シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
シャングリラ学園新年恒例『かるた大会』は1年A組の圧倒的勝利で終わりました。輝く学園1位の座です。本年度最後の全学年での順位争いを制してプールから上がると表彰式。教頭先生から表彰状を受け取ったのは会長さんです。全校生徒が拍手を送ってくれましたけど…。あれ?これでおしまいなんでしょうか?…先生方や職員さんが会場の片付けを始めています。
「えっ…。もしかして、なんにもないの?」
ジョミー君の言葉はみんなの心の声でした。学園1位を獲得すれば絶対に何か美味しいイベントに巡り会えると思ったんですが…深読みのしすぎだったかも。期待したのに賞状だけか、とA組全員がちょっとガッカリしかかった時。
「さあ、みんな着替えを済ませて講堂に移動しておくれ」
ブラウ先生がマイクを手にして言いました。
「1年A組は好きな先生を一人だけ指名してくれるかい?…かるた大会では、学園1位を取ったクラスに指名された先生とクラス担任が寸劇を披露するのが伝統なんだ。希望の演目があった場合は御注文にも応じるよ」
なんと!…グレイブ先生が逃げ腰だった理由はこれですか。A組の生徒の瞳が一気に輝き始めました。グレイブ先生と誰かが寸劇を披露してくれるとは愉快です。私たちは歓声を上げ、視線は自然に会長さんの方向へ。指名権を欲しがることは分かってますし、会長さんならきっと素敵なことを考え出してくれるでしょう。
「…ぼくが選んでいいのかい?」
指名よろしくお願いします、とみんなに言われた会長さんは案の定、とても嬉しそうで。クラス一同が「はい」と頷くとスッと指差したのは他ならぬ教頭先生でした。
「1年A組は教頭先生を指名させて頂きます」
「了解。…ハーレイ、御指名だよ」
ブラウ先生が教頭先生の肩を叩いて「頑張りな」とウインクします。
「じゃあ、寸劇はグレイブとハーレイがするんだね。演目の指定はあるのかい?」
私たちはドキドキワクワク。会長さんは「待ってて」と言うとブラウ先生の所へ行って耳元で何か囁きました。ブラウ先生がプッと吹き出し、堪え切れないように笑い出して。
「去年もなかなか凄かったけど、今年の舞台も面白いことになりそうだ。さあさあ、みんな着替えた、着替えた。講堂の座席は1年A組が一番前だよ。大いに期待しておくれ!」
まだ笑っているブラウ先生が教頭先生とグレイブ先生の背中をバンバン叩いていますが、会長さんは何を言ったのでしょう?着替えを終えて講堂へ入る直前にA組の生徒は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を捕まえ、演目について質問しました。でも会長さんは「それは見てのお楽しみだよ」と微笑むばかり。
「それじゃ去年は何だったの?」
そう言ったのはジョミー君。
「ブラウ先生が凄かったって言っていたけど、もし見てたんなら教えてほしいな」
そうだそうだ、と好奇心を隠せない声が二重三重に重なります。会長さんは悪戯っぽい笑顔になって。
「…聞きたいかい?」
「「「もちろんです!!」」」
凄かったという去年の寸劇、いったいどんなものだったのか。ここで聞かなきゃ大損です。会長さんはクスクスと笑い、私たちの顔を見渡しました。
「去年、ぼくはカルタ大会には参加してない。ただのギャラリーだったんだけど、寸劇は見せてもらったよ。学園1位を取ったのは3年生のクラスで、担任はゼル先生だった」
ゼル先生…。私たちはゴクリと唾を飲みました。じゃあ、相方になった先生は誰?
