シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
会長さんが立ち止まったのは教頭室の前でした。そういえば会長さんの担任は教頭先生でしたっけ。会長さんが扉をノックし、中から「どうぞ」と声がします。私たちは廊下で待っているつもりだったのですが、会長さんは「ついておいで」と言いました。教頭室って来たことないけど、まぁ、いいか。
「失礼します」
ガチャ、と扉を開いた会長さんに続いてゾロゾロ入っていくと、机で書き物をしていた教頭先生が顔を上げました。うわぁ、羽ペン使ってらっしゃるんだ!渋~い…。ちょっとステキかも。
「なんだ、ブルーか。どうした?」
「出張、お疲れ様でした。お帰りになったと伺ったので御挨拶に」
会長さんに続いて柔道部の三人が勢いよく頭を下げました。
「「「お疲れ様でした!また、御指導宜しくお願いします!」」」
「ああ、長いこと留守をしてすまなかったな。柔道部の方は期末試験が済んだら指導を始める。夏休みの強化合宿ではグッと力がつくはずだ」
教頭先生、出張してらしたとは知りませんでした。教頭先生が出張…。宇宙クジラの目撃談が新聞に小さく載っていたのは昨日の夕刊でしたっけ。教頭先生の長期出張と宇宙クジラの目撃情報が重なることが多い、と会長さんが言ってましたけど…本当だったみたいです。もしかして会長さんは、その件で私たちを連れて来たのかな?
「…ところで、ブルー。挨拶にしては少し人数が多いようだが…。柔道部の三人は分かるとしても、他の子たちはいったい何だ。ギャラリーか?」
「証人です」
「証人?」
怪訝な顔の教頭先生。私たちも寝耳に水です。証人って、なに?
「文字通りです。多ければ多いほどいいと思って」
そう言いながら会長さんはツカツカと教頭室を横切り、重厚な木製の戸棚の扉をバンッ!と開けました。
「あっ、こらっ!何をする、勝手に開けるんじゃない!」
「…今の言葉の前半部分、そっくりそのままお返ししますよ」
会長さんは戸棚の中をゴソゴソと探り、筒状に丸めたポスターのようなものを引っ張り出して。
「先生、これは何ですか?…みんな、これをよく見てほしい」
シュルッと広げられた『それ』は会長さんの写真でした。等身大に引き伸ばされた…親睦ダンスパーティーの時のウェディング・ドレス姿の写真。教頭先生が何故そんなものを!?
「さあ、なんでだろうね?…正直、ぼくもビックリしたよ。まさか学校にまで置いていたとは思わなかった。まりぃ先生から2枚受け取ったのは知っていたけど、保存用と観賞用ではなかったらしい」
か、観賞用?保存用?…私たちの頭が混乱する中、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。
「ぼく、1枚は知ってるよ。ハーレイの部屋に貼ってあるんだ。ね、ブルー?」
「よりにもよって寝室に…ね。もう1枚がここってことは、もしかして奥のベッドで仮眠する時…」
「ま、待て、ブルー!私はそんなつもりでは…」
「じゃあ、何?」
会長さんは教頭先生の机に近づき、大きな椅子の後ろに回って教頭先生を肩越しに覗き込みながら。
「…担任の生徒の等身大写真を持ってるなんて、どう考えても普通じゃないよね?それも男の先生が…男子生徒の女装写真をこっそり隠し持っているっていうのは…危ない趣味だと思われても仕方ないんじゃないのかな」
クスクスクス。教頭先生の額の皺が深くなったのを会長さんの指がツツーッとなぞりました。
「このことが学校中に知れ渡ったら…大変だねえ?単なる噂じゃないってことは、ぼくが連れてきた証人たちが立派に証言してくれるだろうし」
「……ブルー……」
教頭先生が困っているのが手に取るように分かります。脂汗だって浮かんでいるし。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が等身大写真をクルクルと巻いて机に載せると、会長さんはニッコリ笑って甘えるような口調で言いました。
「…ハーレイ。ぼくたち、焼肉を食べに行きたいんだ」
「……や…焼肉…?」
「うん、焼肉。でも、ぶるぅもいるし、人数も多いし。ずいぶん高くつきそうだなぁ…って」
ねえ?と首をかしげた会長さんの笑みは凄く艶っぽいものでした。
「わ、分かった!…焼肉だな?」
教頭先生は財布を取り出し、ありったけのお札を抜き出して会長さんの手に…。
「みんな、好きなだけ食べるといい。足りなかったら私の名前でツケにして帰ってくればいいから」
「ありがとう、ハーレイ。…大好きだよ」
会長さんが耳元でそう囁くと、教頭先生は頬を赤くして咳払い。
「…用が済んだなら行きなさい。私は出張中に溜まった仕事の処理で忙しいんだ」
「はいはい。それじゃ、邪魔したね、ハーレイ。遠慮なくご馳走になるよ。さぁ、みんな…教頭先生はお忙しいんだから、失礼しよう」
「は、はいっ!」
色々と謎が山積みのまま、教頭室を後にした私たち。挨拶をするのも忘れて出てしまった私やジョミー君と違って、柔道部のキース君、シロエ君、マツカ君がきちんと挨拶と礼をしたのは柔道部で礼儀作法を叩き込まれているからでしょうね。さぁて、いよいよ焼肉パーティーです。教頭先生のおごりだよ、と会長さんが言いましたけど…いいのかなぁ?
