シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
明日はシャングリラ学園恒例の『かるた大会』。健康診断が必要な体力勝負ということは…グランド中を走り回って大きな取り札を奪い合うとか?我が1年A組には会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」という助っ人が来る筈ですが、今日は普通の授業の日なので二人の姿はありません。
「諸君、おはよう」
カツカツと靴の踵を鳴らしてグレイブ先生がやって来ました。
「明日は『かるた大会』だ。全員、水着を持参するように」
「「「水着!?」」」
思わぬ言葉にクラス中が大騒ぎです。カルタ大会に何故、水着が?
「静粛に!…我が学園で行われるのは水中かるた大会なのだ。温水プールが会場になる」
そういえば温水プールがあったのでした。水泳の授業は夏の間しかありませんでしたが、水泳大会の会場にもなったシャングリラ学園自慢の大きな屋内プールは冬の間も現役です。水泳部が使ってるんでしたっけ。
「もちろん今度も順位を競う。…学園1位になれとは言わんが、学年1位は取ってくれたまえ」
グレイブ先生は1位が何よりお好きです。学園1位を取れ、と言わない辺りがなんだか怪しい感じでした。案の定、先生が出て行った後のクラスの話題はそれで持ちきり。
「なぁ、学園1位を取ると何かやらせてくれるんだよな?」
「あの言い方だとそうだよなぁ。…グレイブ先生は絶対に何かやらされると見た」
今までにそんなことが2回ありました。クラス担任が連帯責任で貧乏クジを引かされてしまう、学園1位のクラスを対象とした御褒美イベント。1回目は球技大会の『お礼参り』でドッジボールの的にされてましたし、2回目はつい先日の闇鍋です。今度はいったいどんな行事が…?
「上の学年に聞いてみたいけど、秘密だって言うだろうなあ」
「先輩たち、口が堅いからなぁ…。まぁ、学園1位になったら分かることだけどな」
グレイブ先生が何をすることになるのか楽しみだ、とみんなワクワクしています。競技ルールも大会の全容も知らない内からこれなんですから、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」への期待は嫌でも高まりますよね。
大会当日、二人の助っ人は当然のようにやって来ました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はちゃんと女子用スクール水着。会場の温水プールの周りにクラス別に座り、まずは校長先生の挨拶から。新年を寿いで…とか難しいことを言ってますけど、要するにお正月だからカルタ大会というわけです。校長先生は挨拶だけで引っ込んでしまい、この後は教頭先生が最高責任者になるみたい。
「諸君、今日のカルタ大会は本年度最後の全学年で順位を競う行事だ。学年1位というのもいいが、ここは志高く学園1位を目指してほしい。では、ブラウ先生からルールを説明してもらう」
教頭先生がブラウ先生にマイクを引き継ぎました。
「みんな、新年かるた大会が水中かるた大会だっていうのは知ってるね?」
「「「はーい!!!」」」
「よし!いい返事だ。…カルタ大会には違いないけど、実際に使うのは百人一首だ。取り札は百枚ということになるよ」
おおぉっ、と声が上がります。水中でカルタと聞いて移動に体力が要りそうだとは思ってましたが、取り札が百枚となると確かに体力勝負かも。健康診断があった理由が素直に納得できました。
「勝負はクラスごとの総当り戦。男女別じゃなくてクラス丸ごとでの対戦だから、男子は紳士として振舞うこと。女子に不埒な真似を働いたら承知しないよ。もちろん逆も、だ」
ドッと広がる笑い声。さすがに逆は無いでしょう。
「競技はクラス同士の対戦方式。プール中に散らばった取り札を1枚でも多く取ったクラスの勝ちになる。さて、ここからが肝心だ。取り札は必ずプールサイドの所定の位置まで届けること。取り札は水に浮くから、それを押しながら歩いていくか、泳いで行くか。もしも途中で手を離したら、相手クラスに札を取られても文句は言えないルールだよ」
えぇっ!?一度取った札は責任を持ってプールサイドまで届けろ、ですって?
