シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
アルトちゃんとrちゃんが立ち去った後、私はとんでもないことに気がつきました。自分の力は知られていないから、事実を喋るな…と言った会長さん。でも、会長さんが一緒に試験を受けただけで全員が何故か満点を取ることができた中間試験はA組では既に伝説です。球技大会だってボールが会長さんの意のままに操られているようだった、と男子が驚嘆していましたし。だからA組では会長さんには何か不思議な力があるらしい、というのは公然の秘密。誰も表立って口にしないだけで、力のことは知られているではありませんか。
「それで?」
会長さんに至近距離で覗き込まれて、私は思い切りのけぞりました。さっきの話題が話題だっただけに、この距離は心臓に悪すぎます。赤い瞳が楽しそうに揺れ、スウェナちゃんと私を見比べながら。
「スウェナも気付いたみたいだね。…ぼくの力は既に知られているんじゃないか、って」
「そ、そうです!…少なくともA組の生徒は気付いています」
思い切って言った私にスウェナちゃんが続きました。
「なのに、どうしてアルトちゃんたちに嘘を?おまけに変なお守りまで…」
「敵を欺くには、まず味方から。常識だよ。ぼくは保健室…いや、特別室が気に入ったからね、まりぃ先生に嘘がバレると困るんだ」
会長さんはしごく真面目そうです。やってることは全然真面目じゃないんですけど。
「…そのことだけど…」
スウェナちゃんがカップケーキを手に取り、会長さんから視線を逸らして食べ始めました。
「ずっと考えてたんだけど、やっぱり変。まりぃ先生は立派な大人よ。…夢だけで騙せるわけがないわ」
「どうしたんだい、スウェナ?…ぼくの目を見ては話せない?」
肩に手を置かれてスウェナちゃんはビクッとしましたが、齧りかけのカップケーキを見つめたままで言ったのです。
「…私、こう見えても耳年増なの。まりぃ先生が夢しか見てないってこと、有り得ない。だって…だって…」
「キスマーク、とか?」
会長さんの言葉にスウェナちゃんの顔が真っ赤に染まりました。
「そういえば健康診断の時、まりぃ先生につけられたっけ。…あれには困ったな」
平然としている会長さん。でも私にもスウェナちゃんの言いたいことが分かります。今まで思いもしませんでしたけど、会長さんが、まりぃ先生に大人の関係だと思い込ませているのなら…まして「あ~んなことや、こ~んなこと」をしている夢を見せているなら…目覚めた時に何の痕跡も無いなんてこと、まりぃ先生が納得するわけないんです。
「そうかい?…ほら、学校にバレると困るし。ぼくからは何も出来ないってことで」
あ、そうか。そういうことも…アリなのかも…。じゃあ、不自然でもないのかな?
「本当に?…あのまりぃ先生が本当にそれで満足するかしら?」
スウェナちゃんは度胸を決めたらしく、カップケーキをひと齧りすると。
「…私、本当のことが知りたいの。…アルトちゃんたちにあんな物を渡さなければ…黙ってたかもしれないけれど」
「おやおや。クラスメイトが心配になった?」
「もちろんよ。…夢を見せてるだけだっていうなら止めないけれど、そうじゃないならアルトちゃんたちを止めなくちゃ。学校にバレたら退学なんだし、他にも色々…」
「妊娠とか?」
会長さんのストレートな言葉にスウェナちゃんはグッと詰まり、私も耳まで赤くなっているのが分かります。ど、どうしよう…。こんな所へジョミー君たちが戻ってきたら…。
「手を出して」
不意にそう言われ、私たちは反射的に両手を出しました。その手の甲が見えない力でギュッと抓られ、抓られた後がみるみる真っ赤に。いたたた…。今の、いったい何!?
