シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
学園祭を目前に控えた日の朝、1年A組はとある噂でもちきりでした。
「後夜祭で人気投票があるんだって?」
「それより学園祭では仮装していいって聞いたんだが…」
「だから、人気取りのための仮装だろ?まぁ、俺たちなんかが仮装したって票は入らないと思うけどさ」
男の子たちの視線の先には会長さんが座っていました。アルトちゃんとrちゃんを机に呼んで、また何かプレゼントを渡しているようです。やがてグレイブ先生が現れ、噂の真相が明らかに…。
「諸君、学園祭の日が迫ってきたが、当日は仮装が許可されている。ただし節度ある服装に限られるから、注意するように。特に女子!…露出度の高い仮装は警告の上、制服に着替えだ。それから、後夜祭の時に男女別の人気投票がある。男子は女子に、女子は男子に投票するのだ」
おぉっ、とクラスが湧き立ちましたが…。
「選ばれるのは男子1名、女子1名。もう長いことブルーとフィシスの独壇場になっている。我こそは、と思う者がいたら二人に挑戦してみたまえ」
たちまち諦めの空気が広がり、グレイブ先生は鼻で笑って。
「まぁ、所詮、諸君は1年生のヒヨコだからな。…無駄な戦いに挑んでいるより展示の方を頑張ることだ。そうそう、投票方法を教えておこう。後夜祭で全員に薔薇の造花が配られる。ネームプレートがついているから、そこに自分の名前を書いて好みの相手に渡せばいい。人気投票は貰った薔薇の数で結果が決まる」
なんと!堂々と名前を明かして告白できるチャンスらしいです。ならば1位を誰が独占していようとも、特に問題はないわけで…。現金なA組一同はワイワイと騒ぎ始めたのでした。
その日の昼休み、いつものようにジョミー君たちと食堂へ行こうとした時です。
「ちょっと…。時間、いいかな?」
数人の男子生徒が私たちを呼び止めました。会長さんは2時間目から保健室に行ってしまったので、ここにいるのはジョミー君とキース君、マツカ君にスウェナちゃんと私。
「手短に済ませて欲しいんだが」
キース君が言うと、男の子たちは「食事をおごるから付き合ってくれ」と食い下がります。
「…食堂に連れを待たせているんだ」
「サムとシロエの分もおごるよ。だから話を…」
7人分もの食事をおごると申し出られては断れません。きっと大事な話なのだろう、と私たちは揃って食堂へ向かいました。それぞれが好きなものを頼んで食べ始めると、男の子たちが真剣な顔で。
「…キース、お前に頼みがあるんだ」
「俺?」
「ああ。学園祭のことなんだけど、お前、仮装してくれないか?…人気投票で1位を取って欲しいんだ。もちろん俺たちも協力するし、他のクラスも上の学年も協力すると言っている。俺たちが貰った薔薇を全部お前に渡すんだよ」
ネームプレートは貰っとくけどね、と彼らは声をひそめました。
「俺たち、いつも生徒会長に助けてもらっているけどさ…。球技大会も水泳大会も、花形はいつも生徒会長ばかりじゃないか。たまにはA組一般生徒の実力ってヤツを見せておきたいと思ったんだ。で、先輩たちに相談したら、先輩たちも生徒会長が当たり前のように1位になるより面白いからって言ってくれたし」
「…それで上級生の分の薔薇まで集めてこようというわけか。確かにそれなら数は稼げるかもしれないが…俺が仮装しなきゃならない理由は無いな」
キース君の言い分はもっともでしたが、男の子たちはチッチッと指を左右に振って。
「お前に白羽の矢を立てた以上、できるだけの手は打たないと。…生徒会長は毎年、マントまで着けて仮装するんだ。これが王子様みたいだと女子に人気で、他の連中がいくら手の込んだ仮装をしても勝てないらしい。だから、お前もマントを着ければイイ線いくんじゃないかと思って」
「…マント?…俺が…?」
「うん。お前、自分じゃ気付いてないけど、上級生の女子にかなり人気があるんだぞ。頼むから、一緒に生徒会長を1位の座から蹴落とそうぜ。颯爽とマントを翻してくれよ」
ふと気がつくと、私たちのテーブルは大勢の男子生徒に取り囲まれてしまっていました。その中からズイと進み出たのは体格のいい上級生2人。
