シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
薪拾いに行った生徒会長さんがベニテングダケを持ち帰ってから後、私たちはドキドキでした。なんといっても幻覚を起こすキノコです。何が起こるかと心配している間に週末になり、そして週明け。アッという間に収穫祭の日になりました。週末以外は毎日放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に行っていましたが、ベニテングダケは見ていません。あれからいったいどうなったのかな?
「ご想像にお任せするよ」
A組の教室に来ている会長さんは元気そうです。会長さんの机には「そるじゃぁ・ぶるぅ」がちゃっかり腰をおろしていました。収穫祭についてこようと思っているに決まっています。そこへグレイブ先生が…。
「諸君、おはよう。出欠を取ったらバスの方へ…。ん?また余計なのが混ざっているな」
「余計じゃないもん!ぼくだって1年A組だもん!」
ちゃんと水泳大会に出場したしね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言い返しました。
「だが、薪拾いには来ていないだろう?…働かざる者、食うべからず。収穫祭に参加する権利は無い」
「ひどいや!…ぼく、水泳大会で一生懸命頑張ったのに。生徒じゃないのに頑張ったんだよ?」
泣きそうな顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんが小さな頭を優しく撫でて。
「…グレイブ。ぶるぅが水泳大会でA組女子にならなかったら、A組は学園1位を取れていないと思うんだ。ぶるぅはぼくと違って生徒じゃない。おまけに1歳の子供なんだ。そんな子供に労働をさせた対価を、君はぶるぅに支払ったのかい?」
「…労働?…対価…?」
「そう、労働。水泳はハードなスポーツだよ?ぶるぅは女子リレーと『水中おはじき拾い』でとても健闘したんだけども、現時点ではタダ働きだ。働いていないから収穫祭に連れて行かない、と言うんだったら水泳大会のバイト料をぶるぅに支払ってくれたまえ」
グレイブ先生はグッと言葉に詰まり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は晴れて収穫祭に参加できることになったのでした。みんな揃ってバスに乗り込み、マザー農場へ出発です。お昼ご飯はジンギスカンが待ってますよ~!
バスを連ねて着いた農場はとっても広くていい景色。果樹園に牧場、広大な畑。見学したり体験したり、好きなことをして過ごせるそうです。私たち7人グループは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒に農場を回り始めました。一番最初は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の希望でリンゴ畑です。
「これこれ!このリンゴがアップルパイに一番いいんだよ。今度みんなにも作ってあげるね」
たわわに実ったリンゴを見上げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそう。次は牧場でバター作りを見学したり、体験させてもらったり。牛の乳搾りなんかもやってみました。そうこうする内にお昼になって、集合して広場でジンギスカン。木のテーブルと椅子が広場に沢山用意されています。…あれ?会長さん、いったい何処へ?…十人は座れるテーブルの周りに陣取ったのに、会長さんが抜け出そうとしていました。
「…届け物。すぐに戻ってくるから」
そう言った会長さんの右手の中で小さな緑が揺れています。
「四葉のクローバーだよ、さっき見つけた。2本あるんだ」
2本?…なんだか不吉な予感が…。会長さんが向かった先では数学同好会のメンバーが木製のテーブルを囲んでジンギスカンを始めていました。アルトちゃんとrちゃんの姿も見えます。会長さんは二人に声をかけ、四葉のクローバーを1本ずつ渡して何か話をしているみたい。
「待っていたら日が暮れてしまうぞ。始めないか?」
キース君がそう言った時。
「その方がいいと思いますわ」
現れたのはフィシスさんでした。
「私も混ぜて下さらない?全学年で遊べることって珍しいですし、今日はゆっくりおしゃべりしたくて」
「えっ、本当に!?」
サム君が叫び、大急ぎで空いている椅子を取ってきました。ちゃっかりと自分の隣に並べています。フィシスさんが座ったのを合図に私たちはジンギスカンを始めることに。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が子供用の椅子に座って野菜やお肉を焼く順番を指図し、これがけっこううるさかったり…。
