぁっ、何をする!」
「だって、足りないもん! お鍋、こんなに大きいんだもん!」
 2000日目のお祝いの日だし、小青って名前も貰ったもん、と大鍋の中でグツグツ煮えていたブイヤベースをドボドボドボ…と超特大の土鍋に空ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何も変わっていなかった。
 いや、托鉢という大義名分を手に入れた分、パワーアップしたと言うべきか。ブルーが纏ってみせた緋色の衣と『小青』の命名は、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の盗み食いを封じるどころか裏目に出た。
 ガツガツ、ズルズル、ゴックン、ゴックン。
 シャングリラの食堂の今日のメニューはまたまた一品減りそうだ。落胆したブルーが小青の名前を没収したという噂の真偽は定かではないが、五つセットのスペシャル土鍋は記念プレゼントとして贈呈されたままらしい。
 小さなブルーな「そるじゃぁ・ぶるぅ」、本日で生後2000日。
 悪戯小僧がブルーを連れて青く輝く地球に着くのは、遙か未来の物語である。


        二千日目の悪戯小僧・了
 

※「そるじゃぁ・ぶるぅ」生後2000日お祝い企画にお越し下さって有難うございます。
  生後2000日目になるのは6月17日になる直前ですので、16日の朝一番だと
 『ぶるぅのお部屋』での表示は「生後1999日」なんですが…。
 6月16日の間に生後2000日を迎えますから、6月16日が記念日です。

 2007年クリスマス企画の終盤に1歳になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
 クリスマス企画に出現した時、既に生後330日くらいだったと思います。
 ですから「生後2000日」は330日ほどサバを読んでいる勘定。
 5歳児だけに大目に見てあげて下さいv
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、生後2000日、おめでとう!
 
 ちなみに作中に出て来るお葬式ネタは『ぶるぅの一番長い日』。
 ブルーと一緒に青い地球に行くお話は『赤い瞳 青い星』。
 生後1000日の記念に書いたのは『幻の夜』ですv 


     2012年6月16日(アニテラ11話『ナスカの子』放映より5周年)

シャングリラ学園生徒会室←作者を一発殴りたい方はこちらからどうぞ。
『シャングリラ学園生徒会室』直通です。
殴る、蹴る、苦情などなど、どの日の記事からでも受け付けまっすv

祝・ぶるぅ、生後2000日!




   ※2010年ぶるぅお誕生日記念の短編です。
    ちょっと出遅れましたので「誕生月を過ぎても」になってしまいました…。




惑星アルテメシアの雲海に潜むミュウたちの船、シャングリラ。そこには白く輝く優美な船と人類が暮らす地上の街とを自由自在に行き来している謎の生き物が住んでいた。ミュウの長、ソルジャー・ブルーを幼児サイズに縮めたならばこうなるかも、という姿形に、名前までが長の名をそのままパクッたような「そるじゃぁ・ぶるぅ」。…しかし中身は孤高の長とは似ても似つかぬ悪戯小僧で、長老たちのお小言すらも右から左に抜けてゆく。
「待ちなさい、ぶるぅ!」
今日もキャプテンの怒声がブリッジの空気を震わせた。下に広がる公園の芝生で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョンピョン飛び跳ねている。
「やだよ、おやつの時間だもーん! アイスいっぱい買ってきたんだ♪」
言うなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿はかき消え、ブリッジに盛大な溜息が満ちた。
「…キャプテン、これってどうするんですか…」
「きちんと巻いて戻すしかあるまい。消毒すれば使えるだろう」
「いやいや、溶かして再生すべきじゃ! ばら撒かれたもので尻を拭くなど、わしにはとても耐えられん」
再生紙でないと使わんぞ、と断言するゼルやブリッジクルーの周囲の床にはトイレット・ペーパーが大量に転がっていた。ついさっき「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「パァーン!」とクラッカーの口真似をして公園から放り込んだのである。色とりどりの四角い色紙も混じり、さながら巨大花吹雪。…いや、明らかに巨大クラッカーだ。
「しかし、やるねえ」
ブラウが伸び切ってしまったトイレットペーパーを巻き取りながらチラリと公園の方を見た。
「クリスマス・パーティーのクラッカーがヒントだろうけど、ビッグサイズとは驚いた。確かにトイレット・ペーパーは使い勝手が良さそうだよ」
「だからといって資源の無駄遣いは許されないぞ」
眉間の皺を深くするハーレイにブラウは「そうだけどさ」と頷いてから。
「燃やしちまったわけじゃないんだし、これはこれで消毒するなり、再生するなり……まあ、それなりに使えるじゃないか。ぶるぅが元気なのはいいことだよ」
「…そうだな、悪戯は元気な証拠だな…。落ち込まれるよりマシとしておくか」
ハーレイも床に屈み込んでトイレット・ペーパーを巻き始めた。ゼルはまだブツブツと自説を主張し続けている。ブリッジ中に溢れ返ったトイレット・ペーパーは再生紙への道を辿りそうだ。

「…つまんない…」
その頃、悪戯を仕掛けた張本人は自分の部屋の炬燵でアイスを食べつつ暇と時間を持て余していた。新年恒例の青の間での麻雀大会も三が日のお祭り騒ぎも終わり、艦内はクリスマス・シーズンからの華やいだ空気が失せて火が消えたよう。それどころか『お屠蘇気分は三日まで』というスローガンの下、各セクションで整備や訓練などが始まっている。こうなってくると少々の悪戯では誰も騒がず、先ほどの巨大クラッカーの如く淡々と始末をされて終わりだ。
「ショップ調査に行こうかなぁ…」
ふと思い付いてアタラクシアの街をサイオンで探った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「ダメかぁ…」とガックリ肩を落とす。アイスを買いに出掛けた時には気付かなかったが、街からもお正月気分は消えていた。バレンタインデー商戦が幕を開けるまで「そるじゃぁ・ぶるぅ」好みのお祭りイベントは無さそうだ。小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」にバーゲンセールは楽しめない。
「つまんないよう…」
カラオケセットの電源を入れ、久しぶりに歌おうとマイクを握ってみたものの…。
「………」
前奏が終わらない内にマイクを置いて電源をプツリと切ってしまった。
「どうせ下手くそな歌だもん…。点数だってつかないもん…」
一人カラオケをしにアタラクシアの街へ何度も行ったが、採点機能がついている機種を試した時に嫌と言うほど思い知った。自分の歌がお話にならないレベルであるということを。シャングリラの劇場で得意になってリサイタルを開催しても、お客の入りは常に最悪。それはそうだろう、歌が上手くはないのだから。
「…リサイタルやってみたかったなあ…。満員の劇場で歌いたかったのに…。ブルーにも見に来て欲しかったのに…。サンタさん、ぼくのお願い忘れちゃった?」
クリスマス前に公園の入口付近にクリスマス・ツリーが立てられた。公園の中央にはもっと大きなツリーがあってイルミネーションの点灯式なども行われたが、入口のツリーはそれとは別に据えられたもの。ガラス玉や星のオーナメントが煌めく小ぶりのツリーはお願い専用ツリーだった。子供も大人もクリスマスに欲しいプレゼントと自分の名前を書いたカードを吊るすのだ。
「大人のカードは大人が持っていくんだよね。…ぼく、見てたもん」
女性が吊るしたお願いカードをキョロキョロ周囲を見回しながら持ち去る男性を何度か見かけた。逆もまた然り。それでもツリーに残ったカードはクリスマスの数日前に物資調達班が回収したし、大人用のプレゼントは彼らが用意したのだろう。だが、子供たちが吊るしたカードはクリスマスの日までそのままだった。