「取り札を運んでいる途中のあからさまな妨害行為は禁止。ただし、水をかけることは許可されるから、水をかけられた者が取り札から手を離しても妨害行為にはならないからね。取り札を自分で運べないと判断した場合は1回だけバトンタッチが許される」
んーと…。1回だけならバトンタッチがオッケーですか。じゃあ、リレー方式で運べば問題ないのでは、と思ったのですが。
「取り札1枚につき、搬送人員は相手チームも含めて合計4名。それ以上の人数が関与した場合、お手つきとして無効になるよ。その札は後で改めて読み直しの上、奪い合うことになっているから要注意だ」
リレー方式は無理らしいです。じゃあ、札を取ったら頑張って運ぶか、1回限りのバトンタッチか。あんまり遠い距離は運びたくないという気がしてきました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はどんな形で力を貸してくれるんでしょう?
「試合は1年生のクラスから。担任による厳正な抽選の結果、第一試合はB組とE組。ミーティングが終わり次第、プールサイドに集合のこと!」
よかった。第一試合じゃないようです。どんな感じかも分からない内に勝負というのは避けたいですし…。B組とE組の生徒がプールサイドに並ぶと、取り札が運び出されてきました。畳の半分くらいの大きさがある白い発泡スチロールです。それを水着のシド先生たちがプール全体にまんべんなく浮かべ、次に生徒がプールに入って…。
「いいかい、B組が取った札はこっち側の端。E組はあっちの端に運ぶんだよ」
五十メートルプールの両端が札の置き場所に指定されました。最初から札に手を触れている生徒もいます。その札が読まれたら運ぼうという作戦でしょう。札の読み手は教頭先生。百人一首を読むのですから、古典の先生が係になるのは当然といえば当然です。
「はじめっ!」
ブラウ先生の合図で教頭先生が立ち上がりました。マイクを前にして渋い声が朗々と…。
「わたの原~…」
「はいっ!」
わっ、早い!取り札を掲げた男の子が名乗りを上げて、札をプールに戻すと押しながら泳ぎ始めます。たちまち起こる水かけ攻撃。起こった波で他の札が揺れ、それを避けて泳ぐのは難しそう。諦めた男の子が歩き始めると水かけは更に激しくなって…とうとう札が手を離れました。すかさず対戦相手のクラスの男子が札を奪って反対の方向へ…。
「思ったよりハードそうだね、これ」
ジョミー君が呟き、キース君が。
「ああ、運ぶ距離によってはかなりの負担を強いられそうだ」
「…あっ、また札を取られましたよ」
マツカ君が言うとおり、取り札はまた別の男の子の手に渡っています。これで3人目。最初に取った子のクラスに札が戻ったわけですが…今度札が手を離れたら、関与できるのは一人だけ。更に激しくなる水かけ攻撃の中、札は4人目の手に渡ってしまって、その子のクラスのものになるのかと思いきや…。
「わっ、ここまできても攻撃するんだ!」
ジョミー君が驚くのも不思議ではありませんでした。4人目の生徒をゴールさせまい、と相手クラスの子たちが揃って水かけ攻撃に出ています。一斉に攻撃されると札を押し続けるのは困難で…。
「そこまで!」
ブラウ先生の声が響きました。
「4人目の手を離れたね。今の札は保留になる。後で読み直されるまで、そのままだよ」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
激しいブーイングの中、教頭先生は次の読み札を手に取って。
「みかの原~…」
「はいっ!!」
再び起こる水かけ合戦。百枚の取り札が全てプールサイドに置かれる頃には、B組もE組も男女を問わずヘトヘトになってしまったのでした。恐るべし、水中かるた大会。私たちの試合はこの次です。
「対戦相手はC組か…。サムとシロエのクラスだな」
キース君が言い終えない内に合図がされて、ミーティング開始。A組の男女が集まる中で会長さんがスッと右手を上げました。
「さっきの試合を見ていたろう?…普通に札を運んでも無駄だ。体力は消耗するし、ゴールできるという保証も無い。…だが、水かけ攻撃の影響を受けない者が一人だけいる」
「「「一人?」」」
「…ぶるぅだよ。ぶるぅなら五十メートルが百メートルでも、浮上せずに潜ったままで札を運んで行けるんだ。発泡スチロールの札を持って潜ることだってわけはない。そうだね、ぶるぅ?」
「うん!ぼくに札をくれればゴールまでちゃんと運んで行くよ♪」
取り札を「そるじゃぁ・ぶるぅ」にバトンタッチ。それならとても簡単そうです。でも…どうやって「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連絡を?呼んでいる間に他のクラスに札を取られてしまうのでは…。
