シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
先生方からの有難くないお歳暮、お手伝い券。終礼の後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に集まった私たちは会長さんを心底尊敬していました。授業をサボッてばかりいるのに百点満点が当たり前の上、更に勉強しようだなんて。
「それほどでもないよ。それより、せっかくの冬休みだし明日は泊りに来ないかい?」
クリスマスにはまだ早いけど、と会長さんが微笑みます。
「うちの学校は休みに入るのが早めだからね、クリスマスパーティーまで会えないというのも寂しいだろう?もちろん、ぶるぅの部屋へ来るっていう手もあるけど、みんな揃って泊りにおいでよ」
「いいんですか?」
マツカ君が遠慮がちに言いました。
「うん。ぶるぅもお客様は好きだよね?」
「大好き!みんなが来てくれるんなら御馳走するよ。クリスマスパーティーもやるつもりだけど、お泊り会も楽しいもんね」
学園祭の取材で私たちが泊まり込んで以来、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はまた泊りがけで来てくれないものかと心待ちにしてたみたいです。お誘いを受けて嬉しくないわけがありません。冬休み最初の日は会長さんの家でお泊りに決定しました。ただし移動は自分の足と公共交通機関を使用。便利な瞬間移動はしないそうです。
「たまには自力で来てみたまえ。そんなに遠い場所でもないし」
バス停からも近いんだよ、と会長さんは地図を渡してくれました。近くにスーパーや輸入食品のお店があるようです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお買い物に行くんだろうな、と思うと…ちょっと見てみたい気が。ちっちゃな身体で買い物カートを一生懸命押すのでしょうか。
「買出しはぼくも行くんだよ。ぶるぅだけでは持ちきれないこともあるからね。…いくらなんでも普通の人が大勢いる場所で買った荷物を瞬間移動させられないし」
ああ、なるほど。じゃあ、きっと二人でのんびり歩いて、スーパーや食料品店の棚をあちこち覗いて…。会長さんが買い物してたら、凄く人目を引きそうです。超絶美形で優雅な物腰。みんながボーッと見とれている間に、お買い得品を山ほど籠に入れてたりして。
「ああ、タイムセールの時は便利だよ?…すみません、って遠慮がちに言えばササッと道を開けてくれるし」
ねぇ?と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に笑いかける会長さん。
「うん。買おうと思ってたものを買い逃したこと、ないもんね。今日もお買い物に行かなくちゃ」
私たちのお泊りに備えての買出しでしょう。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお買い物風景、ホントに一度見に行きたいなぁ。たとえスーパーの袋を抱えていても、会長さんはかっこいいんでしょうね。
翌日、私たちは荷物を持って校門前に集合しました。路線バスに乗って、教えて貰ったバス停で降りて、徒歩3分。シャングリラ学園の関係者ばかりが住んでいるというマンションの玄関に到着です。暗証番号でドアを開け、エレベーターに乗って…最上階の十階で降りて。チャイムを鳴らすと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がすぐに出迎えてくれました。
「かみお~ん♪待ってたよ!…今度は取材しなくていいから、ゆっくり遊んでいけるんだよね?」
美味しそうな匂いが漂ってきます。ゲストルームに荷物を置いて、早速少し早めの昼ご飯。大きなパエリア鍋にワタリガニがメインの海の幸たっぷりのパエリアがたっぷりと…。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
パエリアにサラダ、デザートにスペイン風クリームブリュレ。クレマ・カタラーナと言うらしいです。ワイワイ賑やかに食べて騒いで、後片付け。みんなでパエリア鍋やお皿をキッチンに運んで行ったのですが…。
「あ、そこのテーブルに積んでおいてくれればいいから」
会長さんが言いました。え?洗わなくていいんですか?
「いいんだ。…今日は大事な話があるから、お皿くらいは後回しでいい」
大事な話ってなんでしょう。首を傾げる私たちを、会長さんはリビングに連れて行きました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飲み物を用意してくれ、みんなでソファに腰をかけると…。
「今日、君たちを此処へ呼んだのは遊ぶためだけじゃないんだよ。…ずうっと前に言ったことを覚えているかい?教えるには時期がまだ早い、と」
会長さんがいつになく真剣な表情で言い、私たちはビクッとしました。それは今まで何度か耳にした言葉。ただのお泊りだと思って気軽にやって来ましたけれど、これから全ての謎が明かされる…とか?