「サンタクロースはちゃんと何処かで見ているよ、ってブルーが教えてくれたのに…。みんなカードに書いたプレゼントをサンタクロースに貰っていたのに、なんでぼくだけダメだったのかな?」
長老たちが耳にしたなら「悪戯ばっかりしているからだ!」と即答されそうな疑問だったが、幸い、彼らはいなかった。そもそも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に踏み込もうという猛者が少ない。清掃班のみ仕方なく…、が現状である。悪戯されるか噛みつかれるかの二者択一ではそれが自然というものだろう。
「せっかくお願い書いたのに…」
綺麗な字でないとサンタクロースに読んで貰えないかも、と心配になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は精一杯頑張ってカードを書いた。『お誕生日に劇場が満員になって、紫の薔薇の人も来てくれますように』と。紫の薔薇の人というのはブルーのことで、劇場には決して来てくれない。代わりに紫の薔薇の花束とカードを託された長老の誰かが現れるのだ。
初めてのクリスマスの時、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサンタクロースに「ブルーと一緒に地球へ行けますように」と頼もうとしたが、それはブルーに止められた。サンタクロースからプレゼントを貰えるのは子供だけだからブルーと一緒というのは無理だ、と。以来、特にプレゼントを頼んではいない。だから今年のお願い事は叶うだろうと思っていたのに…。
「…プレゼントなんか要らなかったから、お誕生日リサイタルやりたかったな…」
クリスマスの朝、部屋には沢山のプレゼントが置かれていた。ハーレイがサンタクロースに扮して届けたのだが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本当にサンタクロースが来たと信じている。そしてリサイタル開催が断られたらしいことも分かった。劇場に行くと大人たちが賑やかにクリスマス・コンサートの準備を始めていたからだ。クリスマスの日が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の4歳の誕生日。その日に劇場が塞がっているならリサイタルはお流れ決定で…。
「サンタさんのケチ!」
悔しかったクリスマスを思い返して「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプウッと頬を膨らませた。大好きなブルーから誕生日プレゼントは貰えたけども、それを披露しに行く気にもなれない。ブルーの補聴器を真似たヘッドフォン形の頭飾りの耳を覆う部分に被せる黄色いアヒルちゃんの形のカバー。
「アヒルちゃんをくっつけて劇場で歌いたかったのに…。ブルーにも見せたかったのに!」
ブルーは「船の中も満足に視察出来ない自分が劇場へ行くというのは好ましくないから」とリサイタルへの出席を拒んでいる。サンタクロースに頼めば地球行きは無理でも劇場くらい…と考えた自分が甘すぎたのかもしれなかった。
「他のものにすればよかったかなあ? 新しいカラオケマイクとか…」
新型が次々出てるもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は溜息をつく。しかし今となっては手遅れだ。クリスマスはとっくに終わってしまって、お正月まで過ぎ去った。悪戯は殆ど手応えがないし、何もかもつまらないことばかり。
「サンタさんのバカ…」
座っていた炬燵からゴソゴソ這い出し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお気に入りの土鍋に収まった。こういう時はフテ寝に限る。夢の中で思う存分歌えばいいや、とカラオケマイクを抱き締めて…。

悪戯小僧が眠ってしまったシャングリラではハーレイが各部署に檄を飛ばしていた。青の間のブルーから連絡を受けて戦闘訓練の真っ最中だ。
「音波発信、10秒前! 総員、対ショック、対騒音防御!」
シャングリラ中に緊張が走る。ブリッジクルーも防御セクションも一般のミュウも自分自身のサイオンを高め…。
「3、2、1……シールド展開!」
全員が身体の周りにシールドを張った次の瞬間、艦内に大音響が響き渡った。
「ねえ♪ 答えはないお~ん!」
それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の破壊力抜群の歌を録音したもの。何曲ものメドレーが流れ、シールドを保てなくなった者が耳を塞いで苦悶する。三半規管を狂わせる歌はサイオンも乱し、歌声を直接耳にするのはミュウにとっては拷問だった。…ただし絶好調の時の歌のみだが。
「この程度のことで怯んでどうする! まだまだ続くぞ、フィナーレまで残り3曲だ!」
ぐえぇっ、とカエルを踏み潰したような悲鳴が上がっても「そるじゃぁ・ぶるぅ」ヒットメドレーは止まらなかった。締めの『かみほー♪』が終わる頃には艦内は死屍累々で…。
「駄目です、ソルジャー。…やはり全員に耐えろと言うのは無理があるかと…」
ハーレイの報告に、スクリーンにブルーの姿が映し出された。
「御苦労だった。しかし本番では全部の曲がこの調子ではないだろう? せいぜい最初の3曲くらいだ。…まあ、アンコールを求められたらテンションが上がって全力で歌い始めるだろうが…。すまない、明日も訓練を頼む」
「明日もですか!?」
「…当日を迎えるまで何度でも、だ。明日からはぼくも参加しよう。シールドを保てなくなった者をフォローする」
「しかし!」
お身体に負担が…と言いかけたハーレイをブルーが遮る。
「大丈夫だ。ぼくも訓練しておいた方が心の準備が出来るからね。どの程度の力が必要なのかを見ておかなくては。本番ではドクターに待機して貰うし、医療班も配置する。…ドクターと医療班のシールド補助が最優先だな、倒れられては治療が出来ない」
「…そこまでしてでも実行しようと?」
「サンタクロースは子供のお願いを聞くものだよ。…一昨年、ぶるぅはクリスマスどころじゃなかったんだ。もう忘れたとは言わないだろうね?」
「……覚えております……」
ハーレイが答え、ブリッジにいた長老たちも頭を下げた。一昨年と言っても一年ちょっと前のことだが、長老たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」をソルジャー候補として厳しく訓練しまくったのだ。結果的にソルジャー候補にはならなかったものの、訓練で疲れ果ててしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」はクリスマス・パーティーにも出ずに爆睡していた。これには流石にシャングリラ中のミュウが可哀想という気持ちを抱いたわけで…。
「あの一件を覚えているなら、叶えてやってもいいだろう? 訓練期間のことも考えてクリスマス当日は避けたんだ。…そして年末年始はイベントなどが目白押しだし、皆も楽しみにしていたし…。お屠蘇気分が抜け切ってから訓練開始と思ったんだが」
それに、とブルーは付け加えるのを忘れなかった。
「本物の戦闘となったらあんなものでは済まないよ。想像してみたまえ、シャングリラに爆弾が降り注いできたらどうなると思う? ぶるぅの歌には殺傷力は無いのだからね、精神集中の特訓のつもりで頑張ってほしい。それも出来ない乗員たちならシャングリラが沈められても文句は言えない」
「承知いたしました…」
続けます、とハーレイは悲壮な面持ちで言った。そして戦闘訓練と名付けられたそれは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がアタラクシアへ買い物に出掛けた隙や昼寝している時間を狙って二週間ほど続行されて…。

「えぇっ!?」
ある日、久しぶりのショップ調査から戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は部屋の前で待っていたハーレイの言葉に仰天した。扉にぶら下げてあった『おでかけ』と書かれた札を手にしたままで目を丸くして立っている。
「…リサイタル? ぼくの?」
「そうだ。劇場にはいつものように私の名前で貸し切り予約を入れてある。夕食が済んでから開幕だ」
「でも…。ぼく、リサイタルをするって言ったっけ?」
「いや。私の所にサンタクロースから手紙が来ていた。ぶるぅの誕生日リサイタルをするように、と書いてあったが、クリスマスの日は他の予約があったからな…。ソルジャーに相談したら一月遅れでいいんじゃないか、と仰ったのだ」
だから今日だ、とハーレイは身体を屈めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」の顔を覗き込んだ。
「1月25日だろう? クリスマスからちょうど一ヵ月だな。…どうだ、一月遅れじゃ嫌か?」
「ううん!」
満面の笑みを湛えて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は部屋の扉を開け放った。
「わーい、お誕生日リサイタルだぁ! すぐに練習しなくっちゃ!」
カラオケセットの方へとすっ飛んで行く「そるじゃぁ・ぶるぅ」の背中に向かってハーレイは叫ぶ。
「戸を開けたまま練習するな! 音が漏れると体調を崩す者がいるからな! それとステージ衣装を忘れないように、とソルジャーからの伝言だ!」
「…ステージ衣装?」
扉を閉めに戻ってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が首を傾げる。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の服はブルーの衣装によく似た意匠で、着替えもそれで統一されていた。ゆえに特別な服など無い筈なのだが…。
「誕生日にプレゼントを貰っただろう? アヒルちゃんの耳飾りだ」
ハーレイはそう応じてから「ちょっと違うか…」と呟いて。
「耳飾りではないな、ピアスではないし…。耳当ての上に被せるものらしいが」
「あっ…」
あれのことか、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は閃いたようで。
「じゃあ、ハーレイにも教えてくれた御礼につけてあげるね! はい、ウサギ耳~!」
ハーレイの頭にポフッと載せられたのは真っ白なウサギ耳がついたカチューシャだった。このパターンは確か数年前にも…、とハーレイは部屋の壁の鏡に写った自分の姿にデジャビュを覚える。あの時のウサギ耳は新年の麻雀大会が発端で…。
「あのね、ウサギさんは今年の干支なんだって! ショッピングモールで子供のお客さんに配ってたんだ」
子供用だからハーレイには小さすぎるよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がケタケタ笑い転げる。ウサギ耳が前回にも増してミスマッチなのはそのせいか、とハーレイは酷い疲れを覚えた。引っ張ってみたがカチューシャは頭に張り付いてビクともしない。
「一週間ほど取れないよ、それ。リサイタルは耳が多い方が音がクリアに聞こえていいよね♪ ウサギさんの耳と合わせて四つ~!」
じゃあね、と扉がパタンと閉まった。早速カラオケの練習だろう。ハーレイは回れ右をし、誰とも顔を合わさないよう緊急用の通路を通って青の間に駆け込んで行ったのだが…。
「おや、ハーレイ。ウサギ耳とは懐かしいねえ…。あの時は君が猫耳でウサギの耳はゼルだったっけね。…リサイタルに備えて仮装かい?」
なかなか気の利くキャプテンだねえ、と笑顔で褒められ、ハーレイはとても言い出せなかった。このウサギ耳を外してくれ、と…。更にブルーにリサイタルの司会と進行を任せられてはどうにもならない。晒し者になる我が身を思って心の中で男泣きに泣くハーレイをブルーが笑いを噛み殺しながら見送ったことにも、ハーレイは当然気付かなかった…。