「キース。…柔道部の主将と副主将からの命令だ。学園祭で仮装しろ。そして必ず人気投票で1位を取れ!」
「…ええっ!?」
「ええっ、ではない。返事は「はい」だ!大きい声で返事をせんか!!」
体育会系の部活動では上級生は絶対です。キース君がウッと息を飲み、「はい」と答えると…。
「よぉしっ!当日はマント着用だ!」
「はいっ!!」
「衣装の選択権くらいは与えてやろう。これだ、と思う衣装とマントでキメてこい!」
「はいっ!!!」
よし、と頷く柔道部の主将と副主将。大勢の男子生徒が歓声を上げる中、キース君は深々と頭を下げたのでした。
そして放課後、影の生徒会室には柔道部三人組の姿もありました。キース君の仮装用の衣装を調達する時間が必要だろうと部活は免除らしいのです。シロエ君とマツカ君も手伝うように言われたとか。
「先輩は学園祭のタコ焼き屋台も免除だそうです。…マントを着けてタコ焼きを焼いていたんじゃ、せっかくの仮装がブチ壊しですしね」
お笑いにしかなりませんよ、とシロエ君。そっか、柔道部はタコ焼き屋台なんだ。
「でも…マントつきの衣装って、どんなのにしたらいいんでしょう。どんなデザインにするのか決まらないと注文しようがありませんよ。それともキースのイメージでデザイン画を描いてもらいましょうか?」
御曹司のマツカ君は出入りの仕立て屋さんに発注しようとしているようです。プロの技ならかっこいいのが出来そうですし、キース君を連れてってデザイン画から起こしてもらうのも素敵かも。
「マントは赤がいいと思うな!ヒーローっぽいと思わない?」
いきなり決めてかかったのはジョミー君。
「…俺には赤は似合わないような気がするんだが…」
「そうかぁ?…キースって赤も似合いそうだぜ」
サム君の言葉にシロエ君とマツカ君が「そうかな?」という顔をしています。うーん、黒いマントでドラキュラみたいなのがカッコいいかな、とか思ってましたが、墨染めの衣のイメージが頭に残りすぎているのかなぁ…。そこへパチパチと拍手の音がして、会長さんが入ってきました。
「遅くなってごめん。フィシスと話をしてたんでね。キースがぼくに挑戦か…。いいんじゃないかな、楽しそうで。赤いマントは似合うと思うよ。将来は緋の衣を着るつもりなんだろう?赤いマントも着こなせないんじゃ、緋の衣なんて夢のまた夢としか言いようがないね」
「緋の衣と赤いマントを同レベルで語るな!」
キース君が叫びましたが、会長さんは涼しい顔で。
「ぼくは緋の衣だからいいんだよ。…せっかくだから、ぼくと色違いにしてみるかい?仮装用の衣装」
「は?」
「知らないかな?ぼくの衣装は毎年同じデザインなんだ。ぼくと直接対決を狙っているなら、同じデザインの色違いだと盛り上がりそうに思うんだけど。…ぼくのデザインのイメージが銀だし、君のは金っていうのもいいね」
どう思う?と言いつつ、会長さんの頭の中では既に決定していそうです。赤いマントでイメージが金。かなり派手そうな感じですけど…。
「今からなら十分、間に合うよ。じゃ、赤いマントと金のイメージの衣装ってことで」
「それは、こいつが作るのか?」
キース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」を指差しました。前にベビードールを2着も作ってましたし、そうなのかも。
「いや。ぶるぅじゃなくて、ちゃんと専門の所が作るんだけど…。事情があってキースを連れては行けないんだ。ぶるぅ、採寸だけしてくれるかな?」
「オッケー!…データを送ればいいんだね」
メジャーを取り出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「キースの写真も添えるように」と会長さんが指示しています。キース君を連れて行けないというのは気難しいデザイナーさんのお店だとか?…機嫌を損ねたら注文を受けてくれない職人さんがいるって話はよく聞きますし。そんなわけでキース君の仮装は会長さんと対ということになりました。学園祭当日が楽しみです。
