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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

夏休み・第3話

夏、真っ盛り。暑くてたまらない季節ですけど、高原ともなれば下界とは別世界です。電車に乗って着いた所は唐松や白樺の林に綺麗な湖、聳え立つ山には雪渓なんかもあるみたい。マツカ君の家の別荘は林の向こうに湖が見える、木造二階建てのとても立派な洋館でした。
「海の別荘も凄かったけど、こっちもすげえ…」
由緒ありげな建物を見上げてサム君が感心しています。マツカ君を「ぼっちゃま」と呼ぶロマンスグレーの執事さんは今回も出迎えてくれました。三泊四日の滞在ですけど、ここでは何ができるのかな?
「少し歩けば湿原がありますよ。スウェナさんが言ってたお花畑なら、山の麓に広がってます」
マツカ君が言うとスウェナちゃんの顔がパッと輝き、一日目はとりあえず散歩することに。お部屋の窓からの景色も綺麗ですけど、外に出て歩いてみると空気がよくていい気分。涼しい風が最高です。
「日帰りで登れそうなのはどの山ですか?」
シロエ君は山に登るつもりでやって来たので、山の方ばかり見ています。ジョミー君とキース君もちょっと興味があるようでした。重い荷物を背負って歩きたくない、と言っていたサム君も、リュックの中身がお弁当くらいだったら行ってもいいな、と言い出しましたし…明日は登山になるのでしょうか。
「ぼくは留守番しているよ。年寄りの登山は遭難が多発しているからね」
会長さんがそう言いましたが、額面どおりに受け取る人は誰もいなかったと思います。三百歳を超えているのは本当でしょうけど、お年寄りらしい所は毛先ほどだって無いんですから。
「ブルー、行かないの?…山登り、楽しそうなのに…。じゃあ、ぼくも一緒にお留守番だね」
残念そうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」。確かに保護者の会長さんが行かないとなると、1歳児に山は危ないかなぁ。
「自分の足で歩くんだったら、連れてやっても構わないんだが」
キース君が言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。でも万一の為に別荘の使用人さんで山に馴れた人に同行してもらうことになりました。途中で歩けなくなったりしたら大変ですし。私もスウェナちゃんも登山に行く気満々で翌朝、元気に起きたのですが…。
「えぇぇっ!?…登るって言ってたの、あの山なの!?」
指差された山はとても高くて、今からすぐに出発しても帰りは夕方らしいのです。
「年寄りの世話をしながら留守番するかい?」
クスクス笑う会長さんは、また絵葉書を持っていました。アルトちゃんとrちゃんに送るのに違いありません。この人の何処が年寄りなんだ、と突っ込みたいのは山々ですけど、一日がかりの登山よりかは留守番していた方がマシかも…。朝食を終えたシロエ君たちはリュックを背負って元気に出て行き、スウェナちゃんと私は玄関で手を振ってお見送り。会長さんはテラスの椅子に座って手を振った後、もう絵葉書を書いています。…アルトちゃんとrちゃん…例のお守りを今も大事に持ってるのかな?

