シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
クリスマスの飾り付けがされたリビングで聞かされた大事な話。フィシスさんが会長さんの故郷の記憶を持っていることにも驚きましたが、一番の驚きは私たちが会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と似たような特質を持った人間であるという事実です。窓の外は早くも暮れてきていました。
「…俺たちはこれからどうなるんだ?」
キース君が空になったコーヒーカップを所在なげに弄っています。
「1年で卒業するというのは特殊な人間だから…だろう?長い寿命があると言われてもピンとこないし、卒業した後、どうすればいいのかも分からない。あんたみたいに卒業せずにいられるわけでもなさそうだしな」
それは私も思っていました。年をとるのもゆっくりだって言われましたし、会長さんや教頭先生という仲間が揃ったシャングリラ学園を卒業した後はどうなるのかって。
「それなら心配いらないよ」
会長さんは穏やかな笑顔で私たちを順に見回しながら。
「けじめとして卒業はして貰うけど、学校に残りたいんなら…そのまま在籍してていいんだ。授業料とかも免除になるよ。ただし1年生ばかり繰り返すことになるけれど。そうだな…多分、百年くらいは」
2年生を最後までやってもおかしくないほどに成長したら1学年上に上がれるよ、と言われて私たちはビックリ仰天。そんなにゆっくりとしか成長しないというのでしょうか?
「うん。でも個人差があるから、もっと早く育っていって卒業しちゃう可能性もある。その時はまたフォローするよ。グレイブみたいにシャングリラ学園の教師になるって手もあるし」
「「「えぇぇっ!?」」」
グレイブ先生も仲間なんですか!?…もしかして、春になったら結婚すると言ってたミシェル先生も?
「そうだよ。グレイブとミシェルは在学中に出会ったんだけど、グレイブの方が少し年上だね。グレイブが卒業する時、ミシェルも一緒に卒業してった。二人で教師の資格を取って、また学校に戻ってきたんだ」
昔から仲が良かったんだよ、と会長さんはウインクしました。
「…グレイブ先生も仲間だというなら…」
口ごもりながら質問したのはキース君。
「シャングリラ学園の先生は全員が俺たちの仲間なのか?…エラ先生やブラウ先生も?」
「全員ってわけじゃないけど、ほぼ全員…かな。来年あたりには全員そうなっているだろうね」
「…例外がいる、ということか?」
「そう。保健室のまりぃ先生だけが例外だ。まだ覚醒していないんだよ」
あの年齢まで因子が目覚めないのは珍しいね、と言われても…私たちにはサッパリです。
「普通はシャングリラ学園に来れば因子が目覚めるものなんだ。理事長の親戚だから強い因子を持っているのに、どうしたわけか目覚めなくって。3年間でアッサリ卒業して行っちゃった。養護教諭になりたい気持ちが強すぎたのかな?…なんでそこまで、と思ってたけど、なんとなく分かったような気がする」
「…あんたがお目当てだったわけか…」
キース君が溜息をつき、私たちも脱力です。まりぃ先生、凄すぎるかも。
「特別室まで用意してくるとは思わなかったな。理事長の親戚だから好き放題できるのは確かだけどね」
クスクスと笑う会長さんにジョミー君が尋ねました。
「…ひょっとして、保健室ばっかり行っていたのは…サボッてたんじゃなかったわけ?」
「サボリだよ?…趣味と実益を兼ねていたのさ。ぼくが通えば、まりぃ先生の因子に直接働きかけられる。でも特別室で昼寝するのも気に入ってるし…年上の女性に可愛がられるのも嫌いじゃないし」
どこが年上だ!!と叫びたいのを、私たちはグッと我慢するしかありませんでした。なにしろシャングリラ・ジゴロ・ブルーです。まりぃ先生を手玉に取るのが楽しくて仕方ないんでしょう。
シャングリラ学園の先生方が仲間だと分かって、気分が少し落ち着きました。どうなるのかと心配でしたが、なんとかなりそうな感じです。だって先生方はごくごく普通に見えるんですし、言われなければ気付きません。会長さんは更に続けて。
