シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
日差しがジリジリと暑く、蝉の大合唱がうるさい日々。でも今日からは三泊四日で海への旅です。スウェナちゃんと一緒に買いに行った水着も持ったし、いつもの仲間と生徒会長さん、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と総勢9人で電車に乗ってマツカ君の家の別荘へ。目的の駅で迎えのマイクロバスに乗り込み、景色の綺麗な海岸沿いに走って到着したのは大企業の保養所みたいに立派な二階建ての建物でした。広い前庭にはプールもあります。
「お帰りなさいませ、ぼっちゃま」
「「「ぼっちゃま!?」」」
スーツ姿で出迎えてくれた初老の紳士の言葉に私たちは思わず叫んでいました。マツカ君っていったい何者!?このロマンスグレーのおじさんは誰?
「ぼくの家の執事です。両親が今、旅行中なんで…こっちの方に来てくれることに」
執事!ポカンと口を開けている間に私たちの荷物は台車に乗せられ、別荘の中へ。幸い、他の使用人さんは制服ではありませんでした。でも人数は…ううん、気にしないことにしておこう。とにかくマツカ君が只者でないことだけは確かです。
「お前んち、すげえ金持ちなんだな。もしかしたら…とは思ってたけど」
サム君が言うとマツカ君はいつものように控えめな口調で「たいしたことないです」と。それが自然に聞こえてしまうのがマツカ君のいい所。執事さんによるとマツカ君は人見知りが凄くて、友達が出来たのはこれが初めてなんだとか。どうぞごゆっくり、と案内されたお部屋はまるでリゾートホテルでした。私はスウェナちゃんと同室です。お昼ご飯は電車の中で食べてきたので、水着に着替えたら玄関に集合。
「なんだ、二人ともビキニじゃないんだ…」
「ジョミー、つまらないことを言うものじゃないよ」
会長さんがジョミー君の頭を軽く小突きます。私とスウェナちゃんはワンピースの水着でした。男の子たちは…。うーん、まともに見ると照れちゃうかも。薄手のシャツを羽織ってきている会長さんは流石です。浮き輪を抱えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は子供だから全く問題なし!
「全員揃ったし、泳ぎに行くか。すぐそこが浜辺というのは便利だな」
キース君が先頭に立って庭を横切り、砂浜に下りていきますが…いい天気なのに誰も泳ぎに来ていません。
「ひょっとして、ここ…」
シロエ君が首を軽く傾げてマツカ君を振り返りました。
「プライベート・ビーチってヤツですか?」
「…そうですけど…」
「「イヤッホー!」」
ジョミー君とサム君が同時に叫び、キース君を追い抜いて凄い速さで波打ち際へ。私たちがビーチパラソルの下に荷物を置いた時には、二人は沖の方にある防波堤に向かって競争で泳ぎ始めていました。キース君たちも二人を追いかけて海に入っていきますけど…会長さんは?
「先に葉書を書いておこうと思ってね。執事さんに素敵なのを貰ったから」
ほら、とシャツのポケットから取り出した絵葉書はこの砂浜の写真でした。もしかしてアルトちゃんたちに送るのかな?
「ご名答。絵葉書って、ちょっと嬉しいものだろう?…メールと違って手で触れるし」
ビーチパラソルの影に座ってサラサラとペンを走らせていく会長さん。アルトちゃんとrちゃん、きっと大喜びするでしょうね。さてと、私も早く泳ぎに行かなくちゃ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が浮き輪でプカプカ浮かびながら大きな声で呼んでますもの。イルカショーでは泳いでたくせに、海では浮き輪。子供らしくて可愛いかも…。
海と砂浜とで散々遊んで、夕食の後は前庭で花火。花火といってもお店で売ってる花火です。お楽しみの花火大会は三日目の夜で、別荘からはとても綺麗に見えるとか。夜は興奮しすぎて眠れないかな、と思っていたのにベッドに入った途端にグッスリ。二日目も朝から海で遊びまくって、夜は遅くまでトランプゲームで盛り上がって…翌朝、皆でワイワイ食堂に行くと。
「「「教頭先生!!?」」」
なんと、アロハシャツを着た教頭先生がゆったりと椅子に座って新聞を読んでいるではありませんか!