一ヵ月遅れの誕生日リサイタル開催に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はワクワクしながらブルーに貰ったアヒルちゃんの飾りを補聴器もどきに取り付けた。黄色いアヒルちゃんが2羽も頭にくっついているのは嬉しいものだ。これでブルーがリサイタルに来てくれたなら、どんなに楽しいことだろう。
「でも……ブルーはきっと来ないよね…」
紫の薔薇が50本とカードを預かってくるのはハーレイに決まっている、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頭から決めてかかっていた。だから悪戯と八つ当たりを兼ねてウサギ耳カチューシャをくっつけたのだ。
「サンタさん、いい子にしなさいって言ってなかったみたいだし! 満員のお客さんもブルーもいるわけないもん、どうせハーレイだけだもん…」
薔薇を届ける役回りは圧倒的にハーレイのことが多かった。その理由はハーレイが防御能力に優れたタイプ・グリーンだったからだが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分の歌が下手くそなことは分かっていても破壊力があるとまでは思っておらず、船長職は暇なのだろうと解釈している。きっと今夜も会場にはハーレイ一人だけだ。
「でもでも、お誕生日リサイタルは出来るんだもんね! サンタさん、お願いを少しは聞いてくれたんだぁ!」
歌って歌って歌いまくろう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はウキウキ通路を跳ねてゆく。劇場のあるエリアに入るとテレポートをして楽屋入り。音響機器は劇場スタッフが整えてくれている筈だ。…もっとも彼らはセットを終えたら逃げ出してしまい、歌を聴いてはくれないのだが…。
「そろそろかな?」
完璧に防音された楽屋で時計を見ていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はハーレイに教えられた開幕の時間に合わせて舞台の方へと出て行った。眩いライトが光っている。七色に輝くミラーボールにスモークも…。最高の気分で歌えそうだ、と舞台袖から出た瞬間に。
「「「ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!!!」」」
大歓声が観客席から飛んできた。
「え? えぇぇっ!?」
劇場は超のつく満席状態、立ち見の人も大勢いる。どうなったのか、とキョロキョロ見回した瞳にウサギ耳をつけたハーレイが映り、そのハーレイはマイクを持っていて…。
「ぶるぅ、誕生日おめでとう。サンタクロースが満員のお客さんを呼ぶようにと手紙に書いていた。…もちろん嫌がる者も多かったのだが、お前の誕生日のお祝いだからと最終的には殆ど全員揃ったぞ。持ち場を離れられない者以外はな」
「……そうなんだ……」
会場を埋め尽くす人々を見た「そるじゃぁ・ぶるぅ」はクリスマスから後にやらかしてきた悪戯をちょっぴり反省した。噛みついてしまった人や蹴飛ばした人、他にも色々…。それなのに皆がリサイタルを聴きに来てくれている。でも…。
(どうせブルーはいないんだ…)
スウッと深く息を吸い込み、声の限りに歌い始める。観客はすぐに耳を塞いでしまうだろう。…そんな光景には慣れっこだ。あちこちのセクションに押し掛けて行っては歌いまくってきたのだから。なのに…。
(???)
割れんばかりの拍手に手拍子、ペンライトを振る人もいる。調子っぱずれな歌に合わせて会場が揺れる。まるで本物のリサイタルだ。映像でしか見たことが無いが、プロの歌手が歌う会場ではこんな具合で…。
(気持ちいい~! サンタクロースって凄いんだ♪)
歌い踊りながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」はリサイタル気分を満喫していた。これで会場にブルーがいてくれたなら最高なのだが、サンタクロースにそこまで出来はしないだろうし…。と、観客席の中央辺りに青い光がチラリと見えた。まさか…。
(ブルー!!?)
そこにはフィシスを従えたブルーが花束を抱えて座っていた。紫の薔薇を束ねたものだ。サンタクロースは『紫の薔薇の人も見に来てくれますように』というお願いも聞いてくれたのだ!
「かみお~ん♪」
曲の途中だったというのに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は感激のあまり十八番の『かみほー♪』を始めてしまった。本来はアンコール用に最後まで取っておく、どんな時でも絶好調で歌える曲。湧き返る会場でブルーが全力を尽くして皆のシールドを補助したことも、満席の観客を守り抜くためにブルー自らが会場入りをしていたことも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は知る由もない。もちろんそれまでの艦内一斉訓練のことも…。

最後は総立ちになったリサイタルを終え、アンコールの『かみほー♪』を歌い上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立つステージにブルーが薔薇の花束を抱えてやって来た。
「ごめんよ、ぶるぅ…。みんなが立っていたというのに、ぼくだけ椅子に座ったままで」
詫びるブルーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「ううん」と首を横に振る。
「ブルーがいてくれただけで嬉しかった! 全部サンタさんのお蔭なんだね」
「そうだね。ぶるぅのリサイタルを初めて見られて嬉しいよ。シャングリラ中のみんなが集まる場所なら、ぼくも堂々と出てこられるから…。はい、ぶるぅ。…直接渡すのは初めてだね」
ブルーが差し出した紫の薔薇を「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びで受け取った。ついに『紫の薔薇の人』と劇場で会うことが出来たのだ。一ヵ月遅れの誕生日だろうが構わない。こんな誕生日なら半年遅れでも一年遅れでも全然、全く気にしない。
「そのアヒルちゃんも似合っているよ。ぶるぅ、誕生日おめでとう」
これを言うのは二度目だけどね、とブルーはニッコリ微笑んだ。それが合図であったかのように。
「「「誕生日おめでとう、そるじゃぁ・ぶるぅ!!!」」」
盛大な拍手の嵐が起こり、クラッカーがあちこちで鳴らされた。客席の後ろの扉が開いて大きなバースデーケーキを御神輿さながらに担いだ厨房のスタッフたちが入ってくる。1歳の誕生日に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がリクエストした巨大ケーキよりも更に大きく、担ぐだけでも大変そうだ。
「あれもサンタクロースが注文していったみたいだよ」
全部ハーレイに聞いたんだけど、とブルーはウサギ耳をくっつけたままの船長の方へと視線を向けた。
「だからね、ぶるぅ? ハーレイはサンタクロースの注文を実行するために頑張ったんだ。ウサギ耳をくっつけられたままじゃ可哀想だよ。誕生日パーティーが終わった後でいいから外しておあげ」
「うん! えっ、パーティー?」
「お誕生日のパーティーさ。一月遅れになっちゃったけど、クリスマスにはお前が拗ねていたからねえ…。誕生日は一年に一度きりだし、最高の気分でお祝いしなくちゃ。ほら、ケーキをカットするのを手伝っておいで」
悪戯せずにね…、と指示したブルーは満場の観客に微笑みかけて。
『ぼくの我儘に付き合ってくれてありがとう、みんな。…ぶるぅのリサイタルを見に来られたことに感謝する。訓練ではとても苦労をかけたし、ぶるぅの悪戯も治りそうにはないけれど……どうか、これからも』
ぶるぅをよろしく、と伝えられた思念はブルーによってブロックされて「そるじゃぁ・ぶるぅ」には届かなかった。代わりに沸き起こる「お誕生日おめでとう」コール。切り分けられたケーキがお皿に乗せられ、会場中に配られてゆく。戦闘訓練と称して実戦さながらにシールドを張り、消耗した身体に甘いケーキは絶品だろう。
悪戯小僧な「そるじゃぁ・ぶるぅ」、本日をもって目出度く4歳。一月遅れの誕生日でも、心の底から祝い合える日がきっと本当のバースデー。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、4歳の誕生日おめでとう!




