シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
一日だけ自分の家へ帰った私たちは騒ぎに備えてたっぷり休んで…気が付けばもう別荘行きの朝でした。駅に行くと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「ぶるぅ」、会長さんの服を借りたソルジャーまでが勢揃い。教頭先生もラフな格好で時間通りにやって来たので電車の旅も順調で…車内も至って平穏に過ぎ、駅には迎えのマイクロバスが。
「いらっしゃいませ」
別荘に着くと執事さんが迎えてくれました。それぞれの部屋へ案内されて荷物を置いて、一階の広間に集まったまではいいのですが。
「…ちょっと聞いてもいいだろうか?」
教頭先生がマツカ君へと視線を向けます。テーブルには冷たい飲み物が並んでいました。駅弁を食べて来たので昼食は要りませんし、一休みしたら海へ泳ぎに行く予定です。教頭先生、何かを思い付いたのでしょうか?
「えっと…何でしょう?」
首を傾げるマツカ君。教頭先生はすぐには話さず、少し考え込んでから…。
「やはり訊くのが一番だろうな。…その……なんだ、去年と家具を入れ替えたのか?」
「え?」
「いや…。私の勘違いかもしれん。心当たりがないのだったら構わんが」
「訊いてみましょうか?」
マツカ君が銀の呼び鈴を手に取りましたが、教頭先生は大慌てで。
「いや、いい! そこまでしてもらう必要はない」
「「「???」」」
私たちの頭上に飛び交う『?』マーク。そんな中でスックと席を立ったのはソルジャーでした。
「ハーレイの部屋に何か起こったらしい。行こう、百聞は一見に如かず」
「えっ…」
息を飲んだのは会長さんです。
「やめておこうよ、それより海に出かけた方が…」
「ふぅん? 反対されるとやる気が出る。ハーレイ、部屋に案内して」
「…い、いえ…。私も海をお勧めしたいと…」
「君が持ち出した話だよ? キリキリ案内してもらおうか」
一歩も引かないソルジャーに押され、教頭先生は気乗りしない様子で立ち上がりました。そのすぐ後にソルジャーが会長さんの腕を引っ張って続き、私たちも当然のように道連れにされて向かった先は二階です。広い別荘にはゲストルームが沢山あって、教頭先生の部屋もその一つ。
「…ここだ」
扉の前で止まった教頭先生にソルジャーが「なるほど」と頷いて。
「家具がどうとか言っていたけど、やっぱり君の勘違いだよ。去年とは別の部屋になってる」
「そうですか?」
「うん。ぼくのハーレイと入れ替わってくれたから覚えてるんだ。ハーレイの部屋に泊まりに行ったし…。この部屋じゃなかった、間違いない。で、この部屋がどうしたって?」
「勘違いならいいのです。別の部屋ならそういうことも…」
戻りましょう、と踵を返そうとした教頭先生の腕をソルジャーがハッシと掴みました。
「ちょっと待った! まだ部屋の中を見てないし? 何がそんなに気になるのかな、と…。みんなだってそう思うだろう? 遠慮しないで披露しちゃえば? ぶるぅ!」
「オッケー!」
勢いよく扉を開け放ったのは「ぶるぅ」でした。ゆったりとしたゲストルームはもれなくバスつき。ソファなどもあって居心地満点、ベッドの寝心地も最高で……って、あれ? なんだかベッドが大きめです。私たちの部屋のものよりかなり大きく、しかも枕が2組って…?
