シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ファッションショーの最後を飾った教頭先生の花魁道中。とても華やかな衣装でしたが、鬘と着物で三十キロ以上もあるのだそうです。そんなのを変身ステッキでいきなり着付けられても平然としていた教頭先生、鍛え方が違うのでしょうね。ジョミー君は「ぼくだったら座りこんじゃって動けないよ」なんて言っています。そこへ…。
「アンケートの集計、出来ました」
入ってきたのはリオさんでした。スウェナちゃんと私が回収した申込書の処理が終わったみたいです。
「ドレスは全部大人気ですね。受注の抽選用に、名前を書いた紙も用意しました」
こちらです、と差し出されたのは蓋に穴が開いた四角い箱。中に申込者の名前を書いたメモが入っているのだそうです。流石リオさん、仕事が早い!
「御苦労さま。じゃあ抽選はぼくがやろう」
会長さんが箱に右手を突っ込み、ガサガサとかき混ぜてから折り畳まれた紙を取り出しました。誰の名前が書かれているのかと私たちが身を乗り出す中、会長さんは紙を開いて…。
「…グレイブ・マードック!?」
「「「ええぇっ!?」」」
グレイブ先生がミシェル先生のためにドレスをゲットしようと思っていたのは知ってましたが、大当たりとは!
「……ふぅん……」
メモと箱を交互に眺めていた会長さんの視線がリオさんに向いて。
「ずいぶん沢山グレイブの名前が入っているね。印字されたメモじゃ分からないけど、集計した時はどうだった? なんでグレイブがこんなに大勢?」
「ああ、それは…。ぼくにもよくは分かりませんが、筆跡からして男子生徒じゃないでしょうか。会場には男子も多かったですし、グレイブ先生が根回ししたんだと思います」
「なるほど…。男子ならドレスは欲しがらないし、無記名で出すより自分の名前を書いてくれ、と頼んだのか。そこまでしてドレスが欲しかった、と。…どうする、ぶるぅ?」
「んと、んと…。グレイブ、ドレスが欲しいの? 何番のヤツ?」
リオさんがアンケート用紙を繰ってナンバーを言うと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は思い切り首を傾げました。
「あれってグレイブに似合うかなぁ? …欲しいって言われたんだし、作るけどね」
「「え…」」
息を飲んだのはスウェナちゃんと私だけでした。そういえば男子はグレイブ先生がミシェル先生用のドレスを欲しがってた話は全く知らないんでしたっけ。でもリオさんと会長さんは知っているんだと思うんですけど…。会長さんは楽しそうに頷いています。
「キース、君が五番目に着ていたドレスがウケたようだよ。ほら、ワンショルダーでマリンブルーに白い刺繍を散らしたヤツ。セットで青いストールがついた…」
「…アレか…。先生は何を考えてるんだ? 似合うキャラとも思えんが」
「やっぱり君もそう思うかい?」
「当然だろう!」
信じられない、と呻くキース君。男の子たちは全員頭を抱えていました。会長さんはクッと笑って…。
「よし、ぶるぅ。グレイブの望みを叶えよう。グレイブのサイズは測らなくても学校のデータベースにあった筈だよ」
滅多に使わない端末を立ち上げ、会長さんはデータを引き出してプリントアウト。間違った方向へ話が進んでいるようですが、リオさんは涼しい顔でした。
「じゃあ、ぼくはこれで失礼します。…で、明日は寄付金集めですよね?」
「うん。頑張って稼ぐからね」
えっ、寄付金集め? 稼ぐって、何? リオさんに笑顔で手を振る会長さんを、私たちは恐ろしいものを見るような目で眺めていました。
リオさんが壁の向こうに消えた後、最初に口を開いたのはサム君でした。
「ブルー、寄付金集めって何するんだ? 稼ぐって…ブルーが?」
「ああ、心配しなくてもサムにやらせるつもりはないよ。ファッションショーは無事に終わったし、今度は仮装と後夜祭の人気投票だなぁ、って…。ジョミー、キース、二人とも期待しているからね」
「「えっ?」」
名前を呼ばれてギョッとした顔のジョミー君とキース君。会長さんがパチンと指を鳴らすと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥の部屋へ走ってゆきました。そこはドレス置き場に使われていた部屋ですが…いったい何が出てくると…?