予算の心配が無くなった私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」御推薦の高級そうな焼肉店に入りました。料理好きの「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食べ歩きで舌を鍛えているのだそうです。確かにお店も綺麗でお肉も美味しい!個室だから騒いでも他のお客さんの迷惑にならないし…。
「で、あんたはなんで教頭先生の戸棚の中身を知っていたんだ?」
キース君の質問に会長さんはクスッと笑って。
「出張中に何度か昼寝しに行ったからね。保健室もなかなかだけど、ハーレイのベッドも寝心地がいい。身体が大きい分、ベッドもちゃんと大きいんだ。泊り込み用の仮眠室とは思えないほどさ」
「…勝手にベッドを借りた挙句に、部屋中、物色してたのか…」
「失礼だな。探検していた、と言ってくれたまえ」
焼肉でワイワイ盛り上がりながらも、話題にさっきの写真ネタは欠かせません。教頭先生は男の子の女装写真が好きなのかも、という流れになってジョミー君たちが青ざめました。
「ま、まさか…ぼくたちのウェディング・ドレスの写真も戸棚の中に…」
「それはないね」
会長さんはキッパリ否定し、心配ならまりぃ先生に確認するといい…とジョミー君たちを安心させて。
「困ったことに、ハーレイはぼくに御執心なんだよ。あんな写真をこっそり隠しているなんて…いじらしいね。寝室に貼ってる分はともかく」
「も、もしかして…あんた、教頭先生の家の寝室に!?」
キース君の声がひっくり返り、私たちもサーッと青ざめました。会長さん、まりぃ先生の特別室だけじゃなくて教頭先生のベッドにも!?
「人聞きが悪い言い方だね。ぶるぅも知っていただろう?入ってみただけだよ、入っただけ」
「そ、そうか…」
「ふふ、寝たのかと思ったんだ?」
会長さんの意味深な笑みに私たちがドキンとした時です。
「思い出したぁ!!!」
いきなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」が叫びました。
「思い出したよ、ブルーのセリフ!…えっとね、寝顔!『また君の寝顔を見せてくれないか』って言うんだった!」
それはスウェナちゃんと私だけが聞いた「お守り袋でお試しコース」の時の会長さんの決めゼリフ。
「なになに、なんの話?」
「…寝顔って…あんたいったい、何処で何をやらかしたんだ」
集中砲火を浴びる会長さんの横で「ぐぉーっ」と突然、大きなイビキが。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が仰向けになって気持ち良さそうに寝ていました。
「あっ、こいつ、チューハイなんか頼んでやがる!」
「「「えぇぇっ!!?」」」
サム君が言うとおり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はチューハイを何杯も注文して一人で飲んでしまったようでした。私たちは真面目にジュースとウーロン茶なのに!
「ほらね、酔っ払いの言葉だよ。気にしない、気にしない」
会長さんがサラッとごまかし、寝顔発言と教頭先生の写真騒ぎは焼肉パーティーの話のネタに紛れ込んだまま流れ去ります。美味しい焼肉をお腹いっぱいになるまで食べて、デザートも食べて…満足した後は教頭先生のポケットマネーでお支払い。余ったお金は会長さんが爆睡している「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて帰るためのタクシー代に使うことになりました。
「タクシー代の残りでぶるぅに食材を買わせよう。せっかく貰ったお小遣いだし、有効に利用しなくちゃね」
会長さん、残ったお金を教頭先生に返すつもりはないようです。
「当然だろう?」
タクシーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」を押し込みながら会長さんがウインクしました。
「ツケにしてもいい、って言ってたじゃないか。でも、ツケにするほど食べなかったし…食費にするのに貰ったんだし。食費も食材費も似たようなものさ」
そうかな?…言われてみればそんなような気も…。
「じゃあ、帰り道に気をつけて。スウェナとみゆは家の人に途中まで迎えに来てもらうんだよ」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を乗せたタクシーが夜の街に消え、私たちも最寄り駅で解散です。教頭先生には気の毒でしたが、思っていたより遙かに上等の焼肉が食べられたので満足、満足。こんな夕食会なら何度あっても大歓迎だね、と言い合いながら楽しく家路につきました。教頭先生、ご馳走様~!