「残念ながら全部ではない。でも、そろそろ教えておいた方がいい時期になっているかな」
「…俺たちの卒業が近づいていることと関係があるのか?」
キース君が尋ねます。会長さんは「うん」と頷き、「その時までには全てを話す」と約束しました。
「卒業後に君たちの身に起こる出来事は…あらかじめ知っておいて貰った方がいいと思うから。今日から折を見て少しずつ教えていこうと思う。…何が知りたい?」
私たちは顔を見合わせました。知りたいことは山のようにあるんですけど、いったい何から聞けばいいのか…。しばらくあれこれ相談してから、代表で質問したのはキース君。
「…あんた、いったい何者なんだ。校長や教頭先生もだが、普通の人間が三百年以上も平然と生きていられるか?しかも、あんたの姿は俺たちとさほど変わらない」
「そうだね。…でも本当に三百年以上、生きているんだよ。ぼくの外見はこれからも…死ぬまでこのままの姿だと思うけれど」
「…今、死ぬまで、と言ったな?」
「うん。いつ死ぬのかは、正直、ぼくにも分からない。…だけど永遠に生きられるわけじゃないだろう」
多分ね、と会長さんが見せた微笑みはいつもと違って儚げでした。
「なるほど。…人魚の肉でも食ったのか?」
「いや。人魚なんかは見たこともないし、もちろん食べたこともない。ついでに言えば、人の生き血を吸って生きているわけでもない。十字架もニンニクも平気だしね」
そういえば、さっきのパエリアはニンニクたっぷりでしたっけ。人魚の肉を食べたわけでもなく、吸血鬼でもない会長さん。どうやって三百年以上も私たちとあまり変わらない姿のままで…?
「個人差はあると思うんだよね。同じように生きてきたのに、ぼくとハーレイでは見た目の年が違うだろう?ゼルなんかは年を取りすぎだ」
「「「えぇぇっ!?」」」
ゼル先生までが三百歳を超えていたとは驚きです。シャングリラ学園って、いったい何?
「…そういう人種が集まって作った学校なのさ。ぼくは最初の生徒だった。…その時からずっと、ぼくの担任はハーレイなんだよ。ハーレイもゼルも、シャングリラ学園が開校した頃はもっと若かったなぁ」
会長さんは懐かしむように窓の外を見て呟きました。
「ぼくはあの頃と変わらない。…なんでだろうね?タイプ・ブルーの宿命なのかな」
「タイプ・ブルーか。それについても聞いておきたい」
キース君が言い、私たちも頷きました。しかし…。
「タイプ・ブルーが何であるかは、教えるには時期尚早だ。…1つだけ言うなら、タイプ・ブルーはぼくの他には…ぶるぅしかいない」
「「「えっ?」」」
このちっぽけな「そるじゃぁ・ぶるぅ」が…「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけが、会長さんと同じ種族だというのでしょうか。確かに少し似てますけれど、瓜二つには程遠いです。
「ぼくとぶるぅのことを話しておこう。2人きりのタイプ・ブルーがどこからやって来たのかを…ね」
会長さんはそこで話を一旦切って、おやつタイムにしてくれました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」手作りの何種類ものケーキやパイが食べ放題で、飲み物も色々ありましたけど…会長さんから聞いた話や、この後に始まる話のことで頭の中が一杯です。
「すごいお泊り会になっちゃったよね」
ジョミー君がパイをつっつき、マツカ君が落ち着かない風でコーヒーカップを弄りながら。
「…そうですね…。三百年だなんて全然ピンときませんでしたけど、改めて聞くと…ちょっと怖いです」
「吸血鬼ではないと言ってるんだから、怖がらなくてもいいと思うが」
キース君がそう言いましたが、説得力はありませんでした。だって、左手首にはめた数珠レットの玉を1つずつ数えているんですもの。お坊さんは数珠の玉を数えながらお経を読む、と何処かで聞いたことがあります。とりあえず、何か恐ろしいことが起きたらキース君の法力に頼ればいいかな?…えっ、逃げ出せばいいじゃないか、って?…不思議なことに逃げようという発想だけは全く無かった私たちです。