「かみお~ん♪ はい、キース。はい、こっちがジョミーの分だから」
「「!!?」」」
二人の前に置かれたものは畳んだ墨染の衣でした。菅笠と草鞋、『シャングリラ学園生徒会』と白く染め抜かれた黒い布製の袋まで…。
「なんだよ、これ!」
ジョミー君が叫び、キース君が。
「お、おい…。なんで托鉢用の衣が此処に!? いったい俺たちに何をしろと!?」
「托鉢ショーだよ」
平然と答える会長さん。
「「「托鉢ショー!?」」」
全員の声が裏返りました。托鉢ショーって何なんですか!
「托鉢を兼ねたショーのことさ。その格好で校内を歩いて貰うんだ。で、袋にお金を入れてくれた人にはお念仏を唱えてあげる。二人セットで行っておいで。…たまには生徒会の資金稼ぎもいいだろう?」
「俺が!?」
「ぼくが!?」
キース君とジョミー君の叫びを無視して会長さんは続けます。
「この部屋が陰の生徒会室と呼ばれてることは知ってるよね? ここを溜まり場にしてるからには、生徒会への寄付金集めをしてくれたっていいと思うな。もちろんショーと銘打つからには娯楽の要素も取り入れるし」
「「「娯楽?」」」
「うん。托鉢ショーには、ぶるぅがお供でつくんだよ。小僧さんの格好をしてね」
ああ、キース君の大学を見学しに行った時の可愛い小僧さんスタイルですか! それは素敵かもしれません。あの格好は可愛かったですし、そんなお供がついているなら女子がお金を入れるかも…。
「それだけじゃない。喜捨…キシャっていうのは托鉢僧にお金をあげることなんだけどね。喜捨した人には、ぶるぅがサイオニック・ドリームを見せてくれるんだ。ズバリ、キースとジョミーの坊主頭を」
「「「!!!」」」
全員の呼吸が止まりました。坊主頭って…まさかのツルツル…?
「いいだろう? だから二人とも、菅笠は被らずに背中にね。サイオニック・ドリームは喜捨した人しか見られないから、たとえ行列が出来ていたって皆に見られる心配はない。しかも時間はほんの僅か。お念仏を十回唱える間だけさ」
「ちょ…ちょっと待ってよ!」
ジョミー君が泣きそうな顔で会長さんを遮ります。
「坊主頭って…サイオニック・ドリームって…。もしかしてお金を入れた人には、ぼくがツルツル頭に見えるの?」
「そうだよ、ジョミー。君はぼくの大事な高僧候補で、キースは未来の住職候補だ。二人ともいつかはツルツルなんだし、こんな機会もいいかと思って…。大丈夫、本当に剃ってしまおうってわけじゃないから」
「勝手に決めるな! 俺たちの意志はどうなるんだ!?」
絶叫するキース君に会長さんは冷たい視線をチラリと向けて。
「…緋の衣のぼくに逆らえるとでも? 君がサボッた特別講座の単位を貰ってあげるのは簡単だ。ついでに君のお父さんに感謝されつつ、君を丸坊主にすることも…ね」
「うわーっっっ!!!」
やめてくれぇぇぇ、と悲鳴を上げて髪を押さえるキース君。ジョミー君も逆らったら丸坊主にされかねないと思ったらしく、青ざめて唇を結んでいます。会長さんはジョミー君にニッコリ微笑みかけました。
「ジョミー、お念仏を十回だ。本山の修行体験で基本を習ってきただろう? 誰かがお金を入れてくれたら深くお辞儀してお念仏を唱えるだけでいいんだよ」
「………」
「そうそう、ジョミーとキース、どちらがお金を入れて貰っても、サイオニック・ドリームは二人セットで発動するから。ジョミーがお念仏を唱えていたらキースも坊主頭に見えるし、その逆もアリだ。二人とも、明日は頑張って」
「「………」」」
ガックリと肩を落とす二人に私たちは同情を禁じ得ませんでした。髪を短く切るのが嫌で特別講座から逃げ出して来たキース君なのに、こんな結末になるなんて。生徒会への寄付金集めって、絶対、ただのこじつけですよね…?
