シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
繰上げホワイトデーの翌々日は卒業式前日。1年A組のみんなと過ごせるのは今日が最後です。アルトちゃんやrちゃんと会長さんの話ができるのも今日限り。そんな朝、教室に来たグレイブ先生が。
「諸君、明日はA組の生徒が5人も卒業してしまう。諸君からの要望もあったし、今日の私の授業時間は特別にホームルームとしよう。いわばA組一同によるお別れ会だ。大いに楽しんでくれたまえ。ただし、他のクラスの迷惑にならん程度にな」
「「「はーい!」」」
みんなが元気に返事しています。お別れ会をして貰えるなんて夢にも思いませんでした。ジョミー君たちも驚いています。そして4時間目の数学の時間はホームルームに変わりました。グレイブ先生がポケットマネーで買ってくれたというジュースが配られ、さあ、乾杯…という時です。
「ぼくも仲間に入っていいかな?」
教室の扉が開いてやって来たのは会長さん。手にはしっかり私たちと同じグラスを持っていました。グラスは食堂からの借り物ですし、途中で調達してきたのでしょう。
「ブルーか…」
グレイブ先生がニッと笑って「いいだろう」と答えます。
「だが、お前の分の机はどうする?…今日は全員揃っているし、席は1つも空いていないぞ」
「分かってる。だから空けてよ」
「は?」
「グレイブの椅子にぼくが座るんだ。君は授業の時は立ってるんだし、空けてくれればいいじゃないか。…ぼくは虚弱体質だから長時間は立っていられないしね」
さあ立って、とグレイブ先生を椅子から追い立て、会長さんは奪った椅子に腰かけました。いつも教室の一番後ろにいた会長さんが、今日は一番前の席。それも教卓というヤツです。グレイブ先生は仕方なさそうに教卓の横に立つしかありませんでした。会長さんのグラスにジュースが注がれ、今度こそ。
「諸君、卒業していく5人の前途を祝して…乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
隣り合った席の子たちとグラスをカチンと合わせ、その後はおしゃべりに花が咲きます。
「なあ、卒業したら年を取らなくなるんだって?」
「うんうん、生徒会長みたいに、ずーっと今のままだって聞いたぜ」
なんと、みんなは私たちが年を取らないことを知っていました。卒業する生徒の名前が発表された後、図書館で調べたり先生方に尋ねたりして、情報を集めてきたのだそうです。
「グレイブ先生もずーっと昔の卒業アルバムから変わってなくてビックリだったな。校長先生が三百年以上も校長をやってる話は有名だけど、他の先生もそうだったなんてさ」
「でもゼル先生とか、古いアルバムでも年寄りだったし。…もしかして年を取らなくなる時期って、かなり個人差あるんでないの?」
ジョミーだけ先に禿げるとか、キースが一人だけ白髪で髭の爺になるとか…、とワイワイ騒ぐクラスメイトは私たちが特殊な人間になってしまうことを全く気にしていませんでした。なんだか嬉しくなっちゃいます。おまけにお別れ会まで開いてくれて、みんな名残を惜しんでくれて…。1年A組のことは卒業しても一生忘れないでしょう。
誰もが話を聞きたがるので、私たち5人はいつの間にか教室の一番前に会長さんの椅子を囲んで立っていました。ジュースのグラスはとっくに空です。
「ところでさ。…卒業式の服は用意したわけ?」
「「「え?」」」
リーダー格の男の子に聞かれて、私たちは顔を見合わせました。卒業式って制服を着るんじゃないのでしょうか?
「あーあ、やっぱり。制服で出る気だったんだ…」
「制服だと不都合なことがあるのか?」
キース君が問い返します。
「いや、制服でもいいんだけどさ。…お前たちは特別だから卒業証書は壇上で一人ずつ手渡しだろう?3年生は男子と女子の代表だけが壇に上がるんだぜ。でもって毎年、趣向を凝らした仮装で登場するのが伝統らしい」
へえ…。そんな話は初耳でした。卒業した後のことが気になるあまり、卒業式には関心を持ってなかったんです。
「せっかく壇に上がれるっていうのに、制服じゃ面白みに欠けるじゃないか。…先に思いついたのはC組のヤツらだったんだけどな」
えっ、ちょっと待って。3年生の代表さんが仮装で、私たちが制服だと面白みが無いってどういう意味?