「やあ、おはよう。…思ったより早く着いてしまってね」
「な、な、なんで…」
ここに、とジョミー君が言う前にマツカ君が。
「会長さんが提案して下さったんで、ご招待させて頂いたんです。いつもお世話になってますから」
「そうそう。それにハーレイは古式泳法の達人だから、習ってみるのもいいかと思って」
古式泳法!教頭先生、奥が深いです。キース君とシロエ君は目を輝かせて興味津々。案の定、今日の男子は午前中から水泳教室になりました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は参加しないで好き勝手に過ごしていましたが。スウェナちゃんと私は少しだけ習ってみましたけれど、練習場所がどんどん深くなっていくので怖くなってしまって脱落です。
「午前中もかなり遠くまで行ってたけど…もっと遠くへ行くみたいね」
「深いんだろうなぁ、あそこ…」
午後の水泳教室は本格的な遠泳になるようでした。それにしても男の子は上達が早いです。習ったばかりの泳ぎ方をすっかりモノにしてるんですから。うわぁ、もう遥か遠くまで泳いで行っちゃった…。
「ハーレイの教え方が上手いんだよ」
会長さんが沖を眺めて言いました。
「でも、つまらないな。古式泳法といえば褌じゃないか」
フンドシ!?…もしかして六尺とか、越中とか…!?
「六尺だよ。越中は泳ぎに向いていないし…。古式泳法を教えてやってくれ、って言っておいたのに、なんで普通のサーフパンツなんか履いてくるかな」
教頭先生が…フンドシ…。前に見てしまった赤と白の縞々トランクスも強烈でしたが、フンドシには遠く及びません。スウェナちゃんと私は顔を見合わせ、普通の海水パンツでよかった…と心から思ったのでした。あの逞しい教頭先生がフンドシ姿で登場していたら、私たち、今日はビーチに来ていないかも…。
「そう?じゃあ、今日は両手に花の一日だったし、ハーレイに感謝しておくよ。ぶるぅ、最後にハーレイたちの所まで泳いでこようか」
両手に花!?…頬が赤らみそうな言葉を残して、会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に泳いでいってしまいました。遠泳組と合流した二人が戻ってきたのはかなり時間が経った頃。会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の浮き輪を押すようにして泳いでいます。遠くまで泳いで疲れたんでしょうね。
「楽しかったぁ!…一人じゃ、とてもあんな遠くまで行けないや」
「ああ。教頭先生に感謝しないとな」
ジョミー君やキース君たちが元気に海から上がってきました。会長さんが浮き輪を抱え、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がプルプルと頭を振って水を払いながらやって来ますが…。あれ?「そるじゃぁ・ぶるぅ」の海水パンツってあんなにブカブカだったでしょうか?
「さあ、そろそろ戻って休憩しよう。花火大会までに疲れを取っておかなくちゃ」
会長さんが言い、みんなで歩き始めようとした時です。
「あれ?…先生、上がらないんですか?」
マツカ君の視線の先で、教頭先生がまだ海の中に立っていました。
「いや、その…。もう少し泳ぎたいから、先に戻って休んでいてくれ」
「ダメだよ、ハーレイ。…集団行動は守らなくちゃ」
ピシッと注意したのは会長さん。白い喉の奥をクッと鳴らして…。
「…それとも、上がれない理由があるのかな?」
「な……!」
「ふふ。図星」
クスクスクス。会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に向かってパチンと指を鳴らしました。
「かみお~ん!!!」
雄叫びを上げて海に飛び込んでいった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立っていた場所に残されたものは海水パンツ。私たちは目をむきましたが、ダッシュで海から上がってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はちゃんと海水パンツを履いていて…って、えぇぇっ!?「そるじゃぁ・ぶるぅ」が履いている海水パンツはジャストサイズ。砂浜に落ちている海水パンツは………ビッグサイズ。しかも、どっちも見覚えが…。も、もしかして…。
「ハーレイ、海の落し物だよ」
会長さんが両手で高く掲げたのはビッグサイズの海水パンツ。ひゃあああ!やっぱり持ち主は…。すると、海の中に立ち尽くしている教頭先生はスッポンポン!?