「仲間は先生だけじゃないんだ。生徒の中にも混ざってる。…覚えてるかな、親睦ダンスパーティーでワルツを踊った数学同好会のメンバーがいただろう?彼らも百年近く在籍しているよ。アルトさんとrさんは数学同好会に勧誘されて入部したから、この際、仲間にしようと思ってね」
ごく僅かだけど因子もあるし、と聞かされて私たちは納得しました。アルトちゃんとrちゃんへの熱心なアタックの陰にはちゃんと理由があったのです。
「それだけじゃないよ?…女の子の相手をするのは好きだし、二人とも可愛くていい子じゃないか」
本当に食べちゃいたいくらいなんだ、と言う会長さんに軽い頭痛を覚えます。今までいったい何人の女性と遊んできたのか、考えたくもありません。会長さんはおかしそうに笑い、フッと真面目な口調になって。
「とにかく、今後のことは心配しなくていいんだよ。ぼくたちが長く生きていることは知られてるけど、特に問題は起こっていない。長い人生を楽しみたまえ。…あ、キースは卒業した方がいいかもしれないね。緋の衣を目指して頑張るんなら、専門の学校に入学するのが早道だろうし」
「…とてつもなく長生きで老けない住職になれというのか?…そりゃ…出来るなら寺を継ぎたいけども」
「大丈夫、大丈夫。きっと有難がられるよ。修行を積んだおかげで老けないんだ、ってね。そんな特別な住職だったら髪の毛もそのままでいいんじゃないかな」
ぼくみたいに、と銀の髪を指差す会長さん。会長さんはお寺での修行時代は他のお坊さんに暗示をかけて、一度も髪を剃らずに済ませたそうです。ずるいというか、なんというか…。
「だって、もったいないだろう?この髪はポイント高いんだよ。女の子を口説くには外見だって大切なんだ」
そう力説する会長さんには何を言っても無駄でしょう。こんな調子で語られていると、将来のことを心配するのがバカバカしいような気がしてきました。どうせなるようにしかならないんです。流されるまま、気の向くままに生きていくのが良策かも。
「そうだよ、悩む必要なんか無いんだ。ぼくを見てれば分かるだろう?」
会長さんがそう言った時、玄関のチャイムが鳴りました。黙って座っていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョコンと立ち上がり、走っていって…。
「ブルー、フィシスが遊びに来たよ!」
嬉しそうな声が聞こえてきます。会長さんがニッコリ微笑みました。
「ぼくの話は今日はここまで。さあ、パーティーを始めようか」
私たちは空になっていた飲み物の器を洗って片付け、その間にフィシスさんがパーティー会場になるダイニングに案内されて…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が料理のお皿を次々に用意していきます。詰め物をした七面鳥をメインに、オードブルの盛り合わせや何種類もの美味しそうな魚料理に肉料理。もちろんスープもたっぷりあって…。
「「「メリー・クリスマス!!!」」」
ちょっと背伸びして大人用のシャンパンを開け、乾杯してからパーティー開始。さっきまでの深刻な空気は消し飛び、ワイワイおしゃべりしながら沢山食べて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」十八番の『かみほー♪』をジョミー君と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大熱唱。盛り上がったところでクリスマス・ケーキの登場です。
「頑張って作ってみたんだよ。大きなオーブンがあって良かったぁ♪」
小さな「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んできたケーキはかなり大きいものでした。生クリームと真っ赤なイチゴで華やかに飾られた素敵なケーキに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がナイフを入れて十等分。お皿に盛り付けられたケーキを私たちは早速食べ始めましたが…。
「ん?…なんだ、これは」
怪訝そうな顔のキース君がつまみ上げたのは指先サイズのとても小さなサンタクロース。陶器で出来てるみたいですけど、ケーキの中から出てきたのかな?