「指名されたのは教頭先生。…演目は『ロミオとジュリエット』だった」
「「「!!!」」」
誰の趣味なんだ、と頭を抱える私たち。会長さんが関与しなくても教頭先生は貧乏くじを引かされてしまうことがあるようです。ゼル先生と教頭先生、どちらがロミオでジュリエットやら、考えただけでお腹の皮がよじれそう。
「演じてくれたのはバルコニーの場面だよ。配役はジャンケンで決めたみたいだね。…髪の毛が無いジュリエットというのは凄かったな。衣装も用意すべきじゃないかと思ったけれど、あれはあれでウケが良かったし」
3年生にとっても卒業前のいい思い出の1コマだった、と楽しげに語る会長さん。今年の演目も気になりますが、『ロミオとジュリエット』も見たかったなぁ…。
講堂に入って行くと、他のクラスは既に着席していました。1年A組は用意された特等席に陣取り、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も二人並んで座っています。舞台にはしっかり幕が下ろされ、中の様子は窺えません。時々ドスンと重たいものが落っこちる音や奇妙な足音が聞こえてきますが、いったい何をしてるんでしょう?しばらく待つとブラウ先生がマイクを持って出てきました。
「長いこと待たせてすまなかったね。リハーサルにちょっと手間取ったんだ。本番も上手くいくかどうかは分からないけど、なにしろ素人芝居だから。…まぁ、暖かい目で見てやっておくれ」
パチパチパチ…と拍手が鳴って、ブラウ先生は満足そうに。
「期待してくれて嬉しいねぇ。それじゃ演目と配役を発表しよう。今年は寸劇じゃなくてアッと驚く舞踊劇だ。バレエ『白鳥の湖』から王子とオデットのグラン・パ・ド・ドゥ…と言いたいところなんだが、そんな難しいのは出来なくってさ。…お馴染みのテーマ曲、『情景』に合わせて二人で派手に踊ってもらうよ」
げげっ!は、白鳥の湖ですって!?あの有名な曲でグレイブ先生と教頭先生が…バレエもどきを踊るんですか!これはスーツじゃ無理ですよね。ジャージで登場するのかな?
「踊りの方は適当だけど、見どころはたっぷりあるからね。配役は1年A組からの指名で王子がグレイブ、オデット姫がハーレイだ」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
演目が分かった時からザワついていた講堂の中は大混乱。ミスキャストだとか、それでこそだとか、ワイワイと凄い騒ぎです。えっと…配役も演目も会長さんが一人で勝手に決めたんですが、お笑いを目指したことは分かりました。グレイブ先生が王子で教頭先生がオデットだなんて、体格からして普通は逆だと思うんです。どんな踊りを見せてくれるのか、想像するのも怖いような…。
「みんな、今からビビッてたんじゃあ、本番はとても耐えられないよ?覚悟しときな」
ブラウ先生がサッと右手を高く差し上げて。
「…さあ、開幕だ。盛大に拍手しておくれ!」
割れんばかりの拍手と歓声、そして口笛が講堂を揺るがせ、静かに幕が上がりました。チャイコフスキーの不朽の名曲が大音量で鳴り響く中、舞台の上に立っていたのは王子の衣装とバレエタイツのグレイブ先生。ジャージ姿ではありません。
「おおっ、今年は衣装つきかよ!」
上級生の誰かが驚いています。そこへ舞台の袖からオデット姫が現れました。真っ白なチュチュに真っ白なタイツ、トウシューズまで履いた教頭先生の頭には羽飾りとティアラもくっついています。開幕前に聞いた奇妙な足音はトウシューズの靴音だったんですね。
「「「わはははははは!!!」」」
全校生徒が爆笑する中、舞台にスポットライトが当たってシャングリラ学園版『白鳥の湖』、いよいよ開演。舞台狭しと踊りまわる王子とオデット姫はとんでもなくダイナミックでした。私たちはこみ上げてくる笑いを押さえきれずに涙が出てくる始末です。二人の踊りはハチャメチャでしたが、リハーサルで誰かが指導をしたようで…。
「さ、三十二回転って黒鳥よね…?」