学園祭二日目。ジョミー君とキース君は墨染の衣を纏い、背中に菅笠、首から托鉢用の袋を提げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を出発しました。後ろには小僧さんスタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がくっついています。托鉢ショーの開催は宣伝されていなかったので、最初の喜捨はフィシスさんがサクラになったのですが…。
「まあっ、なんて有難いお姿でしょう! 私、驚いてしまいましたわ」
感激しました、と二人に向かって合掌しているフィシスさん。遠巻きに見守っていた私たちも驚くような大袈裟なパフォーマンスに、上級生の女の子たちがフィシスさんの方へ寄って行きます。ショーのカラクリを聞き出したらしい上級生が続いて喜捨をし、それから後は口コミで…。
「うん、なかなかウケが良さそうだ」
会長さんが満足そうに頷き、私たちもジョミー君たちの頭がどんな風に見えるのか好奇心がうずき出したのですが。
「ダメだよ、君たちは喜捨禁止。武士の情けと言うだろう? 見たいんだったら人気投票に賭けるんだね」
「「「人気投票?」」」
「そうだよ、後夜祭でやるじゃないか。あれでジョミーとキースがトップになったら、会場にいる全員が同時に目撃できる規模でサイオニック・ドリームを発動させる。ジョミーとキース、二人合わせて一人分の票とカウントするよう先生方に根回しをした。ジョミーたちには後夜祭まで内緒だけれど、リオに宣伝させるつもりさ」
笑みを浮かべる会長さんは自信満々というヤツでした。恐らくリオさんがチラシか何かを配るのでしょう。ジョミー君たちにバレない場所でコッソリと…。
「……キース先輩の坊主頭が全校生徒に……」
あんまりです、と言いつつシロエ君の目が輝いています。キース君に坊主頭が似合わなかった件は前から知っていたシロエ君ですが、実物は見たことが無いのですから気になるのも無理はありません。そして私たちもジョミー君たちの坊主頭を見たいという気持ちを抑えられず…。
「私もリオさんを手伝うわ!」
「よーし、俺も!」
スウェナちゃんとサム君が会長さんにリオさんの居場所を聞いて走って行ってしまいました。二人ともジョミー君の幼馴染だけに容赦ないかも。シロエ君とマツカ君は苦笑しています。
「おや、君たちは行かないのかい?」
面白いのに、と呟いてから会長さんが私たち三人をじっと眺めて。
「じゃあ、君たちはこれを配ってくれるかな。ぼくも寄付金集めをするんだ。…ついでにフィシスに勝たないとね」
「「「!!!」」」
宙に取り出されたのはチラシの束。そこには銀色の鬘に赤い瞳の花魁が…。しかし白塗りメイクは無しです。
「ほら、ぼくって色が白いから…口紅だけの方が自然かな、って。ハーレイと練習していたんだよ、花魁道中」
「「「………」」」
チラシには花魁道中が開催される時間と場所が書かれていました。『礼法室でお点前』の文も。
「花魁道中で寄付金集めは、ちょっと難しそうだろう? だからお茶席を設けるのさ。ぼくがお茶を点てて職員さんが運ぶんだ。代金も職員さんが集めてくれるし」
君たちも気が向いたら見においで、と言って会長さんは立ち去ってしまい、私たちはチラシを配ることに。
「あのぅ…。これ……」
お願いします、と差し出した一枚を受け取った女の子が黄色い悲鳴を上げたのを皮切りに、殺到してくる女子生徒の群れ。チラシはアッという間に無くなり、やがて一回目の花魁道中がしずしずと現れたのでした。
「ブルー、すげえや…」
少し前に戻ってきていたサム君がポカンと口を開けて会長さんを見ています。絢爛豪華な衣装を纏った会長さんは、粋な着物姿の職員さんが差しかける蛇の目傘の下で優雅に足を運んでいました。お供の人はいませんけれど、見ごたえ十分な姿です。あちこちでカメラのシャッターが切られ、女の子たちは大騒ぎ。
「あれって確か重いんですよね?」
マツカ君がわざわざ訊いてくるほど、会長さんは重さを感じさせない歩みぶり。行先は礼法室のある建物ですし、辿り着いたら少し休憩してお点前をしようというのでしょう。元々が高僧ですから、お茶の心得もバッチリの筈。寄付金集めも、人気投票でフィシスさんに勝つという目標も軽々とクリアできそうです。
「女子にエントリーしていた理由はコレでしたか…」
呆れた様子のシロエ君。会長さんがゆったりと進んでゆく中、不意に場違いな歓声が響きました。