    ※2009年ぶるぅお誕生日記念の短編です。




  久しく待ちにし 主よ、とく来たりて
  御民(みたみ)の縄目(なわめ)を 解き放ち給え
  主よ、主よ、御民を 救わせ給えや
              (讃美歌94番)



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悪戯とグルメとショップ調査に日々忙しい「そるじゃぁ・ぶるぅ」。クリスマスの日が彼の3歳の誕生日だ。前の日がクリスマス・イブだから誕生日の朝にはサンタクロースからのプレゼントもある。シャングリラの公園でクリスマス・ツリーの点灯式があった頃から浮かれ気分は最高潮で、もう毎日が絶好調の悪戯日和。
「かみお~ん♪」
「「「うわぁぁぁっ、出たぁぁぁっ!!!」」」
艦内のあちらこちらで悲鳴が上がり、噛まれる犠牲者も後を絶たない。去年はブルーのアイデアが功を奏して悪戯が封じられたのだったが、今年はそういう気配もなかった。
「…ソルジャーは何を考えておいでなのかしら…」
「お身体の調子が優れないとか…?」
「そういうことなら無理を言ったらダメだよなぁ…。我慢するか」
まだ痛むけど、と腕を擦るのは昨夜噛まれた内の一人だ。食堂の壁に下手くそなサンタとトナカイの絵を落ちない塗料で描きなぐった上、食堂中の椅子の座面に接着剤を塗りたくっていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を止めようとして被害に遭った清掃チームのリーダーである。
「今夜あたりは紙吹雪だぞ。…なんでブリッジに入れないくせにブリッジを攻撃するんだよ…」
「ブリッジが苦手な場所だからだろ? 鬱憤晴らしというヤツさ」
「それで膝まで埋まる勢いの紙吹雪をドカンと放り込むのか? 掃除するのも大変なのに…」
「最初が白でこないだがピンク、今度は何色が降るのやら…。トイレットペーパーが混ざってるかもしれないな」
泣きたくなるぜ、と公園からブリッジを見上げるリーダー。男女入り混じった清掃チームの受難の日々はまだまだ続きそうだった。なにしろ「そるじゃぁ・ぶるぅ」ときたら、ソルジャーと同じタイプ・ブルーだ。サイオンを使えば何処であろうと神出鬼没、悪戯を仕掛けて逃亡するのは朝飯前のことなのだから。
「あら? ねえ、こんな時間にキャプテンがいらっしゃらないわ」
航海長も機関長も、とコアブリッジを指差す女性。
「…本当だ…。珍しいなぁ、お茶の時間なら揃ってお留守もよくあるんだが」
「ソルジャーの所へ行かれたんだと思いたいな。ぶるぅを止めに」
「無理無理、それは有り得ないって!」
仕事に戻るぞ、とリーダーが通路に入って行った。清掃チームは今日も一日「そるじゃぁ・ぶるぅ」に振り回されて、散らかりまくった艦内を片付ける内に残業となり、全て綺麗になった頃には日付が変わっている…かもしれない。

「…ソルジャー…。今日は折り入ってお話が」
難しい顔をしたキャプテンを筆頭とした長老たちが青の間に顔を揃えていた。今年も「そるじゃぁ・ぶるぅ」が買い込んできた青く静かに輝くツリーが青の間の奥に飾られている。しかし厳粛な雰囲気をブチ壊すのはソルジャーその人が座るコタツだ。お約束のミカンがコタツの上に乗っているのも長老たちにはもはや馴染みの光景だったが。
「…話? ぶるぅが悪戯したのかい?」
座って、と促すブルーの言葉でソルジャー補佐の女性が人数分の厚い座布団を出してくる。長老たちがコタツに入ると昆布茶と羊羹が並べられた。
「いただきます」
ハーレイが昆布茶を一口啜り、湯飲みをコトリと茶卓に戻して。
「…実はフィシスの予言のことなのですが…。どうお思いになられますか?」
「どういう意味の質問なんだい? 的中率は高いと思うが」
「いえ、我々の未来についての予言です。…我々に目覚めが訪れるとか、大きな力が注ぎ込むとか…」
「ああ…」
ソルジャー…いやソルジャー・ブルーは穏やかな声音でフィシスの予言を語ってみせた。
「我らに…獅子に目覚めが訪れる。何か大きな力が我らの源流に注ぎ込む……、か。正直、ぼくにも正確な意味は掴めない。力とは何だ? 武器か? それとも人材か…。それを得れば空へ飛び立てるのか? 空というのは宇宙のことだが」
「そう、それです。その予言が告げる力というのが…実はぶるぅなのではないかと」
「ぶるぅが!? …まさか…」
「…我々もかなり悩みました。ですが、ぶるぅは間違いなくタイプ・ブルーです。アルタミラを脱出してからの長い年月、あなたの他にタイプ・ブルーは誰一人としていなかった。けれど今ならぶるぅがおります」
長老たちが一斉に頷く。ブルーは青天の霹靂といった様子で固まっていたが、ハーレイは構わず話を続けた。
「フィシスが予言した大きな力がぶるぅであれば、もうこうしてはおられません。早々にきちんと教育を受けさせ、あなたの右腕として十二分に力を揮えるようにしなくては。そして一刻も早く地球を目指して飛び立ちましょう。あなたも望んでおいでの筈です。…我々が地球へ辿り着くことを」
「…しかし……ぶるぅはまだ……」
「子供なことは承知しています。だからこそ早期教育が必要なのだとエラも申しておりますが」
「そうです、ソルジャー。悪戯ばかり繰り返すのはエネルギーが余っている証拠。サイオンのコントロールは全く問題ないのですから、余分なエネルギーを学習と礼儀作法に振り向けてやれば立派なソルジャー候補として…」
そこまで言ってエラはハッと自分の口を押さえた。
「も、申し訳ございません。失礼なことを申しました…」
「かまわないよ。後継者探しが必要なほどに弱っているのは事実だから。…そして後継者はまだ見つからない。ぶるぅは違うと思うのだが…」
「お言葉を返すようですが…身近だからこそ見えない真実というのもございますぞ」
重々しい口調で告げるヒルマン。
「あなたはぶるぅを可愛がっておいでですから、厳しい現実に巻き込みたくない…とお思いになっておられるのだろうとお見受けします。現にぶるぅはショップ調査にグルメ三昧と人類の世界で楽しく遊び暮らしておりますし。…ですが、今の我々に必要なのは力と確かな未来なのです」
「そのとおりじゃ。ぶるぅにはソルジャーにはまだ及ばないまでもタイプ・ブルーの力がある。今から訓練して伸ばしていけば近い将来、ソルジャーの助けになる筈じゃて」
ゼル機関長も乗り気だった。そしてブラウも。
「あたしもゼルに全面的に賛成だ。何かと問題のある子だけども、素質は十分持ってるだろう? ソルジャー候補に据えちまったら頑張ってくれると思うんだけどね。あの子はソルジャーが大好きだから」
「………」
ブルーには何も言えなかった。自分の命数が尽きかけているのは本当のことで、後を継ぐ者が現れないのもまた事実。もしも自分に何かあったらミュウはソルジャーを失うのだから。
「…よろしいですか? ソルジャーが賛成して下されば、ぶるぅの教育を開始したいと思うのですが」
畳みかけるようにハーレイが言う。
「来年からという案もございましたが、ここ数日で悪戯が一層酷くなりまして……苦情が沢山来ております。これを機会に躾も兼ねてソルジャー候補の教育を是非に」
「…今からなのか…?」
「御賛成頂けるのならすぐに、です。鉄は熱いうちに打てと申しますから」
ハーレイに続いてヒルマンが言う。
「三つ子の魂百まで、だとも申しますな。子供への教育は早ければ早いほど良いと私も日頃から思っております。ぶるぅはもうすぐ3歳ですぞ。ソルジャー、どうか御決断を」
長老たちの直談判にブルーは考えを巡らせたものの、他に名案は見つからない。ソルジャーを継がせられる者は強力なサイオンを持つタイプ・ブルーしかいないと分かっていた。長老たちもとうの昔に気付いている。その条件に該当する者が一人いる以上、子供だからと庇い続けては長老たちとブルーの間に溝が出来るかもしれないのだ。
「………分かった。ぶるぅをソルジャー候補にしてもいい。ただし教育は皆に任せる。ぼくはぶるぅを導けない」
気儘に生きさせてやりたかったから、とブルーは深い溜息をつく。自由に生きてみたいと願った自分の思いが生み出したらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」に自分と同じ道を歩ませるのはとても悲しく、身を切られるように辛かった。…だがソルジャーたる者が私情に流されていてはいけない。長老たちにもブルーの気持ちは分かったらしく、暫し沈黙が流れたが…。
「ソルジャー、ありがとうございます。では一つだけお願いが…。あなたの口からぶるぅに言って頂きたい。ソルジャー候補として頑張るように、と」
我々が言っても無駄ですから、とハーレイに続いて長老全員が頭を下げる。ブルーは宙を見上げて一声叫んだ。
「ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
クルクルクル…と宙返りしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が降ってくる。
「わぁ、おやつだ! 羊羹大好き!!」
長老たちが手をつけていなかった羊羹をペロリと胃袋に収めた悪戯っ子はコンビニの袋を持っていた。中には好物のアイスが一杯。コタツに入って早速アイスを食べ始めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソルジャー候補の名を背負ったのは、袋の中身が空っぽになって満足そうにニッコリ笑った直後であった。

