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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

冬休み・第3話

私たちは特別なんだ、と告げられてからアッという間に大晦日が来て、除夜の鐘が鳴って、もうお正月。ジョミー君たちとメールや電話でやり取りしながら過ごしている内に、気持ちもだいぶ落ち着きました。なるようにしかならないんですし、悩んでも仕方ありません。元日はパパやママと初詣に出かけ、お年玉を貰ってのんびり部屋で寛いでいると会長さんからのお誘いメールが…。
「明日、泊りに来て欲しいな。大事な話が残っているし」
大事な話と言うのは謎解きの続きなのでしょう。早速「行きます」と返信してから、今度は何かな…と不安と期待が入り混じった気分。しばらくすると会長さんから「全員来ることに決まったよ」と訪問時間の指定があって、その後すぐにジョミー君から「校門前で待ち合わせしよう」と電話がかかって来たのでした。そして翌日、私たち7人グループはお泊り用の荷物を持って会長さんのマンションへ。
「かみお~ん♪あけましておめでとう!」
「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出迎えてくれ、玄関先には門松と注連飾り。リビングの壁際にはおめでたい掛軸と鏡餅が飾られています。
「みんな、あけましておめでとう。…まずは御屠蘇とお雑煮だね」
ダイニングに案内されて御屠蘇を頂き、立派な漆塗りのお碗でお雑煮を食べて、次に出てきたのは蒔絵の重箱。豪華絢爛なおせち料理がたっぷり詰まった五段重ねの大きなものです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が得意そうに言いました。
「和・洋・中と入っているんだよ。ぼく、頑張って作ったんだ。ストックは冷蔵庫に入れてあるから、遠慮しないで沢山食べてね」
取り皿を渡された私たちは美味しいおせち料理をお腹いっぱいになるまで食べたのですが、重箱の中身は次々に補充されていくので空にはなりませんでした。
「晩御飯はパスタとピザにしようと思ってるんだ。おせちは明日も食べられるものばかりだし」
ちゃんと考えて作ったからね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が重箱をキッチンに運んで行きます。私たちはお碗やお皿を洗うのを手伝い、会長さんに招かれるままにリビングのソファに腰かけました。飲み物はお正月らしく昆布茶です。