「落し物だと!?…横を泳ぎながら抜き取っただろう!」
「残念。…ぶるぅが潜って拾ったんだよ、海の中にヒラヒラ沈んでいくのを。だから立派な落し物だね。ぶるぅは失くさないようにと自分で履いて、ビーチまでちゃんと持ってきたんだ」
「拾ったのは誰か知らんが、抜き取ったのは確かにお前だ。手も触れないで抜き取れるヤツが何人もいてたまるものか!」
「そう来たか…。ぶるぅも力を持っているのに、ぶるぅのことは疑わないんだ?じゃあ、返すのはやめとこう。ぼくの心は繊細なんだ」
ビッグサイズの海水パンツを会長さんの手から上がった青い炎が瞬時に燃やしてしまいました。
「ブルーっ!!!」
教頭先生の絶叫が響き、マツカ君がタオルを持って海に駆け込もうとしたのですが。
「その必要はないよ、マツカ。ぼくにだって良心はある。ハーレイ、ぼくを信じて上がってきたまえ。ちゃんと履くものを用意するから。ただし、3数える間に上がってきたら、ね。いいかい?…3…2…1……」
ザバーッ!!上半身だけ水面に出ていた教頭先生の下半身が現れ、見守っていた私たちは…。
「「「あはははははは!!!」」」
ジョミー君たちが砂浜を転がりながら笑っています。スウェナちゃんと私も笑いすぎて涙が出そうでした。だって、教頭先生のガッシリした腰には、ショッキング・ピンクの地色に真っ赤な大輪のハイビスカスがプリントされたパレオが巻かれていたんですもの。それでも何も無いよりはマシ、とばかりに教頭先生は別荘に向かって駆け出しました。大股で走る教頭先生の足の動きに合わせて華やかなパレオがはためいています。
「あ、ハーレイ!…ひとつだけ注意しとくけど!!」
別荘の前庭に走り込んだ教頭先生の背中に会長さんが叫びました。
「そのパレオ、巻きつけてから3分経ったら自動的に消滅することになっているから!!!」
会長さんが叫び終えたのと、ロマンスグレーの執事さんが教頭先生に気付いて出迎えようと玄関に出たのは殆ど同時。そして執事さんが姿勢を正した次の瞬間、パレオがパッと消え失せました。
「「「あぁぁ~っ!!!」」」
み、見えちゃった…。遠目だったけど、教頭先生のナマお尻…。両手で前を押さえて別荘の中に飛び込んでいく教頭先生に向かって、慌てず騒がず頭を下げた執事さんはまさに執事の鑑でした。
「あんた、本当にムチャクチャやるな」
前庭のプールサイドに並べられた椅子に座って花火大会を鑑賞しながらキース君が言いました。
「教頭先生、寝込んでるぞ?…せっかくの花火大会とバーベキューなのに」
「…寝込んでないよ。執事さんと使用人さんに顔を見られたくなくて部屋にいるだけ」
お肉の串に齧り付きながら会長さんが答えています。教頭先生はパレオが消えた後、執事さんがタオルを持って追いかけてくるのにも気付かず、別荘の2階の自分の部屋まで懸命に走ったのでした。その間、すれ違った使用人さんが何人いたのか、私たちもよく知りません。確かなことは、教頭先生がマツカ君の家の別荘の中でストリーキングをしたという事実。
「ハーレイのことなら心配ないさ。夏は誰だって解放的な気分になるし、いい思い出になるんじゃないかな。それより今の花火、凄かったね」
夜空を彩る華麗な花火に照らし出される会長さんは、やっぱりとっても綺麗でした。花火大会は会場に近くて迫力満点。打ち上げ音と光の競演に圧倒されつつ、バーベキューを楽しんで…海の別荘最後の夜は楽しく更けていきました。翌朝、食堂に出かけてみると教頭先生は始発の電車で出発した後。私たちは美味しい朝食をゆっくり食べて、執事さんや使用人さんにお礼を言ってマイクロバスに。ちょっぴり日焼けしちゃったけれど、海の別荘、最高だったな。