「最近、ぶるぅの姿を見ないな」
「シッ! 言ってると来るぞ」
「大丈夫だって噂だぜ。…ブリッジのヤツらに聞いたんだが…」
次の瞬間、公園で立ち話をしていた者たちが一斉に悲鳴に近い叫びを上げていた。
「「「ソルジャー候補!?」」」
なんてこった、と頭を抱えて蹲る者や額を押さえてよろめく者。よりにもよって噛み付き癖のある悪戯小僧がソルジャーだなどと誰が進んで認めるだろうか?
「だからさ、そこを教育中らしい。あれでもタイプ・ブルーなんだし、素行を改めて十分な知識を身に付けたなら立派にソルジャーが務まるだろうと…」
「2歳児の言うことを聞けってか? クリスマスが来たら3歳だけどな」
「だからソルジャー候補なんだよ。ソルジャーは御健在だし、あくまで候補。…でもなあ…」
上手くいくとは思えないけど、という言葉が終らない内に凄まじい思念波がシャングリラの艦内を貫いた。
『イヤだぁぁぁーっ!!!』
ビリビリと空気が震え、公園の木とブリッジが共鳴する。
『やだやだ、おやつ抜きなんてヤだーっっっ!!!』
アイスにプリンに肉まんに…と流れ込んでくる鮮明すぎる食べ物のイメージ。
「こ、これは…」
「この雑念だらけの思念波は…」
「「「ぶるぅだな…」」」
何処で喚いているのか謎だが、ソルジャー教育の話は本当らしい。イメージと一緒に大量の情報が津波のように押し寄せたのだ。
「…あいつ、お点前なんかをやらされてたのか…」
「俺には生け花のイメージが見えたぜ」
「そうだったか? 習字だったと思ったけどなぁ、机の上に筆と硯が」
皆が思念で捉えたものはどれも『道』という字を名前に含んだ古めかしい稽古事だった。茶道に華道、おまけに書道。食堂で情報交換してみたところ、写経と座禅もあったらしい。
「要するに集中力をつけろってことか? 雑念が多いとサイオンも乱れがちだしな」
「あいつの場合、礼儀作法も兼ねてるんじゃないか? 頭に来たら噛み付くようじゃ、とてもソルジャーにはなれないし…」
「なるほどなぁ…。長老方のお手並み拝見ってところだな」
お披露目はいつになるのだろう、と噂話に花が咲く。
「多分ぶるぅの誕生日だぜ。でなきゃクリスマス・イブのパーティーあたりか? パーティーならソルジャーもお出ましになるし、披露にはもってこいだろう」
「げげっ、披露されたら俺たち断れないじゃないかよ!」
「…そもそも断る権利なんかがあると思うか? ソルジャーは投票とかで決まるんじゃないし、俺たちはソルジャーの決定に従うだけだ」
「「「うわぁ…」」」
十字を切る者、ブツブツと念仏を唱える者。日頃から現ソルジャーの名をパクッたような「そるじゃぁ・ぶるぅ」の名に親しんではいても、それが次期ソルジャーになるかと思うと誰もが涙を禁じ得なかった。

「かみお~ん♪」
遊びに来たよ、と青の間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が顔を出す。ブルーはソルジャー補佐に命じて夜食を取り寄せ、熱々のラーメンを「そるじゃぁ・ぶるぅ」に振舞ってやった。
「ありがとう、ブルー! お腹ペコペコだったんだ。今日も朝からお稽古ばかりで、おやつ食べさせて貰えなくって…。食事は大盛りでくれるんだけど、あれじゃ全然足りないよね」
ショップ調査に行きたいよう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は豚骨ラーメンを啜る。
「クリスマス前だから美味しそうなメニューが沢山…。だけど夜には閉店しちゃうし、訓練が終わってから行こうとしてもダメなんだ。お店なんかを見ようとするから気が散るんです、ってエラはしょっちゅう怒るけど…見えちゃうんだもん…」
ケーキもお菓子もお料理も、と涙目になる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ごめんよ、ぶるぅ…。でも教育期間が終了したらショップ調査に行けると思う。今年は無理でも来年にはね」
「うん…。ぼく、頑張る。ソルジャー候補ってブルーを助けるお仕事でしょ? ぼくがブルーを助けてあげられるようになったらブルーも今より元気になるってヒルマンが教えてくれたんだ。ブルー、一緒に地球に行こうよ」
頑張るからね、と健気に言って「そるじゃぁ・ぶるぅ」は帰って行った。けれど立ち去る小さな背中はソルジャー候補の名の重圧に押し潰されそうなほどに痛々しくて…。
「………。フィシスを呼んでくれないか」
もう休んだかもしれないが、とソルジャー補佐に声をかけると間もなくフィシスがやって来る。
「お呼びですか?」
「ああ、すまない…夜遅くに。でも確かめておきたくて…。君が占った大きな力とは本当にぶるぅのことなのだろうか? 分からないなら占いの方法を変えてみてくれ。ぶるぅの未来はソルジャーなのか、それとも別の未来があるのか。…急がないから占ってほしい」
「…ぶるぅが御心配なのですね?」
「そうだ。ぶるぅは無理をしている。まだ本当に子供なのに…サンタクロースに頼むプレゼントさえも忘れるほどに毎日訓練に打ち込んで…。誕生日に何が欲しいか尋ねてみても思い付かないらしいんだ。去年は大きなお菓子の家をリクエストして半年がかりで食べていたのに」
それは本当のことだった。3歳にもならない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青の間で夜食を食べると部屋に帰って土鍋に入り、すぐに眠りに落ちてゆく。疲れ果ててしまっているのか、胃袋に直結している食べ物以外は全く意識に上らないのだ。ブルーはそんな「そるじゃぁ・ぶるぅ」を本来の姿に戻したかった。もしも…可能なことなのならば。
「分かりました。ぶるぅの未来を占いましょう。…けれどソルジャーだと出てしまったら…」
「その時は仕方ないだろう。それがぶるぅの運命ならば」
「…それでは…明日でよろしいですか? 長老の皆様方もお呼びしないといけませんわね」
「ぼくも行こう。頼んだよ、フィシス」
賽は投げられた…とブルーは思う。自らの半身だとも思う「そるじゃぁ・ぶるぅ」を次代のソルジャーに指名するのか、普通の子供として育てるか。全ては明日の占いで決まる。…クリスマスはもう目前だった。

