忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

お抱えの絵師

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





澄み切った青空が広がる行楽の秋、食欲の秋。シャングリラ学園ではマザー農場での収穫祭で食欲を満たし、その後は学園祭へと一気に突っ走るのが恒例です。二学期の開始と共に学園祭の準備にかかる有志も多いですけど、私たちは至ってのんびりと。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日も授業お疲れ様、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれて、栗の渋皮煮のパイが切り分けられました。コーヒーや紅茶も好みで選んで、いつものティータイムの始まりです。やがて部活を終えた柔道部三人組も加わり、お腹をすかせたキース君たちには焼きそばが。
「あっ、ぼくも! ぼくも焼きそば!」
ジョミー君が手を挙げ、サム君も。スウェナちゃんと私も「少しだけ」と頼み、結局、全員が「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製焼きそばに舌鼓。この焼きそばは学園祭の柔道部の屋台でも出され、今や名物になりつつあります。秘伝の味の指導係はキース君たちで。
「今年もその内に焼きそば指導か…」
秋だしな、とキース君がボソリと呟けば、シロエ君が。
「…去年のレシピ、覚えてるわけないですよねえ…。なにしろソースの配合が…」
「門外不出の秘伝ですしね、口伝になっていますから…」
みんな絶対忘れてますよ、とマツカ君。
「ぼくも記憶が怪しいです。ベースが市販のお好み焼きソースで…」
「そこに中濃ソースとオイスターソースと…」
醤油もですね、とシロエ君が記憶を確認中。記憶力抜群のキース君も確認作業に加わり、三人揃って焼きそば作りの手順まで語り合っていますけど…。
「うん、芸術の秋だよね」
まるで繋がらない台詞を会長さんが突然口にし、全員がポカーン。
「「「……芸術?」」」
秘伝の焼きそばは芸術でしょうか? そりゃあ、料理も場合によっては芸術の域で、プロ顔負けの「そるじゃぁ・ぶるぅ」の腕前は充分に芸術かもしれません。でも……焼きそばはちょっと違う気が…。
「あ、違う、違う、焼きそばの話じゃなくて!」
考え事をしていたものだから、と会長さんは慌てて右手を左右に振りました。
「ちょっとね、この間から色々と…。お抱え絵師って知ってるかな?」
「「「お抱え絵師?」」」
確かに絵師なら芸術でしょう。焼きそばとは別の次元ですけど、お抱え絵師って何のお話?



会長さんが言いたいことはサッパリ分かりませんでした。唐突にお抱え絵師なんて口にされても意味不明です。そもそも、お抱え絵師というのが耳慣れない言葉なんですが…。
「うーん、キースなら知らないかな? お抱え絵師だよ、言葉そのまま」
「アレか、昔の権力者とか金持ちとかが自分好みの絵を描かせていた絵描きのことか?」
「そう、それ、それ!」
屏風絵だとか襖絵だとか、と会長さん。
「いわゆるパトロンってヤツだよね。生活費も全部面倒見るから、心のままに描いてくれ…って太っ腹な人たちのお蔭で凄い芸術家たちが生まれたわけ。それを再現しようって企画が」
「「「は?」」」
「ぼくもこの間、璃慕恩院の老師に聞くまで知らなかったよ。アルテメシアの座禅の宗派のお寺の一つがそういう企画をやっていたらしい。名付けて現代のお抱え絵師プロジェクト!」
これが凄くて、と会長さんは膝を乗り出して。
「絵師は公募で選んだんだけど、その絵師さんを何年もお寺に住み込ませてさ…。座禅やお寺の掃除なんかの修行もセットで体験して貰いつつ、襖絵を何十枚も描かせていたんだ。ついに完成したってことでお披露目があって、老師も招待されたらしいよ」
「ほう…。そんなのがあったのか…」
俺も初耳だ、とキース君。
「なかなかに凄い企画だな。今どき住み込みで絵を描こうという芸術家の方も少なそうだが」
「そうなんだよねえ…。しかもプロジェクトのコンセプトがさ、絵師の育成っていうのが凄すぎ。名前のある人を連れて来るんじゃなくって、無名に限るという条件で公募」
「「「無名?」」」
それじゃいい絵にならないのでは、と誰もが思いましたが、違うのだそうで。
「無名だからこそ、新しい境地に挑戦できる。お寺の生活を身体に刻んで、そこの空気に相応しい絵を次々と…ね。出来上がった襖絵は素晴らしかった、と老師も手放しで褒めてたよ」
そういうのって素敵だよね、と会長さんの瞳がキラリ。
「…それを聞いてから考えてたわけ、ちょうど芸術の秋だしね。ぼくもお抱え絵師をゲットして襖絵を描いて貰おうかな…って」
「寺を持つ気か?」
キース君がすかさず突っ込みを入れると、会長さんは「ううん」と否定。
「そんな面倒なことはしないよ、住職稼業は大変だしさ。ぼくの家にも襖はあるし、あれを素敵に描き変えようかと」
ちょっといいだろ、と言われましても。今の襖絵、それなりにお高いヤツなのでは…?