「ふふ、ダブルベッド。…熱々のカップル仕様の部屋なのかな?」
ソルジャーがマツカ君の方を振り向き、マツカ君は。
「えっと…。色々なお客様がお見えになりますし…ご夫妻でいらした方がお使いになる部屋かと…。あれ? なんで教頭先生に…? 間違えるなんて…」
すみません、と頭を下げるマツカ君の肩をソルジャーがポンと軽く叩いて。
「気にしない、気にしない。ハーレイは身体が大きいしねえ…。気を利かせて広いベッドにしたとか」
「あ、そうかも。…その可能性もありますよね」
部屋は余っているんですから、とマツカ君が安堵の息を吐き出した時。
「だけど違うと思うんだ」
ソルジャーの瞳がキラリと妖しく光りました。
「気を利かせたのは間違いなさそうだけど、別の方面の気遣いらしい。…ほら、去年はぼくがハーレイの部屋に泊まっただろう? とっても素敵な夜だったけども、ベッドが少し狭かったかな。ダブルベッドじゃなかったからねえ…。ハーレイの部屋で何があったかはベッドメイクの人なら分かるし」
「………」
会長さんが額を押さえています。えっと…要するに、このお部屋って…?
「この部屋の意味は明らかだよね。ハーレイ専用の愛の空間!」
ソルジャーが高らかに言い放ちました。
「誰を連れ込んだのかは分からないけど、この面子の中に大事なお相手がいるのは確かだ。今年は滞在期間も長いし、たっぷり楽しんで頂こう…って気遣いが滲み出ているよ。…良かったねえ、ハーレイ、ダブルベッドで」
クスクスクス…と笑うソルジャー。もしかしてこれは鬼門ですか? とんでもないことになりましたか~?
いきなり大惨事かと覚悟しましたが、ソルジャーは何もしませんでした。ひとしきり笑った後はさっさと引き揚げ、そのまま海へ。初日とあって軽く泳いで、お風呂に入って美味しい夕食。教頭先生は生ビールも飲み、すっかりリゾート気分です。夕食の後は二階の和室でワイワイ騒いでいたのですけど…。
「ハーレイってさあ…」
ソルジャーが缶チューハイ片手に言いました。
「ここでの印象、最低だよね」
「「「は?」」」
最低ですって? どの辺が? 何もなかったと思うんですけど…。
「昨日今日のことじゃなくって総合的に…さ。えっと、一昨年がストリーキング? でもって去年がエロ教師。生徒をベッドに引っ張り込んで楽しんだのは間違いないし!」
「そ、それは…」
教頭先生が青ざめています。ストリーキングは否定できませんが去年の件は濡れ衣でした。教頭先生に割り当てられた部屋で過ごしたのは瓜二つのキャプテンと、その恋人のソルジャーです。でも執事さんたちが事実を知る筈がなく、結果が今年のダブルベッドのお部屋となって表れたわけで…。
「大丈夫です、教頭先生!」
マツカ君が強く言い切りました。
「口が堅いのが此処での雇用条件ですし、先生にご迷惑はかけませんから!」
「…そうは言われてもな……。ははは、私がエロ教師か…」
泣き笑いのような教頭先生。引っ張り込むどころか前段階で派手に転んでばっかりなのに誤解されては気の毒としか…。でもソルジャーはそうは思っていなかったらしく。
「ハーレイ、これはチャンスだよ? ダブルベッドを貰ったからには頑張らなくちゃ! この際だからヘタレ直しの仕切り直しはどうだろう? ぼくのハーレイも君を心配してるしね…。ぼくでよければ付き合うからさ、大いにベッドを活用しよう」
そういうわけで、とソルジャーは教頭先生の手を取って。
「じゃあ、今夜から修行しようか。…ぶるぅ、お前は一人で寝るんだよ? 寂しかったらブルーの部屋にぶるぅがいるから泊めてもらえばいいからね」
「分かった! 大人の時間なんだね」
おませな「ぶるぅ」は素直に頷き、早速お泊まりの交渉を開始しようとしたのですが。
「勝手に決めないで欲しいんだけど?」
会長さんの地を這うような声が無邪気な声に被さりました。
「ハーレイの部屋にはぼくが行く」
「「「えぇっ!?」」」
誰もがビックリ仰天でした。会長さんが教頭先生のお部屋に行ってどうすると? そりゃあ…サイオニック・ドリームとかはあるでしょうけど、本気であそこに泊まる気ですか…?
