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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

それぞれの愛  第2話

影の生徒会室に勝手に入り込んでいたソルジャーは会長さんの制服を着ているばかりか、おやつまで食べていたようでした。テーブルの上に空になったお皿とフォークが乗っかっています。えっと…お皿に残った破片からして今日のおやつはアップルパイかな?
「残念でした。今日のはパンプキンパイ。…美味しかったよ」
ついつい三切れも食べちゃった、とソルジャーはとても満足そう。いつもは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に任せっきりで上げ膳据え膳のソルジャーですけど、誰もいなければ自分でパイを切るようです。それも三切れも…。
「…ブルー…」
会長さんの目が据わっていました。声のトーンも普段より低く、怒っているのが分かります。あああ、やっぱりキレちゃいましたよ、元から機嫌が悪かったのに…! でもソルジャーは悠然として。
「なんだい? あんまり怖い顔をすると、せっかくの美人が台無しだよ」
「同じ顔じゃないか! それよりイカサマしただろう!? しらばっくれても無駄だからね!」
は? イカサマって…何でしょう? ジョミー君たちも怪訝そうです。会長さんはソルジャーをビシッと指差し、私たちの方を振り返りました。
「さっきの闇鍋、変だっただろう? 完食できるわけがないのにハーレイは全部平らげた。おかげで君たちが貰う筈だったお年玉もパアになってしまった。分かるかい? その黒幕がブルーなんだよ!」
「「「えぇっ!?」」」
話が全く見えませんでした。ソルジャーが私たちよりも先に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入っていたのは確かですけど、それとさっきの闇鍋の間にいったいどんな関係が…?
「ぼくはブルーと賭けをしてたんだ」
イライラとした表情で会長さんはソファにドサリと腰掛け、「お茶!」と一声叫びました。ポカンと立ち尽くしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大慌てでキッチンに走っていきます。会長さんは私たちにも座るように言い、間もなく人数分のパンプキンパイと紅茶のカップがワゴンに載せられて出て来たのですが…。
「ぶるぅ、ブルーの分はいいから」
引っ込めて、と冷たい声音の会長さん。
「…酷いな…。紅茶は自分で淹れるのが面倒だったから飲んでないんだ。パンプキンパイだってもっと食べたい」
「じゃあ、これで」
不満を述べたソルジャーの前にドンと置かれたのは『午後の紅茶』と書かれた缶紅茶でした。
「学食前の自販機から瞬間移動で貰ってきた。ちゃんとお金も入れておいたし、ホットだから十分熱い筈だよ」
「缶入りなんか美味しくないし!」
前に飲んだらイマイチだった、とソルジャーは顔を顰めます。
「そんな紅茶じゃ、シャングリラの食堂と変わらない。せっかく遊びに来てるんだからさ…地球らしく葉っぱで淹れてほしいな。香りからして全然違う」
「………誰が遊びに来てるんだって………?」
地を這うような会長さんの声に、私たちは思わず首を竦めていました。これは相当に不機嫌です。会長さんはキッチンから瞬間移動でティーカップならぬ特大の湯飲みを取り寄せ、缶紅茶の蓋をプシュッと開けると中身を無造作に注ぎ入れて。
「はい、ブルー。…君にはこれで十分だろう? 贅沢を言える立場なのかい、家出中のくせに!」
「「「家出中!??」」」
それはとんでもない言葉でした。…ソルジャーが…家出中…? シャングリラを放ってきたんですか? まさか…あちらの世界のキャプテンの願いを聞き入れ、自分が生きてきた世界を捨てて私たちの世界へ逃げてきたとか…?