スウェナちゃんが笑いをこらえて話しかけてきます。今、教頭先生がやっているのは一ヶ所から動かないで回る連続回転、グラン・フェッテ・アン・トゥールナン。オデットじゃなくて黒鳥の…オディールの踊りだと思いますけど、細かいことを言っているより見て楽しければいいわけで…。多分、そういう発想で織り込まれた踊りなんでしょう。
グレイブ先生はヤケクソで高くジャンプしながら舞台の上を回ってますし。
「ブラボー!」
会長さんが叫び、教頭先生の回転に合わせて手拍子を打ち始めました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒にパチパチ。もう二十回くらい回転していた教頭先生はクラクラしているようでしたけど、広がってゆく手拍子に励まされて回り続けます。えっ、ちゃんと爪先で立ってるのか、って?…いくらなんでもそれは無理。三十、三十一…三十二!ドスドスと回り続けた体格のいいオデット姫はフラフラしつつも次の踊りへ。そして格調高い名曲をブチ壊しながら踊りまくったシャングリラ学園版『白鳥の湖』の締めくくりは…。
「「「おぉぉぉっ!!」」」
講堂中が湧き立ちました。グレイブ先生が根性で教頭先生を高々と差し上げ、見事なリフトを決めたのです。講堂に来た時、舞台の上から何度か聞こえたドスンという音は多分リフトの練習中の落下事故…。教頭先生はグレイブ先生にリフトされつつ、オデットらしく可憐なポーズでピタリと静止していました。名曲が終わるのと一緒に幕が下りてゆき、会場は拍手と爆笑の渦。
「アンコール!…アンコール!」
叫び声と拍手に合わせて幕が上がると、グレイブ先生と教頭先生がヘタクソながらもバレエのお辞儀を繰り返します。ブラウ先生が閉会を告げるまで、拍手は鳴り止みませんでした。
かるた大会1位の栄誉は最高のショー。終礼のために戻った教室は興奮さめやらぬクラスメイトの声と笑いで騒然としていました。
「あの衣装はあんたが用意したのか?」
キース君が会長さんに尋ねます。去年の『ロミオとジュリエット』を見た会長さんが「衣装も用意すべきじゃないか」と思った話を聞かされてますし、そうでなくてもクラス中が衣装の出処で盛り上がっている真っ最中。もしかして「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったのではないでしょうね?
「借りたんだよ」
みんなの疑問に会長さんはアッサリ答えてくれました。
「男ばかりのバレエ団があるのを知ってるだろう?…ほら、暮れからアルテメシア公園のホールに来ているヤツ」
「…エンディミオン・バレエ団か…」
キース君がポカンと口を開けています。私もポスターで知っていましたが、見に行ったことはありません。会長さんはそんな所にまでコネを持っているのでしょうか?そりゃあ、三百年以上も生きているのですし、どんな知り合いがいたって驚くことはないのですけど。
「ホールの支配人さんがシャングリラ学園の卒業生なんだ。だから頼みに行ってきた。衣装を貸して貰えませんか、って」
「…じゃあ、あの服は本物の…」
「うん、本物のバレエの衣装。ちゃんとグレイブ先生と教頭先生のサイズを言って昨日から借りてあったのさ。トウシューズもね」
後で返しに行かなくちゃ、とウインクしてみせる会長さん。グレイブ先生がやって来るまで、私たちは笑い続けていました。
「諸君、静粛に!」
スーツに着替えた先生を見ても、やっぱり笑いは止まりません。教頭先生を見たら笑い死にしてしまいそうですが、どうしましょう?…うーん、当分、教頭室には近づかないのが吉でしょうね。
終礼の後「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、テーブルの上にシュークリームが山盛り出てきました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は紅茶とコーヒーを淹れると忙しそうに奥のお部屋へ。
「ごめんね、みんな好きに食べてて。ハーレイたちの服を返しに行かなきゃいけないから…お洗濯しておかないと」
えっ、あんな特殊なモノを自分で洗濯するんですか?