「…行くよ、ハーレイ。あ、みんなもついて来てくれればいい」
「「「………」」」
なんだか妙な雲行きです。教頭先生は眉間の皺を深くしてますし、ソルジャーも腑に落ちないといった表情。けれど会長さんは意にも介さず、私たちを引き連れて問題の部屋へ。中へ入って灯りを点けると、やおらベッドに近付いて行って右の掌にサイオンを集め、パアッと一気に迸らせて…。
「これでよし、と。…ハーレイ、誰と相部屋がいい?」
「…お前じゃないのか?」
「なんでそこまで要求するかな? それともブルーと一緒がよかった? だったら…」
「い、いや…」
首を左右に振る教頭先生。会長さんと一緒ならともかく、ソルジャーだけは御免でしょう。少しくらいは心惹かれるかもしれませんけど。
「ブルー除けだよ、この仕掛けはね。とりあえず此処が境界だ。…触ってみて」
「境界…?」
恐る恐る差し出した教頭先生の手がベッドの上で何かにコツンと当たります。そのままペタペタと透明な壁みたいなものを触っていますが、あれって何?
「一種の結界みたいなものさ」
会長さんが得意そうに微笑みました。
「サイオンと陰陽道の合わせ技ってところかな。ベッドの真ん中に壁を作ってみたんだよ。ブルーに陰陽道の心得はないから破壊するのは不可能だ。これでダブルベッドの意味はない。シングルのベッドを並べたのと同じさ。…で、用心棒に誰か一人を相部屋にしとけば完璧だよね」
「ほう…。これなら安心して眠れるな」
ホッとした顔の教頭先生。ソルジャーは本当に壁を破壊できないらしくて膨れっ面です。
「何をするのさ! ぼくの好意を無にするなんて…」
「君のは迷惑行為だろう? 結界は寝る時間だけ発動するからベッドメイクに支障はない。それで相部屋の件なんだけど、ここはやっぱりキースかな?」
「俺!?」
「うん。誰よりもきっと君が適任」
会長さんはキース君をビシッと指差して。
「ハーレイの弟子だし、腕も立つしね。ぶるぅの部屋を壊したお詫びも兼ねて、ぜひ頑張ってもらいたい」
「ぶるぅの部屋か…。分かった、寝ずの番をすればいいんだな?」
「ううん、ハーレイと同じベッドで寝ればいいのさ。境界線で半分ずつに分かれているからセクハラされる心配はないよ」
その言葉に教頭先生が深い溜息。
「ブルー、人聞きの悪いことを言うんじゃない。なんで私がセクハラをせねばならんのだ」
「え、だって。キースも一応、男だからさ」
「私にはお前しか見えていないと言ってるだろう!」
「…その思い込みも消えないねえ…。じゃあ、キース。今夜から相部屋よろしく頼むよ」
荷物を持って引っ越して、と会長さんに言われて真面目に頷くキース君。ダブルベッドには驚きましたが、これで安心みたいです。用心棒までついていたんじゃソルジャーも手出しはできませんよね?
会長さんの結界と相部屋作戦は功を奏したようでした。翌朝、教頭先生とキース君は爽やかな顔で食堂に現れ、よく眠れたと上機嫌です。今日も海だね、と水着に着替えて玄関に集合してみると。
「「かみお~ん♪」」
銀色の人魚の尻尾を脇に抱えた『ぶるぅズ』の二人がニコニコ顔で立っていました。
「今日は人魚になるんだよ!」
「海ならやっぱりぶるぅズだよね♪」
わーい! と駆け出していった二人はプライベート・ビーチのパラソルの下にレジャーシートを敷いています。いったい何をするのでしょう?