マンションの最上階にある会長さんの家はフロアの全部を占めています。広いリビングやダイニング、ゲストルームも幾つもある中、和室も一つ。特別生になった最初の年の夏、埋蔵金探しで掘り当てて来た黄金の阿弥陀様のお厨子が置かれた立派な部屋で。
「おい。…あそこの襖絵、璃慕恩院の老師様の客間と同じ人の絵じゃなかったか?」
確かその筈、とキース君が指摘しましたが、会長さんはニッコリと。
「そうなんだけどね…。長年同じ絵を眺めてるとさ、飽きもくるっていうもので」
「あの手のヤツは年月を経て更に値打ちが出るものだろうが! 取り替えてどうする!」
今のままで行け、というキース君の意見はもっともでした。花鳥風月が描かれた襖絵は部屋の雰囲気に馴染んだもの。和室の廊下に面した側に小さな物置と板を張った廊下があって、そこと和室を隔てる境が襖です。今の襖絵、とてもいい絵だと思うんですけど…。
「うーん…。ぼくも嫌いじゃないんだけどねえ、模様替えもたまには悪くないかと」
今の襖を捨てるわけじゃなし、と会長さん。
「今のもきちんと取っておいてね、気分で入れ替えっていうのはどうかな?」
「…そう来たか…。で、お抱え絵師だとか言い出すからには住み込みで襖絵を描かせるのか?」
「もちろんさ。公募しなくても喜んで描きそうな人物がいるし」
「「「へ?」」」
誰が襖絵を描くんでしょう? まさか私たちの内の誰かが? あっ、ひょっとして…。
「もしかして、サム?」
ジョミー君がサム君を指差しました。
「え、俺かよ?」
なんで、とキョトンとしているサム君ですけど、有望株には違いありません。
「サムってブルーの弟子だよね? 朝のお勤めにも通ってるんだし、きっとそうだよ」
「それを言うなら、お前もブルーの弟子じゃねえかよ」
お勤めには一度も来ねえけどな、とサム君が返し、シロエ君が。
「喜んで描きそうっていう辺りからして、サム先輩じゃないですか? 会長とは公認カップルですしね、住み込みとなれば嬉しいでしょう?」
「そ、そりゃそうだけど…。でもよ、俺って絵心もねえし」
「落ち着け、サム。公募した方は無名というのが条件だ」
だからお前で決まりだろう、とキース君も読んだのですが。
「…残念でした。サムもいいけど、もっと相応しい人物が一人!」
それを使わずして何とする、と人差し指を立てる会長さん。サム君じゃないならいったい誰が…?



会長さんがお抱え絵師に使いたい人に心当たりが無い私たち。サム君よりも適役となると、私たち七人グループの内の誰かでは無いような…。
「まさかキースってことはないよね?」
真面目に仕事はしそうだけどさ、とジョミー君が言えば、当のキース君が。
「馬鹿を言え! 俺は副住職の仕事があるんだ、住み込みなんぞやってられるか!」
「でも、先輩の御両親は喜んで送り出しそうですよ?」
銀青様の家に住み込みですし、とシロエ君。
「おまけに襖絵を描くとなったら名誉な話じゃないですか? お寺の世界は分かりませんけど」
「あー、それはあるよな、キースって線も」
坊主としては凄い名誉、とサム君が。
「ブルーのために何か仕事をするとなったら、副住職なんか目じゃねえぜ。行って来いって言われるんでねえの、それこそ壮行会付きで」
「………。あの親父ならやりかねんな…」
俺なのか、と困惑顔のキース君。
「ブルーだと思うと迷惑千万だが、銀青様のお宅の襖絵となれば話は別だ。…しかしだ、俺だと手本通りのつまらん絵にしかならんと思うが」
なにしろ寺の人間だから、とキース君は悩んでいます。
「あちこちで襖絵を拝みすぎた。…斬新な発想というヤツは俺には無いぞ」
「うん、それはぼくにも分かってる」
だから君には頼まないさ、と会長さんがバッサリと。
「斬新な発想が無いのもアレだけど、銀青の名前に釣られて来られちゃ抹香臭い絵しか出来ない。お抱え絵師である以上、パトロンへの敬意は必要だけどね…。絶対服従でもダメなんだな」
自分の意見をガンとして曲げない姿勢も必要、と会長さん。
「パトロンと大喧嘩をやらかしてでも自分の描きたい絵を描いてこそ、後世に残る名作が出来る。キースはぼくと普段から喧嘩するけど、襖絵を描くとなったら無意識の内に絶対服従」
「…否定は出来ん。銀青様の家を飾る絵となれば誠心誠意尽くすしかない」
襖絵に関して喧嘩は出来ん、と項垂れるキース君は階級制度が厳しく敷かれたお坊さんの世界の住人です。会長さんが望む斬新な絵とやら、間違っても描ける筈も無く。
「…じゃあ、誰なんだよ? 俺もキースも失格ならよ」
「ジョミーかしら?」
「ぼくが喜ぶわけないし!」
ぼくだけは無い、とジョミー君。はてさて誰が適役なのやら、全然分かりませんってば…。