「ぶるぅに任せておけば安心だよ」
会長さんがシュークリームをお皿に取って。
「シュークリームも色々あると言ってたっけ。カスタードの他にラムレーズンとかキャラメルとか。…ぼくが見たってどれが何なのか分からないけど」
サイオンを使えば別だけれども、と言いながらフォークを入れた会長さんは「外しちゃった」と苦笑しています。
「…絶対マロンだと思ったのに…。こういうのはフィシスが得意なんだ」
会長さんのシュークリームはマロンではなくショコラでした。常にサイオンを使っているわけではないというのが嬉しいです。だって私たち、サイオンなんて使えませんし。
「サイオンは必要が無ければ使わずにいていいんだよ。…その方が普通の人間との差が無くていい」
「…そうか、それなら安心だ」
ホッとした顔のキース君。今日はカルタ大会で体力を消耗した人が大多数なので柔道部の部活はお休みなんです。
「俺も一応、坊主だし…柔道も長くやってるし。だから精神統一には自信があったが、一度も人の心が読めない。あんたが冬休みに誘導してくれて以来、ずっと練習しているんだがな…」
ひゃああ!キース君ってやっぱり努力家です。私なんかやってみようと思ったこともありません。
「自主練習は頼もしいけど、今はやっても無駄だと思うよ」
会長さんが2個目のシュークリームを取り、フォークで刺して「またハズレだ」と呟きます。
「卒業するまでは普通の生徒としての時間を大事にするよう言っただろう?…だから君たちのサイオン能力が表に出ないよう、ぼくの力で押さえてるんだ。…もっともキース以外に練習した人はいなかったから、対象者はキース限定だけど」
「…そうだったのか…」
無駄な努力をしてしまった、と言っているくせにキース君は嬉しそうです。天才肌のキース君には「サイオンを使いこなせない」自分が許せなかったのかもしれません。でも「使えないようにされている」のなら話は別。会長さんもちゃんと教えてあげればいいのに、黙ってるなんて意地悪かも…。
「サイオンは使わなくてもいいんだけれど、上手く使えば便利でもある。たとえば…」
「シュークリームの中身が分かれば便利だよな」
サム君が4個目を頬張りながら言いました。
「俺、ラムレーズンが食いたいんだけど、まだ1個も当たってねえんだよ」
「そういう使い方は基本中の基本だね」
会長さんはクスクスと笑い、「はい」とシュークリームを1個手に取って差し出しました。
「サムのお望みのラムレーズン。4個も食べて当たらないっていうのは気の毒だし」
「おおっ、サンキュ!」
早速かぶりついたサム君は「ラムレーズンだぁ!」と大喜びです。なるほど、確かに便利かも。
「…シュークリームの中身当てより、もっと面白いことが出来るんだよ。そう、『白鳥の湖』とか」
「「「白鳥の湖!?」」」
「うん。…今日のバレエの踊りのこと。ド素人のグレイブとハーレイがメチャメチャであってもバレエらしきものを踊れた秘密はサイオンなのさ」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
私たちはビックリ仰天です。言われてみれば、それなりに指導が入ったような踊りに見えたのは確かですが…もしかして指導が入ったのではなく、あの踊りは実力だったとか?
「そう。二人の踊りにはちゃんと裏づけがあったんだ。…サイオンは一人が得た知識を一瞬で相手にコピーできる。身体能力の問題もあるから、踊りとかだと完璧にとはいかないけれど、知識として叩き込むことは可能なんだよ。今日の演目をバレエにしたいとブラウに頼んで、バレエをやってる仲間を調達してきて貰ったのさ」
教頭先生とグレイブ先生にバレエの知識をコピーしたのはシャングリラ学園の職員さんでした。普段からパートナーを組んで踊っている仲のいいカップルらしいです。
「そ、それじゃ教頭先生たちは…本当にバレエを踊れるんですか!?」
シロエ君がひっくり返った声で尋ねました。
「そうなるね。…グレイブは王子のパートを全部踊れるし、ハーレイはオデットも黒鳥もこなせる筈だ。ただし身体がついていけば、の話だけれど。…ハーレイはまだ爪先で立てなかったから、もっと頑張って練習しないと」
練習用のレオタードをプレゼントするのもいいかもね、と会長さんは笑っています。
「柔道十段の上に古式泳法の名手なんだし、身体能力は十分にあると思うんだ。毎日欠かさずレッスンすれば、エンディミオン・バレエ団に入団するのも夢じゃないかも…。衣装を返しに行ったついでに入団テストの申し込みをしてきてあげようかな」
「「「!!!」」」
教頭先生が入団テスト!?いくらなんでもそれだけは…。
「あはは、心配しなくてもやらないよ」
会長さんはシュークリームを手に取り「はい、キャラメル味」とサム君に。
「すげえ!…俺、キャラメルも食いたかったんだ。サンキューな!」
「どういたしまして」
嬉しそうに食べるサム君を見ながら会長さんはニッコリ微笑んで。
「やっぱり人に喜んでもらえることをしたいよね。ハーレイに入団テストはまだ早すぎる。でも、いつか上手に踊れるようになったらデビューをさせてあげたいし…。今、喜んでもらえそうなのはレオタードとバレエシューズかな?トウシューズも添えた方がいいかも」
バレエ団に衣装を返しに行ったら団員に相談してみよう、と会長さんは真顔でした。そのプレゼントは喜ばれないと思うんですが…きっと言っても無駄でしょうね。こんな人に三百年以上も片想いなんて、教頭先生、マゾなのかな?