天体の間に置かれたフィシスのターフル。カードをめくるフィシスの手元に長老たちとブルーの視線が集まっている。ブルーが『女神』と呼ぶフィシスの占いが告げる結果は託宣とされて絶対であった。占われているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の未来のこと。ブルーの後を継ぎソルジャーになるのか、勝手気ままに生きていくのか…。
「……これは……」
最後の一枚となるカードをめくったフィシスが小さな声を上げた。
「どうなされた? 何か不吉な未来でも?」
問いかけるゼルにフィシスは「いいえ」と首を振って。
「…ソルジャー、ぶるぅの未来が出ましたわ。でも…これはどういうことなのでしょう? ぶるぅの時間は止まっています。いつまで経っても子供のまま…」
「「「子供のまま?」」」
長老たちの声が重なる。
「ええ。私たちの外見が年を取らないように、ぶるぅも今の姿のままで成長しないらしいのです。そんなこと…。今まで保護したミュウの子たちはちゃんと成長していったのに」
「ぶるぅは生まれが普通じゃないしね」
そう不思議でもないだろう、とブルーは先を促した。
「それで結果は? 成長しなくてもソルジャーを務めることは十分可能だ。ぶるぅは次のソルジャーなのかい?」
「………」
「…フィシス?」
「……申し上げにくいのですけれど……」
ターフルを囲んだ皆の間に緊張が走る。ブルーは目を閉じ、長老たちは拳を握った。フィシスの唇が躊躇うように開かれて…。
「…皆様の努力は報われない、と出ております。ぶるぅはぶるぅ、どう転んでもぶるぅなのだ…と。残念ながらソルジャーには…」
「なれんというのか!?」
血管が切れそうな顔でゼルが叫んだ。ソルジャー候補としての訓練の間、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何度もキレて暴れている。そういう時に取り押さえるのはゼルとハーレイの役目であった。つまり何度も噛み付かれては医務室の世話になったというわけだ。文字通り血の滲む努力をしたのに無駄骨だったとは怒るしかない。
「わしもハーレイも身体を張っておったのに…。あやつはどうにもならんのか!」
「…はい。ぶるぅの未来は次期ソルジャーとは出ておりません」
ああ、とエラの身体がよろめいた。お茶にお花にお習字に…と、ヒルマンと共に持てる知識の限りを尽くして教育してきた師匠である。眩暈を起こすのも無理はなかった。長老たちの失意は大きく、ハーレイも眉間の皺を深くしていたが…。
「すまない、みんな。…無駄な努力をさせてしまった」
ブルーの謝罪に長老たちは翻って我が身を考える。元はと言えば自分たちがブルーに申し出たことだ。それが誤っていたからといって、どうしてブルーを責められようか? ましてや子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」を責めまくるのは完全にお門違いの八つ当たりで…。
「…いいえ、ソルジャー…。我々が勝手にやったことです。あなたが言って下さらなければ、フィシスに確認することもなく教育を続けていたでしょう。…申し訳ありませんでした。あなたは反対しておられたのに」
深々と頭を下げるハーレイに倣って長老たちも謝罪する。こうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自由も暇もないソルジャー候補から晴れて解放されたのだったが、明日は早くもクリスマス・イブ。久々の休みを満喫しようと土鍋に入った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は丸々一日眠り続けて、翌日もひたすら爆睡し続け…クリスマス・イブのパーティーが終わった後もぐっすり眠ったままだった。
「…可哀想なことをしてしまいました。あれほど疲れ果てていたとは…」
艦内の照明が暗くなった深夜、青の間のブルーの許を訪れたのはサンタクロースの扮装をしたハーレイである。今だ目覚めない「そるじゃぁ・ぶるぅ」に長老一同とブルーからのプレゼントを届けに行くのが彼の役目だ。
「ソルジャーは今年もクッションですか。去年は土鍋の形でしたね」
「これは一応抱き枕だよ? ぶるぅは丸くなるのが好きだし、抱えて寝るのも気に入るかな…とね。アヒルの形を選んでみた。大好きなお風呂オモチャもトイレも、デザインはアヒルちゃんだろう?」
「なるほど。…では、行ってきます。ぶるぅの分のクリスマス・パーティーの料理は厨房に頼んで保存しました」
大型冷蔵庫に一杯分です、と笑みを浮かべて有能なキャプテンは出掛けて行った。

そして翌朝、やっと目覚めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見付けたものは…。
「かみお~ん♪ ブルー、サンタさん来てくれてたよ! 靴下を用意していなかったのに、こんなに沢山!」
ハーレイが運んだ数々のプレゼントと共に青の間に駆け込んできた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は弾けんばかりの笑顔だった。ブルーがベッドから降りるのも待たず、あれこれ披露して大喜びだ。
「良かったね、ぶるぅ。とてもいい子で頑張ったから、サンタが色々くれたんだろう。…ソルジャー候補、お疲れ様。もうやらなくていいんだよ」
「本当に? ねえ、本当にやらなくていい? ブルーのお手伝いはどうなるの?」
「さあ、それは…気が向いた時にシールドなんかを助けてくれると嬉しいな。そんな危険はないだろうけど」
その前に、とブルーはシャングリラ中に思念を広げる。
『メリー・クリスマス、シャングリラのみんな。…知っている者も多いと思うが、ソルジャー候補について話そう』
悲鳴のような思念がシャングリラ中から返ってきた。ついに発表の時が来た、と誰もが震え上がっているのが分かる。
『ぶるぅを次のソルジャーに…と長老たちが言ってきた。ぼくが長い年月待ち続けてきた後継者に、と。…タイプ・ブルーは知ってのとおり、ぼくの他にはぶるぅしかいない。ならば…と訓練をさせてはみたが、ぶるぅの未来にソルジャーという道はなかった。これはフィシスの託宣だ』
おおっ、と歓喜の思念が湧き上がるのをブルーは思念で静かに制して。
『それでもぶるぅは頑張ってくれた。昨日のパーティーにも出られないほど疲れ果てるまで頑張ったんだ。次のソルジャーにはなれないけれど、ぶるぅはぼくを手助けしようとしてくれている。ただ、この先もずっとぶるぅは子供のままで生きていくらしい。悪戯もするし、噛むことだろう。それでも…ぶるぅを嫌わないでくれるかい?』
『『『………』』』
シャングリラ中が聞き入っていた。いつも被害を被っていても「そるじゃぁ・ぶるぅ」は愛されている。閉ざされた船に新鮮な風と騒ぎを持ち込む元気印のマスコットとして。
『今日はぶるぅの誕生日だ。3歳になったぶるぅのために、できるなら…』
ブルーの思念が終わらない内にワッと艦内が湧き返った。
『ハッピー・バースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!』
『3歳の誕生日、おめでとう!!!』
シャングリラの仲間たちが祝福する中、昨夜「そるじゃぁ・ぶるぅ」が食べ損なった数々の料理や今日のために作られたバースデー・ケーキが厨房から青の間に運び込まれて、ソルジャー補佐とリオの給仕でコタツで始まる誕生パーティー。舌鼓を打つ「そるじゃぁ・ぶるぅ」を嬉しそうに眺めるブルーだったが…。
「お誕生日おめでとう、ぶるぅ。流石にこれは食べ切れないかな?」
青いサイオンに包まれてコタツの横に出現したのは山と積まれたプレゼントの箱。包み紙はどれも「そるじゃぁ・ぶるぅ」がショップ調査に出かけられなくて涙を飲んだお店のもので…。
「…ブルー、これってどうしたの? 昨日までしか売ってない筈だよ、全部限定品だもの!」
「ぶるぅがソルジャー候補をやってくれていたから、シャングリラを空けられる時間があってね。シャングリラ全体にシールドを張る練習なんかもしただろう? その間に何度か出掛けて買ってきた。…ぼくからのバースデー・プレゼントだよ」
「ほんと? ぼく、お手伝い出来たんだ! ありがとう、ブルー、ぼく、頑張る! これからもぼく、頑張るからね!」
3歳だもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸を張る。ソルジャー候補の話は幻となってしまったけれど、秘めた力は変わらない。ブルーの思いから生まれたらしいタイプ・ブルーな「そるじゃぁ・ぶるぅ」。シャングリラ中で悪戯しても噛み付いていても、きっとブルーを助けるだろう。…そう、きっと……遠い未来まで……きっと、地球まで。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、3歳の誕生日、おめでとう!




 ※「そるじゃぁ・ぶるぅ」が誕生したのは2007年クリスマス企画。
 その時、クリスマスが1歳の誕生日になるように設定されて生まれて
 きたので生後300日を越えてましたっけ。
 クリスマス企画終了と共に『ぶるぅのお部屋』は一旦なくなり、翌月、
 再び出現して…生後1000日目になったのが2009年9月20日。
 四桁の大台に乗る記念日をお祝いしようと『幻の夜』を書きました。
 シャングリラ学園シリーズとのコラボになりますv



