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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

期末試験・第3話

焼肉パーティーから数日が経った、期末試験前日の朝。登校すると生徒会長さんがA組の教室に来ていました。一番後ろに置かれた会長さんの机の横には大きな土鍋が鎮座しています。土鍋はもちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」の寝床ですけど、中は空っぽ。教室中を見回してみても「そるじゃぁ・ぶるぅ」はいませんでした。
「ああ、ぶるぅ?…まだ朝ご飯を食べているんだよ。終わったら来ると言っていたけど」
会長さんが答えると、キース君が呆れたように土鍋を眺めて。
「あいつまで昼寝するつもりなのか?…土鍋なんかを用意して」
「いや。土鍋を運ばせたのには理由があってね」
「「理由?」」
珍しそうに土鍋を覗き込んでいたクラスメイトたちが首を傾げました。
「そう。楽しみにしているといい」
しばらくしてから現れた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は朝から元気一杯です。重い土鍋を軽々と持ち上げ、どっこいしょ…と下ろした場所は。
「ブルー、この辺でいいのかな?」
「そうだね、そこが一番だろう。じゃあ、打ち合わせどおりにするんだよ」
「かみお~ん♪」
一声叫ぶと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋にもぐり込みました。ゴソゴソゴソ…と丸まって目を閉じ、それっきり動かなくなりましたけど、いいんでしょうか。土鍋が置かれたのは教室の前の入り口付近。入ってくる人に蹴飛ばされそうな位置なんです。もう予鈴が鳴ってしまいましたから、生徒は全員、教室の中にいますけど…。
「おいおい、あれって邪魔じゃないのか?」
「だよなぁ?…なんであんな所に…」
ザワザワし始めたA組一同の耳に、会長さんの声が聞こえてきました。
「…あそこでなければいけないんだよ」
「「「えっ?」」」
「だって、ブービートラップだから」
問い返す前に扉が勢いよくガラリ!と引き開けられて…。
「諸君、おはよ……おわぁっ!!?」
カッカッと靴を鳴らして入ってきたグレイブ先生の足が思い切り土鍋を引っ掛け、先生は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が入った土鍋の上にドスンと転んでしまったのでした。
「痛いーーーっ!!!」
悲鳴を上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はグレイブ先生を土鍋の外に放り出し、何処からか取り出した土鍋の蓋を閉め、その中に。腰をしたたかに打ったグレイブ先生が起き上がった時には土鍋はピッチリ密封されて、先生の罵声にも悪態にも全く反応がありません。
「くそっ、なんという忌々しい朝だ。ブルー、この鍋をさっさと撤去しろ。見ているだけで不愉快になる」
「不愉快ねえ…。片付けるのは構わないけど、いいのかな?…ぶるぅ大明神はお怒りだよ」
「大明神?」
「うん、大明神。明日から五日間の期末テストでA組を学年1位に導いてくれる、無敵の神様。その神様を、君、寝床ごと蹴飛ばした上に…潰しちゃったよね、体重で。ぶるぅは物凄く怒っている。土鍋の蓋が閉まっているのがその証拠だ。…もし、ぶるぅの機嫌が直らなかったら…ぼくはみんなに満点を取らせてあげられない」
「「「えぇぇぇぇっ!!?」」」
クラス中に悲鳴が響きました。会長さんがいてくれるから、と安心していたA組の生徒はろくに勉強していません。実力で期末試験に挑むとなれば学年最下位は確実でしょう。
「聞いたかい、グレイブ?みんな自信が無いようだ。…ぼくが一緒に期末試験を受けているのにA組が学年1位どころか最下位だったら、君の立場は厳しいだろうね。ぶるぅは土鍋に引きこもったし、赤い手形も押すわけがない」
「そ、それは…。困る。非常に困る!」
1位大好きグレイブ先生は顔面蒼白になりました。会長さんはクスッと笑って。
「そうだね、本当に困るだろうねえ。じゃあ、選択肢は二つしか無い。ぼくがA組から姿を消せば、期末試験が学年最下位でも…君の指導力を問われるだけだ。これが1つ目。もう1つは、ぶるぅの機嫌を直して土鍋から出てきてもらうこと。さぁ、好きな方を選びたまえ」
「……うう……」
グレイブ先生は唇を噛み締め、懸命に考えを巡らしているようです。A組、どうなっちゃうのでしょう。もしかして赤点追試の嵐?ついでに夏休みはもれなく補習…?

