シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
1年A組は学園祭で『そるじゃぁ・ぶるぅの生活』というテーマでクラス展示をすることになりました。A組に在籍している影の生徒会メンバー5人は、展示内容の充実のため「そるじゃぁ・ぶるぅ」の生活に二十四時間密着しようと土日を利用して泊り込み取材の真っ最中。美味しい昼食と午後のおやつを食べさせて貰って大満足なのは普段と全く変わりませんが、スウェナちゃんが写真を撮ったり、キース君がメモを取ったりしています。
「えっと、レシピも取材するの?隠し味は秘密にしておいてね」
などと言いつつ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は全面的に協力してくれ、アッという間に夕方に。そろそろ晩御飯の支度にかかるのかな、と思っていたら会長さんがソファからゆっくり立ち上がりました。
「そろそろ家に帰らなきゃね」
え?家って…帰るって、私たち、お泊りで取材をしたいんですけど~!
「違うよ。帰れと言ってるわけじゃなくって、ぼくとぶるぅの家に帰らなきゃっていう意味なんだけど」
「「「家!??」」」
私たちはビックリ仰天。今夜は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で雑魚寝だと思っていたのです。此処は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の家ではなかったんですか?
「まさか。ぶるぅはシャングリラ学園のマスコットだけど、だからといって学校に住んでるわけじゃない。夜はちゃんと家に帰って寝るんだよ。誰も来そうにない週末とか、長期休暇の時は一日中家で過ごすこともあるし」
「…そうだったんだ…」
ジョミー君が呟く横でキース君がメモを書いています。これは確かに特筆すべき事実でしょう。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と二人がかりで家まで私たち全員を瞬間移動させるから、荷物を持って部屋の真ん中に集まるようにと指示しました。ドキドキしながら肩を寄せ合って立ち、フワッと浮き上がる感覚がして。
「ようこそ、ぼくとぶるぅの家へ」
移動した先は広いリビングルームでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋とよく似ています。違うのは大きな窓があって、外の景色が見えること。どうやらマンションの一室みたいです。
「あっ、あそこ…。もしかしてアルテメシア公園じゃない?」
スウェナちゃんが指差す先に見えていたのはアルテメシア公園と後ろに続く山並み。この見え方だと、ここは十階くらいでしょうか?
「うん。ぼくたちの部屋が最上階なんだ。小さなマンションだから、ぼくとぶるぅはフロア全部を使ってる。下の階はもう少し戸数があって、シャングリラ学園の関係者ばかりが住んでるんだけどね」
それから会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は家の中を案内してくれました。立派なキッチンやバスルームや…ゲストルームも幾つかあります。私たちはそこに泊めてもらえるのだとか。一番最後に案内されたのは会長さんの寝室でした。青で統一され、照明もかなり暗めの落ち着いた部屋に、立派なベッド。会長さんの普段の言動が『シャングリラ・ジゴロ・ブルー』なだけに、ちょっぴり顔が熱くなります。慌ててベッドから視線を移した先にあったのは…。
「…ここにも土鍋が置いてあるのか」
呆れたような声を出したのはキース君。青い照明のせいで海の中にいるような感じの部屋に不似合いな大きな土鍋が床の上にドンと置かれていました。
「だって。ぼくの寝床だもん。…土鍋が一番落ち着くんだよ」
「そうかな?ぼくのベッドにもぐり込んでる時もあるじゃないか」
会長さんの笑いを含んだ言葉に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプゥッと頬っぺたを膨らませて。