シャングリラ学園の学園祭は2日間。1日目の朝、A組の集合場所に現れた会長さんは銀の飾りが入った白い上着と紫の長いマントを着けていました。黒のアンダーが上着とマントを引きたて、銀の髪が映えてまさしく銀そのもののイメージです。うわぁ、と女子の目がハートになる中、続いて入ってきたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ん?…もしかして会長さんの衣装は「そるじゃぁ・ぶるぅ」とお揃いなのでは…。着る人が違うと同じ衣装でも全く別物になるんですねぇ、誰も気付いてないようですけど。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はトコトコトコ…と歩いていって。
「キースの服、出来てきたからね。これなんだけど、すぐに着替える?」
差し出されたものは風呂敷包み。キース君が答える前に青い光がパァッと光り、制服は消えてしまっていました。おぉぉっ、と教室中がどよめきます。白い上着に金の飾り、黒のアンダー、赤いマント。上着の裾のデザインが少し違うのを除けば、キース君と会長さんの衣装は色違いの瓜二つでした。
「…すっごく派手…」
ジョミー君が呟きましたが、似合ってないわけではありません。これなら男子の計画通り、順調に票が集まるかも。グレイブ先生が点呼を取って、前夜祭が幕を開けました。その後はクラス展示の当番をしたり、演劇発表や催し物を見て回ったり…。会長さんは『シャングリラ・ジゴロ・ブルー』の名前どおりにナンパをしまくっています。女子は仮装している人がかなりいますが、男子はキース君と会長さんしか仮装していませんでした。キース君に注目を集めるために仮装を控えたのでしょう。
「キースはナンパしないのかな?」
「先輩は硬派ですからね。でも、そこがいいんだっていう女子も多いらしいですし、馴れないことはしない方が…」
ジョミー君とシロエ君の会話が物語るとおり、キース君はナンパと無縁でした。クラス展示と柔道部のタコ焼き屋台の様子見に行く他は、暇そうに中庭で読書です。A組の教室は『そるじゃぁ・ぶるぅの生活』のクラス展示に使っていますし、居場所が無い…というわけでしょう。そんなこんなで1日目が過ぎ、2日目も賑やかに過ぎていって。後夜祭を前に生徒以外の一般参加者が帰ってゆきます。全校生徒は校庭に集められました。
「それでは、今から薔薇を配る。誰にも渡さなくてもいい、と思う者は記念に持って帰るように」
教頭先生が合図をすると、薔薇の造花が配られてきました。深紅の薔薇にネームプレートがくっついています。えっと…本当は会長さんに渡したいんですけど、男子の計画を聞いた以上はキース君にあげるべきかな?スウェナちゃんに相談すると「キース君しかないでしょ」と。そうですよね…義理人情は重んじなくてはなりません。私はプレートに名前を書き込み、次の合図を待ちました。
「二日間、存分に楽しんでくれたことと思う。後夜祭はダンスパーティーだ。今日だけは男女で踊ることを許可する。その間に各自、薔薇を届けに行きたまえ」
ワッと歓声が上がり、校庭は興奮の坩堝と化してダンスパーティーに突入です。その中で数人の男子生徒がコソコソと薔薇を集めて回り、校庭の端に立ったキース君の所に次から次へと…。スウェナちゃんと私は先生方から借りた大きな籠にそれを入れていました。
「…大丈夫かしら?会長さん、かなり集めてるわよ」
「うん。…女子はやっぱりフィシスさんかぁ…」
フィシスさんは可愛いピンクのドレス。ブラウ先生に薔薇が沢山詰まった籠を預けて、次々にパートナーチェンジをしつつ踊っています。会長さんの薔薇の籠は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が番をしていて、恐れ入ったことに会長さん自身に配られた薔薇は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の髪に飾ってありました。つまり誰にも渡さなかった、ということです。さすが『シャングリラ・ジゴロ・ブルー』。「誰も選べなかった」と実に罪作りなアピールを…。ああ、またパートナーチェンジしてますし!