「砂が入らないように準備中さ」
教えてくれたのは会長さん。ぶるぅズの二人は人魚の尻尾をレジャーシートの上に置いてからファスナーを開け、それから海水パンツをポイと脱ぎ捨て、人魚の尻尾をモゾモゾと…。うわぁ、本当にノーパンでしたか!
「可愛いだろう、ぶるぅがやると。これがハーレイだとこうはいかない」
「うん、ぼくも全面的に賛成」
あれは視覚の暴力だ、とソルジャーまでが同意見。ぶるぅズの二人は人魚の尻尾を装着するとピョーンとジャンプして海に飛び込み、楽しく跳ねたり泳いだり。私たちも小さな人魚と遊ぶチャンスを逃してなるか、と先を争って海の中へと…。ジョミー君たちもはしゃいでいます。
「ぶるぅ、こっち、こっち!」
「ボール投げるぞ? 取ってこいよー!!」
「かみお~ん!」
尻尾で打ち返されたボールがサム君の顔面に激突したり、ぶるぅズのサイオン・ジャンプに巻き込まれたシロエ君が宙に舞ったり、なんだかんだと大騒ぎ。…ふと気がつくとパラソルの下には会長さんしかいませんでした。憮然とした顔で真っ白な椅子に座ってますけど、ソルジャーは? ついでに教頭先生は…? えっ、なんですって?
「…あっちだってば」
会長さんが別荘の方を指し示しました。別荘って…さっき一緒に浜辺に来たのに、二人とも帰ってしまったんですか? そんなに長時間遊んでたかな、と休憩をしに上がっていくと会長さんが。
「ぶるぅも上がらないといけないよ。冷えちゃうからね」
「「はーい!!」」
小さな人魚は尻尾を海水パンツに履き替え、レジャーシートに転がります。ぴったりフィットの人魚の尻尾は砂が入ると皮膚に擦れて痛くなるのだ、と会長さんが説明してくれました。尻尾は砂が入らないよう専用の収納袋に納まっていたり…。私たちも思い思いに寛ぎながら過ごしていると、後ろから声が。
「やあ、お待たせ」
「「「!?」」」
振り返った先に立っていたのはソルジャーでしたが、その後ろには教頭先生。しかも褐色の逞しい腕に抱えているのはショッキング・ピンクの人魚の尻尾で…。
「説得するのに苦労したよ。それに専用下着でここまで来るのはどうしても嫌だと言い張るしさ…。ストリーキングよりマシだろう、って言ったんだけどダメだった」
当然だろう、と頭痛を覚える私たち。教頭先生はしっかり普通の海水パンツを履いていました。紫色のレースのTバックなんて履いて歩いたら変態です。でもソルジャーが説得だなんて、いったい何をどうやって…?
「ハーレイの人魚も見たいなぁ、って思ったんだよ」
ソルジャーは悪びれもせずに答えました。
「ブルーも見たかったらしいんだけど、ぼくが悪戯するんじゃないかと心配のあまり言い出せなくて…。だから代わりに二人分。ブルーってけっこう小心者だね。それじゃソルジャーは務まらないよ」
「君の心臓が桁外れなんだ! 変な説得、してないだろうね?」
「してない、してない。ちゃんと理詰めで説得したさ。ストリーキング再びがいいか、人魚になって泳ぐのがいいか。イメージ映像も送り込みながら頑張ったし! ねえ、ハーレイ?」
「はい…。無理強いはされておりません…」
悄然とした教頭先生。ストリーキングだと脅されたのではどうしようもない、といった所でしょうか。教頭先生が海水パンツをゴソゴソと脱ぐと、下には紫のTバック。レジャーシートに寝そべってショッキング・ピンクの尻尾を着ければ立派な人魚が…。
「かみお~ん♪ 休憩、終わったよ!」
「ハーレイも一緒に遊ぼうよ~!」
ぶるぅズの二人が再び銀色の尻尾を着けて跳ねてきました。二人のサイオンが教頭先生人魚をポーンと海に放り込み…その後はもう私たちだってヤケクソです。会長さんとソルジャーも加わり、三人の人魚と潜って泳いでボールで遊んで…。真っ青な海にはやっぱり人魚。尻尾の色とか美しさとかは考えたらきっと負けなんですよ。
