シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
コースロープが片付けられて水泳大会も終わりだと思ったのですが。なんと、まだイベントがありました。学園1位を取った1年A組と有志の先生との水中ドッジボールです。ブラウ先生の案内を聞いてA組のみんなは大喜び。プール中央に線の代わりのロープが張られて、私たちは生徒側だと指定された方に飛び込みました。
「お遊びだからね、点数とかは関係ないし、アウトも特に取らないから」
ブラウ先生がマイクを持って説明します。先生方は誰が出場するのでしょうか?
「あたしも参加するから、お手柔らかにお願いするよ。先生チームは数は少ないけど精鋭揃いだ。みんな、応援しておくれ。もちろん、1年A組を応援したっていいからね。…さあ、先生チームの登場だ!」
競泳用水着のシド先生が颯爽と現れました。続いてグレイブ先生、パイパー先生、おっと、まさかのゼル先生。ブラウ先生がそこで加わり、司会はエラ先生にバトンタッチです。えっと…先生は5人かな。ん?なんだかザワザワしてますけども…って、えぇぇぇぇっ!?
「「「教頭先生!?」」」
柔道十段の教頭先生が堂々と入ってきたんですけど、水着ではありませんでした。逞しい腰に巻かれていたのは真っ赤な六尺フンドシです。古式泳法の達人らしい格好ですが、海の別荘でも目にしなかった赤フンドシをまさか今頃…。赤フンだぜ、と男子生徒までが騒ぎ出す中、先生チームが揃いました。
「それでは水泳大会の最後を飾る、水中ドッジボールです」
エラ先生がマイクを持って。
「ボールは潜って避けても構いません。制限時間一杯、思い切り楽しんで下さいね!」
先生チームもプールに入り、柔らかいボールが投げ込まれました。ヒルマン先生のホイッスルでシド先生とジョミー君がジャンプボール。ボールは先生チームに渡り、その後はあっちへ飛んだり、投げ返されたり。当たってもアウトにならないとはいえ、なかなかハードなゲームです。先生チームは広いスペースに6人ですから余裕で避けて逃げられますけど、私たちは四十人以上いるわけで…。
「シド先生、頑張ってーっ!!」
「グレイブ先生に当てろ、当てろ!!」
プールサイドの生徒も熱狂しながら応戦合戦をしています。興奮してシャツを振り回す男の子もいれば、ライブみたいにタオルを投げ上げて騒ぐ女の子たちもいたりして…。
「あっちの方が楽しそうだね」
頭にボールを当てられた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がプールサイドを見上げました。
「行っちゃおうかな。…行ってもいい?」
ちょうど近くにいた私とスウェナちゃんがクラスメイトに確認すると、「試合じゃないからいいんじゃないか」ということで。
「わーい!じゃ、A組を一生懸命応援するね。待っててね~!」
プクン、と潜った「そるじゃぁ・ぶるぅ」はしばらくしてからプールサイドに上がってブンブンと手を振りました。
「頑張れ、頑張れ、A組!頑張れ、頑張れ、A組!!」
大きな声でエールが飛んできたかと思うと、いきなり調子っぱずれな歌声が…。
「たぁだぁ、ひぃとぉつのぉ~、夢のたぁめにぃ~♪」
こ、これは…「そるじゃぁ・ぶるぅ」お気に入りの『かみほー』です。ワッとプールサイドが湧き立ったので、私はそっちを見てみました。スクール水着の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が歌いながらダンスを踊っています。いやいや、あれはダンスではなくて…。
「隙ありぃっ!!」
ゼル先生の叫び声がして、私の後頭部にボールがボコッ!と当たりました。はずみで水中に倒れてしまい、咳き込みながら顔を上げるとプールサイドは歓声の渦。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が『かみほー』を歌い、幅広の赤いリボンを振り回しながらリボン体操よろしく舞い踊っているではありませんか。うん、素晴らしい応援です。釣られた他の生徒もA組を懸命に応援してくれ、水中ドッジボール大会は賑やかに終了したのでした。
さて、この後は表彰式です。エラ先生に言われて私たちはプールから上がり、応援場所に集合しました。先生方も次々にプールから…って、あれ?何かトラブルが起こったみたい。シド先生がプールの中からヒルマン先生に何か伝言をしています。そして先生方はプールの中央に固まって立ち、全然上がってこないのですが…いったい何があったんでしょう?