やはり私たち七人グループの中には、お抱え絵師が務まる人は居なさそう。それとも会長さんの視点からすれば大穴の誰かが含まれてるとか? お前だ、お前だ、と押し付け合いが始まりつつある中、会長さんがスッと右手を上げて。
「はい、そこまで! …君たち全員、間違ってるし!」
あ、やっぱり? じゃあ誰が、と顔を見合わせた私たちですが。
「分からないかな、ぼくのためなら喜んで絵を描く人物だよ? そして住み込みも大歓迎! そんな人間、一人しかいないと思うんだけどねえ?」
「「「……???」」」
「ハーレイだってば、シャングリラ学園教頭、ウィリアム・ハーレイ!」
「「「教頭先生!!?」」」
あまりにもブッ飛びすぎた答えに全員の声が引っくり返り、キース君が口をパクパクと。
「…お、おい、正気か? あんた、本気で教頭先生を…?」
「そうだけど? 楽しいじゃないか、どんな絵を描いてくれるのか」
ぼくのための絵をうんと自由な発想で! と会長さんはパチンとウインク。
「お抱え絵師として住み込んで貰って、芸術の秋に相応しく…ね。もちろん朝夕のお勤めはして貰うけれども、後は自由にのびのびと! とはいえ、ぼくもパトロンだ。気に食わない絵を描いた時には描き直させるし、そこをハーレイがどう論破するかも面白い」
この秋は芸術に浸って過ごそう、とやる気満々の会長さん。
「ハーレイは嫌とは言わないだろうし、お抱え絵師を持つというのも素敵だろ? ハーレイの家に一人で行くのは禁止だけれど、ぼくの家にハーレイを泊まらせる方は禁止じゃないしさ」
パーティーとかでも泊めているしね、と言われてみればその通り。でも…。
「ヤバくねえのかよ、教頭先生、何か勘違いしそうだぜ?」
サム君が声を上げ、シロエ君も。
「そうですよ。一緒に住むのはマズそうですけど…」
「問題ない、ない! お抱え絵師はお抱え絵師だよ、あくまでパトロンに養われるだけの立場に過ぎないし! ハーレイの夢とは真逆の方向」
あっちはぼくを養ってなんぼ、と会長さんは立て板に水。
「ぼくとぶるぅを贅沢三昧で暮らさせるのと、ぼくとぶるぅに養われるのとじゃ月とスッポン、似ても似つかない日々ってね。その中でハーレイをいびり倒すのもまた良きかな! いい襖絵を描いてくれたら苛めないけどさ」
そこは期待を裏切らない筈、と微笑む会長さんが期待するのが苛めの日々か良い襖絵かは誰も怖くて訊けませんでした。明日は土曜日、会長さんの家で教頭先生を面接するそうです。お抱え絵師を選ぶためとか言ってますけど、どう考えても出来レースですよ…。