それは9月20日の夜のこと。シャングリラ学園生徒会長、ブルーは一緒に暮らす「そるじゃぁ・ぶるぅ」と並んでリビングのソファに座っていた。窓の下に広がるアルテメシアの街の明かりはさほど眩いものではないし、昨日が新月だったから月もない。空気も秋らしく澄んできていて、こんな夜は星がよく見える。
「ねえねえ、ブルー、さっきのお料理、美味しかったね!」
そう言ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。二人はホテル・アルテメシアのメインダイニングで食事を済ませて家に帰って来た所だった。エロドクターと呼ばれるドクター・ノルディがよく出没するホテルではあるが、二人の大のお気に入り。ましてや今日は特別だから、ノルディと顔を合わせないようにちゃんと個室を取ったのだ。シェフが腕をふるった料理は旬の食材が生かされていて、今日の主役の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の舌を大いに喜ばせた。
「あのソース、今度作ってみようかな? デザートも作ってみたいのが一杯あったし」
「そうだね。ぶるぅなら色々作れそうだけど…とりあえず今は乾杯しようか」
ブルーが宙に取り出したのは二人分のグラスとシャンパン。もちろん子供用ではない。サイオンは使わずに慣れた手つきでポン! と栓を開け、二つのグラスに注ぎ入れて…。
「ぶるぅ、生まれてから1000日目おめでとう。折り返し点だね」
「ありがとう、ブルー! もう1000日だなんて早いよね」
二人はグラスを1個ずつ持って。
「「かんぱーい!!」」
チン、とグラスが涼しい音を立てて触れ合った時。
「「…えっ?」」
グラスが4個に増えていた。それを支える手も4本に…。
「「「「えぇぇっ!?」」」」
驚きの声も四人分だった。テーブルを挟んで向かい合ったソファには誰も座っていなかったのに、そこに招かれざる来客が二人。しかもその姿はどう見ても…。
「…えっと……。ブルー……?」
いったい何をしに来たのだ、とブルーは自分そっくりの顔の人物に問いかけた。ブルー自身は滅多に着ないソルジャーの正装をした人間といえば、別の世界のシャングリラ号に住む通称ソルジャーことソルジャー・ブルー。いつも騒動の種になる彼がやってくるとはツイていない。今日は特別な日だったのに…。あまつさえ「ぶるぅ」こと、あちらの世界の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のソックリさんまで来てしまうとは…。しかし。
「……君は?」
ブルーに瓜二つの人物が首を傾げた。大きく見開かれた赤い瞳が不安の色に揺れている。そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」によく似た「ぶるぅ」の方はグラスをガチャンとテーブルに置いて。
「誰? これって何の悪戯? 悪戯するなら噛んじゃうからね!」
イーッと剥き出された歯並びはまさに健康優良児。この歯で噛まれたら痛かろうな、と思ったところでブルーはハッと気が付いた。…目の前にいるのは「ぶるぅ」ではない。「ぶるぅ」に見えるが赤の他人だ。自分そっくりの人物もソルジャーとまるで雰囲気が違う。では…この二人は誰なのだ? 全く違う世界から来た客人だったりする……のだろうか?

幸いなことに客人はサイオンを持っていた。しかも最強のタイプ・ブルー。サイオンの波長を合わせると互いの情報が瞬時に伝わり、判明したのは客人たちの名もブルーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、SD体制が敷かれた世界のシャングリラ号の青の間で乾杯しようとした瞬間にこちらへ飛ばされてしまったという事実。
「…フィシスの予言はこれだったのか…」
客人のブルーが苦笑しながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が淹れた紅茶のカップを傾けた。
「今夜、あなたの望みが夢の世界で叶うでしょう…とフィシスは言った。まさか地球に来られるなんてね。フィシスの予言が正しいのなら、時計が午前2時を指すまでは夢を見ていられる筈だと思う」
「…ここは夢の世界じゃないよ。ぼくにとっては現実だって言ってるだろう? それに、何かといえば別の世界から押しかけてくるブルーとぶるぅだっているんだ」
ブルーは唇を尖らせたものの、この客人はいつも遊びに来るブルーのように休暇を取ったりサボったり…という生活とは無縁らしかった。シャングリラに住む仲間たちを守り、導くために自分の気持ちは後回しにして生きる人生。その肉体は弱ってきていて、焦がれ続けた地球には辿り着けないと覚悟している。彼の世界の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、そんな彼の望みから生まれた我儘勝手な分身で…。そう語ってから客人は儚げな笑みを浮かべた。
「この世界が夢でなかったとしても……ぼくは二度と来られはしないと思う。別の世界へ飛ぶだけの力は持っていないんだ。ここへ来られたのは…多分ぶるぅの力じゃないのかな。ぶるぅはぼくを地球へ連れて行きたいと思っていて……乾杯する時もそう言った。いつか一緒に地球へ行こうね、と」
「…君の世界のぶるぅも今日で1000日になるんだよね」
「そうだよ。卵から孵ったわけではなくて、ぼくの部屋に出現してからってことだけど」
客人は自分の世界の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でた。大変な悪戯っ子だという客人の分身は大人しくドーナツを齧っている。明日の朝食用にホテル・アルテメシアで買ってきたものだ。こちらの世界の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が淹れたココアも気に入ったらしい。客人は二人の「そるじゃぁ・ぶるぅ」を見比べて…。
「不思議だね。見た目はこんなにそっくりなのに、君のぶるぅは三百歳を超えているのか…。あ、6歳になる前に卵に戻ってしまうんだったっけ。じゃあ三百歳とは言わないのかな?」
「うん、言わない!」
割って入った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエヘンと胸を張って続けた。
「ぼくね、6歳のお誕生日を迎えたことは一度もないよ。その前に卵になっちゃうからね。今日で二分の一まで来たから折り返し点のお祝いなんだ」
2000日を超えたら卵に戻る日が近いんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は説明する。卵に戻る日や孵化するまでの期間は一定ではなく、そのために誕生日がコロコロ変わってしまうから…折り返し点になる日に近くてキリがいい日を祝うのだ、と。
「だから1000日目なんだけど。…どうしてそっちもお祝いしてたの?」
「ぶるぅが来てくれて1000日経ったのが嬉しかったから…かな。最初は1年しか一緒にいられないかもしれないと思っていたんだ。生まれた理由が理由だけにね」
1年だけ自由に生きてみたいと望んだ自分の心が「そるじゃぁ・ぶるぅ」を生み出したから、と客人は穏やかに微笑んだ。四桁の大台に乗るほどの期間を共に暮らせたことを祝って乾杯しようとしていたのだ、と。その客人が心の底から見たいと望み、焦がれ続けてきた星が……地球。ブルーは客人を見詰め、それから窓の外を眺めて言った。
「…君が憧れた星を見に行こうか。ぼくとぶるぅの力を合わせれば成層圏の外に出られる。君のぶるぅの力も借りれば完璧だよ。…君の力を使わなくっても、この星を見せてあげられる」
「……本当に……?」
夢みたいだ、と呟く客人にブルーは力強く頷いた。
「うん、本当に地球を見られるよ。君のフィシスが予言した魔法の時間が切れない内に…行こう、ブルー。君に地球を見せたいから。…いつか必ず君の世界の地球に辿り着いてほしいから。ここは夜だけど、地球の反対側は昼間だし…夜の景色も昼の景色も見てもらえると思うんだ」
青いサイオンがリビングに溢れ、四人は宇宙へ向かって飛んだ。眼下には青く輝く地球。客人たちはそれに魅せられ、人のいない海辺や深い森の奥に降りたりもして、憧れの星を存分に満喫してからリビングに戻ったのだった。