あまりのことに私たちの表情は硬くなっていたのだと思います。突然ソルジャーがおかしそうに笑い出し、会長さんがハッと息を飲んで。
「違う、違う! ブルーが家出中っていうのは一時的なことで…お試しでぼくたちの世界に亡命中とか、そういう風なものでもなくて! 転がり込んで来ただけなんだよ、一昨日の夜に! ぼくがフィシスと……そのぅ…」
「ベッドインしようとしてた時にね」
悪びれもせずにバラすソルジャー。私たちが耳まで赤くなっている間に会長さんは慌てふためき、ソルジャーの前にティーカップがコトリと置かれました。パンプキンパイが載ったお皿もです。
「もうそれ以上は言わなくていいっ! …とにかくブルーはぼくの都合も考えないで一方的に押しかけてきて、当分の間ここに泊まるって…。ぶるぅはシャングリラに置いてきたらしい」
「万が一ってこともあるからね。三分間しか保たないとはいえ、ぶるぅだってタイプ・ブルーだ。ぼくが駆け付けるまでの間くらいはシャングリラを余裕で守れるさ」
心強い留守番なんだ、とソルジャーは紅茶のカップを傾けます。
「書き置きもぶるぅに預けてきたし、後はハーレイが反省するまでこっちでのんびり暮らすってわけ」
「「「……???」」」
あちらのキャプテンが反省…ですって? ソルジャーとキャプテンは相思相愛、ちょっとキャプテンがヘタレですけど仲はとっても良かった筈です。もしかして喧嘩でもしましたか…? それともキャプテンが何かヘマでも…? 私たちの顔一杯に『?』マークが出ていたらしく、ソルジャーはクッと喉を鳴らして。
「どうしよう、ブルー? この子たちは家出の理由を知りたそうだ。話しちゃっても構わないかな」
「……十八歳未満お断りな話は禁止。常識で許される範囲内でだけ答えたまえ」
会長さんは腕組みをしてソルジャーに睨みを効かせています。家出の原因は大人の時間と何か関係あるのでしょうか…? ソルジャーは軽く咳払いをして紅茶のカップを受け皿に置くと、指先で縁を弾きました。
「…話すと長くなるんだけどね。クリスマスにぼくがフェイクタトゥーを入れて貰ったのを覚えているかい?」
私たちはコクリと頷きました。ソルジャーが教頭先生を呼び出して背中に薔薇や蝶を描かせたことは記憶に新しい事件です。描いて貰ったお返しに…とソルジャーに筆で染料を塗られた教頭先生が失神して床に倒れたのも。
「あのタトゥーは役に立ったんだよ。最初ハーレイは気が付かなくて―――それを聞いても分かるだろう? ぼくの背中まで手が回らないほど、ハーレイは余裕がないんだってこと。…終わった後はバスルームに連れてってくれるんだけどね、その時にやっと気付いたのさ」
凄い剣幕で叱られたよ、とソルジャーはクスクス笑っています。
「なんてことをするんですか、って眉間の皺が三倍に増えた。染み一つない肌だったのに…とか、消すのはとても大変なのに…とか嘆かれちゃうと心が痛むね。たとえ本物でも皮膚を移植すれば消えるんだけど、ソルジャーという立場にいると不要不急の手術は出来ない。…つまり本物の刺青だったら消してる暇はないってことだ」
「「「………」」」
「だからハーレイは泣きそうだった。偽物だよ、と教えてやったらへたり込んださ。で、何のためにそんなものを…と聞いてきたから答えてやって、それからは君たちの想像どおり」
フェイクタトゥーが一週間ほど経って消え失せるまで、ソルジャーは存分に大人の時間を楽しんでいたらしいです。でも問題はその後のことで…。
「…ミュウは記憶に優れているんだ。君たちも記憶力はいいんじゃないかな」
「え? えっと…」
ソルジャーの問いに私たちは顔を見合わせ、キース君とシロエ君以外は曖昧な言葉を返しました。試験の度に会長さんのお世話になっているんですから、記憶力がいい筈ありません。ソルジャーは「ふぅん?」と首を傾げて。
