シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
マザー、航海士補佐の仕事は最後まで雑用と「そるじゃぁ・ぶるぅ番」でした。でも最後の最後に素晴らしい体験ができましたので、もしかしたら今までで最高に…幸せな職場だったかもしれません。『おでかけ』の札が下がった扉の前で座っているとキャプテンが走ってらしたのです。
「ぶるぅを引き取りにくるよう連絡が来た。リオは今、手が離せない。土鍋を持ってついて来てくれ」
えっ、あの『ぶるぅ鍋』専用の土鍋をこの私が!?ラッキー、という叫びを飲み込み、キャプテンと一緒に厨房へ。そこでは大きな土鍋を温めている最中でした。オーブンだとばかり思ってましたが、蒸し器を使っていたんですねえ。確かに土鍋は空焚きすると割れますし。
「キャプテン、用意できました。いつもより熱めにしてあります」
「助かる。手間をかけさせてすまない」
布巾で水気を拭った土鍋が台車の上に乗せられました。押してみると…思ったより重量ありますね、これ。
「重いか?…ならば私も一緒に押すが」
「いえ、このくらいなら平気です」
「そうか。だが、重いと思ったら言うんだぞ。けっこう距離があるからな」
歩き始めたキャプテンの背中を台車を押して追いかけます。距離がある場所って何処なんでしょうね?
エレベーターに何度か乗りました。そして何度も認証を受け、長い廊下を左へ右へ。さすがにちょっと疲れたかも。お掃除隊で掃除しましたけど、シャングリラってこんなに広い艦でしたっけ?
「悪いな。本当は最短距離で行けるルートがあるのだが…まだ教えられる段階ではない」
え?…もしかして回り道してらっしゃいますか?「土鍋いつもより熱め」の注文も時間がかかるからなんですか?そんなことをする必要がある行き先っていうのは、ひょっとして…。あ。またしても認証です。そして長い廊下。
「この先は私一人で行く。ここでしばらく待っていてくれ」
キャプテンが大きなドアの向こうに消えました。開閉の瞬間にチラ、と見えた中は深海のよう。暗くて…でも漆黒の闇ではなくて、そこはかとなく青い闇。遥か奥に見えた青い灯。…青い…灯火…?
「…青の間です」
考え込んでいた私は弾かれたように顔を上げました。そこにいらしたのはフィシス様。
「ここは青の間。…すぐにキャプテンもおいでになります」
ドアが音もなく開き、覗き込もうとしたのですが…。キャプテン、お身体が大きすぎです。おまけに「そるじゃぁ・ぶるぅ」を両手で抱えていらしたのでは…。青い光を見たと思う間もなくドアは閉まってしまいました。
「ぶるぅは私について来たのです」
フィシス様がおっしゃいました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はよく眠っていて、キャプテンが土鍋に入れると少しゴソゴソして姿勢を直し、まるまって気持ちよさそうです。
「ソルジャーと一緒に撫でていたら寝てしまいました。…では、私はソルジャーの所に戻りますから」
フィシス様がドアに向かわれたので、覗き込むチャンスだと思ったのに。
「戻るぞ。一人で押して行けそうか?」
今度は土鍋の蓋を持ったキャプテンのお身体が邪魔をしてやっぱり中は見えませんでした。でもでも…ついに伝説の『青の間』の前まで来ましたよ!もうこれだけで大ラッキーです。青の間は本当にあったんです!
帰りもあちこち回り道して、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が入った土鍋は行きよりも重くなってましたが、青の間まで行けた高揚感でちっとも苦になりませんでした。シャングリラに青の間の存在を知らない者はいませんけれど、入れる者は限られていて一般のミュウは行き着くこともできません。扉まで行けたなんて夢のようです。
「世話をかけた。土鍋ごと下ろすから、手伝ってくれ」
よいしょ、と土鍋を「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に置いて…。その後、私は一日、夢心地でした。部屋を出る前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を思いきり撫で回してきたんです。だって…だって、ソルジャー・ブルー様が撫でていらしたとフィシス様から伺いましたし!ここで撫でなきゃいつ撫でるんです?!
マザー、航海士補佐は良い職場でした。青の間の前まで連れてって下さったキャプテンのご恩は忘れません。今後もキャプテンの胃を守るべく精進します。そしてソルジャー・ブルー様がお撫でになった「そるじゃぁ・ぶるぅ」を撫でたこの手は、洗わずにおいておきたいのですが…これは危険な発想ですか?