次の日、私たちは朝から会長さんの家にお邪魔しました。朝食は食べて行ったのですけど、ふわふわの厚焼きホットケーキを御馳走して貰って大満足。その内に玄関のチャイムが鳴って、教頭先生の御到着です。面接会場はリビングで…。
「やあ、ハーレイ。よく来てくれたね」
コーヒーでも飲みながら話をしよう、と会長さん。テーブルを挟んで会長さんと教頭先生が向き合い、私たちの席はその周り。絨毯が敷かれた床に飲み物を持って散らばり、固唾を飲んで見守る中で会長さんが早速口火を。
「話があって、としか言わなかったけど、芸術についてどう思う?」
「…芸術? 芸術の秋の、あの芸術か?」
「うん。君とは縁が無さそうだけどね」
遠慮のない言葉に、教頭先生は頭を掻いて。
「…ああ、まあ……恥ずかしながら…。その方面はサッパリだ」
「いいね、そのフレッシュさが気に入った。実はフレッシュな人材を探していてさ…。お抱え絵師にならないかい? ぼくの」
「お抱え絵師?」
「そう。ぼくの家に住み込んで襖絵を描いて欲しいんだ。君の心の赴くままに、ぼくの家に相応しい襖絵を…ね」
どんな絵を描くのも君の自由、と会長さんは極上の笑み。
「お抱え絵師な以上、ぼくがパトロン。ぼくのためだけに襖絵を描いてくれるなら、即、採用! 今日からぼくの家で暮らして、朝夕のお勤めをして貰う。条件としてはそれだけかな。ぼくの家での暮らしを通して、それに相応しい襖絵を是非。…嫌なら他を当たってみるけど」
「…そ、その条件は嬉しいのだが…。私には絵心というヤツが…」
とんと無くて、と答えながらも教頭先生が惹かれていることは一目瞭然。すかさず会長さんが畳みかけるように。
「絵心が無い点、大いに結構! フレッシュな人材と言っただろ? 君だってクレヨンや水彩で絵を描いたことはある筈だ。画材は何でもいいんだよ。退色しそうなヤツを使って描いた時にはサイオンでコーティングしておくからさ」
「そうなのか? ならば私でも務まるかもしれんが、そのぅ……どういった絵を…」
「君に任せる。やってくれるなら和室の方に案内しよう」
どうするんだい? と問い掛けられた教頭先生、考えもせずに即答でした。
「やろう! お前が任せてくれるというなら、住み込みで描く!」
「それはどうも。…じゃあ、ついて来て」
和室はこっち、と会長さんが立ち上がり、教頭先生がその後に。会長さんの計画通りにお抱え絵師が誕生ですけど、どんな襖絵が出来るのやら…。



お抱え絵師に決まった教頭先生、一旦帰宅して着替えなどを大きなボストンバッグに詰め込んで戻って来ました。ゲストルームの一つが教頭先生の寝室になり、もう一つがアトリエになるようです。家具を撤去して広くなった部屋は襖絵を描くのにピッタリで。
「発想を練る場所は特に決めない。リビングでもダイニングでも自由にどうぞ」
頑張っていい絵を描いてよね、と会長さんは壮行会と称して鍋パーティーの夕食を。私たちもお相伴して寄せ鍋を始めようか、という所へ。
「…こんばんは。凄い計画が始まるってねえ?」
前祝いに、と声がして空間が揺れ、会長さんのそっくりさんが。紫のマントの正装ではなく私服姿で、なんと樽酒を抱えています。
「お祝いに買って来たんだよ。ノルディに貰ったお小遣いが沢山あるからね」
「何しに来たわけ?」
呼んだ覚えは無いんだけれど、と会長さんが睨みましたが、ソルジャーはまるで気にせずに。
「壮行会だろ、お祝いを持参した以上は混ざっていいよね? 君もハーレイもいけるクチだし」
まずは鏡割り、と樽酒を包んだ縄をサイオンでパチン! と切ったソルジャー。菰を外して竹の箍を緩め、蓋の栓を抜いて…と下準備をしてから「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「確か木槌はあったよね? ドカンとやろうよ」
「かみお~ん♪ 鏡割りだね!」
お祝いだぁ~! と飛び跳ねていった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は木槌を三本抱えて戻ると。
「はい、ハーレイ! それとブルーとブルーだね!」
どうぞ、と手渡された木槌を教頭先生とソルジャーが握り、会長さんも仕方なく。
「…まあいいや。来ちゃったものはどうしようもないし…」
「その意気、その意気! ハーレイの栄えある前途を祝して!」
ソルジャーの音頭で教頭先生が木槌を振り下ろし、会長さんとソルジャーも。パァーン! と景気のいい音がして樽酒の蓋が割れ、それからは寄せ鍋を囲んで大宴会で。
「こっちのハーレイも出世したよね、ブルーのお抱え絵師だって?」
まあ一杯、とソルジャーが枡酒を注ぎ、教頭先生、グイッと一気に。
「ありがとうございます。私も正直、夢を見ている気分でして…」
「そりゃそうだろうね、お抱えだもんね。ちゃんとペースは守って飲んでよ、最初の夜から失敗したんじゃ話にならない」
勃たなくなったら大変だ、とソルジャーが注意し、教頭先生が。
「分かっております。足腰が立たなくなるまで飲んでしまっては、明日の朝にも差支えますし」
「そうそう、朝が肝心だよ、うん」
大いに飲もう、と枡酒を注いでいるソルジャー。教頭先生、飲みすぎないようにして下さいよ~!