「…止むを得ん…」
ガックリと肩を落としてグレイブ先生が呟きました。
「私のクラスが学年最下位などという悲惨なレッテルを貼られることはあってはならん。ブルー、土鍋の蓋を取れ。不本意だが頭を下げることにしよう」
「…取ってあげたいのは山々だけど…無理なんだよね」
会長さんが立ち上がって教室の前へ出て行き、ピッタリと蓋が閉まった土鍋をコンコン、と軽く叩いてみて。
「やっぱりダメだ。ぶるぅが一旦閉じこもったら、出す方法は無いんだよ。自分から出てくる気を起こすまで、ただひたすらに待つしかない。明日の試験までに出てきてもらおうというんだったら…」
土鍋のそばに膝をついた会長さんは土鍋の蓋に耳を押し当て、何かを聞いているようです。
「…そうか、うん、うん…。…そうだね、それは面白そうだね…」
ひとしきり頷いた後、会長さんは土鍋をゆっくりと撫でてグレイブ先生を見上げました。
「ぶるぅがね、土鍋から出てきてもいいと言ってるよ。…楽しいものを見せてくれたら」
「…楽しいもの?」
そう言ったグレイブ先生はかつてないほど不機嫌極まりない顔でした。
「あいにく、私に芸の心得は無い。他の条件を出してくれ」
「ダメ~ッって、ぶるぅが言ってるけど」
会長さんは土鍋に耳をつけた後、先生の提言を却下しました。
「それに、楽しいもの…ぶるぅの見たいものは決まってるんだ。君のバンジージャンプだよ」
「バンジージャンプ!?」
「そう。簡単なことだろう?…校舎の6階を結ぶ渡り廊下からバンジージャンプ。見せてくれるなら、ぶるぅは喜んで出てくるそうだ。ロープの用意もするってさ」
「…ば……バンジー……」
「バンバンジーじゃなくて、バンジージャンプ。答えは?…やらないのなら、ぶるぅは土鍋ごと部屋に帰ると言っている。もちろん期末試験に手は貸さない」
グレイブ先生の顔が引き攣っています。私たちはハラハラしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が入った土鍋とグレイブ先生、それに会長さんを見つめることしかできません。
「そうそう、バンジージャンプをしてほしいのは昼休みだ。昼休みまでに決心をしてくれたまえ。渡り廊下に来てくれるのを待っているよ。…ただし、昼休み開始から5分だけね」
「……考えておこう……」
午前中、A組にグレイブ先生の授業はありません。重い足取りで出て行く先生の後姿はとても小さく感じられます。いつも自信に溢れているのに…よほど嫌なんでしょうか、バンジージャンプ。

グレイブ先生がいなくなった後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」入りの土鍋は、会長さんの指図でキース君とマツカ君が教卓の横に移動させました。1時間目はブラウ先生の国語。先生は土鍋を眺め、バンジージャンプの話を聞いて。
「そりゃいいや。昼休みに渡り廊下だね?…どこで見物しようかねぇ…。みんなにも声をかけておくよ」
こんな調子で、昼休みが始まる頃には『グレイブ先生のバンジージャンプ』は学園中の話題の的になってしまっていたのです。4時間目を終えたA組一同は渡り廊下とその下、屋上や各階のベランダに散り、言い出しっぺの会長さんとジョミー君、キース君、マツカ君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」入りの土鍋を御神輿のように掲げて渡り廊下の真ん中へ。スウェナちゃんと私は『祭』と書かれた大きな赤いウチワを振って先導役を務めました。学園中の先生や生徒が見物に押しかけ、屋上もベランダも校舎の下も満員です。
「…あと1分しかないんだけど。グレイブ先生、来ないのかな…」
ジョミー君が呟いた時、ワッと歓声が上がりました。渡り廊下にグレイブ先生とパイパー先生が現れたのです。
「かみお~ん!!!」
土鍋の蓋がパッと開いて、飛び出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」がグレイブ先生の両足首と渡り廊下の手摺をロープでガッチリ結びました。会長さんが結び目を確認し、ロープを何度か引っ張ってみて。
「さぁ、やってみよう、バンジージャンプ。…ほら、あとは柵を越えて飛ぶだけだよ。…バンジー!」
会長さんの声に続いて学園中の生徒が一斉に…。
「「「バンジー!!!」」」
グレイブ先生の身体がガタガタと震え始めました。顔からすっかり血の気が失せて、歯がガチガチと鳴っています。
「…む、む、む…無理だ。わ、わ、私は……こ…」
するとパイパー先生がグレイブ先生に顔を近づけ、囁くように。
「高所恐怖症だなんて、情けないこと言わないで?…私は強い男が好きなの」
「……ミシェル……」
グレイブ先生はグッと拳を握り、それから震える手で眼鏡を外してパイパー先生に預け、渡り廊下の柵を乗り越え…。
「バンジーーーっ!!!」
大声で叫んで宙に飛び出したグレイブ先生はカッコ良かった…かもしれません。A組の期末試験の命運を賭けたバンジージャンプ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びし、A組の期末試験はもちろん学年1位でした。

「よかったね、みんな満点が取れて。ぶるぅが機嫌を直してくれたおかげだよ」
結果発表があった日の放課後、会長さんはA組の皆に囲まれて嬉しそう。でも、影の生徒会室に出入りする私たちは知っているんです。満点を取らせてくれたのは、ぶるぅじゃなくて会長さんの力だってこと。そんなこととは知らないみんなは…。
「ブービートラップは生徒会長さんのアイデアですか?それとも、ぶるぅ?」
「グレイブ先生が高所恐怖症だってこと、前からご存知だったんですよね。バンジージャンプ、最高でした!」
賑やかに騒ぐクラスメイトたち。グレイブ先生のバンジージャンプが自分たちの為だったかも…なんて、誰も思っていやしません。グレイブ先生は1位がお好き。学年1位キープのためのジャンプに決まっていますよね。
『どうだろうね?…パイパー先生のためのジャンプだったかもしれないよ』
頭の中で会長さんのクスクス笑いが響きました。
『求愛のダンスを踊る孔雀みたいに華麗にジャンプ。…ぼくにはそんな風に見えたけど?』
うーん、言われてみればそうかも。あのバンジージャンプがきっかけになってグレイブ先生とパイパー先生がゴールイン、なんてことになったら結婚式では二人でジャンプ?
『その時はスカイダイビングを薦めてみよう。…二人で大空に飛び出すっていうのも素敵じゃないか』
クスクスクス…。会長さんと私が声に出さずに交わした会話は、その後すぐに会長さんの思いつきとしてクラスメイトに伝えられました。もしもグレイブ先生とパイパー先生がウェディング・ベルを鳴らす日が来たら…A組一同からスカイダイビング結婚式がプレゼントされるかもしれません。先生、それまでに高所恐怖症を克服しといて下さいね~!




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