「ぶるぅだよ」
会長さんがそう言いながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」を私たちの前に押し出しました。
「プールサイドで踊っていただろう。ぶるぅ、さっきのリボンを見せて」
「いいよ。…これ、返しそびれちゃったんだ」
真っ赤な太いリボンを両手に持って「そるじゃぁ・ぶるぅ」は困り顔です。
「借りるのは簡単だったんだけど、返しに行こうと思ったら…どうすればいいのか分からなくって」
プールの中央をチラッと眺めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。
「ぼく、巻き方を知らないんだ。ブルー、返してきてくれる?」
「……ぼくがハーレイにフンドシを巻いてあげるのかい?」
ひゃあああ!…も、もしかして、このリボンの正体は…教頭先生の赤フンドシ!?呆然とする私たちの考えを裏付けるように、ヒルマン先生がシド先生に真っ赤な布を渡しています。それを受け取ったシド先生がプール中央に戻ると、教頭先生が水中に姿を消して…。多分、生徒たちに気付かれないよう、フンドシを巻いているのでしょう。
「ブルーが行かなくても大丈夫だったみたいだね。よかったぁ…」
ホッとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を会長さんが小突きました。
「ぶるぅ、熱心な応援をしてくれたのは嬉しいけれど、悪戯はほどほどにして欲しかったな。ぼくがハーレイにフンドシを巻いてあげたりしたら、それこそ流血の大惨事だよ」
「…りゅうけつ…?」
「鼻血が止まらなくなると思うな。たとえフンドシが無事に戻ってきても、鼻血はすごく目立つだろうねえ。…プールから出ても注目の的だ」
会長さんがクスクス笑っている間に、新しいフンドシを締めた教頭先生をはじめ先生チームが上がってきます。赤フンドシが消えていたことはA組の一部しか知りません。…明日には学校中に知れ渡っていそうな気がしますけど。それはともかく一件落着、あとは表彰式ですね。A組代表で表彰状を受け取る役は全員一致で会長さんに決まりました。
「ありがとう。せっかくだから、これをつけて行こうかな」
上着を羽織った会長さんが取り出したのはキラッと光る指輪でした。銀色の枠に四角くて透明な石が嵌っています。
「見てごらん。ちょっといいだろう?プラチナ台にスクエア・カットのダイヤモンド。…さっきプールで拾ったんだ。ぼくにはちょっと小さいけれど、サイズを変えるのは簡単だしね」
そう言いながら会長さんは左手の薬指に指輪を嵌めてしまいました。本当にサイズぴったりです。
「似合うかい?…じゃあ、行ってくるよ」
会長さんが軽く手を振ると指輪がキラキラ光っています。アクセサリーは校則で禁止ですけど、つけて行っても大丈夫かな?第一、落し物なのに…。
表彰式には校長先生が場違いなスーツで出てきました。閉会の挨拶を兼ねたお話の後、表彰状が授与されます。他の先生方は水着からジャージに着替えて校長先生の後ろに控え、司会はブラウ先生でした。教頭先生は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が赤フンドシを盗んだ悪戯があったとは思えないほどの落ち着きぶり。さすが柔道十段です。
「では、優勝したA組を讃えて表彰状を授与します」
校長先生の声で会長さんが進み出、表彰状が読み上げられて…そして会長さんの手へ。会長さんが深々とお辞儀し、表彰状を手にした瞬間、ゼル先生の声が響きました。
「ブルー!…今、キラッと光った!」
「…ゼル先生の頭が…ですか?」
怪訝な顔の会長さん。ゼル先生はユデダコのように真っ赤になってズンズンズン、と会長さんに近づきます。
「よくも気にしておることを!光ったのはワシの頭じゃないわい!!」
「やっぱりちゃんと光るんだ?…頭」
「いい加減にせんか!光ったのはお前の手だろうが!!」
ゼル先生は会長さんの左手首をグイと掴んで叫びました。
「アクセサリーは着用禁止、と生徒手帳に書いてあるじゃろう!それを生徒会長が…。いいか、許可されとるのは婚約指輪だけなんじゃ!!」
ああぁ、やっぱり見つかっちゃった…。でも会長さんは顔色も変えず、ゼル先生の手を振り払って。
「落ち着いて下さい、ゼル先生。婚約指輪はいいんですよね?…ぼくのは婚約指輪ですけど」
「なんじゃと!?…お?…お、おおお…。すまん、申し訳ない!」
会長さんの手を確認するなりゼル先生は顔色を変え、ペコペコ謝罪し始めました。
「生徒会長さんが婚約ですって!?」
「うっそぉ…。いったい誰と、いつの間に!?」