「いつもは一人で寝られるもん!…怖いテレビとか見ちゃった時だけ、一人で寝るのが怖いんだもん!」
「…なるほど。怖い話が苦手なようだな」
キース君のメモにまた新しい事実が加わりました。家の案内はこれで最後で、リビングに戻ってジュースとかを出してもらったんですけども…。フィシスさんの部屋ってあったかな?会長さんがいつか「フィシスの部屋はぜひ見て欲しい」みたいなことを言ってましたが。
「フィシスは別のフロアに住んでるんだよ。ぼくの家にもよく来るけれど、どの部屋を使っているかは今はまだ教えられないな」
うーん…。ゲストルームのどれかでしょうか?ともかく一緒に住んでるわけではないみたいです。安心したような、気が抜けたような…。
「だって、結婚してるわけじゃないしね。校則は守っておかないと。…男女の深い交際がバレたら退学ってことは知ってるだろう?」
意味深なことを言う会長さんに私たちは頭を抱えました。じゃあ、やっぱりさっき見てきた部屋のどれかがフィシスさんのための部屋なんです。ゲストルームの内装は全部違いましたし、きっとあの中にその部屋が…。そして会長さんの寝室か、ゲストルームのベッドかのどちらかで…ひょっとしたら両方ともで会長さんとフィシスさんが…。
「詮索したくなる気持ちは分かるけど。…君たち、何か忘れてないかい?取材するのはぶるぅだろう?」
会長さんに言われて目的を思い出した時には「そるじゃぁ・ぶるぅ」はいませんでした。大失態、というヤツです。
「ぶるぅはキッチンに行ってるよ。晩御飯の仕上げをしている筈さ」
私たちは慌ててキッチンに走り、大きなお鍋でカレーを煮込んでいた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を捕まえました。カレーは昨日から仕込んでいたらしいので、自慢のスパイスの配合などを聞き出している間に炊飯器のご飯が炊き上がります。冷蔵庫からサラダも出てきて、ダイニングの大きなテーブルでみんな揃って晩御飯…だと思ったのですが。
「ブルーは後で食べるんだよね?」
お皿にカレーライスを盛りつけながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が尋ねました。
「うん。…みんなは先に食べていて」
急な来客があるのだそうで、会長さんはお客様と夕食を食べるらしいです。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製カレーライスに舌鼓を打ち、もちろん写真も何枚か撮って…テーブルの上を片付けて。お皿洗いなどは全部「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテキパキとやってしまうので、家事のコツなども頑張って取材しました。外はすっかり真っ暗になり、時計を見ると8時前。こんな時間からお客様が…?
「そろそろかな。…ぶるぅ、悪いけどみんなと一緒に奥に行ってて」
「うん!カレーは温めるだけでいいからね」
元気に返事した「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れられ、私たちはダイニングを後にしました。
「…えっと…。勝手に入っていいんですか?」
心配そうな顔のマツカ君。私たちが案内されたのは、よりにもよって会長さんの寝室でした。
「ブルーがここにいてくれって言ってたよ?ぼくの取材に来たんでしょ。せっかくだから土鍋の説明をしてあげるね」
素材と形にこだわったという「そるじゃぁ・ぶるぅ」専用の土鍋。寝心地の良さの秘密は身体にフィットするカーブにあるとか、冬は暖かくて夏は冷たいらしい土鍋の素材に関する薀蓄とかに耳を傾けていると、チャイムの音が鳴りました。
「あ、来たみたい。…ちょっと待ってね」
壁際に行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が端末を操作しています。見る間に壁がスクリーンに変わり、映し出されたのは玄関先。そこには会長さんと教頭先生が立っていました。お客様って教頭先生だったんですか!