「「「教頭せんせーっ!!!」」」
えっ!? 慌てて視線を向けた先には、昨日のファッションショーで見た背の高いゴツイ花魁が…。着物姿のシド先生が伸び上がるようにして懸命に傘を差しかけています。こちらは黒髪の鬘に白塗りメイクで、会長さんの艶やかな姿を見た後だけに破壊力抜群の光景でした。でもそれなりに…ウケてますよね…。どうやら花魁道中は会長さんと教頭先生の二人がセットみたいです。
「教頭先生もお点前をするんでしょうか?」
マツカ君の問いにサム君が。
「ブルーだけだと思いたいぜ。…俺、教頭先生のお茶は遠慮したいな」
「そうですね…。ぼくもちょっと…」
柔道の稽古で十分です、とシロエ君。花魁道中が終わった後で私たちはスウェナちゃんと合流し、礼法室を見に行くことにしました。サム君とスウェナちゃんはリオさんのお手伝いをしてチラシを配ったそうですが…。
「キース先輩、どうなるんでしょう?」
シロエ君が尋ねます。
「そうねぇ…。かなりマズイと思うわよ。私がチラシを渡した人は一票入れるって言っていたもの」
「だよな! 配り終わって歩いてた時、後夜祭は坊主だよなって話をしているヤツらがいたし」
男子生徒も乗り気だった、とサム君が真顔で証言します。後夜祭の人気投票は造花の薔薇の数で競うんですし、男子生徒が乗り気となれば、自分がゲットした薔薇をジョミー君たちの票にしてしまうことも可能なわけで…。更に一位を目指していた人が面白さ目当てで試合放棄もあるわけで…。
「ヤバいですね…」
「多分ジョミーとキースで決まりよ」
見ものだわ、とクスクス笑うスウェナちゃん。礼法室に辿り着いてみると、なんと行列が出来ていました。『最後尾はこちら』の札を持った職員さんが立っています。行列の構成は男子と女子の混成部隊で、父兄らしき人の数も半端ではなく…これじゃ会長さんのお点前でお茶を頂くのは無理でしょう。でもサム君は並びに行ってしまいました。
「…ぼくたちはどうします?」
マツカ君が言い、スウェナちゃんが。
「関係者ですって言って見るだけ見せてもらいましょうよ。せっかく来たんだし」
ほらこっち、とズンズン進むスウェナちゃん。長蛇の列の横を通って礼法室の中を覗くと、床の間の前に座った花魁姿の会長さんがお点前を披露中でした。どう見ても絶世の美女の艶姿です。写真を撮っている人もいますし、もう会長さんのことは放っておくしか…。教頭先生はやはりいませんでした。お点前までは未習得なのか、忙しいのかは分かりませんが。
ジョミー君たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の托鉢ショー、それに会長さんと教頭先生の花魁道中。とんでもないイベントが繰り広げられた学園祭の二日目を締め括るのは後夜祭のダンスパーティーでした。花魁の扮装から解放されてスーツに戻った教頭先生が校庭に特設された舞台でマイクを握ります。
「それでは今から薔薇を配る。今日のダンスは男女合同だから、ネームプレートに自分の名前を書いて、ダンスの間に意中の人に渡しなさい。記念に持って帰るのもいいが、この薔薇を貰った数で人気投票が行われるから、使い道はよく考えるんだぞ」
「「「はーい!!!」」」
元気よく返事が返った所で真紅の薔薇の造花が配られました。昨年同様、小さなプレートがくっついています。えっと、名前を書き込んで…。ジョミー君には悪いですけど、投票させてもらおうっと! 軽快なワルツが流れ出す中、墨染の衣のジョミー君とキース君は憮然とした顔で校庭の隅に立っています。人気投票の結果次第で自分たちの身に何が起こるか、ついに知らされたのでしょう。その隣には花魁姿の会長さんが小僧さんスタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」を従えて…。
「ふふ。君もジョミーたちに入れに来たんだ?」
嫣然と微笑む会長さんの脇の大きな籠には沢山の薔薇が入っていました。横にはフィシスさんの籠があってブラウ先生が番をしています。フィシスさんはといえば花の精のような藤色のドレスで校庭でワルツのお相手中。パートナー志願が次から次へと現れているようですが…。
「フィシスに負けるつもりはないよ。ほらね、けっこういい勝負なんだ」
会長さんが言うとおり、薔薇の数は会長さんとフィシスさんの接戦でした。あ、アルトちゃんとrちゃんだ!