「あっ、あっ、ダメだよ、お肉は真ん中!野菜は周りにちゃんと揃えて並べなきゃ」
テーブルの三ヶ所にあるジンギスカン鍋に目を光らせる様子は鍋奉行でしかありません。そして会長さんはいつの間にか数学同好会のメンバーに混ざってジンギスカンのテーブルに…。
「ブルーは戻ってきませんわ」
「「「えっ?」」」
フィシスさんに言われてよく見てみると、会長さんったら、アルトちゃんとrちゃんの間の椅子に座って楽しそうに歓談しています。私たちの存在なんか綺麗サッパリ忘れてるみたい。
「四葉のクローバーを摘んでいる時から見てましたけど、やっぱりあっちに行ってしまって…。同じ2本なら、みゆとスウェナにあげればいいのに」
「えっ…。私なんかよりアルトちゃんたちの方が…」
「そうよ、アルトちゃんたち、絶対、喜んでいると思うわ」
四葉のクローバーは私たちよりアルトちゃんたちが貰った方が値打ちがある…と思ったのですが、フィシスさんは溜息をつきました。
「…あなたたちがそれでいいなら構いませんけど。ああ、あれだからシャングリラ・ジゴロ・ブルーだなんて言われるのですわ…」
「「「シャングリラ・ジゴロ・ブルー!?」」」
私たちは思わず叫んでいました。会長さんはそこまで女たらしだというのでしょうか。
「ええ。…陰でひそかに呼ばれています。ブルーも知っているのですけど、怒るどころか面白がって…。アルトさんとrさん、このままいくと来年あたり…」
えっ、来年?…来年あたり何が起こると?…まさか、まさか…シャングリラ・ジゴロ・ブルーという渾名が渾名だけに、アルトちゃんとrちゃんは本当に手を出されちゃうとか!?…私たちが青ざめていると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が怒った声を上げました。
「お肉、焦げてる!よそ見してるんなら食べちゃうからね!!」
ヒョイ、ヒョイ、ヒョイ…とお肉が宙に浮かんで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手にした紙皿の上へ。
「あっ、このやろっ!!返せ!」
我に返って割り箸を振り上げたのはサム君です。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は知らん顔。
「やだも~ん!」
両手でお皿を傾けるなり、山盛りになっていたお肉を一口で食べてしまったのでした。
「う~ん、最高!ちょっと焦げてたけど、やっぱり一気に食べると美味しいや♪」
「…そりゃ良かったな…」
キース君がボソリと呟きます。そう、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は子供ですから楽しく食べていられますけど、今、私たちが気になってるのはフィシスさんが言った「来年」のこと。アルトちゃんたち、来年あたり会長さんに何かをされるかもしれないのです。でも、私たちの心配をよそに、フィシスさんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒になって鍋奉行を始めたではありませんか。
「次のお肉を入れる前に野菜を食べた方がいいですわ。今が美味しいと思いますもの」
「そうだよ。ぐずぐずしてると、またぼくが全部食べちゃうからね!」
モヤシにアスパラ、タマネギ、人参…。反射的にお皿に取って食べ始めてから自己嫌悪。野菜はともかく、アルトちゃんとrちゃんの運命は…?
「大丈夫ですわ」
フィシスさんがクスッと笑いました。
「来年あたり、私たちの仲間になるんじゃないかしら…と言いたかっただけですもの」
「「「仲間!?」」」
私たちの声が見事に重なりましたが、広場はガヤガヤ大騒ぎなので、他のテーブルには届かなかったみたいです。
「ええ。…ブルーがあれだけ熱心に口説いているということは…多分、因子を目覚めさせようとしているのですわ。そうでなくても二人とも数学同好会ですし、影響を受けている筈です」
そこまで話して、フィシスさんはまたジンギスカンを仕切り始めました。これ以上は教えて貰えないということなんでしょうか?仲間に、因子に…そして数学同好会。なんだかとっても気になりますけど…。
「やあ、お待たせ」
会長さんが戻ってきたのは最後のお肉がいい具合に焼けてきた頃でした。美味しそうだね、と言いながら椅子に座った会長さんのためにフィシスさんがササッとお肉を取り分けます。あああ、そのお肉は私が狙ってたのに~!