「ようこそ、ハーレイ。よく来てくれたね」
スピーカーから会長さんの声が聞こえてきます。教頭先生は会長さんに手土産らしいケーキの箱を渡して、やや緊張した面持ちで。
「ぶるぅの姿が見えないな。あいつなら十個は軽いと思ってケーキを多めに買ってきたぞ」
「ぶるぅは食べ歩きに出かけたよ。遠出するから明日の朝まで帰ってこないと言ったんだ。…一人で夕食って味気ないしね、来てくれてとても嬉しいな。なんだか家庭訪問みたいだけれど」
ええっ!?「そるじゃぁ・ぶるぅ」はここにいますし、私たちだってお邪魔してるのに、会長さんはどうして嘘を?なんだか嫌な予感がしてきたような…。
「なるほど、家庭訪問か。夜に来るのは初めてだから緊張したが、家庭訪問だと思えば気が楽になるな」
「じゃあ、家庭訪問ってことでゆっくりしてよ」
会長さんは教頭先生をダイニングのテーブルに案内し、カレーライスとサラダを2人分並べました。
「ハーレイに食べてもらいたくって、手料理に挑戦してみたんだ。…これが精一杯だったけど」
手料理という言葉を聞いた教頭先生は感激しているようでした。散々な目に遭わされてきても、会長さんに御執心なのは今も変わってないわけです。その会長さんの手料理となれば天にも昇る心地でしょうが、本当は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったと知ったら心底ガッカリしてしまうかも…。
「これは美味いな。ブルー、なかなか才能があるぞ」
「よかった。…じゃあ、いつでもお嫁に行けるかな?」
会長さんがニッコリ笑い、教頭先生の手がスプーンを握ったまま硬直しました。
「よ、嫁って…。まさか…」
「行かないよ。でも、ハーレイを呼んだこととは関係あるんだ。…この間、ぼくにプロポーズしてくれたよね。婚約する、って騙した時」
マツカ君の家の執事さんとの婚約騒動は私たちもハッキリ覚えています。教頭先生は真っ赤になってしまいました。想いをこめて会長さんにプロポーズしたのに、からかわれただけだったんですから。
「…あれから、ぼくも考えたんだよ。ハーレイが本気だったのはよく分かったし、もしかしたら…ぼくを一番大切にしてくれる人はハーレイなのかもしれない、って」
「…ブルー…?」
「女の子とは今まで色々と付き合ってきたし、フィシスもいる。だから男なんて眼中になかったんだけど…ハーレイのプロポーズを聞いて思ったんだ。…食わず嫌いってよくないよね。…ハーレイがその気になってくれたら、だけど…。…その……」
会長さんは口ごもりながら教頭先生に揺れる瞳を向けて。
「……泊っていってくれないかなぁ、って…」
「………!!」
どう聞いても誘っているとしか思えない言葉に教頭先生は息を飲み、私たちは「またか」と溜息です。会長さんが本気だなんて有り得ませんし、教頭先生は騙されてるに決まっているのに…これが惚れた弱みというものでしょうか。すっかりその気になってしまって、長い時間をかけて会長さんの意思を確かめて。
「…本当にいいのか、ブルー?」
「うん。…ハーレイがかまわないのなら」
会長さんが教頭先生の首に腕を回すと、教頭先生の逞しい腕が会長さんを軽々と抱き上げました。そしてダイニングを出て、会長さんの小さな声が促すままに歩き始めたその先は…。
「ちょっ…。ヤバイよ、これ!」
ジョミー君が叫び、私たちは逃げようとしたのですが…ドアから出れば教頭先生と鉢合わせしてしまいます。何処か…何処か、隠れる場所は!?右往左往していた時間はとんでもなく長く感じられたものの、実際は1分も無かったでしょう。ガチャ、と音がしてドアが開いて、サッと光が差し込みました。
「「「きゃーっっっ!!!」」」
会長さんを両手で抱いた教頭先生が目にしたものは、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と無様に逃げ惑う5人の生徒。スクリーンの映像は消され、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が寝室の真ん中に立っていました。私たちの方は壁に張り付いていたり、床に伏せたり、ベッドの下に頭だけを突っ込んでいたり。誰がどれかは語りたいとも思いません。私は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のマントの中に隠れようとして身体がはみ出た状態でした。
「………!!!」