「C組からは二人卒業するだろう?それで仮装させようって話になって、衣装を用意したんだってさ。銀河鉄道999の」
「「「は?」」」
「ほら、有名なあのセリフ。私はメーテル、永遠の時の流れを旅する女…って。年を取らないんならピッタリじゃないか。ちょうど二人いるからメーテルと鉄郎になってもらうって言ってたぜ」
とてつもなく嫌な予感がしてきました。サム君とシロエ君が妙な仮装で卒業式に出るってことは…。
「だから俺たちも用意したんだ、衣装を5種類。まりぃ先生にお前たちの服のサイズを教えてもらって、誰がどれを着ることになってもジャストサイズでいけるようにレンタル衣装を確保してある」
さあ、選べ!!という声を合図に運び込まれる5種類の衣装。
「「「えぇぇぇっ!?」」」
みんなが用意してくれていたのは凄まじい服ばかりでした。赤い彗星のシャアにダースベイダー、トトロの着ぐるみ。おまけにゴジラとガメラだなんて…!でもクラスのみんなは涼しい顔。
「どうだ、いいだろう?…素顔が分からないのがポイントだ。壇上では顔を出してもいいし、隠したままでもいいらしいぞ。どれにする?」
全員お揃いっていうのはダメだぜ、と言われましたが、こんなもの着たくありませんよう…。
「スウェナは赤い彗星がいいね」
会長さんがニッコリ笑って言いました。
「どうせ君たちは選べないだろうし、ぼくが全員の分を決めてあげるよ。…A組のみんなもそれでいいかな?」
「「「いいでーす!!」」」
みんなの明るい声が響いて、会長さんは私たちの衣装を次々と勝手に決めてしまいます。もしかして、このためにやって来たんですか…?
『当然じゃないか』
私たちにしか聞こえない思念で会長さんが伝えてきました。
『楽しい衣装選びを見逃すわけがないだろう?…晴れ舞台を楽しみにしているよ』
ひえぇぇ!や、やっぱり明日はこの服ですか!一世一代の卒業式はとんでもないことになりそうです。ジョミー君たちも顔面蒼白。卒業式に来てくれるパパとママが卒倒しちゃわないよう、ちゃんと説明しておかなくちゃ…。
シャングリラ学園での最後の授業の後、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ遊びに行きました。このお部屋とも多分お別れです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は沢山のケーキやお菓子でおもてなしをしてくれ、「また来てね♪」と小さな手を振ってくれましたけど、それはお別れの挨拶の定番で…。
「お別れじゃないよ?…また会えるよ」
泣きそうになった私の顔を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が覗き込みます。
「だって、ぼくたち、仲間だもの。だから絶対、会えるってば」
「…うん…」
会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」とはこれから先も会えるでしょう。でもシャングリラ学園の生徒という立場で私たち7人グループがここに集まるのは今日が最後です。卒業後の進路も分かりませんし、みんなバラバラになっちゃうのかも…。
「おやおや。卒業もしない内から泣くのかい?」
クスクスと会長さんが笑い出しました。
「ぶるぅの部屋は消えやしないよ。卒業しても溜まり場にしていいんだからね」
またおいで、とウインクされましたけど、そんなチャンスがあるのかな?…あるといいな、と祈るような気持ちで私たちは影の生徒会室と呼ばれる部屋に別れを告げたのでした。
卒業式の日は朝から快晴。入学式は一人で来ちゃった私ですけど、今日はパパとママも一緒です。校門の前でジョミー君たちと待ち合わせをして、みんなで集合写真を撮って…パパたちは講堂の保護者席へ。私たちは別行動で講堂の方へ向かいましたが、あの人だかりはなんでしょう?校長先生の銅像がある辺りですよね。
「うーん、今年はこう来たか…」
「毎年、誰がやってんだろうな?」
生徒のみんなが囲んでいたのは校長先生の銅像でした。普段は威厳のある銅像ですけど、この変貌ぶりはいったい何事?派手な紅白縞の服を着せられ、頭にも紅白縞のトンガリ帽子。首から太鼓がぶら下がっていて、銅像の手には太鼓のバチが…。この格好って何処かで見たような…と思ったら。