「…これがスウェナの質問の答え」
さっきまでとは打って変わった真剣な顔で会長さんが私たちを見ています。こんな表情、見たことないかも。
「今、抓られて痛かったろう?皮膚だって赤くなっている。…でも、ぼくは直接、何もしてない。ぶるぅもだ」
何もしてない、って…そんなわけがありません。確かに見えない指で抓られ、真っ赤になっているんですもの。スウェナちゃんの手も、私の手も。
「…心理攻撃の一種だよ。いや、暗示と言った方がいいかな。聖痕現象というのを知っているかい?一種の自己暗示で身体に傷が現れるんだ。ぼくは今、抓られた、という偽の情報を君たちに与えた。君たちは抓られたと思い込み、痛みを覚える。それにつられて皮膚に反応が現れる…。ならば別の情報を与えればどうなる?」
「ま、まさか…」
「そう。まりぃ先生が怪しまない理由はそれだ。先生が夢に見ている偽の情報に反応するよう、高度な暗示をかけておくと…異常な脳活動につられて身体に変化が現れる。嘘も極めれば本物なんだよ」
じゃ、じゃあ…会長さんが保健室でサボッた後、まりぃ先生の身体には…。私たちでさえ見惚れるナイスバディーな先生の身体は、それこそとんでもないことに…!うっかり想像してしまったスウェナちゃんと私。当分、まりぃ先生の顔をまともに見られないかもしれません。
「納得してもらえたみたいだね。これで安心しただろう?」
会長さんはニッコリ笑いましたが、うーん…これはこれで危険なような…。アルトちゃんとrちゃん、お守りを使うつもりでしょうか?それともお守りの話も嘘かな?
「ああ、お守りは本物だよ。ちゃんとぶるぅの手形が入ってる。君たちも欲しい?」
ポケットに手を入れようとする会長さんに、私たちは慌てて首を左右に振りました。
「そう?…残念」
あ。しまった、ついうっかり…。超絶美形の会長さんとなら、いい夢を見たくないわけじゃないのに!
「ふふ、正直で嬉しいよ」
クスッと笑った会長さんにウインクされて、私は指の先まで真っ赤っか。
「でもね…お守りは2つしか持っていなかったんだ。欲しいって言われたら困っていたかも。…いくらでも取り寄せられるって話もあるけど」
「「え?」」
スウェナちゃんと私の声が重なりました。お守りを2つって…アルトちゃんとrちゃんが来るって、あらかじめ分かっていたのでしょうか?
「うん。フィシスの占いに少し前から出ていたんだよ。ぼく目当ての女の子が二人来る、ってね。フィシスの占いは外れないから、お守りを2つ持ち歩いていた。…君たちが欲しいなら追加もあるよ」
会長さんの手のひらにフッと赤いお守りが2個、現れました。この種の力を使う会長さんを見たのは初めてです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はドレスを出したりできるんですから、会長さんもお守りくらい楽勝かも。で、でも…意味を知っててお守りを下さいだなんて言い出せるわけがないのでした。…会長さんと素敵な思いができるお守り。欲しいけど、とても欲しいけど…でも…。
「おーい、昼休み、終わっちゃうよー!」
元気一杯の叫び声がしてジョミー君たちが走ってきました。会長さんはサッとお守りをポケットに入れ、代わりに手渡されたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製カップケーキ。
「ほら、君の分。ぐずぐずしてると食べ損ねるよ」
戻ってきた仲間に話の中身を気取られないよう、大慌てで齧ったカップケーキは逃した恋の味でした。次にチャンスが巡ってくるのはいつのことだか分かりません。アルトちゃんとrちゃんは今日明日にでもあのお守りを使って会長さんを呼び出しちゃうかもしれないのに…。そういえば、あれって何度でも使えるのかな?
「1回限りの使い切りだよ。その場のノリで追加も出すけど」
「なになに?なんの話?」
「ぶるぅの手形」
割って入ったジョミー君に会長さんがサラッと嘘を言い、他のみんなもアッサリ納得してしまいました。確かに「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形は使い切りですし、その場のノリで幾らでも出ます。怪しいお守りの話をしていたなんて、誰にも分からないでしょう。昼休み終了のチャイムが鳴って私たちは教室に戻り、会長さんも珍しく終礼まで座っていると思ったら…。
「諸君、校外学習のお知らせがある」
グレイブ先生が眼鏡を押し上げ、不機嫌な顔で言いました。
「校外学習と言えば聞こえはいいが、実質上の遠足だ。1年生は水族館に行くことになった。またまた授業が中断されて私は実に残念だよ。ブルー君、校外学習には君も出席するのかね?」
「もちろん」
グレイブ先生はチッと舌打ちをして。
「校外学習は明後日だ。当日は弁当持参で、集合時刻に遅れないよう気をつけて登校するように」
ワッ、と盛り上がった教室は終礼の後も賑やかでした。遠足という楽しい響きに私もスウェナちゃんも昼休みの事件をすっかり忘れ、いつもどおりに「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋へ直行。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も遠足と聞いてなんだか嬉しそうでした。もしかして豪華弁当を作ってくれるのかな?校外学習、楽しみですぅ。
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