固まってしまった教頭先生の腕をほどいて、会長さんが床に滑り降ります。
「…泊っていってくれるよね、ハーレイ?…ちょっとギャラリーが多いけれども」
ねえ?と背伸びした会長さんの手が教頭先生の首に絡みつき、誘惑するように顔を上向けて。
「…かまわない、って言ったじゃないか。それとも…これじゃ気が散ってどうにもならない?」
教頭先生は気の毒なほど青ざめて硬直していました。石像と化してしまったように指一本すら動かせません。会長さんがクスクスと笑い、青い閃光が走った次の瞬間、教頭先生の姿はかき消すように見えなくなって。
「ふふ。…おやすみ、ハーレイ」
自宅のベッドに送ったよ、と会長さんが笑っています。
「ヘタレのわりには、よく頑張ったと思わないかい?…ギャラリーさえ気にならなければ、ぼくをモノにすることができたのに…まだまだだね」
「…あ…あんたというヤツは…」
隠れ場所から出たキース君が震える声で言いました。
「心にもないことをサラッと言うな!…ギャラリーどころか子供まで揃えて、最初っから出鼻をくじく気だったんだろうが!!」
「…そうでもないよ?ギャラリーを気にしないんなら、夢くらいは…ね」
見せてあげてもよかったんだ、と会長さん。その横で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が残念そうな顔をしています。
「ねぇねぇ、ハーレイ、お家に帰しちゃったの?…お泊りするかも、って言ってたのに」
「もしかしたら、って言っただろう?…多分ダメだと思っていたさ」
「そっか…。まぁいいや、今日はお客様、沢山いるしね♪」
それから私たちは気を取り直して「そるじゃぁ・ぶるぅ」の取材を再開。会長さんが後で教えてくれたのですが、教頭先生の家はマンションではなく、シャングリラ学園の教員ばかりが住んでいる住宅地の中にあるそうです。
思いも寄らないハプニングこそありましたけど、二十四時間密着取材はなんとか無事に終りました。マンションのお部屋には翌日のお昼御飯まで居て、瞬間移動でシャングリラ学園の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻って…。
「…レポートにはどこまで書いたらいいんだろう…」
ポツリと呟いたのはジョミー君。教頭先生誘惑事件は発禁モノですし、瞬間移動のことも書けません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の家が別の所にあるのはいいとして、所在地を書くのはまずいかも…。
「メシと風呂と寝る時間。…あとはトイレとレシピくらいか。家事のコツはウケるかどうか分からないし」
キース君がメモを見ながら言いました。なんだか中身が無いようですけど、絵日記よりかはマシでしょうか?
「大丈夫!…レポートの仕上げはぼくに任せて♪」
突き出されたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の右手でした。
「赤い手形はパーフェクト!…これでいいかな、っていうのが出来たら手形を押してあげるから」
おおっ!その手がありましたっけ。私たちのレポートはほんの1日で出来上がりました。赤い手形が押されたそれを見て、グレイブ先生もクラスメイトも大満足。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の写真も順調に揃い、学園祭の準備はバッチリです。そうそう、会長さんの家を訪問し損ねたサム君とシロエ君は、私たちが行った翌日の放課後に連れて行ってもらって夕食を御馳走になり、ゲストルームに泊ったとか。
「…教頭先生は来なかったか?」
キース君の問いに二人は首を横に振り、怪訝そうな顔をしていました。どうやら平穏無事なお宅訪問をしてきたようです。私たちが見てしまったモノをどうするべきか、と思っていたら…。
「「ひぃぃぃっ!!」」
サム君とシロエ君が額を押さえ、会長さんが悪戯っぽい笑みを浮かべています。
「…君たちの記憶を共有させたよ。せっかくの仲間なんだし、公平なのが一番だよね」
こうして教頭先生の夜の家庭訪問事件は影の生徒会室メンバー全てに知れ渡ってしまったのでした。あれだけ弄ばれても教頭先生は諦めないで会長さんを追うのでしょうか?…今回ばかりは立ち直れないかもしれませんけど、逆に燃え上がっていたりして…。教頭先生が報われる日は多分こないと思うんですが。