ソルジャーが持ち込んだ樽酒で盛り上がっている飲める面々。「そるじゃぁ・ぶるぅ」もチビチビ舐めつつ寄せ鍋の世話をしています。私たち七人グループは飲めませんから、ひたすら鍋をつついていたわけですが。
「いいかい、ハーレイ? 初めてで緊張するだろうけど、がっつかないように!」
あくまでブルーが最優先、と枡酒をグイと呷るソルジャー。
「なんたってブルーも初めてなんだし、そこの気遣いをきちんとしなくちゃ」
「もちろんです。芸術の方はサッパリですが、任されたからにはやり遂げます」
「芸術は二の次でいいんじゃないかな」
夜のお勤めが大切だろう、とソルジャーが返せば、教頭先生も頷いて。
「そうですね。…一にお勤め、二にお勤め。朝夕のお勤めは欠かすべからず、とブルーにも言われましたし、頑張るのみです」
「うんうん、実に素晴らしいよ。夜はともかく朝もっていうのが最高だよね」
明日の朝もガンガン攻めて行け、とソルジャーは教頭先生の背中をバンッ! と。
「とりあえず明日は日曜だ。ブルーの身体を気遣いながら、やれるとこまでヤッてみようか」
「は、はいっ! 気合を入れて早起きします!」
そして一緒にお勤めを…、と教頭先生、枡酒をグイグイ。ソルジャーも手酌で飲んでいますが、同じく枡酒を楽しんでいた会長さんの手がピタリと止まって。
「…ブルー? ちょっと訊きたいんだけど」
「ん? なんだい?」
大人の時間ならドンとお任せ、と片目を瞑るソルジャー。…えっと、大人の時間って? そんな話が出てましたっけ? 案の定、会長さんがドンッ! と拳を机に叩き付けて。
「そんな話じゃないってば! 君は何処からそういう方に!」
「何処からって……。最初からだけど? ハーレイが君のお抱え絵師になるんだろう?」
でもって朝と夜とにお勤め、とソルジャーは枡酒を注ぎつつ。
「考えたよねえ、まずは婚前交渉からかぁ…。毎日、夜と朝とにやってりゃ腕も上がるし、君の好みに躾も出来る。襖絵は二の次、まずは大人の時間が一番!」
そのためにも今夜の成功を祈る、と枡酒をグイッ。
「あんまり飲むと勃たなくなるって話もあるから、君もハーレイもほどほどにね? あ、ぼくは飲んでも大丈夫なクチ! で、訊きたいっていうのは初心者向けの体位とか?」
それならハーレイと一緒に聞くべし、とソルジャーはとびっきりの笑みを浮かべましたが。
「勘違いにも程があるーっ!!!」
この色ボケの大馬鹿野郎、と会長さんの怒り炸裂、樽酒の樽がサイオンを食らって粉々に…。三人がかりでどれだけ飲んだのか知りませんけど、あまり零れませんでしたねえ?