『ペセトラ名物・くいだおれ太郎』
でかでかと文字が書かれた紙が銅像の台座に貼られていました。『シャングリラ学園・校長像』という銘板を隠す形でベッタリと…。像の周りで写真を撮ったり騒いだりしている生徒たちの話によると、この銅像は卒業式の度に変身しているらしいのです。去年は水戸黄門の像だったとか。
「おい…。この無駄に達筆な文字。見覚えがあると思わないか?」
キース君が小声で言いました。上質の紙に躍る『くいだおれ太郎』という毛筆の文字は確かに凄く見事です。墨の痕も黒々として、いかにも丁寧に書きました…っていう感じ。…ん?墨と筆とで丁寧に…?頭の中にフラッシュバックしたのは、立派な硯で墨を磨っていた会長さん。教頭先生に贈る紅白縞のトランクスを入れる熨斗袋の表書きのためだけに、やたらと手間をかけてましたっけ。
「…まさか、これ…」
ジョミー君が口をパクパクさせ、シロエ君が。
「会長さんの仕業…でしょうか?」
「多分な。この珍妙な服を作ったのはぶるぅだろう」
キース君の言葉に私たちは溜息をつき、くいだおれ人形と化した校長先生の像を見上げました。くいだおれ人形、正式名称『くいだおれ太郎』。ペセトラではちょっと知られたお店の看板人形です。食い倒れだけに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチョイスしたのか、はたまた会長さんの趣味なのか。…どっちにしてもお騒がせです。卒業式に来た父兄の人も見ていくんですし、こんなことしてていいんでしょうか?シャングリラ学園、つくづく懐が深すぎるような…。
校長先生の像をバックに記念写真を撮った私たちは講堂に入りました。1年A組とC組の生徒が待ち構えていて、更衣室に借りているという部屋へ引っ張って行かれて着替えです。この服だけは着たくなかった、と全身で訴えながら7人揃って卒業式の会場へ。私たちの席は3年生代表と並んで一番前の列でした。
「これより卒業式を行います」
教頭先生の渋い声が響き、壇上にはスーツ姿の先生方が。グレイブ先生、ブラウ先生、ゼル先生…。まりぃ先生も今日はカッチリとしたスーツです。校歌斉唱に続いて校長先生や来賓の挨拶があり、いよいよ卒業証書授与。まず3年生の代表二人が呼ばれました。壇上に上がってゆくのはチョンマゲ姿にキンキラキンの羽織袴のお侍と花魁です。花魁は素敵ですけど、キンキラキンの羽織袴って時代劇の悪代官にしか見えません。もっと渋い着物にすればよかったのに、と思いましたが…。
「テーマは、そちも悪よのぅ…だっけ?」
「よいではないか、じゃなかったか?」
3年生がヒソヒソと交わす会話で納得です。計算ずくっていうわけですね。…悪代官と花魁が校長先生から卒業証書を受け取って戻ってくると、今度は私たちの番。司会はもちろん教頭先生。
「続いて、特別生に卒業証書を授与します。1年A組、キース・アニアン」
立ち上がったのはゴジラでした。歩きにくそうに階段を上り、深々とお辞儀をして卒業証書を受け取ります。重い尻尾を引きずりながら降りてくるゴジラと入れ違いに上っていくのはガメラになったジョミー君。会場のあちこちでフラッシュが光り、ウケているのが分かりました。続いてマツカ君のトトロが登壇すると「可愛い~!」と女の子の声が上がったり。
「スウェナ・ダールトン!」
赤い彗星のシャアが颯爽と現れ、凄い拍手が鳴り響きます。わーん、次はとうとう私の番…。ダースベイダーのヘルメットとマスクはとても重くて、うっとおしくて。赤い彗星の方が楽だったよね、と会長さんを恨みながらも卒業証書を受け取りました。仮装の方に気をとられすぎて、一生一度の大事な場面で何の感慨も無かったというのは残念極まりないのですが。
「1年C組、サム・ヒューストン!」
黒い帽子に黒い服、長い金髪カツラの大柄なメーテルが壇に上がると、講堂中が爆笑しました。続いて現れたシロエ君の鉄郎とセットものだと分かった瞬間、笑いは拍手に変わります。脈絡が無かったA組よりもストーリー性があるのがポイントでしょうか。…でも、A組はあれでいいんです。5人組をテーマにされていたなら、特撮ヒーローか女の子向けの美少女戦士をやらされたかもしれませんから。