「あ、それ…」
会長さんが小さなサンタを指差しました。
「大当たり。サンタ役はキースに決まりだね」
「「「サンタ!?」」」
キース君と私たちが声を上げると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコして。
「ケーキの中に1個だけ入れておいたんだ♪…当たった人にサンタになってもらって、プレゼントを配ってもらうんだよ。ね、ブルー?」
「うん。じゃあ、そういう訳で。食べ終わったらサンタの役を頼むよ、キース。ちゃんと衣装も用意したから」
会長さんの無敵の笑みにキース君は頷くしかなく、ケーキを食べ終えると「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れて行かれてしまいます。その間に私たちはお皿を綺麗に洗って片付け、リビングの方に移動して…。クリスマス・ツリーを眺めながら騒いでいるとガチャリとドアが開きました。
「メリー・クリスマス!」
パァン、とクラッカーを鳴らして入ってきたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。後ろから真っ赤な衣装と白い髭をつけた細身のサンタが白い大きな袋を担いで恥ずかしそうに入ってきます。会長さんがクスッと笑って。
「赤い衣の感想はどう?…緋の衣を着る予行演習には最適だよね」
「なにが予行演習だ!畜生、なんで俺がサンタクロースに…」
「気にしない、気にしない。それより早くプレゼントを配ってよ。ハーレイに貰ったお金の残りで買ったんだから、みんな遠慮なく受け取って」
「…うう…」
「ほら、サンタはもっとにこやかに!笑顔がサンタの命だよ。スマイル、スマイル♪」
会長さんに促されたキース君は馴れない『満面の笑顔』を作ってプレゼントを配ってくれました。未来の夢は高僧というサンタさんから貰ったものはリボンがかかった二十五センチくらいの細長い箱。なんだかズシリと重いです。
「シュトーレンだよ。ドライフルーツがたっぷり入ったクリスマスのお菓子」
デパートで買った本場モノさ、と会長さん。
「クリスマスに食べるお菓子だけれど、食べずに置いておくと味が馴染んで美味しくなるんだ。賞味期限ギリギリの頃が食べ頃かな。…ぼくとぶるぅは新しいシュトーレンが売り出される頃まで取っておいて食べることもある。凄く美味しくなってるよ。君たちも騙されたと思って試してみるかい?」
とんでもない!!…三百年以上も生きている人たちの丈夫な胃腸と勝負するには、私たちはまだまだヒヨコです。それからキース君のサンタクロースを囲んで、みんなで記念写真を撮って。ツリーやリースに囲まれたクリスマス・パーティーの夜は賑やかに更けていったのでした。
午前2時を過ぎてからゲストルームに引き上げた私たち。フィシスさんも泊っていたようですが、どの部屋なのか分かりません。うっかり寝すぎてお昼前に起きていったら、フィシスさんと会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒にリビングで和やかに紅茶を飲んでいました。会長さんが気付いて声をかけてくれます。
「おはよう。みんな、よく寝ていたね」
私たちは寝過ごしたことを謝りましたが、気にしないでいいと言われてホッと安心。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日パーティーはケータリングを頼んであるのだ、と会長さんが言いました。
「ぶるぅの誕生日パーティーなのに、ぶるぅが料理を作るというのは変だろう?…美味しいイタリアンのお店を見つけた、と言ってたからそこに注文したんだ」
間もなく豪華なパーティー料理が届いて、ダイニングの大きなテーブルの上は一杯に。ケータリングとは思えないほど色々なお料理が盛られています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。
「二日も続けてパーティーだなんて嬉しいな。ぼく、クリスマスに生まれてよかったぁ♪」
「あくまで今の誕生日だけどね」
会長さんが混ぜっ返しました。
「一昨年に卵から孵ったのがクリスマスだっただけじゃないか。その前の誕生日は全然違う日だったよ」
「でも、クリスマス生まれだっていうのは本当だもん」
卵に戻ってやり直す度に誕生日が違ってくるらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」。今日で2歳になる筈です。子供用のシャンパンを開け、ハッピーバースデーの歌をみんなで歌って、お祝いして。ケーキ屋さんに頼んだというバースデーケーキも出てきましたが、蝋燭は1本しかついていません。会長さんが注文を間違えたんでしょうか?