「大丈夫。君たちは見つけた札をキープするだけでいいんだよ。自分のそばにある札が何かを考えていれば十分だ。ぶるぅはぼくの指示で飛び出す」
試合を始めてみれば分かるよ、と会長さんは笑っています。ミーティング時間終了の合図と共に私たちはプールサイドに行き、ゴールを指定されました。またシド先生たちが取り札をばらまき、それが終わるとプールの中へ。温水プールの中いっぱいに広がってゆく途中でシロエ君とすれ違ったら…。
「A組なんかに負けませんよ。キース先輩にそう言っといて下さい」
ニッと笑ったシロエ君は見るからに闘志満々でした。私が居場所に決めた所はプールの真ん中あたりです。たまたま浮いていた取り札がお気に入りの一首だったんですが…。
「小野小町が好きなのかい?」
いきなり会長さんの声が聞こえて私は飛び上がってしまいました。
「花の色は うつりにけりな いたずらに 我が身世にふる ながめせし間に…か。ぼくには意味が無い歌だよね」
そこから後は思念波の声。
『小町には悪いと思うけど…実際、年を取らないんだから仕方ないや。君やスウェナやジョミーも似たようなことになると思うよ』
えっ、と声を上げそうになったところへ今度は声が。
「で、どうして小野小町が好きなんだい?」
「えっ…。えっと、それは…小野小町の札が…着物がすごく好きだったんで…。あの、あの…坊主めくりをやってた時に…」
「ああ、坊主めくりか。女性の絵札は綺麗だよね」
うーん、呆れられちゃったかもしれません。歌より絵柄がお気に入りなんて。
「そんなことないさ。綺麗なものを綺麗だと思う気持ちは、とても大事だと思うけど?…女の子なら尚更だよ。綺麗なものを知れば知るほど、人は綺麗になるからね」
サラッと言われた殺し文句に私が頬を染めたところへ泳いできたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「あれ?みゆ、どうしたの?…ほっぺたが真っ赤」
「う…ううん、全然平気。ぶるぅもここで待つのかな?」
「うん!ブルーの合図があったらいつでも飛び出せるようにしておかなくちゃ」
スクール水着の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さいですから、プールに立つと首から上しか見えません。こんな身体で取り札を運ぼうというのですから驚きです。やがてブラウ先生がマイクを持って…。
「みんな準備はいいようだね。…それじゃ、はじめっ!」
教頭先生が読み札を手にしました。
「花の色は~」
「は、はいっ!!」
まさか一首目で来るなんて!私は目の前に浮いていた札をガシッと掴んで差し上げます。会長さんがすかさず「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「頼んだよ、ぶるぅ。みゆ、取り札をぶるぅに渡して」
小野小町の下の句が書かれた札を渡すと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプクッと潜ってしまいました。小さな影が凄い勢いでプールの底すれすれに泳いでいきます。会長さんが言っていたとおり、水かけ攻撃が不可能な場所に行ってしまったわけでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は上手に人を避け、一度も息継ぎをせずにアッという間にゴールに浮上。
「はい。これ、A組の分」
待機していたグレイブ先生の前に取り札を置き、悠々と泳いで戻ってくる「そるじゃぁ・ぶるぅ」にC組の生徒は歯噛みするばかり。「泳いできたら踏んでやろうか」と言った誰かにブラウ先生が「妨害行為は反則だよ!」とすかさず警告を飛ばしました。教頭先生は次の読み札を取り、大きな声で。
「小倉山~」
「はいっ!」
頭上に札を掲げたのはアルトちゃんでした。かなり離れた所にいます。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は泳いでいくものとばかり思いましたが…。
「ぶるぅ!」
会長さんがサッと両手を差し出し、水中から躍り出た「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんの手をジャンプ台にして飛び上がりました。
「かみお~ん!!」
雄叫びと共にピョーンとみんなの頭上を飛び越え、アルトちゃんのそばで水飛沫が。そして札を受け取った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は水中に潜り、誰もがポカンとしている間にグレイブ先生が待つゴールに辿り着いたのでした。これで早くも2枚です。でも、C組の生徒が取り札を取ってしまったら…?