時刻は午前1時を回った所。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飲み物を淹れ、アップルパイのお皿を配る。客人は自分の世界の「そるじゃぁ・ぶるぅ」をまじまじと見つめて溜息をついた。
「…同じぶるぅなのに大違いだ。ぼくのぶるぅは悪戯好きの大食漢で家事なんか一度もしたことがない。そういうのは世話係かソルジャー補佐がやってくれると信じて疑いもしないんだから。…おまけに迷惑かけてばかりで…」
「だって! ぼく、そういうの得意じゃないし、まだ子供だし!」
プウッと頬を膨らませる姿にブルーはクスッと笑ってしまう。この「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンが強力なことはさっきの旅でよく分かったが、中身は我儘なお子様らしい。子供ゆえの思い込みの力で時空を越えてやって来たものの、再現する技量は持たないようで…。
「ぶるぅ、君が子供なのはよく分かったよ。…君たちが何処から来たのか分かれば会いに行けると思ったけれど、説明できないみたいだし……君の力が切れてしまう時が魔法が終わる時なんだろうね。また会いたいのに…無理なのかな?」
ブルーの問いに客人が静かに口を開いた。
「無理だと思う。…フィシスはこうも言ったんだ。夢は叶うけど、ぼくはそのことを忘れてしまう…と。夢は儚く消えるものだ、と」
「……そうなんだ……」
寂しいね、とブルーは赤い瞳を揺らす。この客人の記憶が消えてしまうのが辛かった。こんなにも地球に焦がれているのに、自分そっくりの人は衰弱していて、恐らく地球へは辿り着けない。ならば夢に等しいものであっても、その目で眺めた地球の姿を心に刻んで欲しいのに…。俯いてしまったブルーに客人がそっと手を差し伸べた。
「いいんだ、忘れてしまっても。…素敵な夢を見たという気分くらいは残るだろうから、ぼくはそれだけで満足だよ。ぼくの夢は地球へ行くこと。ならば、いい夢は…地球の夢に決まっているじゃないか。せっかくの夢だから、一つ訊きたい。…この場所が何処か分かるかな?」
「えっ?」
「こんな島だよ。とても大事な場所じゃないかと思うんだけど」
重ねられた手から流れ込んできたのは宇宙から地球へと降りてゆく映像。客人の世界のフィシスが持つという記憶の一部だと聞かされたブルーは首を捻った。
「えっと…。そういう形の島は確かに地球に存在してる。この国にあるよ。今は夜だから宇宙からは見えなかったかも…。でも、そんなに大事な所かなぁ?」
「ああ、やっぱり実在するんだね。四国も…そして徳島県も」
「…四国? …徳島県? 何、それ? そんな名前じゃないよ、あの島。あそこは昔からソレイドと言って…」
「ソレイド?」
今度は客人が驚く番だった。彼の世界ではソレイドは地球とは全く異なる座標に位置する軍事拠点らしい。
「似てるようでも違う部分が色々あるのか…。フィシスの記憶では徳島県を目指すようにして降りていくから、地球の重要な機関がそこに置かれているんじゃないかと思って尋ねてみたんだけれど」
「困ったなぁ…。ぼくの世界には徳島県という地名が無いし、ソレイドだってごくごく普通の地域だし…。あそこに何かあったっけ?」
ブルーの膨大な知識の中に該当する要素は見つからなかった。ソレイドは八十八ヶ所を巡る遍路旅で知られた巡礼の地だが、それは重要な意味を持つのだろうか? 客人が言う徳島県あたりに存在するのは一番札所……お遍路の旅の出発点。しかし、そこを大切な場所だと言い切れるのは信心深い善男善女と坊主くらいなものだろう。
「…駄目だ、心当たりが全然ないや…。ぼくの世界じゃ一般的には観光に行く所なんだよ、ソレイドは」
ごめん、とブルーは頭を下げた。どうやら客人たちは似て非なる世界から来たようだ。まあ、それを言うなら日頃から出入りしているソルジャーや「ぶるぅ」も同様だったし、そう問題はないのだが…。
「だけど一応、調べてみようか。…ソレイドだよね」
興味津々の客人と一緒にインターネットで検索しても、ソレイド名物のお土産と特産品にグルメ情報、観光名所などがヒットするだけ。でなければ八十八ヶ所関連だ。これは追及するだけ無駄ではないか…と頷き合って、さっき見て回った真っ青な海や自然のままの森の話をしている内に時間は過ぎて…。
「もうすぐ2時か…」
客人が名残惜しそうに窓の外に光る星を見上げた。
「ぶるぅが生まれて1000日目というだけで嬉しかったけど、地球をこの目で見られたなんて…。ありがとう、あちこちに連れて行ってくれて。忘れないよ、と言いたいのに……もうすぐぼくは忘れてしまう」
「1000日目のお祝いをしたことだけを覚えていればいいんじゃないかな。もしかしたら、いつか君のぶるぅが本物の地球を見せてくれるかもしれないよ」
ブルーの言葉に客人は柔らかな笑みを湛えて。
「…そうだね、ぶるぅが連れて来てくれたんだし…。きっと見られると信じよう。ぼくは確かに地球を見たんだ」
忘れてしまう夢であっても、と客人が差し出した右手と握手する。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も双子のような相手と握手し、四人で幾つか言葉を交わして……さよならと手を握り合った直後に午前2時が訪れた。

「…あれ? ブルー、昨日買ってきたドーナツが無いよ?」
翌朝、いつものように起き出したブルーを待っていたのは困惑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「おかしいなぁ…。テーブルの上に置いといたよね? 空っぽの箱だけキッチンにあって、中身がどこにもないんだけれど…」
「空っぽ? 昨夜は乾杯をしてすぐ寝ただろう、ぼくもぶるぅも。…それとも……。あ、そうだ。ぶるぅ、酔っ払って夜中に食べてしまったんじゃあ…」
やりかねないよ、と笑うブルーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はションボリとして。
「そうかも…。アップルパイも減っちゃってるんだ。ぼくって酒癖悪かったみたい…」
「子供のくせにお酒を飲んだんだから、酔っ払うのは仕方ないさ。昨日はぶるぅのためのお祝いだったし、たまには羽目を外しちゃってもいいんじゃないかと思うけどね。そうだ、今からドーナツ食べに行こうか。色々選んで買っていたのに、食べたのを全然覚えてないのは残念だろう?」
「いいの?」
「もちろん。1000日目のお祝いは24時間有効だよ。行こう、ぶるぅの好きなお店へ。朝御飯はドーナツ、お昼も何処か美味しいお店でゆっくりと…。何が食べたい?」
グルメマップを取り出すブルーの手元を「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコ笑顔で覗き込む。食べ歩きプランを練り始める二人に昨夜の記憶は全く無かった。別世界から来た客人たちにドーナツとアップルパイを振舞ったことなど覚えていない。彼らが消えるのを見送った後、二人でお皿やカップをきちんと洗って片付けてから眠ったのに…。
「ぶるぅ、改めて1000日目おめでとう。まずはドーナツで腹ごしらえだね」
「うん! ぼく、いっぱい食べて研究するんだ♪」
みんなに新作を出したいもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は張り切っていた。卵から孵ってからの日数が四桁になった日を記念日として祝い始めてもう何度目になるのだろう? これからもきっとこの習慣は続いていくに違いない。

その頃、ドーナツとアップルパイを食べてしまった客人たちも別の世界で目を覚ましていた。シャングリラ号の中にある青の間のベッドと、その脇に置かれた土鍋の中で。普段は「そるじゃぁ・ぶるぅ」は専用の部屋で寝ているのだが、夜にお祝いをするというので青の間に泊まりに来たのだった。
「おはよう、ぶるぅ。昨夜はいい夢を見ていたような気がするよ。…お前が泊まってくれたお蔭かな」
「本当? ぼく、暴れたりしなかった? 乾杯した後の覚えがないけど…」
酔っ払って何かしたかも、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は心配そうだ。ブルーはクスッと笑みを零して。
「大丈夫だよ。ほら、グラスもボトルも割れずに無事だ。ぼくもお前も1杯だけで酔いが回ってすぐに寝たから」
「そっか……寝ちゃったんだっけ。せっかくお祝いしてくれたのに」
「残念そうだね。それじゃ改めてお祝いしようか? 1000日目の」
「わーい! ぼく、何かいいもの探してくるね!」
言うなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿がパッと消え失せた。日頃のショップ調査とグルメ三昧の成果を披露する気だろう。悪戯っ子だがサイオンだけは一人前の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。いてくれるだけで心強い、とブルーはいつも思っていた。二人で別の世界の地球へ行った記憶は綺麗に失われてしまったけれど、今日は気分がとてもいい。
「ぶるぅが来てから1000日目か…。ぶるぅならきっと地球まで行けるだろうな。…ぼくの命が尽きた後でも、ぶるぅが地球を見てくれたなら……ぼくも見られるような気がする。あの青い星を…」
頼むよ、ぶるぅ……とブルーは微笑む。この日から遥か遠い未来に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がブルーを本物の地球へ連れて行くことになるのだったが、それを二人は知る由もない。地球はまだまだ夢の彼方だ。

「そるじゃぁ・ぶるぅ」、生まれてから今日で1000日目。奇跡のように交わった二つの世界は互いの記憶の消滅と共に再び分かたれ、記憶も二度と戻らなかった。家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」と悪戯大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、それぞれのブルーと共に自分の世界で生きてゆく。「かみお~ん♪」と明るく叫んで元気一杯に跳ねる姿はどちらの世界も共通だったが、評価はキッパリ分かれるだろう。
悪戯好きの「そるじゃぁ・ぶるぅ」と家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。もう一人、ソルジャーの世界に住んでいる通称「ぶるぅ」がこの日に出現しなかったのは、乾杯しなかったせいらしい。ソルジャーとキャプテンの大人の時間が始まったので土鍋に入って眠っていたのだ。三人の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の揃い踏みが実現していたならば、何かが違っていたのだろうか? それは誰にも分からない。
「かみお~ん♪」が口癖でブルーの身体を縮めたような姿の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は全部で三人。家事万能か、悪戯好きか、おませで悪戯好きなのがいいか。どこの世界のブルーに訊いても答えはきっと決まっている。
「ぼくはぶるぅが一番好きだよ」。
それは自分の傍らにいる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。おませさんでも悪戯好きでも、愛すべき存在なのだから。そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方もブルーが一番好きだった。だから全ては上手くいく。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、1000日目の記念日、おめでとう!




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