「以上で卒業証書の授与を終了いたします」
教頭先生が告げ、在校生からの送辞は永遠の3年生の会長さんが読み上げました。悪代官が答辞を読むと3年生の女の子たちがすすり泣く声が聞こえてきます。式を締め括る歌が流れる頃には、しゃくり上げる先輩も大勢いましたが…私は未だに卒業の意味がピンと来なくて、なんだか他人事のよう。この先の進路すら分からないせいか、特殊な人間になってしまうことが心に引っかかっているせいなのか…。
「これをもちまして卒業式をお開きとさせて頂きますが、最後に我が学園のマスコット、そるじゃぁ・ぶるぅが登場します。卒業する諸君の前途を祝して三本締めをいたしましょう」
壇上に土鍋が運ばれてきて、中から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出てきました。そういえば入学式でも三本締めがありましたっけ。校長先生が進み出て…。
「卒業生の皆さん、そるじゃぁ・ぶるぅとの三本締めには赤い手形の御利益があると言われています。皆さんの進む道がパーフェクトなものとなるよう、さあ、御一緒に。ヨーッ…」
「シャシャシャン、 シャシャシャン、 シャシャシャン 、シャン」
「ヨー、 シャシャシャン 、シャシャシャン、 シャシャシャン 、シャン」
「ヨー 、シャシャシャン、 シャシャシャン、 シャシャシャン、 シャン」
壇上の先生方と「そるじゃぁ・ぶるぅ」、そして会場中の人が景気よく両手を打って卒業式は終わりました。さようなら、1年A組のみんな。たった1年しかいられなかったけど、ありがとう…素敵で不思議なシャングリラ学園。
3年生はこの後、ホテルの宴会場に移って謝恩会でした。でも私たちは1年生ですし謝恩会なんかありません。代わりに7人組の全員と付き添いの家族で食事をすることが決まっています。会場はマツカ君のパパが手配してくれているので、制服に着替え終わった私たちが待ち合わせ場所の校門へ行こうと講堂を出ると…。
「ヨッ、かっこよかったぜ、みんな!」
ワッと声がして1年A組のクラスメイトが駆け寄ってきました。サム君とシロエ君はC組の子たちに囲まれています。
「お前たち、謝恩会に出られないだろ?だからさ、みんなで決めたんだ。A組とC組全員で謝恩会を開こうって」
「「「謝恩会!?」」」
思わぬ言葉に私たちは驚きました。謝恩会って卒業生がするものでは…。キース君がみんなにそう言いましたが。
「いいって、いいって!固いことは言いっこなし。今日の衣装と同じで前から計画してたんだしさ」
「先生方も了解済みだよ。今度の土曜日、来てくれるよな?」
「絶対、来てね!待ってるから!!」
我先に叫ぶみんなの中にはアルトちゃんとrちゃんも混ざっています。私たちのために謝恩会をしてくれるなんて、夢にも思っていませんでした。しかもA組とC組の生徒が合同で…。授業に支障が出ないようにと土曜日になったらしいです。出費を抑えるために会場はホテルやレストランではなくシャングリラ学園の食堂だとか。
「いいか、必ず7人揃って来てくれよ!先生方も呼ぶんだから」
「そうそう。旅行とかに出かけるにしても、ちょっと先延ばしに…って、それはマズイか」
キャンセル料を取られるよな、という声で一気に広がる不安そうな顔。
「いや。旅行の計画は誰も無いよな?」
キース君が私たちに尋ね、土曜日が空いていることを確認してから。
「大丈夫だ。せっかく計画してくれたんだし、俺は喜んで参加させてもらう。…みんなはどうだ?」
「「「行く!!!」」」
否と言う筈がありません。もう一度みんなに会えるんですもの。
「やったぁ、決まりだぜ!それじゃ、土曜な。時間とかはまた連絡するよ」
「待ってるね~!!」
賑やかな声に送られ、卒業証書を大事に持って私たちはパパやママの待つ校門へ歩いていきました。先生方の許可が下りているのなら、土曜日にはまだシャングリラ号は来ないのです。謝恩会に来たら会長さんにも会えるでしょうか?「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に寄って遊ぶ時間もあると嬉しいな。…卒業式は終わりましたけど、シャングリラ学園にまた来られるなんて…。土曜日までみんな元気でいてね~!