女の子たちが騒ぎ立てる中、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョコンと前に飛び出して。
「ねぇねぇ、ブルー、よく見せて?…うわぁ、キラキラ光ってるね。…さっきはチラッとしか見えなかったけど、ダイヤモンドって綺麗なんだぁ!!」
「「「ダイヤモンド!?」」」
生徒全員の目が会長さんの左手に集中する中、会長さんはキラキラと光る指輪を見せびらかします。
「だ、ダイヤって…。男は贈る側だよな!?」
「そういえば、婚約指輪って女の人しか貰わないかも!!」
「じゃあ、生徒会長さん、お嫁に行くの!?…いやあぁぁぁぁ!!!」
蜂の巣をつついたような騒ぎになっていますが、あのダイヤモンドは落し物の指輪で、左手の薬指に嵌めているのは会長さんの悪戯で…。あれ?教頭先生が真っ青です。会長さんに熱を上げているだけに、婚約指輪はショックでしょうねえ。…大騒ぎの中、校長先生が咳払いをしてマイクを握りました。
「えー…、ブルー君、御婚約おめでとう。まだ届出をしていませんね。無用のトラブルを避けるためにも、早い内に学校へ届け出るように」
「分かりました」
会長さんは神妙に頷き、それからクルリと私たちの方へ向き直って。
「それじゃ、婚約発表をしよう」
物凄かった騒ぎがピタリと静まり、私たちも釣られて唾を飲み込みます。針の落ちる音すら聞こえそうに静まり返ったプールサイドに会長さんの声が響きました。
「御婚約おめでとう、パイパー先生。…指輪が嬉しいのは分かるけれども、運動の時は外すようにね」
「「「えぇぇぇぇっ!!?」」」
プールが波立つほどの怒号と歓声が渦巻き、会長さんは手から外した指輪をパイパー先生に手渡しています。サイズも直してあるんでしょうけど、パイパー先生、とても嬉しそう。指輪を失くしたことに気付いて困っていたに違いありません。ついでに教頭先生もホッとした顔をしていました。会長さんは更に続けて。
「御婚約おめでとうございます、グレイブ先生。とても素敵な指輪でしたね。みんな、お二人に盛大な拍手を!」
ええっ、やっぱりお相手はグレイブ先生!?もしかして本当にバンジージャンプが婚約のキッカケになっていたりして…。でもでも、まずは拍手ですよね。割れるような拍手を浴びてグレイブ先生とパイパー先生は普段からは考えられないような真っ赤な顔で照れています。
「しつもーん!…先生、式はいつですか!?」
「………来年の春だ」
グレイブ先生が答えると矢継ぎ早に質問が飛び始めます。どうやら挙式は3学期の終業式が終わってからで、会場は最近人気のメギド教会になるみたい。いいなぁ、素敵なチャペルで結婚式!A組一同で押しかけちゃったら、グレイブ先生、ビックリするかな?
そういうわけで、水泳大会を締めくくったのはグレイブ先生とパイパー先生の婚約発表会見でした。グレイブ先生のA組は学園1位を取ったのですし、先生には素晴らしい日だったでしょうか。赤フンドシを盗まれちゃった気の毒な教頭先生は…会長さんの婚約指輪事件が心臓にかなりこたえていそうです。
「ねえ、ブルー…。これ、どうしよう?」
放課後、いつものように集まった部屋で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。持っているのは赤フンドシ。返しそびれたままみたいです。
「そうだねえ…。ぼくが返しに行こうかな?羽衣みたいにフワッと身体に巻きつけて」
会長さんが手を伸ばしたのを、サッと奪ったのはキース君。
「させるか!…それこそ流血の大惨事だ。俺はあんたを断固阻止する」
赤フンドシをガシッと掴んで、キース君はスタスタと歩き出しました。
「シロエ、マツカ、ついて来い。…教頭先生に返しに行くぞ!」
「「は、はいっ!!」」
柔道部三人組が出て行ったのを見送った会長さんは残念そうな顔でしたけど、多分予想はしてたのでしょう。本当に何かやらかす気ならば、キース君ごときが敵う相手じゃないんですから。
「…まあね。教頭室に先回りして取り上げるくらいなんでもないさ。ハーレイに、トランクスを脱いでくれたらぼくが赤フンドシを巻いてあげるよ、って言ったらどうなると思う?…鼻血どころか卒倒かなぁ」
そうです、こういう人なんです…。「やらないよ」とクスクス笑う会長さんをどこまで信用していいものか、私たちには分かりません。つくづく大変な人に見込まれちゃった気がします。…タイプ・ブルーでしたっけ?三百歳を超えた会長さんは筋金入りの小悪魔かも…。
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