登山に行ったシロエ君たちは夕方遅くに帰ってきました。自分で歩く筈だった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は別荘のおじさんの背中で『おんぶおばけ』になっています。登り始めて1時間も経たない内にギブアップしたらしいのですが、山は堪能したようですね。山頂で十八番の『かみほー』を熱唱し、山彦が返ってくるのを聞いて大はしゃぎだったという話でした。他の登山客には、さぞうるさかったことでしょう。翌日は湖でボート遊びや釣りや水遊びを楽しみ、三日目は乗馬をしてみることに。マツカ君の家の馬を何頭も預かっている乗馬クラブがあるんですって!
「…マツカが上手いのは馴れてるからって納得するけど、なんで会長が上手いのさ!」
5回目の落馬をしたジョミー君がブツブツ文句を言っています。スウェナちゃんと私と、ポニーに乗った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は乗馬クラブの人に手綱を引いて貰っているので一度も落馬していませんが、他のみんなはマツカ君と会長さんを除いて何度も派手に落ちていました。
「運動神経の問題だけではないようだしな…」
と、3回落馬したキース君。
「なんたって三百歳超えてますからね、絶対、経験あるんですよ」
シロエ君は4回落ちていました。
「それにしたってムカつくよな~…。見ろよ、分かっててやってんだぜ。白馬なんかに乗りやがって」
7回落ちたサム君の言うとおり、会長さんは思い切り目立つ白馬で障害馬術コースを走っていました。それもマツカ君ですら中級なのに上級コース。障害を次々に飛び越えていく姿はまさしく白馬の王子様です。
「…会長は白馬の王子様だけど、ぼくたち、落馬の王子様だね…」
ジョミー君が情けなさそうに零した言葉は夏休みの名セリフの殿堂入りをし、かなり長いこと語り継がれることになってしまうのですが…それはまだずっと先のお話。落馬の王子様たちは最後まで汚名を返上できないまま、乗馬クラブとマツカ君の家の馬たちにお別れをして別荘へ。会長さんが乗っていた白馬はムーンダスト号という名前でした。
「別荘暮らしも今夜が最後かぁ…」
夕食のテーブルは豪華でしたが、夏休みの宿泊と旅が今夜でおしまいというのは寂しいです。誰からともなくトランプ大会をしようということになり、どうせなら…と唯一の和室の大広間に集まることになりました。
「じゃ、9時に大広間に集合でいいね?」
「お菓子とかを運ばせておきますよ」
会長さんとマツカ君が仕切って、一旦、解散。スウェナちゃんと私はお部屋で楽しくおしゃべりしながら明日持って帰る荷物やお土産をバッグにすぐに詰められるよう整理して、9時前に大広間へ向かったのでした。

「うわぁ、すご~い!美味しそう…」
大広間にはクッキーやお煎餅の他に可愛いプチケーキが沢山用意してあります。女の子を意識して厨房で作ってくれたのでしょう。でも多分…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が殆ど食べてしまうのでしょうね。参考にするとかなんとか言って。広間に着いたのは私たちが一番で、次々と皆が集まり始めましたが…。
「ジョミーとサムは何をしてるんだ?」
「落馬の王子様の筆頭と二番手ですからね…。もしかして疲れて寝ちゃってるとか」
「ぼく、見に行ってきます」
キース君とシロエ君の会話を受けてマツカ君が立ち上がった時、ドアの向こうでジョミー君たちの声がしました。
「なぁ…。俺はやっぱり変だと思うぜ」
「ぼくだってそう思うけどさ。…でも、書いてあったものはしょうがないだろ!?」
「…だからって、真面目にやらなくっても…」
「きっとそういう遊びなんだって!変って所が大事なんだよ。他にも絶対、いると思うな」
ガチャ、と扉が開いてサム君が現れ、続いて後ろからジョミー君が…。って、いったい何事!?
「「「!!!!!」」」
私たちの目を一瞬で点にしたのはジョミー君の格好でした。長袖で超ミニ丈、リボンとフリルで飾り立てられた青いスケスケの……ベビードール。丈が短いせいでスラリと伸びた足がほとんど丸見えです。
「……ジョミー……」
キース君がドスのきいた声を出しました。
「女子もいるのに、なんだそれは!ふざけるにしても下は、せめて水着に…」
「一応、水着なんだけど。ほら」
「いちいちめくって見せなくてもいいっ!!!」
言われてみればベビードールの下は競泳用水着のようでした。ジョミー君は部屋中を見回し、自分の格好をしげしげと見て…。
「ぼくだけ?…なんで、どうしてぼくだけ!?」
パニックに陥りかけたジョミー君から聞き出せたのは、ジョミー君の荷物の上にベビードール入りの包みが置かれていたということと、メッセージカードがあったこと。カードには「これを着たあなたを見てみたい」と書かれ、差出人の名前は無かったこと。
「悪戯かな、って思いはしたよ?でもさ、最後の夜だし何でもアリの悪ノリかなぁ、って」
他にも怪しい格好をした仲間がいると思ったのだ、とジョミー君。けれど来てみればそうではなくて…。
「ジョミー、そのカードは持ってきているのか?」
「うん」
ジョミー君はサム君がポケットに入れてきたカードを受け取り、キース君に渡しました。
「…………。誰だろう?見覚えのある字なんだが…」
えぇぇっ、と皆がのけぞり、視線が犯人探しを始めます。犯人は…この中にいる!?…もしかして今から筆跡鑑定のために全員が同じ文章を書かされるとか、キース君に尋問されるとか…。いや、ひょっとしたら犯人はキース君という可能性も…。その時です。キース君に近づいた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がカードに鼻を近づけました。クンクンクン、と匂いを嗅いで…。
「このカード、風の匂いがするよ。ブルーとおんなじ匂いだね」
「「「会長っ!???」」」
またお前か!という殺気に満ちた視線が会長さんに突き刺さりましたが、そこで再び「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「…んーと……ブルーの匂いの他にもっと誰かの…。えっと…えっと…」
その匂いはかなり薄いものらしく、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頑張って…とても頑張って。
「分かったぁ!…これ、ハーレイの匂いだよ!!!」
えっ!?しかし次の瞬間、キース君も大声で叫んでいました。
「そうだ、教頭先生の字だ!!」
「「「えぇぇぇぇぇっ!!?」」」
今度こそ部屋中が大パニックに。ベビードールで、メッセージカードで、カードの匂いが会長さんで、カードを書いたのが教頭先生!?混乱の極みに達した部屋で会長さんだけが悠然とお茶菓子をつまみ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」までが皆のパニックが伝染したらしく「かみお~ん!」と雄叫びを上げて大広間を縦横無尽に意味も無く走り続けたのでした。