「…ぶるぅが1歳でいたい、と言ったんだ。だから1本」
どうせ6歳になる直前まで全く成長しないんだしね、と会長さんはニッコリ笑って。
「ぶるぅ、1歳のお誕生日おめでとう。さあ、蝋燭を消して」
「うん!」
1本だけの蝋燭をフゥッと吹き消して「そるじゃぁ・ぶるぅ」は満足そう。ケーキはフィシスさんが切り分け、お料理とケーキでお腹いっぱいになったらプレゼントを渡す時間です。私たちが贈ったアヒルのアップリケがついたエプロンはとても喜んで貰えました。
「アヒルさんと一緒だと、お料理するのが今よりもっと楽しくなりそう!今日のお料理も覚えておいて再現したいな♪」
エプロンを着けてみて大はしゃぎの「そるじゃぁ・ぶるぅ」にフィシスさんが贈ったものは小さな柔らかいクッションでした。これは毎年プレゼントされるフィシスさんの手作り品で、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻って孵化するまでの間に籠の中に敷かれるものだそうです。
「…土鍋の中じゃないんですんか?」
マツカ君が首を傾げると、会長さんは「ぼくの枕元に置くには土鍋は大きすぎるんだよ」と。
「ぶるぅは寂しがり屋なんだ。卵に戻っている間は、ぼくの気配がしないと心細いらしい。だから小さな籠の中に入れて、寝る時は枕元に置く。…つきっきりではいられないからね、このクッションが役に立つんだ」
フィシスさんから貰ったクッションに会長さんの思念を注いでおいて卵の下に敷いてあげると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんの気配を感じていられるのだとか。そんなクッションが5枚ほど溜まった頃に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青い卵になるらしいです。
「フィシスの前は、エラが作ってくれていたんだ。買ってきたクッションよりも仲間が作ったクッションの方が思念が残りやすいんだよ」
ね、ぶるぅ?と微笑む会長さんがプレゼントしたのは渋い雰囲気の湯飲みでした。
「抹茶ジェラートが似合う湯飲みが欲しい、って言ってただろう?これはどうかな」
「凄いや!ぼくが欲しかったの、こんなのだよ。抹茶ジェラート作って入れてみようっと♪」
湯飲みの中に抹茶ジェラート。2歳児…じゃなくて1歳児の発想はよく分かりません。でも喜んでいるからいいのかな?…あ。プレゼントで思い出しました。アルトちゃんとrちゃんが会長さんから貰ってた指輪、どうなったでしょう。確か「クリスマスの朝に開けてみて」って言ってましたよね、会長さん。
「指輪ならサイズぴったりだったよ」
「「「えっ!?」」」
みんなが驚いた声を上げました。そういえば指輪のことは私しか知らなかったかも…。
「アルトさんとrさんにクリスマス・プレゼントをあげたんだ。二人ともぼくと約束したのを守って、今朝、箱を開けた。今は自分の家で指輪を嵌めて幸せそうな顔をしてるよ」
「ゆ、指輪って…」
キース君が険しい顔つきになって。
「あんた、あの二人に指輪を贈ったのか!?…誤解してしまうぞ、二人とも!!」
「心配しなくても大丈夫だよ、渡す時にちゃんと言ったから。…左手の薬指はフィシスの場所だから譲れない、ってね。そうだろう?…フィシス」
頬を染めるフィシスさんの左手に会長さんが口付けを落とし、私たちは深い溜息。会長さんの故郷の記憶を持つというフィシスさんは本当に特別みたいです。もう完全に二人の世界に入ってますよ…。いいのかなぁ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日なのに。
「いいんだよ。ブルーが幸せだったら、ぼくも幸せ♪」
アヒルのアップリケつきのエプロンを着けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。
「後片付けはやっておくから、帰ってくれていいと思うな。きっとブルーはアルタミラの記憶を見るんだろうし」
二人の邪魔をしないであげてね、と無邪気な笑顔で頼まれてしまうと断るのは悪いような気が。結局、お誕生日を迎えた当人にパーティーの後片付けを任せて、会長さんの家を後にしました。昨日貰ったシュトーレンの箱はバッグの中。一応、帰る前に挨拶しましたけれど、会長さんとフィシスさんは手を絡めて目を閉じたまま頷いただけで。
「…やっぱりそういう関係なのかな…」
ジョミー君がバス停への道で呟きます。そういう関係、っていうのは深い関係のことですよね。
「二人とも子供じゃないんだから、そうであっても不思議はないが…」
キース君が返しましたが、本当の所は分かりません。今回のお泊りでは謎が色々と解けましたけど、私たちの未来も含めて分からないことが山積みです。考えすぎて冬休みの間に知恵熱が出たらどうしましょう?…会長さんがフォローしてくれるのかな…。