「あっ、ごめん。ぼくのお皿に入っちゃったけど、それでいいなら…」
会長さんの白い手が素早く動いて、私のお皿に焼きたてのお肉が置かれました。お礼を言って齧り付いてから気付いたのですが、このお肉、会長さんが自分のお箸で…。ということは、もしかしなくても…間接キッス!?
「みゆ、どうしたの?…顔が真っ赤よ」
スウェナちゃんに言われて耳まで赤く染まった私を会長さんが楽しそうに見つめています。赤い瞳から目が離せなくなって困っていると、微笑みながらウインクされて。うーん、私、もうダメかも…。
「ブルー、悪戯が過ぎますわ。仲間をからかって楽しいんですの?」
「そりゃもう」
フィシスさんと会長さんの会話を遠くに聞きながら、私はやっとのことでコップを手に取り、冷たい水を喉へと流し込んだのですが…。
「フィシス、君だってさっき言ってたじゃないか。ぼくはシャングリラ・ジゴロ・ブルーだからね」
げほっ!!…私は激しく咳き込み、スウェナちゃんに背中をさすってもらう羽目になりました。その間に私の分のジンギスカンは「そるじゃぁ・ぶるぅ」にすっかり食べられてしまい、更に涙を飲むことに…。
「で、フィシス。…どこまで話をしたんだい?」
ジンギスカン鍋が片付けられたテーブルに座った私たちを前に切り出したのは会長さん。
「来年あたり、アルトさんとrさんも私たちの仲間になるかもしれない…という所までですわ」
「上出来だ。それ以上はまだ急いで教える必要は無いし」
会長さんはクスクスと笑い、数学同好会のメンバーが座っているテーブルを眺めています。
「…あのメンバーとジンギスカンをするのも楽しかったよ。アルトさんとrさんも、いつか仲間になってくれると嬉しいな。…フィシス、君が来た頃を覚えているかい?」
「ええ。…熱心な口説きっぷりでしたわ」
「そうさ、どうしても君が欲しかったんだ。ぼくのフィシス。…ぼくの女神」
会長さんはフィシスさんの手を取り、手の甲にそっと口付けました。とてもキマッているんですけど、見ている方は気恥ずかしいなんてモノじゃありません。固まってしまった私たちを他所に、はしゃいでいるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「あのね、ブルー、凄かったんだよ!一生懸命プレゼントして、デートして。ぼく、何回もお手伝いしたんだ。プレゼントを選んだり、フィシスの好きなお菓子を作ったり。ブルーが幸せになれますように、って、お星様にもお願いしたのは内緒だからね」
「内緒って…。今、聞こえたんじゃないか?」
キース君の冷静な突っ込みに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサーッと青ざめてしまいましたが。
「ぶるぅ、お星様に頼んでくれたのかい?…それじゃ、お礼を言わなきゃね。おかげでフィシスと一緒にいられるようになったんだから。…ありがとう、ぶるぅ。大好きだよ」
チュッ、と頬っぺたにキスしてもらった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は真っ赤になって、照れ隠しに「かみお~ん♪」と歌い出します。えっと…会長さんとフィシスさんの関係は…やっぱり既に入籍済みとか…?私たち7人の一致した疑問を読み取ったらしい会長さんは。
「前にも言ったと思うんだけどね。…女神は俗世とは無関係だよ」
結局、謎は謎のままで終わり、ジンギスカンをやっていたグループも食べ終えた組から農場の方へ散ってゆきます。
「さあ、ぼくたちもそろそろ行こうか。午後はサツマイモ掘りとかができるんだってさ」
会長さんに促された私たちはテーブルを離れ、畑の方に向かったのでした。スッパリ気分転換をして芋掘りに燃えるのもよさそうです。
マザー農場での収穫祭は沢山のリンゴや農作物を貰ってバスに積み込み、農場の人たちにお礼を言って終わりました。貰った作物はシャングリラ学園の食堂で使われることになるそうです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は特別に分けてもらったバターやリンゴを持っていますし、近い内に私たちのオヤツになるのでしょう。今日は分からないことが一杯増えましたけど、謎解きをしてもらえる日がくるまでは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で遊んでいるしかないみたい。美味しいオヤツが待っているだけに、たまにはダイエットも必要かな…?