床と絨毯に飛び散ったお酒を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が拭き掃除する中、会長さんとソルジャーはギャーギャーと喧嘩をしていました。ソルジャー曰く、教頭先生の主な仕事は夜と朝との大人の時間。お勤めイコール大人の時間らしいです。
「だってアレだろ、君がハーレイを雇って面倒みるんだろ? それでお勤めが必須となったら、ソレしか思い付かないし!」
「なんでそっちの方に行くかな、お勤めと言ったらお勤めだってば!」
朝と夜とに読経三昧、と会長さんが叫べばソルジャーも負けじと声を張り上げて。
「だから度胸だろ、度胸は必須! でないと勃つものも勃たないし!」
「その必要は無いんだってば!」
ハーレイは絵だけを描けばいいのだ、と会長さんが喚き、ソルジャーが。
「じゃあ、フレッシュって言っていたのは何なのさ! 童貞って意味じゃないのかい?」
「誰もそういう話はしてないっ!」
よくも不愉快な勘違いを、と怒り狂っている会長さん。その一方で教頭先生は難しい顔で腕組み中。
「…ふむ……。フレッシュな感性を活かさねばならないのだったな…」
それにお勤め、と考え込んでいる教頭先生。
「やはり寺という要素をまるでゼロには出来ないか…。実に難しい注文だ…」
えーっと…。ソルジャーが勘違いしまくって大人の時間を語った事実と、会長さんと盛大に喧嘩中なことは教頭先生の耳に入っていないのでしょうか? ちゃんとお勤めとお寺が結び付いているようですし…。
「もしもし、ハーレイ?」
ちゃんと聞いてた? とソルジャーが教頭先生の肩を揺すると、ガッシリした体躯がビシッと背筋を伸ばした上で。
「もちろんです! 飲みすぎ禁止で朝が肝心、今夜の心構えもです!」
「…なんだ、こっちは分かってるんだ? いいかい、ブルーの扱い方はね…」
初心者向きならこんな感じで…、と囁きかけたソルジャーの背後で会長さんが仁王立ち。鏡割りに使った木槌を両手で振り上げ、鬼の形相。
「その先、禁止!」
「ちょ、ちょっと…! まだハーレイに何も伝えてないし!」
ちょっと待った、というソルジャーの制止を無視して会長さんは思い切り木槌を振り下ろし…。
「退場!!!」
木槌が床をドッカンと叩き、ソルジャーの姿はありませんでした。空間を超えて文字通り高飛びしたようです。散々に場を引っ掻き回しておいてトンズラですか、そうですか…。



「…なんだったんですか、アレ…」
ソルジャーが消えた辺りを見詰めてシロエ君が呆然と。
「さあな…。俺も積極的に知りたくはないが」
それくらいなら忘れてやる、とウーロン茶を呷るキース君。
「勘違い野郎が出て来たというだけで充分だろう。…とにかく襖絵には関係が無い」
「だよね。やたらお勤めにだけ、こだわっていたみたいだし?」
そんなにお経が好きだったかな、とジョミー君が首を捻れば、サム君が。
「お念仏も嫌いだったと思ったけどなぁ…。あれで意外と異文化に理解があったりしてな」
ソルジャーってヤツをやってんだから、と言われて納得。何処かズレていた気もしましたけど、ソルジャーが教頭先生に朝夕のお勤めについて説いていたことは紛うことなき真実です。大切だとも言ってましたし、教頭先生もここは努力で会長さんとお勤めをして下さらないと…。
「まあね…」
そうなんだけどね、と会長さんが疲れた口調で。
「ハーレイ。…若干一名、変なのが湧いたようだけど…。君の仕事は分かっているよね?」
「当然だ。そのためのお抱え絵師だろう?」
襖絵のことなら任せておけ、と教頭先生は分厚い胸を叩きました。
「樽酒が出たのには仰天したが、酒に飲まれるなど言語道断。今夜の夜のお勤めとやらを疎かにするつもりなどないし、明日の朝もきちんと起床する。…朝のお勤めは何時からだ?」
「…なるほど、至って正気である、と」
安心した、と微笑む会長さん。
「朝のお勤めはサムが来る日は六時からだよ。日曜は基本、サボリだけども…。お抱え絵師には修行も大切、起きられそうなら四時に起床で準備からかな」
詳しい手順はぶるぅに聞いて、との言葉を受けて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「えっと、えっとね…。朝一番にお水を汲んで、阿弥陀様の前にお供えして…。あ、その前にお掃除も! お厨子とかをキチンと拭くとこからだよ」
それからお香で部屋を清めて、お花も活けて…、と次から次へと飛びまくる指示を教頭先生は頭の中に懸命にメモしてらっしゃる様子。お酒は飲んでも飲まれないと仰るだけのことはあります。
「…よし、分かった。では、明日の朝は四時に起床で頑張ってみよう。夜のお勤めの方は…」
どうなるのだ、と訊かれた会長さんが和室の方を指し示して。
「やる気になったなら始めようか。…鍋パーティーはこれでお開き! 今夜は解散」
希望者は瞬間移動で家まで送るよ、との好意に甘えて私たちは送って貰うことに。会長さんと教頭先生はそれが済んだ後で身体を清めて、阿弥陀様の前で読経だそうですよ~!