「「…頑張って下さいね」」
二人は会長さんの籠に薔薇を入れると、頬を赤らめて去ってゆきます。なるほど、女子からの票もありましたか。そして男子が大勢でやって来た時は、薔薇の行先はジョミー君とキース君の籠。女子がグループで来ると会長さんの籠か、ジョミー君とキース君の籠。単独で入れに来る人は…会長さんかフィシスさんの籠。獲得数の多い人に渡される籠を持っている人は他にはいません。
「ネームプレートを外した薔薇が多いね、キース? ねえ、ジョミー?」
会長さんの言葉に二人は答えませんでした。ネームプレートがついてない薔薇は、男子が自分に渡された薔薇を横流しした証拠です。薔薇をくれた女の子の名前だけゲットし、薔薇本体は期待をこめて人気投票に使い回し。あ、かっこいい男子生徒が沢山の薔薇をジョミー君たちの籠にドサドサと…。自分の人気よりもジョミー君たちの坊主頭が優先ですか~!
「さてと、ダンスは楽しんでくれたかい?」
ラストダンスが終わった所でブラウ先生が登場しました。軽快なトークはブラウ先生の十八番で、お祭り騒ぎの進行役はいつでもブラウ先生です。
「意中の人に薔薇を渡せたようだし、いよいよ人気投票だ! カウントしなけりゃいけないほどの薔薇を持った子は舞台においで。…おっと、今年の男子は二人で一人の扱いという破格のペアの登場だよ! ジョミー・マーキス・シン! そして去年の一位のキース・アニアン! 戦わずして一位決定~!」
おおっ、という声と拍手が上がりました。墨染の衣のジョミー君とキース君が薔薇一杯の籠を挟んで舞台の上に立っています。顔を引き攣らせる二人を叱咤しているのは花魁姿の会長さん。フィシスさんと薔薇の数を競うようです。一個、二個…と薔薇が投げられ、フィシスさんの薔薇が無くなって。
「これは凄い番狂わせだ! フィシスの連勝記録が止まっちまったよ! 女子の一位はシャングリラ学園生徒会長、ブルー!」
「かみお~ん♪」
舞台に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び出しました。いよいよ托鉢ショーのクライマックス開幕ですか~!? と、会長さんがブラウ先生からマイクを受け取ったではありませんか。
「みんな、ぼくに投票してくれてありがとう! お蔭で女子の一位になれた。御礼に舞台の端から端まで花魁道中をさせて貰うよ。そしてその間、ぶるぅがショーを披露する。ジョミーとキースがツルツルの坊主頭に大変身!」
「「「待ってましたーっっっ!!!」」」
「あ、写真撮影は自由だけれど、ジョミーとキースの坊主頭は写らない。ごめんね、そういう仕様なんだ。目で楽しんでくれたまえ」
「「「ええぇーっ!?」」」
残念、という声があちこちで上がります。最前列で待ち構えていた私たちもガッカリですが、サイオニック・ドリームですし仕方ないかも…。
暮れてきた校庭にしっとりとした琴の音色が流れ始めました。ジョミー君とキース君が特設舞台の中央に立ち、会長さんが右の端から左端へと静かに足を進めます。内八文字で三歩進んだ所で小僧さんスタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がポーンと宙に飛び上がって。
「かみお~ん♪」
クルクルと宙返りしながらジョミー君たちの頭上を飛び越え、スタッと舞台に着地すると…。
「「「おぉぉぉぉっ!!!」」」
ジョミー君とキース君の髪はすっかり消えてしまっていました。ツルツルの坊主頭にライトが映えて鈍い光を放っています。そ、それにしても…。
「「「わははははは!!!」」」
似合いません。あまりにも似合っていませんでした、キース君。ジョミー君の方がまだマシです。修行中の若いお坊さんのようで可愛いですけど、キース君は…なんというか…。
「妙に艶めかしいですね…」
シロエ君がボソリと呟き、サム君が溜息をついています。
「顔が整いすぎなんだよな。もっと武闘派みたいなスキンヘッドを想像したけど」