「この前、話をしてから1週間ほど経ったよね。だいぶ頭の整理ができた?」
会長さんの質問に私たちはおずおずと頷き、赤い瞳を見つめます。今日はどんな話が出てくるのでしょう?
「…タイプ・ブルー。…ぼくとぶるぅがそう呼ばれる理由から説明した方がいいだろうね」
そう言って会長さんは右手をスッと私たちの前に差し出しました。
「ほら、見てて。…これがぼくの持つ力の色」
手のひらの上に青い光の玉が生まれてフワッと浮き上がり、消滅します。そういえば会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」が力を使う時、青い光を見ましたっけ。
「ぼくたちが持つ力のことを、ぼくらはサイオンと呼んでいる。サイオンには色々なパターンがあって、力の種類に応じて発現する色が分かれるんだ。…青の他には黄色と緑、赤がある。ぼくとぶるぅは青い色だからタイプ・ブルーというわけさ。そしてサイオンの力はタイプ・ブルーが飛びぬけて強い」
だから仲間を探すことができたんだ…と会長さん。
「アルタミラが消えてしまった後、ぼくたちは二人きりだった。でも食べていかなきゃならないから、宿屋に住み込んで働いたよ。食事も寝床も手に入ったし、たまにチップも貰えたんだ。…そしたら、ある晩、お客の部屋に行くように…って宿の主人に言われてさ。晩御飯の後片付けをした後で眠かったけど、注文されたお酒を持って出かけていった」
小さな「そるじゃぁ・ぶるぅ」は先に眠っていたのだそうです。お酒を注文したのはその日到着した髭面の大男で、どう見てもヤクザ者だったとか。
「お酒をテーブルに置いて帰ろうとしたら、いきなり後ろから抱きつかれて、主人にはお金を払ってある、って迫られて…。要するに売られちゃったんだよ、ぼくは」
ひゃああ!う、売られたって…髭面の大男って、もうヤバイなんてものじゃなくて…。
「うん。とんでもないことになっているのは分かったけれど、逃げたら宿にいられなくなる。せっかく住む場所ができたのに…どうしよう、ってパニックになって。ふと気がついたら男が床に倒れてた。…無意識に力を使ったらしい。人に向かって力を使ったのは初めてだったし、怖くなって男の心を覗いてみたら…幸せな夢の中だったのさ」
幸せな夢が何だったのか、言われなくても分かりました。それからも会長さんは何度も売られてしまったらしいのですが、その度に上手く切り抜けて…宿の主人が受け取ったお金とは別にチップを貰ってお金を貯めて。十分な旅費を手に入れてから、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と旅に出たのです。
「最初は気ままな旅だったんだ。でも、ぼくたちの他にも同じような力を持った人がいるんじゃないかと思い付いてからは、宿に泊まる度に思念波を送るようになった。ぼくの声が聞こえたら来て欲しい、ってね」
そうやって集めた仲間が校長先生や教頭先生。シャングリラ学園を創るための資金はお金持ちの家に生まれた校長先生が出してくれたんだ、と会長さんは微笑みました。
「一番最初に出会った仲間はハーレイだった。しばらく三人で旅をしていたよ。その間にもよく宿で男に声を掛けられたから、お金を持っていそうだと判断したら小遣い稼ぎに部屋へ行ってた。もちろん夢を見せてたんだけど、ハーレイにはそれを隠してたんだ。…敵を欺くにはまず味方から。ハーレイは嘘をつくのが下手だし」
クスクスと笑う会長さん。
「実は夢を見せてたんだよ、とずっと後になって教えたら…ハーレイったら、良かった…って涙を流すんだ。ぼくに一目惚れしちゃってたから、そんな手段で稼いで欲しくなかったらしい。お金はあるんだからやめておけって、ぼくを叱れば済むことなのに馬鹿だよねぇ。…そう、昔からハーレイはヘタレだったんだ」
今も全然変わってないし、と会長さんは楽しそうです。教頭先生をからかって遊ぶのはシャングリラ学園創立前から延々と続く娯楽なのかもしれません。それにしても…なんで男ばかり相手にしてたんでしょう?
「三百年も前の話だよ。…一人で旅をしてるのは圧倒的に男だったんだ。たまに女性も旅してたけど、ぼくを買おうって勇気は無いし。ぼくは女の子の方が好きなのにさ」
ひょっとして、その時の反動でシャングリラ・ジゴロ・ブルーになっちゃったとか?
「さあね?…女の子は可愛いし、柔らかいからとても好きだな」
ハーレイなんかは硬くてゴツイから趣味じゃないね、と冷たい言葉が飛び出します。教頭先生、柔道をやめて筋肉を落とさない限り相手にしては貰えないかも…って、ダメダメ!この発想は、まりぃ先生の危険な妄想世界。知らない間にしっかり影響されてたみたい。考えないようにしなくっちゃ…。