こうしてスタートを切った教頭先生、朝夕のお勤めをこなしつつ襖絵の構想を一週間ほど練っておられて、次の日曜日から製作開始。私たちが土曜日に遊びに行って尋ねたところ、素晴らしいアイデアが浮かんだとかで…。
「朝のお勤めと食事が済んだらアトリエに籠もって描いてるようだよ」
どんな絵かなぁ、と会長さんは好奇心に瞳を輝かせながら、家を訪れた私たちに。
「せっかくだから、覗き見はしないと決めたんだ。ぼくも、ぶるぅも」
「かみお~ん♪ 仕上がった時の、何だったっけ…カンドーだっけ?」
「そうそう、感動が薄れるからね。ハーレイもその方がいいだろう」
制作過程で何かと文句をつけられるよりは自由自在に筆を揮って、と会長さん。
「出来上がったヤツが気に入らなければ描き直し! 同じ描き直しなら下絵とか一枚だけの段階でやらせるよりもさ、仕上がったヤツがパアになる方がダメージが思い切り大きいしねえ?」
製作期間も延びてしまって修行の日々が…、と可笑しそうに笑う会長さんは朝夕のお勤めで教頭先生をいびり倒しているようです。サム君の証言によると指導の厳しさは修行体験ツアーの比ではなく、キース君がたまにジョミー君にやるシゴキに匹敵するレベル。
「え、シゴキ? それくらいやらなきゃ意味が無いだろ、お抱え絵師だよ?」
創作の方を自由にさせる分、締めるべき所はキッチリ締める、と会長さんは鬼の笑み。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も補佐役として教頭先生の立ち居振る舞いをチェックしているそうで。
「えっとね、畳の縁は踏んだらダメでしょ? それと歩幅も大事なの!」
「基礎の基礎だよね、修行のね」
それも出来ないような絵師にはロクな襖絵は描けやしない、と会長さん。そうやってシゴキまくられた教頭先生、本日は創作に没頭中。お昼御飯も食べにおいでにならなかったため、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が食べやすいお弁当を作ってお届けに…。
「どうだった、ぶるぅ? 描いていたかい、ハーレイは?」
会長さんの問いに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコックリと。
「うんっ! なんかブルーが来ていたけれど…」
「「「は?」」」
ブルーって? もしかして、こないだの樽酒騒動の…?
「ハーレイとお話していたよ? 後でこっちに来るんじゃないかなぁ」
きっと見学希望だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言っていた通り、それから間もなく私服のソルジャーが私たちの集うリビングに来たのですけど。



「えっ、資料?」
何の、と首を傾げる会長さんに、ソルジャーが。
「襖絵のだよ。…ネタに詰まって苦しんでたから、こないだ資料を提供したんだ」
「君がかい? 資料だったら、ぼくかぶるぅに言えばいいのに…」
その辺については文句は言わない、と会長さんが返せば、ソルジャーは。
「…言いにくいんだろ、シャイだしさ。お抱え絵師っていう立場だけで緊張しているみたいだよ」
毎日のお勤めが大変らしいね、と教頭先生に同情しきりで。
「もう少し、こう…。優しく扱ってあげればいいのに。ハーレイ、お勤め初心者だろう?」
「君が余計なことを言わなきゃマシだったかもね、お勤めの時間」
樽酒持参で勘違いして思いっ切り、と会長さんは吐き捨てるように。
「あれで徹底的にいびると誓ったんだよ、自分の心に! その代わり創作はのびのびと! 緩める所は緩めてあるんだ、文句を言われる筋合いは無い」
「なるほどねえ…。それじゃ気の毒な絵師を慰める役目は引き受けておくよ、資料提供とかも含めてさ」
「鼻血が出ない程度で頼むよ、襖絵がパアになっちゃうからね」
ハーレイの仕事を邪魔するな、と会長さんが釘を刺し、ソルジャーが。
「分かってるってば、一から描き直しになるんだろう? 心配しなくてもモデルはしないし、そうでなくてもぼくのハーレイも忙しいから手伝いに来てはあげられないよ」
「君のハーレイ? …確かに同じハーレイだけどさ、きっと感性が違うと思う。それに襖絵の絵師は今回は一人! 絵師が集団で請け負うケースもあるけど、ぼくはハーレイに頼んだんだからね」
姿形がそっくり同じでも絵師が二人じゃ話が違う、と会長さんはキャプテンの協力を即座に却下。そりゃそうでしょう、キャプテンの方はお抱え絵師って括りを外れてしまいますし…。
「ぼくが芸術の秋に求めるのはお抱え絵師! 君のハーレイもウチに住み込んでいるならともかく、他の世界からフラッと来るんじゃ意味が無い。アルバイトの絵師は要らないんだよ、無料で来るならボランティアかもだけど」
どちらにしてもお呼びじゃない、と大却下ですが、ソルジャーは特に言い返しもせずに。
「了解。それじゃハーレイのアトリエに寄ってから帰ろうかな。こないだ渡した資料の件で、まだ煮詰まってたみたいだしね」
下絵はかなり進んでいたけど、と語るソルジャーに襖絵の出来を質問する人はいませんでした。お抱え絵師のフレッシュなセンスを評価するのがこのプロジェクト。まるっと描き直しになったとしても、完成品を拝んでなんぼの企画ですってば…。