ダンスパーティーが終わり、後夜祭を締めくくる人気投票の時間がやって来ました。籠に入れなければいけないほどの薔薇を貰った生徒が壇上に上り、その数を競うわけですが…。
「おやおや、今年は番狂わせがあるかもね」
司会のブラウ先生が楽しそうに言いました。壇上にいるのはマントを着けた会長さんとキース君。女子はフィシスさんしか籠一杯に集められなかったので、フィシスさんの不戦勝です。フィシスさんはブラウ先生と一緒に、会長さんたちの薔薇を数えることになりました。空の籠が用意され、ブラウ先生がキース君の、フィシスさんが会長さんの薔薇をそれぞれ移していくのです。
「1、2、3…」
カウントするのは教頭先生。百を少し超えたところで会長さんの籠が空になり、キース君の籠にはまだ薔薇が…。
「1位。1年A組、キース・アニアン!」
わぁぁっ、と男子生徒が拳を振り上げ、大勢の女子が悲鳴を上げる中、会長さんは壇を下りました。キース君とフィシスさんは…。あれ?二人とも壇の後ろの幕の陰へと入ってゆきます。まだ何かイベントがあるのでしょうか。
「お色直し、というヤツだけど」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいつの間にかそばに来ていました。
「長いこと、ぼくとフィシスが1位の年が続いたからね。面白みに欠けると思って二人で考え出したんだ。人気投票の後は二人セットで別の仮装をするんだよ」
去年は『坊ちゃん』と『マドンナ』だったんだ、と会長さん。そ、それは…ちょっと見てみたかったかも…って、もしかして今年も会長さんとフィシスさんは二人揃って仮装する気で…!?
「そうなんだよね」
会長さんは困った顔で呟きました。
「せっかく二人で相談したのに、キースが1位になるなんて…。イメージ狂わなきゃいいんだけれど」
「いったい何の仮装なんですか!?」
「シッ!…フィシスが出てくる」
幕の陰から現れたのは長い金髪をカールさせたフィシスさんでした。純白の華やかな軍服に勲章をつけ、腰には赤いサッシュと剣。あ、あの格好はタカラヅカでは…。オスカル様だわ、という女子の声があちこちで上がっています。ということは…キース君は…。
「おおっと、今年は『ベルサイユのばら』の登場だ!」
ブラウ先生がマイクを握り、幕の方へと振り返って。
「男装の麗人、オスカルに続いて…フランス王妃、マリー・アントワネット!!」
目がくらみそうに豪華なピンクのドレスを纏ったキース君は、金髪を結い上げたカツラと立派なティアラを着けていました。もうヤケクソになったのでしょう、ドレスの端を両手でつまんで優雅な仕草でお辞儀をすると…。
「フランス王妃万歳!!」
叫んだのは会長さんでした。釣られた女子が続いて叫び、声は次第に広がっていって。
「「「フランス王妃バンザーイ!!!」」」
校庭中に歓声がこだまする中、暮れてきた空に花火が打ち上げられました。キース君とフィシスさんは何度もお辞儀をしています。後夜祭の最後を飾るに相応しい仮装ではありますけれど、会長さんったら今年は女装する気だったんですねえ…。
「違うよ」
紫のマントを着けた会長さんがクスッと笑って言いました。
「キースを1位にしようという陰謀を知っていたからね。フィシスと打ち合わせて『ベルサイユのばら』に決めたんだ。キースのドレスをよく見てごらんよ、ぼくとサイズが違うはずなのにピッタリだろう?」
あ。言われてみればドレスはジャストサイズでした。
「ぶるぅに測らせたキースのサイズ。…ドレス選びにも役に立ったさ。薔薇の数も調整したんだよ?ぶるぅに頼んでかなりの数をキースの籠に転送させた。せっかくなんだし、みんなで記念写真を撮っておこうね」
クスクスクス。おかしそうに笑う会長さんはとても満足そうでした。次々に上がる花火を見上げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」がはしゃいでいます。小さな頭には深紅の薔薇。ユニークな記念写真が撮れそうですけど、キース君、きっと嫌がるだろうな。真相を楽しそうに暴露する会長さんの姿も容易に想像がつきました。…学園祭はそろそろフィナーレ。シャングリラ学園、バンザーイ!
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