別荘ライフは平穏に過ぎてゆきました。教頭先生の人魚の尻尾も毎日というわけではなくて、ソルジャーが見たがっていた古式泳法を披露してみたり、素潜り名人ならではの技でサザエやアワビを採ってきたり。ソルジャーも素潜りに挑戦していたみたいですけど、どうしてもサイオンを使ってしまうと嘆いていました。
「ぼくにとってサイオンは呼吸みたいにごくごく自然なものだから…。ついつい使ってしまうんだよね。その点、キースやシロエは凄いよ。あんな深さまでサイオンなしで平気で潜っていくんだからさ」
もちろんハーレイが最高だけど、と褒めるソルジャー。教頭先生は男の子たちに素潜りを指導していました。ジョミー君やサム君は早々にギブアップしちゃいましたが、柔道部三人組は頑張っています。中でもキース君とシロエ君は素質ありだとかで頑張る日々。お蔭で新鮮な海の幸には事欠きません。今日も浜辺でジュウジュウと…。
「サザエ、焼けたよ~!」
アワビもね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が呼んでくれると立ちこめている美味しい匂い。トウモロコシや焼きそばなんかも楽しみながら遊びまくって日が暮れて…気付けば別荘ライフもあと二日でした。ソルジャーが教頭先生人魚をリクエストすると、教頭先生は海水パンツの下にTバックを履いて人魚の尻尾を堂々と抱え、先頭に立ってビーチの方へ…。
「…かわいくない…」
ソルジャーがボソリと呟きました。
「えっ? 元から全然可愛くないだろ、ハーレイの方は」
可愛いのはぶるぅズだけなんだから、と会長さん。私たちも一斉に頷きましたが、ソルジャーは。
「見た目の話じゃないんだよ。ああも恥じらいがないと腹が立つ! 苛め甲斐ってヤツがなくなるじゃないか」
「…何度もやったら慣れちゃうさ。どうせぼくたちしか見ていないんだし、仕方ないって思うけどなぁ」
諦めたまえ、と会長さんが笑っています。ソルジャーはフウと溜息をついて。
「そうか、ギャラリーの問題なのか…。じゃあ、場所を変えたらどうだろう? プールを一度も使ってないよね」
「「「プール!?」」」
「うん。海もいいけどプールもいいかも。それにプールなら別荘の中だ。海は明日も泳げるし…」
今日の行き先はプールに変更、とソルジャーは回れ右をしました。逆らうとロクなことにならないと私たちも悟っていますし、今日のところはプールです。そしてソルジャーの読み通り、教頭先生はプールサイドでの着替えを酷く嫌がりました。
「マツカ、別荘から死角になる所はないのだろうか? 丸見えのような気がするのだが…」
「えっと…。すみません、全部の部屋から海が見えるようになってますから、必然的にこのプールも…。プールの方を見ないようにと言ってきますね」
「…い、いや、それは…」
却って困る、と脂汗を流す教頭先生。見ないようにと指示することは「見られては困る何か」があるってことです。そうなると人は見たがるもので…。泣く泣く着替えた教頭先生、誰にも見られずに済んだでしょうか? 人魚の尻尾の方はともかく、紫のTバック姿は恥ですもんね。…ぶるぅズの二人も尻尾を着けて一足お先にプールの中へ。
「「かみお~ん♪」」
銀色の小さな人魚が高く飛び跳ね、教頭先生人魚もプールサイドから一気にダイブ! と…。
「「「あっ!!!」」」
悲鳴を上げたのはソルジャーと『ぶるぅズ』を除いた全員でした。プールサイドにゴロンと転がっているショッキング・ピンクの人魚の尻尾。飛び込んでいった教頭先生に尻尾はついてましたっけ…?