おかしな方向に行った話を元の軌道に引き戻したのは、脱線させた当の本人でした。
「…ハーレイの名前が出てきた所で、次の話に移ろうか。校内見学の時に天文教室で見た宇宙クジラの映像を覚えているかい?」
「あ。モニターの電源が勝手に入って…」
スウェナちゃんが呟き、私たちも思い出しました。宇宙空間に浮かんでいた白いクジラのようなもの。たまに目撃される未確認飛行物体のことを世間では『宇宙クジラ』と呼んでいます。
「あの時、ぼくは言ったよね。宇宙クジラは実在する、って。…そして宇宙クジラが頻繁に目撃される時期と、ハーレイの長期出張の時期は見事にピタリと重なるんだ…とも」
そうでした。確かにそんな話を聞いて、教頭先生は宇宙人と関係があるのだろうか、と皆で騒いだ覚えがあります。すっかり忘れていましたけども。
「宇宙クジラはハーレイを迎えに来るんだよ。そしてハーレイは宇宙クジラで出張に行く」
「「「ええぇっ!?」」」
じゃ、じゃあ、やっぱり…教頭先生は宇宙人と!?
「残念ながらそうじゃない。…宇宙クジラに乗っているのは宇宙人とは違うのさ」
会長さんが立ち上がって壁際の端末を操作すると、窓ガラスが大きなスクリーンに変わりました。そこに映し出されたものは星が散らばる宇宙空間と…巨大な白い身体のクジラ。いえ、クジラのように見えますけれど、生き物ではなくて人工物です。こんな鮮明な宇宙クジラの画像を見たのは初めてでした。
「この映像は今現在の宇宙クジラ。二十光年ほど離れた所を航行中だ」
静かな声がスクリーンの映像に重なりました。
「宇宙クジラという名前は勝手につけられたものなんだよ。本当の名前はシャングリラ。学校の名前と同じだろう?…ぼくたちが造った宇宙船だ」
「「「宇宙船!?」」」
ぼ、ぼくたちが造ったって…そんな馬鹿な!今の科学では小さな宇宙ステーションが限度です。月に行くのさえ難しいのに、二十光年の彼方まで行ける宇宙船なんて…。
「嘘じゃない。シャングリラはワープすることができる」
「……う……嘘……」
掠れた声が誰のものだったか分かりません。私自身の声だったかも。
「仲間に嘘はつかないよ。シャングリラ学園を三百年以上かけて大きくしたのと同じで、シャングリラも長い年月をかけて造り上げた。建造するのに普通の人間の手は借りたけど、設計したのは仲間たちだ。建造に関わった人間たちの記憶は消したよ。…もっとも、その人たちはとっくの昔に死んでしまっているんだけどね」
シャングリラは百年ほど前に造られたのだ、と会長さんは語りました。
「ぼくたちは長い寿命とサイオンを持つ。今は普通の人間の間で暮らしてるけど、いつか迫害される時が来ないとは限らない。そうなった時、逃げ場所になるように…箱舟として役立つように建造したのがシャングリラだ。最悪の場合は新しい星を探して旅立つことも考えて」
とてつもない話に私たちはただ呆然とするばかり。ワープなんてSFの世界だと思ってたのに。
「…シャングリラはぼくたちの大切な船。君たちが知っている科学の限界を超え、ぼくたちの未来のためにと造ったけれど…出番は全く来そうにないね」
思った以上に普通の人たちは寛容だった、と会長さんは柔らかい笑みを浮べました。
「永遠に役目が無いままの方がいいんだよ。この地球で仲良く暮らしていけるのが一番だ。だからシャングリラは地球から遠い所を航行してる」
会長さんの言っていることは分かります。けれど何故、教頭先生がシャングリラに乗って出張に…?
「…ハーレイはシャングリラのキャプテンだから」
「「「は?」」」
キャプテン?…キャプテンって、どういう意味?
「そのまんまだよ。船長のこと」
会長さんはクスッと笑って続けました。
「いつもヘタレな所ばかりを見てるんだから、信じられないのも無理はないけど…。あれでもハーレイは重鎮なんだ。船長として船を見て回るための出張なのさ」
今度こそポカンと口を開けてしまった私たち。宇宙クジラがシャングリラという宇宙船で…教頭先生が船長ですって!?じゃ、じゃあ…教頭先生をからかって遊ぶ会長さんはいったい何者?
「ぼく?…ただのシャングリラ学園の生徒会長」
宇宙船の方のシャングリラのことは管轄外だ、と答えた会長さんがスクリーンを消し、窓に景色が戻りました。