製作開始から一ヶ月。会長さんの厳しいシゴキに耐え、忙しい学校行事に追い回されつつ、黙々と筆を揮い続けた教頭先生の襖絵がついに完成の日を迎えました。お披露目の土曜日、私たちが会長さんの家に出掛けると先にソルジャーがちゃっかり来ていて。
「こんにちは。…ハーレイの襖絵、披露に一役買うことになってね」
ね、ブルー? と訊かれた会長さんが苦笑い。
「…しょっちゅう様子を見に来ていたし、ハーレイも頼りにしていたみたいで…。それにブルーのサイオンがあれば完成品を襖っぽく見せられるんだ。和室にズラッと立てて並べて」
そうでなければ床に並べて眺めることに…、と会長さん。
「ぼくのサイオンでも同じことは出来る。でもね、そのためには現物を見なきゃならないし…。一旦床で眺めるよりかは最初から襖仕立てだよ、うん」
「というわけで、ぼくの出番さ。ハーレイは和室に控えているし、襖絵は綺麗に並べておいた。みんな揃って見てあげてよね」
ハーレイの渾身の力作を! と先に立って歩いていくソルジャー。私たちも会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の後ろに続いて、教頭先生と襖絵が待つ和室に入って行ったのですけど。
「な、な、な………」
会長さんが目を白黒とさせ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の目はまん丸。私たちは…。
「…これってパクリって言わないわけ?」
何処かで見た、とジョミー君がしげしげと見入り、キース君が。
「…まんまではないが、パクリだな。これを知らないヤツはモグリだ」
「鳥獣戯画って言うんですよね、確かお寺の所有物で…」
シロエ君の台詞に、教頭先生が自信たっぷりに。
「うむ。せっかくだから寺の要素を取り入れてみた。そしてブルーへの想いをぶつけて四十八手に挑んだのだが、どうだろう? 資料はブルーが貸してくれてな、動物のチョイスも手伝ってくれた」
「「「…四十八手?」」」
なんのこっちゃ、と襖絵の中で相撲を取っている兎や猿やカエルの数を数えてみれば確かに四十八組あります。相撲の決まり手も実に様々、もつれまくって絡む様子は斬新で…。
「……ハーレイ……。なんでこういう展開なわけ?」
会長さんの地を這うような声が響いて、教頭先生が不思議そうに。
「お前、壮行会の時に言わなかったか? こういう時間が肝心だとか」
「それを言ったのはブルーだってば、ぼくじゃなくって!」
よくもエロい絵を阿弥陀様の前に並べ立ててくれたな、と会長さんは怒り心頭。この絵って何処かエロいんですか? 鳥獣戯画のパクリだとしか思えませんけど…。
「君たちもそう思うだろ? それにエロと芸術は紙一重だとか言うんだってね、こっちの世界じゃあ? ハーレイの渾身の作の襖絵、もう最高だと思うんだけど…」
これぞ芸術の真骨頂! とブチ上げるソルジャーと、樽酒で酔って情報が混乱したのか自信溢れる教頭先生の最強タッグ。会長さんにはお気の毒ですが、何処がエロいのか分からない以上、これは芸術だと思います。お抱え絵師さん作の鳥獣戯画で新しい襖絵、如何ですかぁ~?




           お抱えの絵師・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生が描いた襖絵、とんでもないモノになったようです。おまけにパクリ。
 ちなみに「お抱え絵師プロジェクト」は実在しました、座禅の宗派な某寺ですけど。

 そしてシャングリラ学園番外編は、11月8日で連載開始から7周年になりますです。
 7周年記念の御挨拶を兼ねまして、今月は月に2回の更新です。
 次回は 「第3月曜」 11月16日の更新となります、よろしくです~! 

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、11月は、先日の巨大スッポンタケの末路が問題なようで…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv




PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]