「…まったく…。思い込みの激しい人ほどプレゼントってヤツを寄越すんだよね」
トランプ大会をする気力も無くなり、真っ白に燃え尽きて討ち死にしている私たちを会長さんが眺めています。
「ハーレイのヤツ、あれだけ弄ばれても懲りてないんだ。このぼくがベビードールなんか着るとでも?…自分の尺度でしか考えられないっていうのが痛々しい。紅白縞のトランクスだって、まんまと騙されて後生大事に履いてるし。ぼくがお揃いで白黒縞なんて履くわけないだろ?…勝手に盛り上がって暴走しちゃって、挙句に趣味の押し付けだなんて最悪だね」
畳に倒れたジョミー君が着ている青いスケスケのベビードールは、教頭先生が会長さんに着せてみたくて買ってきたモノ。教頭先生が会長さんに御執心だとは聞いていましたが、こんなものを贈っていたなんて。どんな顔をして手渡したのか、それともこっそり置いていったのか……その辺のことは分かりません。でも会長さんの逆鱗に触れたのは確かです。わざわざ別荘まで運んだ上にジョミー君に着せて騒ぎを起こし、みんなにバラしてしまったんですから。
「とにかく、同情の余地は無いんだよ。だから君たち、ぼくばかり悪者にしないでくれたまえ」
会長さんの声を子守唄代わりに、私たちは別荘ライフ最後の夜を雑魚寝で過ごしてしまいました。ボーッとした顔で朝食を食べ、シャッキリしない頭で執事さんたちにお礼を言って…。帰りの電車の中で元気だったのは会長さん一人だけでした。駅の売店で買った絵葉書をポケットに入れて窓の外を飽きずに眺めています。もしかして残った夏休みの間にフラッと旅に出るつもりでしょうか?私たちの夏休みの旅は終わりですけど、会長さんの旅はまだこれからかもしれません。アルトちゃんとrちゃんの帰省先まで行ってしまったとしても驚かないかも…。




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