「そうよねぇ…。どっちかと言えば母性本能をくすぐりそうよ。女の子が放っておかない感じ。お坊さんと若い女の子じゃあスキャンダルだわ」
スウェナちゃんは少し考え込んで。
「あ、そうそう! そういう歌がなかったかしら? 坊さんカンザシ買うを見た♪ とかいう民謡か何か」
「よさこい節ですね」
応じたのはマツカ君でした。
「何処かのお寺のお坊さんが女性と恋仲になって簪を…。駆け落ちした末に捕まって流罪でしたっけ?」
あああ、みんな言いたい放題ですよ~! でも坊主頭のキース君には確かに色気がありました。ジョミー君が厳しい修行もモノともしない体育系なら、キース君は学問一筋の文化系といったところでしょうか。対照的な二人の坊主頭は他の生徒にも大ウケでした。しかも会長さんの花魁がしゃなりしゃなりと二人の前を横切ってゆくのですから堪りません。
「お坊さんに花魁って…なんだか妙に似合ってない?」
「坊主って確かスケベなヤツが多いんだよな」
「そうそう、偉い坊主になるとパルテノンとかで遊ぶんだよな!」
無責任な会話が飛び交い、スウェナちゃんが言っていた『よさこい節』を口ずさむ人が現れて…。ついには琴の音色もかき消すほどの合唱になり、花魁道中と坊主頭のコラボレーションは大成功。会長さんが舞台の袖に引っ込み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙返りしてジョミー君たちの頭に髪の毛が戻ってきても、『よさこい節』の歌と手拍子は賑やかに続いていたのでした。
制服に早変わりした会長さんが舞台に現れてマイクを握ると校庭はシンと静かな空間に。いよいよ学園祭もフィナーレです。
「今日は生徒会の資金集めに協力してくれてありがとう。…最後に昨日のファッションショーで申し込んでくれたドレスの当選者を発表したいと思う。当選者は…」
キャーキャーと騒ぐ女の子たちに手を振り、会長さんは声を張り上げました。
「グレイブ・マードック先生!」
「「「えぇぇっ!?」」」
「ごめん、ごめん。…厳粛な抽選の結果なんだ。クジを引いたぼくを許して欲しいな」
ブーイングの嵐を微笑みで鎮める会長さん。
「おめでとうございます、グレイブ先生。奥様のために頑張られましたね。どうぞ舞台へ!」
ミシェル先生の代理だったか、と納得しつつも「先生が申し込むなんて酷い」と叫ぶ女の子たち。グレイブ先生はミシェル先生をエスコートして颯爽と舞台に上がります。会長さんは優雅にお辞儀をして。
「ご注文の品をぶるぅが作ってくれました。ご披露させて頂きます。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
舞台に飛び出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」が金色のステッキを振り、青い光が飛び散って…。
「「「!!!」」」
マリンブルーのドレスを纏って立っていたのは黒髪美女のミシェル先生ではなく、エスコートしていたグレイブ先生。ワンショルダーの肩にコサージュが付いた華やかなドレスは、とんでもなく激しくミスマッチでした。ワナワナと震え出したグレイブ先生が口を開く前に会長さんが笑い出します。
「奥様思いは分かりますけど、男子生徒を動員してまで申込書を書かせるんでしたら、奥様の名前を書くよう徹底指導するべきでしたね。抽選に当選したのはグレイブ・マードック先生です。だからドレスをお作りしました」
「グレイブ!!」
ミシェル先生が柳眉を吊り上げ、グレイブ先生の頬を派手に平手打ち。校庭は爆笑の渦に包まれ、空に花火が上がります。舞台から降りていたジョミー君とキース君は「大トリがグレイブ先生で助かった」と喜びながら拍手を送り、グレイブ先生はドレス姿で舞台の上を逃げ回り…。ミシェル先生、マイクスタンドを振り上げて追いかけてますけど、あれは絶対、お遊びですよね。今年の学園祭も賑やかでした。シャングリラ学園、万歳!