予想外の展開に驚いていても、お腹の方は正直でした。食べ盛りの男の子が5人に、スゥィーツに目が無い女の子が2人。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も加わって、山のようにあったケーキもパイも影も形もありません。空になったお皿をキッチンへ運ぶと、会長さんは今度もテーブルの上に置いておくように言いました。
「えっ、でも…」
シロエ君が自分のティーカップをテーブルに乗せて。
「お昼の分もそのままですし、洗った方がいいんじゃないでしょうか」
「そうよね。パパッと洗っちゃいましょ」
スウェナちゃんが腕まくりをし、サム君が洗剤に手を伸ばしました。私たちも手伝おうとしたのですが…。
「そのままにしておきたまえ」
会長さんは後片付けよりも話の方が大切だ、と言って一歩も譲りません。
「ぶるぅも片付けなくていいと言っている。いざとなったら、ぶるぅ1人でこれくらいアッという間に洗えるさ。なんといってもタイプ・ブルーだ」
ああ、またしてもタイプ・ブルーです。つまり話の続きを聞け、ということですね。私たちはリビングに戻り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が新しいグラスを棚から出してジュースを注いでくれました。会長さんがジュースを一口飲んで。
「ぼくはアルタミラという場所で生まれた。…アルタミラのことは知っているかい?」
「一夜にして海に沈んだというアルタミラか?」
キース君の言葉に会長さんが頷きました。その地名なら知っています。ガニメデ地方の沖合いにあった豊かな島で、今から三百年ほど前に火山の大噴火と共に海中に消えた話は有名でした。会長さんがそこの出身だなんて本当でしょうか?…三百年以上生きているそうですし、嘘だとも言えませんけれど…。
「疑う気持ちは分かるけどね」
会長さんはクスッと笑ってテーブルのクッキーをつまみました。
「でも本当の話なんだよ。そこで生まれて…普通に大きくなったんだけど。十四歳の誕生日の夜、自分の力に気がついた。バースデーケーキの蝋燭を吹き消そうと思った途端に、蝋燭が勝手に消えちゃったのさ。家族はぼくが消したと思っていたし、ぼくも気のせいだと思うことにした」
「でも気のせいじゃなかったんだね?」
ジョミー君が言うと会長さんは「そうだよ」と答え、日毎に強くなっていく力を知られないように隠して暮らしていたことを他人事のように淡々と告げて。
「自分の力を隠すのは別に構わなかった。でも、何故ぼく一人しかいないんだろう…と思うようになって。一度そう思ってしまうと、無性にそれが気になるんだ。もう1人いてくれれば…と、どのくらい願っていたんだろう?ある朝、目を覚ましたら枕元に青い卵があったんだよ」
「…ぶるぅの卵…」
スウェナちゃんが呟き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコッと笑って会長さんの膝に乗っかります。
「青い卵が何なのか、ぼくもすぐには分からなかった。不思議に思って手に取ってみたら、中から声が…思念波が呼びかけてきて、待っててね、と言ったんだ」
会長さんは、ぶるぅの卵を大切にして、毎日のように思念で短い言葉を交わして…1年ほど経ったある朝、卵が孵って生まれたのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「びっくりしたよ、あんな小さな卵から生まれてきたんだからね。今でも、ぶるぅは6歳になる前に卵に戻って0歳からやり直して暮らしてるけど、卵は孵化する寸前になっても君たちが知っているあの大きさのままなんだ」
へえ…と私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を眺めました。幼児体型の子供とはいえ、ニワトリの卵と変わらないサイズの卵の中から生まれてくるとは驚きです。
「ぶるぅはぼくと同じ力を持っていた。家族には港で迷子になっていた子を連れてきたんだ、と言い訳したよ。ぶるぅの家族を探したって見つかるわけがないし、見つからなかった。だから、ぼくの家で育てよう…って決まって、ぶるぅとぼくは兄弟みたいにアルタミラの家で暮らしてたんだ。…あの夜までは」