「そうか、サイオンが完全に活性化してはいないのか…。とにかくミュウは記憶したことをそう簡単には忘れない。ハーレイもそうだと思ってた。キャプテンを任せるくらいだからね、並みのミュウより凄いと信じていたんだけれど…。ぼくはハーレイという男を買い被ってしまっていたらしい」
情けない、と深い溜息を吐き出すソルジャー。
「ほら、新年になっただろう? シャングリラでもニューイヤー・パーティーとか色々とイベントが多くてさ。ハーレイと二人きりで楽しむための特別休暇は一昨日までお預けになってたんだよ。ようやく取れた今年初めての休暇なんだから、ぼくがどれほど期待してたか分かるだろう?」
あまり分かりたくありませんでしたが、否定するとロクでもない目に遭わされそうです。黙り込んでいるのを肯定の意味だと取ったソルジャーは立て板に水の勢いで続けました。
「ハーレイはいそいそと青の間にやって来た。そして二人で熱くなれると思ってたのに…背中を愛してくれないんだよ! もちろんぼくは促した。ハーレイもそれに従ってくれた。そこまでは上手くいっていたのさ。なのに……なのにハーレイときたら、肝心のぼくが感じる場所を綺麗サッパリ忘れてたんだ!!」
侮辱するにも程がある、とソルジャーは眉を吊り上げて…。
「フェイクタトゥーがあった間は確かに愛してくれていたのに…消えてしまったら感じる所が分からなくなってしまったなんて、覚える努力をしてなかったってことだろう!? 記憶力がいい筈なのに忘れるなんて最低だよ。誠意も愛も無いって証拠だ。そんな男の欲望なんかに付き合ってやる義務はない!」
それでシャングリラを飛び出してきた、と拳を握り締めるソルジャー。特別休暇の期間中は帰らないのだと息巻いています。…家出の理由はよく分かりました。でも闇鍋の結果とソルジャーの家出の関係は? 会長さんはイカサマだとか賭けがどうとか言ってましたが、これじゃ全然分かりませんよ~!

あちらのキャプテンに書き置きを残してソルジャーは家出を敢行中。家出中のソルジャーの様子は留守番の「ぶるぅ」がキャプテンに時々中継するのだそうです。キャプテンはソルジャーの不在を誰にも明かせず、青の間で一人しょんぼりしながら、それを見ているとかいないとか…。
「反省しろ、って書いてきたからね…。たっぷり反省して貰わないと。ぼくをどれだけ必要としてるか、嫌と言うほど思い知らせてやるつもりなんだ」
ソルジャーは紅茶を一気に飲み干し、会長さんの方を見ました。
「とりあえず、ぼくは君との賭けに勝利を収めた。約束通りにさせてもらうよ」
「イカサマだろ! この部屋にいてもハーレイの身体を操るくらいは朝飯前の筈なんだ。ぼくにだって出来る。人を操ることはしたくないから、滅多に力を使わないけど」
人差し指の先に青いサイオンの光を灯してみせる会長さん。どうやら二人は教頭先生が闇鍋を完食できるかどうかの賭けをしていたみたいです。
「イカサマなんかしやしないさ。…ただ、ぼくには結果が見えてたからね…。だから賭けようって提案したし、乗ったのは君だ。誓って言うけど、ぼくに予知能力は無い」
ソルジャーの言葉に会長さんは赤い瞳を燃え上がらせて。
「大嘘つき! 予知能力が無いんだったら、なんで結果が分かるのさ! 公平に…って君が言うから、ぼくはフィシスに相談してない。自分を信じて賭けをしたのに、負ける筈のない条件で負けた。原因は二つしか考えられない。君が予知能力を隠しているか、でなければハーレイを操ったかだ」
「…本当に君はおめでたいね。全く気付いていないってわけだ。致命的なミスを犯したことに」
「えっ…?」
鼻で笑われた会長さんの瞳が大きく見開かれます。致命的なミスって何でしょう…? ソルジャーは勝ち誇ったような笑みを浮かべて空のティーカップを示しました。
「いいかい、これが鍋だとする。いろんな食べ物が放り込まれて凄まじいことになってるけれど、今の段階では例の缶詰も青いゼリーも入っていない。…この鍋から掬って食べるんだったら、君のハーレイがどこまで保ったか…。多分、早々にギブアップだ」