「…ふふ、いい感じに外れたよね」
笑いを含んだソルジャーの声。その手の中には紫のレース、プールサイドに人魚の尻尾。もしかして教頭先生は…?
「サイオンは活用しなくっちゃ。どうだい、ハーレイ? 解放感を楽しんでるかい?」
可笑しそうに笑うソルジャーの視線の先には、水面から頭だけを出した教頭先生。耳まで真っ赤になってしまって声も出せないようですが…。
「シロエ、マツカ、救助に行くぞ!」
キース君がタオルを持って飛び出そうとしたのを青いサイオンがパシッと阻んで。
「…その必要はないと思うよ。いや、させないと言うべきか…。タオルなんか無くても十分じゃないか。プールの中にはぶるぅズがいる」
「「「は?」」」
「安心して。ストリーキングにはならないよ。ぶるぅズを前と後ろにつければバッチリ腰蓑代わりになるから。…ぶるぅ、ハーレイの部屋まで二人で頼むよ!」
「かみお~ん♪」
元気一杯に返事をしたのは「ぶるぅ」でした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方は「え? えぇっ?」と大混乱。けれど言う通りにしないと大惨事なのは飲み込めたらしく…。プールから上がって来た教頭先生の首には四本の腕が絡んでいました。背中側には「そるじゃぁ・ぶるぅ」、胸の方には「ぶるぅ」が両腕でぶら下がっています。
「「「………」」」
逞しい身体の大事な部分と褐色のお尻は銀色の尻尾で隠れていますが、本当にこれでいいのでしょうか? おまけにソルジャーときたら、その格好で別荘の部屋に戻って服を着ろなんて言い出しましたし!
「ハーレイ、急がないとぶるぅズの腕が痺れて落っこちちゃうよ? ああ、走ったら落ちちゃうかもね、子供は力が弱いから…。さあ、堂々と男らしく!」
頑張って、と囃すソルジャーに見送られて教頭先生は別荘に戻っていきました。二人の人魚を首から提げた心許ない格好で。入口で執事さんが丁重にお辞儀してましたけど、教頭先生、またしても評判落ちたんでしょうね…。
ぶるぅズ腰蓑を纏った日の午後、教頭先生はプールに入ろうとしませんでした。それでもプールサイドの椅子に座って私たちを見守ってくれていたのは職業ゆえの責任感か、はたまたキャプテンとしての根性か。ソルジャー曰く、仮にもキャプテンを務めるからにはこれくらいのことで落ち込んでいては話にならないそうですが…。
「ぶるぅズ、服に使えるとは思わなかったな」
我ながらナイスアイデアだった、と自画自賛するソルジャーはプールで楽しく泳いでいました。別荘ライフ最後の夜はバーベキューと花火で大いに盛り上がり、散々騒いで部屋に帰って夜も更けて…。
『「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」』
凄まじい悲鳴と思念波が同時に響き渡ったのは眠りに落ちてからのこと。今の声って…キース君? スウェナちゃんも飛び起きていて、二人で廊下を覗いてみるとサム君たちが大騒ぎです。
「なんだ、どうしたんだ!?」
「あれってキース!?」
「行ってみましょう、事件かも!」
ダッと駆け出す男の子たちを私たちも追い掛けました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それに「ぶるぅ」も飛び出してきて目指す扉は教頭先生のお部屋です。会長さんが扉をノックしたものの返事はなくて、その顔色がみるみる変わって…。
「ブチ破る!」
キッと柳眉を吊り上げた会長さんのサイオンが走り、扉がバァン! と開いた次の瞬間。
「「「!!?」」」
全員の目が点でした。
「きょ、きょ……」
教頭先生!? という言葉も途中で止まり、固まってしまった私たちの目に映っているのはベッドの上のキース君と教頭先生。バニーガールの格好をしたキース君が教頭先生に組み敷かれていて、その顔色は真っ青です。教頭先生、ご乱心ですか? でも…教頭先生も真っ青だなんて、なんだかちょっとおかしいかも…?