マンションの最上階から見える空の色はもう夕方。月がほんのり光っています。
「シャングリラの乗組員は時々交代するんだよ。シャングリラ学園の職員を兼ねてる人も多いんだ。学園を休職してシャングリラに乗り、戻ってきたら復帰する。…夏休みにあった納涼お化け大会、怖かっただろう?あれの仕掛けにはサイオンを使ったものが多いけれども、シャングリラでの勤務から戻った人が何故か進んでやりたがるね」
納涼お化け大会。…無数の白い手が地面の底に引き込もうと襲ってきたのは、サイオンによるものでしたか…。
「サイオニック・ドリーム。…サイオンによる幻覚だ。ぶるぅが怖がって青い光を放出したら仕掛けが消えて無くなったろう?…最強のタイプ・ブルーの力の前に圧倒されてしまったのさ」
会長さんはおかしそうに笑い、あの時に墓地に潜んでいた仲間は丸一日間寝込んだのだと言いました。全員、シャングリラから地球に戻ったばかりの学園の職員だったそうです。
「宇宙暮らしは刺激がなくて退屈だからね。普通の人にサイオンで堂々と悪戯できる、あのイベントは人気なんだ」
毎年、夏休みの間に乗員の大きな交代があり、他にも折を見て順番に入れ替えをしているのだとか。
「君たちも、いずれシャングリラを見ることになるだろう。仲間である以上、一度はその目で見ておいて欲しい」
そう言われても、まだ実感が湧きません。冬休みに入ってから立て続けにあれこれ教えられましたけど、なんだか他人事みたい。みんなも狐につままれたような顔をしています。
「信じられないのも無理ないさ。…でもシャングリラは君たちを迎えに来る。まだ先のことになるけどね」
それまでは学校生活を楽しめばいい、と会長さんはウインクしました。
「君たちの家族には学校からきちんと説明がいく。…正確に言うと、もう説明は済んでいるんだ。君たちが入学した直後から、ぼくが家族の人の意識の下にずっと働きかけてきた。だから学校からの通知が来ても、そう驚いたりはしない筈だよ。君たちは何も心配しないで、卒業まで元気に暮らせばいいのさ」
ぼくの話はこれでおしまい、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に夕食の用意を頼んでいます。夕食はパスタとピザでしたっけ。今までどおりでいいそうですし、開き直って食べまくっちゃおう!

夕食から後は特に重大な話もなくて、会長さんのマンションでのお泊り会は平穏無事に終わりました。ゲストルームでぐっすり眠って、お雑煮と豪華おせちの朝食を食べて。それから冬休みに入って知った数々の謎を復習しつつ他愛ない話も沢山交わして、お昼ご飯は「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製オムライス。その頃にはもう、いつものノリで大騒ぎです。あれ?今、窓の外に白いものが…。
「あ!ブルー、雪が降ってきたよ」
窓の外を指差す「そるじゃぁ・ぶるぅ」。チラホラと雪が舞い落ちてきます。
「ねぇ、積もるかな?…雪だるま、いっぱい作れるといいな」
無邪気にはしゃぐ「そるじゃぁ・ぶるぅ」はどう見ても小さな子供でした。三百年以上生きている上に最強の力を持つタイプ・ブルーとは思えません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」でもそうなんですもの、私たちなんか悩むほどのことはないのかも。うん、そういう気がしてきました。
「その調子。悩んでたっていいことなんかありはしないよ」
会長さんがニッコリ笑って。
「三学期は君たちが普通の学生でいられる残り少ない時間なんだ。思う存分、楽しまなきゃね」
ぼくとぶるぅも協力するよ、という有難い言葉を額面どおりに受け取るべきか、謹んで遠慮しておくべきか。そんな話題で盛り上がりながら、私たちは会長さんの家にお別れしました。雪が落ちてくる空を仰いでみても宇宙クジラは見えません。本当にクジラの形をした白い宇宙船が二十光年の彼方にあるのでしょうか?…まぁ、いいや。まだ三学期があるんですもの、まずは学園生活ですよ!




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