「だったら!」
もっと凄いことになっていたモノを食べられるわけがないじゃないか、と会長さんは怒り出します。私たちもそう思ったのですが、ソルジャーはカップの中に角砂糖を一個ポトンと入れて。
「これがシュールストレミングだ。君のぶるぅが缶詰を開けていたんだからね、入れさせたのは君だと馬鹿でも分かる。しかも匂いが凄いんだろう? 実際、嗅いでみて後悔したよ。…それからこれがゼリーってとこかな」
ソルジャーがティーポットから紅茶を注ぐと角砂糖はすぐに溶け始めました。
「あんな恐ろしい色になるんだ、皆が黙っている筈がない。実際、悲鳴が上がっていたし…有り得ない色に変わったことは目隠ししてても耳が教えてくれるだろう。そしてゼリーを入れたのが誰か、ハーレイには分かっていたと思うよ。あれだけ君を想っていれば気配や足音で気が付くものさ」
「…そ、そうかな…」
ストーカーじゃあるまいし、と会長さんは言ったのですが、ソルジャーは譲りませんでした。
「おまけにぶるぅも一緒だった。子供は一人しかいないんだから、鈴を付けて歩いているようなものだろう? 鍋の色を青くしたのは君だ。…酷い匂いにしたのも…ね」
ソルジャーは角砂糖入りの紅茶をスプーンでかき混ぜ、すっかり溶けたのを確認してから…。
「それまでの鍋は何が何だか分からなかった。だけど最終的に出来上がった鍋は君の努力の集大成。酷い匂いで凄い色でも、匂いも色も鍋の隅々にまで行き渡ってる。どこを取っても何を掬っても、君の手が加わっているっていうわけさ。…言わば手料理みたいなものかな」
「「「……手料理……」」」
恐ろしい例えに私たちも会長さんも、ただ呆然とするばかり。ソルジャーは紅茶を口に含むと「うん、美味しい」と微笑みました。
「やっぱり地球の紅茶はいいね。…君のハーレイも似たようなことを思った筈だ。たとえゲテモノ料理であっても、愛する君が心をこめて作ってくれた料理なんだよ? 次の機会があるかどうかも分からないんだし、残さないよう努力しなくちゃ」
「……そんなことって……」
青ざめている会長さんにソルジャーはパチンとウインクして。
「それだけ君を愛しているのさ、君の世界のハーレイは。…羨ましいな、ぼくなんか家出中なのに」
あてられちゃうよ、と笑うソルジャー。会長さんは作戦ミスを認めざるを得ない状況でした。教頭先生が恐怖の闇鍋を完食したのが会長さんへの愛ゆえだとは、なんとも凄い話です。ソルジャーとの賭けに負けてしまった会長さんには、罰ゲームとかがあるのでしょうか…?

「…さてと。イカサマの疑いが晴れたからには、約束を守ってくれるんだろうね?」
散々文句を言われたんだし…とソルジャーが会長さんを見詰めます。
「…そ、それは……仕方ないけど…」
会長さんが答えると、ソルジャーはニッコリ笑って空中に箱を取り出しました。綺麗にラッピングされてリボンがかかった平たい箱。なんだか嫌な予感がしてきたような…。
「ふふ、新学期恒例のお届け物が下着だなんて…君も罪作りなことをする」
「「「!!!」」」
私たちの脳裏に紅白縞のトランクスの画像が蘇ります。新学期を迎えるごとに青月印の紅白縞を五枚。それが会長さんから教頭先生へのプレゼントですが、もしや今回はソルジャーがそれを手渡す役を…? あの箱はどう見ても会長さんが買っているのと同じデパートのものですし…。けれどソルジャーは会長さんに「君の分は?」と促しました。
「早く行こうよ。約束通り、ぼくはハーレイの部屋に着くまでシールドを張って姿を隠す。…これを受け取った時のハーレイの顔が楽しみだな」
「…悪趣味だって思うけど…」
ブツブツと呟きながら会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に平たい箱を持って来させます。いつもの包装紙に綺麗なリボン。…ん? どうして箱が二つも…? ソルジャーも教頭先生にトランクスを贈るつもりでしょうか?