「うーん、失敗しちゃったか…」
のんびりとした声はソルジャーでした。部屋には明かりが煌々と灯っていますがソルジャーの姿は見えません。いったい何処に…? と思う間もなく空間が揺れてソルジャーが。シールドで隠れていたのでしょう。ソルジャーはツカツカとベッドに歩み寄ると…。
「キース、身代わりご苦労様。はい、君のパジャマ」
青いサイオンがパァッと走って、バニーガールからパジャマに変わったキース君。何があったというのでしょうか?
教頭先生は身体を縮めてコソコソ逃げようとしています。身代わりだなんて言ってましたし、まさか誰かと間違えたとか…? 疑問を口に出すよりも早くソルジャーがクスッと笑いました。
「ハーレイのヘタレ直しの手伝いをちょっと…。毎晩ここに忍び込んではサイオニック・ドリームを仕掛けてた。でね、今はバニーガールに一番夢を持ってるようだし、ちょこっと実地もしてみようかと」
「「「実地!?」」」
「うん。動きだけでも練習しとけば違うかな…って。ブルーの結界、実は簡単に解けるんだ。陰陽道は分からないけど、ぼくは場数を踏んでるから。…それでキースに衣装を着せて、ハーレイにはブルーが隣で寝ているんだと暗示をかけた。キースは目覚めない筈だったのに、力加減を失敗したかな」
「「「………」」」
失敗も何もあったものではありません。もしも目覚めていなかったなら、キース君はどんな目に…?
「平気だってば、ほんのちょっと撫でさせるだけのつもりだったし! 減るわけじゃないし、そのくらいは…」
「ブルー…いったい君は何を思って…!」
会長さんの声が震えていますが、ソルジャーの方は平然として。
「だからヘタレ直し! 君とハーレイの未来を思って真面目に取り組んでみたんだよ。ハーレイのヘタレが直ってテクニックを十分に磨いてくれたら、きっと薔薇色の毎日になるさ」
「必要ないっ!!!」
怒りに燃える会長さんはサイオンで引っ捕えていた教頭先生を土下座させて。
「ぼくに許して欲しいんだったらキースに向かって土下座千回! ぼくと間違えて触ったにしろ、それは立派なセクハラだ! それからブルーも…」
キースに向かって土下座千回、と会長さんは荒れましたけど、ソルジャーが素直に聞くわけがなく、キース君も気持ちが落ち着いてくると誰が悪いかを把握したので教頭先生の土下座三昧は百回もいかずに終わりました。ですが…。
「絶対、誤解されちゃったよね」
別荘からの帰りの電車でソルジャーがクスッと笑みを零して。
「執事さんが駆け付けた時、ハーレイが土下座していただろう? でもって土下座の相手がキースで、怒り狂っていたのがブルーだ。どう考えても三角関係! ハーレイの部屋に泊まっていたのはキースだけども、今回はシーツが寝乱れることもなかったし…。冷え切った仲の二人とはいえ浮気は絶対許せないって所? ブルーは恥をかかされた浮気の相手、と」
「「「!!!」」」
それは考えてもみませんでした。教頭先生は顔面蒼白、キース君は硬直中で会長さんは頭を抱えています。この三人が三角関係だなんて、悪い冗談としか思えませんが…そう思うのは私たちだけで客観的には違うのかも? 別荘ライフが残したものは『ぶるぅズ腰蓑』と恐怖の三角関係疑惑。…来年こそはきっと真っ当な別荘ライフを! と私たちは誓い合いました。上手くいくのかどうかはともかく、もうこんなのは懲り懲りです~!