「そうはならない」
会長さんが泳いでくる「そるじゃぁ・ぶるぅ」に手を振りながら余裕の笑みを浮べています。
「ミーティングの時に言ったろう?自分のそばにある札が何かを考えていれば十分だ、って。どの取り札がどこにあるのか、ぼくには見えているんだよ。だから取るべき札に一番近い子の意識の下に呼びかけるんだ。そこにある札を取るようにって」
その後の展開は会長さんの言葉通りになりました。取り札はA組の手にしか渡らず、配達係は「そるじゃぁ・ぶるぅ」。C組は水かけ攻撃を繰り出す暇もないまま惨敗です。プールの中で奔走したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」一人だけ。飛び出すためのジャンプ台を務めた会長さんは「ちょっと疲れたから」と、まりぃ先生が待つ救護所へ行ってしまいましたが、単に昼寝がしたいだけかも…。
私たちの試合を見ていた人たちは、取り札は潜って運べばいいと思ったようです。ところが次の試合でそうしようとしたクラスは早々に挫折しました。畳半分サイズの発泡スチロールの浮力はどうも半端じゃないみたい。それじゃ、小さな身体で軽々と沈めて運んでいった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は?
「ぶるぅの力は知ってるだろう?取り札が浮かないようにしてしまうくらい、わけはないのさ」
会長さんがジュース片手に笑っていました。救護所から戻ってきたようですけど、ハンバーガーまで持っています。えっと…今は飲食できる時間じゃないのでは?
「まりぃ先生におねだりしたんだよ。ほら、ぼくは身体が弱いから…。腹が減っては戦ができぬ、って昔の人も言っているしね」
ドクター・ノルディという主治医がいるほどですし、虚弱体質だというのは本当でしょう。でも日常生活に支障が出るレベルではない筈です。どちらかといえば虚弱体質を売りにして肉体労働をサボッているのが実態なのでは…。体操服も持ってなかったくらいですから。会長さんの顔を窺うと不意に思念が届きました。
『用も無いのに走らされたり、泳がされたり…って面倒じゃないか。それに年寄りの冷や水って言うし』
ね?と微笑む会長さん。どこが年寄りだ!と思いましたが、他の人には今の言葉は聞こえてなかったわけですし…グッと我慢の二文字です。会長さんはハンバーガーをぱくつきながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」にフライドポテトを持たせていました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がつまみ食いをしていましたけれど、A組生徒が先生方に通報するわけありません。なんといっても大恩人です。
「食べるんだったら俺たちの後ろに隠れとけよ」
何人かの男子が盾になるのを見た会長さんは、「じゃあ、ぶるぅの分も貰っちゃおうかな」と救護所へ出かけていきました。貰ってきたのはホットドッグ。さすがに短時間でハンバーガーは無理なんですね…っていうか、わざわざ買いに行かせていたと分かってまたビックリ。買いに走ったのはシド先生だよ、と事も無げに言う会長さんに私たちは唖然とするばかりでした。
「だって、体力を消耗しちゃって倒れたら学校の責任問題じゃないか。栄養補給は大切なんだ」
平然としている会長さんは次の試合が終わった後も救護所に直行してしまいました。総当り戦の結果、1年生の勝者はA組。会長さんは何度も救護所へ行ってサボリと栄養補給をしながら、2年、3年の1位が決まってからの学園1位決定戦でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」とタッグを組んで勝利を掴んでくれたのでした。
「やったぁ、俺たち1位だぜ!」
男の子たちが叫んでいます。本年度最後の全学年で順位を競うイベントも1年A組が貰いました。まさに無敵の1年A組。さぁ、とうとう学園1位です。お楽しみイベント、今度は何かな?