「まあね」
ソルジャーは悪戯っぽく微笑みました。
「ぼくの様子はぶるぅを通して中継できるって言っただろう? ハーレイには悔しがってもらうさ、ぼくがこっちのハーレイに下着をプレゼントする所を見せて…ね。ブルーとの賭けに勝ったらプレゼントしに行く約束をしてた。自慢するような話じゃないけど、ぼくはハーレイに下着を贈ったことがないんだ。…どちらかと言えば贈られる方」
女性用らしき下着や夜着を貰ってしまった経験がある、と語るソルジャー。どんな代物を受け取ったのか非常に気になる所でしたが、ストップをかけたのは会長さんです。
「十八歳未満の子供相手に余計な話はしなくていいっ!」
「それを言うなら君の方こそ、今まで色々やってるくせにさ」
「ぼくのは全部悪戯だ。君と違ってノーマルだから」
しれっとしている会長さんに私たちは額を押さえ、今日の受難を覚悟しました。トランクスを届けに行って無事に済んだ例がありません。おまけに今回はソルジャーというオマケつき。何かが起こるに決まっています。会長さんとソルジャーはそれぞれの箱を抱えて立ち上がりました。
「…ブルー、くれぐれも言っておくけど、この子たちは全員お子様だから…」
「分かってるってば。でも君のハーレイの反応までは責任持てないって言わせてもらうよ」
「……ハーレイだしね……」
その件については諦めている、と溜息をつく会長さん。私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は行列を組んで会長さんの後ろに続き、教頭室へと出発しました。ソルジャーはシールドで姿を隠して会長さんの隣あたりにいるようです。あああ、トランクスのお届け物が二人前。紅白縞が十枚だなんて、悪夢だとしか思えませんよぅ~!

教頭室の扉の前に到着するとソルジャーはシールドを解きました。廊下に人影が無かったからです。会長さんが扉をノックし、「失礼します」と入って行って…私たちもゾロゾロと。あれ? なんだか香ばしい匂い…。
「こんにちは、ハーレイ。口直しかい?」
「まあな。あれを食った後、夕食まで何も食わずにいるのは正直きつい」
教頭先生の机の上には空になった鰻重の器が乗っかっています。学食にはないメニューですから、教職員と特別生専用のラウンジからの出前でしょう。
「ブルーの愛が詰まってはいても、食べ物の域を超えてたからねえ」
クスクスクス…と笑うソルジャー。教頭先生はソルジャーを眺め、「どうして此処に?」と不思議そうです。
「それがね、ちょっと訳ありで。ぼくの世界で何かあったわけではないんだけれど」
心配無用、と微笑んでみせてソルジャーは教頭先生に。
「闇鍋を食べる所をぶるぅの部屋から見ていたよ。あんなゲテモノを完食だなんて、本当にブルーが好きなんだ? 愛する人が作ってくれたら不味い料理も美味しく思えるらしいけど」
「ええ。ブルーが悪戯で作ったとはいえ、食べ残したらきっと後悔します。ブルーの手料理を食べるというのは私の夢の一つですから」
強烈な匂いと色を作り出したのが会長さんだと教頭先生はやはり気付いていました。ついでに会長さんの手料理を食べた経験は一度も無いようです。…いえ、あるのかもしれませんけど、会長さんをお嫁さんにして毎日手料理を食べたいものだと壮大な夢を描いているとか…? ソルジャーは「ほらね」と会長さんに片目を瞑ってみせました。
「ぼくが言ったとおりだっただろう? 口直しに鰻重を食べてはいても、ハーレイの気分はパラダイスなんだ。もっと盛り上げてあげなくっちゃ。プレゼントを持って来たんだろう?」
「う、うん…」
会長さんは複雑な顔でトランクスが入った箱を教頭先生の机に置いて。
「いつもの青月印が五枚。紅白縞で良かったんだよね、新作も沢山出ていたけれど」
「すまんな。…これが届かない内は新学期を迎えた気がしない」
紅白縞も気に入っている、と教頭先生は穏やかな笑みを浮かべました。
「お前とお揃いなのだろう? お前が新作に乗り換えたんなら話は別だが、そうでないならこれがいい」