大噴火は何の前兆も無く起こったのだ、と会長さんは言いました。島が吹き飛んだほどの噴火ですから、凄まじい爆発だったのでしょう。眠っていた会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は遠くへ飛ぶことしか思いつかなくて、二人で瞬間移動して。
「…夜が明けてから我に返って、島があった場所へ戻ってみたら…一面の海になっていた。ぼくとぶるぅは二人きりになっちゃったんだよ」
家族も家も失ったことをサラッと話す会長さん。…三百年も経ったら辛くなくなるのか、そういうふりをしているだけか…心の中までは分かりません。しんみりとしてしまった私たちに会長さんは明るく笑いかけました。
「そんな深刻な顔をされると困るな。話を続けられないじゃないか」
それから教えてもらった事は、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が旅をする内に校長先生や教頭先生、ゼル先生たちに会ってシャングリラ学園を創ったという、シャングリラ学園創立秘話。最初は生徒や先生の数も少なく、ごくごく小さな学校だったのがいつの間にか大きくなって今のシャングリラ学園があるのだそうです。
「はい、ぼくの話はこれでおしまい。今日はここまでにしておこうね」
会長さんがそう言った時、窓の外はすっかり真っ暗でした。冬の日暮れは早いとはいえ、時計を見ればもう6時過ぎ。おやつを食べてお腹いっぱいになった筈なのに、そろそろ晩御飯かな…なんて思ったり。
「晩御飯は煮込みハンバーグだよ。ぶるぅが朝から作ったんだ。話が長くなるのは分かっていたし、すぐ食べられるものにしよう、って。…気分を切り替えて、いつもどおり元気に騒いでくれないと…もう何も話さないことにするから」
「「「は、はいっ!!」」」
私たちが声を揃えると会長さんは満足そうに微笑んで。
「うん、その調子で明るくいこう。…ぶるぅ、食事の用意を頼むよ」
「オッケー♪」
キッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が煮込みハンバーグの鍋を温め、マリネやサラダを出してきます。すぐ食べられるもの、と言われた割に豪華なメニューで、お皿も沢山必要で…。私たちは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の笑顔と素敵な晩御飯を前にして暗い気分も吹き飛びました。会長さんに聞いたお話はとても大事なことですけれど、三百年以上経っているんですもの…。
「そう、三百年以上前の昔話さ。ぼくは過去を振り返るつもりはないし」
今が楽しければいいんだよ、と会長さんがウインクします。その言葉に釣られるように他愛ない話題が次々飛び出し、夕食はとても盛り上がって。…片付けなきゃ、と立ち上がったのは9時になる少し前でした。大量のお皿やグラス、カップをキッチンへ運んでいくと、会長さんがまたテーブルを指差して。
「置いておけばいいよ。洗うのは明日になってからでいい」
「…でも…」
昼食から後、一度も洗い物をしていません。空のお鍋とかもそのままですし、明日までというのは流石にちょっと…。
「いいんだ。…ここはぼくの家だし、キッチンの主はぶるぅだし」
会長さんが言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もニコニコ顔。
「うん、そのままにしといてよ。大丈夫、いつも綺麗に掃除してるからゴキブリなんかいないしね」
そんなものかな、と思いながらも私たちは後片付けを放置しました。それからリビングでスナック菓子を食べながらワイワイ騒いで、片付けもしないでゲストルームに引き上げて…。
「…ビックリしたわね、会長さんの話」
「うん。アルタミラの生き残りだなんて思わなかった」
スウェナちゃんと私はそんな会話を交わしながらも、少しずつ瞼が重くなります。明日もまた謎解きがあるのでしょうか?後片付けをしなくていい、って言われたんですし、きっと、そう。会長さんの過去は分かりましたけど、謎はまだまだありますものね…。