お人好しの教頭先生はまだ騙されているようです。会長さんは黒白縞も青白縞も履いたりしない筈なんですけど。そこへソルジャーが進み出てきて、持っていた箱を差し出して。
「これはぼくからのプレゼント。…開けてみて?」
「は…?」
両手で受け取った教頭先生が怪訝そうに首を捻ります。
「いいから、いいから。きっと気に入ると思うんだ。紅白縞よりオシャレだしね」
「…………下着ですか?」
「うん。ダメかな、ぼくのプレゼントは受け取れない?」
「そういうわけでは…。いや、しかし…」
流石にちょっと、と教頭先生は箱をソルジャーの方へ押し戻しました。
「ブルーと一緒にお買いになったものなのでしょうが、渡す相手をお間違えでは? あなたの世界のキャプテンが今の光景をご覧になったら、さぞ衝撃を受けられるかと…。キャプテン用に同じものを買っておられるとしても、私に贈るのはよくありません」
「よくないからプレゼントしてるんじゃないか」
ソルジャーは唇を尖らせ、教頭先生に箱を押し付けながら。
「家出中だと言っただろう? 実はハーレイのせいなんだ。ぼくは静かに怒っているのさ、浮気をしたくなるほどに…ね」
「「「浮気!?」」」
成り行きを見守っていた私たちの声が引っくり返りました。教頭先生も驚いています。ソルジャーは教頭先生に箱を開けるようにと言いましたけれど、この状況で教頭先生が開けられるわけがありません。ただでさえもヘタレなだけに口をパクパクさせるばかりで身体は見事に硬直中です。
「…相変わらずのヘタレっぷりだね。ぼくの浮気に付き合いたいとか思わないわけ? 君の大事なブルーと同じ身体に同じ顔だよ? 君さえよければブルーの家に泊まるのをやめて、君のベッドに引っ越ししてもいいんだけれど」
「………」
教頭先生の顔がみるみる真っ赤になっていきます。会長さんそっくりのソルジャーに浮気だのベッドに引っ越しだのと言われたのでは、たまったものではないでしょう。身体は固まってしまってますけど、脳味噌はきっとトロトロです。下手をすれば鼻血がツーッと垂れるかも…。でもソルジャーは全くお構いなしでした。
「何も言ってはくれないんだ? それとも感極まって言葉も出ない? だったらプレゼントを貰ってくれてもいいと思うな。恥ずかしくて開けられないみたいだし、代わりにぼくが開けてあげよう」
ソルジャーは教頭先生の手から箱を取り返すと机に置いてリボンをほどき、包装紙を剥いで…。
「ほら、ぼくからのプレゼント。…どれが一番好みなのかな?」
「「「!!!」」」
箱の蓋が取られた瞬間、私たちの目が点になりました。中身は紅白の縞ではなくて色とりどりの布の洪水。これはいったい何なのでしょう?
「どうだい? スタンダードなところで白。…王道のレースとフリルだけれど」
ソルジャーが箱の中から取り出したものはフリルひらひらの物体でした。乙女チックなレースの下着を教頭先生に贈ってどうしろと…? 紅白縞も悪趣味ですがフリルとレースには及びません。あんなモノが教頭先生の逞しい腰に…。おええっ、と誰かの思念が伝わってきます。うう、私だって吐きそうかも…。
「…違うんだな、これが」
楽しげな声がしてソルジャーがフリルの塊を両手でパッと広げました。…あれ? 教頭先生が履くにはサイズが小さいような…? いえ、あの手のヤツは思いもよらない伸縮性があるのが常でしたっけ。広げられるとフリルが余計に悪目立ちします。ソルジャー、お願いですからそんな視覚の暴力は…って、えぇぇっ!?
「ぼくが履くんだ」
信じられない言葉がソルジャーの唇から零れました。
「ハーレイ、君はどれがいい? 好みのヤツを履いてあげるよ、せっかくだから楽しまなくちゃね」
Tバックにヒョウ柄、レースも色々…とソルジャーの手が箱の中身をかき混ぜています。全部ソルジャー用ですか? それを教頭先生にプレゼントしてどうする気ですか、この家出中のソルジャーは~!?



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